『 私とセツナ君 』
* サーラ視点
バルタスちゃんのお店で、お茶を飲みながらぼんやりとしていると
エレノアちゃんが、私を見て静かに口を開く。
「……何か気になることがあるのか?」
黒の中で最強と謳われるエレノアちゃん。
騎士だったからなのか、その辺りの男性よりも性格は男前なような気がする。
なのに、女性としての優雅さも失っておらず
真直ぐに背筋を伸ばして、立っている姿などは思わず見惚れるほどだった。
その事に少し嫉妬して、ずるいと言ったことがある。
その時のエレノアちゃんの返事は「……サーラは可愛いから、いいじゃないか」と
言っていたけど。私は綺麗なほうがよかったなぁ。
そのほうが、アギトちゃんと並んでいても釣りあうと思ったんだもの。
実際、エレノアちゃんとアギトちゃんが並ぶとお似合いの2人に見えるのが
悔しいと昔は思っていた。今はもうどうでもいいけど……。
彼女に憧れる人は、男性、女性問わずとても多い。
多くを語る人ではないけれど、彼女の優しさに私は何度も救われたことがある。
私とエレノアちゃん、そしてナンシーちゃんは仲がよく
冬にハルに戻って来て、お茶をしたり
食事に行ったりするのが、冬の間の楽しみだ。
旅の間は、手紙をやり取りして近状を報告しあうけど
やはり、顔を合わせて話をするのが一番楽しい。
そこに、たまにマリアちゃんやリオウちゃんの母親であるエリアルちゃんが
加わる時もある。この2人は忙しく時間がとれることが少ないけれど。
「マリアちゃん、大丈夫かなと思って」
「……ああ」
「先日見かけたら、とても痩せていたから。
顔色も悪かったし……眠れていないようだった」
「……確かに、そろそろ倒れてもおかしくはないな」
エレノアちゃんも、同じことを思っていたようだ。
「……」
私は静かにため息をついて、近いうちに会いに行こうと決める。
「エレノアちゃんも一緒に行く?」
「……そうだな。私も行こう」
「うん」
マリアちゃんが、少しでも笑えるようになればいいと思う。
私達が話す後ろで、ワーワーと騒ぐ声が聞こえる。
酒肴のメンバーは、いつも本当に元気がいい。今はエリオちゃんとビートちゃんも混ざって
騒いでいるようだ。アギトちゃんとバルタスちゃん、そしてサフィちゃんは
ギルドに同盟の登録へ行った。剣と盾は、エレノアちゃんのかわりに
アラディスちゃんが行っている。
クリスちゃんは、剣と盾のメンバーと静かに武器について語り合っていた。
多分、そろそろアギトちゃん達が戻って来るだろうと思っていると
窓の向こう側で4人が歩いている姿が見える。
「……帰ってきたな」
「そうね」
暫くして入り口があき、それぞれが「お帰りなさい」や「お疲れ様でーす」と
口々に声をかける。それに、返答をしながらアギトちゃんは私の横へと来て座り
サフィちゃん達も、私達がいる席へと座った。
「おい。これを配ってくれやー」
バルタスちゃんが、若い子に袋を渡す。
「了解っすー」
1人が受け取り、中に入っているドッグタグを配り始める。
私は、アギトちゃんから貰いアギトちゃんは残りの全てをクリスちゃんへと渡した。
手の中のドッグタグをじっと見つめる。
今まで頑なに同盟を組んでこなかったアギトちゃん。
その気持ちに変化が見えたのは、セツナ君からの同盟の手紙だった。
長い付き合いの黒ですら、彼の心をかえることはできなかったのに。
『うちと同盟を組む必要などないだろ?』この言葉で、ずっと拒否してきたのだ。
なのに、たった数日一緒に過ごしただけでここまで彼に影響を与えた人物に
私は、とても興味を持ったのを覚えている。
その彼と、旅の途中で出会う事で私達の未来は大きく変わった……。
誇張でもなんでもなく。彼は私達家族を ”月光”を救ってくれたのだから。
