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アジアンビューティー現る

流れるような朗読を華麗にこなして、私は満面の笑みで席に着いた。ふ、完璧だわ。

語学の授業も完璧にこなすと、さあ本日の最大イベントであるランチというやつが待っている。

え?最大イベントがランチ?

侮るなかれ、伯爵令嬢たるもの、常に周囲を意識していなくてはならないので、衆人環視のもとお昼をするというのはなかなか大変なことなのよ。授業は男女別れており、講義室も別々だけど、学院の食堂というのは一つだけだ。まあサロンなんていうのもあるにはあるけど、食事だけは別。あくまでもマナーのいわゆる練習として男女同席のもとお昼をとるということなんだけどね、ほどほどの伯爵令嬢の私だけだったらどうってことはない。が。可愛い義弟と一緒にお昼!とか浮かれてたのも束の間。

なぜかお昼になると筆頭侯爵子息の俺様魔王様フィサリスが当然のように食堂までエスコートするもので、初日から目立ちまくりなのですよ。おかげでマナーも完璧になっちゃったって。

その上最近では、常に崇拝者いっぱいの見かけだけミューズの残念王太子まで面白がって同席するもので、生きた心地がしないのよね。

あの方はマナーでわたわたしてる私を見るのが心底楽しいらしい。

とまあそんなやりとりをそうして一日のうちの一番の最大イベントと言うわけ。

寮に戻ってしまえば、朝も夜もお部屋でのんびりご飯をつつけるというのになんでこんな面倒なことになるんだろう。このシステムは本当面倒。

それをフィサリスに愚痴ったら「夜はそっちがこっちに来て食べればいい」とか訳のわからないこと言ってたけど。昼が面倒って言ってるのに変な奴。

ふふふふ。でも今日は食堂なんて面倒なところには行かなくていいのよ!!!!


「なんだ、それは」

じゃーん!と講義室の出口のところで待っていたフィサリスと義弟のオルムに、私はバスケットの存在を誇示した。

「おまえ、なにそんな重いもの持って! 貸せ、俺が持ってやる」

とても淑女が持つ重さのバスケットではないそれを、強引にフィサリスは奪い取る。いやー平気よ意外と私身体鍛えてるし。

なにせ元々のシトリンってばちょっと身体弱めだったから、けっこう鍛えたからね。

「なんだこれは……」

「侍女に頼んで作ってもらったお昼ご飯よ。サンドイッチとか簡単なものだけど、たまには外で健康的に食べましょう?」

そう言うと、フィサリスはしばし考え込んだみたい。

「……そういえば、よくおまえはバスケットを持って俺に差し入れしてくれていたな……ふん、懐かしいな」

ちょっと感慨深げにそう言ってうんうんと頷いている。そうなのだ、こやつは修行すると寝食を忘れそうになるので時々差し入れという名の監視を怠らなかったわけですよ。なにせこいつになにかあったらしがない伯爵家なんて取り潰しだもん。死亡フラグそんなとこで立ててたまるか!と意地になったのも幼い頃のはなしだけど。


「そうそう。外で食べるのもなかなか良いわよね」

「……俺はおまえと一緒ならどこでもい」

「さーさー早速外行きましょー」

「……おまえは本当に人の話をきかん女だな……まあ、そこもい」

「オルムー? さっさと行くわよ」


ご飯、ご飯、とうきうきしながなそう声をかけるとさっさか私は目星をつけたところまで歩き出す。場所は中庭だ。噴水ありの、なかなか洒落ている場所で、私は大樹の根元まで駆け出す。ちょうど日陰になっていて皆が座れそうな場所も確保できるのだ。

伯爵令嬢としては少々いただけない行動だが、私は目の前のご飯に浮かれていた。だってもう食べるぐらいしかここって楽しみないんだもん。

「おいシトリン! 走るな、危ないだろうが」

待て!と言いながらバスケット抱えたフィサリスもまた走り出す。……って、あれ?

これってもしや。思わず足を止めておそるおそる周囲を見渡す。オルムはものすごーく困った顔であいまいに笑っている。……ちょっとまて。

校舎の方へ視線を転じれば、その途端視線をそらす、窓際にスズナリノご令嬢方。


――ちょっと!これって、きゃっきゃうふふの私をつかまえて的な感じに見えてるのか!?


「……まったく。本当におまえは俺が見ていないと駄目な婚約者だな」

え?いや?なんでそんな笑みを浮かべて(でもなんというか怖い)近寄ってくるのだこの男!?

