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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 河津桜 : 思いを託します 』

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『 戦闘前 』

【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】


 ヤトさんを生んだことを、後悔したことは一度もないと

エレノアさんが、穏やかな顔でヤトさんに語っている。


その表情は、とても慈愛に満ちた母親らしい表情で

闘技場に現れた時の表情とは全く違うものだった。


そんな、やわらかな光景を見ているさなかに

上位精霊の、情けない声が頭に響いた。


【せつなぁ~。許してほしいかな。かなぁ】


【僕は、別に怒ってはいませんよ】


【絶対、おこってるかなって】


上位精霊の声は、もうほとんど涙声に近い。

別に、怒っているわけではない。怒っているわけでは。


上位精霊の、ふざけた対価のお願いに

魔力で払う方が楽なので、魔力にしてほしいと言ったのに

【嫌って思うかな?】という返事に、二度と呼ばないと決めた。


今回は、僕が願い呼んだわけだから

それ以上何も言わずに、巻き込まれるエレノアさんへの

対価の話だけをして、受け入れることにしたけれど……。


何時まで経っても、フィーときゃぁきゃぁ騒いでいて

なんとなく、苛ついたので「今日、起こった出来事は全て

蒼露様に報告しておきますね」と言っただけだ。


その時にはもう、半泣きになっていたが

自分が活躍したことを、蒼露様の耳に入れることができて

嬉しくて泣いているんだろうと、思う事にして放置していたのだけど

あれやこれやと、一生懸命いいわけを重ねて重ねて

とうとう、本気で泣きが入りそうだった。


そんな上位精霊の横で、フィーは特に気にした様子もなく

エレノアさんやアラディスさん、そしてバルタスさんは

サフィールさんとアギトさんの、教育係(調教係)だったのなのと

楽しそうに話していた。


その時のフィーは、まだサフィールさんとは契約して

いなかったらしいが、なんとなくサフィールさんが気になって

傍にいたらしい。多分、何か理由があったのだろう。

僕には、言わないのか言えないのかはわからないけれど。


話が、エレノアさんとヤトさんの個人的な事に

移ろうとしたところで、フィーに話さなくてもいいと告げる。


エレノアさん達の事情は、なんとなくだけど想像がついた。

多分、詳しく教えてほしいと言えば教えてくれるだろうけど

詳しく聞いたとしても、今更何もできないのだから

聞いても仕方がない。


ただ、エレノアさんの説明の中で気になったのは

秘匿された剣技というところと、今のエレノアさんよりも

強い人だったというところだ。


蒼露様が、口を滑らせた言葉が脳裏に浮かび

もしかしたらと思い、その事を尋ねるために言葉を乗せた。


【ファライルさんは

 異なる世界の子孫の一人ですか?】


僕のこの問いに、上位精霊とフィーの声が同時止まった。


【どうして、セツナがその事を知っているのなの?】


【どうして、セツナがその事を知っているのかな?】


そして、二人が僕に響かせた声音はどこか硬質なものだった。


【以前、蒼露様が言葉にされていたのを覚えていただけです。

 忘れろと言われましたけどね】


僕の言葉に、あからさまにほっとしたような空気をのせた

声が返ってくる。


【そのことは、絶対に誰にも話してはいけないのなの】


【そのことは、絶対に誰にも話してはいけないかな】


【わかりました】


僕の返事から暫くして、上位精霊が呟くように言葉を落とした。


【ヤトの一族のように

 大切に秘匿され引き継がれてきた、剣技や技能もあるし

 その血によってしか、引き継がれることのない

 能力や知識もあるかな。消えていくモノもあるけど

 消えていないモノもあるかなって。長い時の中で

 時々、ヤトの父親のようにその技術や能力に長けた者が

 生まれることがあるかな】


アルトと同じように、先祖返りみたいなものなのだろう。


僕が聞きたかった答えとは、全く違うものだけれど

それでも、きっと悩んで答えを返してくれたのだろう。


【ありがとうございます】


