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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ゼラニウム (ピンク): 決意 』
62/130

『 太陽の影 : 後編 』

* 前編・後編と投稿しています。

前編から読んでいただけると嬉しいです。


* 残酷描写あり。

【 ウィルキス3の月30日:エレノア 】


「……どうやって、試合を壊すべきか」


私の一言に、黒以外の全員が私を凝視する。


「無理だろうな。

 私達が手を出せないように考えられている」


サフィールがアギトに頷き、溜息を落とす。


「道理で、退屈そうに戦っていたわけ」


「筋書きをなぞるだけの戦いなど

 面白くもなんともないだろうの」


これといった案がでず。

沈黙が落ちたところで、カルーシアが苦笑した。


「最悪、これから抱かれる印象が

 ガラリと変わるような何かを考える事だねぇ」


「……印象が変わる?」


「例えば、彼はめったにお目にかかれないほどの

 男前だからねぇ。ちょちょいと女性をたらしこんで……」


「一番絶望的な方法なわけ!」


「そうかい?

 お前達の若い時分は……」


「黙ってほしいわけ!!」


「黙ってくれ!」


サフィールとアギトが顔色を変え

サーラがじっと、アギトを見つめているのを見ながら

カルーシアの言葉を反芻していた。


もしかしたら、これから抱かれるであろう印象を

やわらげることぐらいはできるかもしれない……。

ただ、彼がその話にのってくれるかどうかが問題だが……。


どうやって、話を持っていくか

思考の海に沈みそうになった時


「印象な。

 そういえばジャックも最初は相当恐れられていたんだよな」


「そうなんで?」


ザルツの話に興味がわいたのか

今まで黙って聞いていた者達が声を出す。


「ジャックはどうやって印象を変えたんだ?」


酒肴の若者たちは

ザルツをバルタスと同じように慕っているので遠慮がない。

ジャックという言葉に、クロージャ達も興味を持ったのか

こちらを振り向いた。


この辺りが潮時らしく、サーラが結界を解き

今度はアルト達を入れて、結界を張り直した。

周りに聞かれないほうがいいかもしれないと

彼女の勘が告げたのかもしれない。


風使いは、時々恐ろしく勘のいいものが現れることがある。

サーラは、そんな風使いの1人だった。


「すみません」


サーラが結界を解いたのを知り

声を出した者達が謝るが、私達は首を横に振り気にするなと告げる。


ザルツは子供達に、勘付かれないようにしながら語っていく。


「セツナが背負っているエンブレムがあるだろう?」


「ガイアっすね」


セツナの名前が出たことで、アルトも興味を示したようだ。

耳が後ろを向いている。


「ジャックのエンブレムは、あれに落ち着くまでに2回ほど変わっている」


「……そうなのか?」


私達も初めて聞く内容だ。


「ああ。ワイ達はジャックが冒険者として活動していた

 全盛期の黒だったからな。ジャックと共に戦う事も多かった」


ザルツもカルーシアも、先々々代の総帥の時代の黒だ。

そう言えば、ジャックは先々々代の総帥の伴侶が拝み倒して

冒険者になってもらったと聞いたことがある。


「ワイ等の時代のジャックは、とにかく自由奔放でな。

 好き勝手に暴れていたわけだ」


「大変そうなわけ」


「剣も魔法も恐ろしく強い。

 歯向かってくるものには容赦はしない。

 今のセツナとよく似てはいるが……。

 計画を立てるという事はあまりしなかった男だな」


「確かに、計画性はなかったわ。

 昔からだったのね」


リオウが、ザルツの話に頷いている。


「ジャックもこの大会で優勝して黒になったんだが

 まぁ、酷かったとだけ言っておこうか……」


ザルツの目配せに、多分ジャックも冒険者から

恐れられるようなことをしたんだろう。


もしかしたら、カルーシアの言葉も

自らの体験から来るものかもしれない。


「黒になったのは良いが、エンブレムをつくるのをなぜか嫌がってな。

 エンブレムは緊急時に必要となってくるものだ。

