『 静かな戦闘 』
【 ウィルキス3の月30日 : バルタス 】
『……それでいこう』
耳に届いたエレノアの声に、最初に反応したのは
アラディスだった。エレノアの声が聞こえた瞬間
アラディスの動きがぴたりと止まった。
エレノアの声が会場に響いたことで
彼女達の話が終わったことを、わし達に知らせる。
どういった会話がなされていたのか、気になっているのは
わしらだけではなく、会場にいる観客達も同様のようだ。
憶測を交えての言葉が、こちらへと流れてきているが
観客達の殆どの視線は、舞台から離れることはない。
セツナの手が、エレノアの肩からそっと外れ
これでやっと、アラディスが大人しくなると思いきや
セツナの指が、エレノアの少し乱れた髪をすくい
優雅な仕草で、エレノアの耳に髪をのせた。
流れるような、美しい動作に皆が見惚れ
二人とも、美男美女と呼ばれる容姿の人間だけに
その光景は、とてつもない破壊力を秘めていた。
会場の様々な場所で、歓喜の悲鳴が上がり
二人の関係がどういったものなのかと、幻想と妄想が
蔓延っている会話が囁かれているが、これが演出だと
全ての人間が理解している。
セツナとエレノアの傍にヤトが立っており
ヤトが、エレノアの息子だという事は周知されていることだ。
そのヤトが、動揺することもセツナに注意を促すこともせずに
微かに笑みを浮かべながら、二人を見ていることから
怪しい関係だとは、全く思われていないようだ。
エレノアが、模擬戦を頼んだ時に
セツナが見せた演出の延長だと思われているらしい。
観客席から届く華やかな声が、わし達にそう知らせている。
ジャックが、様々な行動でハルの人間を楽しませたように
セツナもまた、自分達を楽しませているのだと……。
だが、ヤトのあの笑みは本当に笑っているものではなく
張り付けられたものであることを、わし達は知っている。
エレノア自身も、普段と同じように動じていない体を見せているが
内心は驚いているだろうことを、わし達は感じ取っていた。
そして、微かに恥じらっていることも……。
「触るなぁ!!!!!」
エレノアの感情を、正確に把握している
アラディスが、殺気を込めて叫ぶが
その声が、舞台に届いた様子はない。
ただ、少しだけセツナが視線をアラディスの方へと
向けた気がするのだが、気のせいだろうとこの時は思っていた。
『……セツナ?』
エレノアの、問うような視線に
セツナが、少し眉を下げて謝罪を口にする。
『申し訳ありません』
『……いや、試合前でもあるし
それ以上に、伴侶に一途な貴殿がどうしたのかと思った』
エレノアの言葉に、セツナは一瞬黙りこみ
そして、微かに頷いてから口を開く。
『種明かしをしてもいいと
許可を頂きました』
『……許可?』
『先ほどのような、甘い? やり取りを見たいと
告げられまして、一応断ったのですが
対価として求めるといわれてしまえば
断るすべはなく……。対価の変更を申し入れたのですが
聞き入れてもらえなくて』
深く深く、セツナが溜息をつきながら告白した内容に
誰もが、絶句している。対価が何を指すのか大体の人間が
瞬時に理解したのだろう。
『……対価』
エレノアが目を瞠り、セツナを見つめる。
『対価もなしに、エレノアさんを巻き込むことは
許容できないと伝えたのですが、何を言っても
変更はしたくないと、煩かったので
エレノアさんを、巻き込む対価として
祝福をつけるということで、手を打ちました。
上位精霊の祝福なので、役に立ちそうですしね』
『……は?』
『本来ならば、最初にエレノアさんの
許可を求めなければならなかったのですが……。
話すことを止められまして、申し訳ありません』
『……い、や』
珍しくエレノアが、混乱しているようだ。
二人の傍に居るヤトは、ありえないといった目を
セツナへと向けていた。
上位精霊に対して、対価の変更を求め