【うん。でも、セツナ。もう口にしてはいけないかな】


【はい】


異なる世界の子孫……。


いつかこの謎が、解ける日が来るといいのだけれど……。

ここまで警戒するという事は、多分教えてもらえないのだろうな。



エレノアさんとの、二度目の模擬戦までもう少し時間がかかりそうだ。

上位精霊の話は適当に流し、アルトと、心話で話をしながら

頭の中でざっと描いた台本を見直していく。


見直すついでに、必要になりそうな魔法を舞台へと刻んでいった。

それなりに種は蒔いた。相手がエレノアさんという事で

悟られないようにするのが大変だけれど、何とかなるだろう。多分。


『ぜんぜん、みえなかったんだ』というアルトの愚痴の途中で入る

【セツナぁ~】という声が、いい加減面倒だなと思い始めた時に

フィーが、今、思い出しましたというように声を響かせた。


【そういえば、セツナ。

 アラディスは、何時まで縛っておけばいいのなの?】


フィーの言葉に、チラリとアラディスさんの方を見ると

一心にエレノアさんを見ている。時々、僕の方を睨んでいるようだけど

闘技場に来た時よりは、落ち着いているようだ。


アギトさん達が、それとなくアラディスさんの感情を

誘導していたのは知っている。


エレノアさんと、闘技場に入ってきた時の目の色が

暗かったから、無理をしているんだろうとは思っていたけれど

セリアさんが、アルトの傍から僕の所へ飛んできて

「アラディスがおかしいワ」と告げ

「心が恐怖で満たされてるワ」と教えてくれた。


自分ではまだ、その恐怖を認識していないらしい。

「やっかいヨネ」とセリアさんがそれだけ伝えると

また、アルトの方へとフヨフヨと飛んで帰る。


何かしらの切っ掛けで、アラディスさんが発狂するかもしれないと

言われ、暫くアラディスさんを観察することにした。


どうしたものかと考えていたら、ヤトさんからの模擬戦にあたっての

規則の説明を聞き流していて、彼の眉間に皺が寄っているのを

見てしまったけれど気が付いていない振りをした……。


そんな僕とヤトさんの攻防を見て

エレノアさんが小さく笑みを落とす。

その笑みに、僕もそしてヤトさんも内心安堵していた。


アラディスさんが、自分の中の恐怖に気が付いていないように

エレノアさんもまた、自分の感情を抑え込んでいるような

顔色をしていたが、彼女もまたその事に気が付いていなかった。

似たもの夫婦なのかもしれない。


このまま、模擬戦を始めてもいい結果にはならないだろうと考え

頭の中で台本を描き直し、修正を施しながら様子を見ていく。


歩き出そうとしたエレノアさんを、僕の方へと引き寄せたことで

アラディスさんが、こちらに乗り込もうとするのを

フィーが、脅し文句付きで拘束したのを見て

そこまでするのかと内心呆れたが、拘束された事に

余計に腹を立てているアラディスさんを目に入れて


もうこの際、最初から最後まで怒ってもらう事にしようと決めた。

アギトさんとサフィールさんも、僕と同じような事を考えたのか

僕の言動を利用して、不機嫌になっていたアラディスさんを

余計に煽っているようだ。


正直、その方法は後々僕が恨まれることになるのでは? と

思わなくもなかったけれど、上位精霊からの対価で結局は

僕が一番、アラディスさんを煽ることになるので

仕方がないかと諦めた……。


それに、僕が計画している光景はアラディスさんにとっては

あまりいいものではなく、恐怖で満たされたままならば

エレノアさんよりも、アラディスさんの方に

支障をきたしてしまうかもしれない。


きっと、アラディスさんにとっても

支障をきたすより、恐怖を怒りで凌駕するほうが

いいに違いないと思い、フィーにアラディスさんが邪魔になるから

そのまま拘束しておいてほしいとお願いすると

フィーは、二つ返事で引き受けてくれた。


【セツナ、なの?】


【フィーの負担にならないのなら

 僕がいいと言うまで、お願いしてもいい?】


【いいのなのなの!】


フィーのどこか嬉しそうな、そして楽しそうな返事の後に

【セツナぁ~。内緒にしててほしいかなぁ】と情けない声が響き。

本当に面倒になってきた事から、蒼露様には秘密にすると

上位精霊と約束したのだった。


【セツナは、エレノア達の話がきにならないのなの?】


【うん?】


【セツナとアルト以外は、二人の生い立ちをしっているのなの】


どうやら、先ほどの話の続きのようだ。


【知りたいと思わないのなの?

