『 セツナ君とジャックの家 』
* サーラ視点
「セリアちゃん、どうしてあんなことを言ったの?」
私は、セリアちゃんに聞きたかったことを尋ねる。
この場には、私とアギトちゃん。そしてエレノアちゃんしか居なかった。
セツナ君が、各部屋の結界を解除していき。
各自が好きな場所へと移動できるようになった。
サフィちゃんは、フィーちゃんと一緒に図書室へ行っている。
多分、呼ぶまで降りてこないだろうと思う。
最初、呼んでも降りてこないかもしれないと思ったけれど
セツナ君が、基本的な生活をしないなら図書室を閉鎖すると
言ったので、多分降りてくるだろう。エリオちゃんも図書室だ。
クリスちゃんとビートちゃんは、剣と盾のメンバー達と
鍛冶場のほうへ行っている。ゆっくり武器を見るのだと言っていた。
酒肴のメンバーは、地下に見学に行っている。
きっと、今頃地下は賑やかに違いない……。
見た事もない、厨房設備に調理器具。酒肴のメンバーはそれは幸せそうに
昼食を作っていた。その前に、誰が調理するかで揉め庭でバルタスちゃんと
ニールちゃんも交じって、戦闘を繰り広げていたけど……。
セツナ君は、顔を引きつらせながら「これが日常になるんでしょうか」と
言葉を零していた。アルトも、彼等のお祭り騒ぎに巻き込まれながら
一緒に戦って遊んでいた。どうやら、アルトと仲良くなろうとしていたみたい。
決着がついた後、セツナ君が怪我人に風の魔法をかけていたけど
バルタスちゃんが、何時もの事だから気にしなくてもいいと告げていたようだ。
戦闘で勝利した、メンバーは嬉しそうに厨房へ入り
負けたメンバーは、恨めしそうに厨房を覗いていたのを見て
セツナ君が深く溜息を吐き。アルトは、厨房とリビングの境目にある
カウンターの椅子に座って、ちょこちょこと味見をさせてもらっていた。
どう見ても……餌付けされている。
バルタスちゃんとニールちゃんも、嬉々として料理を作っていて
若い子達に、先に触らせてやろうという気は全くないみたいで
ちょっと大人げないなと思ったのは秘密。
簡単な昼食を食べ終え、夜は本格的に料理を作るらしい。
本格的に、食べて飲むために明日のお店は臨時休業にするらしく
ニールちゃんが、店の扉に明日も休業という札をかけに戻っていた。
今日は、普通にお休みの日だ。
その事に、バルタスちゃんの奥さんのテレーザちゃんが怒っている声が
魔道具から聞こえていたけれど……。バルタスちゃんは笑ってかわしていた。
セツナ君が奥さんも娘さんも、一緒にどうですかと言っていたけど
テレーザちゃん達は、来ないだろうと思う。彼女たちは冒険者になれなかった
若者たちと生活を共にしているから。怪我をして冒険者を続けられなくなった子
冒険者としての素質がなく、諦めなければならなかった子達を引き受けているのが
テレーザちゃんだ。
だから、冒険者に未練がある若者達が早くその未練を断ち切れるように
テレーザちゃんは、心を砕いている。その為に、私達の集まりには参加しない。
テレーザちゃんの所の若い子達と酒肴の若い子達が、仲が悪いという事はない。
どちらの若い子達も、テレーザちゃんを母としてバルタスちゃんを父として
尊敬し慕っているから。現在は、5人ぐらいいるのかな。
テレーザちゃんが言うには、黒がそろうというのが
冒険者を諦めきれていない若い子達にとって
辛い気持ちを思い出させるのだと言っていた。
黒は冒険者の頂点にいる存在だから……。
憧れる理由は理解できる。
話題も冒険者よりの話になる為、自分の生きる道を定めるまでは
こういう集まりには参加させないらしい。
今この場にも、冒険者を続けられなかった若い子達が何人かいる。
その子達は辛い時期を乗り越えて、料理人として酒場で働いている子達だ。
セツナ君の誘いに、バルタスちゃんは理由を説明し
気持ちだけもらっておくと告げていた。
セツナ君はとくに何も言わず「そうですか」と答え
少し考えた後「珍しい食材があるんですよね?」とバルタスちゃんに聞き
バルタスちゃんが、頷くと「では、料理ぐらい運んであげてください」と言った。
バルタスちゃんとニールちゃんが、黙り込みセツナ君を見ていた。
「ここに、いない人達も酒肴の人達なんでしょう?」とセツナ君が問い
バルタスちゃん達が頷くと「お金を頂いていますから」と告げた。
セツナ君は、ここにいる酒肴のメンバーの事を慮ったのだろう。
罪悪感なく食べれるように。飲めるように……。
この間の宴会の時の、フィガニウスの料理も酒肴の若い子達は
相談しながら、お皿に取り分けていた。酒肴のチームは全員が家族だから。
ここに居ないメンバーの為に、残していたんだと思う。