巻き込むことになった、エレノアに対する対価を求めるなど
普通の人間にできる事では、絶対にない。
途中で、不穏な言葉を聞いた気がするが
気のせいだという事にした。上位精霊に対して
煩いなどという言葉が出るはずがないし
役に立ちそうだ、などと不遜な言葉が出るはずがない。
気のせいだと自分に言い聞かせながらも
会場を観察するように、視線を周囲に向ける。
精霊を信仰している人間が、今の言葉をどうとらえているのかと
探っていると、サフィールが苦笑交じりにわしをみた。
「都合の悪いところは、フィーが魔法を使っているわけ。
たぶん、フィーだけじゃなく上位精霊も何かしらの魔法を
行使しているように思うわけ」
ああ、だからフィーはアラディスの拘束を解かないのか。
それほど、二人はセツナの演出を楽しんでいるのだろう。
「セツナは、上位精霊にえらく気に入られたようだの」
「軽口を叩けるぐらい、好かれているわけ。
精霊が許しているから、さほど気にする必要はないわけ」
「そうか」
そうかとしか言いようがない。
余りにもな種明かしに、会場が静まり返り
あたたまっていた空気が、冷えていた。
暫くの間、沈黙が続き
その沈黙を破ったのは、エレノアだった。
『……しかし、そう求められたからといって
すぐに実行できるものか?』
確かに、見たいから見せてくれと言われても
わしなら、悩みに悩んでいるような気がする。
混乱から抜け出したエレノアの言葉に
セツナは肩をすくめながら笑った。
『憧れる仕草集という、設定が書かれた
ノートを頂いたことがありまして。
そのノートを読んで、その仕草をして見せてほしいと』
『……』
『一応、目は通したのですが
僕には、理解できない仕草が多く。
正直、頭がわいているのかな、と思わなくもなかったのですが
こんなところで、役に立つとは思ってもみませんでした』
「……」
「……」
エレノアも、そしてわしやアギト、サフィール
アラディスさえも無言なのは、その設定集とやらを
誰がセツナに渡したのか知っているからだ。
酒の席で、娘達とサーラがきゃぁきゃぁと騒ぎながら
セツナに頼んでいた光景がよみがえる。
『その中で、一番自然に見えそうなものを
選んで、使わせていただきました』
『……そうか』
『そうなんです。興味があるのなら
後ほどお貸ししますが?』
『……遠慮しておく』
エレノアの、溜息と共に落とされた言葉に
セツナが小さく笑い、その笑いにつられるように
エレノアも、クスリと笑った。
二人が笑ったことで、会場の空気が緩み
一気にその熱を取り戻し始めた。
『……貴殿なら、設定集とやらがなくても
動けそうな気はするけどな』
エレノアが、ポツリとこぼした本音を耳にしたセツナは
肯定も否定もせずに、楽しそうに笑う。
『一応、僕も自分なりの台本を考えてみたんですよ。
仕草集だけで、演じるのはなかなかに難しいので。
僕は役者ではありませんから、その仕草だけで演じろと
言われても、さすがに無理がありますから』
『……そうなのか? いや、そちらのほうが
仕草から、設定を考えるほうが難しくないか? んー。
深く考えるだけ無駄か。それで、セツナが考えた台本とは
どんな感じだ?』
『興味が?』
『……ある』
『簡単に言ってしまえば、略奪愛みたいな?』
『……』
『……』
「……」
「……」
誰も、アラディスの方をみない。
それは、エレノアとヤトも同様でチラリとも視線を
こちらへ向けることはなかった。
『もっと詳しく聞きたいですか?』とセツナが口にすると同時に
観客席側から「聞きたいです!」という声が飛ぶ。
エレノアの『……いや、もう結構』という声はかき消されていた。
観客席からの声に、セツナがヤトの方へと視線を向ける。
セツナの視線での問いを受け、ヤトがため息交じりに頷いた。
『そうですね、登場人物は美しい女性騎士とそこそこ仲のいい後輩騎士。
