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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』

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『 ミッシェルと風の精霊 』

【ウィルキス3の月23日:セツナ】


 張りつめていた空気が緩み。

子供達がホッと息をついた音が聞こえる。

その音と重なるように、今まで黙って成り行きを見守っていた

ミッシェルが自分の父親を呼び、その声に皆がミッシェルの方を見た。


「お父さん」


「なんだ?」


「私も冒険者になりたい」


ミッシェルの突然の告白に、アルト達の表情が驚きに染まるが

黒達もそして黒のチームの人達も驚いた様子がなく

一番、動揺を見せそうな彼女の両親はどこか

覚悟を決めたような目をミッシェルに向けながら

彼女が話し終わるのを待っていた。


「私も世界を見たい。

 ハルには届かない、お菓子を探して食べてみたい。

 その作り方を知りたい。だから、私は冒険者になりたい」


父親の前に座り、真直ぐ揺るぎない瞳を自分の両親へと向け

明確に、冒険者になりたい理由を告げる。


「冒険者は危険な職業だと理解しているのか?」


「ここで、アルトをずっと見ていたわ。

 今の私では無理だけど、挑戦せずに終わりたくはないの」


「ミッシェルは、お菓子屋を継いでくれると

 考えていたが」


「お兄さんが継いでくれるわ」


「知っていたのか?」


「こっそり、お菓子を作ってるのを何度か見ているもの。

 子供の頃に、お菓子屋なんて継がないって宣言したのを

 後悔しているのも知っているわ」


「そうか」


彼女の両親が、何とも言えない表情で笑う。

そして、一度息を吐き出し真剣な表情で

ミッシェルを見つめた。


「冒険者になることを許すには条件がある。

 登録するのは、16歳になってから。

 学院には必ず行く事。武器は弓を使う事」


あっさりと、父親が許したことに

ミッシェルの方が驚き、父親から視線を外し

母親を見て、母親が頷いたのを確認してから口を開く。


「許してくれるの?

 どうして弓? 弓は子供の頃から訓練しているから

 使えるけれど……私は剣を習おうと思っていたのに」


「本当は、冒険者になってほしくはないが

 ミッシェルの進む道に、口を出さないと約束しているからね」


「誰と?」


「ミッシェルに祝福をくれた精霊と約束したからね」


「え?」


「ミッシェルが生まれた朝、風の精霊が

 君に会いに来た。とても嬉しそうに愛おしそうに

 ミッシェルを見つめ涙を落としていた。

 ずっと待っていたのだと。ずっと逢いたかったのだと。

 綺麗な涙を落とした光景を、私達は忘れることができない」


「……」


「見ているこちらが胸を締め付けられそうなほどの

 感情を表情に乗せて、ミッシェルをじっと見つめていたよ」


「え……」


小さな声と同時に、ミッシェルの瞳から涙が落ちる。


「どうして?」


次から次へと溢れる涙に、ミッシェルが動揺する。


「無理に止めようとしないで

 泣いてしまうといいのなの」


フィーがミッシェルの傍へと行き

その頭をそっと撫でた。


「その涙は、今の貴方ではなく

 魂に刻まれた記憶がそうさせているのなの。

 精霊の契約者であった貴方の記憶が魂の奥底で

 精霊の存在を思い出しているのなの」


「私は、なに、も、おぼえていない、です」


「それでいいのなの」


「だけど、風の精霊、は、私に会いに来てくれた、んでしょう?