「さ、行くぞ」

またも手をつながれ連行されていく私。なんでだろう。どうしてこうなったんだろう。

放心状態の私をよそにバスケットに入っていた敷布を広げ、大樹の根元に寄りかからせる形でフィサリスは私を座らせ、手際よくお昼の準備を始めていく。

いつもしていたのだから手馴れているのだろう。あっというまに私の目の前には美味しそうな紅茶とサンドイッチが置かれていた。

「兄さま、すごいですね。さすが手馴れてらっしゃる」

に、兄さまだと?????

疑問符が飛び交う。今、オルムはなにかおかしな単語を言わなかっただろうか。私はじっとオルムを見つめる。

「あれ? だって姉さまは兄さまの婚約者ですからいずれ僕の義兄になるわけで、おかしくなんてないでしょう? ちょっと早いですけど、兄さまが呼んでいいって言ってくださったので、この前からそう呼ばせてもらってるんです」

「ちょっちょっ待っ」

「兄さまのような兄ができて僕は本当に嬉しいんですよ。僕の励みとなる素敵な方ですから」

「はっはっは、俺もオルムのような弟で嬉しいぞ。なにせ我が家は一人息子で、しかも可愛げがないと昔から母上もこぼしていたからな。おまえのような絵に描いたような貴公子が義弟になるときいて、是非家に遊びに来て欲しいと言っていた」

「あ、悪夢だ……」

「――さあ、用意ができたし、食べるとしようか」

なんか逃れられない方向で私進んでませんか、と愕然としつつ。それでも食い気がまさったので私はサンドイッチに手をのばした。のばした、が。


どす、とものすごーく嫌な音がした。


「誰だ!?」

フィサリスがとっさに立ち上がり、私を抱き寄せる。っておいなにどさくさにしてんだこいつは!!

だが、しかし私の視線は目の前に釘付けである。

伸ばしかけた手の先にあるサンドイッチは変わらずそこに鎮座している。鎮座しているが、その身体にはなんとも不釣合いなものが刺さっている。そう、刺さっているのだ、あれが。

「なななななななななな、な、ナイフ!?」

えーうそーナイフ刺さってる!サンドイッチにナイフ刺さってる!!

それがフィサリスの腕であることも忘れ、私は必死でフィサリスにしがみつく。ちろ、とフィサリスの視線が私の胸元を滑った気がするが、今はそんなことは問題ではない。


「ちっ。……仕損じたか」


どこの悪役ですかい、といった口調で私達の目の前に現れたのは、美少女だった。しかも私みたいな悪役顔のつり眼じゃなくて、ちょっと垂れ眼の可愛らしい感じの。

フィサリスとおんなじ色を身にまとう、あれですよ、あれ。いわゆるアジアンビューティーって感じの。

でもこう、ちょっと洋風の顔立ちで、可愛らしくもあり、でも綺麗という。

「もうちょっと投げる速さを考えるんだったわ、残念ね」

こ、言葉と表情が全然違うんですけど。ものすごく悪役ーな台詞をはきながら、雨が降ってきちゃったわ傘持ってないのに困っちゃう、みたいな表情をしている。なにこの子!?

「おい! おまえ俺の婚約者になんてことを! 女だろうが容赦せんぞ」

ひいい、悪いこと言わんから謝ってしまえ、と私はガクブルしながらフィサリスをおしとどめようとする。こいつは紳士な王太子と違って自分に逆らう者は全部敵!な魔王なんだぞ!

「……震えるな。大丈夫だ、シトリン。俺がついている」

いや、そーいうことじゃねーよ!!!やばい!

「ふーん、貴方が金の女王の、漆黒の騎士って人か」

漆黒の騎士ってなんだろう。貴公子じゃなくって??

「だからどうした」

「貴方に用はないのよ、私が用があるのはそっちの女王様のほうだもの」

「なら、なおさら、貴様を許すわけにはいかないな。こいつは俺の婚約者だ、こいつに用があるなら俺を通すことだな」

「……あのおお」

私はおそるおそる手を上げた。

「なんだ?」

「なによ」

至極不満そうな2人を前に私は、ようやく尋ねた。疲れたように、おまえ誰やねん、と……。

そして同時にサンドイッチに刺さっているナイフを抜き、家紋を見て確信したのだった。

現代日本人のハーフっぽい可愛らしい顔立ちのいわゆるアジアンビューティーは前世で何度も目にしてたことを。彼女の名は。


「初めまして、金の女王様。私はローズ男爵家令嬢、リラと申しますわ」


ちょっと待て!!

――なんで悪役令嬢の私が主人公に襲われてるの!?

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