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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ルリトウワタ : 信じあう心 』

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『 セツナと見習い医師 : 前編 』

* 全てはフィクションであり、想像上のお話です。

【ウィルキス3の月30日 : ビート 】



「お前ら、なんでそんな不機嫌な面してんだ?」


カルロが酒肴の女達を、不思議そうに見ながら

黒達が金を払って買った食い物を、パクついていた。


アルトは食べるだけ食べて、ガキ共を放置し

珍味といわれる食い物をもって、セツナの所へと一目散に向かい

持って行ったものを、セツナに渡そうとしていたが断られていた。


それをみて「そうなるよな」と各々が苦笑を落とし

そして、どこか安堵しながら二人の様子を眺めていた。

今のセツナは、先ほどまでの近寄りがたい雰囲気はなく

アルトに対する態度は、何時ものセツナのようだ。

腹の中では、何を考えているかはわからないが。


まぁ、もともと腹の中を読ませる奴じゃないし

何時もの事かと思いながら、セツナとアルトの会話を

耳に入れ、それぞれが好きなものを食っていた。


ガキ共は、セツナがアルトにする説明を真剣な顔をして

聞いているようだ。確かに、興味が引かれる話が多い。

相変わらず、丁寧でわかりやすいそれでいて退屈させない

教え方を心得ている奴だ。


こいつらも、冒険者になると決めたからか

アルトが真剣に聞いている様子を見て

自分達も覚えておくべきことだと判断したのだろう。


クロージャはともかく、セイルやワイアットは

勉強がそれほど好きでもなかったはずだが

変われば変わるものだと、感心する。


特にワイアットの変化が凄まじい。

俺と顔を合わせても、チームに入れてくれと言わなくなったし

トゲトゲしていた態度も、どこか投げやりな態度も見なくなった。


セイルやクロージャも、自分の道を定めたからか

冒険者を見る目に焦れるような憧れを見せながらも

現実を見据え、着実に力をつけていく事の大切さを

理解しているようだ。そんなガキ共を見て

俺のガキの頃とは大違いだなと内心で思い苦く笑った。


ガキ共の近くで、俺もセツナの話を聞いてはいたが

知っているところは適当に流し、覚えていたほうがいいところは

頭に入れながら、酒肴の奴らの話にも耳を傾けていた。


今最高に、機嫌はいいが俺から見たら気持ちの悪いカルロと

そんなカルロとは反対に、なぜか不機嫌な空気をまき散らしている女達。


「別に」


カルロの問いに、視線も向けずにそれだけを返し

女達でヒソヒソと会話しながら、少しも笑っていない目で

セツナとセツナの傍に居る医療院の女達を冷たい目で見ていた。


カルロは首をかしげながらも、女達から興味を失くし

マグロが入ったキューブを眺め、セルユとダウロ相手に

マグロをどう料理するかを話し合っている。



「なぁ、リードっちや」


「なんだ? 金なら貸さねぇ」


「……大丈夫なはずっしょ」


エリオが、フリードと話すために闘技場に背を向けていたのを

軽く振り向き、アルトの方へと視線を向けて

深く深く溜息をついた。唐揚げを食べる気、満々のアルトを

先ほど見ているし、セツナの分も支払う事になりそうだと肩を落としていた。


まぁ、あいつはそんなに食わないだろうから

アルトのあの気合の入った宣言で肩を落としていたんだろうが。


そんなエリオを見て、クロージャ達が

どこか落ち込んだように、エリオの背中を眺めてから

三人で視線を合わせ会話している。数回頷きあい何かを決めたようだ。


あの様子から、ミッシェルがあの日あったことを

アルト達に話したのかもしれないと、ミッシェルに視線を流すと

心配そうに三人を見ていた。


「エリオ」


「あ?」


クロージャ達に呼ばれて、エリオがそちらへと顔を向け

なんだ? といった感じで三人を振り返る。


「ごめん」


「……」


クロージャ達が、エリオに頭を下げて謝るのを

皆が、驚いたように見ていた。


「なんで、俺っちは謝られてるんだ?」


不思議そうな顔をして、フリードにそんなことを聞いているエリオに

フリードが、あほだなという目をエリオに向けながら説明してやっている。


「こいつらが、勝手な事をしたから

 アルトが、夕飯を逃したんだろ?」


「ああ……。そういえばそうだった」


エリオが、ウンウンと頷きながらわざと眉間に皺を寄せて三人を見る。

ガキ共以外、エリオが何とも思ってないことを気がついてるせいか

興味を失くしたように、自分たちの会話に戻っていく。


「お前らさ」


エリオの何時もより硬い声に、三人は頭を下げたまま肩を震わせた。


「いい加減、俺っちを呼び捨てにするのはやめろっしょ」


「え?」


唐揚げとは全然違う事を言われ、三人ともパッと顔をあげて

エリオを凝視する。


「アルトが、目上の人に対して呼び捨てにしているところを

 見た事ないっしょ? セツっちもそういう礼儀には妥協しないから

 今から、ちゃんと直しておいた方がいいっしょ」