 覚えていない事が、なぜか、とても苦しくて、悲しいの」


「仕方がないのなの。

 私達は、その事を理解して契約を結ぶのなの。

 精霊にとって初めての契約者が大切なのは

 ずっとその魂を見つめ続ける相手でもあるからなのなの」


「それは、とても、哀しい……」


「寂しいけれど、哀しくはないのなの。

 相手が忘れてしまっても……私達は覚えているのなの。

 そして、生まれ変わって来るのを楽しみに待っているのなの。

 契約した人間の魂は生まれ変わっても

 私達にその輝きを届けてくれるのなの

 だから、風の精霊もあなたに会いに来たのなのなの」


「……」


ハラハラとミッシェルが流す涙をサフィールさんがじっと見つめる。


「いつか必ず、別れは来るのなの……」


フィーが寂しそうにそう言葉を落とすと

サフィールさんがフィーへと視線を向けた。


「当分先なわけ」


サフィールさんが、肩をすくめながらそう呟いた。

暫くして、ミッシェルの涙が落ち着き始め

ミッシェルが言葉を紡ぐ。


「私は、風の精霊に会えないの?」


「それは、僕には分からない」


ミッシェルがフィーへと視線を向けると

フィーが頷いてから答える。


「会えないのなの。

 精霊にも決まりごとが沢山あるのなの」


「そうなんですね」


フィーがチラリと、違う方向へと視線を向ける。

そして小さく頷くのを見た。


「貴方には精霊を感じることができないけれど

 精霊は、たまに貴方の様子を見に来ているのなの。

 だから、精霊は寂しくないのなの。

 貴方が生きている事が、精霊にとっては大事なのなの」


「何時か。フィーさんが

 私に祝福をくれた風の精霊さんに会う事があったら

 あったら……。ありがとうと伝えていただけますか?

 それから、覚えていなくて、ごめんなさいって……」


そう言ってミッシェルが最後の涙を落とす。


「きっと伝えてあげるのなの」


そう言って、フィーがとても優しい顔で笑った。

その表情に、サフィールさんが驚いている。


『風の精霊が、ミッシェルを助けてくれて

 ありがとうって、セツナに伝えてほしいと言ってきたのなの』


「どういたしまして」


僕の呟きに答えるように、僕の傍で空気が揺れた。

僕の声に、サフィールさんが僕を見てフィーに視線を戻し

嘆息している。きっと、フィーの笑顔の理由がわかったのだろう。


フィーは風の精霊の為に、ミッシェルに笑顔を見せたという事に。

ミッシェルが落ち着いたところで、彼女の両親が話を続ける。


「風の精霊が教えてくれた。

 ミッシェルは、きっと世界へ羽ばたいていくとね。

 だから、私達はギルドに赴き物心つく前から弓の使い方を

 学べるように申請し、家の庭でのみ弓を扱っていいと了承を得た」


「だから、弓を外に持ち出すことは禁止だったのね」


「リシアには、武器を所持する場合の法律があるからな。

 その適用を外してもらって、家の庭のみという形をとってもらった。

 それは制約として、ミッシェルに刻まれている」


「だから、誰にも話してはいけなかったし

 家の外で弓を引こうとしても引けなかったのね」


「そうだ」


「制約は外すことができるの?」


「法律を順守することを守れば、外してもらう事ができるが

 暫くは外すつもりはない」


「そっか。どうして弓だったの?」


「風の精霊が、ミッシェルには弓の才能が有るからと。

 それと、ミッシェルが前世で使っていた弓を頂いたからだよ」


「え?」


「その弓は、魔法の弓らしく

 自分の魔力を与えることで魔力を矢に変え

 絶対に外すことのない矢を撃つことができる

 ミッシェルだけの武器らしい」


「……」


「ただ、魔法の矢は無限に撃てるわけではなく

 最高で1日10本撃てればいいほうだと聞いた。

 必ず的中するが、その威力や狙いは弓を扱う技術

 魔力を制御するための武器の使い方を熟知しなければ

 普通の矢を射るより威力は落ちるらしい」


「努力が必要ってことね」


「そうだな」


「そっか……。

 私は、冒険者になる」


「わかった。努力しなさい」


「うん」


ミッシェルが淡く笑い小さな声で「ごめんなさい」と

両親に告げ、ミッシェルの両親は首を横に振り

ミッシェルの人生は、ミッシェルのものだからと優しく笑った。


そんなミッシェル親子の様子を、ロガンさんが何かを思案するように

眺めていることも、ロイールがそんなロガンさんを見て開きかけた口を

閉じたのを僕もそしてアルトも目にしていた。


ミッシェルの視線が、両親から僕へと移動する。

ゆっくりと僕の前まできて、真直ぐ僕を見つめた。


「セツナ先生。いえ、セツナさん。

 将来アルトが居ても居なくても

 私は暁の風に入れるように頑張ります!」


「え?」


アルトが居なくても、僕のチームに入るの?


