第7話 わたし、どうやら相方ができたようです。
ジュリとミカサは、重装歩兵隊に混じってモンスターを駆逐しまくった。
もちろん、ゴリアスの状況を伝える事は済ませた後でだ。そして、おおよそモンスターの掃討が終了したときには、彼女たちの姿は戦場から消えていた。
結論としては、彼女たちはガルディーン軍最南部隊の救世主となったわけである。もしも、途中でミカサの放った"火炎嵐"がなかったら、重装歩兵部隊はオーガーの攻撃に耐えきれず、戦線崩壊させていたかも知れない。あわよくばゴリアスの奮闘で前線を維持出来たとしても、果たして彼は統率者である悪魔族までたどり着けただろうか。そして何より、彼は悪魔族に勝利を収められたであろうか。
今となっては、全てがイフに関わる事である。
だが、何にせよこれによって、死賢サリアの目論見通りになったわけだ。ジュリとミカサが大暴れしていた頃、中央部隊ではすでに決着が付いていた。最北部隊からの援軍が無かったところを見ると、どうやらそちらの方でも時間稼ぎが上手くいっていたようである。
ゴリアスは中央部隊勝利の報告を受け取って安心したのか、そのまま力尽きるように気を失った。だから、戦場にいきなり割って入った二人の冒険者の話は、まだ死賢サリアの耳には入っていない。例え耳に入ったとしても、その冒険者二人が誰なのか、特定する事は難しいだろうが。
その当人二人組は、混戦のどさくさに紛れて戦線を離脱。現在は、ジュリの生まれ育った村の廃墟まで戻ってきていた。
既に月は天高く昇っており、深夜である事を告げている。
二人は廃墟から少し離れた場所に腰を落ち着け、野営の準備を始めた。いくら街道に近い場所であろうと、夜中に移動するのは危険が伴うからである。昼間ならば、ゴブリンなどの比較的御しやすい昼行性モンスターが闊歩するだけだが、深夜ともなれば、生ける屍などの不死族や、運が悪いと竜族とも遭遇する危険があるのだ。
だが、さすがに二人同時に就寝、というわけにはいかない。モンスター襲来の可能性がゼロではないので、どちらかが交代で見張りすることになる。
昼間に作ったジャーキーと、水に野草を突っ込んだだけの簡単なスープで腹ごしらえをして、クジ引きで負けたジュリが最初の見張りをすることになった。
正直に言えば、ジュリは魔力で動く魔法人形なので必ず睡眠を取らなければいけないという訳ではない。ジュリが睡眠を取るようにしているのは、あくまでも"人間味"を無くさないためであり、ここでミカサが「見張りお願い!」とでも頼もうものなら、ジュリは快く引き受けるつもりでいた。クジ引きを言い出したのはミカサであり、少なくとも彼女は、ジュリとを人間"として扱ってくれている。
ミカサが毛布にくるまって寝息を立てている横で、ジュリは手持ち無沙汰にただただ、月を眺めていた。
今夜は、まん丸で綺麗な月夜だった。こんな風に、のんびりと月を眺めたのは何時以来だろう。少なくとも、死んでから、そして死ぬ前も、数年はこんな風に時を過ごした記憶はない。こんな美しい月を見ていると、つい先ほどまで戦場に立っていた事など忘れてしまいそうになる。
だが、なかなかに貴重な経験だった。元々剣術については、亡き父よりある程度の訓練は受けていたので、モンスターは兎も角、対人戦闘については程ほどにこなせる自信はあった。だが、それも一対一ならの話である。
がむしゃらに超重量級の両手剣を振っていただけではあったが、この戦闘は貴重な財産になるに違いない。今後も紫水晶をミカサと発掘しに行く限り、いつこのような戦闘に巻き込まれるか解らないからだ。
始めは、ただミカサに進められるがままに付いてきた冒険であったが、今のジュリは、この旅に楽しみを覚え始めている。動力源である紫水晶を手に入れられる事は勿論だったが、ミカサという相棒を手に入れられたのが何よりも嬉しかった。
しかしながら、ジュリがマスターサリアより与えられた使命は、あくまでも雑貨屋を営む事である。全ての冒険にジュリが同伴できるわけではない。何となく、それがもどかしかった。
ミカサがごろりと寝返りを打った。顔を覗き込むと、なにやら口元を綻ばせている。どんな夢を見ているのだろう。
ジュリは微笑み、焚き火に一本枝を放り込む。薪の爆ぜる音が夜空に吸い込まれていく。
