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閑話~黒子と令嬢

私ことマーキス・マークレイが黒子となりましてはや数年。

その間様々なことがございましたが、そのすべてで我がご主人であるところのフィサリス様は徹底して御令嬢に私を会わせようとはなさいませんでした。

ええ、それはもう徹底して。

王国一の絵師を呼べと無理難題を吹っかけられたときも、完成した絵でさえ私には見せずにご寝室に隠されてしまわれましたほどに。

ふふふ、ですが今日こそは私もご令嬢に会えるのです。

月日は流れて、王国貴族の義務である学院に通う年となられた若君は、今現在いつものようにコルザ伯爵家に滞在中でございますので、使用人を代表して私がお迎えにあがることになったのですから。

……クビになるのは嫌なので、言いつけは守りますとも……。

しかし、わざわざ伯爵家の馬車に同乗して学院に向かうとは……私には若君のお考えが全くわかりません。



「――ではお父様、ごきげんよう」


馬車の前で一礼されて乗り込まれる姿はまさしく女王もかくやと思えるほどの容姿の持ち主でいらっしゃいました。金色の緩やかに巻かれた髪の毛は腰まであるでしょうか、その瞳はきらきらと蒼く輝いております。少々きつそうな印象を与えるものの、女王然としたその美貌でしたらむしろその筋の方々は大喜びでございましょう。

若君は幾分緊張した面持ちで御令嬢、シトリン嬢の手を取り馬車へと乗せて差し上げます。ですがすぐには乗ろうとはせず、見送りにこられた伯爵様の方へ向き直りました。

……どうしようかと悩んでらっしゃるのは御養子となられたオルム様でしょうか。こちらはずいぶんと優しげな面立ちの美形でいらっしゃる。なんという目の保養でしょう。


「コルザ伯爵。……いえ、義父君!」


あれ、なにやら若君がなにやらおかしなことを言い出し始めました。


「シトリンのことはこの私めにお任せ下さい。必ずや幸せにしてみせます」

「わかっているよ。君がどれだけあの子のことを想っているのか。ぜひこちらもあの子を頼む、なにせ良い子なんだがいかんせん人の話を聞かないで突っ走るところがあるからね。君ぐらいどっしり構えて見守ってくれる人でなければとてもとても」

「よくわかっておりますとも! だからこそ私しかいないと自負しております」

「――じゃあ、頼んだよ。幸せにしてやってくれ」


なにやら嫁入りする前の会話のような? ただ学院に行くだけなのになぜこのような遣り取りをする必要があるのでしょう。疑問符を浮べると、明らかに馬車に乗りそびれたオルム様はとても良い笑顔でいらっしゃいます。

学院に入ればおそらく王都にないこの伯爵領に帰ってくることはそうそうないとはいえ、よくわからない会話でございますね。


「そちらのお母様にもよろしくお伝え下さいな」

「もちろんです。我が母にとって伯爵家の御令嬢をこちらに頂けるのは念願でしたので首を長くして待っているに違いありません。義母上を言葉では言い表せないほど憧れていたとのことでしたので」

「まあ、憧れだなんて、そんな」


子持ちとはとても思えないほど麗しい伯爵夫人は幻の王妃とまで呼ばれたお方です。王妃に最も近かった公爵令嬢は今も昔も世の婦人達にとっては憧れなのです。若君のお母上ももちろんでございます。

婚約を勝手に決めた若君を「よくやったわ!」と言ってのけたのはあの方でございました。侯爵閣下は伯爵家の財力をよくわかっていらっしゃるので何も仰いませんでしたが、にやりとされていたのは間違いございません。見てしまいましたので、はっきりと。

地位を維持するにはそれなりの財力が必要なのです。幻の王妃と呼ばれた公爵令嬢の血をひき、格下ではありますがそのたくましき商才でもってどこの成金かというほどの財力を父君は持っておられます。実家の援助、という手段を使えるというのは大きいですね、確かに。

貧乏貴族の三男で生まれた私だけに、閣下の思惑は大変よくわかります。


「では義父上。行って参ります」

「ああ。気をつけて」


若君はもしや長逗留しすぎなのではないのでしょうか。もはや入り婿状態になってらっしゃるような気がいたしますが。はて、御令嬢はお気づきなのでしょうか。

あまりにも仲睦まじい遣り取りをかわしてようやく馬車に乗られるようでございます。

私は馬車の扉を開けて控えておりましたところ、通り過ぎる間際に目をとめて一言仰いました。


「――おまえは、帰れ」


なんということでございましょうか!

使用人を代表して学院までお供することになっていた私になんという酷いお言葉でしょう!


「嫌でございます」

「おまえは顔がいいから邪魔だ、帰れ」

「断固拒否いたします。なんと言われましょうが、閣下よりくれぐれも学院での生活を頼むと命じられておりますれば」

「ぐっ」


こうなることは既に予想しておりましたので、閣下から言質をとって正解でした。そもそも私以外の誰が若君のお世話ができるとお思いなのでしょうか。

幼少よりのわがまま(主に御令嬢に関する無理難題)を叶えて差し上げたのはこの私なのですから。


「勝手にしろ」

「――それでは、学院でもお世話させていただきます」


不機嫌そのものといった感じで若君は馬車へ乗り込まれました。シトリン嬢の不思議そうな問いかけに「何でもない!」と苛立った声をあげられましたが、私はふふふと笑い扉を閉めて御者台につきました。

黒子ですから、常にお側にいなくてはなりませんからね。

こんな面白い、ではなくて、心配になるご主人ですから、常に控えておらなければ!






ということでなぜかコルザ伯爵領から学院入りした私ですが、若君の深慮遠謀を知るのはもう少し後の話でございます。

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