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甦る記憶

自慢じゃないけど、私の前世はいわゆる喪女だった。この記憶の残念さ加減からいって、おそらく若くして事故か何かで亡くなったので多分独身だったと思う。

いまさらそれを悔やんでいるわけじゃないんだけど。そもそも、おたくをこじらせたが故の結果なのでなんとも言えない。……なんだけど、助けてください。


……前世から現世まで、対処しようがない事態に初めて遭遇しちゃってるんですけど!!!


ものすごい勢いで真っ赤に染まっていく私の頬。身に着けている真紅のドレスも真っ青になってしまうってば!

お客様の中に!誰か!ハイスペック男子を逆ハーできる達人はいらっしゃいませんか!?

ハイスペック男子に抱きしめられたら場合の対処法を誰か私に教えて!!

……この場合ハイスペック?というのにとっても引っかかるわけだけれども、まあ、私の好みは置いといて顔良し家柄良しというのは嘘ではないと思う。

とかなんとか冷静になろうなろうとするのだけれども。いやー無理無理。なんせこんな体験ありませんでしたからー。



「おまえは俺が守ってみせる……」


もしもーし、おずおずと腕をちょんちょんとつついたけれど、なんかもう感極まって私を抱きしめたまま呟いてくれちゃったりしてる。どうしてくれようかこの男。

がばっと来られたので逃げようがありません。どうしたらいいんでしょうか。

真っ赤になりつつじたばたしてると、むしろ放すものか的な感じできつく抱きしめられるという悪循環。逃げられない絶体絶命の状態です。


「ふぃ、フィサリス……その」


放してくれないかなあとおそるおそる言えば、ようやく腕の力を緩めてくれたわけで、もう一押しと思い私はフィサリスを見上げた。視線が、合う。


「……頼りにしてるのよ、本当に。だから、そんなに心配しないで」


ね、とまだ火照ったままの顔に無理やり笑顔を浮べてみせる。よし、これで逃げ切ろう。健気な令嬢路線で逃げ切るしかない!


「心配せずにはいられん。おまえがそうやって強がれば強がるほどな」


私の性格をよくわかってらっしゃることで。ええまあ、そうですよ。


「――なにかあったらすぐに俺を頼れ。……おまえの為ならば、俺はあの忌々しい目の上のアレですら切り捨ててやるからな」

「……いや、それは、ちょっと……さすがに、重いわ……」


目の上のアレとは、間違いなくあの方のことであろう。不敬罪どころではないですよ、謀反ですよそれって。おいおいな発言に、私はようやく頬の熱がひくのを感じた。そんな友情は重すぎてひきますって。

あれ、でもなんでこんなに照れちゃったんだろう。やっぱり経験なさすぎて対処できなくてパニックになったということかしら。うん、もう少しスキンシップなるものをしておくんだったわ。単なる親愛の情の友達の抱擁にすら動揺してしまうなんて、私もまだまだだな。


「それくらい俺はおまえを大事に想っているということだろうが。いいかげん察しろ」

「またまたあ。いくら大事な友達だからって、友情と主君を天秤にしては駄目でしょう」

「……本当におまえは人の話を聞かん女だよな……」


あれ、なんかフィサリスが疲れたような溜息をついている。何かしたっけ私?


「まあ、そんなところが昔から放っておけなくて、俺を惹きつけるのだがな……」

「――フィサリス? どうしたの?」


溜息をついた後で何ごとかを呟いたフィサリス。再び視線が合う。物言いたげな瞳が段々と近づいてきて、近づいてきて……。

「!!!」

解放されかけていた私をそっと片腕だけで抱き寄せる。それはもう流れるような仕草で。

そして近づいてきたフィサリスの顔、というか、ええと、その、唇がですね。なんとですよ!なんとですよ!なんとですよ!!