 お願いだから作ってくれと、ワイ達の時代の総帥が

 必死に頼んだり、色々と意匠を用意しても

 ジャックは頷かなかった。


 で、総帥が泣き落としで用意してくれと頼んで

 ようやく、ジャックは渋々用意しておくと告げた。

 あの男は、約束だけは違わない男だったから。

 総帥も胸をなでおろしていたんだが……」


簡単に語ってはいるが、実際には大変だっただろうと感じるのは

ザルツの目がどこか虚ろだったからだろう。


そして、ザルツの語る総帥は表の総帥

リオウの一族の伴侶の事を指しているようだ。


先々々代の総帥とは面識がない。

彼女は、この一族にしては珍しく短命だった。

体の弱い人だったと聞いている。


リオウ達が生まれる前に亡くなっているはずだ。


「ジャックがエンブレムを初めて背負ったのが

 小規模の魔物の氾濫で、そこで集められた冒険者や

 騎士達がそのエンブレムを見て閉口していたのを今も簡単に思い出せるな」


「どんなエンブレムで現れたわけ?」


「月を真っ二つにした意匠だったねぇ」


「はぁ?」


サフィールの問いに答えたのは、カルーシアだった。

皆が皆、唖然とした顔をしていたからか

カルーシアがもう一度同じことを口にした。


「月を真っ二つにした意匠だったねぇ」


「嘘だろ?」


アギトが思わずといった感じで声を出す。


「嘘は言わないねぇ」


「ガーディルとエラーナが

 ぶちぎれそうなわけ……。

 命を狙われまくるわけ」


「ぶちぎれてたな。

 そして、ジャックを殺すために派遣された

 八聖魔全員をジャックは

 へらへらと笑いながら再起不能にした」


「……」


「……」


皆が皆、余りにもな内容に言葉が出ない。

八聖魔といえば、エラーナの最強魔導師達だ。


「ザルツは傍に居たわけ?」


「依頼の最中に襲ってきたからな」


アルト達は首をかしげていたが

詳しく説明する者はいなかった。まだ知らなくてもいいことだ。


「エラーナはそんな醜聞を広めるわけにはいかなかったから

 何もなかったことにした」


「それは話してはいけない事なわけ!」


「もう時効だろ、な?」


「エラーナの醜聞に時効などないわけ!」


そう告げ、サフィールはフィーに

話せないように魔法をかけてほしいと頼んでいた。

フィーは嫌々ながらも、皆に魔法をかけていた。


「なかったことにしたが、そのエンブレムを

 使い続けるには問題があるから、お願いだから

 意匠を変えてくれと、総帥が懇願して

 ジャックは、面倒だといいながらも

 意匠を変える約束をしていた。変えたら見せてくれと

 総帥が頼んでいたが、適当に返事をしていたから

 見せる気はなかったと思う」


「ジャックを見ると、

 総帥はいつも追いかけ倒していたねぇ」


「お爺様が気の毒すぎるわ……」


リオウが頭を振りながらそう呟く。


「次にジャックがエンブレムを背負ったのが

 超大型の魔物がでた時だ。初見の魔物でな

 犠牲者はでなかったが、知力の高い奴で

 近づくことができなかった。難儀な事に

 傍に居る大型の魔物を操るすべも持っていてなぁ

 ワイ達や集められた冒険者は雑魚を倒すので精一杯で

 ギリギリで戦っていた」


「……」


「そろそろやばいという時に

 ジャックが現れたんだが……マントに描かれたエンブレムがなぁ」


「エンブレムが?」


「月の中に、笑ったような顔を書いた意匠だったねぇ」


「……」


「……ジャックはエラーナに何か恨みでもあったのか?」


思わずそう尋ねてしまった。


「さぁ、わからないねぇ」


「こっちが必死で命かけて戦っていたのにな

 ふざけたエンブレムを背負って

 ニタニタ笑いながら、お前ら役に立たねぇなぁと

 むかつくことをほざいてから


 一瞬で、超大型の魔物を殺して

 範囲魔法で雑魚も一掃した。

 

 ワイはあのエンブレムは二度と見たくないな」


「あたしも見たくないねぇ」


そう言って2人が苦笑する。


「まぁ、総帥が土下座して

 エンブレムを変えてくれ

 次は意匠を見せてくれと言って

 持ってきたのが、今セツナが背負っているエンブレムだ」


「おかしいわけ」


「……腑に落ちないな」


私達の言葉に、ザルツが数回頷く。


「そうだろう?