「自分の売り込みは禁止らしいから

 今は、暁の風に入るんだって意思表示だけだけど」


そう言ってはにかむように笑うミッシェルはとても可愛らしく

クロージャがそんなミッシェルを熱心に見つめているのを

酒肴の女性達が気がついて、ニヤリと笑っている。


女性達の笑みを見て、気の毒そうな視線をダウロさん達が

クロージャに向けていたが、アルトがその空気をぶった切るように叫んだ。


「どうして、俺が暁の風に居ないっていうんだ!」


そして、アルトの怒りが再燃していた。


「アルト。例えよ例え。

 アルトはずっと暁の風に居るんでしょう?」


「いる」


「なら、怒ることないでしょう?」


「嫌なものは嫌なんだ!」


「じゃぁ、もう言わないから許してくれる?」


「わかった」


ミッシェルがあっさりと謝り。

アルトもあっさりと許す。


この2人は、なかなか気が合うのかもしれない。


「本当に冒険者になるの?」


「なる」


「俺は、お菓子屋さんになったほうがいいと思うけど」


「アルトが、色々な美味しいものを食べたいように

 私も、世界のお菓子を食べてみたいもの」


「そっかー」


「そうなの」


それで納得しちゃうんだ……。


「どうして、俺がいなくても暁の風なの?」


「男の子と違って。

 女の子は命の危険と

 身の危険に関しても注意しなければいけないから」


「身の危険?」


「結婚するまでは、清い体でいたいもの」


「清い体??」


アルトが首を傾げ

お茶を口に入れていた、酒肴の数人がお茶を噴き出し

ルーシアさん達がきたないと、頭を殴っている。


セイルはアルトと同じように首を傾げ

クロージャとワイアットとロイールは心なしか

顔を染めていた。


「女の方が現実的なわけ……」とサフィールさんがぼそっと呟き

アラディスさんが「大切な事だよね」と深く頷いている。


「セツナさんのチームなら

 安心して、旅ができそうだから」


「ふーん」


結局考えても分からなかったのだろう。

安心して旅ができるからという理由に落ち着いたようだ。


「暁の風に入れなかったらどうするの?」


「そうならないように努力するけど。それとは別に

 もし、暁の風のチームの方針が

 食べることから離れて、戦闘を主にしていくのなら

 酒肴にはいれるように頑張る」


「え? 暁の風のチームの方針は食べる事なの!?」


「え? だって、依頼を受けないで魔物を食べ歩いているんでしょう?」


「うん」


アルト! そこで納得しないでくれるかな!?

食べ歩いてるのは、アルトだけだから!


「なら、チームの方針は食べる事よね?」


「そうなのかな?」


「そうだと思うけど」


2人そろって首をかしげている。

そんな2人を見て、アギトさんが「面白い子だな」と言って笑い

バルタスさんが「わしのチームでよければ、いつでも歓迎じゃ」と頷き

ミッシェルの両親が、困ったようにミッシェルを見ていた。


「師匠! 俺のチームの方針ってなに?

