第4話 わたし、今回は出番がありません。
少し小高くなった丘の上に、その天蓋はあった。
天蓋の周囲には篝火が幾重にも並べられ、所狭しと、鉄の鎧に身を包んだ兵士たちが走り回っている。近くからは軍馬の心強い嘶きが聞こえ、所々では気合いの声と、怒号が響き渡っていた。
ここは、ガルディーン軍の本陣である。
現在、天蓋の中では死賢サリアを中心に、聖賢アクサ、司祭将軍アルデリア、その副将であるリールィン将軍が、地図を広げて軍議を行っていた。
「なるほど、中央突破を逆手に取るのか」
腕を組みながらそう呟いたのは、純白の法衣の上から、同じく純白の鉄鎧に身を包んだ金髪の優男、司祭将軍アルデリアだ。光の神メーヴェの高司祭にして、その武勇から元帥としてガルディーン軍全軍を預かる男である。年齢は、国王ガルディーンと同じ三五歳。年齢に比して、異例の出世と言われているが、剣技に於いてはガルディーンとほぼ同等だ。
「全五軍の内、中央三軍が統合…たしかに、中央突破なのは間違いありませんね。しかし、相当挟撃のタイミングはシビアですわよ?」
軍議机を挟んでアルデリアの正面に立つ女性は、聖賢アクサ。アクサは、魔術師でありながらも光の神の啓示を聞く事が出来る聖女として、アルスラードル国メーヴェ大聖堂の最高司祭である。立場的にはアルデリアよりも上位に当たるが、それは平常のみであり、こうして戦場に立ってしまえば一魔術師としての力を振るう。亜麻色の長い髪の持ち主であり、一目見れば誰もが彼女を"美しい"と比喩するだろう。三賢人の一人であり、死賢サリアの古い友人でもある。
「シビアなのは解ってるさ。タイミングはこっちから指示を出す。部隊の配置についてだが、中央をアルデリア率いる神官戦士部隊一〇〇〇と、重装槍歩兵二〇〇〇の計三〇〇〇。この二部隊は、最後の最後まで踏ん張って貰わなければならない。後退しつつ敵の突撃をいなしてくれ」
サリアが、戦場を表す地図の中央に駒を並べる。
「右翼、前衛に騎馬兵一〇〇〇、後衛に弓兵一〇〇〇の計二〇〇〇。これはリールィン将軍の担当だ」
「おうよ!」
アルデリアの後ろでガッツポーズを取る大男は、アルデリアの幼馴染みにして義理の兄であるリールィン。身長二メートルを超える巨漢で、騎馬戦闘のプロフェッショナルだ。馬上から振り下ろされる長柄斧の一撃を受け止められた人間は、今のところ誰一人としていない凄まじい腕力の持ち主。
「敵部隊を引きつけ、まずは弓兵で一斉射。突撃の勢いを削ぐのが第一の目的だ。そして、左翼、同じく騎馬兵一〇〇〇と、後衛に傭兵部隊五〇〇、魔術部隊五〇〇の計二〇〇〇。こっちはアクサ、頼むよ」
サリアがアクサを見ると、アクサは力強く頷く。
「全てのタイミングは、本陣からの銅鑼で知らせる。順番を間違えないでおくれよ。アルデリア部隊は、接敵したら交戦しつつ徐々に後退。その間、左右両翼からの弓兵と魔術兵で、突撃の威力を削ぎ、騎馬兵はそのまま横列陣から縦列陣に移行。敵陣の尻尾を確認したら、右翼、左翼の順で側面から敵部隊に突撃を敢行する。左右両翼の騎馬兵が入れ替わる形になるね。その間に、傭兵部隊は敵陣の最後尾に移動し、完全包囲下に置く。包囲網が完成したら、アルデリアの部隊は後退を中止し、前進攻撃。その時の采配は、アルデリアに任せる。左右両翼は、騎馬の機動力を生かして攪乱作戦だ。兎に角も、敵を混乱させる事。後衛の魔術兵と弓兵は、援護射撃だ」
サリアは説明しながら、地図上の駒をどんどんと動かす。その光景を、三人の将軍は頷き、唸りながらも頭にたたき込んでゆく。
「最北・最南の二部隊一〇〇〇人ずつには、本体の応援に向かわせないようにある程度加減して戦って貰わなければならない。早く全滅させてしまうと不都合だし、時間を掛けすぎてもやはり不都合だ。こっちの将軍三人は全て中央配置だからね。まあ、それぞれの千人将に任せて大丈夫だとは思うが…」