 あれだけ、エラーナに喧嘩を売るかのような意匠のあとに

 チーム名が古代語で "月"だ。そして月の意匠……。

 当時は宗旨替えかと噂され、エラーナのモートンルイア(聖皇)から

 エラーナの永住権を貰っていた。神の素晴らしさにやっと気がついたんだと

 言われたらしいが、ジャックは楽しそうに笑っていたな」


「楽しそうに笑っていたという事は

 碌な事を考えていなかったと思うねぇ」


「ワイもそう思うな」


「……理由を尋ねなかったのか?」


「尋ねたさ。何度もな。

 だが、一度も答えてくれたことはなかった。

 が、今日その謎が1つ解けた」


苦笑するザルツに、サフィールが解を口にした。


「月ではなかったわけ」


「そうだ、あのエンブレムは月じゃなかった。

 これで、やっと長年の疑問が解消されたが

 だとすると、チーム名の謎が残されてい……」


ザルツが全てを言葉にする前に

『あは、あはははははは!』と笑う声が響いた。


本当に楽しそうに笑う声。

その声の主が、セツナだという事に気がつき

ザルツに集まっていた視線が、セツナへと一斉に戻る。


「師匠?」


アルトも、セツナが笑いだしたことに

首を傾げセツナを見た。


いきなり笑いだしたセツナに、観客席の冒険者は

眉を顰め、そして舞台の上の冒険者は雰囲気を変えた。


『何がおかしい……』


それでも、笑いが止まらないのか

セツナは笑い続けている。


『虚仮にしやがって』


殺気をふりまき、剣を構えるが

セツナが一言で先ほどと同じ球体を出し

自分の体の近くに留めている。


その球体を見て、剣を構えながらも

一歩を踏み出すことを躊躇する剣士たちとは反対に

魔導師達は表情を変えた。


セツナの魔法が一瞬で発動された事で

先ほどの魔法の詠唱が

自分達を陥れるためのものだと気がついたのだろう。


彼等の顔色はどす黒く変化していき

そして、セツナはまだ肩を震わせていた。


「もしかして、全部聞かれていたのかねぇ」


「あれだけ笑っているという事は

 聞かれていたわけ。そして、セツナは

 チーム名の謎の答えを知っているわけ!」


サフィール。

問題はそこではないだろう?

