『 セツナと見習い医師 : 後編 』
* 全てはフィクションであり、想像上のお話です。
* 前編と同時更新です。前編から読んでいただけると幸いです。
【ウィルキス3の月30日 : ビート 】
懇々と自分の正義を語り、セツナを諭そうとしている二人の見習い。
セツナは、そんな二人が奏でる雑音を、冷たい目をして
まだ、聞いている。止めりゃいいのに……。
『セツナさんが、狙われていたのは知っています。
私達の願いが、甘い考えだって事もわかってます。
だけど、それでも助けたいと思うのが医師でしょう?
セツナさんもそうでしょう?』
アルトもじっと、二人を見つめて話を聞いていた。
その目の中に有るものは、敵とみなした時の色に近いものがあるが
動かないところを見ると、セツナから何か言われているんだろうなぁ。
「医師が病人や怪我人を助けたいという気持ちは、尊いものだし
それが、医師としての誇りでもあるわけだから。彼女達の言い分も
わかる。医師ならばその正義を貫いている姿は
私も好きよ。きっと、セツナもそう思っていると思うわ。
あの日、子供達が苦しんでいる医療院で
クオード達と必死になって病と闘っていた一人なんだもの」
販売員から購入した、飲み物で喉を潤しながら
リオウさんは目を細める。
「だけど、正義を語るだけじゃ
誰の胸にも響かないわ」
そう告げた、リオウさんに全員の視線が向く。
リオウさんが纏っている空気が、ガラリと変わった気がした。
「あの日、誰よりも彼は自らの精神を削り
子供が回復するまで、その手を離さなかった。
彼が一番大切にするアルトの手を握りたくとも
医師であることを貫いたのよ。心から感謝しているわ」
ガキ共が、しょんぼりと肩を落とし。
ナキルはミッシェルを見て、セツナを見て感謝の言葉を紡いでいた。
「なのに、まだ見習いでしかない彼女達が
口先だけの正義を語り、ギルドと医療院の規約さえ覚えておらず。
さらに、彼を諭そうとするなんて……」
ぎゅっと、拳を握り一呼吸おいてから
本当に不快だという、感情を言葉にのせて吐き出した。
「あまりにも、不遜だと思わない?」
それは誰かに、問いかけたものではないと
誰もが気がついていた。答える気はないが、リオウさんの空気にのまれて
誰も口を開くことができないでいる。
セルユが、リオウさんを見つめながら
「ああ、フィーが話していた意味が理解できた気がする」と呟き
それに同意するように、周りの奴らが頷いていく。
リオウさんは、心にどんな信念を宿しているんだろう?
親父達と同類には見えないから、ナニカを飼ってはいないだろうと
想いながらも、人は見かけによらねぇし、なんてことを思った。
「……」
背筋をピンと伸ばし、見据えるように見習いを見る姿に
しばし、見惚れてしまった……。
それから、ギルドがセツナをどの位置に置いているのかも
なんとなく理解した。黒と同等、もしくはそれ以上か。
内心で差が開くばかりだと、嘆息しながらも
あいつを羨む気持ちは、なぜかわかなかった。
あいつと会ったばかりの頃の俺なら、きっと目の敵にしていただろうに。
到底追いつけない、それどころか親父達、黒でさえ
あいつと対等に立つことができない。それは、どれ程孤独なんだろうかと
ふと考え、あの湖での親父とセツナの会話を思い出す。
「あの言葉そっくり、お前に当てはまるんじゃねぇ?」
思わず口から出た言葉に、ダウロが「何か言ったか?」とこちらを見るが
何でもないと手を振り躱す。
あの湖で、あいつがなんかを抱えてんのに気がついた。
共に生活してみて、俺達と一線引いていることを感じていた。
何時もなら……酒肴の奴らと違って、俺は近づかないことを
選んでいたはずだった。だが、一線引かれようが壁をつくられようが
そういう気持ちは、わかなかったんだよなぁ。
あいつの生い立ちや、あいつがたどってきた道をなんとなく知って
同情とか哀れみとか、俺が力になってやるとか
そんな感情があるわけでもない。力になれる事なら
力になるし、助けが必要なら迷うことなく助ける気はある。
だけど、あいつはそれを望まねぇって事も知ってる。
ただ……時折あいつが見せる、どこか。
そう、どこか遥か遠くを、俺達の知らない場所を見ている目が
気になった。何を見ているのか。あいつが見ている風景は何が映っているのか
酒肴の奴らも気にしてた。俺達とは根本的に視点が違う。
そんなあいつを見ていると、何を見ているのか気になって
見て見たいと思った。
ガキの時に、目の色の違う奴と友達になって
見えてるもん、違うのかって気になった時と似ている気がする。
見えてるもんが一緒だとわかった時は、残念なようなホッとしたような
そんな記憶が残っていた。あれはあれで楽しかったが。
それから、俺が感じていたことを、酒肴の奴らも感じ取っていることを
酒の席で知った。
『別に、冒険者が嫌だって思ったことはないし
美味いものを食えるのは嬉しいし、酒肴の店も好きだけどさ』
『このまま、上を目指して年取っていくんかなーとか』
『あー、わかるわかる。充実はしているけど
何か物足りないみたいな感じだろ?』
『かといって、新しいことを始める気はな……』
『そうそう。どこか、閉塞感つーの?』
『まぁ、今が冬だしな!』
『確かに、狩にはあんま行けねーしな』
『だけど』
『最近、世界が広がった気がする』
そう言ったのは誰だっただろなぁ。覚えてねぇけど。
その言葉がぴったりと当てはまると思った。
親父達も、俺達の会話を耳に入れていたのか
『……理解できるな』とエレノアさんが苦笑し
『退屈しないからな』と親父が口角をあげて笑い。
『この年になって、未知の料理に出会えた!』とバルタスさんが喜び
『頭、かち割ってみたいわけ』とサフィさんが引く事を言っていた。
セツナと出会って、あいつがアルトに語る話を聞いて。
知らないことを知り。興味があることが増えた。
他国にも目を向けるようになり、流れてくる情報に敏感になった。
親父に、コテンパンにされても腐ることもなくなった。
そんな、感情を抱くよりもさらに先を進みたかった。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと!