その言葉に、アルデリアの後ろに控えていたリールィンが大笑いしながら言う。
「大丈夫だ。どっちの部隊も、オレの部下がしっかりついてるからな!」
アクサが溜め息をつきながら、それに応える。
「だから心配してるんですよ。伝令はしっかり出して下さいね」
「あ、ひでぇな!」
と言いつつも、さらにリールィンは大声を張り上げて笑う。
「まあ、冗談はさておき…」
サリアは、小さくコホンと咳払いをすると、軍議机を平手でどんと叩いた。
「真夜中の会戦だ。視界が悪い上に、敵味方の判別も難しい。兵には、誤射や同士討ちを発生させないように徹底しておくれ。陛下はもうすぐお着きになるとおもうが、出来る事なら陛下の手を煩わせたくない。解っていると思うが、陛下が討たれたらそれでコッチの敗北だ。なるべく中央の戦闘は短期でケリをつける。連携がキモだ、みんな頼んだよ!」
アルデリアら三人の将軍は、その言葉を合図に、一斉に天蓋を飛び出してゆく。それを見送りながら、サリアは深く息を吐いた。
「さて、これで終わる事ができるかねぇ…」
呟き、ゆっくりと天蓋を出る。そこから目の前に広がる荒野を眺め、陣形の再編が済んでいるか確認を行った。丘を降りた所には、たいまつを掲げた約七〇〇〇名もの兵士が、横列陣を取っている。
ふと横を見ると、腰に二本の長剣を結ったアルデリアが、丁度自分の天蓋から出てくるところだった。
「心配するなって。これでケリがつく…いや、ケリをつけてみせるさ。メーヴェの神に誓ってな」
アルデリアがサリアの前を通過しながら言った。アリアは髪を掻き上げながら、
「別に、心配なんてしてやしないよ。ただ、ローザが出てきてない事が気がかりなだけだ。斥候からの報告では、敵本陣にアイツはいないらしい。これだけの部隊を一気に動かしてるのに、ランディーン軍の軍師がいないなんておかしいと思わないかい?」
アルデリアは足を止め、敵陣の方角を睨む。
「確かにな…。まさか、諦めた訳でもないだろう。もしかしたら、この先にある副王都包囲戦の時に、何かを企んでるのかもな。だが、ここでこれだけの兵を消耗しておいて、包囲戦で何ができるっていうんだ…?」
「だろう?まあ、昔から読めない女だったからね。この戦に勝てば、アイツも何かしらのリアクションをしてくるだろうよ。その時に考える事にしよう」
「そうだな」
アルデリアはサリアに背を向けると、手を振って丘を降りてゆく。
「今回、黒と白の幻影が見られないのが残念かねぇ…」
彼の後ろ姿を目で追いながら、サリアは小さく呟いて苦笑した。
「敵軍、動き出しました!」
部下の報告を受け、白馬に跨るアルデリアは荒野の向こうを見つめた。地平線に、わずかながらたいまつの光が見え隠れする。
アルデリアは腰に下げてある二本の長剣を抜くと、その一本を掲げて大声を上げる。
「よし、予定通りに接敵まで現位置で待機!このバカげた戦いに終止符を打つぞ!光の神メーヴェの恩寵があらんことを!」
すると、周囲の兵士から天地を揺るがすほどの大歓声が上がった。
「ファランクス隊、迎撃準備!敵騎馬兵を、一兵たりとも通すな!」
地平線のたいまつの火は、徐々にその数を増してゆく。たいまつの数からして、おそらく兵数五〇〇〇は下らないだろう。対する正面のアルデリア軍は三〇〇〇、両翼からの弓と魔法の援護で、どこまで数を減らせるかによって、アルデリア軍の動きも変わる。
そして、ついに肉眼で確認できる位置まで敵兵が攻めてきた。先鋒は、サリアの予想通りにランディーン軍の騎馬隊だ。その数、おおよそ一〇〇〇。
「ファランクス隊、構えぇ!」
アルデリアの足下に控える千人将が、前衛の槍兵たちに指示を飛ばす。
その時に一回目の銅鑼が本陣から鳴り響き、右翼から矢が、左翼から魔法の矢が撃ち放たれた。それらは敵軍騎馬隊に、まるで雨のように降り注ぎ、捌ききれなかった兵がばたばたと倒れていく。
その攻撃を凌ぎ、残る騎馬兵は、長槍を構えるアルデリア軍と衝突する。