全ての会話を聞かれていたのなら

私達が、試合を妨害しようとしていた事を

知られたかもしれない。


そう思いセツナを見るが

どうやら、その辺りは聞かれていないようだ。

アルトの耳に入る話題だけに心を傾けているのかもしれない。

セツナらしいといえばセツナらしいが……。


それはそれでどうなんだろうか……。


笑いがおさまったのか、溜息のような息を吐き出し

サフィールをチラリと見て口を開く。


【ル・ディラーフェイル・カディリア

 ノルゲサード・アフェイラ・ジ・デアルラード

 エクアスラ・エンドーア】


「はぁ?」


「嘘でしょう!」


サフィールとリオウの唖然とした表情と声。

セツナの声は、どうやら私達だけにしか聞こえていないようだ。


サフィールだけではなくリオウも驚いているところを見ると

リオウは古代語がわかるらしい。


「リオウ、古代語がわかるわけ?」


「ジャックが、古代語も覚えられねぇのかよ

 よえぇ頭だなって……嫌な事を思い出したわ」


「ジャックは、リオウ達に甘いと思っていたけれど

 結構辛辣なところがあったんだねぇ」


「知識や魔法方面では厳しかったわ。

 知識は財産に、魔法は自分を守る力になるって

 いつも言っていたわね」


「そうなんだねぇ」


「私はわからないことも多いけど

 サクラは古代語も得意だったわよ。

 今の言葉は、セツナが簡単なのを選んでくれていたから

 私にもわかったけれど」


「セツナの発音は聞き取りやすく

 ものすごく綺麗なわけ。教師として最高の人材なわけ」


「学院で働いてくれないかしら」


「絶対に無理だと思うわけ」


「そうよね。

 ジャックも嫌がっていたもの」


「ジャックに教師とか。

 絶対させたくないな」


ザルツが何処か視線を遠くに飛ばしながらそう告げる。


「でも、彼、物凄く博識だったし。

 古代語も古代魔法も右に出る者はいないぐらい詳しかったし

 まぁ……魔法の先生には絶対に向かないけど」


「……」


「それで、セツナは何といったんで?」


「セツナは何と?」


セツナの言葉が気になるのか

若者たちが次々に、サフィール達に尋ねる。


「ああ……話してもいいのかどうか躊躇するわ」


「僕はいいと思うわけ……。多分」


2人は瞬刻考えたあと、話すことにしたようだ。


「さっきの古代語を訳すと、こんな感じになるわけ。

 月の後ろについている記号は記号ではない」


「月の後ろについている記号?」


「ル・ディラーフェイル・カディリア

 これが、ジャックのチーム名だって事は知っているでしょう?」


それぞれが頷く。


「この古代語の意味が月だってことも知っているわよね?」


これにも頷く。アルトはわからないのか眉間にしわを寄せているが

バルタスに、後でゆっくりセツナに聞くといいと告げられている。

バルタスは、全てをセツナに投げていた。


それでもアルトは、クロージャ達と相談しながら

わかる範囲で、考えようとしているようだ。


「月の後ろの記号という事は、ジャックのチーム名のあとについている?」


「飾り記号?」


「そう、それを指しているわけ」


「記号は記号ではないという事は……」


「あの記号には意味があったってことっしょ」


各々が自分の推測を口に出して解を導き出している。


「そうだと思うわけ。

 意味があるという事は……多分あの記号は古代記号……。

 それも今は知られていない類の、そうなると僕にはわからないわけ」


アルトが、エリオにどんな記号かと尋ね

エリオが地面に指でこんな感じだと描いて教えている。


アルトやクロージャ達と一緒にエリオの指先を見ていたフィーが

多分アルトの為に答えたのだろう。「否定記号なのなの」と

告げたことによってその記号の意味が判明した。


「……」


「……」


一瞬の沈黙の後、サフィールが声を出す。


「否定記号ってなんなわけ?」


「全てを否定する記号なの」


「だとすると。

 ジャックのチーム名は……」


サフィールのあとを継いでリオウが叫ぶように声をあげた。


「月ではない!?」


「そうなのなの。

 もう少し言い方を変えて、月に非ずともいうのなの」


絶句するしかない。

私達はずっと、ジャックのエンブレムもチーム名も月だと思ってきた。


「ジャックの笑みの理由が理解できたねぇ……」


「そうだな」


どこか疲れたように、2人が肩を落とした。


悉く、エラーナを馬鹿にした行動に

呆れたらいいのか笑えばいいのか悩むところだ。


「これが、否定記号だとすると

 チーム名が悲惨な事になるチームがあるな」


アギトがぼそりと呟く。


「悲惨?」


リオウが首を傾げアギトを見ると

アギトが苦笑しながら


「ジャックに憧れている冒険者は多いだろう?」


「ええ」


「だから、ジャックに近づこうと

 チーム名を古代語にする者や月を入れている者も多いし

 あの記号も、飾り記号として人気があるだろう?」


「ぶはっ」


アギトの言葉に色々と覚えのあるチーム名を思い出したのか

笑いをこらえることができずに噴き出している者が多々いる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


それとは反対に、リオウは心からの叫びを声にしていた。

リオウの叫びに、子供達が驚いて体を揺らしている。


「例えば、祝福の翼?」


「祝福の翼ではない……?」


「それは、普通の翼になり果てているな」


「チーム英雄ってのもあったっしょ」


「英雄ではない?」


「それって、唯の冒険者?」


「ぐっ」


「駄目だ……」


「具体例を出すのはやめろ!」


「チーム俊足ってのもあったわよね」


「やめろっていってるだろ!!」


「鈍足とか……俺なら引きこもるわ」


若者達が、具体例を出しているのを聞いて

サフィールが「辛辣な置き土産なわけ」と苦笑する。


「あぁ、だからジャックは

 たまにチーム名を目にしてニヤニヤとしていたのね」


ジャックのことを思い出して、リオウが頭を抱えていた。


「ジャックに直接記号を使っていいかと聞いていた

 若者達が居たねぇ。えらく、快く頷いていたのを覚えているけど

 内心は腹を抱えて笑っていたんだろうねぇ……」


「ジャックらしいといえば

 ジャックらしいが……死んでまでも

 人をおちょくることをやめないのか……」


ザルツとカルーシアが深く深く溜息を吐きながらも

何処か寂しそうに、そして懐かしむように目を細めた。


ブツブツと何かを呟いていたリオウが

顔をあげ、真剣な表情で全員に告げる。


「いい?

 このことは誰にも言っては駄目よ。命令よ!

 あれは、古代記号などではなかった!

 唯の飾り記号よ。飾り記号なのよ!

