『 僕とカイルの家 』
せっかく変装して出かけたというのに
フィーの言動で全てが水の泡になった次の日。
アギトさんの家には、バルタスさん、ニールさん、エレノアさん、アラディスさん
サフィールさん、フィーがそろってお茶を飲んでいた。
なぜか今日、引っ越し先の家に黒が一緒に来ることになっている。
酒肴のメンバーも剣と盾のメンバーも、同行したいと言っていたけど
あれだけの人数が、家には入れるかどうかわからないので
行くのはリーダとサブリーダのみということになった。
僕がいないところでそう決まっていたらしい。
昨日お店で、そういう報告をもらったのだ。
そういう事は、事前に相談してほしい……。
全員が、汚れてもいいと思われる服を着ているところを見ると
掃除を手伝ってくれるらしいけど
これが小さい家だったらどうするんだろうと
内心不安になっていた。月光は全員行くようだ。
とりあえず、全員そろったところで移動することにする。
貰った家の場所は、海の傍だ。歩いていくのも面倒なので
僕の転移魔法で飛ぶことにした。
そして……。カイルがくれた家の門の前に、立っているんだけど。
僕も含めて全員が、絶句していた。アルトとセリアさんは僕に。
サーラさんはアギトさんに、抱き付きながら青い顔をしている。
「セツナよー。わしにはどう見ても廃墟にみえるんじゃが……」
「……幽霊がでてきそうな、家なわけ」
「幽霊というより、一時期に話題になったゾンビと言われる
動く死体が、出てきそうじゃないか?」
ゾンビ……。
実際に居るかは確認されていないらしい。目撃証言はあるが
それが本当かはわからない。今のところ、本の中だけに存在してる
魔物と言われている? ゾンビという名前も本から取られたらしい。
多分、その本を書いたのはカイルなんだろうなぁ……。
「そういえば、あの本のゾンビの館にそっくりなわけ」
死体を動かすことができる魔法は、あるにはあるけれど
条件を揃えるのが難しく、成功したとしても肉体は数分しか持たない。
成功例は、その魔法を構築した人物だけだと言われている。
ゾンビという言葉を聞いて、サーラさんの表情が白くなり
セリアさんが、やめておけばいいのに「ゾンビ」ってなに?
と聞いていた。それにクリスさんが答え、セリアさんは顔色をさらに悪くして
流れてきた話を聞いたアルトは……。
「師匠! 俺は、この家に住みたくない!!」と
目に涙を溜めながら、僕に帰ろうと訴えた。
朝だというのに薄暗く……サフィールさんが言うように
幽霊か、ゾンビがいるようにしか見えない家だから仕方がない。
「絶対いるワ。幽霊がいるワ!
ゾンビもいるかも……」
ゾンビは多分いませんよ。
幽霊は居るかもしれないけど……。
「セリアさん、幽霊がいるか見てきてくれませんか?」
僕がそう告げると、目を大きく見開いて僕を見た。
「嫌ヨ! 幽霊がいたら怖いじゃない!
ゾンビが出てきたらどうするの!!」
「……」
どうするのと言われても……。
皆が、微妙な目でセリアさんを見ていたけど
セリアさんは、ブルブルと震えて僕から離れなかった……。
エリオさんの視線が、背中に突き刺さっているような気がする。
「とりあえず……中に入ってみましょうか」
「師匠! 俺は帰ったほうがいいと思う!!」
「セツナ君。今まで通り、私達の家で一緒に暮らしましょう?」
「セツナ。私もそのほうがいいと思うワ!」
必死に引き留めようとする、アルトを引きずりながら門の中に一歩入ると
そこは、廃墟ではなく色とりどりの花が咲く綺麗な場所が現れた。
「おぉぉぉぉぉ!」
アルトが、驚きの声をあげてセリアさんも「綺麗!」と声をあげた。
アギトさん達も続いて入って来て、花々に目を奪われていた。
「こりゃ、驚いた」
バルタスさんが、呟く。
「あれは、人除けの幻だったわけ?」
サフィールさんの問いに、僕は多分と言って返事をした。
目の前の家も、アギトさん達の家よりも大きい家が建っている。
間違っても、廃墟には見えない。
冬なのに、花や実をつけている木などを横目で見ながら
家へと歩き、結界が張られていたのを解除して家へと入った。
玄関に入った瞬間、頭の中に見取り図が浮かぶ。
1階は、50人ほどは入れるリビングとその人数分の食事を作れるだけの厨房。
そして水回りと、チームリーダの部屋とサブリーダの部屋があるようだ。
地下は、食料庫と酒蔵があるらしい。
カイルは、チームを組んでいたのかもしれない。それもかなり大所帯の。
この家は、その時のチームの家だったのかもしれないな。
オウカさんやオウルさんの時代ではないことは確かだ。
多分、今のギルドの人達は知らないんじゃないかな。
まずリビングに移動すると、驚いたのが海側の壁と天井がすべて
ガラス張りだったことだ。
アギトさん達も、驚きで言葉を失っている。
ガラスの壁の近くの床は、周りよりも一段下がっていて
そこにじかに座ってくつろげるような空間ができていた。
10人~15人ほどは座れるだろうか、海のほうを見てくつろげるように
半円形で、座れるようになっている。一段下がっているところが背もたれになるように
ローソファが配置されている。
広いリビングの所々に、座り心地のよさそうなソファやローソファが配置されたり
ふかふかの絨毯の上に、クッションが置いてあったりと
それぞれが、くつろげるように工夫されていた。
隅のほうには掘りごたつらしきものもある。
その傍には、大きな暖炉もあった。炬燵に暖炉……。
メンバーの中に、寒がりな人が居たのかな?