 フィーが教えてあげてもいいのなのなの。

 エレノアも、セツナになら怒ったりしないのなの】


【別に知りたいとは思わないよ】


【どうしてなの?】


【知ったところで、今更何もできないしね。

 僕が知ることで、何か役に立つのなら

 聞いてみたいと思うけれど、過去の事を聞いても

 なにもできないでしょう? 悲しい想い出など

 思い出さなくてもいいと思うよ】


【だから、セツナも誰にも話さないのなの?】


フィーの言葉に、一瞬沈黙が落ちた。


【話しても無駄だから、話さないのなの?

 話せば、楽になることもあるのなの】


【……そうだね。話したところで

 何かが変わるけじゃないから。話すつもりはないし

 何かが変わるとしても、話したいとも思わない。

 それに、楽になりたいとも思っていないよ】


フィーと上位精霊の、悲し気な気配が届くが

彼女達はそれ以上、何も話すことはなかった。



それに、エレノアさん達の生い立ちであるとか

彼女の伴侶のことであるとかよりも


かなでが、ヤトさんに深く関わっていた事の方が

驚きだった。生まれる前から、ヤトさんの存在を知っていて

その手で命を救っている。子供時代のヤトさんの事も

気にかけていたようだ。


たぶん、ヤトさんでなければ助けなかっただろうし

弟子にはしなかっただろう。


それが、リヴァイルとトゥーリの為なのか

それとも、かなで自身……多分友人であろう

トゥーリの兄の血を、この世界に残したかったのか

それとも、その両方なのかは……僕にはわからないけれど。


トゥーリが幽閉され、リヴァイルにとって彼女の命が未確定な

この状態の時に、エレノアさんに会う事もそうだけれど

ヤトさんと出会う事は、絶対に避けたいところだ。


エレノアさんの呪いに使われた、彼女の兄の血……。

使われたときに、ヤトさんがお腹の中にいたことで

少量とはいえ、その血がヤトさんに取り入れらてしまったようだ。


確かに、よく生きていたと思う。

呪いをより強固に、そして解けることがないように

魔道具として使われたその血は、お腹の中の子供にとって

毒とさほどかわらないものだっただろうに。


ヤトさんの中で、その血が彼のものになるまで

かなでは、色々と手をかけていたようだった。


フェルドワイスの蜂蜜は、魔力の流れを正常なものへと

導く効能がある。魔力が多く生まれついた人などが

時折、魔力の循環が上手くいかずに体調を崩し

そのまま魔力がなじまずに、水辺へと旅立つこともある。


オウカさんの話の途中で、気になったからもう一度

ヤトさんの中にある魔法を見てみた。


ヤトさんに、魔法をかけた時には

気が付かなかったけれど、かなでにしては丁寧な魔法構築を

施した箇所があった。急激に、魔力が増え過ぎない為の

処置のようだ。ヤトさんの魔力の器が満ちれば過剰な魔力を

体の外へと逃がすような構築もされてある。


ヤトさんの器はまだ満たされていないようで

最終的に、どのあたりまで増えるのかは予想がつかない。


元々、エレノアさんも魔力の量は多い。

ファライルさんも、多かったのではないかと思う。


基本、戦闘力の高い人は魔力量が多いから

不思議ではないが、そこに竜の血が混ざるのだから

かなでは、魔力の器が壊れることを危惧したのかもしれない。


だから、幼いヤトさんを気にかけていたのだろう。

かなで では、多分……魔力の器の修復はできなかっただろうから。


かなでは、ヤトさん以外にも

オウカさんやオウルさん。

そして、サクラさんやリオウさんにも

同じように、フェルドワイスの蜂蜜で作った飴を

渡していたようだ。


オウカさんが、どこか懐かしむような声音だったのは

自分も同じように、幼い頃に かなで から飴を

貰ったことを思い出していたのかもしれない。


リオウさんは、小さな声で

あの飴、すごく美味しかったのよねと呟いていた。


だとすると、僕も将来

サクラさんやリオウさんの子供ができたら

準備する必要があるのかな?