アギトちゃんにとって、今回の旅は辛いもので終わると思われた。
自分の力を疑い。ドグちゃん達と決別し……。
黒であるがゆえに、戦う事を諦めようとしていた。
アギトちゃんの瞳から、希望という光が消えつつあるのを
私はそばで見つめていた。でも、その事を言葉にすると
アギトちゃんが、すぐに結論を出しそうで毎日が怖かった。
戦うのが好きな人だから。
私よりも……戦う事のほうが好きな人だから……。
私の事を愛してくれているのは知っている。
ただそれよりも戦う事が好きなだけ。
いつか、私の傍を離れて戦いの中で死んでしまうんじゃないかと
ずっとずっと不安だった。
『私を置いていかないで……』
いつも私の心の中にあった気持ちだった。
そしてあの夜。セツナ君とアルトと出会ったあの湖での夜。
『本当ならば、腕が衰え始めたと感じたのなら
強いものと戦って死にたいでしょうに……』
セツナ君の言葉に、鼓動が止まるほどの衝撃を受けた。
彼は、たったあれだけの会話で彼の心を知ったのだろうか。
『……まいったな。
そう考えたのは一瞬だけだよ?』
『サーラさんを、悩ませるほどの長さを一瞬というんですか?』
そして……私の心の内も。
セツナ君と話した後のアギトちゃんの瞳には、もう暗い色は見えなかった。
その事に本当に安堵して、セツナ君に心の中で何度もお礼を言った。
彼と出会えて、彼があの場所にいてくれて心から感謝したの……。
『君を置いて死ぬ事はない』
私が一番欲しくて、欲しくて仕方がなかった言葉を
アギトちゃんは、次の日にくれた。
私が涙するたびに、サフィちゃんがアギトちゃんを殴りつけても
一歩間違えれば殺し合いになりそうな、戦闘を繰り返しても
今まで一度も私に言わなかった言葉を。あの日私にくれた。
これで、アギトちゃんとずっと一緒に生きていける。
それがどれほど嬉しかったか……。この気持ちを知っているのは
ナンシーちゃんとエレノアちゃんだけだ。2人ともよかったと言ってくれた。
「サーラ?」
アギトちゃんが心配そうに私を見て、私の頬に触れる。
「なぁに?」
「どうした?」
そうしてそっと、私の目の辺りを指で拭った。
アギトちゃんの言葉に、自分が涙を落としていることを知った。
サフィちゃんも心配そうにこちらを見ている。
「……」
アギトちゃんの胸の中で、泣いてしまいたい衝動をぐっとこらえて
別の理由を、アギトちゃんへと告げる。
「セツナ君が……」
「あいつが、サーラになにかしたわけ?」
サフィちゃんが、眉間にしわを作りながら私に問う。
「明日引っ越ししちゃうから」
「……」
「……」
「お家からいなくなると思ったら、悲しくなったの」
アギトちゃんがため息とともに苦笑し、サフィちゃんも溜息を吐いた。
エレノアちゃんは、私を見て呆れたように笑っている。
彼女にはきっと、私がなぜ涙を落としたのかわかっているのかもしれない。
「セツナは引っ越しするのなの?」
サフィちゃんの横で、セツナ君がいないからつまらないと言いながら
飲み物を飲んでいたフィーちゃんが、私の言葉に反応して顔をあげる。
「うん。セツナ君の恩人から貰った家に移ることになったの」
「そうなのなの」
「……サーラの事だから、毎日行く約束でもとりつけてあるのだろ?」
「朝と夜の食事は一緒に取ることになるわ」
この言葉に、サフィちゃんが眉根を寄せていたけど
気がつかない振りをする。
「……だろうな」
エレノアちゃんが笑う。
「明日は、一緒に行ってお掃除を手伝う予定なの」
「……ほう」
「ジャックが残した家。興味があるわけ」
「わしも興味があるな」
「……私達も行っていいだろうか?」
「さぁ、私に聞かれてもわからないわ」
「今日は、どうして2人ともいないわけ?」
「アルトは、孤児院へ行っているわ。
