残念王太子
学院の朝はわりと早かったりする。
身の回りのこまごましたことは自分でできるからいいとして、やっぱり令嬢たるもの身支度っていうのは人手が必要だったりする。私はいいんだけど、マイエンジェル弟が「姉さまは常に綺麗でいてくれなきゃ」とか可愛いこと言ってくれるので仕方なく実家から2人ほど身の回りの世話をしてくれる侍女を呼び寄せた。が、はっきりいってだるい。始終気の抜けない生活が結局寮でも続くわけですよ。
しかも、寮とはいってもそこはやはり貴族子弟が通うところなので身分によりけりでお部屋も色々。
まあしがない伯爵令嬢なので、そこそこの部屋をあてがわれたわけですが、この前、例の俺様魔王様な婚約者(全身黒)に部屋に連行されたときは、普通にびっくりした。部屋の数が倍とか、ふざけてるって。
……へえ、ふーん、こういうのが、差別っていうんだー。
奴の家は侯爵家だし、それも筆頭の方だし、ついでに王太子とも仲良し(と、周囲には見えているらしいがどっちかというと一方的に犬猿の仲)ときたらねえ、そりゃあ媚びうるよねー。かくいう私も仲良くしとこうと努力したもん。……結果は聞かないで欲しい。
でも、弟の部屋を続き部屋にしてくれていて、自分用の部屋も弟が使えるようにしてくれたっていうので少しは見直してやった。はっきりいって私より待遇いいけど、そこはその、未来の伯爵だし。しょせん私なんぞどっかに嫁いだら、はい、それまでーなのでねえ。
「シトリン様、動かないでくださいまし!」
「そうです!」
寮はものすごーく広い洋館になっていて食堂とかもきちんとあるにはあるんだけど、基本的にそこへ行って食べるということはほとんどない。厨房で作られたものは各々の部屋に運ばれていくわけだけど、そういうわけで私は朝もはよから、冷たくなっていく食事を前に、髪の毛だの、ドレスだの、面倒なわけですよ。ご飯!
「さあできあがりましたよ」
鏡の前でくるりんと回ると、無駄に巻かれた金髪が眩しい。空腹には辛すぎる。しかもドレスは真紅。悪目立ちしまくりの悪役テイストいっぱいです。縦ロールじゃないだけましとしとこうか。
侍女との攻防の末、ようやくこのへんの巻きくらいで妥協してもらったのだし。
悪役感満載の私なのだが、はたして主人公と会ったらどう思われるんだろうか。できれば黒の貴公子ルートだけは避けて欲しい。正直会いたくない。
ご飯をたいらげ食後の一杯をあくまで優雅に味わい、ふむふむ、そろそろ奴らがやってくる時間だ。
「姉さま! おはようございます」
「おい!来てやったぞ!」
我が愛しのマイスイートエンジェルこと弟のオルムは毎朝登校のお迎えに来てくれるのだ。後ろになんか黒いのがいるけどあれは単なる眼の錯覚ですからね、気にしない気にしない。
「毎朝お迎えにいらっしゃるなんて、すてき」
「本当にお小さい頃からフィサリス様はシトリン様だけを一途に」
誰だこの侍女よこしたやつは、と一瞬くらりとしたが、私はさっさか部屋を出ることにする。これ以上部屋にいると精神上よくない。
「シトリン様、おはようございます」
「おはようございます皆様方」
大階段を降りきると、他の女生徒達が一斉におはようございますの大合唱になる。毎朝本当にこれが続くのだ。
金髪の巻き毛と全身黒を従えた私がどのように見えているか考えるといつも顔はひきつるけどね。しかも巻き巻きの金髪と悪役にありがちな赤い衣装ときたもんだ。
「毎朝お迎えにいらっしゃるなんて、すてきねえ」
「黒と金の取り合わせ、ああなんて絵画のようなんでしょう」
たわごと、たわごと。聞き流すことにする。
第一、どっちかっていうと綺麗っちゃー綺麗だけど釣り上がり気味の眼とか完全悪役よりの顔の私が、目つき悪い不機嫌仏頂面の黒男と絵画のように似合うわけがない!!!!
まあフラグへし折る気で色々性格改善とかはては顔のストレッチまでやりつくしたから、聖マリのシトリンよりは甘い顔立ちにはなったろうけどね。でも無理、奴とお似合いありえないから!!
つーか本来は私こいつとこんなつるむ予定じゃなかったんだから!!
婚約フラグへし折って、安穏とした未来を貪る予定だったのになあ。どうしてこうなった!?