確か、獣人の村の長をクソ爺といっていたような気がするが

きっと、気のせいだろうという事にする。


「……うん」


俺やエリオが何度言っても聞かなかったのに

セツナの名前を出した途端、頷きやがった……すげぇ殴りてぇ。

俺と同じことをエリオも思ったのか、口元が引きつっていた。


モヤモヤしたものが、エリオにも残っているようだが

いろんな感情をひとまとめにして、溜息に変えて吐き出し

手をヒラヒラと振って、フリードの方へと体の向きを変えながら


「それに、きっかけはお前達かもしれないが

 こうなったのは、俺っちの身から出た錆っしょ……」


その言葉のあと、チラリとミッシェルを見て

目があったミッシェルは、パチリと驚いたように瞬きをした。


「腹、へったんだから仕方ないっしょ」と溜息をもう一度落とし

もう話すことはないといった感じで、クロージャ達に背を向けた。


三人は、小さな声でエリオの背中にもう一度「ごめん」と謝り

それに対して、エリオが手を軽くあげて振ったのを見て

安堵した息をついてから、元の場所へと戻りアルトの方へと視線を戻した。


「で? 何が言いたかったんだ?」


ガキ共との会話の余韻を残すことなく、フリードがエリオを促し

エリオが答えようとした瞬間、エリオが真剣な表情で振り返り

セツナを凝視し、その表情を驚愕に染めた。


エリオのその行動に、全員が反応しピタリと口を閉じる。

周りの視線を集めていることを、エリオは気が付いていないのか

瞬き一つせず、セツナをじっと見続ける。


その様子に、何があったのかわからず

周りの奴らと視線を合わせながら、周囲を見渡すと

驚いていたのは、エリオだけじゃなく


リオウさんとサフィさんも同様に、目を瞠ってセツナを見つめていた。

どこか、緊張をはらんだエリオ達の空気に親父達も三人を見る。


サフィさんやエリオ、リオウさんが反応しているという事は

俺では感知できない、魔力の関係かも知れないと思いながらも

観察するように、セツナを注視するが俺にはよくわからなかった。


「おい」


ピクリとも動かない、サフィさんに親父が訝し気に視線を向けながら

声をかけるが、サフィさんはその声にこたえることはなく

真剣な表情で、何かを探るようにセツナから視線を外さない。


「おい、サフィール」


「煩い」


先ほどよりも強い、今度は意志を込めてサフィさんの名前を呼ぶが

そんな親父の声を、サフィさんはセツナから視線を離さずに

叩き落とすかのような声音で、短く返事した。


何時もの様子と違う

サフィさんの態度に、親父は眉間の皺を濃くしながら

今度はエリオを呼んだが、エリオは沈黙したまま

サフィさんと同じように、目を細めてセツナを凝視している。


サフィさん達の態度は気になるが、今は何を話しても

返答が返ってくることがないと判断したのか、親父はそれ以上

口を開かず、エレノアさんもバルタスさんもサフィさんの意識が

こちらへと向くまで、見守ることにしたようだ。


はぁ とサフィさんが、詰めていた息を吐き出し。

「大丈夫そうなわけ」と小さく声を落としてから

右手の掌を口元にあて、何かを纏めるように目を閉じる。


どこか、緊張した空気に誰もが口を開かずに

サフィさんの言葉をまっていた。


ガキ共を横目で見ると、体を強張らせながらこの空気に耐えている。

それは、ミッシェルやロイールの保護者も同じように

微動だにせず、こちらを窺うように息を殺していた。


一般人に、この空気は辛いだろうなと考えながらも

俺には何もしてやれない。今日、この大会に連れてこられて

一番大変なのは、ミッシェル達の保護者かもしれないなぁと思いながら

サフィさんが口を開くのを俺も待っていた。


そんな周りの様子など、何一つ気にせずサフィさんが

リオウさんへと、話しかける。


「リオウ」


「ん」


「どう見る」


「サフィールと同じだと思う」


「気がついてるやつがいると思うか?」


「多分、いないと思うわ。

 ギルド職員さえ、気がついてないもの。

 だけど、お父様と叔父様は多分気がついている」


「なら……。僕と同等の魔力を持ち

 更に感知能力が高い魔導師しか

 気が付かなかったという事か……」


感知能力というところで、やっぱり魔力に関することだったと内心頷き

そういえば、冒険者が転移で飛ばされたときに気がついていたのは

サフィさんとリオウさんだけだったなと思い出す。


この二人を基準に考えるとなると

よほど高い水準にいないと、わからないという事になる。


大体、サフィさんやリオウさんぐらいの魔導師になると

冒険者を続ける人間の方が少ない。


ほとんどの人間が、国に仕えることを選ぶ。

そりゃそうだよなぁ。安定しているし、大切にされる。


黒や白になれるならともかく

赤のランクぐらいなら、国に仕えて給料をもらう方が

稼ぎがいいだろうし、安全も確保されているのだから。



サフィさんの視線が宙を彷徨い、一点を見つめているエリオを見て

器用に、片方の眉をあげながら「意外なわけ」とぼそりと呟いた。


サフィさんの言い方からして、ある一定の基準に達していない

人間にはわからないことが、エリオにはわかったって事なんだろう。

ということは……エリオが成長してるってことか!?