セツナ君は、お買い物に行くと言ってたわ」
「孤児院?」
「沢山お友達ができたの」
「へぇ、よかったわけ」
「引っ越しが終わったら、学校へ行くらしいわ」
「はぁ? 師匠が居るのに学校へ行くわけ?」
昨日の夜の話を、アギトちゃんが話すのを
サフィちゃん達だけではなく、若い子達も驚いた表情で聞いている。
エリオちゃんが、アルトがセツナ君から習っている学習内容を
フリードちゃんに話して、若い子達が顔を引きつらせていた。
そして、それぞれが微妙な表情を作り
セツナ君の考えが理解できないと、口々に言っていた。
確かに、セツナ君の考え方は私達とは少し違う。
いつもどこか、違う場所を見ているような気がする。
「……」
困ったように笑って、一緒に夕食をとる約束をしてくれたセツナ君。
彼は本当に優しい。相手の気持ちを考え、最善の方法をいつも探してくれている。
食費なんていらない。もっと甘えてくれたらいいのに……。
私達は、彼等を家族として迎え入れたいのだから。
そう告げたいのに、言えない。
今その言葉を、彼に告げても……彼の心の負担になるだけだとわかっているから。
セツナ君は、誰も自分の心の中に入れない。
思わず奥歯をかみしめる。
自分の胸の辺りにある、消えない感情。
強烈な怒りと叫びたくなるほどの不安……。
セツナ君の精霊のクッカちゃんに、封じられた記憶の中に
その答えがあるのは知っている。
引っ越しすると彼が話した時に、どうしようもなく不安にかられた。
この気持ちは、ビートちゃんの意識がずっと戻らなかったときにも感じたものだ。
セツナ君から目を離したら二度と会えない。そんな、予感がずっと胸の中にあって
知らない間に泣いていた。だけど、その理由をセツナ君には言えない。
「……サーラ」
エレノアちゃんが私を静かに呼ぶ。
「……焦るな。彼には時間が必要だ」
エレノアちゃんの言葉に、苦笑して頷いて返した。
クッカちゃんも、時間が必要だと言っていた。
「とりあえず、僕は明日の朝サーラの家へ行くわけ」
「……私も行くか」
「わしもいこう」
「おやっさん、俺達も連れていってください!」
酒肴の若い子達がそう告げる。伝説のジャックにあこがれる冒険者は多いから
その彼が残した家なら、行ってみたいと思う気持ちはわかる。
「さすがに、無理があるじゃろ。
明日はやめとけ」
「なら、セツナに見学の許可をもらってきてくださいよ!」
「伝えるだけ伝えておく」
セツナ君のいない場所で、黒達が明日掃除を手伝う事になっていた。
色々と間違っている気がするけど、セツナ君がため息をつく姿が想像できるけど
それでも、わいわいと楽しいかもしれないと思うと笑みがこぼれた。
バルタスちゃんが、ドッグタグの説明をしてのんびりした時間が過ぎる。
その時、ふと窓の外の1人の青年に強烈に視線を奪われる。
「うわぁ……」
ため息とも取れかねない言葉を聞き取り、エレノアちゃんが私を見る。
「エレノアちゃん……」
「……なんだ?」
「窓の外みて、すごいよ。
私、あんな男前な人初めて見た」
私の視線を追うように、エレノアちゃんが窓の外を見て呟いた。
「……本当だな」
珍しくエレノアちゃんも、視線を奪われているようだ。
私の言葉に、店の中の女の子全員が窓の外を見たと思う。
その青年を目に入れた瞬間、息を呑みそして次に店の中が騒然として
女の子たちの悲鳴に似た声が響いた。
男の子達は、うるさい! と文句を言っている。
だけど、それを耳に入れている女の子は居ない。
口々に『かっこいい』だとか『綺麗』だとか『好み』だとか『王子様』とか
女子特有の夢見る状態に切り替わる。それを見て、バルタスちゃんは苦笑し
アギトちゃんとサフィちゃんは、その青年に鋭い視線を向けている。
アラディスちゃんも無言で目を細めて窓の外を見ていた。