そして、女性騎士と同僚であり婚約者である騎士との愛憎劇風?』
『……』
妙に設定が細かいのは、セツナの性格ゆえだろうか。
『女性騎士に一目ぼれをした、後輩騎士は婚約者である騎士から
女性騎士を奪おうと奮闘するのですが、女性騎士は婚約者を
深く愛しているために、後輩騎士の気持ちに気が付かない、と
いうところから始まります』
『……それで?』
『しかし、女性騎士の事を諦めることができない
後輩騎士は、策を弄します。婚約者の騎士がいる前で腕を引いてみたり
耳元で囁いてみたり? 少しでも自分の想いに気がついてほしい……』
『……』
セツナが描いた台本の内容が、訥々と語られていく。
セツナの語り口調が絶妙で、女性だけではなく男性も話に
惹きつけられているようだ。
『必死に、女性騎士を思い続ける後輩騎士。
それでも、女性騎士は後輩騎士の気持ちに気が付かない。
業を煮やした後輩騎士は……最後の手段を講じてしまう』
そこで、セツナが一度口を閉じる。
今か今かと、固唾をのんで続きを待つ観客の姿が目に映る。
エレノアもじっと、セツナを見つめて続きを待っていた。
そんなエレノアに、セツナは綺麗な笑みを見せてから
エレノアや観客席の期待に応えることなく
『ここから先は、各自の想像に任せようかなと思います』と
話を無理やり打ち切ったのだった。
『……それは、どうなんだ?』
エレノアが、少しだけ眉間に皺を寄せて文句を告げている。
観客席からは、エレノアに同意するように
悲鳴が上がり、最後まで話してくれと声が飛んでいた。
『ちょっと、この先の話を人の耳に入れるのは……』
そう語って、心持照れたような表情を浮かべセツナが俯く。
『……』
いったい、セツナの頭の中ではどんな話が進められているのか
探りたくなる言動だ……。セツナの掌の上で踊っているような
気がするのは気のせいだろうか?
それぞれが何を想像しているのか、赤くなったり、青くなったり
頭を抱えていたり、足をバタバタさせていたり。
唸っている者や、悶えている者。続きを! と叫んでいる者など
観客席の反応が面白いことになっていた。
セツナの語りと、最後の態度で想像力を激しく刺激されたらしい。
そして、わしの隣には鬼が立っている……。
殺気をまき散らしている、アラディスを誰もみようとしないし
声をかけることもない。アルヴァンでさえ、距離を取っていた。
放置一択で、皆の心が纏まっている。触ってはいけない。
こんな状況を作り出した、セツナはといえば
俯きながら肩を震わせていた……。
どうやら、笑いをこらえているようで、そんなセツナを
エレノアは、呆れたように目を細めて見つめている。
『はぁ……苦しかった』
『……貴殿は、いい性格をしているな』
『ありがとうございます』
『……褒めているわけではないんだが』
『まぁ、どのような誘惑をするにせよ。
最後の選択肢は女性騎士に託します。
後輩騎士を選ぶのか、それとも婚約者を選ぶのか
決めるのは、女性騎士ですよ』
『……丸投げか?』
『いえ、最後の良心でしょう?』
『……余計に、省略された部分が気になるんだが』
『その辺りは、自分の想像で補うという事で』
『……本当に。良い性格をしている』
『気の進まない事を対価にされたんですから
これぐらいの、仕返しぐらいは許されると
思いませんか?』
『……私に、同意を求めるのはやめてくれるか?』
セツナの言葉に、サフィールを見ると
フィーが「話の続きが聞きたい」と悶えていると話す。
フィーがそういう状況だとすると、フィーと共にいる上位精霊も
悔しい思いをしているという事か……。
なんという、恐ろしいことを考えるんだ。
「セツナは大丈夫なのか?」
「フィーの声から、楽しんでいるようだから
大丈夫じゃないかな……多分」
「そうか」
なんともいえない、微妙な空気が広がるが