なんとなく、苛立って小さく舌打ちをして気を紛らわせる。

まぁ、あれだけサフィさんにコテンパンに鍛えられていたら

成長しないほうがおかしいが、気に入らないものは気に入らない。


「フィー」


サフィさんが、フィーを呼んだことで

先ほどまでここに居たはずのフィーが、居なくなっていたことに気がついた。

呼ばれた事で、フィーが何時ものようにサフィさんの隣に現れ

珍しく、フゥと溜息を落としながらサフィさんの隣へと座ろうとした瞬間


『ぎゃー!』というアルトの悲鳴が聞こえて

アルトの方へと目を向けると、アルトがセツナから距離を取り

何やらプンスカと怒っている。


「何で怒ってんだ?」


理由がわからずに声を出して周りを見ると

皆が知らないというように首を横に振った。


「……セツナがアルトの耳を擽ったようだ」


俺のというか、皆の疑問に答えてくれたのはエレノアさんだった。

皆「なるほど」と頷き、セイルやロイール達も頷いていることから

アルトが擽られるのを嫌がることを知っているようだ。


アルトは、擽られるのが本当に嫌いらしく

カルロが、嫌がるアルトを面白がって擽った時には

歯形が残るぐらい、思いっきり噛まれていた。


アルトの歯型のついた腕をクローディオが見て

「よかったな手加減してもらえて。獣人が本気で噛み付けば

 噛み千切ることなど容易だから、気を付けろよ」と忠告を貰い

カルロが青い顔をしていたことがある。


セツナはそれを見ていて、止めることもしなかったし

アルトを叱ることもしなかった。まぁ、体格からいって

カルロに勝てるわけもないのだから、噛まれても仕方がないだろう。


兄弟喧嘩みたいですねと、セツナは微笑ましそうに二人を見ていた。

止めてやれよと呆れて伝えると、これも貴重な経験でしょう? と笑っていた。

セツナのその言葉に、確かに俺もガキの頃はこんな感じだったなと思い出し

せっかく、精神年齢が近い奴がいるんだから経験しとくのもいいかと思い

傍観していた。後で、助けてくれなかった! と拗ねられたが……。


それぐらいアルトは擽られるのを嫌がる。

まぁ、好きな人間なんてあまりいないと思うが……。


その事を知っているセツナが、擽ったとすると

やっぱり、何かあったのかもしれない。


「フィー」と、サフィさんがもう一度フィーを呼び

アルトを見ていたフィーも、サフィさんを見上げながら

「大丈夫なの」と口にした。


その言葉に、今度は本当に肩の力を抜き溜息のような

安堵からくるような息をはいた。それはリオウさんも同じで

疲れたように笑みを見せている。


「多分、セツナは気が付いていないのなの」


「普通気がつくわけ」


「お姉さまと契約しているから

 きっともう、麻痺しているのなのなの。

 もう、無意識に制御して元に戻っているのなの」


「ああ……。なら、さほど心配しなくても

 よかったわけ?」


「他の人間だったら、死んでいたのなの」


皆が皆首を傾げ、サフィさん達に注目しているなか

フィーが告げた言葉で、全員が息をのんだ。


「……サフィール」


エレノアさんが説明しろというように、サフィさんの名を呼び

サフィさんは、何かを考えるように自分の膝を指で軽く叩きながら

一瞬、目線をガキ共に移す。多分、話に入れるか入れないかを

悩んでいるんだろう。


サフィさんが頷くのを確認した母さんが、ガキ共を含めて

チーム全体が入るように結界を張り直した。サフィさんは結界が

張られたのか母さんに尋ねることなく話し出す。


「セツナの魔力が一気に跳ね上がったわけ」


サフィさんの言葉に、黒達や魔導師の奴らは驚いた表情を作り

顔色を失くし、母さんを見ると拳をぎゅっと握って

白くなって震えている。そんな母さんにサフィさんが

「心配しなくていいわけ」となだめるように声をかけ

親父達も詰めていた息を吐き出していた。



そうでない奴らは、だから? といった感じの表情を浮かべている。

俺もそのうちの一人だ。各々で、違う表情を浮かべる俺達を見て

サフィさんが眉間に皺をよせ「その辺りから説明がいるわけ?」と

嫌そうにつぶやいた。