ニールちゃんは、ため息をついて周りを見渡していた。
銀色の髪に、蒼色の瞳。その表情には優しい笑みを浮かべている。
その青年は、周りの視線を独占している。なのに、気にした様子を見せず
隣りにいる、可憐な女性だけに笑みを向けていた。
物語の王子様、そう言葉にするのが一番正しい様な容姿。
きっと、女性のだれもが憧れるものを持っている。
立ち姿も、凛としていて隙が無い。
「羨ましいぃ!」
酒肴の女の子の1人が、青年が女性に笑いかける顔を見てそう言った。
同意するように、次々に頷いていく女の子達。
「……なかなか強そうな青年だな」
エレノアちゃんの言葉に、アギトちゃんの目の色が変わる。
アギトちゃんが、チラリと私を見たけど私はその視線には気がつかない振りをした。
だって、本当の王子様よりも王子様らしい人間をこの先見ることができるかわからない。
若い女の子達のように、恋しちゃったかもなどという感情が浮かぶことはない。
私の恋心はアギトちゃん限定だから。だけど、それとこれは別問題で
男前な人や、綺麗な人を見ているのは好きだし、可愛いものも大好きだ。
「……バルタス。ここ数日どこかの国の要人が来ると報告が入っていたか?」
「いや、そんな連絡はなかったぞ」
「……なら、観光客という事か?」
黒の依頼で、たまに観光案内という要人警護が来るときがあるらしい。
らしいというのは、アギトちゃんとサフィちゃんには来ないから。
その時、ずっとつまらなさそうにしていたフィーちゃんが窓の外に視線を向けた。
「え?」
フィーちゃんが小さく、声を落とす。
そして次の瞬間には椅子から飛び降りて、叫びながら走って行った。
「光のお姉さまが、話していたキラキラなの!!!!!」
「……」
「……」
そのいきなりの行動に、全員が呆気にとられたようにフィーちゃんを見送る。
サフィちゃんも、驚きすぎて固まっていた。あんな姿のフィーちゃんを見た事は
一度もない……。どうしたんだろう。大丈夫かな。
「おい、サフィール。
お前のフィーが、わけのわからないことを叫んで出ていったぞ」
アギトちゃんも、心配になったのか
固まっているサフィちゃんに、声をかけるがサフィちゃんは動かない。
「……サーラ、フィーの声を拾えるか?」
「あ、うん」
魔法を詠唱し、フィーちゃんの声を拾うように魔法を使う。
フィーちゃんは、一目散に青年のほうへと走りそして抱き付いた。
衝撃の言葉を放って……。
『セツナなの!!!!!!』
想像もしていなかった名前が出て、全員が驚愕の表情を作り
青年を凝視する。
青年……セツナ君? がチラリとこちらを見てすぐに視線をそらし
店の前を通り過ぎようとするのを、フィーちゃんが離さない。
正直、セツナ君だとは信じられない。それほど彼の印象は全く違ったから。
だけど、アギトちゃんとビートちゃんだけは「そういえば……、あんな感じだったような」と
言っているところを見ると、もしかしたらセツナ君なのかも。
ちょっとドキドキしながら、フィーちゃんとの会話に耳を澄ます。
『セツナなのなの』
『人違いですよ』
「……セツナだな」
エレノアちゃんが、苦笑しながらそう口にする。
話し方が、セツナ君だ。
『絶対セツナなの』
『間違っています』
フィーちゃんに抱き付かれたまま
否定しているが、フィーちゃんは引かない。
『フィーは間違えないのなの!』
『……』
根負けしたセツナ君に、優しく抱き上げられたフィーちゃんは
顔を赤くして幸せそうに、セツナ君に抱き付いている。
ざわざわと揺れる店内の、女性と男性の反応は全く違っていて面白い。
『フィーも増えましたが行きましょうか』
『え?』
「え?」
「はぁ?」
ざわめきがピタリと止まって、全員が窓の外を見る。
普通、こちらへ来ない?