インテリアは、この世界のものではなく僕達の世界のものに近い。
カイルが1つ1つ作ったのかもしれない。鞄の中にある大量の生活雑貨は
この家を作った時のあまりものだろうか?
この家に、どれだけの人数の人間が暮らしていたんだろう……。
この家だと、剣と盾のメンバーと酒肴のメンバーが全員そろっても
まだ余裕がありそうだ。
広いリビングからは、厨房が見えるようになっていて
オープンキッチンのような形になっている。厨房の傍にはティーカップや食器などが入った
食器棚があり、そして一番目を引くのが大量に並べられている酒かも知れない……。
あと、巨大な冷蔵庫。冷蔵庫といっても、冷やして保存するのではなく
食材が傷まないように、時の魔法がかかっているはずだ。
厨房とリビングの境目には、カウンターが配置されていて
おしゃれな形のスツールと言われる椅子が並んでいる。
あちらこちらに、こだわりのようなものが見えた。
もしかしたら、この家はカイルの理想の家の形だったのかも……。
カイルが、日本でどのような暮らしをしていたのか知らないけど。
ガラスの壁側方向には、グランドピアノが置いてあり
その傍には、様々な楽器が棚に並べられていた。
ヴァイオリンもあれば竪琴もある。
フルートもあれば、トランペットもあった。
「すごい……」
セリアさんが、そう言葉を落とす。
「セツナよー。わしは厨房を見てみたい。
見てきてもいいか?」
バルタスさんの目は、厨房から離れない。
「ええ、どうぞ」
バルタスさんとニールさんは、一目散に厨房のほうへと消えていった。
サーラさんは、ソロソロとピアノのほうへと歩いていく。
「ピアノだ……。ピアノがある。
マリアちゃんの家とエリアルちゃんの家でしか見た事がない
楽器が、こんなところにあるわ」
サーラさんはそっと、ピアノに触れて撫でていた。
それぞれが好きな場所を、好きなように見ているようだ。
エレノアさんとアラディスさんは、ガラス張りの壁の傍に行き
海を眺めている。砂浜があり今日の波は穏やかだ。
「……掃除の必要はないようだな」
「確かにね。長年使われていなかったとは思えないほど綺麗だ」
暫くして、バルタスさんとニールさんが興奮しながら僕の傍に来る。
鍋の種類がどうとか、包丁の種類がどうとか冷蔵庫がとか……。
酒がとか……。あの厨房で料理がしたいと真剣な表情で告げられるが
まず、他の部屋を見て回りましょうと宥めて1階の残りの部屋を見て回った。
1階にはリビングの他に部屋が2つと
別の場所に物置とトイレと洗面所そして大浴場がある。
1階の部屋2つが、僕とアルトの部屋になるだろう。
カイルが使っていたと思われる部屋は
洗面所、トイレ、風呂場、簡単なキッチンと応接間。
衣裳部屋に寝室と書斎。高級ホテルのスイートルーム並のものが
そろっている。実際泊まったことはないから
写真で見ただけだけど。とても贅沢な部屋だった。
小さな部屋には、大量のお酒が詰まっていた……。
カイルが、居たところは酒が大量にあるようだ。
アルトの部屋は、僕の部屋よりは狭く。お酒を入れておく部屋はなかった。
「ジャックは、何をしていたわけ?」
「知りません」
「……」
サフィールさんが、僕に尋ねるが僕も知らない。
「……これだけの規模の家があるということは
それなりに、大所帯のチームを組んでいたと考えるのが普通だろうな」
エレノアさんがそう告げる。
「わしらの時代ではないのかもしれんな」
「私達が見たジャックは、一匹狼だったからな」
バルタスさんの言葉に、アギトさんが返す。
そんな事を話しながら、2階へ上がる転移魔法陣を見つけ
そこから全員で2階へ上がった。
2階はすべて図書室だった。日当りのいい場所には
畳が敷いてあったり、絨毯の場所があったり
ローソファがあったりと好みの場所で本が読めるようになっている。
相談するために使ったのか、10数人座れる椅子と机も配置してある。
様々な本が、棚に所狭しと並んでいた。海側のほうは1階からの吹き抜けになっており
2階から、1階の半円形の床がよく見える。ここで目の色を変えたのは
サフィールさんだ。
バルタスさんとエレノアさんも、料理の本や武器の本を見つけて表情が変わるが
一番、変わっていたのはサフィールさん
その次に、エリオさんかもしれない。そして、サフィールさんが不吉なことを呟く。
「僕は……ここで生活するわけ……」
そんなことを呟きながら、フラフラと本棚へ近づき本を取ろうとするが
結界に阻まれていた。
バルタスさん達も、本を手に取ることができないようだ。
「どうして、本を手に取ることができないわけ!?」
サフィールさんが僕を見て問う。
「ここの本は、この家から持ち出すことができないようになっているみたいです。
そして今は、家の結界しか解除していないので部屋の中のものは
触れないようになっているのかもしれません」
色々と個別に、結界を解除していかなければいけないようだ。
「そういえば、厨房の鍋も触れなかった」
バルタスさんとニールさんがそう告げた。
「……」
サフィールさんが、がっくりと肩を落とす。
「まぁ、今は家の中を回るのが先ですから」
ここで結界を解くと、サフィールさんは絶対にこの部屋からでなくなる。
「僕は、あの本を手に取ってみたいわけ!」
「サフィ。わがままを言ってはいけないのなの」
サフィールさんが、フィーに窘められている。
「数百年前の本が、沢山あるわけ! ここは宝の部屋なわけ!