「魔力というのは、そう簡単に最大値が増えるものではないわけ。

 だからといって、増えないわけでもない。

 この辺りは理解していると思って、話を進めていくわけ」


「……」


魔導師の奴らは頷き、俺やカルロ……まぁあまり勉強熱心じゃない奴らは

内心しらねぇと思いながらも、サフィさんが怖くて知らないなどといえない。

そんな俺達の様子に、サフィさんは価値のないモノを見るような冷たい

目を向けながらも、その表情は綺麗に笑っていた。


怖い……。大会が終わったら、少し勉強しようと決めた瞬間だった。


それでも、何時ものような

毒舌が飛ばないのは、ガキ共が要るおかげだろう。


「魔力というのは、体内にある魔力の器というものに

 溜められているといわれている。それは、魔力が使えようが

 使えまいが人間ならば、必ず持っているものだ。

 魔法が使える人間は、その器から魔力を引き出し

 魔法を発現させることができ、魔法が使えないものは

 それを引き出すことができないだけの話なわけ。


 使えないからといって、役に立たないわけではなく

 魔法として行使できないだけで、戦闘時には

 魔力が体内で活性化しているわけ。魔力量が少ない人間は

 戦闘職には向かないと、以前話したと思うが

 これは覚えているよな?」


大丈夫。ちゃんとオボエテル。


「その他にも、魔導武器、魔法武器と呼ばれるものを

 使うのにも必要になって来る。人間の場合は、魔力が多ければ

 多いほど、寿命も長いし老化も遅くなる。


 なら、どうして魔力のない獣人族が魔導武器や

 魔法武器が使えるのかというと、魔力として感知できないだけで

 魔力に変わるものを持っているからだといわれている。

 魔力を溜める器がないのも理由なわけ。たまに、アルトのように

 魔力を溜める器をもって生まれるものもいるらしいけど

 どうしてなのかという理由はわかっていない。

 

 学者たちの仮説としては

 人間を創造されたとされるエンディアは

 魔力を魔法として使う事を好み

 獣人を創造されたとされるサーディアは

 魔力になるものを生命力……。

 寿命として割り振ったといわれているわけ。

 だから、獣人族は竜族の次に寿命が長い」


へぇ……。


「話を戻すが、生まれた時から魔力の器の最大値は

 決められているといわれている。ただ、生まれた時に魔力の器に

 魔力が満たされて生まれて来るのではなく、成長するにしたがって

 徐々に器の中に魔力が溜まっていくのだろう考えられているわけ。


 自分で魔力の器を意識して、魔力を溜めることはできない。

 魔力の器に空きがあれば、器が満ちるまで増え続けるが

 満ちてしまえば、そこから増えることはない。


 増えなくなった時点が、自分の持つ魔力の最大値なわけ。


 魔導師の家系と貴族の家系は、5歳辺り。魔導師と関係ない

 一般で、10歳までに検査を受けさせる。大体、その辺りで

 魔導師になる素質があるかないかが判断されるわけだが

 たまに、そこから外れる人間もいるわけ」


サフィさんが、そう言ってクロージャに視線を流した。


「魔力属性がどうやって決まるのかは、解明されていない。

 ただ、血統である程度は引き継がれることはわかっているが

 その辺りは関係がないから省略するわけ。

 

 殆どの魔導師が、1種使い。一番多い火の属性から順に

 水、土、風となっていく。そして稀に、光、闇、空、時を

 使える奴もいる。例外の属性もあるようだが……。


 基本、光、闇、空、時に関しては

 2種使い以上にしか属性が発現しないといわれている。

 僕も1種使いで、それらを使っている魔導師は見たことがないわけ」


ふぅ、とサフィさんがここで一度話を止め

理解していなかった俺達を見て、理解しただろうなという視線を向けた。

もちろん、ちゃんと頷いておいた。後日思い出せるかは微妙だ。


ガキ共を見ると、真剣な顔をして必死に覚えようとしていた。

特にクロージャは、ブツブツと反芻しながら頭に叩きこんでいる。


「要点だけまとめた感じになったけど

 ここまでが、学院の必須科目一般教養(・・・・)