何かを感じ取ったのか、一緒に居た女性がこちらを見てから
セツナ君を見たけど、セツナ君はこちらに視線を向けない。
『向こうに、美味しそうな店が見えますよ』
「他の店に入るとは許せん!」
フリードちゃんの呟きに、酒肴の全員が頷く。
『え? 皆さんこちらを、凝視していますけど……』
『気がつかなかったことにしましょう』
そう言って、女性を促し歩いていこうとするセツナ君。
「……ククク」
エレノアちゃんが、肩を震わせて笑っている。
堂々と、気がつかなかったことにすると宣言したセツナ君に
全員が呆気にとられていたけど、歩き出したセツナ君を見て
サフィちゃんが、慌てて飛び出していった。
サフィちゃんが、迎えに行ってもフィーちゃんが離れることはなく。
唯でさえ、注目を集めていたのにさらに集まるのを見て
バルタスちゃんが、全員を店の中に連れてきたのだった。
店の中に入ってきたセツナ君に、全員の視線が集まる。
その視線を受けて、セツナ君は深く溜息を吐き魔法を詠唱すると
その髪の色が銀色から、何時もの薄茶色に。瞳の色が蒼色から菫色へと変わった。
色が変わっても、優しく甘い王子様のような印象は薄れない。なのに……。
鞄の中から、眼鏡を取り出しかけると一瞬にして魔法が解けたような感覚に陥る。
今まで甘い夢の中に居た感覚が、眼鏡をかけただけで拒絶され引き離されたような
冷たい印象へと姿をかえた。
あの眼鏡……は人除けだ。そう思った。多分、間違ってはいないと思う。
それは、セツナ君の外見が目立つから掛けたものだろうか?
それだけならいいのにと思った。
あの眼鏡の意味が、煩わしい視線を避けるためだけのもので
あればいいのにと思った。本当の意味で、人除けではない事を祈った。
彼の心に、誰も触れさせないという意味での仮面ではない事を願った。
「あ……」
フィーちゃんが悲しそうに、セツナ君を見た。
酒肴の女の子達も、ため息をついている。
「フィーは、キラキラなセツナがいいのなの」
そう言って、眼鏡を取ろうと手を伸ばすが
その手を優しく、セツナ君は遮った。
「僕は、眼鏡をかけているほうが落ち着きます」
セツナのやんわりと、眼鏡を外さないでほしいという願いに
フィーちゃんは、少し膨れながらも諦めたようだ。
「……その眼鏡には、魔法がはいっているのか?」
「はい」
エレノアちゃんが、続いて何かを話そうとするのをさえぎる様に
セツナ君の首に抱き付いたセリアちゃんが、いきなり姿を現した。
「せっかく変装して、でぇとちゅうだったのに。
邪魔をするなんてひどいワ」
初めてセリアちゃんをみた人達が青ざめたり
悲鳴を呑み込んだりしている。
セツナに、幽霊がとりついてる! と叫んでいる子もいて面白い。
その様子を、セリアちゃんは楽しそうに笑って眺めていた。
「でぇと?」
そんなざわめきを気にすることなく、エレノアちゃんが
セリアちゃんに、でぇととは何かを聞き返していた。
「そうよ。私とリアとセツナで、でぇとしていたのよ」
セリアさんがでぇとの意味を告げると、エリオちゃんが面白くなさそうな表情を作り
アギトちゃんが楽しそうに、セツナ君を見ていた。
「買い物は嘘だったのか?」
セツナ君で衝撃を受けて忘れていたけど。
セツナ君、隣の女性は誰!! いろいろ聞きたいことが沢山ある。
アギトちゃんの問いに、セツナ君が口を開こうとした時
サフィちゃんが、口を挟んだ。
「黒だけで話がしたいわけ。
セツナとリア? はこっちに座ってほしいわけ」
サフィちゃんが、2人を席に座らせニールちゃんとアラディスちゃんが
席を立つ。
「サーラも席をはずしてほしいわけ」
「……いや、サーラはそのままでいい」
エレノアちゃんが、そう告げ
私がサフィちゃんを見ると、頷いてくれたからそのまま座っていることにした。
バルタスちゃんが席に着き、サフィちゃんがセツナ君に結界を張るように頼んだ。
セツナ君の結界が張られたと同時に、サフィちゃんが口を開く。
「どうして、ここにマリアがいるわけ?」
「え!?」
サフィちゃんの言葉に驚き、エレノアちゃんを見ると
エレノアちゃんが頷いた。アギトちゃんもバルタスちゃんも驚いている。
「……彼女の仕草はマリアのものだ」
エレノアちゃんが、そう告げる。
サフィちゃんは、マリアちゃんの魔力でわかったのだろう。
「えー! どうして、若返っているの!?」
「サーラ。問題はそこじゃないわけ」
サフィちゃんは、緊張をはらんだ声で続ける。
「マリアが変装して、外に出るほどの事が起きたわけ?