魔導書もあるわけ!! 僕は、ここに骨を埋めてもいいわけ!!」
一生懸命、この部屋の素晴らしさを力説しているのはいいけれど……。
本に夢中になりすぎて、サフィールさんが
ここで死んでいるのを見つけたらどうしよう。
それは嫌すぎる。何か対策を考えないと……。多分、サーラさん達同様
サフィールさんも、ここに入り浸るのは確定と言っていいかもしれない。
そんな現実を考えないように、アルトを見ると。
アルトも、本棚の間を歩いて読みたい本を何冊か見つけたようだ。
尻尾を振って喜んでいた。
「とりあえず、地下もあるようですから見に行きませんか?」
僕の言葉に、サフィールさんは渋々頷いて移動する。
そして、転移魔法陣で地下に移動すると、ここではバルタスさんとニールさんの
目の色が変わった。地下は、半分が食料庫。半分が酒蔵になっている。
そして両方とも、籠城でもするのかというぐらい食料と酒が詰まっていた。
時の魔法が使われているようで、保存状態は当時のままのようだ。
それも、貴重な肉やら今は手に入らない調味料。300年以上前の酒など
酒肴にとっては、宝物と思われるものが山ほどあるらしい。
この調味料がどうとか、この酒はとか……手を震わせながら話している。
「セツナよー。若い奴らを連れてきてやってもいいか?
ここまでの品がそろう事は、多分もうここしかない。
後学の為に、みせてやりたいのじゃが……」
「いいですよ。全部回ってからでもいいですか?」
「ああ……そうだな。
いやぁ……ジャックが残した遺産は、凄まじいものがあるの。
ここまでとは思わなんだ。この家といい、厨房といい。蔵書といい……。
興味深いものが山のようにある」
感嘆の溜息を吐き、生きててよかったと呟いた。
バルタスさんの言葉に、僕は苦笑を返した。
全員で地下から、1階へと戻り家の裏側へと出る。
裏側は、広い庭になっており海側には鍛冶場があるらしい。
多分ここは、エレノアさんとアラディスさんが興味を示すかもしれない。
「……ここは」
エレノアさんが目を大きく開いて、珍しくキョロキョロと見回している。
僕にはよくわからないけど、結構いい設備がそろっているんじゃないだろうか。
「これはすごいね……」
アラディスさんが、先ほどのバルタスさんと同様の溜息を吐いた。
興味を見せた、クリスさんとアルトに色々と説明をしながら設備を見て回っている。
「ここにも、地下があるようです」
僕の言葉に、全員が集まり転移魔法陣が刻まれているところへと移動して地下へ。
そして、そこは武器庫だった……。
「……」
「……」
エレノアさんが、目を輝かせながら武器を見ている。
ここまで表情が変わった、エレノアさんを見るのは初めてだ。
「エレノアさんの、あんな表情初めて見たな」
ビートがエリオさんにそう告げ、エリオさんも頷いていた。
「……古い、貴重な武器が……これほど残っているのは
初めて見た。すごい。この武器の製造方法は、今は残されていない」
「そうだね……。私もお目にかかれるとは思わなかった」
エレノアさんが武器を手に取ろうとするが、やはり結界にはじかれる。
「……」
エレノアさんがチラリと僕を見た。
「……メンバーにも見せてやってもいいか?」
「はい。海側と反対の建物を見てから
呼びに行ってあげてください」
「……感謝する」
そういって、僕の手を握ってそれはもう……素晴らしい笑顔を僕にくれた。
アラディスさんが少し、眉間にしわを作っていたけれどエレノアさんはお構いなしだ。
まぁ……。カイルがどういう生き方をしていたのかは、やはりわからないけど
今となっては貴重なものが、相当この家に残されているようだ。
ふとそんなことを考えると、カイルの情報が少し流れた。
どうやら、この家の中の飲食物以外のものは
ほとんどコピー品らしい……。本物はすべて鞄のなかのようだ。
という事は……あの2階の本もここの武器も同じ量だけ
鞄の中に入っているという事か。僕が生きている間に鞄の中を
整理するのは無理そうだ。
やりたくない。絶対家はここだけじゃないと思うし!