バルタスちゃんが、もう一度セツナ君に断わっていたが
セツナ君は頷かなかった。「個人でお金を頂いているならともかく
酒肴として頂いていますから。同じチーム内で差が出るのは不公平ですよ」と言い切った。
酒肴のチームに居るからには、食べることも飲むことも好きでしょうしと小さく笑う。
「料理になれば、外に持ち出すこともできますから。
お酒は僕が適当に選んで、持ち出せるように魔法を解いておきます」と告げ
バルタスちゃん達に、それ以上なにも言わせなかった。
セツナ君は時々、穏やかながらも有無を言わせない力を発揮することがある。
バルタスちゃんは、諦めたようにため息をついて「すまんな」と言って笑った。
バルタスちゃん達にとって、若い子達は自分の子供と同じぐらい
大切だから……。きっと嬉しかっただろうと思う。
酒肴の若い子達は、バルタスちゃんとセツナ君の会話を黙って聞いていた。
セツナ君が何か思いついたように、「そうだ」と言い。
バルタスちゃんが「なんだ」と聞くと、セツナ君が少し悪戯っぽく
「料理の失敗作も、分け隔てなく持って行ってくださいね」と告げた。
その言葉に、微妙に私のほうに視線が集まっていたのはどうしてかしら?
話題を変えるように、バルタスちゃんが
夕食に何が食べたいか、セツナ君とアルトに聞いていたけど
セツナ君は、お任せしますといい。アルト君は、美味しいものと言っていた。
正直その返答が一番困ると思うけど。バルタスちゃん達は笑って任せておけと
言えるのがすごいと思う。
この家の持ち主になった
セツナ君とアルトは、自分の部屋を片付けると言って
1階にある豪華な自分達の部屋へと行ってしまう。
彼等が居なくなった後、バルタスちゃんとエレノアちゃんが
全員を集めて、口を開いた。
「セツナ君とアルトが、自分の部屋に居る時は干渉しない」こと。
私達全員に、絶対守るように告げた事だった。
セツナ君は、この広い家のほとんどを私達に開放することになった。
多分、昼夜問わずこの家には誰かしらいることになると思う。
サフィちゃんは、きっと自分の家には帰らないような気がするし
私達も、1日のほとんどはこちらで過ごすことになるんじゃないだろうか。
酒肴のメンバーは、この家に滞在する門限を23時にしていて
朝食を作る3人だけが、酒肴に割り当てられた家に泊まるようだ。
当番を決めるのに、やはりなかなか決まらず戦闘になりかけていたけど……。
酒場が休みの前の日などは、賑やかになるだろうなと思う。
エレノアちゃんの所は、適当に行ったり来たりするようだ。
フィーちゃんが早速、転移魔法陣を刻んでくれたから
移動に不便はない。転移魔法陣は、庭ではなく私達の家の3階の余っている部屋に
刻んでもらった。移動先は、私達家族に割り当てられた部屋の1つだ。
一々庭に出るのが面倒だとアギトちゃんが言うと
エレノアちゃんもバルタスちゃんも、同じように使っていない部屋に
刻んでもらっていた。もう、家と家がつながっているような感じで
家族が一気に増えてしまったような感じがする。私はこういう感じは嫌いではない。
静かに過ごしたかったら、自分の家に戻ればいいのだし。
だけど、セツナ君はそういう訳にはいかないから……これでよかったのかなという
気持ちはある。もちろん、私達の家にセツナ君とアルトの部屋は残しておくけれど。
エレノアちゃんとバルタスちゃんとサフィちゃんも
セツナ君とアルトが自由に、自分達の家に来て好きに過ごしていいと伝えていたけど
アルトはともかく、セツナ君は用事がない限りはいかないような気がする。
この家は本当に、何から何まですごい。
家にしても、敷地にかかっている魔法にしても家具にしても
ハルでも見た事がないものがそろっていた。
これだけのものを、ジャックはどうやって集めたのだろう。
このリビングも、とても広いのになぜか寛げるのだから不思議だ。
昼食を食べる時も、好きなように固まり
初めての場所だというのに、ずっとここで生活していたかのような
空気が流れていた。セツナ君のお気に入りの場所は、今私達が座っている
海の見えるこの場所のようだ。セツナ君が座って動かなかった場所を
酒肴の若い子達が確認して、あの場所は必ず座る場所を開けておこうと
ボソボソと話し合っていた。その様子はとても微笑ましい。
酒肴の獣人族の若い子達は暖炉の傍の
掘り炬燵が気に入ったようで、幸せそうな顔をしてくつろいでいた。
耳が寝ているところを見ると、本当に気に入ったようだ。
時折「幸せ~」という呟きが聞こえてきて和んでしまう。
セツナ君がその様子を見て、小さく笑ってやっぱり炬燵が好きなんだなと呟いていたけど
やっぱりって、どういう意味なのかしら?