『この世界を知りたい』と強く思うようになった。
『強くなりたい』と今までより、より強く切望するようになった。
俺達とはどこか違う価値観に触れ、そんな奴と共に生活を送る。
自分の至らなさや、情けなさを感じることもあるし
悔しいと思う事もある。だけど、それ以上に毎日が楽しいと思うようになった。
朝の空気を肺一杯に、吸い込み
体がゆっくり目覚めていく感じ。
俺は、今の生活が結構気に入っているんだと知った。
いつか、俺達はあいつが見る世界の一端をみることができるだろうか
そんなことを、酒肴の奴らと飲みながら語った。
あいつ本人は、周りにこれだけの影響を与えているなど
思ってもいないだろうけどさ。
アルトと一緒に、先に部屋に行きやがったし……。
「リオウ」
その声一つで、リオウさんが纏っていた空気が霧散し
そして俺の思考も、こちら側へと戻す強い声。
リオウさんは、感情を入れ替えるように
一度瞬きすると席を立ち礼をする。
「総帥」
「オウカと共に、書類の準備を」
「畏まりました」
リオウさん達が、転移魔法で移動する間際
総帥がリオウさんの背を数回、軽く叩いているのを見た。
ふわりと笑ったリオウさんに対して、総帥は笑みを見せることはなかったが
リオウさんを大切に想っている様子は見ていてわかった。
女達の視線が怖い……。
『迷惑なんですが』
その声は、全員の意識をセツナに集めるぐらいの声音だった。
『え?』
『貴方方の、言い分は僕にもわかります。
医師としての感情も、理解できます。が。
だけど、それを強要されるのは迷惑でしかない』
『どうして……』
『根本が間違っているんです。
僕は、医師ではなく冒険者なんです』
『だけど!』
セツナを冒険者ではなく医師として見ているから
自分達と同じ感情を持っていると錯覚している見習いと
セツナの会話はどこまで行っても交わらない。
見習いは、あいつの言葉を理解する気はないんだろうな。
あいつは、見習いの言葉を理解して拒絶しているというのに。
『あの日、僕が医療院で医師として働いていたのは
ギルドと医療院からの依頼を受けたからです。
僕は、医師として生きる気はないと貴方方にも伝えたはずですし
ギルドにも、医療院医院長のクオードさんにもそうお伝えしたはずです』
ああ、なるほど。
エレノアさんが、さっき話していたその他の理由というのは
この事だったんだ。女達が「やっぱり、まだ諦めてなかった」と
苦々しい声を出しているのを聞いて、あいつ等と何かあったのかもしれないと感じた。
「なぁ、お前らの機嫌が悪かった理由があれかよ?」
カルロが、女達を見ることもせず
つまらなさそに聞いた。
「そうよ。外に出て、会うたびに
セツナを説得してくれって、まとわりつかれて」
「あいつは、しってんの?」
「うーん。セツナは外にあまり出ないからというか
全然っでないから。
私達と接触してきたんだと思うけど。
でも、セツナのあの態度を見ていると知ってそうよね」
『あれだけの知識と技術を持っていながら
それを生かそうとしないのは、どうしてなんですか!』
『貴方は、医師になるべき人だと思います』
二人のこの言葉に、セツナの目が細められ
その目の中に、冷たいものが宿る。それを例えるなら……。
静謐な怒りといったところだろうか。
その視線をうけて、見習い二人が思わず後ずさり
俺も酒肴の奴らも、軽く目を瞠る。女子供に優しいあいつが
あんな目を、見習いに向けることが意外だった。
『僕の生き方を、どうして貴方方に決められなければ
いけないんでしょうか? 僕の知識も技術も僕のもので
僕が何をしようが、どのような生き方を選ぼうが
貴方方には関係がないでしょう?』
『わ、私達に教えてくれたじゃないですか!
子供達を、必死に救ってくれたじゃないですか!
なのにどうして!』
『どうして?
