第6話 わたし、思いっきり八つ当たりをします。
ジュリが超重量級の両手剣を振り上げ、ガルディーン軍重装歩兵隊との戦闘に躍起になっているゴブリンの一団を、力任せになぎ払った。
まるで突風が吹いたような風切り音が戦場に凪ぎ、哀れなゴブリンたち五匹ほどが、その剣戟によって一刀両断にされる。
ジュリは慣性そのままに身を翻すと、地面にその大型剣を抉り入れ、スピードを殺し、視線だけ動かして次の獲物に狙いを絞る。
「どうしてこんなにモンスターがいるのかは理解しかねますが…」
地面から剣を引き抜いて、右手だけで軽々と肩に担いだ。
「西国兵にぶつけられなかったこの恨み、貴方達で晴らさせて頂きますっ!」
筋違いも甚だしい。…が、ジュリにはそんなものは関係なかった。西国兵であろうとなかろうと、この構図はどう見てもモンスターが西国側、すなわち、ランディーン軍兵であることに間違いはないからだ。
次の目標は、重装歩兵隊が苦戦している巨人族の末席であるオーガーだ。目の前の亞人たちは、既にジュリの恐るべき剣戟を見て、右往左往している。元々、一匹では何も出来ないのが亞人の特徴だ。一度に多くの仲間を殺され、戦意を喪失しているのだろう。このままジュリが突っ込んでも、追撃はしてこないような様子だ。
それを感じたのか、ジュリは無防備にもゴブリンやリザードマンの亞人たちの群れに突っ込んだ。そして案の定、亞人たちは情けなくもジュリに道を空けてしまう。ジュリは両手剣を小さく振って牽制を行いながら、大楯を構える重装歩兵隊を木製の巨大な棍棒で殴り続ける、最前線のオーガーに詰め寄った。
すると、重装歩兵の遥か頭上を、一気の飛び越える黒い影を目撃し、走る足を止めた。
黒鹿毛のその馬に跨り、巨大な戦斧を振るってジュリの目標としていてたオーガーの頭をカチ割ったのは、ガルディーン軍傭兵部隊長リールィン将軍の副官であるゴリアスだ。
ゴリアスは手綱を操り鮮やかに着地すると、ちらりとジュリを一瞥し、前方に向かって馬を走らせる。怒号を上げながら迫り来るモンスターを一蹴するその様は、ジュリの目にはモンスター以上のモンスターに見えた。
唖然としながらも、ジュリはゴリアスの取りこぼした巨人族の足をなぎ払い、転倒させる。
そして、再び目の前の空間に巻き起こる炎の嵐。ミカサが紫水晶をまた一つ潰して発動させた"火炎嵐"の魔法だ。まるでジュリの位置が見えているかのように、きっちりと座標をずらしてくる。本人は苦手だと謙遜していたが、ミカサは後方支援に於いてもかなりの使い手のようだった。
火炎が治まり、死屍累々となった空白地帯をジュリは駆け、追いつけないと解りながらもゴリアスの後を追った。
すると、後方から大きな鬨の声が上がり、思わずジュリは後方を見やった。ゴリアスの敵軍突破と、思わぬ魔法に手助けされた事に戦意を奮い立たされた、重装歩兵隊の叫びだった。重装歩兵隊は一気に防御ラインを上げ、ゴブリンたちの残党やオーガーを駆逐してゆく。
「これで、決まりですかね」
ジュリは独り言を呟くと、ミカサの待つ離れた木陰に視線を移動させた。
しかし、彼女は再び、ゴリアスの駆けていった方向に視線を戻す事になる。一気に真っ赤に染まる視界の端。それは、闇夜をまるで昼間のように照らし出した、炎の光だった。
ゴリアスはモンスターを駆逐しながら馬を走らせ、敵軍を突破する事に成功していた。目の前にはすでにモンスターの姿はない。その代わりに、只一人佇む、黒いローブの人影。人間であることには間違いはない。その人物こそがこの軍隊の頭だと確信したゴリアスは、戦斧を構えて真っ直ぐにその人影に向かって馬を走らせた。
一見、その人影は戦士のようには見えない。どちらかというと、魔術師風の出で立ちだ。すなわち、自分が到達する前に呪文を完成されれば一気にジリ貧になってしまうのは明白だ。生まれてこの方、ずっと戦士としての鍛錬を積んできたせいか、ゴリアスは魔法に対する抵抗技術に自信がない。だが、呪文完成前に接敵してしまえば。
愛馬の横っ腹に強く蹴りを入れ、その速度を速めたその時、突然目前の空間が真っ赤に染まった。
耳を劈く轟音、そして熱風。
ゴリアスが気が付いたときには、彼の身体は宙に舞っていた。全身に走る、痺れのような感覚。右手に握っていたはずの戦斧はなく、代わりに焼け焦げた自慢の二の腕が目に入る。
舞いながら見下ろすと、おそらく自分がいたであろう場所には愛馬が倒れ、その周囲五メートルほどの空間には真っ黒に焦げた大地が広がっていた。
"火球"の魔法だと、すぐに気が付く。しかし、どこから魔法は飛んだのか。自分が狙いを定めていた黒ローブの人影に、呪文を詠唱しているような素振りは全くなかった。そもそも魔法は、長い呪文の詠唱と、複雑な身振りが必要になるからだ。特に火球の魔法ほどの高位呪文になれば、相当な時間を要するのだ。