ジャックが、セツナ君に渡したこの家は
黒を中心とするチームの溜まり場となってしまった。
セツナ君に、本当にいいのか尋ねたら苦笑しながら
「いいと思いますよ」と他人事のように返事をしていたけれど……。
本当によかったのかな……。
リビングにある、ジャックが書いたと思われる規則を全員が読み。
必死に、頭の中に叩きこんでいた。この家に入れなくなるのは、相当嫌なようだ。
そういう私も、規則はきっちりと頭の中にいれている。
1人だけ入れなくなるなんて、絶対に嫌だもの。
ピアノも触ってみたいし、竪琴も奏でてみたい。
マリアちゃんが一度だけ、ピアノを弾いてくれたことがあるけれど
本当に素敵な音色だった……。教えてくれないかなぁ。
アギトちゃんとサフィちゃんは「殺し合いの戦闘を禁ずる」というところで
ため息をついていたけれど。私や周りにとってはいいことだと思う。
あの2人の闘いは、エレノアちゃんとバルタスちゃんしか
止めることができないんだもの。多分、セツナ君は止めることができそうだけど
彼は、本当にどちらかが死にかけるまで見ているような気がする……。
頼んだら止めてくれるだろうけど……。
死にかける……その言葉で、先ほどの光景が脳裏に浮かぶ。
規則と書かれた紙の横に、ガラスの板のようなものが張り付けてあり
そこにビートちゃんの名前が載っていた。ビートちゃんはそれを見て
肩を落としていたけれど……。私の頭の中にはまだ、ビートちゃんの首が
切断された光景が残っていて、どうしようもなく不安に駆られてしまう。
ビートちゃんが生きていて本当によかった……。本当に……。
そのガラスの板の下には、色々と書き込みができるような掲示板があり
セツナ君が、僕からの連絡事項はここに書いておきますから
家に来たら一度は確認してくださいと言っていた。
セツナ君だけではなく、何かしら伝えたいことがあれば
ここに書くようにとも言っていた。
あれやこれやと、最低限必要だと思う事を告げた後
各自解散という事になった。
そして今は、それぞれが好きなように過ごしている。
私と、エレノアちゃんとアギトちゃんは
海を見ながら、ゆったりとお茶をしていた。
エレノアちゃんは、アラディスちゃんと一緒に鍛冶場に行くと
思っていたのに、私を気にして一緒に居てくれたようだ。
そこにフラフラと、セリアちゃんが飛んできた。
セツナ君にくっついて、一緒に部屋に行ったのに。
「セリアちゃん、セツナ君は?」
「アルトの部屋の模様替えをしているワ」
「なるほど。アルトの部屋はちょっと大人っぽかったものね」
「うんうん。アルトの好みを聞いて色々とやっているワ」
「手伝ったほうがいいかしら?」
「大丈夫だと思うケド」
「そう」
「サーラ達はなにをしているノ?」
「海を見ながら、おしゃべり」
「それは楽しそうネ」
「うん。この家は……なんというのか
とても安らぐ感じがするの」
「セツナが、魔法をかけていたからかもネ」
「え?」
「セツナとアルトを、害そうとする人間が
入れないようになっているワ。だから、メンバーの中で
入れない人間がでたら、何かしら悪いことを考えていると
思ったほうがいいワ」
セリアちゃんの言葉に、エレノアちゃんもアギトちゃんも苦笑を落とした。
「それと同時に、この家に入った人を守る魔法もかけていたから。
サーラ達は、セツナに守られているという事になるわネ」
「そう……」
それは、セツナ君の負担になっていないのだろうか?