それが依頼であり、その時の僕の役割だったからですが?』
『……』
『先ほどから、貴方方の一方的な話を聞かせて頂きましたが
なぜ、僕の所に来たんですか?』
『だから、それは!』
何度も同じことを言うセツナに、二人が苛立ちを見せ始める。
自分の感情の昂ぶりに、自分の中の正義がセツナに対する恐怖を
上回ったようだ。その辺りの根性は、認めてやってもいいかもしれない。
『ねぇ? 貴方方は、貴方方の仲間を信用してないんですか?
自分を指導してくれている医師を。医療院の医院長の腕を信用していない?』
セツナが、首をかしげながら問う。
『え……?』
見習いが、目を大きく見開きセツナを凝視する。
『貴方方の今の行動はそういう事でしょう?
今、治療にあたっている医師では治せないと思ったから
僕の所へ来た。それは、貴方方の仲間を否定することだ』
セツナの容赦のない冷たい言葉に、見習いの目に涙が浮かび始め
次々と頬を伝い落ちていく。それをみて、女達は余計に苛立ち不機嫌になり
俺達も「泣いてんじゃねぇよ」と思わず悪態が口をつく。
『ちが……』
『違いませんよね?』
『どうしてそんなに酷い事を言うの?
優しかったのに』
見習いの言葉に、ギリッと奥歯をならしたのは一人だけではないはずだ。
『僕は、事実を言っているだけですが?』
涙を落とし、セツナを責めるように見つめる見習いに
セツナは追及を緩めることはなく、淡々と語る。
『あの人達に治療が必要だというのなら
どうして、貴方方は、今、ここに、いるんですか?』
セツナの纏っている空気が、変化したのがわかった。
全身の肌が粟立ち、あいつを凝視する。親父達も息をのんでいる。
それだけ、あいつの変化は顕著だった。今までに感じたことがない程の
圧倒的な存在感。惹きこまれ、視線を外すことができないほどの色を見た気がした。
「あいつは、何を……飼ったんだ?」
思わず、零れ落ちた俺の声に反応するものは誰もいなかった。
『なぜ、僕が断りを入れた時に
あの人達の治療に戻らなかったんですか?』
『私の力では』
『そう思うのなら、貴方は医師に向いていない。
医療に関わるのはやめた方がいい。
貴方の為ではなく、これから関わる患者の為に』
見習い二人が、ヒュッと息をのんだ音が響いた。
セツナは、痛みに呻き喚いている魔導師達に視線を向けるが
その表情が変わることはない。
医療院の医師達も
必死に詠唱しながらも、セツナの声を聞いているようだ。
たまに様子を見るように、視線を一瞬向けることもある。
それは、見習いを心配しているのではなく
セツナを、心配し謝罪している眼差しだ。
『確かに、僕があの人達に負わせた傷は簡単に治療できるものではありません。
だけど、貴方方以外の医師達は、誰一人として諦めていない。
今、貴方達が意味のない涙を落としている、この瞬間にも
誰一人、その口から詠唱を途切れさせることなくあの人達の苦痛を
取り除くために、全霊を傾けているのに』
セツナから視線をはずし、懸命に治療を施している
自分達の上司を目にして、ぎゅっ唇をかみしめている。
なのに、まだ自ら動こうとしない。
『自分に力が足りないなら、力の足りる人に助けを求めるのは
正しい事だと思います。それを否定するつもりはありません』
『なら、どうして!』
『僕は、こう伝えていたはずです。
この場に居る限り、命を落とすことはない』
『……』
『実際、誰も死んでいないでしょう?
あの魔導師にしても、僕が魔力を削り取って跳ね返したために
命を失わずに済んでいる。それに、大会に臨むにあたって
覚悟をしていたはずでしょう?
誰かを傷つけるつもりなら、自分も傷つけられる可能性があることを
知っていたはずだ。殺すほどの力をもって、襲ってくるのならば
それと同等のものを、返されたって仕方がないと思いませんか?
彼等の自業自得です。僕はそこまでお人好しではありません。
あの人達は、ただ、怪我で苦しんでいるだけですよ』
『苦しんでいるから、助けてあげないと、駄目じゃないですか』
『なら、貴方方が助けてあげればいい。
他人に頼るのではなく、ここで無駄な時間を過ごすのではなく。
貴方が僕に語った。自分の感情よりも、患者を救うべきだと。
それが、医師の使命だと話していた。
貴方の信じる正義を、貫けばいいのでは?』
ここで、セツナは一度深く息を吐き出した。
『なのに』
静かなのに、重いと感じる声音につられて
緊張しているのか、コクリと喉が鳴った。
『どうして、治療をしに行かないんですか?