エレノアの声で、その空気が微かに薄くなる。
『……精霊の対価は今回の件だけなのか?』
『いえ、もう一つあります』
『……そうか』
エレノアの心配そうな声音に、セツナが苦笑しながら
大丈夫ですよ、と告げた。
『屋台の料理に興味があるようなので
彼女が満足するまで、支払いは僕が持つということになりました』
『……』
『なので、僕の命が削られる心配は
一切ないので、気にしないでください』
『……それでいいのか?』
『いいのではないでしょうか。
精霊は、食べるのも飲むのも好きなようですし。
ハルの料理は、美味しいものが多いので
とても期待されていますよ』
セツナのこの言葉に、会場を揺らすような声が
会場の外から届く。上位精霊に、ハルの料理をたべてもらえると
気に入ってもらいたいと、ハルの住人が喜びを伝え
屋台を出す予定の者達が、気合を入れて叫んだようだ。
どこまでいっても、軽い調子のセツナに
エレノアが、呆れつつも柔らかく微笑んだ。
上位精霊を迎えての、祭りは前代未聞なこともあり
会場の内外共に、興奮で満ちていた。そのざわめきは
静まることなく、会話に花を咲かせている。
そんな、熱がこもった会場の中心にいる
セツナは、本当に静かな声でエレノアに問う。
誰も、セツナの声に反応しないところ見ると
セツナ達の声は、観客席の方には届いていないようだ。
『大丈夫そうですね』
『……なにがだ?』
『悩まれていたようなので』
『……っ』
考えてもいなかったことを、言われたせいか
エレノアの声が詰まった。
『僕だけではなく……。
ヤトさんも、そしてバルタスさん達も
心配されていたようです』
セツナの言葉に、エレノアはすぐ近くに居る
ヤトを見た。ヤトは頷くことも表情を変えることも
しなかったが、その瞳にはありありと感情が浮かんでいる。
『……心配をかけてすまない』
『いえ、僕との模擬戦闘を苦痛に思われているのかと
考えたのですが、そうではなさそうなので』
『……私情なのだ』
『僕では、役に立ちませんか?』
『……もう、大丈夫だ。
セツナの提案が、解決してくれた。
だから、そう心配してくれるな』
エレノアの返答の真偽は、定かではないが
穏やかな笑みをセツナに向け
エレノアは、自分の願いを口にすることはなかった。
セツナはそれ以上、エレノアに問う事はせずに
ただ『わかりました』と頷いた。
『……もしかして、戦闘をすぐ始めなかったのは
私の為か? 精霊の対価にしても、そのほうが
都合がよかったから、受けてくれたのか?』
エレノアが、真直ぐにセツナを見つめ
何時もより少し早い口調で、セツナを問い詰めるように
言葉を落とした。
『そうですね。エレノアさんの顔色がこのまま
すぐれないようならば、模擬戦をやめるつもりでいました』
『……』
『模擬戦とはいえ、絶対に死なないという保証はありません。
何かに迷い、心非ずの状態で戦闘をすることの
愚かさは、十分理解されていると思いますが』
『……そうだな。
私が頼んでおきながら……』
『エレノアさん』
エレノアが全てを話す前に、セツナが口を挟みとめる。
『きっと、僕がやめるというより前に
ヤトさんが、戦う事を許可しなかったと思います。
なので、謝罪の必要はありません』
『……そうか』
『……』
『……もう大丈夫だ。
迷いはない』
エレノアが、ヤトを見てはっきりとそう告げた。
ヤトは、頷くだけで何も言いはしなかったが
少し安堵したように見えたのは
きっと気のせいではないだろう。
『エレノアさん。
少し動かないでくださいね』
何かを考えるように、セツナが一瞬動きを止めたあと
ゆるりと腕を持ち上げ、その細い指先を
エレノアの耳飾りへと伸ばし触れた。
アラディスが、また暴れはじめるが
フィーの魔法で、動くことはできないでいる。
エレノアの耳飾りに触れたセツナは
少しだけ目を細め、何かを呟くと