コピー品しか置いていないのは、目がくらんだメンバーが居たからだろうか。
外に持ち出そうとすると、分解してバラバラになる仕組みになっているらしい。
自分が宝物と思って持ち出したものが、自分の手の中でバラバラになる瞬間を見るのは
ちょっと嫌だなぁなどと考えていた。
海側から、反対側に移動するのは結構な距離がある。大人数で戦闘訓練をしても
ぶつかることがない程の広さがあることから、海側から反対側に行くのに
転移魔法陣がちゃんと準備されていた。
それで移動すると、反対側に建っていた建物はチームのメンバー達の
居住区だと思われた。家が10軒ほどたっている。
1つの家に、台所、お風呂、トイレ、居間があり1階に2部屋2階に3部屋があった。
1軒に5人住んでいたのかもしれない。どうして一軒家なのかはわからない。
普通なら、2階建てにして長屋のようにしてもいいような気がするけど
何かこだわりがあったのかな? 記憶を探ってみても何も出てこなかった。
「ここはメンバー達が暮らしていたのかな?」
アギトさんが、家の中を見てそう告げる。
「そうかもしれませんね」
家の中には何も残されてはいない。
「ジャックは……どんな生き方をしてきたんだろうな」
アギトさんが僕を見て、楽しそうに言った。
「どうなんでしょうね。
でも、相当大きなチームを組んでいた事は確かでしょうね」
「昔は、大所帯のチームは沢山あったらしいからな。
酒肴などは、その名残が残っている古参のチームだし」
「そうじゃの」
「いいものをもらったわけ。
大切にしていくといいわけ」
サフィールさんが、僕を見てそう言った。
「はい」
「さて……わしは、若い奴らをつれくることにするか」
「……私も、メンバーを連れてくる」
「本当にかまわんか?」
「はい。約束していましたし。
皆さん、楽しみにされているようですので」
僕は鞄の中から、宝石を2つ取り出し転移魔法を刻んだ。
「門の辺りに出るようにしておきましたから
これを使ってください」
「おお、すまんな」
「……感謝する」
2人はそう告げると、自分が所持する魔道具を使って転移した。
バルタスさんとエレノアさん以外の人間は、庭で色々と話をしながら
皆が来るのを待っていた。この家の敷地全体に結界がはってあるらしく
庭も暖かい。
そろそろ戻って来るかなと、思ったと同時ぐらいに……。
「ぎゃぁぁぁぁぁっぁ!! でたぁ!!!!」
という悲鳴が、響き渡る。その声にアルトとサーラさんそしてセリアさんが
一瞬で顔色を変えて、僕を見た。
「いやぁぁぁぁ!!!」
「こないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」
余りにもせっぱつまった悲鳴に、僕は1人で魔法を使い移動する。
門の前には、エレノアさんとバルタスさんをはじめとするメンバー全員が
そろっていて、その中の数人が腰を抜かしたように地面に座り込んで泣いているか
青い顔をして茫然と座り込んでいた。
「どうしたんですか?」
「あー、セツナよー。
門から入ったら、違う場所に出てなぁ」
「……血を流した女性の幽霊と武器を持った目のないゾンビに似た何かに
追いかけられた」
「えー……」
エレノアさんとバルタスさんの言葉に、門をこえてみるが
先ほどと同じ風景があるだけだ。
「先ほどと、同じですけど」
「……多分、貴殿が先に入ることで道がつながるんじゃないか?」
「なるほど。何かしら手を加えないと僕以外が入れないという事かな」
「そうかもしれんなぁ」
「こ、こ、こ、こわかった。
女の人が……こ、こ、こわ」
「目が、め、めがない……ひと、ひとが」
女性の獣人族の人達が、僕を見て恐怖体験を語ってくれた……。
「申し訳ありません。もう大丈夫ですから入ってください」
「い……いや」
「俺もちょっと……あれは」
「ゾンビ……が、ゾンビが……」
よほど怖い目にあったようだ。
だけど、見て見たい気もする。
「なら、転移魔法で全員庭に移動させましょうか」
僕の言葉に、幽霊を見たと思われる人が全員頷いた。
アルトが先に入らなくてよかったと
少し酷いことを心の中で思ったが、口には出さなかった。
アルトが先に入っていたら、絶対にこの家に住もうとは言わないだろうから。
転移魔法を使って、庭に全員で現れるとアギトさん達が驚いた表情を作り
僕達を見ていた。アギトさんが、そのままの表情で何があったのかを聞く。
「どうしたんだ?」
「あの門には何か仕掛けがあるらしくて、僕が居ない状態で
門をくぐると、別の場所に移動してしまうみたいです」
「別の場所?」
バルタスさんとエレノアさんが、先ほど起こった事を話すと
アルト達が、顔を青ざめて僕を見た。
「師匠、俺はやっぱりこの家に住むのはやめたほうがいいと思う」
「セツナ、私も幽霊が怖いワ」
「……」
セリアさんの言葉に、やはり全員が微妙な目を向けていたけれど
セリアさんは、アルトに抱き付いて震えていた。
「後で、門をくぐっても大丈夫なようにしておきます」
「絶対、絶対よ!」
サーラさんが真剣に、僕を見てそう告げた。
アルトとセリアさんの顔も真剣だった。
僕が頷いて返事をしたその時、サーラさんがふと庭のほうを見て目を見開き
そして「ビート!」と叫んだ。その声は切羽詰まっており僕もサーラさんの
視線を追うように庭に視線を向けると……。
ビートの首が宙を舞い……その首がゆっくりと地面にたたきつけられて転がった。
その場にいた全員が、息を呑み信じられない光景を見ていたが次の瞬間
アギトさんが、全力の殺気を放ちビートの首を落としたと思われる何かに
向かって行った。アギトさんが動くと同時にサフィールさんが詠唱をはじめ
エレノアさんも武器を抜き、アギトさんの後を追う。