 習う内容なわけ。思い出したか?」


背筋が寒くなるような、冷気をサフィさんが纏っている。怖い。


「それを踏まえて、話を聞いてほしいわけ」


聞いてほしいといいながら、理解したら口を挟むなと

命令されている気がする。多分、俺の考えは間違っていない。

他の奴らも口元が引きつっているから……。


「……無事でよかった」


エレノアさんがそう言葉を落としたことによって

この話しが完結していることを知った。結局セツナは

どうして死にかけていたんだ?


口を挟むなと言われたから、エリオに視線を向けると

サフィさんが話しているうちに、思考がこっちへと戻ってきたのか

俺達を見て「まだ理解できてないのか!?」という顔をしてた。


とりあえず、指でこっちへ来いと合図を送っているから

サフィさんの話が理解できていない奴が、エリオの周りに集まる。

ガキ共も、遠慮しながらもエリオの声が聞こえる範囲へと移動してきた。


「普通ならば、魔力は徐々に増えるわけっしょ?」


うんうんと皆が頷く。


「魔力の器の最大値というのは

 生まれた時から決まっていると、サフィさんが言っていたっしょ?」


エリオが、サフィさんみたいに一気に話さないのは

理解しようとしている、ガキ共の為だと思いたい。

決して、俺達を対象にしているわけじゃないはずだ。


「じゃぁ、想像してみてほしいっしょ。

 これぐらいのコップに、水道の蛇口を一気にひねって

 コップから溢れないように、水を入れることができるのか」


「……」


エリオの説明に、誰も声を出せないでいた。

魔力の器の最大値は、本人にもわからない。

もし、魔力の器に空きがなかったら?

器以上の魔力は……どこへ行くんだろうか。


「コップは逃げ道があるから、水があふれて落ちるだけだけど。

 魔力の器は逃げ道がないはずだ。逃げ道があれば……。

 魔力の器が壊れるようなことはないから」


魔力の器が壊れるというところで

サクラさんを思い出した。詳しいことは覚えていないけど

器が壊れたという事は覚えている。


「器が壊れる?」


「そう。俺っちも詳しいわけじゃないけど

 昔の人間は、魔力量が今より遥かに多かったみたいで

 壊れる人がまれにいたみたいっしょ。


 もしかしたら、俺っち達が知らないだけで

 死亡原因がわからないとされて

 どこかで、埋葬されているのかもしれないけどさ」


「どうして、お前がそんなことを知っているんだ?」


「サフィさんが、訳した魔導書を読んだっしょ」


「あれを読んだのか!?」


「まだ途中だけど。

 サフィさんが、メモ書きを残しているところは

 大体目を通した」


「……」


俺と同じで、興味のある本以外あまり読まなかったのに。

いや、サクラさんの一件で興味を持ったのか?

