『 ガイアとエンディア 』
* 時間軸が少し戻ります。
大会で無くてすみません……。
【ウィルキス3の月23日:セツナ】
久しぶりに、僕もアルトも穏やかな時間を過ごしているなか
突然、僕の頭に響いたありえない音。
『メールが届きました』
メールなんて言葉はこの世界にはないし
僕の頭の中にメールを受信する何かを埋め込んだ覚えもない。
こんなことをするのは、1人しかいないと
内心溜息をつきながら、メールを開くのを後回しにする。
ハルの結界を越えた時のように、意識をもっていかれると
僕の目の前で楽しそうに話している、アルトが心配するだろうし
人が集まって来る事も予想される。
宴会が終わり寝ている人もいるだろうし
のんびりと、体と心を休めている人もいるだろう。
僕とアルトのように、家族で会話を楽しんでいる人もいるかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えながら
アルトが寝てから、メールを読もうと心に決め
アルトとの話に耳を傾けた。
僕のベッドに、アルトとトキア。
そして、セリアさんがベッドに腰かけながら色々と話していく。
話しているのはアルトで、僕とセリアさんは
殆ど聞き役だったけれど、こんな穏やかな時間は本当に久しぶりで
アルトも時折、トキアを撫でながら楽しそうに話をしていた。
友人の事。未知の世界の事。エンブレムの事。魔法武器の事。
アルトの話は尽きることなく、もっともっと話したいと次から次へと
話題を変えながら楽しげに話しているけれど
昨日の疲れからか話しながらも、ウトウトと目を閉じかける。
それでも、眠るのを嫌がるように
目をこすり話そうとする姿に、苦笑がこぼれた。
「そろそろ寝たら?」
「嫌だー」
「話す時間は明日もあるよ」
「うー……」
そっと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じて
狼の姿になってしまった。緩慢な動きで、僕にピタリとくっつき
眠る体勢に入る。
「お休み。アルト」
「……」
僕の声に返って来るのは、寝息だけ。
とっくに限界を超えていたようだ。
「気持ちよさそうに寝てるワネ」
「そうですね」
「最近眠りが浅かったみたいだし
セツナの傍に居ることができて安心しているのネ」
セリアさんが、優しい笑みを浮かべながら
アルトをそっと撫でる。暫く些細な会話をした後
セリアさんも指輪の中へと戻っていった。
セリアさんが指輪の中へと戻ったのを確認して
セリアさんには悪いけれど、指輪から出ることができないように
魔法をかけてから、ベッドのヘッドボードに背中を預けて
頭の中に届いたメールを開く。
ハルの結界を越えた時に発動した魔法のように
意識を持っていかれることはなく、カイルの声が頭の中に
響いただけだったが、これはメールというのだろうか?
そんなことを考えながら、カイルの声を聞いていた。
『よぉ、刹那。女はできたか?』
またそれなの?
というか、この先ずっと同じ言葉が第一声なんだろうか?
それはとても嫌すぎる。
『このメール……じゃないが。
これが発動したという事は
無事サクラとリオウに会えたようだな。
お前が俺の伝言を届けてくれると俺は信じてた!』
ここで殺意を覚えた僕は悪くないと思う。
カイルに頼まれていた伝言を届けてなかったら
この魔法は発動しなかったんだろうか?
色々気になることはあるけれど、僕は聞く事しかできない。
だいたい、どうして今なんだろう?
2人と会う事で発動しているなら、もっと前に発動しているはず、と考えて
カイルのあの魔法構築では、正確に発動させるのは難しいかもしれないと
結論をくだす。きっと、どこかで不具合をおこしたに違いない。
『2人とも可愛かっただろ?
お前なら手を出しても、オウカもオウルも何も言わないと思うぜ?』
遠慮します。2人を可愛いとは思うし、他の女性よりは好感が持てるけど
そういった感情をこの世界の人間に抱いたことはない。
それに、サクラさんはカイルをリオウさんはヤトさんを想っている。
僕の入る隙間などどこにもないし、僕にはトゥーリが居る。
『さて、まぁ、今回もお願いではあるんだが』
なにそれ……。
また、面倒な事に巻き込まれるんだろうか?
『いやいや、そう警戒しなくてもいいからさ』
普通警戒するでしょう?