今、この瞬間にも。
自分の感情よりも、患者を優先させるべきだと僕を諭した貴方方が
どうして、治療をおこないに行こうとしない。
貴方方の魔力が、ほとんど使われていないのはどうしてですか?』
泣いている見習いに、一欠けらの優しさも含ませず
真直ぐ、射るような視線を彼女達へと向ける。
その視線に、顔色を失くしながらも
彼女達は、動こうとはしなかった。
涙を落としながら震える声で、助けを求めるように
『あなたも、私達の仲間でしょう?』と声を落とした。
縋るように、セツナに向けた言葉と瞳に
セツナは、一切の感情を含まずに否定した。
『仲間? 僕の命と、ただ怪我をしている人達と天秤にかけて
僕に死ねという貴方方を、どうして仲間だと思う事ができるのか』
『死んでほしいなんて、おもって、おもってない!』
『魔力は有限です。僕は戦う為に
自分の命を守るために魔力を行使している。
今、この瞬間もあの舞台の魔法を維持しているんですよ。
全てが僕の魔力というわけではありませんが。
そして、この休憩が終わり次第。
また、魔力を使って戦闘をすることになります。
僕の命を狙う人達と命の駆け引きをする前に
貴方達は、僕に魔力を削ってから戦闘に向かえと強要している』
『……』
『それは、死ねといっているのと同義です』
『うっ……』
本格的に泣き始めた見習いを見ても
セツナは、表情一つ変えることなく
見習い達から、興味が失せたように視線を
クオードさん達の方へと流す。
『ギルドの、医療院の技術そして信念は
どこの国よりも誇れるものだと僕は思っています。
医療院の理念を、その胸に掲げ
途切れさせることなく、その口に魔法の詠唱をのせる。
そんな素晴らしい、医師がいる場所に
今の僕は、必要ありません。
手伝いに、入る意味はありません』
今はもう、その空気を何時ものモノに変え
その、表情を穏やかに緩め ふっと息を短く吐き出し
眩しいものを見るように、その目を先ほどとは違った感情で細め
最後の言葉を紡いだ。
『あの日、この医療院の医師と共に働けたことを
僕は一生、誇りに思う』
セツナのその言葉に、二人の見習いは涙を落としながら
その場へと、座り込んでしまった。セツナが誇りに思うといった
時間の中に、自分達が居ないのだと悟ったんだろう。
過去の自分の栄誉を、今の自分が握りつぶしてしまったことに。
自分達の仲間である医師を、尊敬する上司である医師を
自らが、貶めてしまったことに気が付かされた。
そんな打ちひしがれた、見習い達を
医療院の医師達は視界に入れることはなく。
今、この瞬間も淡々と魔法を詠唱していた。
目の前の、患者を癒すために。
「セツナは、女に甘い奴だとおもってたんだけどなー」
カルロが、ぬるくなった飲み物を喉を潤すように
一気に煽って、飲み干してからそんな事を言った。
「あいつら、セツナに恋情を抱いてただろ?
人の感情に敏いあいつが、その事に気が付かないわけねぇだろうし。
自分に惚れてる女の心を、あそこまで折れる奴は
そうそういないんじゃね?」
「カルロは、どっちの味方なのさ」
セルユが肩から力を抜くように、軽く首をまわし
軽口を叩く、カルロを笑う。
「俺? モチロン、セツナの味方だぜ?」
「そう?」
「別に、あいつらに同情してるわけじゃねぇよ。
セツナに対する認識が、俺の中で変わったってだけだろ」
「同情してないのは知ってるよ。
だって、見習いを視界に入れるのも嫌だって
顔が言ってるし、というかあの二人に同情する冒険者は
いないと思うけど。あの二人に同意することは
自分達のチームの風使いを危険にさらすことに
なりかねないわけだし」
セルユの言葉に、周りの奴らも頷き
近くに居る冒険者達の会話を聞いても、セツナを悪く言っている奴は
居なかった。
チームやPTのメンバーは、風使いを大切にしている。
数が少ないのもあるし、自分達の命の要なんだから蔑ろにされれば
仲間の方が怒り狂い報復に出ることが多いのも事実だ。
時には、自分の命を削ってまでも
仲間を救おうとする風使いに、感謝を抱き敬意を払うのは当然だ。
風使いが余裕がある時に、他の冒険者を救う事は
自分がもし動けなくなった時に
他の風使いに、助けてもらえる確率を上げるため。
仲間に対する気遣いであり、仲間を生かすための優しさだ。
もちろん、自己犠牲精神とかそういうものではない。
それは巡り巡って、自分にも返ってくるはずだから。
風使いが、他の冒険者を助けることができない時の
葛藤であるとか、断らざるを得ない時の心痛であるとか
そういったものを、ずっと横で見てるんだ……。
自分と自分の仲間を優先する。
口でいうのは簡単な事だ……。
だけど、助けたいって思う心は誰にもあるだろ?