「どうしたノ?」
「セリアちゃん、どうしてあんなことを言ったの?」
「あんなこと?」
「遊びに来るのはいいとして、空き部屋をチームに
割り振る必要はなかったんじゃないかなと思ったの。
私達は……嬉しいけど。セツナ君にとっては迷惑だと思うし。
彼は、賑やかな環境より静かな環境のほうが好きでしょう?」
「そうネ。そうだと思うワ」
「それを知っていてなぜ……」
セリアちゃんは、私を見てスッと楽しそうだった表情を消した。
「私は、早くて2ヵ月。遅くて3ヶ月後には水辺へと行くワ」
セリアちゃんの言葉に、私もアギトちゃんもセリアちゃんを凝視する。
彼女が、いつか水辺に行くことを理解していたけど。はっきり告げられると
寂しいという感情が胸に迫る。
だけど、それを言葉にしてはいけないこともわかっている。
「私が水辺へと行ったあと……。
セツナとアルトがこの家で、2人きりになるのが嫌だったの」
「セリアちゃん……」
「彼は、誰にも何も求めていないワ。
この家にあるものも、さほど執着がないのよ」
セリアちゃんの言葉に、セツナ君が好きなだけ食べて飲めばいいと
言っていた事を思い出す。普通は、ある程度は振る舞っても自由にとは言わない。
「私はね。彼を独りにしたくないノ。
アルトは、自分の世界を見つけて遊びに行くことが多くなったワ。
それは、とてもいいことだけど。その間、セツナは独りになっちゃうわ」
「……」
「今は、私がいるからいいケド。
私が消えたら、彼は夜……独りでお酒を飲むのかと思ったら
嫌で嫌でしかたがなかったの。この広い家で……。
彼の命を助けた人が残したこの場所で。
暗い海を見ながら、独りでお酒を飲ませたくなかったノ」
セリアちゃんは、本当にセツナ君の事をよく理解しているんだと思った。
「これだけの人数の人が居たら、早々独りにはならないと思うわ。
酒肴の人達は、お酒が大好きだし。セツナが飲んでいたら絶対に傍に来るでしょ?」
セリアちゃんの言葉に、エレノアちゃんが微かに笑う。
「セツナは優しいから、傍に来た人を追い返すようなことはしないワ。
それに……。悪意のある人間はいなかったから」
「それはどういう意味だ?」
アギトちゃんが、静かに問う。
「私には分かるのヨ。
誰が、どのような感情を持っているのかわかるノ」
「……」
「ハルに来て、ずっとセツナの周りの人間を観察していたケド。
酒肴にも、剣と盾にも、月光にも。そしてサフィールも
セツナの事を厭うている人間はいなかった。皆、自分の趣味に一直線な
私の時代の黒とは、全くもって違うケド……。
自分たちの趣味と同じぐらい
セツナの事も気にかけていることが、わかったから。
セツナが……心を癒すのにいい環境だと思ったワ。
セツナと一緒にいるきっかけが、趣味の為であれ
珍しい本であれ、食べ物であれ、お酒であれ……。
セツナを見張る目に、なったらいいと思ったノ」
「見張る……?」
「……」
「どうして……」
セリアちゃんの瞳が一瞬暗い色を帯び
「サーラ、アギト。セツナとアルトをお願いネ」と言った。
セリアちゃんは、それ以上口を開くことなくどこかへ行ってしまった。
「……見張る目か」
エレノアちゃんが、静かに呟く。
「多分、クッカに封じられた記憶と関係があるんだろうな」
アギトちゃんが、苦々しい表情でそう告げた。
「……私達は、彼女の思惑通りに動かされたようだな」
エレノアちゃんが苦笑する。
「それでもいいわ。
セリアちゃんの気持ちは、セツナ君を想うものだもの。
それに、私達は十分すぎるほどの恩恵を受けている」
「……そうだな。あの鍛冶場はなかなかに魅力的だ」
エレノアちゃんの軽口に、軽く笑った。
だけど……エレノアちゃんは、すぐに真剣な表情を作った。
「……この広い家で独り……。
そうならなくてよかったかもしれない」
「ええ。私もそう思うわ……」
冷めたお茶を飲みながら、セリアちゃんが告げた内容に
自分が気がつけなかったことに、少しだけ落ち込んだのだった。
読んでいただきありがとうございました。