『これは、刹那が嫌なら無理にとは言わない。
聞かなかったことにしてくれてもいいからさ』
カイルからのメールとは名ばかりの
ボイスメッセージを聞き終わり、ベッドから出て窓辺に置かれている
ソファーへと座る。
カイルからの願い事は、そう難しい事ではなかった。
なかったが……。
『時々でいいから、あいつらの事を気にかけてやってくれないか?
俺の娘たちを、見守ってくれないか?』
カイルらしくない、どこか歯切れの悪い言葉。
その先に続いたのは、カイルの純粋な願い。
『リシアは、色々な国から狙われているからな。
ハルから出ることができないあいつ等では
解決するのが困難な場合も多々ある……。
そんな時、少しでいいから力を貸してやってくれないか?』
僕の枷になるかもしれない事を懸念しての声音。
本来ならば、カイルが見守っているはずだった2人。
カイルが大切に守ってきた場所……。
「……」
僕が彼の願いを、叶えないなんてことはあり得ない……。
彼が、伝言まで残して僕に伝えた想いを
無下になどできるはずがないし、するつもりもない。
カイルが僕にすべてをくれたから
今ここに僕が居る……。僕はその事を忘れることはない。
ギルドの事も、リオウさんやサクラさんの事も
ある程度は守ろうとは思っていた。彼等が守りたいものは
僕が守りたいものでもあるのだから。
だけど、それだけじゃ足りないのか?
影から守るだけでは、不十分なのだろうか?
なら、どうやって守っていく?
どういう風に守っていくべきか……。
カイルは、オウカさん達やサクラさん達にとって
家族の一員だったから。カイルと同じように
守れるとは思っていない。
冒険者のジャックが、周りに与えてきた影響は
色々な意味で、リシアに手を出そうとする国や権力者への
歯止めとなっていた面もあるようだ。
ジャックの報復を恐れて、手を出さない。
そんな輩の歯止めとなるには
僕もそれなりに力を誇示しなければいけないのだろうか?
カイルからのメッセージを聞いた僕は
そんなことをずっと考えていたように思う。
アルトが、何を考えているの? と心配そうに聞くほどに
僕は考え込んでいたようだった。
【ウィルキス3の月30日:セツナ】
大会当日、アルトが転移魔法陣に乗る間際まで僕の方を見て
一緒に会場まで行きたそうにしていたが
その事に気がつかない振りをする。
少し耳を寝かせて、不安そうにしていたけれど
きっと、友人達と合流したら元気になるだろうと思う。
会場までは、ニールさんとサーラさんとアラディスさんが
アルト達に付き添ってくれることになっている。
ニールさんとアラディスさんは、苦笑をにじませながら
しょんぼりしているアルトの背中を軽く叩いて
「そろそろ出ないと遅れるぞ」
「友人が待っているんじゃないのかい?」
などと、アルトを宥めて出発を促してくれていた。
僕には「無理をしないように」とか「駄目だと感じたら棄権するように」とか
心配をしてくれながらも、頑張れと言ってくれた。
アルトとニールさん達を送り出し
視線を感じて、隣を見るとサーラさんが心配そうに僕を見ている。
「大丈夫ですよ」と伝えると淡い笑みを浮かべながらも頷いて
「アルトの事は任せてね」といって転移魔法陣へと向かった。
黒達もそして同盟を組んでいるチームの人達も
思い思いに励ましてくれながら、転移魔法陣へと向かって行く。
最後の1人を送り出し、人の気配が消えて静かになった庭を歩き
リビングで飲みかけの珈琲を飲みほしてから自分の部屋へと戻った。
ベッドの上に置いてあるものを、ざっと確認してから
今着ている服を脱ぎ、準備してあったものを順番に身に付けていく。
浮かんできた記憶の中に有った、カイルが纏っていたもの。
僕らしくない、全てを黒でまとめた戦闘服を能力で作り出した。
この中で、僕が付け足したものは
指のあるグローブだけ。いつものグローブを外し
指輪を付け直したあと、指輪の上からグローブをはめる。
最後に、マントを手に取り
黒い地球のエンブレムを手のひらで撫でた……。
「……」
このマントを見つけたのは、単なる好奇心だった。
アルトとエンブレムの話をしたあと、ふとカイルはどんなエンブレムを
選んだのかと気になった。記憶の中を探っても見当たらなかったから
鞄の中を探してみたら、このマントが見つかった。
鞄から取り出し、エンブレムを目に入れた瞬間
カイルの記憶らしきものが、頭の中に流れていく。
その場にいるのは、カイルと子供の頃のオウカさんとオウルさんだ。
『どうして、月の色が黒なんだ?』
『月の中の模様は、何か意味があるのか?』
『月じゃねぇ』
『月のエンブレムなんてやめてしまえ!』
『うるせぇ。月じゃねぇっていってんだろう』