ゴリアスは痺れた身体に鞭打ち、身を翻すと着地の姿勢を取った。そして精神を集中し、次の魔法を抵抗しようと試みる。自分を殺すつもりなら、魔法一発で終わる訳がないし、自分を倒してしまえば、いくら数がいるといっても重装歩兵隊が長く持ちこたえられる訳がない。こちらの敗北は確定したようなものだ。集中しながら周囲を見渡すが、魔術師らしい姿は認められない。となると、やはり黒ローブの人物が放った魔法なのだろうか。
次の魔法を覚悟するが、それは飛んでこなかった。
着地して五点接地で転がり衝撃を殺す。視線を上げると、黒ローブの人影の前には、二人の少女の姿があった。
ジュリとミカサの二人である。
ゴリアスは膝をつき、立ち上がろうとするが、どうにも身体が言う事を聞かない。視線だけをその三人に向け、歯を食いしばった。無惨にも敗れた自分に対してではない。目の前の年端もいかない少女二人に任せなければいけないのが、悔しかったのだ。
隣接してしまえば、範囲系の攻撃魔法は使えない。自分を巻き込んでしまうからだが、ジュリは事前にそれをミカサから聞いていた。ならば、接敵し続けるしかない。
ミカサは錫杖で黒ローブの人物を牽制し、隙を見てジュリが強烈な一撃を放つが、黒ローブの影はそれを難なく避けてみせる。まるで、空気を相手にしているようだった。隙はあるのに、攻撃が決まらない。
ジュリは右手に握っていた両手剣を、遠くに投げ捨てた。そして左腰に手を伸ばすと、父の形見である突剣を抜き放つ。
「これならっ!」
ジュリは叫ぶと、胸に構え、凄まじい速さで黒ローブに剣先を突き入れる。大振りの単発攻撃よりも、手数を踏んだ方が歩があると見たのだ。
牽制と、攻撃のポジションが入れ変わった。ジュリは連続で剣を突き入れ、黒ローブを回避一辺倒にする。その間にミカサは距離を置き、呪文の詠唱を開始。
『天には星、地には生命、万物に宿る魔素よ、光となりて、敵を貫け!』
ミカサがクオータースタッフを振り上げると、黒ローブの数メートル上に、三本の光の矢が浮かび上がった。
『光の矢!』
ジュリの攻撃の合間を確認し、スタッフを振り下ろす。黒ローブはちらりと頭上を一瞥し、その魔法の回避行動に入ろうとした。その隙を狙い、繰り出されるジュリの突き。
二人の攻撃が絶妙にクロスし、黒ローブの身体の端に光の矢と、ジュリの突剣の突きが掠り、ローブがはじけ飛んだ。
そして、二人はその姿を見て、仰天する。
そこにあったのは、漆黒の翼を持った、この世ならざる異形の者だったのだ。
頭から生える角、全身を覆う鱗に、真っ赤な目。そして、長い尻尾。
「まさか!」
ミカサが叫んだ。
「どうしたんです、ミカサ!?」
ジュリは突剣を胸に構えたまま、視線だけをミカサに送る。
「悪魔族…!?なんでこんなところに!」
ミカサの言葉を理解したのか、その黒い影は翼を大きく羽ばたかせた。ローブでずっと姿を隠していたのである、正体を見られたからには、撤退するしかないと踏んだのだろう。もしくは、そう命令されていたのか。
ジュリは逃がすまいと、デーモンに向かって強烈な攻撃を突き入れる。しかし、一瞬早く空中へ逃れたデーモンに、その攻撃は当たらなかった。
「逃がしません!」
ジュリはすかさず、飛び去ろうとするデーモンを金色の猫目で睨み付ける。胸に埋め込まれた紫水晶が熱く熱を持ち、左目に光が集中する。
「猫っ光線ぁぁぁっ!」
「あっ、バカっ!」
そこから発射された光線は、一瞬でデーモンの右翼を焼き貫いた。デーモンは一瞬だけぐらつき体勢を崩すが、すぐに立て直し、虚空に向かって大声で何かを叫んだ。
すると、後方で重装歩兵隊と戦っていたモンスターたちが、バラバラと退散を始める。叫んだのは、全軍撤退の指示だったのだろう。勿論、モンスターたちが一丸となって撤退するなどはあり得ない。要するに、隊として縛り付けていた拘束を解いたのだ。
その隙にデーモンは闇の中に姿を消し、後ろでは重装歩兵隊による残党狩りが始まっていた。相手が人間であるのなら、撤退する兵士に攻撃を加えるのは人道に背く事になってしまうのだが、モンスターであれば別だ。ここで残らず駆逐しておけば街道を旅する人々にとっても喜ばしい事だ。
ジュリは突剣を左腰の鞘に収めると、同じくクオータースタッフを背中に担いだミカサを見る。ミカサはどちらかというと呆れ顔でジュリを見ていたが、その理由は既にわかっていた。特殊兵装を使ってしまった事に対する抗議を、表情で表しているのだ。
「あ…ご、ごめんなさい…」
ジュリは黒猫の左腕で、ぽりぽりと頭を掻いて誤魔化した。
「相手は逃げてるんだから、放っておけばいいのに…勿体ない…」
ミカサは大きく溜め息を付くと、後ろで全身にやけどを負って倒れているゴリアスにゆっくりと近づいていった。そして、声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
ゴリアスは顔だけを動かして、にやりと笑った。
「…大丈夫だ…と、言いたいところだがな…。さすがに動けそうにない。だが、死ぬキズでもない。後ろの駆逐が済んだら、兵士をこっちに寄越してくれないか」
「わかりました。」
ミカサは頷くと、未だ残党狩りをしている重装歩兵の一団の方へと駆けていった。