「よし、きっちり騎馬を倒せよ!ファランクス隊の意地を見せろ!」
矢によって勢いを削がれた騎馬隊にとって、もっとも相性が悪いのはこのファランクス隊である。長柄の槍に馬を貫かれ、先鋒陣は自らの剣が届く前に、ファランクス隊の前へどんどんと屍を積み上げる。
二回目の銅鑼が鳴り、アルデリアは全軍に後退の指示を出す。
ファランクス隊は槍を構えながら、隊列を整えつつ、後退を開始する。アルデリアはファランクスの槍襖を突破してきた残り少ない騎馬兵と剣を交えながら、後衛の神官戦士隊に檄を飛ばした。
「前衛・後衛交代!騎馬の後ろから押し寄せる歩兵部隊を押さえよ!」
後衛から、巨大な楯を掲げた神官戦士たちがファランクス隊の前に並び、楯を並べて壁を作る。アルデリアは馬上から左右両翼を確認し、作戦通りに騎馬隊が縦列陣に再編しつつあるのを見ると、さらに全軍に後退を指示。神官戦士たちは楯で歩兵の攻撃を防ぎつつ、じりじりと後ろに下がる。敵騎馬兵の生き残りは既に数のほとんどを失い、歩兵の連携を乱すだけの存在となっていた。
鳴り響く、三度目の銅鑼。まずは、右翼の騎馬隊が馬上槍を構え、アルデリア軍の築き上げた防壁に足止めされた歩兵に側面から突撃を敢行する。その一軍は敵歩兵の塊を真っ二つに分断し、左翼に控えるアクサ指揮下の騎馬隊とすれ違う。そして、続けて左翼の騎馬隊が突撃。完全に敵歩兵部隊を混乱させる事に成功した。
四度目の銅鑼。右翼弓兵と、左翼魔術兵から、再び矢と魔法が降り注ぐ。
そして、五度目の銅鑼で、包囲網を完成させた全軍が、ランディーン軍に一斉に襲いかかった。
包囲網が完成したのを本陣から見下ろしていたサリアは、安堵の吐息を漏らした。今回の戦は、ガルディーン側の圧倒的勝利で幕を下ろしそうだ。
しかし、ここまで綺麗に上手く戦術が決まるとは思っていなかった。中央突破を逆手に取った包囲殲滅戦、戦術的にはかなり有効であったと言えるが、あまりにも敵が脆すぎるのだ。
ランディーン軍に引き抜かれていった数名の将軍のうち、この戦にどれだけ参戦していたのだろう。魔賢ローザは出張っていないにせよ、最北・最南の兵を併せればおおよそ七〇〇〇。これだけの兵を、名のある将軍が率いている素振りがないのはどう考えてもおかしいのだ。
「やっぱり、不気味だねぇ…。ちょっと用心しないといけないみたいだね、これは」
独り言を呟く。すると、背後から声がかかった。
「なにが不気味なのだ?」
それは、国王ガルディーンだった。ガルディーンは漆黒の甲冑を身に纏い、サリアの横に並んで戦場を見下ろす。
「いえ、脆すぎるんですよ、今回の敵兵は…」
「ふむ…?」
「戦術には自信がありました。ですが、これだけ上手く決まるとも思っていなかった。これでは、この戦場に集う敵兵七〇〇〇は、捨て駒にされたようなものです。それが、どう考えても不気味でしてね…。まるで…」
サリアは言葉を続けようとして、何かに気が付き口を噤んだ。
「まるで、自分たちを勢いづかせて、副王都を包囲させたいかのような…ということであろう?」
サリアの考えを、ガルディーンが代弁する。サリアは頷くと、再び戦場に目をやる。
「ここでの勝利は確定しました。ですが、このまま副王都包囲に赴くのは危険な匂いがします。しばらく敵の出方を窺うのも手かと」
「…そうだな…。副王都に潜り込ませた斥候は機能しているのであろうな?」
「それは勿論」
「なれば、その報告を待とう。ランディーンが何を考えているのかは解らぬが、確かに私も焦臭さを感じている」
「御意に」
丁度その時丘の下で、ガルディーン軍兵士からの鬨の声が上がった。おおよその敵兵を殲滅したようだった。これで後は、最北・最南の二部隊を殲滅するだけだ。サリアは近衛を呼ぶと、直ちに伝令を走らせる。
「これは、わたしはまだ出張るべきではなかったかも知れぬなぁ…」
ガルディーンのつぶやきが聞こえ、サリアは再び頷いた。