 ミッシェルが言うように、食べる事?」


結局、自分で考えても答えが出なかったんだろう。

もともと、方針なんてものはないのだから考えても出てくるはずがない。


「アルトがそれでいいのなら

 それでいいよ」


「えー。酒肴と同じになるから違うのにして!」


「違うのにしてって言われても……。

 アルトは食べる人にもなりたいのだから

 同じでいいと思うよ」


「嫌だ!」


酒肴の人達が、アルトに「一緒でいいだろう一緒で」と口を挟み

「いっそ酒肴にはいればいいと思うぞ」と言われ

アルトが全力で拒否を示していた。


「師匠! 絶対に違うのにして!!」


「今決めなくてもいいでしょう?」


「えー。今決めようよ」


「今決めるの?」


「うん。今決める」


「そうだなぁ……」


アルトが尻尾を揺らしながら僕の言葉をまつ。

方針といっても、僕とアルトの2人だけのチームなのだから

いらないような気がするけど。アルトの未来を考えるなら

アルトが興味を持ちそうな、そしてクロージャ達も何かを

追い求めることができるような、そんなものがいいかもしれないなと考える。


「アルトは以前、美味しいものを探してみたいって言っていたよね?」


「言った!」


少年達の想像や興味をかきたてるものは何だろうと考え

1つ思い浮かんだ。


「この世界の半分は、未知なる領域だと

 言われているんだよね」


多分、カイルはあちらこちらに行っていると思うけど。

黒のチームでも、簡単に足を踏み入れることができない場所が

この世界には腐るほどある。勇者を召喚しているガーディルでさえ

手つかずの森があるほどだ。


地球でも未だに、新種の動物やら植物が発見されていた事を考えると

この世界は、地球とは違って竜もいるし精霊もいるし神もいるようだ。

僕が想像することができないほどの謎に満ちているし

解き明かそうと調べても、謎が謎を呼ぶだけで放置しているものも多い。


何が理由かわからないけれど、文明が滅びた形跡があったり

花井さんが生きていた時代には、北の大陸に行く事すらできなかったり

強い魔物に滅ぼされた国もあったらしいし、ごっそりと生態系が

変わっている場所もあるようだ。


魔物が溢れ、一度に数国跡形もなく消滅したり

守り切れず、国民の大半が死亡したりと人間が数を極端に減らす

出来事も起きている。魔物が溢れた時、カイルはどうしていたのかと

気になって調べてみたことがあるけれど

寝て起きたら国がなくなっていたという情報しかなかった。


小規模の魔物の氾濫は、ここ数十年でも何度かおきており


小規模といっても、数百人単位で人が死に

積み重ねたものが一瞬で消えていく。


ガーディルでも、僕の前の勇者が善戦したようだけれど

それでも、城下町が破壊されたらしい。


勇者1人が強くても、魔物を滅ぼすのは難しく

魔物の領域から削り取った土地を維持するのもまた難しい。


勇者といっても、その魔力量や能力は様々だったようで

なかには、魔力を持っていなかった勇者もいるし

能力が戦闘向きではない勇者もいた。


そのような勇者に限って短命だ。

僕からしてみれば、国の発展に貢献できると思われる

能力者も数年で命を落としている。ガーディルの勇者召喚の目的は

戦闘だけに向けられているのだろうか……。


魔力量が一番多かった勇者は花井さんで

その次に多かったのが、十何代目かの勇者。

そしてかなでが3番目に入っていたようだ。


花井さんとかなでの魔力量を比べると

その差は歴然として違ったらしく、花井さんは全属性が使えたのに対して

かなでは、全属性は使えなかったらしい。


全属性が使えるようになったのは

花井さんから全てを受け継いでから。


僕の頭の中に残されている勇者の記録には

全属性を使えたのは花井さんと十何代目かの勇者のみ。

代を重ねるごとに、その魔力量は減少している。


今の勇者のアシェリーの魔力量は、多分、リオウさんより少し上ぐらいだ。

それでも、この世界の人間に比べるとはるかに多い。


勇者の魔力量が、召喚者の魔力量と何かしら関係があるのなら