耳飾りが淡い光を放った。
どこか、秘密めいた親密なやり取りに
観客達がまた、騒ぎだす。どうやら、魔法を解いたらしい。
説明なしに、魔法を使われた事にエレノアが反応するが
身を引くことはなく、少しだけ首を傾げ『……何を?』と問う。
『そろそろ、模擬戦を始めようかと。
攻撃魔法を使わないと、約束しましたから
攻撃魔法を封じる魔法をかけました。
攻撃魔法を、使用する気はありませんが
万が一、僕が攻撃魔法を使用したとしても
エレノアさんが、傷を負う事はありません』
耳飾りに触れる仕草は、どこか優しく甘いもののように
感じたのだが、施された魔法は甘くはなかった。
『……は?』
エレノアとヤトが、全く同じ表情を浮かべて
セツナを凝視している。
『攻撃魔法なしの
補助魔法、魔導具ありの剣での勝負だったでしょう?』
『……』
二人の視線が、だんだんと呆れたようなものへと
変化する様もそっくりで、思わず小さな笑いが零れてしまう。
『この舞台から、エレノアさんが降りない限り
その魔法の効力は維持されます。舞台を降りると
魔法が切れますから、注意してくださいね』
『……そこまでするのか?』
『黒と同等の力を有していない限り
僕とエレノアさんの動きを
追えるとは思えないんですよね』
『……あぁ』
エレノアとヤトが、深く頷いている。
その頷きに、アルヴァンの眉間に皺が寄っているのが
目に入るが、アギトもサフィールもアラディスさえも
何もいう事はなかった。
クリスは、セツナの言葉に短く嘆息し肩をすくめた
だけだった。ニールはと思って隣を見ると特に変わりなく
冷静に舞台を見つめている。
『何か、攻撃魔法を使っているのではないかと
思われるのもどうかとおもいますし』
『……なるほど。
だが、セツナの案での戦闘ならば
ここまで気にする必要はないと思うが』
『見えないというのは
なかなか、厄介なものだと僕は思うんですよ』
『……そうだな』
『はい。精霊に誓って、僕は貴方に攻撃魔法を
使う事ができなくなっています』
セツナのこの言葉に、全ての人間の息が止まる。
セツナの言葉に呼応するように、上位精霊の
声が会場へと響き、セツナの言い分が正しいのだと
認めたのだから。
【是】
上位精霊が、本当にまだこの場に居ることが証明され
観客席で、疑っていた者達が膝をつき祈っている姿が
ちらほらと目に映った。
『……』
『……』
何か言いたそうに、エレノアとヤトが
セツナを見つめるが、セツナは緩く笑うだけで
何も答えることはなく、二人は同時に同じように溜息を吐いた。
何を言っても無駄だと諦めたのだろう。
『そろそろ始めましょうか?』
そんな二人に、セツナが声をかけ
エレノアは、軽く苦笑を浮かべてから頷いた。
『……総帥』
エレノアの呼びかけに、ヤトがエレノアを見る。
『……この剣を預かってもらえないだろうか?』
エレノアは、手に持っていた二本の剣のうち
一つを、ヤトへと手渡した。
ヤトへ手渡した剣をみて
アラディスが、安堵したように深く息を吐き出し
目を閉じた……。
エレノアから剣を受け取ると
ヤトが転移で舞台の端へと移動する。
エレノアとセツナは、間合いを取るためにある程度距離を
取ると思ったのだが、さほど離れずに向き合っている。
「エレノアの間合いじゃないわけ」
「そうだな」
「セツナの間合いでもないじゃろ」
何時もとは違う行動に、首を傾げていると
セツナが、呟くように魔法の詠唱をはじめ
詠唱と同時に、黄色の光の円がエレノアとセツナを囲い
その円が徐々に広がっていった。
そして、舞台の端ギリギリの場所でその光が止まり
そこから動くことはなく、黄色の光りが消えることもない。
「あれは、なんじゃろなぁ?」
わしの問いに、サフィールもわからないと首を横に振る。
ヤトもエレノアも、気にしていないところ見ると
あの光が意味するところを知っているようだ。