あの魔導書は、医学書だとセツナがクオードさんに話していた。

エリオにとっては、畑違いの書物なのに。


兄貴も着々と強くなっている。

エリオも古代語を学んだりと必死になっている。


俺は……と考えて沈みそうになる思考に蓋をした。



「だから、籠に果物を入れるとして

 二個しかはいらないのに、三個入れるとどうなる?」


「籠が壊れるな!」


「あぁ、だからセツナさんが危険だったんだな」


「そう。そうなのよ」


クロージャとミッシェルが、セイルとワイアットに

一生懸命、説明していた。


「……」


バルタスさんが苦笑しながら、こちらを見て

サフィさんは、もうこちらには興味がないという感じで

エレノアさんと話している。


「……他に問題になることはないのか?」


ない(・・)とはいえないわけ。

 だけど、ここで話すことではないわけ」


「……そうか」


「アルトの様子が、おかしかったのは

 セツナの魔力が原因か?」


「正直、わからないわけ。

 アルトは、セツナの魔力になれているから

 たぶん、別の理由があると思うわけ」


親父の問いに、サフィさんが答え

サフィさんの問いには、フィーが答えた。


「セツナの魔力の質が変わったのなの」


「魔力の質?」


「個人の魔力なら、変化していないわけ」


「そういうのじゃないのなの。

 魔力の本質を理解できない人間に

 説明するのは難しいのなの?」


フィーが、少し困ったような表情で笑う。


「理解できなくてもいいから、教えてほしいわけ」


サフィさんの要望に、フィーが少し考えてから口を開く。


「魔力の器は、精神の深いところと繋がっているのなの。

 だから、フィー達は魔力に触れるとその人の心の内が

 理解できるのなの。人間の感覚でいえば

 魔力に色がついているような感じなの?」


「色?」


「フィー達に見える魔力は、その人が持っている根幹の

 魔力の色が見えるのなの。精神の奥深いところにあるモノが

 魔力と混ざり合って、魔力の質を決めるのなの。

 個人の魔力の本質となるモノが、ここで形成されるのなの」


「……」


「サフィ達は、心当たりがあるのなの

 バルタスとエレノアは、信念を。

 サフィとアギトは、鎖に繋いだ獣を飼っているのなの?」


親父達は、フィーを見つめて何も言わない。

ただ、親父は楽しそうに口角をあげ。

エレノアさんは、フッと笑い。

バルタスさんは、愉快そうに笑みを見せ

そして、サフィさんは何の表情も浮かべなかった。


「そういった、自分だけのモノ。

 自分だけが知るモノ。抱えるモノ。

 生涯を共にすることになろうモノ。

 

 それが、強ければ強いほど

 魔力を通して、表面に現れ

 それが、個人の纏う空気となって認識されるのなの」


「……なるほど」


エレノアさんやバルタスさんが、深く頷くが

俺には漠然としかわからない。


「フィー達から、私はどういう風に見えているんだ?」


親父がそんなことを口にする。


「ここで話していいのなの?」


「かまわない」


「アギトは闘志。色でいえば赤なの。

 命を掛け金にして、ギリギリの戦闘を好む

 戦闘狂。飼っているのは凶犬なの」


「そうか」


愉悦にゆがむ口元に、フィーの告げた言葉が

正しいといっている。親父のその表情を見て

母さんが、唇を噛んだ。


「昔は放し飼いにしていたのに

 最近は、首輪をつけて管理しているみたいなの?」


「約束したからな」


「それがいいのなの。

 そのままだったら、碌な死に方をしなかったのなの」


約束というところで、母さんが目を瞠り

その目にうっすらと涙を溜めながら、親父を見上げた。

そんな、親父を見てそれぞれのチームの奴らが

自分のチームのリーダである黒に視線を向ける。


バルタスさんもエレノアさんも、その視線を受け止め

柔らかい表情を浮かべ、エレノアさんは「……わかっているだろう?」と問い

バルタスさんは「秘密じゃ」と楽しそうに笑った。


サフィさんだけが、表情を変えることもせずに

静かに、フィーを見つめていた。


「もっと簡単に言ってしまえば、相手に与える影響。

 他の冒険者や民間人が持つ、黒に対する感想を追えば

 似たり寄ったりの、答えが出るのなの」


このフィーの言葉に、皆がやっと「あーなるほどなぁ」と納得していた。

確固とした何かを、自分の中に定めた時から自分の持つ魔力と

強く結びつき、その人間にだけしか出せない空気を纏う事になるということか。


「それで、セツナは何を飼ったんだ?」


親父が、静かにフィーに問い。

皆の視線が、フィーへと戻る。


【凪いだ湖面の深い深い水底に眠る完成された憎悪(狂気)