僕はこの場に結界を張り、瞬刻悩んでこの場に残る事を選ぶ。
アギトさん達が、攻撃を受けるようなら魔法を使うつもりでいる。
バルタスさんは、全員に動くなと指示をだしこの場に残った。
全員の表情は、凍り付いたように固まっている……。
クリスさん達は動きたいのを我慢して、バルタスさんの指示に従っているが
何時でも戦闘には入れるように、武器に手をかけていた。
その表情は、必死に感情を抑え次の指示に従えるように努力しているように見えた。
サーラさんは、涙を流して茫然と座り込んでしまっている。
アラディスさんが、サーラさんの背中をそっと撫でている。
大丈夫だと声をかけることはできない。
ビートの首が落ちたのを全員がみている。
あの状態で、生きているとは思えないのだから……。
歯を食いしばり、前方を見る。
アギトさんが、怒りの形相で両手剣を何者かに振りおろすが
敵は一瞬にして消え去り、アギトさんの両手剣が地面に刺さると音が響く。
そして、不思議なことに首を刎ねられて倒れていたはずのビートが
自分の首を抑えて立っていたのだった。
ビートの首は、ちゃんと胴体とくっついてるようだ。
全員が、その事に安堵しビートの元へと駆け寄る。
サーラさんは、クリスさんに支えられてビートの傍にたどり着いた瞬間
ビートに抱き付いて声をあげて泣いた。
「何があった……」
アギトさんの顔色も悪い。片手で顔を覆い俯きがちにビートに尋ねる。
クリスさんも、エリオさんもビートを上から下へと眺め怪我がないことを確認すると
蒼白だった顔色が少し戻った。
「いや、俺にもよくわからない」
「あの敵はどこからきた」
「後ろを振り向いたら居た」
ビートの返答に、アギトさんが暗い瞳を僕に向けて何か知らないのかと
その瞳だけで問う。
僕は首を横に振るが、ビートの近くにあった何かに視線を向けた。
「ビート。これに触った?」
ビートの顔色も悪いが、アギトさん達ほどではない。
何があったのか、まだ理解が追い付いていないのかもしれない。
「ああ。十分銅貨を1枚入れろって書いてあったから入れた」
「お金を入れる?」
僕の言葉に、ビートが頷く。
周りが首を傾げて、庭に置かれているものを見る。
それは、アルトの身長ぐらいの筐体でお金を入れる場所と
キーボードそして、ガラスのようなものが置かれていてそのガラスの上には
手の平の形が描かれている。その上あたりに、何かを入れると思われる
くぼみがあった。
「庭に不自然なこれが置いてあったから、何かと思って見に来た。
文字を読むと、金を入れろって書かれてあったから
金をいれたらさ、ここに手の平を乗せろってでたからのせて
次に、名前を入力しろとか得意な武器とかいろいろ設問があって
それに答えていって終わったら、俺の周りに結界が張られた。
んで、何かの声が聞こえたと思って振り返ったら、首がはねられていた」
ビートは自分の首をさすりながら答える。
サーラさんは、その時のことを思い出したのかビートに抱き付いたまま体を
震わせた。
僕は、ビートの話を聞いて大体の事が理解できた……。
内心ため息をつきながら、魔道具と思われる筐体に触れると
受け取り口と思われるところに、魔道具と思われる石が1つ落ちていた。
それを取り出し、起動させてみると……。
空中に文字が浮かぶ。
【 名前 : ビート
職業 : 剣士
難易度 : 初級編初級1
勝敗 : 0勝1敗
時間 : 0秒
称号 : 負け犬 】
「負け犬……」
ビートがそう呟く。
「称号が負け犬とか、嫌すぎるっしょ」
エリオさんも、その文字を見て感想を言い
ビートが、がっくりと肩を落とした。
僕はそれを、ビートに渡すとビートはやっぱりがっくりと落ち込んでいた。
「セツナよー……」
バルタスさんが、僕に説明を促すように名前を呼んだ。
僕が、筐体を調べると取扱説明書という文字が空中に浮かび
カイルの声が、周りに流れた……。
「ジャックの声だ」とか「伝説のジャックの声が聴けるなんて!」とか
色々な言葉が聞こえてくる。
遥か昔という言葉から始まり、この世界は魔王と呼ばれる存在に
支配されかかっていたらしい。しかし、腕に覚えのある若者たちが立ち上がり
魔王を倒すべく魔王の城へとたどり着き……なんたらかんたらと物語が語られていた。
アルトは耳を立てて、目をキラキラさせながら聞いている。
そして最後に【お前は、魔王を倒せるか!】と言った言葉で締めくくられていた。
暫くして、この魔道具の説明をカイルの声で告げていく。
【この魔道具は、遊びながら訓練ができるという優れものだ。
この中での戦闘は、実際の肉体を損傷させることはないが
敵との戦闘では、痛みを感じ感情も動く。
この魔道具で訓練をする方法だが……。
まず、金を入れ個人情報を入力し魔力の計測が終わると開始する。
1人の人間に、1つの記録用魔道具が受け取り口から落ちるはずだから
初めての戦闘が終了すれば、忘れずに取り出せ。次からもそれを使うからな。
最初は初級編の初級1番から始まり、初級編の初級の5番まで倒すと
初級編の中級1番へと進む。それを繰り返し初級編の上級5番まで勝利することができたら
初級編の魔王と戦う事ができる。そいつを見事倒せば、中級へと進むことができる。
敵の強さは、徐々に強くなるから注意が必要だ。倒すまで次の段階には進めない。
倒せたとしても納得いかなければ、同じ敵と戦う事もできる。
負けない限りは、連続で戦闘することになる。
称号は、俺の遊び心だ。色々な称号を用意してあるから楽しんでくれ。
敵を倒すまでにかかった時間も記録される。難易度別に好成績の奴から3位まで
この魔道具に記録され、名前と称号が掲示板に表示される。
中級あたりから、雑魚敵も様々な小細工をしてくるからな。