 いいわね!!」


目の座ったリオウの勢いに

若者達も、子供達も引きつった笑いで

数回首を縦に振って、リオウに頷いている。


確かに、これは秘匿したほうがよさそうだ。


「本当に、なんてことをしてくれるのよ!」


リオウのプリプリと怒る声を聞いてか

それとも、若者たちの言葉を聞いてか

多分、全ての会話を聞いてだろう。


セツナがまた少し肩を震わせた瞬間

彼等の怒りが沸点を越えたようだ。


『何がおかしぃ!!!』


魔導師達が、示し合わせたように

魔法の詠唱をはじめ、魔法を構築していく。


「魔力量がおかしいわけ……」


サフィールが舞台に厳しい表情を向け

リオウもエリオも息をつめた。


そこに現れたのは、巨大な炎球。

そして、数十個の土の槍。


それは、完全に命を奪うための魔法だ。

それを躊躇することなく、セツナへと放つ。


魔導師達の顔には、怒りと殺意しか浮かんでいない。

剣を握る者達も、殺意と憎悪を隠そうともせず

剣を構え、セツナが倒れるのを待っていた。


完全に、セツナの息の根を止めるつもりでいるのだろう。

規則の事など頭になく、試合の場であることも忘れているようだ。


自分より下に見ていた者に

馬鹿にされ、虚仮にされ、仲間を傷つけられ

挙句の果てに、笑われて怒りで我を忘れている者達の集団に

成り下がっていた。あれはもう、冒険者の顔ではない。


そこに追いやったのが、セツナだというのが

何ともいえない気持ちにさせた。


ヤトが止めに入ろうとするが

セツナはチラリとヤトを見るだけでヤトを止めた。


だが、ヤトはここで止めるべきだった……。

セツナなら、大丈夫だと確信を持っていたから

止めることはしなかった。


アルト以外の子供達が息をのみ

目をそらすことができずに、魔法の行方を追っていく。


そして、セツナにぶつかると想像し小さな悲鳴を落とした瞬間

魔法が全て綺麗に消え去った。


セツナが出した魔法陣に吸い込まれるようにして消えていったのだ。

その事に、子供達も若者達もそして私達も安堵できたのは一瞬。


『お返しします』


この一言に込められた意味に、思考がついていかず……。

ヤトに止めろと告げることもできず。見ている事しかできなかった。


セツナのこの一言と同時に

炎球と土の槍が、魔導師本人達の前に現れ

驚愕のそして、恐怖の表情を見せながら

避けることもできずに、引き絞った声と共に

自分達の放った魔法を自分が喰らう事になった。


『うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああ』


断末魔ともとれる悲鳴と叫び。

一瞬にして燃え上がる体と炎を纏って踊り狂う冒険者。

体を土の槍に串刺しにされて血の海に沈む冒険者。


肉体が燃える臭いと助けを求める悲鳴。

流れ出る血と臭い


悲鳴と叫びは途切れることなく続く。


術者だけではなく、周りをも巻き込んだ魔法に

魔法から外れた冒険者達

そして観客達も悪夢を見ているような表情を浮かべ

言葉1つなく茫然と倒れ行く冒険者達を目に映しているだけだった。


舞台の上、いち早く動いたのはヤトで

セツナは、つまらなさそうに燃えている冒険者を

その辺りの風景と同じように見ていた。


ヤトは、自ら動き冒険者達の炎を消すために

水の魔道具を発動し、暴れる冒険者達の火を消していく。


余りにも凄惨な光景に、動けないギルド職員と

医療班に対して『動け!』と命令を飛ばし正気に戻す。


顔色を蒼白にしながらも、冒険者達を助けるために

動き出す彼等を目にして、一度深く息を吐き周りを見渡す。


観客席の冒険者の何人かが、顔を蒼白にして口元を押さえ

御不浄へと走っていく姿が、チラホラと目に入った。


試合が終わるまでは、闘技場からは出ることができない。

冒険者しか観戦を許していないことから、出入りを制限している。


だから、冒険者志望の子供が怯え泣いていても

外に連れ出すことができず、黙って抱きしめている者達が沢山いた。


今日のこの試合は

彼等にとっても大変なものとなっているだろう。