まぁ、フェルドワイスの蜂蜜じゃなくても

医療院で治療をしてもらう事ができるけれど。


それでも、かなで がフェルドワイスの飴を

オウカさん達に渡していたのなら……。

長時間じっとしているより、美味しい飴を食べるほうが

精神的にも肉体的にも楽だろうという愛情なんだろうな。

彼等は、かなでの居場所(家族)だったから。



「……」


ふと、ある事が脳裏をよぎり

準備をする振りをして、鞄の中に手を入れる。

鞄の中を検索してみると、彼の血を見つけた。

かなでは、彼の血を取り戻していたようだ。


量はさほど残ってはいない。

千年の間に少しずつ使われていたのだろう。

リヴァイルに、渡すか悩むところだ……。


竜が、心臓を与える時は

自分の体に魔法をかけるらしい。

他の人間に、自分の血や体を利用されないように。

亡骸を、家族の元へと転移するようにであるとか

もしくは……。


「……」


彼は、心臓をとりだし彼女の元へ転移魔法で送り

そのまま自らの体を燃やして独りで死んだらしい。

もしかすると、彼は知っていたのかもしれない。

彼女の気持ちが、自分にはないのだと……。


トゥーリ達に残されたのは、数枚の鱗と

彼からの手紙だけだったようだ。


クットとリペイドを繋ぐ洞窟で

トゥーリが語らなかったことを、リヴァイルが語っていた。


『多分、私達に合わせる顔がないとでも

 思っていたのだろう……馬鹿な奴(弟)だから……』


そういって、リヴァイルはその瞳の奥に

哀しみと憎しみを宿しながら呆れたように笑っていた。


やっぱり、この血は かなで からだと言って

リヴァイルに渡そう。リヴァイル達の癒えない傷を

抉ることになるかもしれないが、彼は僕などより

きっと、家族の元へ帰りたいだろうから。



「……私の準備は整った」


エレノアさんの凛とした声音に、自分の思考から浮上する。

エレノアさんの声が響いたことで、アルトの愚痴が終わり

『頑張って!』と心話が届き、そこで話を切った。


「僕の準備もできました」


エレノアさんに応えるように、僕も準備が完了したと告げる。

エレノアさんが、大切そうに剣を抜いたのを見て

剣の銘はあるのかと尋ねてみる。


エレノアさんは、大切な名前を呼ぶように

剣の銘を教えてくれた。古代語ではないけれど

それなりに、古い言語が使われていた。


ラ・エルドルーラ。

夜を狩る者……。


闇を払い

光を招くという意味を持つ剣。


ファライルさんは

本当に、ヤトさんの誕生を心待ちにしていたのだと

彼の未来に想いを馳せていたのだと、強く感じた……。


「では、僕は魔導武器でお相手しましょうか」


正確に言えば、エレノアさんのあの剣は魔法武器ではない。

だけどあえて僕は、彼女の武器を魔法武器だと告げ

エレノアさんは、僕の言葉を否定しなかった。


僕の意図に気が付いてくれたようで

微かに、苦笑を落としていたけれど。


彼の一族が、ヤトさんしか残っていないとしても

その剣技が、噂になるかもしれない。

そうなると、しなくてもいい苦労をすることになるかも

知れない。だから、武器が特別なのだと印象付けることにした。


もし将来、その剣技を広めたいと思ったのなら

エレノアさんなり、ヤトさんなり、ギルドなりで

魔法武器の効果を、剣技に落とすことに成功したと

新しく、発表すればいい。


実際、時折そういったものが発表されている。


遠回りになるけれど

その方が、安全を確保できるから。



エレノアさんが、特別な武器を使うなら

僕も、特別な武器を使うと宣言し印象をより深く刻み込む。


本来ならば、戦闘の後半で使う予定だった

魔導武器を、最初から使う事にする。

観客達の記憶に残るように、より強く心に残るように

演出を加えながら魔導武器を起動する。


観客達よりも、エレノアさんの方が

魅せらていたようだけど、本当に楽しそうに

武器を見ているから、貸し出すことを約束した。


「……魔導武器の銘はあるのか?」


「ノル・ド・ゼブラーブル」


「……ノル……」


エレノアさんが、剣の銘を聞いて黙り込んでしまった。

もしかすると、彼女は読んだことがあるのかもしれない。


「はい。別名を、闇を揺蕩う剣と言います」


「……」


「意味も必要ですか?」


「……いや」


エレノアさんだけではなく、アギトさんやバルタスさん

クリスさんやアルヴァンさんまで、顔色をなくしているが

どこに、顔色をなくす要素があるのだろう?