どうやら、カイルのエンブレムを見てその感想を話しているらしいけど
その話の内容から、オウカさん達はカイルのエンブレムに不満があるようだ。
オウカさん達は、色々とカイルに聞いてはいるがカイルは
適当に返事をして、のらりくらりと質問をかわしていた。
真剣に答えるつもりはないらしい……。
カイルらしいと言えばカイルらしいのかもしれない。
3人の会話はそこで途切れ、すぐに次の場面に切り替わる。
『どうして、月の色が黒?』
『月の中の模様は、何か意味があるの?』
『月じゃねぇ……』
カイルの背を見て、リオウさんとサクラさんが
子供の頃のオウカさんとオウルさんと同じ質問を
カイルに告げている。
カイルの返事は、オウカさん達にしたものと全く同じだ。
『月でしょう? だって、ジャックのチーム名は "月"じゃない』
『リオウ、俺のチーム名をちゃんと発音して見ろよ』
カイルが、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべてリオウさんを見る。
『……』
リオウさんが黙って、カイルを睨んでいるのを見て
サクラさんが、オロオロとしながらリオウさんを助けるために
カイルのチーム名を口にした。
『ル・デェラーフィル・カディリア』
『惜しいなサクラ。デェラーフィルではなく
ディラーフェイルだ』
『ディラーフェル』
『ディラーフェイル』
『ディラーフェイル』
『そうだ』
【ル・ディラーフェイル・カディリア】古代語で月と言う意味にあたる言葉だ。
古代語の発音はなかなかに難しく、綺麗に発音できる人間は少ない。
『古代語で月でしょう? 月でいいじゃない!』
リオウさんが、頬をふくらませながらカイルに文句を言っている。
『だから、月じゃねぇっていってんだろうが』
『月でしょう? 月よね!? 意味が分からないわ!』
リオウさんが叫び、サクラさんが首をかしげて
カイルを見ていた。
確かに、古代語でチーム名を月としていているように思えるし
マントのエンブレムには、丸い月のようなものが描かれている。
殆どの人が、あのエンブレムを見て月だと思うのが当然だと言える。
だけど、あのエンブレムが月ではない事を僕は知っている。
そして、カイルのチーム名が【月】ではない事も知っていた。
【ル・ディラーフェイル・カディリア】これだけなら【月】だったけど
カイルのチーム名には【ル・ディラーフェイル・カディリア:】
後ろに、コロンとよく似た記号がついていた。
オウカさん達もリオウさん達も、そしてその他の冒険者達も
この記号を、単なる飾り記号だと認識していたのだと思う。
飾り記号とは、とある有名なチームが内部分裂をおこし
チームを二分することになったが
どちらもチーム名を変更するつもりはないと言って張り合い
ギルドに、そのまま申請したために問題になったらしく
話し合いで解決しようにも、仲違いをして分裂したわけだから
泥沼の状況に陥り、このままではどうしようもないという事で
当時のギルド総帥が、チームを見分けるために何かしら考えるようにと
告げたことで、飾り記号が生まれたと言われている。
今では、チーム名の重複は許されていない為
飾り記号を使ったとしても、申請、登録することはできないとされていて
飾り記号は、単なる飾りとされているがその人気は結構高かったりする。
チームメンバーで考えた記号をつけたり
自分が尊敬するチームの飾り記号をつけたりと
受け継がれていっている記号も多くある。
その様な理由から、カイルのチーム名についている【:】コロンに似た記号も
飾り記号だと思われているが、実際は古代記号と言われるもので
この記号には、きちんとした意味が組み込まれているのだ。
古代文字も古代記号も、古代語に分類されてはいるけれど
2000年前の文字を解読するのに精一杯といった状況だ。
サフィールさんは、かろうじて2500年前の古代文字までは
わかると話していたが、それ以降になると全く手掛かりがないと嘆いていた。
カイルが使った古代記号は、今はもう歴史の波にさらわれ消えてしまった
古代語の1つで、カイル以外その意味を知る人間はいなかっただろうと思う。
【:】この古代記号が意味するのは否定。
全てを否定するための記号……。
【ル・ディラーフェイル・カディリア:】この古代語を訳すと
【月ではない】もしくは【月に非ず】と訳すことができる。
この世界の人にとって月とは、月の神エンディア自身であり
信仰の対象である。月のモチーフはあらゆるところで使われているし
エンディアを信仰している、エラーナの国旗は月の中にエンディア神の横顔が
描かれている。
誰もが、カイルのチーム名を聞いてそのマントのエンブレムを見た瞬間
月の神エンディアを想像していたんじゃないだろうか?