私達の目の前にいる、冒険者志望の子供達はといえば

ロイールは俯いているだけで、震えてもいなければ

涙を見せることもしていない。顔色は酷く悪いがそれだけだ。

肉親がそばにいるという事が、ロイールを支えてもいるのだろうが

それを差し引いても、荒事になれているようにも思えた。


鍛冶屋の息子という事から、手荒な出来事を

それなりに経験しているのかもしれない。

魔物を見ても体が動いていた所を見ると

この中で一番、冒険者に向いているといえるだろう。


ミッシェルは両手で顔を覆って

震えながらナキルに抱かれて泣いていた。


セツナの戦いを、ずっと目をそらさず

膝の上の手で服を握りしめながら、真剣な表情で見ていたが

さすがに、衝撃は大きかったようだ。

それでも、彼女は強くなると予感させる子供だった。


エミリアとジャネットは気を失っている。

魔法で出された炎球の熱量に視線を持っていかれていたようで

全てを見てしまったらしい。


「……サフィール」


彼女達にこの記憶は酷だろう。

そう考え、サフィールの名を呼ぶと溜息をつきながら

リオウに魔法を使う権限を貰い、彼女達に魔法をかけた。


試合が終われば、他の冒険者志望の子供達の話を

ギルド職員が聞き、精神に不調をきたすようなら

その記憶を少し削ることになるはずだ。


必要となれば、付き添いの人間にも必要かもしれない。

私と同じことを考えたのか、リオウが本部へと連絡を入れ

闇使いの魔導師の待機を願い出ていた。


「怖いものを見たという情報しか残らないようにしたわけ。

 全部消すと、冒険者になろうとするかもしれないから

 ここで、冒険者の道を断っておくわけ。

 この2人に冒険者は無理なわけ」


サフィールの言葉に、クロージャ達が蒼白になりながらも頷いた。

3人の目には、うっすらと涙がたまっているが

必死に落とすのを耐えているようだ。


耐えることができている今は

彼等には必要がないだろう。


最後にアルトに視線を向けるとアルトはホッとした表情を見せ

数回尻尾を振って心を落ち着けている。


アルトは、死にかけている冒険者よりも

セツナが無事であるかどうかしか興味がない。


そんなアルトを見て、クロージャが複雑な表情を作っている。

思いつめているその目を、体の震えを必死に止めようとしている姿を

先ほどから目に入れていた。


彼が何を想い悩み、体を震わせているのかが

手に取るようにわかる。


そして、アルトを傷つけまいとして

戦っているその様を、ここに居る全員が見守っていた。


将来、暁の風に入るのならば

彼等は、セツナをリーダーとすることになるのだから。

彼という人間を知っておかなければならない。


これは、彼が乗り越えるべきことで

今は口を出すべきではないと皆がわかっている。

クロージャならば、乗り越えることができると信じてもいた。


あの日、彼が示した覚悟を皆が尊重していたのだ。

押しつぶされるようならば、エミリア達と同じような

魔法をかけることになるだろうが


時々、気分を変えることができるように

他愛もない話を、ビートやエリオが振って

笑えているところを見ると大丈夫だろう。


「ミッシェルよ。お前さんも魔法をかけてもらえ」


バルタスが、涙を落とすミッシェルに優しく促す。

彼女は大丈夫だと思うが、過保護なバルタスは

見ていることができなかったようだ。


名前を呼ばれたミッシェルは、バルタスのほうに顔を向け

そしてサフィールを見る。サフィールは軽く頷くが

ミッシェルは何かを考えるような表情を見せナキルを見た。


ナキルがミッシェルと視線を合わせるが

何もいう事はせずに、穏やかにミッシェルを見ている。


そんなナキルの様子に、ミッシェルが小さく頷き

バルタスとサフィールに向かい、首を横に振る。


「怖い、けど。将来、私も、セツナさんと同じことを

 する可能性が、高いと、思います」


涙を落としながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「自分の身を守るため、に、別の誰かを、傷つける……。