これから先、勇者といえども魔物との戦いは苦戦するかもしれない。

現に、アシェリーは魔物との戦いで大けがを負っていた。


フィーと使い魔の話をした時にも感じたけれど

人間の魔力量は、時がたつごとに減少傾向にあるみたいだ。

今は使えなくなった魔法。失われたと思われている魔法も数多くある。

なのに、ガーディルより向こうの土地では魔物が強くなっている可能性が高い。


この先人間は、魔物との生存競争が激しくなっていくかもしれない。


「師匠?」


アルトの呼びかけに、思考が脱線したことに気がつき

何でもないと告げてから、話を続ける。


「人の手が入っている領域でも

 新しい薬草が見つかったり、魔物が見つかったりもするし

 突然強い魔物が住み着いて、何百年もその場所に入れなくなり

 生態系が変わっていく場所もある」


「……」


「なら、人が足を踏み入れたことのない領域や

 生態系が変化した場所には、何があるんだろうね?」


僕の言葉に、アルトの目が冒険者としての光を見せる。

アルトと同じく、セイルとクロージャも心の琴線に触れるものが

あったのか顔つきを変えた。


それは、セイル達だけではなく黒達も同様だ。


「誰も見た事のない生物。

 誰も戦ったことのない魔物。

 誰も口にした事のない果物や野菜。

 難病を治すことができるかもしれない薬草。

 そういったものが、もしかしたら見つかるかもしれないし。

 見つからないかもしれない」


「新しい果物」


「新種の薬草」


ミッシェルとワイアットの目の色も変わる。


「師匠」


アルトが、興奮からか一度体を震わせ

その瞳を期待と希望に染め上げる。


「ただ。未知なる領域と呼ばれる場所は

 人が入らなかったのではなく。入れなかった場所なんだ。

 それがどの様な意味を持っているのかはわかるかな?」


「危険な場所だという事だよね」


「そう。もし、その領域に踏み込もうとするのなら

 沢山の知識を頭に詰め。臨機応変に行動できる力を養い。

 そして、生き抜く戦闘力がどこのチームよりも必要になって来る」


「……」


「今のアルトの強さでは全然話にもならない。

 黒達でさえ、未知の領域には十分準備してから望む」


アルトの視線がアギトさんをとらえると

アギトさんが深く頷いた。


「ギルドのチームの中で

 一番未知の領域に踏み込んでいるのは月光だよ」


「本当?」


「本当だな」


アギトさんが迷いなく頷く。


「月光は、強い敵と戦う事が目的だからな。

 それでも、人が手を入れた領域からそう奥へ行けない。

 言葉にすると、魔物の世界という言葉がしっくりくる場所だ。

 人が手を入れた領域から、少し進むだけで空気が変わる」


「うおぉぉ! ぞくぞくする!!」


え? そこは、恐怖を感じるところじゃないの?


「魔物の領域では、野営ができないしな」


「どうして?」


「結界石の力よりも強い魔物がいるからだ」


「なるほど。でも、それは大丈夫。

 師匠がいるから。どこでも、野営できる」


「ああ。確かにな……。

 ククク。楽しくなりそうだ」


「え? なんで、アギトさんが楽しいの?

 楽しいのは俺なんだけど!」


「一緒に行くにきまってるだろ?」


「嫌だ!」


「なぜだ!?」


「邪魔だからにきまっているでしょう!?」


アルトの言葉に、大先生やオウカさん。

セイル達やミッシェルも目を丸くしてアルトを見た。


普通ならば、頼んででも同行してほしいと思う場所なのだ。

強い人間が増えれば増えるほど、生存率が上がるのに

アルトは邪魔だとはっきりと言い切った。


「邪魔……」


「絶対、俺の邪魔をするにきまってる!」


「邪魔はしないと約束する!」


「魔物にとどめを刺そうとするでしょう!?」


「当たり前だろ?」


「アギトさんが止めをさしたら

 俺が、その魔物を食べれなくなるじゃないか!」


「あぁ……」


どういう意味なのかと、酒肴の人達が口にして

ビートやエリオさん達が説明していた。


「師匠から、所有権を奪うだけでも大変なんだ!