「……良い夢を、シトリン」


にやりと笑う魔王様の顔をまともに見れないまま、私は超特急で後ろ手で扉を開け部屋へと逃げ込む羽目になった。ガラピシャカチ、とでもいうような(最後のカチは内鍵の音ですよ)わずか一秒足らずの速さでそれを成し遂げると。


「シトリン様? どうかなさいました?」

「まあ、お顔が真っ赤ですわ」


部屋の中で息をひそめて成り行きを見守っていたらしい侍女たちの声すら、耳には入らない。

扉を背にユデダコになった私は崩れるように座り込んでしまった。

――もう一度言います。

私の前世はいわゆる喪女だったと思われるので、男性に対しての免疫はほとんどござりません。ましてやハイスペック男子とお近づきになることもなかったわけですよ。その私に対してあの男はですよ、あろうことか。


「――デコチュウしやがった――」


呆然と呟く私。侍女はデコチュウという単語がわからず首を傾げている。

どうしよう動揺しすぎて真っ赤になりすぎてしまっているわ!!どうしたらいいの!?と焦る私だったのだけれど。

扉の向こう。いかにもしてやったりというような笑いを響かせる男(というかまだいたのか、はよ帰りなはれ)は扉をコンコンと叩く。


「入ってます!!」


いやトイレじゃないんだし、というどこか冷めたツッコミを内心でしつつ、私は動揺のあまりアホな答えを返してしまった。うろたえるな!馬鹿者!とどこかからツッコミはいりそうですね、ええ。

なんなの?デコチュウだけじゃ飽き足らずまだなんか私を弄ぶ気なの?とかぐるぐる頭を回る。

もうやめて!私のライフはゼロよ!!!


「……まさかとは思うが、明日の約束忘れてはいないだろうな。せっかく王都に来たから街の見学をしたいので案内しろと言ったのは、あれは昨日のことだったよな」


明日の約束なんじゃらほい、とか思ったのだが、よくよく思いだしたら、街歩きしたい!と駄々をこねたことは確かに記憶にありました。

学院の中にずーっといるのでつまらないと愚痴ってたっけ。

学院は一週間丸々講義があるわけではない。週末二日は各々休みがもらえるのだ。外出届を出せば外出は可能だし、外泊だってきちんと手順を踏めばできる。

今までは学院に慣れるという意味もあって週末はフィサリスの部屋でオルム達とゆっくり過ごしたりしていたのだが、いかんせん私は魔境の住人。閉じ込められているような感じがして段々飽きはじめてきたのだ。そして、駄々をこねた、と。

もともと王都の住人であるフィサリスには目新しいものではないだろうが、田舎者の伯爵令嬢としては見学してみたいなーというのもあったのだが。なんでこう間の悪いときに!!


「いえ、ちゃーんと、覚えております」


そしてものすごく今後悔しておりますとも!デコチュウかますような男と一緒なんて私の身が持ちません。誰か助けてください。私にはハイスペック男子に耐えうるスペックは装備されていないのです。


「明日の朝迎えに来る」

「いや、それは、その、大丈夫ですから」

「どうした? 行きたいと言ったのはおまえだろう。遠慮するな、二日がかりで俺が案内してやろう」

「ええっと、その、ですがねえ、そんな、悪いですし」

「俺とおまえの仲だろうが、気にするな! 明日の朝迎えに来るぞ。では、明日!」


二日がかりとかなんという罰ゲーム!!

断る間もまったく与えないまま、魔王様は帰っていってしまった模様。なんということでしょう!

ちょっとは人の話を聞けよ、とは思ったもののまだ真っ赤な顔のままでは扉を開けることなどできるはずもない。デコチュウ、恐ろしい子……。


「まあまあ、もしやこれは」


侍女達のわかってますわよ的な意味深な遣り取りに心が折れそうになりながら、私はなんとか立ち

上がった。

で、デートなんかじゃないんだから!!違うわ絶対!

ただちょっと二人で美味しいのを食べたり、気に入った物を買ったりするだけだもの!ただの友人同士の散策だもの!絶対デートなんかじゃないんだから!

……というむなしい言い訳を延々ベッドの中でする羽目になるわけだった。

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