そう、子供の頃のオウカさん達やリオウさん達と同じように。
『どうして、エンブレムが月なの?
私は、エラーナなんて嫌いよ』
不貞腐れたようにリオウさんがそう告げる。
『おい。ギルドの一員が国の批判を口にするんじゃねぇ。
心ん中で留めとけ。誰が聞いてるかわからねぇだろ』
『……』
カイルの言葉に、リオウさんが肩を落とし
その瞳に涙をためはじめた。
『おい! 泣くことはねぇだろ!?』
『だって……』
『グス』
『おい、お前もか!
サクラも何で泣く必要がある!』
『だって、ジャックは私達の守護者なのに』
『ジャックは、リシアの守護者でしょう?』
リオウさんとサクラさんが同時に同じ言葉を口にする。
『ジャックは、リシアの民なのよ』
『なのに、どうしてエンディア神を選ぶの?』
独占欲ともいえる2人の発言に、カイルが困ったように
そして少し嬉しそうに、頭をかいた。
『このエンブレムは、月じゃねぇって言ってるだろ?』
『じゃぁなに?』
『なんでもいいだろ?』
『気になるでしょう!?
サクラも気になるわよね?』
『うん……なる』
子供の頃の、オウカさん達と同じような会話を繰り返していたけれど
オウカさん達とは違って、カイルはサクラさん達にはそれなりに丁寧に
会話しているように思える。
『はぁ……。このエンブレムは……』
溜息をつきながらも、その眼元は優しい。
『ガイアっていうんだよ』
『ガイア?』
『ガイア?』
『そうだ。だから月じゃねぇから泣くな。
俺も、エラーナは好きじゃねぇよ。俺はリシアの守護者だからな。
俺が帰る場所は、リシアしかねぇよ』
『……うん』
『うん』
カイルの言葉に、リオウさんもサクラさんも満面の笑みを浮かべて
頷いている。その後は色々と質問攻めにあっていたようだが
カイルは、エンブレムの名前だけを教えてその他は教えなかった。
「……」
漆黒のマントに、刺された真黒な地球の意匠。
この意匠に託された想いが、一目見て理解できたのは
カイルの記憶のせいだろうか?
手の中に有るマントのエンブレムを見つめ想いを馳せる。
最初に視線を引くのはきっと、黒の地球だろう。
見るものを不安にさせるほど黒く暗く見せているのは、微かな光。
その光が意味するものは、この世界の人が信仰する神である
サーディアを象徴する太陽とエンディアを象徴する青い月。
一見すると白い光のように見えるが
よく見ると青が入っているのがわかる。
月の終わりを示す三十日月よりも細い月を
黒の地球で塗りつぶす瞬間のようにも見え
白く見せることで、太陽を隠す日食のようにも見える。
太陽と月を喰っているのは、黒の地球。
この意匠を見ても、誰も地球だとは分からないだろうし。
黒の地球が塗りつぶしているものが
月と太陽を現しているともわからないだろう。
この世界に日食も月食もないのだから。
この世界の神を象徴する、月と太陽に影をさすものなど
この世界には存在しない。
誰もが、神を身近に感じることができるこの世界で
僕達は、その理の外にいる。
だからこそ、カイルはチーム名を
【ル・ディラーフェイル・カディリア:】とした。
その真の意味は、【神ではない】【神に非ず】
エンディア神が創ったとされる
残酷な魔法の犠牲者である僕達は
彼女を神とは認めない。
その光は希望ではない。
夜明けではなく、そして闇を照らす月でもない。
神の救いなどいらないという拒絶。
この世界を認めないという想い。
そして根底にあるのは
何者にも縛られることはないという意思。
チーム名に、太陽を指す言葉を入れなかったのは
カイルなりの配慮だったのかもしれない。
花井さんの伴侶のリシアさんは
サーディア神を信仰していた人だから。
カイルが想いを形にした理由。
その気持ちは、痛いほど理解できる。
この世界に縛り付けられながらも
僕達が切望するもの……。手に入らないからこそ
花井さんは、この場所に故郷を刻み
カイルは、自分の背に女神を刻んだ
それは、決して消えることのない望郷。
僕達が、日本人であることの証明。
何千年生きようが、僕達はこの世界を受け入れることはない。
受け入れることができない。
だから、花井さんはリシアをつくり帰る場所と定め
