第5話 わたし、全力で戦います!
「聞こえました!」
草むらに身を潜めていたジュリが、真っ黒の猫耳をぴくぴくさせて叫んだ。
「え、いきなり何?」
隣で同じように身を潜めていたミカサがジュリに尋ねると、ジュリは小さく北の方角を指差す。
「戦闘の音ですよ。剣と剣がぶつかり合うような…。それも、凄いたくさんの音です。マスターの言ったように、ここから北で戦争をしているのは間違いなさそうですね」
ミカサは自分の耳に手を当てて、集中してみるが、そのような音は全く聞こえなかった。これは、やはりジュリが猫の聴力を持っているからこそ出来る芸当なのか。しかし目を凝らしてみると、遥か北でたいまつのような小さな炎が無数に揺れているのがわかる。
「確かに、たくさんの人が動いてるみたい…ガルディーン軍と、ランディーン軍の戦争か。サリア様がわざわざ警告を寄越すくらいなんだから、結構大規模な戦争なんだよね、きっと…」
「そうでしょうね…。ああ、早くこっちにはぐれ兵が来ないものでしょうか…。父様と母様、そしてわたしの恨み、思いっきり晴らしてやりますのにっ!」
ジュリが、親指の爪を噛む。夕方にあんなことがあったばかりだ、軽口を叩いていても、心中ではかなり腑が煮えくりかえっているに違いない。ミカサは北の方角から目を離さずに、ジュリに同意する。
「でもさ、戦争って、どれくらいの時間でケリが付くんだろう。ジュリちゃん、知ってる?」
「わたしが知ってる訳無いじゃないですか。わたしはついこの間まで、戦争とは無縁の生活をしていたんですよ?こっちが聞きたいくらいです」
ミカサは、しばらく考えた末に小さく溜め息を吐くと、
「…こっちから、仕掛けちゃおうか…」
と、ずいぶん物騒な言葉を呟いた。その言葉にジュリはぴくりと耳を動かし、がばっと立ち上がる。
「え?え?冗談だよ、冗談!真に受けないでよ!」
慌てて発言を撤回しようとするが、時既に遅し。ジュリは腰に父の形見の突剣を下げ、左肩に両手剣を担ぐ。
「わたしはミカサの提案を受け入れます!参りましょう!」
「だ、だから…冗談だって…」
「大丈夫、ちょっと手を出すだけですよ。そしたら、すぐに逃げましょう。うふふ、西国兵め…待っていなさい…!」
拳を握りしめて薄ら笑いを浮かべるジュリを見て、ミカサは「ああ、こりゃもうだめだ」と思った。マンガのように表現するならば、きっとジュリの目には炎が燃えさかっているに違いない。仕方がないので、立ち上がって錫杖を背中に担ぐ。
「ホントに、ちょっとだけだよ…。」
ジュリは頷くと、北に向かって歩き出した。
「あ、そうだ。ジュリちゃん!」
何かを思いついたように、ミカサがジュリを止めた。ジュリは振り返ると小首をかしげる。
「一応念を押しておくけど、殺しちゃだめだからね。」
「何を言っているのです。当たり前ですよ。再起不能になるくらいに痛めつけてやるだけです。いくらわたしの両親が殺されたと言っても、わたしもそれをしてしまったのでは西国兵士と同じですから」
ジュリは、ちょっとだけ胸を張って答える。それを聞いて、ミカサは自分の胸を撫で下ろした。でも、念を押しておかないと、ジュリは憎しみに身を任せて相手を殺してしまう、そんな気がしたのだ。
「ミカサもですよ。きっと広範囲攻撃魔法使うつもりなんでしょうけど、殺しちゃだめですからね」
「わ、わかってるわよぅ…」
ミカサはジュリの指摘通り、広範囲の攻撃魔法を一発だけカマして終わるつもりだった。だが、慣れない魔法の上に、本来使うべき量の魔力を抑えて使うというのは中々にテクニックが必要だ。だが、この先もジュリと旅をする以上、後衛としての役目を練習しておくに越した事はない。昼間のジュリの戦いを見る限り、モンスター相手に上手く立ち回れるようになるまで、そんなに長くかからないと予想したのだ。
「では、サクッと行って、サクッと逃げてきますか!」
ジュリとミカサは、戦場であるべき方角に駆けだした。
中央部隊が包囲殲滅戦を行っている頃、最南部隊では思わぬ混乱が起きていた。
死賢サリアの情報では、ランディーン軍の最南部隊は副王都で募った傭兵部隊のはずである。その数、おおよそ一〇〇〇。
だが、最南部隊を任されているリールィン将軍の副将ゴリアスは、開戦と同時に自らの目を疑った。
目の前に広がる荒野に群れを成すのは、モンスターの大群だったからだ。ゴブリン、ホブゴブリンやコボルドの亞人を始め、中にはリザードマン、果てにはオーがーなどの巨人族までいる。
いくらこの最南部隊がガルディーン軍の精鋭だからといって、対人戦闘以外を経験したことのある兵士が何割いるものか。人間相手なら戦略や戦術が通用するが、モンスターはただ己の本能赴くままに、"狩り"をするだけだ。