「そうか」


フィーが、答えたのは精霊語でその意味を親父達は知らない。

だけど、それ以上フィーに問う事はなかった。フィーが精霊語で答えたという事は

教える気はないという事と同義だから。


「……では、アルトはセツナの変化を感じ取っているんだな?」


「そうなのなの。今はもう、無意識に隠してしまっているのなの」


隠したと聞いて、酒肴の奴らがどんな変化だろうなと

想像しながら話している。俺達も感じることができるだろうかという声に

フィーが、そのうち感じることができるんじゃないかと告げ

楽しみだと話している奴らに「飼っているって時点で、親父の同類じゃね?」と

教えてやると、一瞬にして黙り込み何事もなかったかのように話題を変えた。


そんなどこか、ゆるっとした空気の中に響いた声。



『私達では治せません、セツナさんの力を貸してください!』


聞こえてきた声に、俺達全員が殺気交じりの気配を纏う。

女達の「やっぱり」という声になるほど、と内心感心する。

見習いがセツナに声をかけた理由を、こいつらは把握していたのか。


「何を、考えているのかしら……」


ゾッとするほど低い声を出したのは、母さんで

その目は怒りを湛えている。初めて、母さんの本気の怒りを見た奴らが

そっと、母さんから距離を取った。



「あーあ、マジかよ。

 なんだ、あいつらふざけてんのか?」


口調は軽いが、眉間に皺を寄せながら

殺気交じりの態度を隠しもせずに、見習い達に強烈な視線を向け

それでも、怒りを逃がすかのように軽く口を開いたのはカルロだ。


「よくあいつ、あれで笑ってられんな。

 俺なら、一発殴ってたかもしれねぇ。

 殴って来ていいか?」


「カルロ」


カルロの本気の言葉に、ニールさんが名前を呼んで制止する。

注意されたのが気に入らないのか、カルロは不貞腐れたように

横を向いた。


「僕もカルロに賛成だけどさ」


そう告げたのはセルユで、そのほかの奴らも同意するように

それぞれが頷いている。アルトの友人のガキ共は首をかしげていたが

誰もそれを説明しようとはしなかった。


『セツナさんなら、治せると思うんです』


その瞳に、セツナに対する恋情をのせ

頬を赤く染めながら、セツナに風魔法を使って治療しろと頼んでいる。


その姿に、母さんの表情は抜け落ちていたし

他の魔導師達も、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


ニールさんにしても、その表情を見れば

本気で、カルロを注意したわけではないのがわかる。

ただ、ガキ共に配慮しろということを言いたかっただけなのだろう。


十中八九、あいつは見習いの言葉を受け入れて

大怪我をしたやつらを治すんだろうと思った。

治している姿を想像して、思わず歯が鳴るぐらい奥歯をかみしめる。



だから、耳に届いたセツナの声が一瞬信じられないでいた。


『お断りします』


表情は柔らかいままだが、その声の響きは

何の感情も含んでおらず、淡々と出された声に近い。


俺達が、断らないだろうと思っていたように

あの見習い達も、断られるとは思っていなかったのだろう。

その他の医師達も、治療を継続しながら

驚きにの表情を浮かべ、セツナの方へと視線を向けている奴もいるし

首を横に振っている医師もいた。


キョトンとした表情を見せ、セツナを凝視する見習いに

セツナは、それ以上は話すことはないと告げるように

その場から動こうとしたが、見習い達がそれを許さなかった。


『どうしてですか!』


『あの人達は苦しんでいるんですよ!