カイルは花井さんが残した桜を守る場所と定めた。
リシアの守護者という二つ名がつくほどに
カイルは、リシアを愛したんだ……。
「……」
それでも。それだけ、リシアを大切に想っていても
それでも……。カイルは、このエンブレムを背負うのをやめなかった。
オウカさん達が、エンブレムを変えてはどうかと話しても
サクラさん達が涙を見せても、それだけは絶対に譲らなかった。
優しさや、愛しさだけでは
僕達の欠けてしまった魂の傷は塞がらないから。
このエンブレムは、【かなで】が【かなで】であるために
必要なものだったのかもしれない。
【僕】が【僕】であるために、人を助けるように……。
僕はこの時に、ガイアを継ぐ覚悟を決めた……。
そして、リシアを守っていくという覚悟も同時に決めた。
僕はカイルの弟子らしいから。
なら僕は、カイルの弟子らしく
カイルの遺志を継ぐ者として、このエンブレムを身に纏う。
世界最強を継ぐものであり
リシアの守護を託されたものとして
僕の……。
そして、リシアの敵となるものを排除していくために……。
かなでとは違う意味で、このエンブレムを背負う事になるけれど。
この世界に唯独り、ガイアを背負うものとして僕はここに有る。
「僕達の敵に、救いなど与えない……」
手にしたマントを広げ、身に付け
内側のボタンを留めていく。ベッドに立てかけてあった
漆黒の杖を右手に持ち、魔法で姿と魔力そして気配を消してから
闘技場の観客席へと転移した。
闘技場の屋根の上に座り、全体をなんとなく見渡す。
屋根があるのは、特別席として作られた場所だけで
特別席は、他国の王族や貴族を迎える時に使われるようだ。
今回は、ギルド職員たちが色々と準備する場所として解放されている。
忙しなく動くギルド職員を目に入れながら、僕は僕の準備を進める。
「セツナ」
「……」
セリアさんの呼びかけに、答えることはせず視線だけを向ける。
「どうして、舞台に魔法をかけているノ?」
「……」
「ここからだと、魔法を阻害されるはずなのに
どうして、セツナは魔法をかけることができるノ?
ギルド職員は、観客席でも魔法や、魔道具を使ったりできるようだけど
セツナはギルド職員じゃないのに?」
「僕が、この場所で魔法を使えるのは
僕に、魔法を使う権限があるからですよ」
「どうして?」
「……」
セリアさんの質問には答えず、淡々と準備を進めていく。
「何の魔法をかけているノ?」
何処か不安げに、無理やり僕に視線を合わせてくるセリアさん。
「殺さない為の魔法を」
「殺さない?」
「そうです」
じっと僕を見つめるセリアさんに、言葉を足して説明していく。
「ヤトさんが僕に殺すなと言っていたでしょう?」
「ええ」
「だけど、正直殺さない自信がない」
「……」
「殺さないように、手加減はしますが
それでも、何かの拍子に死んでしまうかもしれませんから」
「そんな魔法があるの?」
「拷問魔法の1つですけどね。
腕を落とそうが、足を落とそうが
体を串刺しにしようが、死ぬことができない魔法。
さすがに、首を切断すると死んでしまいますが……」
「……」
「心臓を突き刺したぐらいなら
かろうじて一命はとりとめることができるようです。
その後に、回復魔法をかけてもらう事ができたら
死ぬことはありません」
「死ぬことができない魔法なのね。
苦しみを長引かせるための……」
「そうです」
「そう……」
セリアさんはどうして、そんな魔法を知っているのかとは
聞いては来なかった。
「……」
「僕は拷問に使うわけじゃないですよ。
殺さないために使うんです」
「うん」
「まぁ、死んだほうがましだと思うかもしれませんけどね」
「どういう意味?」
「失ったものを回復させる魔法ではありませんから。
腕や足を落としてしまえば、元に戻ることはありません」
「……」
「冒険者として働くには
致命的な怪我となりますね」
「セツナ……」
「アルト達が来たようですよ」
舞台に参加者が集まってくる中
同盟を組んでいるチームの人達は
僕が来る前から、観客席に座っていたけれど
アルト達は、待ち合わせをしていたために