セツナが頷くのを見て、エレノアも頷き剣を抜く。
エレノアが、自分の心を落ち着けるように
一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。
その顔には、一欠けらの迷いもなく
戦う者としての、気迫を身に纏っている。
エレノアのその表情と、身に纏う気迫を目にして
色々な声で、彩られていた観客席に緊張がはしり
急速にざわめきが静まっていった。
エレノアが、ゆっくりと剣を構え
エレノアに応えるように、セツナもまた剣を構えた。
何時もならば、審判が開始の合図を送るのだが
ヤトが動く気配はない。
剣と剣が触れあう音が、微かに響き。
エレノアとセツナの戦闘は、本当に静かに開始された……。
審判の合図もなく、エレノア達の掛け声もなく。
剣を軽く触れあわせ、始まった戦闘に
驚きを隠せない人間は多いはずだが
誰も声をあげることはない。
どこか、静謐ともいえる空気の中
二人が剣をあわせる音だけが会場に響く。
こんな、始まりは見たことがない。見たことがないが
なぜか、エレノアとセツナの動きに目が惹きつけられて離れない。
最初は、剣を当てるだけのような動き。
そこから暫くして、ゆっくりと体が動き
まるで、戦闘の基礎を見ているかのような丁寧な動きへと変化していく。
二人の戦闘の変化に合わせて、セツナが舞台の端に設置した魔法が
ゆっくりと色を変えていく。
二人の動きが変わる度に、設置された魔法が色を変えるのか
色を変えるたびに、二人の動きが変わるのかはわからない。
ただ言えることは、色が変わる度に
二人の動きはより複雑になっていくということ。
黄色から緑へ、緑から青へ……。
ゆっくりと色を変えていく魔法の意味に
最初に気が付いたのは冒険者達だろう。
冒険者達が、その意味を口にし
それが会場へと広がっていく。
そう、舞台の端に設置された魔法の色は
わし達の紋様の色の変化と同じだった。
『ギルドランクは、戦闘能力だけで判断されるわけではないが
それでも、そのランクの魔物を倒せないとギルドが判断すれば
ランクを上げることはない。もう、気がついているとは思うが
舞台の端に設置された魔法は、ランクの色を示している。
剣と盾のエレノアと暁の風セツナの動きは
そのランクの魔物の動きと大凡、同じ速さだと思ってくれて結構だ。
自分が目指すランクがどれ程の動きを必要とするのか……。
その目安と考えてほしい。
魔物の動きが見えたとしても、魔物を殺す技術がなければ
魔物は死なず、自分自身が喰われることになり。
されど、魔物の動きが見えなければ
攻撃を当てることができず、結局は喰われることになる。
自分が目標とするランクの動きが見えるなら
自分の攻撃が当たるのか、ギルドの訓練講習で確認してみてほしい。
いきなり自分のランクよりも、上の依頼を受けるのではなく
まず、自分の力量確認を。自分の命を守る手段を……』
エレノアとセツナの試合の邪魔をすることなく
ヤトが静かな声音で、二人の戦闘の解説と冒険者達へ
無謀な依頼を受けるのをやめるようにと、注意を促していく。
その間も、二人の丁寧な戦闘は淡々と進み。
舞台の端の魔法の色も、色を変えていった。
「冒険者の目の色が変わったな」
「こんな機会はないだろうからなぁ」
「面白い事を考えつくわけ」
「黄色のランクから、通して見せられると
冒険者でなくとも、その違いを感じ取ることができる。
冒険者志望の子供達にとっては、いい経験になるだろうな」
アギトとサフィールの声を聞きながら
ざっと周りを見渡してみる。
悔しそうな表情を浮かべるもの
自分のランクより上の動きが見えると、嬉しそうに語るもの
真剣な表情で見つめるもの……多様な表情をみることができるが
一貫して同じなのは、二人の戦闘から視線を外さないという
ところだろうか。