サフィールさんの視線は、剣に釘付けになっているし

アラディスさんは、なぜか目を見開いて剣を凝視している。

やはりその顔色は、いいとは言えない。


サフィールさんはともかく、全員が、ノル・ゼブラーブルに

なにか、思い入れでもあるのだろうか……。


「ちなみに、僕達と親しい人以外には

 ノルとだけしか、聞こえていませんから

 口に出すときは、ノルでお願いしますね」


「……」


「この剣、ノルはジャックから頂いた剣なのですが

 模擬戦するならこれ! お勧めの一品一覧に入っていたので

 今回選んでみました」


かなで のお勧めリストは、シチュエーション事に分類されていて

かなで 自身が遊びに使うために集めた物もあるようだった。

どうして、この剣が かなで の手元にあるのか正直よくわからない。

拾ったモノなのか、発掘したモノなのか、奪ったモノなのか

それとも、魔王と友人だったのか……。


一生考えても、わからない事を考えるのはやめにして

エレノアさんに「……どうして、その剣を選んだ?」と

聞かれたので、理由を答えることにした。


「僕が、語った設定にピッタリだと思いませんか?」


「……」


「憧れの、先輩騎士を堕とす為に

 闇落ちした、後輩騎士みたいな?」


エレノアさんが、額に片手をやり頭が痛いといったように頭を振り

観客席からは、黄色い声があふれ返り僕の元へと届いた。


「あれだけ、頑張って誘惑したのに

 振り向いてくれない。後輩騎士のたどり着く先は

 もう、一つしか残っていなかった?

 みたいな感じでどうでしょうか」


【ドキドキするのなの!】


【ドキドキするかな! かな!】


余計な精霊たちの言葉は、聞かなかった事にする。


「……セツナ」


「セツナ……」


エレノアさんとヤトさんが、軽く睨むように僕を見るが

二人とも、決してアラディスさんの方へと視線を向けることはない。


そんなアラディスさんは、目から光が完全に消え

怒りで、表情が抜け落ちていた。ちょっと、やり過ぎただろうか?