単調な戦闘にはならない。頭を使って戦わないと勝つことは難しいだろうな。
精々負け犬にならないように気を付けろや。
初級、中級、上級を1人で制覇できた奴は
ギルドのランクから言えば、赤の1/10ぐらいの実力はつくはずだ】
ここで、黒と白以外の目の色が変わった気がする……。
【戦闘は、武器か拳か魔法かで選ぶことができるが
最初は、武器なら武器、魔法なら魔法といった具合になっている。
敵は1匹ででることもあれば、複数で出ることもある。
その辺りは運だな。運も実力のうちというからな。
1人で上級編の魔王まで倒すことができたら、記録用の魔道具の機能が拡張され
武器と魔法の、混合戦闘を選べるようになる。
記録用の魔道具を配置すると、選択画面が表示されるから
そこで好きなほうを選べ。難易度は上がるからそう簡単に倒せるとは思うなよ。
5人まで、PTを組んでのPT戦闘もできるようにしてある。
PT戦闘を磨きたいという奴は、そちらも試してみるといい。
ただ、1人での戦闘より敵は強くなっている。
PTを登録したりもできるようになっているから、後で説明書を読め】
カイルの説明はまだ続く……。
ここまで細分化する必要があったんだろうか。
【さて、上級まで制覇できた奴は次の難易度に挑戦するといいだろう。
悪魔、大悪魔、魔王、大魔王という難易度を作ってやった。
悪魔編の初級の1番から、悪魔編の上級5番まで
は先ほどと変わらないが、雑魚敵の強さは上級編のボスよりも上だ。
悪魔編の上級5番に勝利すると、魔王の側近2人と連戦することになる。
大悪魔編は3人との連戦だ。
それに勝利して初めて、魔王と戦う事ができる。ここで魔王に敗れた場合
次の戦闘は側近戦から。体力の温存が鍵を握るだろうな。
そうそう、魔王の強さは桁違いだからな気を付けろ。
魔王編になると側近4人と
連戦して勝利したのちに、魔王との戦闘だ。まぁ……適当に頑張れ。
魔王編を制覇すると、賞品が出てくる。なかなかにいいものだと思うぞ。
クククク】
カイルの笑い方が酷く邪悪だ……。碌でもない賞品のような気がする。
【大魔王編は、雑魚敵がいない。
側近4人と連戦したのち魔王と戦い勝利すると、大魔王の登場だ。
大魔王は、3段階変形するから楽しみにしてるといい! 俺の力作だからな】
よほど暇だったんだろうか?
【見事、大魔王を打ち倒したら全力の俺と戦えるぜ。
真の恐怖を味わいたい奴は、大魔王を倒して俺と戦ってみろよ。
完膚なきまでに叩きのめしてやるからさ。ただ、俺と戦って負けた場合
記録用の魔道具の記録は、悪魔編まで消去されるからな】
データーが消えるとか……どこの鬼畜だと思いながらも周りをそっと見渡すと
全員が真剣な目をして、ジャックの声を聞いていた。アギトさんやエレノアさん。
そして、サフィールさんやバルタスさんも例外ではなく。
アギトさんはとくに楽しそうだ……。
【これで説明は終わりだ。そうだ、最後に逃げるという選択肢はないからな。
戦って勝つか、敵に殺されるかだ。それじゃ、健闘を祈る】
ここで終わりと思われたのだが、続きがあった。
【おい、説明はこれでいいのか?】
【微妙だけど、いいんじゃない】
カイルと話しているのは、女性のようだ。
【何が不満だ?】
【え……いろいろ全部? 強いてあげるなら
必ず首を刎ねに行くのがどうかと思う】
【仕方ないだろ? なぜか、首を刎ねに行くんだからよ】
【……】
【刎ねられたくなかったら、必死に首をまもるこった】
【はぁ……】
【ため息をつくな】
【やっぱりこれは、失敗作品よ】
【なんだと!!】
【ギルドに売るのは無理だわ。
私達のチームだけで、使う事にしましょう】
【てめぇ、説明まで録音させておいてフザケテンノカ?】
【だって……これを設置して、訓練に使っても心を折られて
再起不能者が増加するのが目に見えるし……。
ギルドに迷惑料として、新しい魔道具の開発で手を打ってもらったのに
こんなのを渡したら、私達のチームが抹消されてしまうじゃない!】
【問題点を修正すりゃいいだろ】
【あなたの強さが基準になっているのが問題。
悪魔編までは、私でもクリアーできたけど
大悪魔になると、鬼畜よ。貴方の次に強いと言われている
黒の私が、悪魔編までしかクリアーできないのよ?
私も、全力の貴方と戦ってみたいのに】
【お前の実力じゃ、5秒もたねぇな】
【……ふんっ】
【拗ねんな。はぁ……難易度を下げればいいのかよ】
【難易度はそのままでいいから。何時か、大魔王編をクリアーしてやるんだから】
【そうかい】
【だけど、首を刎ねないようにしてくれない?
あと、胴体を真っ二つにするのもちょっとえぐいんだけど】
【無理だっていってんだろ。俺の魔法構築で
ここまで作れたのが、奇跡に近いんだからよ】
【あー……】
【あーってなんだ! あーって!!】
【別に……】
【だいたい。もう少し前に言えよ。前に。
完成してから、言うな。一気に疲れるだろうが】
【だって……。完成品見たかったし】
【くそっ。ギルドに売らないなら、色々と機能をつけたしてやる】
【あ、ちょっとやめなさいよ!】
【うるせぇ】
【ケルヴィーやめなさいって!】
【あ、やべぇ録音したままじゃねぇか】
この言葉を最後に、ジャックの声が消えた。
「……ケルヴィー?」
エレノアさんが、ジャックの名前だと思われる部分に興味を示した。
それぞれが、何とも言えない表情を作っていたが
一番最初に口を開いたのは、サーラさんに抱き付かれているビートだった。
「セツナ。もう一度俺に戦わせてくれ」
ビートの真剣な目を見て、僕は筐体の傍から離れる。
「ビートちゃん!」
サーラさんは、ビートから腕を離さない。
「母さん。ジャックの説明を聞いてただろ?