 セツナさんなら治せるでしょう?』


耳障りな見習いの声に、俺達は誰一人声を出すことなく

セツナを見ていた。声を出すと怒りが爆発しそうで

酒肴の奴らも、口を閉じて成り行きを見守っている。


『どうして僕が、治療しなければいけないんですか?』


『どうしてって……。

 苦しんでいる人がいたら、助けるのが医師じゃないですか?』


『セツナさんに、負担をかけてしまうのは

 理解していますが、それでも助けてあげてほしいんです』


誰かあいつ等を止めろよ、と思って医療院の奴らを見るが

あいつら以外は、全員が口に詠唱をのせ風魔法をかけ続けている。

その姿を見て、仕方がないかと思う。

他の奴らは自分の役割を全うするために

精神を削りながら、働いている。


総帥とクオードさんがセツナを見て動こうとしたのを

セツナがそれに気が付き、声を出さずに

『口出ししないでください』と告げた。

どうやら、あいつは自分でけりをつけるらしい。


『僕を殺そうとした人なのに?』


セツナが笑みを消し、見習い二人を見つめる。

セツナのその視線の冷たさに、見習い達の体がこわばり

俯いてしまった。そんな二人を一瞥して、セツナが動こうとした時

一人が顔をあげてセツナを睨むように声上げる。


『それでも。それでも医師なら、患者を助けるべきです!』


俺だけでなく、あちらこちらで溜息を吐く音がする。

そうでもしないと、行動に起こしそうで怖い。


「どうして、総帥とクオードさんは動かないのかしら?」


その瞳を嫌悪に歪め、見習いを見る女達。


「セツナが口を出すなって、言っただろ」


珍しく、苛立ちを吐き捨てるようにセルユが告げる。


「え? そうなの? いつ?」


「セツナとクオードさん達が視線を合わせた時。

 口だけで伝えてた」


「そうなんだ」


どうやら見てなかったらしい。


「それに、今ここで総帥がでると

 クオードも動かないといけなくなるでしょ?」


リオウさんが、女達に視線を向ける。


「ええ。冒険者の権利を医療院が無視した形になるし」


「そうなのよ。戦闘中または戦闘継続の可能性のある

 風使いの魔力は、本人もしくは自分のチーム、PTを優先させ

 本人の意思の元に行使されるべきである。


 ギルド、医療院及び、そのほかのチーム、PTともに

 治療を強要してはならない、と決められているしね」


ギルドと医療院の規約だ。

遥か昔の魔物の氾濫で、医療院が治療を強制した為

突発的な、魔物の猛攻の際に風使いの魔力が枯渇し

沢山のPTが全滅したという事件があったらしい。


風使いを、ギルドや医療院、自分達以外のPTやチームから

守るための規約で、余裕のない時に、治療を求められても

拒否できる。拒否したことで問題が起きた場合

罰則を受けるのは、風使いではなく要請した側になる。


その他にも細々としたことが書かれているが

詳しくは覚えていない。


ちなみに、風使いが自分の意思で手伝う事は認められているし

余裕のある時は、助けてくれる風使いが多い。


いつ自分達が同じ目に合うかわからないから。

顔を広げ、伝手を広げ、自分達の命を守る確率を少しでも上げるものだ。

なかには、性格がよろしくない奴もいることはいるが

そういう奴は、助けてもらえない。


断られるという事は、風使いの余裕がないという事。

それはもう……諦めるしかない。俺達だって身内の方が大切なんだから。


「総帥がでると、クオードが責任を取らなくてはならなくなる。

 ギルドと医療院の規約違反の処罰は、厳しいのよ。

 総帥が、口を出した時点でクオードはここに居ることができなくなるわね

 多分、セツナはそれを知っているから二人に動くなといったのね」


「……」


リオウさんの説明に、それぞれが腑に落ちないものを抱えている。

だからといって、誰も止めないのは間違っているだろうと。

例え、セツナがそれを望んでもだ。


「あと、総帥とクオードとセツナの間で

 きっと、暗黙の了解的なものがあるんだと思うのよ」


「何があるんで?」


「うーん。何かがあるのはわかるけど

 何があるのかまでは、わからない。

 私はまだまだ未熟で……」


自分の正義を語っている、見習い医師を冷たい目で見ながら

リオウさんが、そう告げる。未熟だと少し落ち込んだかのような

リオウさんの疑問に答えたのは、エレノアさんだった。


親父達も、知ってはいるようだが

俺達と話すつもりはないのか、視線を向けもしなかった。


「……この大会が終わり次第、ヤトとクオードが

 セツナに依頼し、冒険者の治療を頼むというものだろな」


「そうなの?」


「……多分な。そうでないなら

 セツナが最初に宣言した意味がないだろう?」


「宣言?」


「……あの場所に、死なないように魔法をかけたと

 告げていただろう? セツナは冒険者を殺す気はない。

 殺してしまえば、セツナの目的が達成できないからな」


「目的?」


「……あの場所にいる限り死なないのだから

 治療を急ぐ必要もない。痛みや苦しみは長引くだろうが……。

 それさえも、セツナにとっては計画していた事だろう。

 目的を果たすための効果としては十分すぎる」


エレノアさんは、目的については何も語らなかったが

なんとなく、その目的は理解できる。


「……死なないように、しているのだから

 大会中は、自分に構うなとヤトとクオードに釘を刺した。

 そして、医療院の医師の精神が圧迫されないように配慮した」


「……」


「……それに気がついているから、見習い医師以外は

 どれほど、治療が難しくとも冒険者が痛みで泣き叫び喚こうとも

 セツナの方へ視線をあまり向けなかった。


 規約を理解しているというのもあるだろうが

 それ以上に、セツナが命を狙われていたのも見ている。

 そんな彼に、治療してくれとは普通は言えない」


「そうね」


「……だが、医師というものは

 人を助ける為に、生まれてきたような人間だ。

 それが、善であろうが悪であろうが。


 だからこそ、命が危うい患者を目の前にした時

 自分の力が及ばないとなれば

 自然と助けることができる人間を求めるんだろう。

 その命を救うために、最善を探す。


 セツナが、宣言していなければ医師としての本能が

 セツナへと視線を向かわせていたはずだ。

 それを責めることは、誰にもできないな」


「そっか。セツナは、試合が始まる前から

 このことを予測していたのね」


エレノアさんは、リオウさんの言葉に返事をしなかった。

あいつは予測していたのではなく、この状況に持って行ったのだと

俺達は気がついていた。


「……自分達ができる、精一杯の力で

 患者と向き合い。それと同時に、冒険者達がセツナに向けた

 殺意と悪意に嫌悪もしている。

 彼等にとって、セツナは仲間だっただろうから。

 だが、それに流されることなく自分の役割を認識し

 目の前の命を癒すために、最善を尽くしている」


「……」


「……セツナもその気持ちを理解しているからこそ

 尚更、ヤトとクオードが動くのを嫌がっているのだろう。

 その他の理由もあるようだが」


「その他の理由?」


リオウさんが首をかしげながら、じっとエレノアさんを見つめても

エレノアさんは、何も答えなかった。





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