 それはとても、怖い、事だけど。その日が来ることを

 忘れ、ない、ために、私は覚えておき、ます」


恐怖と戦いながらも、確固とした意志を見せるミッシェルに

ナキルは、その複雑な胸中を隠し黙っていることを選び

バルタスとサフィールは、強さを見せたミッシェルに

少し驚き、そして深く頷きそれ以上何かを言う事はなかった。


ミッシェルの言葉を聞いた、クロージャは

自分の手の平に視線を落とし、そしてぎゅっと拳を握る。

そして真直ぐ視線を舞台へと向けた。


覚悟を決めた、クロージャの体の震えは止まっていた……。

この瞬間にも、子供達は成長を見せている。

それは、クロージャだけでなくロイールもセイルも

ワイアットも同様だ。ミッシェルの言葉を聞き

いつか自分達も、今のセツナと同様に人と戦う時が来る。


その事を認識し、戦う覚悟を決めつつあるんだろう。


アルトはそんな友達の様子を黙って見ていた。


そんな子供達を見ながら、セツナの事を考える。

正直ここまで見せるとは思っていなかった。

子供には優しいセツナだから。叩きのめすにしても

そう残酷な事にはならないだろうと考えていた。


何よりアルトが見ているのだから……と。


彼は、アルトを手放すことも視野に入れていたのだろう。

この戦いを見て、セツナに怯えを見せるならば

セツナはアルトの手を離したかもしれない……。


アルトを傷つけないように。


アルトの様子を見るに、その考えは無意味なものになっている。

本人もセツナを怖がることは、絶対にないと言い切っていたから

ないのだろう。願わくば、アルトがセツナの星であってくれるように

心から祈った……。


「僕は、セツナは攻撃魔法が苦手かも知れないと

 考えていたわけ」


舞台の上で、忙しく動き回るギルド職員と

医療班を視界に入れながら、サフィールが静かに語る。


『触るな! 風の魔法で持ち上げろ。

 担架にゆっくり下ろせ!』


クオードが、額に汗を浮かべながら指示を飛ばしている姿が映る。

風魔法で浮かされ、担架へと下ろす瞬間も回復魔力を

かけ続けている。回復魔法をかけている医師の表情には

全くといっていいほど余裕がなかった。


「風使いは、癒しが基本。

 攻撃魔法が不得意でもさほど問題はないし。

 セツナは本当に、攻撃魔法は使わなかったから」


土の槍が体に刺さった冒険者は動かせないのか

その場で治療にあたっていた。戦闘は中断されており

ヤトはセツナの傍に居て、そのほかの冒険者達が

不用意に動かないようにしているようだ。


どんな状況であっても、攻撃を仕掛けてくれば

セツナは反撃に出ると予想できるからだろう。


「ジャックは、剣の腕も魔法の腕も最強だった。

 だから、躊躇なく両方使って暴れていたわけだけど

 セツナは違っただろう? アギトからの戦闘状況の報告を聞いても

 足止め程度にしか魔法を使っていなかった」


慎重に一本一本、土使いが土の槍を消していく。

土の槍が消えた瞬間に、出血をとめるために医療班が

数人で回復魔法をかけている。


「だから、攻撃魔法を使えないんだと思ってたわけ。

 それならば、魔法ならば僕はセツナと互角に戦えるかもしれないと

 考えていたけれど……。僕は完全に役に立ちそうにないわけ」


サフィールの声音はいつもと違って、本当に静かで

アギトが、何処か不安そうにサフィールを見ているのが珍しい。


「どんな強力な攻撃魔法をセツナに放ったとしても

 あそこまで至近距離で、魔法を返されてしまえば

 避けるすべがない。返されることを前提に行動したとしても

 次の手で詰んでいる。何度繰り返しても、同じ結果になってしまうわけ」


そう言って、苦笑を落とすサフィールに

何時もなら慰めるフィーが、何の声もかけなかった。


「セツナは、魔導師としてこれ以上ない腕を持っている。

 多分、魔法での戦いならジャックにすら勝てると思う」


「どうしてそう思う」


アギトの問いに、舞台からアギトに視線を向け


「ジャックは緻密な魔力制御と魔法構築が苦手だったと聞いている。

 だけどセツナは違う。お前は気がついていないだろうけど

 冒険者達に返された魔法は、威力を削られてギリギリ命を奪わない程度に

 抑えられて返されていた」


アギトから視線を外し、サフィールは舞台へと視線を戻す。


「それがいかに難しい事かわからないだろう?