サクラに、何かあったわけ?」
マリアちゃんはセツナ君と歩いていた……。
血の気が引くような思いで、マリアちゃんを見る。
「サクラに、なにかあったわけではありませんのよ」
「あ……本当にマリアちゃんだ」
私の言葉に、マリアちゃんが笑った。
あ……。笑えてる。マリアちゃんがちゃんと笑っている。
その事に、とても安堵する。エレノアちゃんも同様に表情を緩めた。
マリアちゃんのその表情だけで、サクラちゃんは無事だとわかった。
マリアちゃんが、最近の出来事をゆっくりと語っていった。
簡単に言えば、マリアちゃんの心が病みそうなのを見て
セツナ君が、サクラちゃんの情報を少し流したようだ。
セツナ君の話は、2人の救いになったんだと思う。
よかったと心から思った。
数日前の、マリアちゃんの顔色は本当に悪かったから。
だけど、今日はとても楽しそうに笑っている。
サクラちゃんの冬服を買いに来ていたらしい。
サクラちゃんは、部屋で寝ていることになっているから外に出る気はなかったけど
セリアさんが、服屋さんに行きたいと言ってセツナ君が巻き込まれたようだ。
「僕は疲れました……」
本当に疲れたという、セツナ君の言葉に
アギトちゃんが苦笑していた。
何事もないとわかったら、サフィちゃんがマリアちゃんの変装の魔道具に
興味を見せていた。私も付けてみたいと言ったら、アギトちゃんもサフィちゃんも
駄目だという。横暴だと思う。そのうち、セツナ君からこっそり借りてやる。
マリアちゃんの素性は隠したままという事で、セツナ君が結界を解いた。
「それで、どうしてセツナは変装してたわけ?
何か疚しいことがあったわけ?」
サフィちゃんが、この前の仕返しとばかりにセツナ君に尋ねる。
セツナ君がどう答えるのか、みんな興味津々で聞き耳を立てていた。
「セリアさんに頼まれて、変装していたんですが……。
そうですね、そう思われますよね。誤解を招かないように
僕はもう、眼鏡は外さない事にします」
セツナ君のこの言葉に、女の子全員の非難の視線がサフィちゃんにささる。
一瞬にして、この店の空気が変わったことに
サフィちゃんは、慌てて冗談だと言おうとするがその前にフィーちゃんが口を開いた。
「サフィなんて、大嫌いなの!!」
フィーちゃんが、サフィちゃんを見て目に涙を溜めながらそう叫んだ……。
眼鏡を外した姿が、大好きだとフィーちゃんはずっとセツナ君に言い続けていたから。
フィーちゃんはまだ、セツナ君に抱き付いたままだ。
大嫌いと言われた、サフィちゃんは固まって動かなくなった。
セツナ君は、その様子を見て小さく笑った。怖い……。
こういう時のセツナ君は、本当に容赦がないから触れないほうがいい。
お風呂の件で懲りた事がある私は、二度と同じことをしないと誓っている。
一瞬にして、女の子達を敵に回したサフィちゃんを見て
アギトちゃんも口を閉じた。
後ろのほうで、セツナ君に恋人がいるのかを
エリオちゃんやビートちゃんに、尋ねてる女の子がいる。
そして、セツナ君にはもう伴侶がいることを伝えると意気消沈していた。
アギトちゃん達が、大声でギルドで叫んだから
セツナ君に、伴侶がいることを知っている人は多かった。
だからか、ほとんどの女の子はセツナ君を恋愛対象とは見ていなかった。
だけど、彼の本当の姿を見て余計にその想いが強くなったような気がする。
王子様は、見ているだけが一番いいらしい。でも、その意見には賛成だ。
あのセツナ君の隣を歩くのは、なかなかに神経を使いそうだし心配にもなりそうだ。
アギトちゃんも、人気があって落ち着かない時があるのに……。
きっと、セツナ君はアギトちゃんと比べることができないぐらい視線をもらうと思う。
その視線に、耐えるのは私は無理かもしれない。
よほど愛されているという自信がないと
自分から離れてしまいそう……。
そんなことを、エレノアちゃんとマリアちゃんに話すと。