実際の所、この剣を選んだ理由は

そんなくだらない話ではなく、この剣が持つ特殊効果が

必要だっただけだ。「終焉の国」という本の中で

魔王の剣と呼ばれるだけあって、呪いの類ととても相性がいい。


「……フッ」


エレノアさんの小さな声が聞こえて、剣から視線を外し

エレノアさんを見ると、エレノアさんの肩が揺れている。


「……フフ、フフフ」


肩の震えが少しずつ大きくなり

それと比例して、エレノアさんの声も響いていく。

どうやら、大笑いしているようだ。


大笑いと言っても、上品な笑い方で

彼女のイメージを壊すものではない。

壊すものではないけれど、エレノアさんがこれほど

笑うのを、僕は初めて目にしたかもしれない。


『……っ』


アラディスさんが、何かに耐えるように

小さく、声を洩らしたのを耳にするが

あえて、そちらは向かない事にした。


エレノアさんが、憂いのない笑みを僕に見せるたびに

アラディスさんの機嫌が、下降の一途をたどり

時々暴れては、拘束が解かれていないか確認していることに

気が付いている。


『彼女の笑みは僕のモノ』


アラディスさんにだけ、聞こえるように伝えた言葉。

『どうして、私の方を見て笑わない』とぼやいていたので

煽るのにつかわせてもらった。


アラディスさんの気持ちは、十分理解できる。

僕が同じ事を言われたら、僕も許さない自信がある。

だが、必要な事だったということで、模擬戦が終わっても

機嫌が直らなければ、エレノアさんに助けてもらう

つもりでいたけれど。僕よりもエレノアさんのほうが

危険かもしれない。


エレノアさんが、監禁されたらどうしよう。

少しだけ、先行きに不安を感じながらも

きっと、バルタスさん達がどうにかするだろうと

丸投げすることにした。


「……もう、貴殿は本当に

 私の想像の斜め上を行く」


「ありがとうございます」


「……いや、まったく褒めてはいないのだが?」


僕とエレノアさんの掛け合いに

会場に笑いが満ちた。


どこか、親子で語っている時に、ヤトさんを見ていたような

柔らかい視線で僕を見て、困ったような笑みを見せている

エレノアさんに首を傾げると、彼女はもう一度優しく笑ってから

「……そろそろ、始めようか」と言葉を発した。


お互い、間合いを取るために背を向け移動を開始する。

ヤトさんは、舞台の端へ下がることはせずに

僕達の準備が整い次第、開始の合図を送ることになっていた。

その後で、転移を使って移動するようだ。


しばらく歩いたところで、ほぼ同時に振り向き

エレノアさんと視線が交差する。

彼女の目の中にはもう、一欠けらの迷いもない。


「準備はいいか?」


「はい」


「……はい」


ヤトさんの問いに、簡潔に答えると

様々な声で溢れていた会場が、波が引くように

静かになった。


開始の合図を待っているのは、僕達だけではなく

観客達もまた、固唾をのんで待っているようだった。


お互い、微動だにせずにヤトさんからの声を待つ。


「開始!」



ヤトさんの声と同時に、エレノアさんが地面を蹴り

僕の懐へとめがけて、剣を突き出し誤差なく確実に

急所である心臓を狙ってきた。


エレノアさんのその気迫に、躊躇なく命を狙ってきたその意図に

彼女の本気を感じた。自分に遠慮してくれるなと……。

同じように、戦ってほしいとその剣に籠められた想いと願いは

とても、熱いモノだった……。


ならば……。

僕も、エレノアさんの心に応えるために戦い

躊躇なく、彼女を地に堕とすと誓う。


初撃から、ラ・エルドルーラに魔力を纏わせ

全力で繰り出した剣を、ノル・ド・ゼブラーブルで弾く。


弾かれることを想定した動きで、二撃目を放ち

僕の剣と彼女の剣が、その力を逃がすことなく全力でぶつかった。


ラ・エルドルーラは、エレノアさんの魔力を纏わせ

ノル・ド・ゼブラーブルは、僕の魔力でできている。


全力で、魔力と魔力がぶつかった衝撃が

会場を響かせる音を放ち、それと同時に魔力による衝撃が

空気を振るわせ、会場を揺らす。


観客席には、結界が張られているために

観客達が、衝撃を感じることも怪我をすることはないが

会場の揺れは、各々の体に伝わっているようだ。


アルト達の方は、エレノアさんとぶつかる前に

僕が結界を張っている。


次々に繰り出される、エレノアさんの攻撃を受けるたびに

音が走り、会場が揺れる。初撃から、黒と同等の力量のある人にしか

僕達の動きは見えていないだろう。


観客席の人達は、見ることはできないが

その音と衝撃を感じるたびに、興奮したような歓声を

僕達へと伝えていた。


『う、みえない』とアルトの心の呟きが聞こえ

思わず笑ってしまいそうになるのを堪え

そろそろ僕も、行動に移そうかというタイミングで

エレノアさんが、体勢を整えるために僕から距離を取った。


僕と視線が合ったことで、エレノアさんの口角が上がり

その目をスッと細める。


どうやら、とても楽しんでいるようだ。

彼女も、例外なく戦闘狂の一員だと心から感じた瞬間だった。


息を切らすことなく、凛と立つエレノアさんに

僕も背筋を伸ばして、彼女の闘志に応えるように立つ。


エレノアさんが持つ、ラ・エルドルーラが微かに揺れ

彼女が動く気配を僕へと伝え、彼女の動きに合わせるように

僕も同時に、彼女を迎え撃つために地面を蹴った。


今までの中で、一際大きく響く音と衝撃。

そして、一呼吸置いた後の、会場の内外から溢れる声と

エレノアさんの見開かれた目を見て、僕は彼女に柔らかく微笑んだ。



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