だから、あの見習いの感情も理解できる。
理解できるからこそ、腹の底から怒りがわく。
風使いの冒険者の葛藤を知りもせず。
戦闘状態にあるセツナを慮りもせず。
頬を染めて、セツナを見上げ
その口に、詠唱をのせることもせず。
ただ、セツナに魔力を使えと強要する姿は
見ていて醜い。
あの、涙さえ自分を慰める為のものだと皆がわかっている。
多少は、後悔も入っているかもしれないが
大部分は、セツナを責めるための涙だ。
セツナにあれだけ言われたあとで、すぐさま動き
医師の補助に入るというならば、苛立ちはまだおさまったかもしれない。
ただ、慰めを待つ奴らに同情なんて必要ねぇ。
だから、ギルド職員も近づかない。
医療院の治療に関わらない奴も傍に行かない。
会場で見てる冒険者だって、見習いを正義とは思わない。
もしここで、セツナが動き前例を作ってしまえば
他の風使いの未来が、暗いものになってしまうかもしれないことを
皆が理解しているからだ。その規則を心に刻んでいるからだ。
だからこそ、セツナも頑として動こうとはしなかった。
間違った、前例をつくらないために。
と、いう事をミッシェルの兄であるナキルがもう少し簡単に
ガキ共が理解できるように、かみ砕いて説明していた。
ざっと会場を見渡すと、チラホラと冒険者志望のガキ共が
神妙な顔をして、頷いている姿が見える。
クロージャ達も同様に、真剣な顔をしてナキルの話を聞いていた。
「リオウさんが話していた事を覚えているか?
正義を語るだけじゃ、誰の胸にも響かないと話されていただろ?
行動を伴わない言葉になど、価値がないって事だ」
なんか、耳が痛いのは……どうしてなんだろうか?
ナキルの話を聞いて、チラチラと周りの奴らがそちらに視線を送っている。
その視線の意味は、冒険者じゃないのになぜそこまで深く知ってるんだ?
だろうな。
ナキルの語ることに嘘はないが
セツナの行動に関しての予想は、好意的見解が多い。
あいつを知っていても、予想するのは難しいし
親父達も振り回されているから、仕方ないが。
あいつはきっと、総帥やクオードさんが願ったとしても
絶対に頷かなかったと断言できる。アルトを狙ったあいつらを
ぜってー許すつもりはねぇだろうし。
心の底から治療を拒否しているのを知っているのは
俺達だけだろうから問題はないが……。
まぁ、教えないほうがいいだろうな
大会が終われば、依頼は受けるだろうが
それは優しさじゃなく、罰を受けさせるためだ。
怪我が完治しなければ、医療院からは出されないから。
きっとあいつらは、ギルド紋様を破棄されるだろう。
セツナに返り討ちに会い、その罪をこの場で暴かれ
大怪我による、膨大な治療費を請求され
罪に問われ裁かれる。この先の展望が何ひとつ見えない
状況に追い込まれることになるんだろうなぁ。
これだけの人間に顔も割れている。
これから、与えられるものは蔑みの視線だろうし
ギルドは裏切り者を許さない。
犯罪者にリシアは恩恵を与えない。
どうやって生きていくんだろうかと
頭の隅でチラリと考え、関係ないかとすぐに頭から追い出した。
『師匠、俺あの魔物が気になってるんだけど』
めそめそと泣いている、見習いを欠片も気にすることなく
アルトがセツナの手を取って、向こうへ行こうと誘っている。
セツナも、視線を向けることも言葉をかけることもなく
何事もなかったかのように、笑みを浮かべて歩き出そうとしていた。
「俺っちは、あいつらがわるかったとしても
あんなに平然と、無視できないっしょ……」
「俺も無理だな……」
エリオとフリードが、口元を引きつらせながら会話している。
「……ナキル殿は、冒険者に詳しいようだが
冒険者を目指したことが?」
「私の事は、ナキルで結構です。
冒険者を志したことはありません。
妹が、冒険者になるだろうことは予想していましたが」
「ああ、お前も精霊を目にしたわけ?」
「はい。とても美しい方でした」
ナキルが精霊を見たと知って
ミッシェルがずるいと文句を言っている。
「……なら、どうしてそれほど冒険者に詳しい?」
「私は、学院で法学部の教授補佐の仕事についております。
その時に、ギルドと医療院の規則についての内容に興味を持ち
冒険者になった友人達から、話を聞きました。
それぞれの立場で、それぞれの葛藤はあるが
自分たち以上に、仲間の命を握る風使いの心労は
計り知れないものがあると教えてもらいました」
「……なるほど」
「法学部教授補佐とか、優秀な人材なわけ」
「ありがとうございます」
謙遜することなく、サフィさんの言葉を受け止めた。
自分に自信のある、まじめな人間。ナキルの印象はそんな感じだったが
性格も、そんな感じっぽいな。
「あいつら、何時まで泣いてるんだ?」
「誰かが、慰めてくれるまでっしょ?」
「慰める奴がいるのか?」
「どうでもいいっしょ……」
「それで、お前は何を言いかけてたんだ?」
「あ?」
「なんか、俺に言いかけてただろ?」
「あー? 忘れたっしょ」
「……」
エリオが思い出そうと唸っているのを
フリードが、溜息をつきながら思い出すのを待っている。
「ミッシェルの兄貴は、学院の先生だったのか」
「んー。先生の手伝いをする人?」
「授業はしないのか?」
「教授が忙しい時は、教壇に立つこともあるみたい」
「へー。だから説明がわかりやすいんだな」
「もう一人の兄貴は?」
「学院へ行っているわ」
「じゃぁ、お菓子屋を継ぎたい兄貴って
もう一人の方なんだな」
「そうそう。私はナキル兄さんが
お菓子屋を継ぐと思てたんだけど」
「どうして、先生になったんだ?」
「知らない」
ロイール達とミッシェルが、ナキルの事を話しているのを
本人が聞いて、エレノアさん達から視線をミッシェル達へと戻す。
「あいつは優しいから、セツナに恋しちゃった
あの二人は、優しくされると思っていたんだろうな。
自分だけは特別よ、みたいな?」
「なんか今日は、結構辛辣だねカルロ」
「腹ん中、ムカムカしねぇ?
