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大魔神降臨

壊れたお人形みたいな首の動きをしながら私は怒れる魔王通り越した大魔神に視線をやった。

古今東西乙女の涙で治まるっていうけど。いや、無理でしょ、乙女の涙ひとつで止まる怒りじゃないでしょ、コレ。


「フィ、フィサリス?」


一応上目遣いで機嫌を伺ってみる。けれどもちらりともこちらに意識を向けてはくれない。

怒れる大魔神は仁王立ちのまま王太子を睨みつけている。

いや、あの、いくら幼馴染で気安い仲とはいえ、そろそろ捕まるんじゃないの、我が婚約者殿よ。

いくらちゃらくても王太子ですってこの方は。

当の王太子は私の手をしっかと握ったままその美貌に苦悩の表情なんぞを浮べていたりする。

アウトオブ眼中ですよ、大魔神を。どんだけ大物なの、この方は!


「彼女は決して悪い子じゃないんだ。わかって欲しい」

「……ナイフ投げは十分悪いような……」


もはや空気と化していたオルムがぽつりと呟く。まだいたのね、まあ、この状況じゃ出るに出れないだろうけども。

素晴らしく常識人に育ったみたいでこういう状況だけどちょっとほっとしたり。

魔王様に残念美神に囲まれ、よくこんなに真っ直ぐに育ってくれたよ。お姉ちゃんは嬉しいよ。

よよよ、と心の中で泣いてみたけれど、状況は変わらず。一応のオルムのツッコミをものともせず殿下はますます手に力をこめてくる始末。


「で、殿下は、リラ様とはお知り合いなのでしょうか?」


大魔神怖いですが、びびりながらも一応尋ねてみる。ぎろ、と今度は私まで睨まれた。いや違う、あれだ、握っている手を睨みつけているのだ。きゃー怖いー。

かりそめ婚約者とはいえライバルにべたべたされるのは気に食わないのだろうけど、ひたすら怖いです。


「いや、そういうわけではないよ。不運な御令嬢だと噂に聞いていてね。それとなく注意を向けていたんだよ」

「お知り合い、というわけでは?」


あれ、なにかおかしなことを言っているよ。知り合いじゃないのに知ってるとかおかしなこと言ってるよ?


「直接言葉をかわしたわけではないけれど、いつも彼女のことは見ていたよ」


自信満々に殿下は言うといっそうぎゅうっと手を握り締める。

あれ、でもそれって。なんというかその、すごく残念なお言葉なのではないだろうか。

知り合いではない。でもいつも見ているから知っているよ!とかいうことですよね。

なんという妄想!!しかもその上で。


「もちろん彼女だけじゃなく、たいがいの御令嬢は全部顔と名前は一致しているけどね。だから君に数年ぶりに会った時も、すぐに君がシトリンだとわかったしね」


とかいう残念台詞を付け加えてくれた。

はいきました!残念な発言いただきました! ……やっぱりね。

つまりは顔が良くて好みの御令嬢は片っ端からチェックしているからリラさんのことも知っているということなのね。ふう、なんという残念な美神だ。

こんな方が王太子でいいんだろうか。あ、でも入学式で挨拶していたこの方はもはや別人だったし、究極の猫かぶりということなのかしら。一人称もきちんとチェンジして、典雅な貴公子そのものだったもの。

ああ、でも。私は怒れる大魔神をちらりと見やる。

これと小さい頃からつるんでいたら、まあこうなるだろう、という納得ですよ。

唯我独尊の超俺様魔王様と一緒にいたら多少ちゃらくなっても仕方ない、うんうん。

しつこくライバル意識剥き出しで張り合うのがずーっとついていたら、かわすのがうまくなるでしょう、確かに。


「――貴様は見目良い令嬢ならば全部目をつけているだけだろうが!」


ついに怒れる大魔神は動き出した。強制的に殿下を引き剥がしにかかったのだ。空気と化したオルムは止めなかった。いや、止められないよね、これはね。

かくて私の手はフィサリスに確保されることとなりました。引き剥がされた殿下がどうなったかはあえて名誉のために触れないでおきましょう、ということで。崇拝者が多分泣くと思うので。