2人も同意してくれた。そして、最後に自分の伴侶が一番いいわよねという結論になった。
私達の話を傍で聞いていた、アギトちゃんとアラディスちゃんは
微妙な表情を浮かべていたけれど。
マリアちゃんが、でも……と少し頬を染めて口を開く。
「たまには、セツナさんと歩くのも楽しいと思いますわ」
「え、どうして?」
「彼はとても、エスコートが上手ですのよ。
まるで、お姫様になったように扱ってくれるんです」
「えーー! ずるい!」
「……ほう」
「気遣いも上手ですし。話も楽しいですし。
何より、傍に居て安心する空気を纏っているのですわ。
1日ぐらいなら、視線もさほど気にならないと思いますわ」
「いいなぁ。私もでぇとしたい!」
「駄目だ!」
「駄目なわけ!」
「エレノア。駄目だから」
アギトちゃんと、サフィちゃんが同時に駄目だと告げる。
サフィちゃんは、すぐにフィーちゃんの機嫌を取ることに戻ったけど。
アラディスちゃんも、エレノアちゃんに釘を刺していた。
そんな、アギトちゃん達を見てバルタスちゃんがため息をついている。
「セツナの好みを、考慮してやれや」という言葉は聞かなかったことにした。
その後は、酒肴のメンバーが他所のお店に食べに行くのはけしからんと
セツナ君に怒っていたり、明日の引っ越しに黒が全員ついていくと告げていたり。
メンバーの子達も、家を見せてほしいと頼んだりと賑やかに時間が過ぎていった。
セリアちゃんも、あちらこちらで話しかけられて楽しそうに話していた。
エリオちゃんは、セリアちゃんを視線で追いながら難しい顔をしていたけれど。
恋愛は自由だけど……そんな、先のない恋愛をしてと
母親として思うが、何も言わないことにした。先のない恋をして
一番つらいのは、エリオちゃんだろうから。セリアちゃんが水辺へ行くまで
一生懸命、恋すればいいと思う。後悔しないように……。
そろそろ、お店を準備する時間だとバルタスちゃんが告げ
セツナ君も、マリアちゃんを夕食前に保護者の元へ戻すことを約束しているからと言って
転移魔法で移動してしまった。
「……夕食前に保護者に戻す」
エレノアちゃんが、小さく肩を震わせた。何がおかしいのかを聞くと
私だけに聞こえるように教えてくれる。
「……オウルは、あの姿のマリアを外に出したくなかったんだろうな」
エレノアちゃんの言葉に、オウルちゃんの様子を想像して
私も笑う。あの2人は幼馴染だった頃から相思相愛だったらしい。
「でも、その気持ちはわかるかも。
これが、反対だったら私は笑えないと思うもの」
エレノアちゃんが、少し考え頷いた。
「……セツナが伴侶に一途でよかったな」
真面目な顔で、エレノアちゃんが告げる。
「確かに……」
あれで、彼が女性に自由奔放なら落ちる女性は後を絶たなかったと思う。
「でも、そうなると魅力は半減よね」
「……ああ、そうだな」
いくら容姿が良くても、中身がスカスカならさほど価値はない。
彼の誠実さと、一途さはとても好ましい。
先ほども、伴侶の事を聞かれ照れる様子も見せずに
真直ぐ、愛していると告げたセツナ君に周りが絶句していた。
男の子達が、それだけの容姿なら女に不自由しないだろうと言った時
彼女以外はいらないと、はっきり告げた。その言葉で、セツナ君を恋愛対象として
見ようとしていた女の子達の夢が、綺麗に覚めていた。
覚めると思う。あの眼鏡をかけていてさえ
トゥーリちゃんの事を聞かれたときに、セツナ君の笑顔は見惚れるほど
素敵だったから。あの笑顔の先に居るのは、セツナ君の伴侶で自分になることは
絶対にないのだと告げられたようなものだから。
彼は、期待を持たせるような言動を一切しなかった。
唯一心に、彼女だけ……。
そこに、誰も入り込むことができないという空気を作り出していた。
それほどまでに、愛されているトゥーリちゃんに私はとても興味を持ったのだった。
* 読んでいただきありがとうございます。