何が、仲間でしょう? だ!
仲間なら、助けてくれるのが当たり前でしょう、てー意味だろ?」
「確かに」
「身勝手な、仲間意識なんてもたれると反吐が出る!
仲間なら、そいつの意思をまず尊重するだろうが! くそが!」
「カルロ」
カルロとセルユの会話に、ニールさんが口を挟んだ。
「俺は本当の事しか言ってないだろ!」
窘めるように、呼ばれた声に苛立ったのか
カルロが、ニールさんに噛みついていた。
「まじで、機嫌が悪いんだな」
「まぁ、セツナはどう思っているか知らんが
俺達は、仲間だと思っているしな。蔑ろにされれば
頭にもくるし、あいつが強いといっても
戦闘はまだ続く。絶対に怪我をしない保証はない。
万全の体制で、戦ってほしいと願うのは当たり前のことだ」
俺の言葉に、ダウロがカルロを見てそう告げた。
「お前の顔も、カルロと同じぐらい不機嫌な面をしてるぜ?」
「ふんっ」
顔を背けた俺に、ダウロが喉を鳴らして笑う。
「カルロ。俺もお前と同じことを思っているが
言葉遣いに気を付けろと言っている」
「……」
カルロはニールさんから、ふいっと視線をそらし
溜息をつきながら「すんません」と謝った。
「気にするな。
思う事は、皆同じだ。
セツナもアルトも、俺達の仲間で家族だからな」
さりげなく、バルタスさんがニールさん達に視線を向けている。
それを見た、ザルツさんとカルーシアさんが笑っていた。
「酒肴は、相変わらず元気がいいねぇ」
「食う事と、それだけが取り柄だからな」
ザルツさん達の言葉にバルタスさんが苦笑し向けた視線を戻した。
「私が、学院で働こうと思ったきっかけは
学院の謎を解くためだな」
「謎?」
「謎って??」
ミッシェルやセイル達が、興味と好奇心で食いつくが
ナキルがいい笑顔で「これ以上は話せないな」と断ち切った。
ミッシェルが、可愛く強請っても
駄目だと知って文句を言っているが
ナキルは、それ以上話すことはなかった。
「謎? 学院に謎なんてあったか?」
「俺っちは知らないっしょ」
「俺も知らない」
「で、お前は思い出せたのか?」
「思い出せないっしょ!」
「……」
フリードとダウロが「はぁ」と溜息をついて
また唸りだした、エリオを呆れたように見ていた。
「よぉ、お前らはどうなんだよ。
セツナの印象、かわったりしねぇのか?
夢見てただろ」
「別に、夢を見てたつもりはないけど?」
「キャーキャー言ってただろうがよ」
女達に、カルロがそんなことを聞く。
顔はニヤニヤと笑っているが、その目はどこまでも冷めている。
ルーシアが、立ち上がりカルロの傍へと行き見下ろしながら口を開く。
「……それは、私達をあのバカ女達と同じにしているのかしら?」
何処か殺気立った、女達にカルロは何も答えない。
「ルーシア。カルロも見境なく喧嘩を売るな!」
ニールさんが、止めに入るが一触即発の空気は未だ漂っている。
その空気に、ガキ共がカルロ達を注視したことによって霧散させた。
ルーシアが、腰に手を当てて
深く溜息をつきながら、口を開く。
「はぁ、確かに一時は浮かれていたけど
それは仕方がないと思わない? 女子の理想が
そこに体現してるんだから」
ルーシアに同意するように、女達が頷き
微かに、動いた気配を感じた場所をみるとミッシェルも頷いていた。
ちっさくても、女だってことか。
「カルロは、私達の理想から外れた彼に
落胆する姿を見せるなといいたいのでしょう?」
「……」
「言っておくけど、理想から外れたわけじゃないわよ。
あんな、ばか……。ゴホン。あんな上辺だけしか彼を見ていない人と
同じにされたくないのだけど? 私達だって、仲間で家族よ」
「それは疑ってねぇよ。俺が言いてぇのは
お前達にも心当たりがあるだろうが
俺達がお前達の勝手な期待に応えなかった時に
見せる表情を、あいつにするなって言ってる」
「それは……」
カルロの言い分に、ルーシアだけじゃなく
他の奴らも視線を泳がせる。
「俺達はいい。慣れてるし
それだけ、お前らが俺達に気ぃ許して
甘えてるって事を理解してるからな。
好きにすればいいさ」
カルロの言葉に、ルーシア達が顔を一気に染め上げる。
両手で顔を隠したり、片手で覆ったり、項垂れたりと……。
「おい、変なものでも食ったのかよ?」
「なんでもないわ……」
訝し気に、目を細めてカルロがルーシア達を見るが
ルーシア達は、深く深く息を吐き首を横に振った。
「相変わらず、カルロってすごいこと言うよね」
「そうだな」
「今自分が放った言葉の意味、分かってないよね」
「そうだな」
「馬鹿だよね」
「そうだな」
「そこは否定してあげてよ」
「無理だな」
セルユとダウロの掛け合いに
オルファが、噴き出して笑っていた。
「どれだけ甘えても、許してやるって
言っているのと同じなんだけど……わかってないよね」
「なにげに、俺達もいれられてるがな」
「まぁ、いいんじゃね?