「貴様の言うとおり、静観はしてやるがな。万が一、シトリンに傷一つでもついたらあの女は全力で潰すぞ」


ま、魔王様発言きました!ぞぞぞとなりながらオルムに視線を向けると、弟の顔もひきつっていた。全力でといったら文字通り全力で潰しにかかるだろう。私はちょっとだけリラさんに同情してしまった。悪いことは悪いけど、いたいけな乙女だもの。

大魔神から魔王様にいくぶんダウンしたフィサリスは、それでも不機嫌きわまりない感じで、そのまま部屋の扉を開ける。


「おまえに全力で、と言われると……ぞっとするね」


立ち上がった殿下はそう言って、いつものような笑みを浮べる。ふわりとしたミューズの微笑というやつを。


「それを軽くいなすのが貴様だろうが。……俺の全力などいつでも貴様の前では児戯に等しい。主席入学とか主席入学とかな」

「……代表挨拶できなかったのをまだ根に持っていたんですか兄さまは……」


フィサリスの呟きにまたしてもツッコムのはオルムだった。そうか、そんなことがあったのかこの2人。

入学式で壇上の殿下を見てはやけにぎりぎりしてるとは思ったけど。そうか、入学式でまで負けてしまったのね。


「買い被りすぎなんだよおまえは。俺はそんなたいそうな人間じゃあない」


お、一人称が俺に戻りましたよ。それにしても殿下がたいそうな人間じゃないとしたら、私なんてミジンコもいいところなんですけども。負け続けてるフィサリスの立場もないような。

でも。……それだけ殿下はフィサリスに心を開いていて、信頼してるってことなんだろうな、ちょっと羨ましい。

幾分か怒りを和らげたフィサリスがふん、と呟いて、私は引きずられるように部屋を後にした。あれ、なんで連行されているのかしら私ってば。

無言のまま手を取られ、歩いていく。歩幅はかなりゆっくりで、一応私を気遣ってくれているらしい。普段は俺様なのに、こういうときはとても優しくなるのはちょっと卑怯だと思うのよね。階段を下りる時はきちんと私が転ばないよう導いてくれるし、嫌味なほど決まっているエスコートっぷりです。


男子寮を出るともう外はかなり暗くなっていた。外灯もぽつんぽつんとしかないし、星明りだけを頼りについていく。ずっと手はつないだままだ。そして無言。

なんかしゃべろよ、という圧力をこめつつその背を眺めるも。俺様はまったく気づかずに歩いている。

なんかこういうの昔もあったっけなあと思い返す。

庭という名の魔境で鍛錬を遅くまでしていたこやつを待つこと数時間。真っ暗になった小道を無言で2人歩き続けた。でもしっかりはぐれないように手はつないだままで、歩幅もちゃんと合わせてくれた。うん、あの時からやっぱりエスコートが上手かったよね。

「……小さい時もこんなことあったわね……」

ぽつりと呟くと、短く「そうだな」という返事。いや、会話広げろよ!

「あの時も、ちゃんとフィサリスが部屋まで連れて行ってくれたわね」

気を取り直して続けると、フィサリスはまたしても「そうだな」と続ける。それっきり、やっぱり会話をしようという気はないらしく黙ってしまう。まだ、怒れる大魔神なの!?

会話もまったく広がらないまま女子寮に着くと、じゃ、と言って離れようとした私の手はいっそうぎゅっと握られた。え!?

「――部屋まで一緒に行く」

もう遅いからな、と言われると私も引き下がるしかない。強く出られるとひいてしまうのは小さい頃からの力関係のままなのだ。今は良き友だけど、初期は完全に主従関係に近かったもの。魔王怖いし。渋々連行されることを選択する。

でも一歩入った途端ものすごく後悔した。階下に何人かいた御令嬢達が一斉にこちらに注目してきたからだ。

「まあ、フィサリス様よ!」

「シトリン様もご一緒だわ」

だからどうだって言うのよとなかばやけになりつつフィサリスの背の後ろに隠れる。なんだろうこの生暖かい眼差しは!ただちょっと婚約者殿のお部屋でディナーして帰りが遅くなっただけなのに!