その時、胸に埋め込まれている紫水晶から、マスターサリアの声が小さく聞こえた。
『無事かい、ジュリ?』
ジュリは胸元のボタンを外し、そこで淡く脈打つ水晶に向かって返事をする。
「ええ、おかげさまで。戦争は終わったのですか?」
『ああ、こっちの大勝利だ。ちょっとだけ引っかかる事があるがねぇ。まさか、ホントに戦争にちょっかい出してやいないだろうね?』
言われて、ジュリはどう答えようか思案する。本当の事を話せば、きっとサリアから雷が落ちるのは目に見えている。
結局ジュリは適当にウソを付いてみる事にした。この様子だと、最南部隊の戦にジュリとミカサが関わった事は知られてないようだ。
「するわけないです。それとも、出して欲しかったですか?」
『バカをお言いでないよ。まあ、関わってないならいいんだ。さっさと紫水晶を手に入れて帰ってきな。雑貨屋、開店まだなんだろう?』
「そうですね。おおよその準備は整ったのですが、店の名前が決まってないのです。もう面倒くさいので、マスターサリアが適当に付けて頂けませんか」
ジュリがさも本当に面倒くさそうに答えると、上擦ったサリアの声が聞こえた。
『おや、そういうものは自分で付けるべきだと思うんだけどねぇ。でもいいのかい、アタシが付けてしまうと、それはもう素晴らしい名前になるよ。ホントにいいのかい?』
言ってから、ジュリはサリアの性格を思い出した。この声を聞く限り、素晴らしいというよりも"とんでもない"名前を付けられそうだ。
「…いえ、やっぱり結構です。自分で考えます…」
『そうさね、それがいい。しばらく戦争はなさそうだ、安心して旅をしてきな。いい経験になるだろうさ』
「そうですね、私もそう思います。相方を静かに寝させてあげたいので、もう切りますよ」
水晶の向こう側で、サリアの笑いを帯びた声が聞こえる。
『相方……ねぇ。じゃあ、またねぇ』
そして、通信は切れた。
ジュリはミカサの顔を見たが、どうやら目を覚ます事はなさそうだった。ほっと胸を撫で下ろす。
再びミカサが寝返りを打ち、そのスカートのポケットから、小さなノートが落ちた。ミカサが"あまり自信がない"と言っていた、攻撃魔法の呪文を記したノートだ。
ジュリはそれを拾い上げ、失礼かとは思いつつもパラパラとページをめくる。そこには、呪文のみならず、魔法発動に必要な身振りまでもが図説で詳細に記されていた。そして、昼間にミカサと話していた台詞が頭に蘇る。
"魔法って言うのは、自然世界の物質全てに宿っている魔力を使用して現すモノだから、ジュリちゃんでも覚えれば使えるかも。でも、強化系の付与はどうだろう。ジュリちゃんそのものの魔力と干渉して効果を現さない…ってのが妥当な考えかな"
ジュリは一番最初のページに戻り、一番低レベルだと思われる魔法に目を通す。それは、先ほどの戦いでミカサが使っていた"光の矢"の魔法だ。読んでみると、ミカサは同時に三本の矢を発現させていたが、本来は一本だけ発現させる魔法らしい。そう考えると、謙遜していたものの、やはりミカサの技術は相当のものなんだろうという確信を得る事が出来る。
モノは試しと、ジュリは少し焚き火から離れて、そのノートの記述通りに呪文を唱え、身振りを行ってみた。
…しかし、光の矢が現れる素振りは一向にない。
確かに、たかだか一回やってみたところで呪文の効果が現れるはずはないのだ。魔術師と呼ばれる人たちは、それぞれが"魔術師組合"というところで、熱心に勉強していると聞く。努力の末に身に付くものが魔法であり、こんなに簡単に発現できるのであれば、魔術師組合は商売上がったりである。
ジュリは仕方なくノートを閉じ、焚き火の脇に再び腰を下ろす。
ミカサは、一体どれくらいの時間を魔術師としての勉強に費やしたのだろう。このノートを見る限り、彼女が使っていた"火炎嵐"の魔法は、相当な高レベルの魔法だ。それに、戦士としての実力も然り。祖国のためにこっちに来たと言っていたが、何がそこまで彼女を突き動かすのか。
いずれは、そういう詳しいところまで話して貰えるのだろうか。
ノートをミカサの横に置いて、ジュリは時間を潰すために、父の形見の突剣を鞘から抜き放つと、教えられた剣技の型の復習をはじめた。