今更、しおしおされても気持ちわり―だけだろ」
「オルファは……まぁ、虐げられるの好きだから」
「誤解されるような事を言うんじゃねぇ!」
ルーシアが、感情を入れ替えるように小さく咳払いをしてから
カルロと向き合う。
「さっきも言ったけど、理想から外れてはいないし
落胆もしないわよ。カルロは印象が変わったって
話していたけど。私達からしたら、やっぱりそうだったのか、て
感じただけだったし」
「なんでだ?
お前らが抱く理想の中に、女に優しいってはいっていただろ?」
「あなた、私達が言ったことを覚えているの?」
「普通、覚えてるだろ?」
覚えてねぇよ。内心、そうつっこんだのは
俺だけじゃないはずだ。カルロは残念なところもあるが
酒肴の同年代の中で、一番感情の機微に敏いやつだ。
表面上は、面倒だといいながらも仲間意識が強く
メンバーをよく見て、助けがいるなら文句を言いながら手を出す奴だ。
酒肴の同年代の中で、一番強いのがカルロ。扱う武器は大剣。
二番目がセルユで魔法使い。その次にダウロで格闘を主としている。
四番目にフリードが入るが、フリードは自分自身を過小評価している。
強くない奴が、二番隊の二位に入ることなどできるはずがないし
カルロ達やエリオと戦うことができるはずもない。
フリードの戦い方は、他の奴らと違って
隙を生み出し、その隙を攻撃して命を削っていく戦闘方法だ。
他の奴らと違って、派手さはないが一番戦いにくい。
その速度だけでいえば、カルロよりも上だといわれているしやりにくい。
この四人が、次々代の酒肴リーダー候補となっている。
バルタスさんの次のリーダーは、ニールさんに決定していて
黒になり次第、酒肴を継ぐはずだ。
セルユ達の中では、カルロをリーダーにして
ダウロとセルユで、カルロを補佐すると決めているらしいが
カルロにはまだ何も話していないようだ。
フリードが入っていないのは
幸せな結婚をして、自分の店を持つのが夢らしいから。
多分、その夢は叶うことがない。セルユ達がぜってぇ逃がさない。
「まぁ、カルロだし」
「どういう意味だよ」
「そのまま?」
はっきりと答えない、ルーシアにもういいと掌を振り
続きを話せと、視線で促す。
「私達は、セツナを優しい人だと認識しているけど
甘い人だとは、一度も思ったことがないのよ」
「ああ? 甘いだろ。甘々だろが」
「あなた、毎朝訓練で半殺しにされているアルトを見て
よく、その言葉が出るわね……」
「あー……」
半殺しというところで、クロージャ達が肩を震わせた。
ロガンとナキルも驚いている。
「俺は、あいつと戦ってみてぇからなぁ」
「あの訓練を見て、戦いたいと思うのは
頭のおかしい戦闘狂だけよ!」
そう叫んだルーシアに、黒達が振り返ることなく呟いた。
「……頭のおかしい戦闘狂」
「僕は、おかしくないわけ」
「否定はできないな」
「わしも頭がおかしいのか?」
「あ……」
ルーシアが、両手の手の平で口を押えているがもう遅い。
チラリと黒達に視線を向けるが、黒達は気を悪くした様子もなく
肩を震わせて笑っていた。
誰も、黒達に触れることなく流すことにしたようだ。
「セツナは決して甘くない。
どちらかというと、あなた達の方が私達に甘いと思うわ」
ルーシアの言葉に、他の女達が頷いて同意する。
「セツナはね、私達ができないことには手を貸してくれる。
だけど、ギリギリ頑張ればできる事には絶対に手を出さない。
それは、アルトを見ていてもわかると思うけど。
私達では、届かない場所にある物をとるだとか
力が足りなく開かない蓋だとか、どう頑張っても無理な部分には
力を貸してくれるけど、それ以外は傍観してるわよ」
「そうなのか?