 僕にもできない。相手に魔法を返すだけなら僕にもできる。

 跳ね返すことしかできないけれど。

 だけど、相手の魔力を削りギリギリに調整することは僕には不可能だ」


「……」


「それに気がついていたか?」


「何にだ?」


「セツナは普段使う魔法しか使っていないわけ」


サフィールのこの言葉に

魔導師として動いている者達が、反応し息をのんだ。


「転移魔法と結界魔法。

 そして厨房で使っている魔法。

 球体の魔法にしても、風の塊をつめただけなわけ」


アルトの訓練で、セツナは風の魔法をアルトにぶつけている。


「僕も含めて魔導師は、攻撃魔法なら

 攻撃魔法として魔法を構築し組み立てる。

 それを、他の事に使ったりはしないし

 攻撃魔法を、ホイホイと他の魔導師の前で使う事はない」


「……」


「僕は、あれらが攻撃魔法になるとは夢にも思わなかったし

 それ以上に、転移魔法を戦闘に使う風使いを

 僕は見たことがないわけ」


確かに、私も見たことがない。

魔法を使う者達が、サフィールの言葉に

どこか疲れたように頷いていた。


「これが戦場ならば、セツナは最初の転移魔法だけで

 全滅させることができているわけ。あの球体の魔法も

 本気で魔力を注げば、この会場ぐらい簡単に吹き飛ばせてしまう。

 それどころか、この闘技場全体を結界で囲い

 厨房で使っている魔法を使えば、誰も抵抗することができない

 一瞬で死ねることは間違いない」


「……」


「セツナは、まだ一度も

 僕達に、攻撃魔法として組んだものを見せていないんだ。

 なのに、それだけで戦えてしまえる。

 唯一、球体の魔法が攻撃魔法に入るだろうけれど……」


サフィールが舞台から視線を外し俯く。


「サフィールよ」


セツナと自分との力量の差に、珍しくサフィールが

落ち込んでいるのかと、バルタスが慰めるように声をかけた。


「僕は……」


サフィールの次の言葉を、皆が固唾をのんで見守っていた、が


「僕は、セツナを1年ぐらい監禁して

 セツナの、頭の中に有る魔法を

 すべて吐き出させたいわけ……。

 1年じゃ全然足りないかもしれない!」


「サフィ。それは犯罪なのなの。

 してはいけないことなの」


フィーがここでやっと口を開いた。

他の者達は唖然としている。


「言われなくてもわかっているわけ!

 まぁ、僕も魔導師だからそれは無理だと知っているわけ。

 だから、古代語。古代語だけでいい。

 あの感じだと、セツナは絶対2500年以上前の

 古代語もジャックから教わっているに違いないわけ!」


「……サフィール」


「サフィールよ……」


「はぁ……」


それぞれが残念そうに、サフィールを見る。

セツナが研究対象になる日は、近いかもしれない……。


「やっぱりサフィちゃんは

 サフィちゃんだわ」


「なんなわけ?」


不思議そうに私達を見るが

私も含めて、何もないと首を横に振った。


フィーが慰めないわけだ。

彼女は、サフィールが落ち込んでいないと知っていて

放置していたのだろう。


「1年が無理なら、3か月でいい。

 3か月だけでいいから、僕に古代語を教えてほしいわけ!」


サフィールがこの言葉を口から出したと同時に

アルトが眉間にしわを寄せて振り返り、サフィールを睨んだ。


「師匠は俺の師匠なの!」


「少しの間、貸してほしいわけ!」


セツナはものではないだろう?


「絶対に貸さない!

 絶対だ!」


「そこをお願いするわけ!」


「絶対に嫌だ!」


セツナの意思を無視して、2人で争っているが

サフィールに勝ち目がないのは皆がわかっているために

誰も止めようとはしなかったし、話に入ろうともしなかった。


子供達は、サフィールを見て目を見開いている。

きっと、子供達の中で印象が変わったのは

セツナだけではなく、サフィールもだろう。


ロイールが「あの時と全然違う」と呟いていることから

サフィールに対する苦手意識が、ましになったかもしれない。


サフィールのように、セツナの印象も

塗り替えられればいいのだが……。


セツナはといえば、両腕を手でさすりながら

体を微かに震わせている。ヤトに大丈夫かと聞かれて

「なぜか悪寒が……」と答えていた。


どうやら、常時こちらの会話に耳を向けているわけではないようだ。

ヤトは首をかしげながらも、追求することはなかった。


舞台の上での治療も落ち着きを見せ

怪我を負った全員が、舞台の外へと運ばれた。


観客席の冒険者達は、今までとは違って

声を潜めるようにして、色々話している。


その話の中心は、セツナの実力についてだ。

噂と違う。話が違う。ここまで力を持っているとは思わなかった。

そんな言葉があちらこちらで飛び交っている。


魔法を返すまでは、魔道具を使ったのだろうという憶測が流れていたが

魔導師達が、あのような魔道具は存在しないと告げ

セツナの魔法が、彼自身の実力だと理解され始めたのだろう。


それと同時に、自分達が敵意を向けていたのが

自分よりはるかに強いものだと知り、自分なら報復をしていると

考えるものは、セツナの報復を恐れて口を閉じた。


観客席にゆっくりと、恐怖が侵蝕していっている。

そして、それ以上に舞台の上では恐怖に囚われ

青褪めている者が多かった。




* 先々代から先々々代に訂正。

※ 八魔導師→八聖魔に変更しました。

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