第1話 わたし、相方の弱点を知ってしまいました。
結局、夜中にモンスターからの襲撃はなかった。ジュリは無事にミカサと交代をして、眠りにつき、翌朝。
二人は野営の跡を消し、荷物をまとめて街道へと戻った。
ミカサの話によれば、半日ほど街道を西に進み、半日、街道北側の丘陵地帯を抜けたところに目的の遺跡があるそうだ。意外と近いところにある遺跡なので、既に盗掘されているのだが、その遺跡の最奥に更に奥へと続く扉が発見された。その発見者であった冒険者グループは扉を開けようと試みたのだが、かなり高レベルの魔法で封印されていたらしく、断念してその情報だけをつるぎ屋のバーリーに売った。その情報を、ミカサが買ったというわけだ。
その情報は決して安くなかったらしく、ミカサ曰く、純度が低くても紫水晶最低一つは発掘しないと、元が取れないらしい。
ジュリとミカサの二人は、丘陵地帯で野営して時間を調整し、ファーレンを出て二日目の朝にその遺跡にたどり着いた。
今彼女たちの目の前には、巨大な石柱が何本も建ち並び、崩れた大きな神殿に似た遺跡が、二人を誘うかのように真っ黒な口を開けて待っていた。ジュリは口をぽかんと開けてその遺跡を見やり、感嘆の声を上げる。
「…これが、噂に聞く遺跡なのですね。わたし、遺跡ってのを初めて見ました…」
その様子を見て、ミカサがクスリと笑った。
「そうだよ。古代、天空に浮かんでいたとされる建物が、何らかの要因で地上に墜ちて廃墟となったのが、あたしたちが遺跡と呼んでいるモノ。それはこの世界の至る所に存在していて、もっぱら、冒険者たちの稼ぎ場所となっている。現在では製造不可能な品々が残ってたりするからね。まさに、一攫千金の現場ってとこかな」
ミカサは背負い袋からランタンを取り出し、その中に白色半透明の結晶を放り込んだ。そして、小さく呪文を唱える。"光源"の魔法だ。魔法は結晶に灯り、眩しい輝きを放つ。それをミカサは、自分の腰にくくりつけた。
「でも、モンスターが住処にしてる可能性も高い。もしかしたら、ゴブリンとか低級な亞人とかじゃなく、もっと強いのがいるかも知れない。気を引き締めてよ、ジュリちゃん」
「はい、わかりました」
ジュリは素直に返事をして、腰の突剣を抜いた。
「よっし、じゃあ入ろうか。その最奥の扉までは他の冒険者が盗掘してるから、モンスターだけ駆逐しながらさっさといくよ」
ポケットから紙切れを一枚出し、それを広げる。どうやら、その冒険者たちが記した遺跡内の地図のようだった。
二人は、横並びでその神殿らしき遺跡の敷地へと入っていった。
ジュリとミカサは、真っ正面にそびえ立つ巨大な柱の間を潜り、半壊というよりもほぼ全壊している建物に足を踏み入れる。入り口はさほどの大きさではなかったが、中に入ってその広さに驚いた。元は礼拝堂だったのだろうか。いくつもの朽ちた石製の長椅子が並び、奥には光の神メーヴェらしき石像がそびえ立っている。しかし、この石像も上半身が崩れ落ち、床に横たわっていた。
ステンドグラスがあったようだが、現在では見る影もない。細かく砕かれたその破片はまるで光る砂のようになり、メーヴェの石像の周囲に散っている。しかしそれが、何故か更に神秘的な雰囲気を醸し出している様な気がして、二人は思わず足を止めて見とれてしまった。
ミカサは地図を確認すると、石像の建っていた場所から右側にあるドアに手を掛ける。それは鉄製の重そうな扉で、彼女は気合いの声と共に一気に開けた。その奥には、光の差し込まない、真っ暗な通路が伸びている。
「ジュリちゃん、こっちだよ」
いつまでも石像に見とれているジュリに、ミカサは声を掛ける。ジュリは思い出したように、小走りでドアの奥に進むミカサに続いた。
漆黒に包まれた通路は、途中で急にくだり斜面になった。墜落したときに、ここで折れて地面の中に沈んだのだろう。窓らしき所からは土砂が流れ込み、通路のほぼ半分を占拠している。斜面と言っても足を滑らせるほどではなく、ジュリとミカサは、難なくその通路を踏破することができた。
奥を左へと直角に曲がり、しばらく進む。時折、天井からしみ出した水滴が滴っていたり、足下を巨大な鼠が通過したりする。そして、右側にある、ちょっと大きめの両開きのドアを開けた。
そこは、誰かの執務室だったのだろうか。木製の大きな机と椅子が残骸と化し、本棚などは倒れ、床に書物だったであろう紙切れが散乱している。
「ここからが、本番ってね…」
ミカサが立ち止まり、呟いた。目敏くそれを耳に入れたジュリは、周囲を見渡して疑問をぶつける。
「本番…ですか。でも、扉らしきものは一つもありませんが?」
ミカサはニヤリと笑ったあと、大きな机の残骸を、人差し指でちょいちょいと指差した。
「これ、どけるから手伝って」
ジュリは頷き、その机の残骸を、部屋の隅へとどんどん追いやる。ある程度片が付くと、ミカサはその机の残骸があった場所にしゃがんで、床を調べ始めた。