毛布を掛けてくれたりしてるだろうが」
「あれも、甘いからじゃなく
女性は体を冷やすのはよくないから、毛布を掛けてくれるのよ。
困らないなら、きっと何もしないと思う。
女性として、丁寧に接してくれるけど
助けるか、助けないかは別なんだと思うわ」
深く考えるように、何かを思い出すようにカルロが目を閉じる。
「そして、今日はっきりわかったけど
セツナは、ギリギリまで努力した人にしか手を貸さない。
そういう線引きをしているんだと思うわ。
それが……。
彼が、人を助ける為に譲歩できるギリギリの線なのよ。
セツナの……」
「そこまででいい。わかってる」
「そう。
セツナは優しい人だけど、甘くはないの。
穏やかな話し方と、あの見た目で甘く見えるけど
そうじゃない。中身は、誰よりも厳しく周りを見定めている人よ。
ただ、泣くだけの人には女だろうが決して手を伸ばさないわ。
例外は、子供だけね」
「そうか。
お前達は、それを不満に思わねぇのか?」
「不満?」
「べたべたに甘やかして、欲しいもんなんだろ?」
「ありえないでしょう?
それこそ、あのバカ女……ゴフゴフ と一緒になるじゃない。
私達は、反対に嬉しいけどね」
「ま……」
カルロが全てを口にする前に、セルユが拳を作って殴った。
「何すんだ!」
「子供の教育に悪いことは言わない」
「あー」
「碌な事を考えないわね!」
ルーシアは、カルロの言いたいことが分かったようだ。
「手を出さないって事は
できるって信じてくれているのと同じでしょう?」
微笑むルーシアに、カルロが目を瞠る。
「私達の力を、可能性を信じてくれているのよ。
アルトと同じようにね。できるって、信じてくれているんだって思ったら
できるように、頑張ろうって思えるもの」
「そうか」
「アルトのように、褒めてはもらえないけどね」と
キャスレイが、冗談を言うように告げると
「ん? キャスレイ。お前、褒められてぇのか?」
「褒めてもらえると嬉しいでしょう?」
「そうか、なら俺が褒めてやるよ。
最近、訓練も店も頑張ってるのを知ってるからな」
「え?」
「よくやってる」
カルロが目を細めて、甘やかすような目をキャスレイに向けた。
その目を、真正面から受けたキャスレイは「ひゃっ」と短い声を
出したと同時に停止し、体中を紅く染めて固まった。
「……」
その姿をさりげなく、ルーシアが移動して隠し
カルロから見えないようにしてから、何事もなかったように
話を続ける。カルロは、キャスレイの様子をとくに気にしていない。
「なぁ、キャスレイがカルロに惚れてるって話
本当だったんだな……」
「カルロは気がついてないよね」
「あいつは、女達をそういう対象としてみてねぇし」
「まぁ、目の前でイチャイチャされるのも
苛つくだろうから、邪魔するって事で」
「確かに、カルロはセツナより甘いよな」
「無意識だしな」
「懐に入れた奴は、最後まで守る奴だし」
「だけど、それはそれ、これはこれだ。
やるぞー、やろーども」
「おー」
セルユが、女達とカルロの意識がこっちに向いてないうちに
男達の意識をまとめ上げた。応援してやるんじゃねぇのかよ……。
三番隊がそんな、メンバーを見て呆れたような視線を送り
ルーシアとカルロは、真面目に話を続けていた。
「彼は、成長を促してくれる人よ。
それに、努力してもできないときはそれを乗り越えるための
足掛かりを教えてくれるのよ」
「なるほどな」
「だから、私達がセツナに落胆することはないわ。
たとえ、理想から外れたとしても変わらないと思う」
「わかった。
疑って悪かった」
「いいわよ。
あなたた達に、甘えてるのは本当の事だし」
「いいんじゃね?
家族に甘えるのは、自然な事だろ」
「そうね」
「しかし、俺は気が付かなかったな」
「基本、セツナは男子には容赦ないからじゃない。
魔道具事件でも、放置されていたし。
セリアさんが、聞いていようが教えないし
セリアさんが、悪戯を仕掛けようが止めないし……。
毛布もかけないし、クッションも私達だけだし
黒に対しても、強烈なお酒をだして一撃で沈めるのよ?」
「あー……。確かに」
カルロが顔色を悪くして、首を横に振る。
大体の被害者がカルロだ。ほとんどが自業自得だが。
「私達は、彼が許容できるギリギリの場所で
大切にされている。それを忘れることはないわ」
「そうだな」
「努力しないと、その場所から
簡単に、蹴りだされそうだから……頑張らないと……」
その言葉に、全員が真顔で頷いた。
『師匠、あれは?』
アルトの声に、全員の意識がアルト達へと戻った。
二人は、見習いから離れ何もなかったかのように
会話をしている。見習いは、まだ座り込んでいたが
立つことができないのは、周りの目が自分達をどう見ているか
気がついたからだろう。顔を俯けてその場でじっとしている。
俺達は、見習いを誰も気にすることなく
自由に話しながら、セツナ達の話を追っていた。
試合が再開されるまで、アルトはあそこにいるんだろうなと
セイルが苦笑しながらワイアットと話しているのを聞き
俺もそうなるだろうと思っていたが
一人の女が、セツナとアルトに向かって走り出したのを
目に入れ、今日のあいつは女難の相が出ているらしいと思ったが
口にすることはなかった。





