ヒロインは悪役
ご挨拶はこれくらいで、と。あくまでも優雅に一礼して去っていく令嬢。
で、できる!!
唖然として見送ると、フィサリスが刺さっていたナイフを悔し紛れに一閃したのはいいけど。
「ああら、ご挨拶ですこと。ほほほ、ごきげんよう」
肝心の御令嬢は悠々後ろ手キャッチで去っていった。
な、なんなのあのナイフさばき!素人とは思えないわ。
「くそっ。なんだあの女は!」
「……兄さまの投げたナイフをいともたやすく……ただものではないですね」
「ははは、そーですねー」
乾いたひきつり笑いを私は止められない。
いや、うん、ただものじゃあないんだけど、さ。あの子確かにね。
「確実にシトリンを狙いにきていたな、あの女。……許せん!!」
「しかも仕損じた、なんて言ってましたよ!」
「ははは、ソウイエバソンナコトイッテマシタネー」
いや、君達ね。
「俺の婚約者を狙うとはこの俺をも敵にまわしたということだ!思い知らせてくれるぞあの女!」
「その通りです、兄さま!」
ちょ、何その魔王発言!やめて!洒落にならないのよ!!おまえも乗っかるな!!
「ははは、でも悪気はないんじゃないかなーなんてー思ったりなんかしてー」
盛り上がる2人の横でそう呟いたりもする。
だって、いや、そんな、ぎりぎりしてもさ、とりあえず私は今無事だし、そもそもあの子は。
――主役という名のヒロインですからね!!!
聖マリの主役。俗に言うヒロインというのがさっきの彼女なのだ。
日本人らしい色彩と、でも可愛らしいと綺麗があわさったちょっと欧風の容姿を持つ、女の子だ。
黒髪黒目だけど純和風じゃない容姿は、この欧風乙女ゲームの世界にも違和感はなくて、かくいう私だってちょっと憧れたものだ。
現実にいそうなんだけどいない、という微妙なところが憎い。
聖マリは乙女ゲームの草分け的な存在だったから特にゲームも難しいということもなく、ひたすら攻略キャラの求めるレベルまで自分を高めていくことにより最終的にその愛を勝ち取る、というものだった。
ええ……ボタンを押すだけともいいいますが。
その合間にライバルキャラが出ては妨害をしてくるというのが、まあ難点といえば難点だったろうか。
フィサリスの場合は求められるスペックがえらく高かったとしか記憶にない。
でもそれだって王太子以下だったけど。
王太子はすべてにおいて完璧ではないと出現しない高嶺の花で、たいがいそこまで上げるのが面倒になってフィサリスで妥協という流れだった。
だって丸々一年かかってようやくちらっと姿見レベルだったんだもん。
それに比べれば、フィサリスなんてせいぜい半年くらいだし。他の攻略キャラにいたっては全部をあげなくても出現してくれるわけだし。
ん?
そういえば、他の攻略キャラっていないよなあ。
年上のつめたーい眼鏡の先輩とか、色気だだもれな語学教師とか、腹黒笑顔の科学教師とか、やんちゃな騎士くんとか、その他もろもろ。
騎士くんなんて王太子のお付なはずなのに1回も見たことないなあ。語学教師はあきらかなる年上のおねえさま(ということにしておかないと)だし。
あれか。
私なんてどうせフィサリス付の脇役ぺーぺーだから傍観すら許されないのか。つまらないわあ。
などと、脳内で自問自答していたら、視線が痛かったです。両脇からの。
「おまえ、自分が狙われたっていうのはわかっているんだろうな」
「も、もちろんよ。ほほほ」
いえ、いまいちよくわかってません。
だってヒロインがなぜ私を襲う必要があるのか意味がわからないからです先生!
しかもどっから出てきたナイフよ。間違っても聖マリにナイフ技術上げるコマンドなんてなかったはずなのに。しかもあの上達っぷり。
間違いなく寝食惜しんでやりました的な投げですよね!
「怪我がなくてなによりだが、だがこのままにはできないな。……俺のシトリンを狙うなどと」
「一体なんの目的があってこんなことを。侯爵家令嗣の婚約者でもある伯爵令嬢にあんなことをするとは。男爵令嬢と言ってましたよね……意味はわかっているのでしょうか」
いくらしがないといったって腐っても伯爵家だ。そこにはやはり身分差というものが存在する。
父さまは知らないけど、母さまは公爵家の令嬢だった方だし、ということは遠いながらも王家の血を引くということだ。ま、フィサリスのところと比べたら月となんちゃらだけども。
それを無視してでもナイフ投げするからにはやはり相応の理由があるはず。
ヒロインが悪役、というかそれを回避しようともがいているけど結局捕まっている私を襲うというのは間違いなく、私を邪魔者だと思ったからに違いない。
元々私は名ばかりの婚約者で、フィサリスからは嫌われているはずだった。
それが長年の努力の甲斐あって今では親しい友人になっており、周囲の目から見ても多分上手くいっているように見えるだろう。
ヒロインとしてはなんで?といった感じだろう。
すぐこなかったのは自らを高めて私に打ち勝つための鍛錬をしていたから。
つまり婚約者である私よりもハイスペックになる必要があったから。
入学早々来なかった、少し時間を置いてやってきた、ということからして、やはり。
「――フィサリス狙い?」
そうよそうよ間違いないわ!
私はそう呟くと、いまだに私を腕に抱いている黒男から脱出した。
「おい、シトリン」
友人ですもの、友人。節度を持って行動していればあらぬ誤解を受けて襲われることもないじゃない。第一この男がこうひっついたりするから周囲が変な風に思ってしまうのよ。
私は隣の男から少々離れたところに優雅に座りなおすと、オルムから淹れ直したお茶をもらう。
「……けじめをつけないと、いけないと思うのよ」
にっこり笑って私は間の隙間にナイフを突き刺す。フィサリスが思わず飛びのく。
「あら、いやね、手が滑っちゃったみたい。ほほほ」
令嬢笑いでさらにもう一本、突き刺す。
ヒロインがフィサリス狙いなら私には関係ありませんアピールをしなくてはなるまい。ナイフが目の前に突き刺さるところはちょっと見たくないし。
あれ、そういえば。
ヒロインと私のイベントといえば。
『貴方はフィサリスにはふさわしくなくてよ。身の程を知りなさい』
聖マリのシトリンはまさしく悪役令嬢らしくヒロインを絶望させるのだ。いかにフィサリスには自分がふさわしいかをとうとうと語って聞かせる。ヒロインは泣きながらその場を去り、それを知ったフィサリスは怒るのだ。
『俺のリラに! あの女!』と。
ん?
これって経過こそ違えど、もしかしなくても今の流れに似てませんかね。
やばい、やばいぞこれは!!!
「私とフィサリスはいまのところ婚約しているけれどただの仲の良い友人同士ですものねえ」
あわあわしながら、周囲に聞こえるように言った私は。
――ものすごい誤解をしていたことと、火に油を注いでいたことにまだ気づいていなかった。