ヒロインとは
私は色々と考えていた。そう、王国史の授業もほぼ無視して。
何度かあてられたけどそのへんはうまくかわしきった自分を褒めてあげよう。
そして授業も終わり、講義室を出ようとしたその時だった。
だんっ
足元にキラリ☆燦然と輝くナイフさまがあった。
私が今踏もうとしたその場所に刺さったナイフを、ああらごめんあそばせ~と軽やかに抜き去っていったのはヒロインことリラさんだった。
なんという的確な投げっぷり、恐ろしい子!と驚愕していたら、すぐに私はフィサリスの腕の中にいた。どうやら講義が終わるのがこちらよりも早かったらしく待っていたらしい。
なーんーでーこいつはこう煽るようなことすっかなー。
ヒロインはフィサリスルート入ってるんだってば。ライバルキャラを潰そうとしてるんだってば。あなたがでてきたら逆に嫌がらせがひどくなるんだってば!
「――出たわね、腰巾着が」
ヒロインは相変わらず悪役台詞だし、なんだろうこの残念な子は。
「性懲りもなく、貴様」
「貴方が鎖につないでおかないからいけないんでしょう。私のせいじゃないわ」
「く、鎖だと……は、破廉恥な」
鎖につなぐ?よくわからない応酬に私は首をひねったが。なんかちょっとフィサリスが頬を赤らめているのも解せない。
「こんなところでやりあうつもりはないわよ。特に番犬がいるところじゃあ不利すぎるものね。ごきげんよう、皆様」
「待て!」
フィサリスの言葉をまるっと無視して颯爽と去っていく。なにこれ、かっこいい。
ヒロインはなんというかさわやかな悪役という感じですね!
寮に帰りますという言葉は無視されて、なぜかフィサリスの方の部屋へと連行されていく私。まあまあとなだめるオルムがいなければ脱走しているのに、なぜか後ろから王太子までついてきている。いわく、今の騒ぎを見ていたとのこと。
可愛い女の子だいすっきな王太子的にもおそらくヒロインはストライクだったんだろう。
まさにおねーさまーな悪役っぷりだったもの。とてもよくわかります。
どっちかというと王太子の好みは純情可憐系ではなさそうだし。なにせわがまま放題だった幼少黒歴史の私を「可愛かった」と言えてしまうほどの器の大きさ(一応褒めておく)だもの。
なんで貴様がついてくる、と言ったっきりフィサリスは無言だし。王太子はにっこにこだし。
あーあー他の攻略キャラってなにしてるのかなー。
やっぱり悪のヒロインの下僕と化してたりして。
……などと現実逃避をしながら部屋へと連行されると、もう既にディナーの準備はしてあった。ちゃんと王太子の分まで用意してあるところを見ると、予想の範囲内であったらしい。さすが未来の鬼宰相!
「とりあえず食事しながら今後の対応を検討しようと思う」
本来は寮は女人禁制らしいのだけど、それはそれですよ。将来を誓い合った相手といいますかきちんと家同士で決めたお相手ならば節度を守れば招いてもいいということになっているそうで。その上、この男は侯爵家令嗣で、そもそも別格待遇ときてますし。
なので私もいっこうに咎められることなく週に何回かはここに連行されては強制ディナーとなるわけで。
でもね、この男は金と身分にあかせて自分の家のコックを連れてきてたりするわけで、もうご飯が美味しいわけなんですよ。自室に運ばれる食堂メニューだってまあわるくはないけども、なんかレベルが違うんだもん。
ずるいなーとか言ったら「こっちで食事すればいいだろう」とか言ってくるので言わないことにしましたけどね。美食になれたら将来が怖すぎて。
ともあれ、しばらくは和やかな食事が続く。
「……で、オルム。あの女の詳細はわかったのか」
いやだなあもう。あの女なんてヒロインに失礼じゃないのよ。
「ローズ男爵家の御令嬢のリラ様、というそうです」
「それはもう聞いている」
苛立ったようにフィサリスは言った。いやーねーだいたいナイフ投げられたのは私なのになんでこの男の方が怒ってるのかしら。
「数年前に病気で母君を。半年前に馬車の事故で父君を亡くされています」
きましたきました!不運な人生を健気に生き抜いてきたヒロインですね!