「なにを百面相しているんだ、シトリン」
「ええと、ちょっと考え事をしていたのよ。今日の語学の授業、そういえば訳があたっていたのだけど、あれで良かったかしらって」
「おまえの語学なら平気だろうが。……先に言えば俺が見てやったがな」
「いやー悪いわよ、フィサリスだって課題いっぱい抱えてるのに、私の方まで押し付けると」
語学、歴史、どれをとっても侯爵子息であるフィサリスは完璧だ。王太子に張り合って家庭教師をつけてスパルタした結果だとか。それでも勝てなかったと愚痴ってたので、どんだけスーパー超人なんだ、あの王太子。
「おまえに関してのすべてを、迷惑だなどと思ったことはないぞ」
「またまたー。いいのよーそんな友達だからって迷惑かけるのは良くないんだから」
「……おまえは本当に人の話を聞かない女だな……まあ、そんなところも良いのだが」
ちなみに私はというと、苦手なものはない、という状態だ。ついでにいえば得意なものも、ない。
語学はとりあえず必要かなと思い隣国の言葉はそれなりにできる。将来家を追い出された場合に備え、隣国に移住することも視野にいれた結果である。とりあえず追い出されたらフィサリスが友達のよしみでなんとかしてくれそうではあるので、もはや心配はないし。
寮からてこてこ歩いていると、前方にきらきらしい一団が見えてきた。私達以上に視覚の暴力になっているその中心人物は、私達に気づくと、ごく普通に駆け寄ってきた。
「やあシトリン」
ま、まぶしい。眩しすぎるよ、このお方は。
肩先まで伸ばしたゆるふわ金髪に緑の瞳。普段着とは到底思えないキンキラなご衣裳でも決して負けはしないその美貌たるや。うちの弟がエンジェルだとしたらこのお方はミューズとしか思えません!!
まさに神ですよ、神!!(大興奮)
ん? あれ? なんか後ろから真っ黒オーラが? 気のせい?
「カプリス殿下、おはようございます」
せいいっぱいのしとやか令嬢お辞儀をかまして顔をあげると、王太子カプリス殿下はへらーと笑って「いいよいいよ、俺とシトリンの仲なんだし、そんなあらたまんなくて」とか言ってた。
ミューズの口からは残念な呟きしかでてこないのだ。
……なんか、見た目と中身が、吹き替えみたいな方だよ、この方は。見た目だけなら神!なんだけど。残念すぎる。モッタイナイ。
「なにが俺とシトリンの仲だ、貴様は! はなれろ俺の婚約者から!」
ちゃらいことこの上ない王太子はちゃっかり私の手を取っていたりして、それに気づいた黒男が不敬罪級の発言で引き剥がしにかかる。いやあ、貴様はまずいよねえ。仮にも、ちゃらくても、王太子だもんね。
初日にあった日から万事こんな感じだったよなあそういえば。
以下回想。
「やあ、シトリン! 俺は王太子のカプリスです。あれからもう10年か、月日は長いもんだ、すっごく綺麗になったな」
「ええと、初めてお会いしたと思うのですが」(おまえみたいなちゃらい奴なら忘れられないと思うのですが)
「嫌だなあ、10年前に隣国に一緒に行っただろ?」
「記憶にございませんが」(こいつ手を握ってきやがった!!!)
「隣国の王の結婚式に呼ばれただろ?」
「はあ、そういえば、小さい頃そのようなことが」(なんか後ろこえー空気わるー)
「俺が王の名代で行ったんだけど、なにせ俺はまだ小さい子供だったから遊び相手になりそうな姫をみつくろって一緒に連れて行っていいって言われてさ、父王がおまえを推薦してくれて」
「え!あ!?……黄昏の君!!」(なんか後ろからどす黒いオーラが)
「そうそう。俺を黄昏の君とか呼んでくれて、ああ可愛かったよなあ、あの頃のシトリン。どうしてるのかなあとは思ってたんだけど、あいつの部屋で君の肖像画をついこの前見かけてさ、すっごい綺麗になってるから会うの楽しみにし」
ごすっ。ばたんっ。
後ろの黒男によってそれ以上言うことができなくなった王太子は、床に沈んでいた。
「……貴様、余計なことをぺらぺらと……」
しかもめたくそ切れている。ぞぞぞ、となりながら私は視線をあわせた。
「おい」
「な、なあに」
「おまえの幼なじみというやつになるのか、こいつは?」
なんでかめっちゃ怒ってるんですけど。仕方なく頷くと。
「くっそー! 俺が10歳であいつが6歳だと!? ここでも負けるというのか!?」
「いや、あの、その、知り合った年齢が重要ということではナイノデハ? 一緒に過ごした時間とかいうのが大切ナノデハ?」
私の話はもはや俺様には届いていない。あさっての方向をみて、「くそったれー」とか「ふざけるなー」とかわめいている。
起き上がらない王太子と、怒り狂う俺様に囲まれ私は途方にくれたのだった。
以上。回想はここで終了。
ちなみに王太子はふつーに何事もなかったかのように復活して、また性懲りもなくフィサリスに殴り飛ばされた。……まじでこいつらすげー仲悪い?
「まったく。貴様もふらふらしないでさっさと誰かを見つけろよ!」
「そんなこと言ってもなー。これといった子もいないしなー」
私の手はフィサリスによって引き剥がされ、なぜかフィサリスに握られていた。あれ~?
「こんなバカとかかわってないでさっさといくぞシトリン!」
「え? あ、あれ? ええと、なに?」
「遅刻したくなければついてこい!!」
「えーついてこいもなにも貴方が引っ張ってんじゃないのよ」
そんなこんなで、講義室まで連行される羽目になったのだった。
あれ? もしや違うフラグ立ってる??