わかっておりますわよ……みたいなぬるーい目の中、階段へしずしず進んだ。これはきつい。なんという罰ゲームなの。令嬢笑顔でどうもーとかしながら階段までたどりつく。

ガン無視してるフィサリスのような強い心が私にあればもうちょっとスマートな対応というのができるんだろうけど。まさしくしがない伯爵令嬢と侯爵家令嗣の違いよね。


「――おまえは、それでいいのか」


階段を上りきり部屋の前まで到着するとぽつり、とフィサリスが呟く。はい?となりながら顔を上げた。それでいいってなんのことでしょうかと視線で尋ねる。


「ナイフなんぞけしかけられて平気なはずがないだろうが!! 怖いはずだ、なぜそう言わない!?」


おーおーおー怒れる大魔神はやっぱりまだ怒っていた模様です。あまりの剣幕に私は一歩後ずさる。

部屋の前まで来てしまっていたので、すわ何ごとか!と侍女が様子をうかがうために扉を開けて、そして婚約者殿を見るなりさっさと引っ込んだ。

いや、ちょっと、もしかして痴話喧嘩みたいに思われてるのでは?激しく違いますよ!


「あの馬鹿が様子を見るなんぞとほざきやがって! 被害にあうのはおまえだというのに、俺はなにもできん! ただ見ていろと言うのか!」


あ、そこか。私が嫌がらせを受けるのを止められない自分の無力さに怒っているのか。うんうん、昔から理不尽なことは大嫌いだったもの婚約者殿は。

親しい友人が嫌がらせを受けていたら、その正義感といっていいものかどうかわからないけどまあそんなもの、がむくむくとってところね。

でもね、敵に対しての非道っぷりを考えるに、こちらとしては何もすんなよ、と声を大にして言いたくなる。

うまく切り抜けたら彼女とは無縁でいられるんだもの。私の死亡フラグだって折れるし。

聖マリは、ともかくヒロインが他のルートに行ってくれたら、私は彼女に関わる必要だってなくなるのだ。まあ、あちらが私を友達にしたいとしたらそういう選択もあるけど。

あくまでも彼女がフィサリスを選んだ場合に立ちはだかるのが私なのだから、他の攻略キャラを選んでくれたら、万々歳で、今までのことは水に流せるわけですよ。

……ナイフ投げが水に流せるかはおいといてですけどね。

うっかり刺激したら死亡フラグどころかとどめをさされそうなので怖いです先生!


「――確かに、怖いわよ、私も。けれど、殿下が何のお考えもなくそんな無責任なことは仰るはずがないとも思うの」


いや、あの方は何も考えてないに違いないんだけど、王太子のせいにして口を開く。


「何か理由があると思うの、あんなこと。それもわからずにただ悪いと糾弾してしまってはいけないんじゃないかしら」

「だから、おまえは我慢する、と」


お、少しは怒りを納めたらしい。やはり素直に怖いと言っておいた方が良かったのね。心配してくれてるのに強がるとか逆に婚約者殿は嫌いそうだ。


「それに傍観というのはちょっと違うわよフィサリス。……本当に危なくなったらちゃんと貴方を頼るつもりだし」


とどめをさされそうになったらさすがに侯爵家の権力も使って報復させてもらいますけどね! という意味でそんなことを言ったら、怒れる魔王様はなにやらうるうるきていた。

「――なんという健気な」

あれ? なんか感極まったように呟いていますが、なんだこれ。

危なくなったらおまえの権力使わせてね、のどこが健気なのでしょうか、わかりません!

「安心しろ。――おまえは俺が守る」


感極まったように呟くと、魔王様はがばっとその腕を広げた。ひいいい!!

逃げられない!と目を閉じた瞬間、私はフィサリスに抱きしめられていた。

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