少し遅れてきたようだ。闘技場を見てキラキラと輝いていた目が
今は不機嫌に細められ、最前列に座って拳を握っている。
「アルトが怒りに震えているワ」
セリアさんの言葉に、苦笑を落とし
アルトが必死に、周りの声に耐えているのを見る。
僕が、舞台の声が観客席に届くようにかけた魔法によって
届いた言葉に、アルトが席を立とうとするがアギトさんによって
止められていた。
「どうして声を届けるようにしたの?」
「彼等の声を届けようと思ったのではなく
僕の意思を伝えるために、魔法をかけたんですよ。
戦闘中、話をすることもあるでしょうから」
「ああ……なるほど」
「僕の目的は、冒険者達を黙らせる事ですからね」
「そうね……」
その他にも、カイルの情報が舞台へは届かないようにだとか
舞台の上では、カイルの事を口にできないようにだとか
細々とした魔法をかけていく。
多分、このエンブレムを知っている人間は
僕と戦う事を躊躇するだろう。
だけど、逃げてもらっては困る奴らもいる。
逃がさないための魔法を丁寧に舞台へと刻んでいった。
考えていた魔法をすべて刻み終わり
色々と装備に手をくわえながら、時間が来るのを待つ。
ヤトさんが姿を見せたことで、ざわついていた会場が
波が引くように、静かになっていく。
「さて、そろそろ行こうかな?」
「セツナ」
背中を向けて座っている僕に、セリアさんが静かに僕の名を呼んだ。
セリアさんはずっと、僕に何かを告げたそうにしていた。
僕の後ろに座って、僕が準備するのを見ながら
悩んでいるのを知っていた。
その何かに僕は気がついていたけれど。
あえて何も言わなかった。気にしたところで結果が変わるわけでもない。
「セリアさん。
セリアさんは、僕の傍に来ないようにしてください」
「……」
「アルトの傍に居てください。
アルトの傍が一番安全です」
僕の言葉に、セリアさんが苦笑を浮かべるが
すぐにその笑みも消してしまう。
「セツナ……」
「大丈夫ですよ」
「……そうじゃなくて」
「大丈夫です。
僕の力をみて、全ての人が僕を恐れるようになったとしても
僕にとってはどうでもいいことです」
セリアさんが息をのみ、小さな声で呟いた。
「気がついていたの?」
「カイルの噂を追えば
それなりに気がつくことですよ」
「だけど」
「アルトが僕を恐れるようになったとしても
僕が選んだことだから。誰も恨むことはありません」
「セツナが、独りになってしまうかもしれないワ」
セリアさんが、声を震わせ僕に告げる。
「それはそれで、いいんじゃないでしょうか」
「どうして……」
僕が振り向くと同時に、透明な涙を落とすセリアさんを見て
彼女の頬に手を当てる。
純粋に僕を心配して泣いてくれる彼女。
彼女の態度に、時折ここに心を残してしまうんじゃないかと
不安になることがある。
その心配事の半分が、僕のせいだとわかっているだけに
罪悪感を覚える。
「大丈夫。
アルトはそう簡単に怖がったりしませんよ」
「……」
「反対に、喜んでくれるんじゃないでしょうか?」
「フフフ……そうかもしれないワ」
「それに、クッカもフィーも
きっと僕を怖がらずにいてくれます」
「そうね」
「セリアさんも、彼の元へ行くまでは
僕の傍に居てくれますよね?」
僕の言葉に、セリアさんが少し驚いた表情を作り
そのあと、綺麗に笑って僕を見た。
「もちろん、傍に居るワ。
彼の元に送ってもらわないといけないモノ」
「そうですね」
「そうよ」
「だから、独りにはなりません。
大丈夫です。心配はいりません」
「うん……。そうね」
会話も途切れたところで
会場に設置されてある時計を見てから立ち上がる。
簡単に服装を整え、マントの裾を軽くはたいて
汚れを落としてから、視線を舞台の方へと向けた。
「セツナ、行ってらっしゃい」
真直ぐ、真剣な眼差しを僕にくれるセリアさんの顔を
僕も真直ぐにみて、返事を返す。
「はい。行ってきます」
その返事と同時に、魔法を展開し舞台へと移動した。
だから、その後のセリアさんの言葉が僕の耳に届くことはなかった。
「ずっと……一緒に居ることができたらいいのに……」
その言葉と同時に、落ちた涙を僕は知らない。