死なねぇんだから、心配はいらないって」
「だけど……」
サーラさんのショックは、相当なものだったんだろう。
最初から分かっていれば、まだよかったのかもしれないけど
いきなり、ビートの首が刎ね飛ばされた光景を見てしまえば
不安に思っても仕方がない。
「大丈夫だって」
「サーラ」
アギトさんが、サーラさんをビートから剥がした。
ビートが筐体に近づき、記録用の魔道具を置いて十分銅貨を一枚入れた。
すると筐体が消え、その筐体を中心に結界が現れる。
僕達は、結界の外へと強制的に移動させられていた。
「ビート。GOという合図が戦闘開始という事だから」
ビートは僕に視線を向けることなく頷き、先ほど現れた敵と対峙した。
3、2、1というカウントダウンの後、GOという合図で戦闘が始まるが
勝負は一瞬でついた。ビートの圧勝だ。
敵を倒せたことに、ビートは安堵したように息を吐き出し
自分の首を触り、そして薄く笑った。どうやら、記憶の修正をしたかったようだ。
いきなり首を落とされたのだから、仕方がないと思う。
敵が倒れ、憎々しげにビートを見た。
そして……「このままで終われると思うなよ……くそがっ!」という
台詞を残して消えた。この捨て台詞は、必要なものなんだろうか?
「……」
「……」
それぞれが微妙な表情を作り、消えていく敵を見ていた。
ビートが「勝ったけど……なんかむかつくなぁ」と呟き
記録用の魔道具を筐体から取り出し起動させた。
【 名前 : ビート
職業 : 剣士
難易度 : 初級編初級1
勝敗 : 1勝1敗
時間 : 10秒
称号 : 犬 】
空中に浮かんだ文字は……勝敗と時間。称号が変わっていた。
「犬……」
ビートのつぶやきに
「……」
エリオさんが肩を震わせ、そして噴き出して笑う。
その笑いが広がり、みんなが笑いだした。
「負け犬よりましっしょ」
「確かにな」
エリオさんとクリスさんが、ビートを励まし。
アギトさんは、サーラさんを宥めている。
ここでやっと、アギトさん達の顔色が元に戻った。
酒肴のメンバーは、次々に俺が挑戦したいと言い出し
バルタスさんはそれに、待ったをかけていた。
サフィールさんはフィーに「PTを組んで一緒に戦うわけ」と誘い
フィーは「面倒なのなの」と言っている。
エレノアさんが懐から、財布を取り出しているのをアラディスさんが見つけ
取り上げていた。この混乱に乗じてエレノアさんが挑戦しようとしていたようだ。
ふと、アギトさんに視線を向けると
サーラさんの背中を優しくなでていた。その瞳はとても優しい。
アギトさんが真っ先に「私が戦う」と告げると思ったのに
僕の視線を感じたのか、目が合うとアギトさんが口角をあげて笑った。
戦闘狂の一面を見せているけど、サーラさんの為に抑えているようだ。
まずは、サーラさんの気持ちを安定させることを優先しているのだろう。
「師匠、俺も戦っていい?」
アルトが僕にそう尋ねる。
「うーん……。とりあえず、点検してからでないと駄目」
「えーーーー!」
僕の言葉に、周りの会話がピタリと止まる。
「点検ってなんなわけ?」
「とりあえず、長いこと使われていなかったようなので
一度点検をして、安全を確かめてからでないと許可できません」
「……」
「首を刎ねられて、そのまま死んだなんてことになったら
後味が悪いですし」
サーラさんが、顔色を悪くしてアギトさんに抱き付いた。
それに、アルトも使うなら首と胴体が切断されないように構築しなおさないと。
「俺らは、体験できないって事か……」
酒肴のメンバーが落ち込んだような表情を見せる。
そこにセリアさんが「どうして?」と聞いていた。
「ビート達は、同盟を組んでるから自由にここに出入りできるけどさ
俺達は違うだろ?」
「ああ、ソウネ。でも、これだけ広いのだから
何時でも遊びに来たらいいワ」
セリアさん。ここは僕の家なんですが。
「向こうに、綺麗な空家があったし。
各チームで、1つ貰ったらいいと思うワ」
「セリアさん!?」
僕が思わず、セリアさんを呼ぶ。
「だって、セツナ。2人だけじゃここは広すぎるし。
私は、何時幽霊やゾンビが出てくるかわからない家に3人だけは嫌だワ」
幽霊という言葉に、アルトが耳を立てる。
「人がいっぱいいるほうが、寂しくないし。怖くないもの。
アルトもそう思うわよネ」
「思う」
「……」
全員の期待のまなざしが、僕に突き刺さっている。
確かに……この家に2人だけは広すぎると思う。
だけど、これだけの人間が出入りするとなると……。
「セツナ。大人数のほうが楽しいワ」
セリアさんが、僕にそう言って笑う。
アルトの視線も、ほとんど懇願に近い……。
それに、熱望といっていいほどの視線をもらうと断れない。
「そうですね……。僕がこの家にいる間だけですが
自由に、出入りしてくださって結構です。お酒も食料も
ご自由にどうぞ」
バルタスさんとニールさんの表情が、唖然としたものにかわった。
「ただし。この敷地内にあるものは外へ持ち出すことができません。
食料にしろ、お酒にしろ、本にしろ、武器にしろ。そうなっているようです。
僕は、その辺りの魔法構築に手を加えることは考えていませんから