両親を相次いで亡くし強欲な叔父には使用人のようにこき使われ、挙句容姿が良いとわかるや玉の輿を狙うよう強要され来たくもない学院へとやってくる。
そうなのだ。聖マリのヒロインがハイスペック男子を追い求めるのはその家庭状況にあるのだ。言うなれば後見人こそが幸せな未来への最大の邪魔者で、その支配から逃れようとする物語でもある。
この叔父に関しては誰を選ぼうがもれなく不遇の未来しかない。この点に関してだけは私は一切の同情もない。ヒロインが健気過ぎて泣ける。
「両親ともにいないのか! だが、令嬢と名乗るには……」
「――欲深い叔父が爵位を継いでリラさんを学院に追いやったんですね、わかりますわかります」
うんうんと頷く私を驚いたように見るオルムとフィサリス。あれ?もしかしなくても私ってば余計な一言を。しまった。余計なゲーム知識を披露してしまったわ。
「そ、そんな典型的なお話かと思ったんですけれど、まさか図星でしたのね、ほほほ」
よくある話ですものねえと目線を泳がせつつ本日のメイン食材子羊のなんちゃらにナイフを投入した。美味しいお肉ですわねえと微笑むが、しーんとしたままだ。
ヒロインの凄絶な家庭状況にご飯も喉を通らない、といったところだろう。
私も含めてそれぞれ家庭環境には恵まれているのだから。まあ、私の場合は色々と策を練りましたけどね、ええ、もう。
「でも、そのような家庭環境でしたら、当然すさみますわね」
ほう、とためいきをついて見せると、3人とも無言で頷く。
「だ、だからといって、おまえへの暴挙は許しがたい! 俺の婚約者としってのことだとしたらなお許せん!」
ええい黙れ!おまえが話をややこしくしとるのだ!とは口が裂けても言いませんが、寸前までこみあげてきましたとも。
「でも、もう少し様子を見ても良いのではと思うのよフィサリス。殿下もそうお思いになりませんか?」
こいつに言っても無駄だ、とふんで。私は隣の席で優雅に食事を続けていた王太子にふった。え、なにこの人、めっちゃ普通にご飯食べてたし。
ふられた王太子は艶なる微笑をふわりと浮べて、ナイフを置く。い、いちいち絵になるわ。
「――俺はただの傍観者だからね。たいしたことは言えないけれど。今はまだ様子を見たほうがいいとは思うよ。令嬢がどう動くか、見極めてからでも遅くはないだろう」
ふっと微笑して、食事再開。何ごともなかったかのように食べ始める。
「ふざけるな!そんな格好つけたこと言いやがって、要はこっちから動くのが面倒くさいだけだろうが貴様は!!」
はいはい不敬罪、不敬罪。そんなことだろうとは思っていた私だからこそあえてこの方にふったのですけどね。ともかく私もヒロインになにかするのはちょっとためらうのだ。
今はまだ、ヒロインに逃げ場などないはずなのだ。それなのに私に向かってナイフ投げるには、やっぱりそれなりの覚悟があるに違いないのよ。
これは、やっぱり。
「……間違いなく、フィサリスルートよね……」
王太子の要は面倒だから様子見ようよ!の一言でこの話題は終わり、さっさとデザートまで堪能して席を立つ。
王太子は少し考え込んでいる様子で座っていた。珍しい、この方でも悩むことがあるんだろうか。まあ、腐っても王太子だしね。
「――シトリン」
だから、いつになく真摯な声をかけられて私は思わず歩みを止めた。こ、この流れはもしかして。
王太子が立ち上がり、私の手をとった。
「殿下? どうなさいました」
やばいぞ、このパターンってもしかして。
「――すまない、彼女を許してやってはくれないか。彼女は、リラは、本当は、悪い子じゃないんだ」
きましたーーーーー!!!!
幻のフィサリスルートイベント「王太子の懇願」きちゃったよこれ!!
ただしその中身は『彼女を許してやってくれないか。彼女は、シトリンは、本当は、悪い子じゃないんだ』っていう台詞ですけどね。
なんでもシトリンが悪堕ちする前からの知り合いだという王太子がヒロインに本当は彼女は悪くないんだ許してやってくれと懇願するというイベントで。これを聞いたフィサリスがさらに激怒するというおまけつきの。……ってことは。
ぎぎぎと首をひねれば。私の椅子をひいてくれた男が立っている。
――いやーめっちゃ怖いんですけどーーー。