唯一の救いは、ゴリアスの統率するこの部隊が、重装歩兵であることだろう。装備も剣などの短距離武器ではなく、槍である。防壁を張り、モンスターを近づけないようにして中距離から戦う事が出来る。
本来、リールィンからの伝令で指示された戦術は、中央部隊の戦が終わるまで時間を掛ける事あった。だが、相手は知能の低いモンスターだ。おいそれとこちらの戦術に引っかかるとは思えない。
ゴリアスは作戦を変更する必要があると感じ、思案を巡らせる。しかし、元々考えるのが苦手な、肉体派の男だ。すぐさまに案を思いつく訳ではない。
「しかたねぇな…」
呟き、背中に背負っていた戦斧を外して、掲げた。
「前衛、大楯で防壁を張れ!楯の間から槍で攻撃、本来の作戦通りにいくぞ!」
叫ぶと、自分も馬に跨って前衛近く、モンスターの群れがよく目視出来る位置まで前進する。そして、その大群によく目を凝らした。
これだけの大群、そもそも複数の種族が混在する群れであるからには、それを統率する存在が必ずいるはずである。ゴリアスはその将を見つけ、単機突破して首を狙うつもりなのだ。幸いな事に、ゴリアスはアルデリアや国王ガルディーン同様、若い頃は冒険者として名を馳せたのだ。モンスター相手ならば、その扱いにも慣れているし、手加減をする必要もない。
モンスターの大群は、一直線にこちらの防壁に突っ込んでくる。将がどんな存在かは知らないが、この様子を見る限り、小賢しい戦略とは無縁であると感じられた。
そして、モンスターの前衛と、ガルディーン軍の前衛が衝突する。大楯をうまく掲げて攻撃をかわし、槍を突いて一匹ずつ、確実に仕留めていく。前衛はやはり、小さく小回りの利くゴブリンたち亞人であり、倒すのにそんなに手間はかからないように思えた。
しかしそれも、中段を固めたオーガーが前衛に接敵するまでの優勢だった。
オーガーの持つ巨大な棍棒の一撃に、前衛の大楯部隊は弾き飛ばされ、たやすく突破されてしまったのだ。
こうなると、頼みの綱はそれぞれの兵の防御力が高い事のみである。厚い鉄鎧に身を包まれているせいか、兵士たちに致命傷はほとんどない。前衛の亞人たちの数を削いだ為、兵力的にはガルディーン軍が優勢だ。
ゴリアスは戦斧を振るってオーガーと渡り合いながら、終始周囲に目を配り、敵将を捜す。
その時、敵モンスター軍のほぼ中央に、巨大な爆発が起き、炎が天高く渦巻いた。周囲が照らされ、群れを確認するのが一時的に容易になる。
そして、ゴリアスは確認する。群れの最後尾に、深くローブを被った人間のような生物が控えているのを。
ゴリアスはあれこそ敵将だと確信し、目の前のオーガーの頭を戦斧で叩きつぶすと、愛馬の横っ腹を蹴って駆けだした。
「あの…ミカサ…」
戦場が目視出来る位置に身を隠し、戦の様子を眺めていたジュリが口を開いた。
「あれ、西国兵じゃなくてモンスターに見えるのですが、わたしの目の錯覚でしょうか…?」
その言葉にミカサも目を凝らす。すると、戦場を走り回る人間ならざる大小の存在を確認した。
「えっと…あたしにもそう見えるよ…。なんで、兵士がモンスターと戦ってるの?」
「わたしに聞かないでください」
ジュリは肩に掛けていた両手剣を抜き、右手に構える。
「でも、モンスターならば手加減は必要ないんですよね。倒しちゃっていいんでしょう?」
「そうだね。なんか、ちょっとホッとしたような、ガッカリしたような…複雑な気分だわ…」
「私の見る限り、ガルディーン軍は苦戦してるようです。手助けしておきますか」
そのジュリの言葉に、ミカサはポーチから小さな紫水晶を取り出し、左手に持っていたノートのページをめくる。
「じゃあ、あたしが魔法一発撃ったら、ジュリちゃん突っ込んで。どうやら巨人族がいるみたいだから、直撃食らったらだめだよ」
「了解です。あんなでっかい棍棒に殴られたくはありませんよ」
言いながら腰を落とし、いつでも走り出せる体勢を取った。ミカサは立ち上がると、紫水晶を握った手でクォータースタッフを持ち、呪文の詠唱を始める。
『天には星、地には生命、紅蓮に燃えさかる炎よ…』
そして、激しく両手を振って舞い始める。
『地獄から立ち上れ、天より降り注げ、灼熱の爆炎となり彼の者等を焼き尽くせ!』
呪文が完成する。
『火炎嵐!』
ミカサが杖を掲げて叫んだ。握り込んでいた紫水晶が、掌の中で砕け散る。
「行きます!」
ミカサに続き、ジュリが叫んで大地を蹴る。
鼓膜を破るかのような轟音が鳴り響き、敵陣のほぼ中央に巨大な火の柱が上り、渦巻いた。モンスターの悲鳴が闇夜にこだまする。
「あああああああっ!」
気合いの声を上げ、ジュリは目の前にいた哀れなモンスターに、力任せの剣戟を振るった。