ジャックが決めた、規則に従ってください」
「……」
「リビングに、チームの規則のようなものが張られていたので
各自目を通してください」
僕の言葉に、全員が頷く。
「その規則に背いた場合、二度とこの敷地に入ることができないようなので
注意してください」
「例えば、どんな規則があるわけ?」
「殺し合いの戦闘をしない」
「……」
「……」
「……アギトとサフィールが、一番に出入り禁止になりそうだな」
エレノアさんの一言に、アギトさんとサフィールさんが黙り込む。
「ジャックの規則とは別に、僕からは一つだけ」
僕は短く魔法を詠唱し、一瞬だけアルトを眠らせる。
体の力が抜けたアルトを、支えた。
「いかなる理由があったとしても、アルトに手を出した場合。
僕はそれがだれであっても容赦はしない……」
「大丈夫だ」
アギトさんが、すぐに返答し。各々がそれに頷く。
アルトが、目を覚ましきょとんとした顔をして僕を見た。
「どうしたの?」
僕がアルトに聞くと、アルトは何でもないと首を横に振った。
「セツナよー。さすがにただで飲み食いするのは気が引ける。
あそこにある酒も、食料も売れば相当価値があると思うが……」
「なら、半月に一度ほど全員で飲み会でもしましょうか。
その他の日は、何時もの通りの食材やお酒で過ごしましょう」
「いいのか?」
「ええ、僕もおいしいものが食べれますし。
アルトも喜ぶと思います」
アルトが尻尾を振り、エリオさんがたらふく食えるといい
クリスさんに殴られ、酒肴のメンバーは目を輝かせていた。
「なら、これから毎日わしらのチームの誰かが料理を作りに来ることにしよう。
食材の金はこちらで持つ」
「いえ、そこまでは」
「セツナよー。この設備を使えるのはわしらにとっては
最高に幸せなことだ。了承してくれんか」
バルタスさんの押しに負けて頷く。
「アギトさん達も、一緒に食事をとる予定になっています」
「ああ、アギト達からは食費を調達する。
その他の者も、金を払えば食べれるようにする。
どうせ、サフィールはここに入り浸りそうだからの」
「……」
「誰かが見張ってないと、餓死して死にそうだ」
サフィールさんは黙っていた。
「私がちゃんと、口に食べ物を詰め込むのなの」
フィーが、サフィールさんをみてにやりと笑った。
サフィールさんは、顔色を少し変えて「自分で食べるわけ!」と言っている。
2人の間で何かあったのかもしれない。
「……私のチームは月に金貨3枚を支払う」
「え!?」
「……なので、あの鍛冶場の使用と武器の研究。
図書室の使用を許可してくれないか? 経費はすべてこちらで持つ。
ここで気がついた情報はすべて、セツナに渡すというのも付ける」
「ああ、うちも食費と金貨6枚を支払うか」
「月光も、金貨3枚を支払う」
「いえ、お金は……」
「……将来の為に貯めておくのもいいだろう?」
エレノアさんがチラリと、アルトを見て微笑んだ。
あれよあれよという間に、様々なことが決まっていく。
「僕も……」
サフィールさんが口を開きかけたのを止める。
サフィールさんは、経済的にあまり余裕がないとフィーが言っていた。
邂逅の調べは、獣人族のメンバーが多かったらしく
冬に向けて村に帰るメンバーに、手にはいりにくい魔道具を購入して毎年配るらしい。
『サフィは、口は悪いけど。優しい人間なの。
フィーは、そんなサフィが大好きなのなの』と言っていた。
邂逅の調べのメンバーは、サフィールさんを入れて7人だったらしい。
それが今は、4人になっているようだ。月光同様、チームを抜けて
トリアへと向かったと言っていた。もう、生きてはいないだろうな。
エイクさんが、僕に同盟の事を話した時に
吐き捨てるように、チームを抜ける人達の事を話していたのは
このことが関係していたのかもしれないと思った。
「サフィールさんは、フィーと2人だけなのでお金は結構ですよ。
そのかわり、酒肴と剣と盾そしてサーラさんの家の庭にでも
転移魔法陣を刻んでもらえませんか? フィーなら簡単にできるでしょうし。
転移魔法陣は、邪魔にならない場所ならどこに刻んでもらっても構いませんから」
「それでいいわけ?」
「ええ」
「なら、闇の魔道具と火の魔道具を作って渡すわけ」
サフィールさんの言葉に、アギトさん達が驚いた表情を見せた。
「サフィールさんは、魔道具を作らないのでは?」
「別に……。セツナなら間違ったことに、使わないわけ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、僕のほうなわけ」とサフィールさんはぼそっと呟いた。
フィーが嬉しそうに、サフィールさんを見て笑っていた。
その後は、この家にどれぐらい魔道具があるのかが分からないので
家の中にある魔道具や、庭にある魔道具を見つけたら知らせてほしいと
伝えて、魔道具を起動させるのは点検が終わってからにしてほしいと告げ
酒肴の人達が、昼食を作ってくれるというので全員で食べることにしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。