こんなお手本のような戦闘を見る機会など
二度とないかもしれない。
自分達の糧となるように、明日も命を繋ぐことができるように。
観客席の冒険者達は、言葉を発することなく
唯々真剣に、二人の試合を観戦していた。
青から紫へ、紫から赤へ……。
そして、赤から白へと移り変わり
黒へと到達した時点で、エレノアとセツナが動きを止める。
二人とも息を切らすことなく、口元に笑みを浮かべながら
凛とした姿で立っていた。何時もならば、戦闘終了と同時に
拍手なり歓声なりが湧くのだが、二人の戦闘に意識を奪われ過ぎて
未だ、会場は静まり返っていた。
それほど、二人の戦闘は素晴らしいものだった。
アルトが一番好きな、盾を壊す訓練の応用を見せられた感じだ。
エレノアが主導し、セツナがエレノアの力量に
あわせる形で、試合が進められていった。
それぞれのランクの魔物の動きを
把握していなければ、できない動きをエレノアが見せ。
その動きを正確に、強すぎず弱すぎず
エレノアと同等の動きになるように、セツナが調節しながら
戦っていたのだ。たぶん、わしにもアギトにもサフィールにも
同じことはできないだろう。
エレノアとセツナだからこそ、見せることができた
試合だった……。
エレノアが望んだ、純粋な力としての戦闘。
躓き、迷った時に指針となるような
高みにいる人間の……武術。
今まで生きてきて、こんな繊細な模擬戦を見たのは
初めての経験だった……。
「はぁ、ほとんど見えなかった」と落ち込んだ声で
アルトが呟いたことで、わしの視線が二人を離れ
アルトへと向く。残念そうに尻尾を振るのが見え
口元がほころびそうになるのを耐え、その視線を
アルトの隣にいるアルヴァンへと向けると、彼は耐えるように
拳を握り、蒼白な顔色で舞台を見つめていた。
到底、今のアルヴァンでは届かない高みを
見せられたことによる、自信の喪失。
クリスが心配そうに、アルヴァンを見ていたが
声をかけることはない。自分で乗り越えるしかない事を
クリス自身が体験したことで知っている。
クリス達は、アルヴァンよりも酷い落とされ方をしたようだが、と
アギトへと視線を向けると、愉しそうにアギトが笑った。
ニールは大丈夫だろうかと、横を見ると
試合前と同じ表情で、気負ったところもなく自然体でいた。
「何でしょう?」
わしの視線に気が付き、ニールがわしの方へと顔を向けた。
「いや、何でもない」
「そうですか?」
「ああ」
わしの返答に、ニールは嘆息するように肩をすくめてから
苦笑に近い笑みを浮かべ、言葉を零す。
「彼の強さはなんとなく感じていましたから
私は、大丈夫です。彼は彼、私は私です。
彼の道と私の道は違います。
自分もまた強くなるために頂きを目指しますが
彼と張り合う気はありません」
「そうか」
「はい。彼もまた私が守る弟妹の一人ですから」
「……。そうか。そうだな」
セツナの事を、ニールに多く語ったことはない。
だが、自分の経験や酒肴へと引き取られた子供達を
見てきたことから、大凡の見当はついているのかもしれない。
「張り合うのは、カルロ達に任せて
私は、セツナを支えることに
重きを置くつもりです」
「そうか」
セツナを独りにしてはならないと、ニールも感じていたのだろう。
酒肴の次代として、頼もしいことだな。
「セツナとは、料理談義をしてみたいところですが
今はまだ、無理でしょう。ゆっくりと懐柔していこうと思います」
ポツリと、ニールが残念そうにつぶやいた。
懐柔……。
「カルロ達は、今頃落ち込んでいるでしょうが
きっと、いい刺激になるはずです。最近、調子に乗りやがって……。
失礼。調子に乗っていたようですのでいい薬になったのでは?」
「……」
ニヤリと口元を歪めるその姿は、なぜかアギトと重なり。
後半部分は、空耳という事にしてニールから視線を外し舞台へと戻した。