そして数分後、床に刻まれた小さな紋章らしき印を発見する。
「あった!」
彼女が声を上げ、紋章に手をかざして呪文の詠唱を開始。
『天には星、地には生命、永久なる枷よ、その呪縛を解き放て』
呪文は完成し、ミカサの掌と、その紋章が同期して光を放つ。すると、その床二メートル四方が、擦れる音を立てながら、開いてゆく。その奥には、石造りの階段があり、暗闇の奥へと続いていた。
「地図のメモ書きによると、前に来た冒険者たちは、結構な数のモンスターを無視したらしいのね。駆逐したモンスターの多くは不死族だったらしいから、ちょっとジュリちゃんは苦労するかも。志半ばで亡くなった、この神殿の神官達なのかな。全部倒していくから、頑張ってね」
ミカサは言いながら、その階段をゆっくりと降りてゆく。とてもじゃないが二人並べる横幅ではない。先頭にミカサ、その後ろにジュリという隊列だ。ミカサが僅かながらに汗を流しているのは、緊張しているからなのか。
五〇メートルほど下った先、通路が急に広くなり、その左右にはいくつもの扉が立ち並ぶ。ランタンの光に照らされた部分を数えるだけでも、両側に5つづつ。
執務室から続く階段の下にある扉、恐らくこれは、神官達の宿舎などではないだろう。おそらく、最高位司祭しか入れない場所のはずだ。なぜ、このような場所を作ったのか。
ジュリは考えながら、先を進むミカサの後に続いた。ミカサは地図を確認しながら、手前三列くらいのドアを通り過ぎ、四つめ左側のドアの前で立ち止まる。
ゆっくりとドアに近づき、耳を押し当てる。しかし、奥からは何も聞こえてこなかった。腰のポーチから小さな針金を出す。それは奇妙に曲がっているものだ。それをミカサは、ドアの鍵穴に差し込み、細かく左右、上下に回す。
カチリと音がして、その針金を引き抜く。ミカサはジュリに目で合図を送る。ジュリは突剣を構え、扉の正面に立った。ミカサは壁側に身体を隠して、左手でゆっくりとノブを回し、奥に思いっきり押し開いた。
そこは、一〇メートル四方の小さな部屋だった。調度品など何もない、殺風景な部屋。しかし、壁面にはいくつもの鎖が垂れている。鎖の先には輪がついており、その下には、朽ちた骸骨が何体も横たわっている。
ジュリが部屋に一歩足を踏み入れると、その骸骨達がかちゃかちゃと音を立てて立ち上がった。怨念が骸骨に取り憑いた、骸骨兵だ。だが場所が場所だけに、武器などは装備していない。数は二体。
ジュリは素早く突剣を構え、素早く目の前に走り込んできた骸骨兵に突き入れた。しかし、その剣先は骨の間を抜けてしまい、思わず身体同士が接触してしまう。
ジュリは尻餅をつき、マウントポジションで殴ろうとしていた骸骨兵を右足で強烈に蹴り飛ばし、間合いを取る。
「…武器のチョイス、間違えましたね…。でも、ここでは狭くて両手剣を使えそうにありません…」
ジュリは立ち上がると、突剣を構え直す。突きではなく、切り払える構えだ。元々突剣は、細剣と違ってある程度刃に肉厚がある。切り払いも出来るようになっているのだが、あまりに多用すると、刃が折れてしまう。
体勢を立て直した骸骨兵が、再び走り込んでくる。ジュリはタイミングを合わせ、全力で刃を横に薙ぐ。骸骨兵はたやすく腰の位置で切り払われ、がしゃりと床に崩れ落ちた。
後ろで見ていたミカサが、パチパチと拍手する。どうやら、全く加勢する気はないようだ。現に、彼女は背中から武器を外していない。部屋の外で、ニヤニヤしながらジュリの戦う様を見ている。
「えっと……見てるだけ、なんですね?」
ジュリは二体目の骸骨兵を軽々といなしながら、延々と拍手をし続けるミカサに向かってちょっとだけ憤慨しながら言った。
「そりゃ、これからの事を考えると、ジュリちゃんにも不死族になれてもらわないとぉ」
言いつつ、虚空を見上げてコロコロと笑う。
「なるほど、そうですか。では……!」
ジュリは骸骨兵の拳を突剣の腹で受けると、円を描くように後ろに回り込み、背中を蹴ってミカサの方向に押しやった。骸骨兵は体勢を崩しながら、よろよろとミカサの方角に蹌踉けていく。
その途端、ミカサの表情に戦慄が走った。
「っきゃぁぁぁぁぁぁ!!」
骸骨兵の身体がミカサの身体に触れる瞬間、彼女は叫び、脱兎のように来た道を駆け戻ってゆく。
ジュリは背後から突剣をなぎ払い、骸骨兵を粉砕した。そして、フンと鼻を鳴らす。
「…よ~するに、不死族は苦手だと?」
階段の影に隠れながら、真っ青な顔でミカサは必死に何度もコクコクと首を縦に振った。階段を降りる際に汗を流していたのは、冷や汗だったわけだ。ジュリは突剣を鞘に収めると、頭を押さえて溜め息をついた。
「ほら、行きますよ。地図がないと解らないんですから、先行してください」
この先、現れるモンスターのほとんどが不死族だと考えるなら、全て自分が対処しなければならないのだろうか。
ジュリは、行く先に不安を感じ、もう一度溜め息をついた。