 そこにアギトさん達が入ったら、余計に大変になるじゃないか!

 この間なんか、トナマイカタを食べ損ねたんだから!」


「トナマイカタ?」


「そう、トナマイカタ!」


アギトさんが聞き返し

アルトが頷きながら同じことを告げる。


一瞬部屋の時間が止まったように感じるが

すぐに、騒がしい声に時間が戻る。


「はぁ!?」


「なんてものを、食べようとしているのよ!?」


「あれを食べようとか、おかしいだろ!!」


「ない! 絶対ない!」


「悪いことは言わない。やめておけ!!」


アルトが口にした魔物の名前を理解したとたん

あちらこちらから一斉に、食べるのはやめろという声が飛ぶ。


剣と盾の人達は、信じられないものを見るようにアルトを凝視していた。


「なんでだよ! 触角があるだけで貝とそう変わらないでしょう!?」


「いや、どう考えても違うだろう!?」


トナマイカタを知っているサーラさんや

リオウさんは「ありえない」と呟きながら両腕を摩っている。

どうやら鳥肌が立っているようだ。セイル達はしらないのか

どんな魔物だと首をかしげていたので

空中に、トナマイカタを立体で表示させると


ジャネットとエミリアは走って

大先生の後ろに隠れ、セイル達は閉口した。


簡単に言ってしまえば、カタツムリにそっくりな魔物だ。

大きさが全く違うけれど。


「冒険者って、これを食うのか?」


セイルの言葉に、ほとんどの人が「食わない!」と声を揃えた。


「もうちょっとで、俺が止めを刺すことができたのに!

 師匠の魔法が飛んできて吹っ飛ばしたんだ!!」


「だって、僕もこれは食べたくないよ……。

 絶対美味しくないと思うし、それ以前に口に入れたくないよ」


皆が同意するように頷く。


「食べて見ないと分からないでしょう!?」


「エブハリは美味しくなかったでしょう?

 絶対、トナマイカタも同じ仲間だと僕は思うんだよ」


「エブハリが美味しくなかっただけなんだ!」


トナマイカタを消し、エブハリを表示させると

ミッシェルが顔色が青くして、フラフラと自分の両親の傍へと行き

「あれを食べたの?」と小さい声で呟き、ミッシェルの母親は目をそらしていた。


エブハリは、巨大なナマコに似ている。

地球のナマコは、食用として美味しく食べることができるらしいが

巨大化したナマコに似た魔物は、気持ち悪いとしか言いようがなく

全く美味しくなかった。


「アギトさんは、トナマイカタの止めを俺に刺させてくれる?」


アルトの言葉に、サーラさんがアギトさんを呼んで首を横に振っている。


「これは……私達も食べることになるのか?」


「当たり前でしょう? チームのご飯になるんだから」


「……」


「……」


「……」


「将来、俺達も食わないといけないのか?」


ワイアットが顔色を悪くしながらエブハリを見て言葉を落とした。


「食べたくない魔物を見たら、全力で止めを刺しに行かないと

 食べる羽目になるんだな……?」


クロージャがワイアットの言葉に頷きながらため息をついた。


「弓の腕を磨かないと……。

 魔法の矢の使い道が、ほとんど決まったような気がする」


ミッシェルが違う方向で決意を固めている。


「暁の風……半端ねぇ……」


最後にセイルがそんなことを言うが

アルトと一緒にしないでほしいのだけど。


セイル、クロージャ、ワイアット、ミッシェルが視線で会話し

深く深く頷いた。バルタスさんとエレノアさんがそんな子供達の

様子を見て小さく笑い。セイル達の傍で、ロイールが寂しそうに

彼等を見ていた。


「未知の領域なんて、誰も食べたことのない魔物が

 いっぱいいるんでしょう? なら、一番最初に俺が食べるの。

 止めは俺がさすの!」


「そ、うだな……」


「アギトちゃん!!」


アルトの剣幕に、アギトさんが押されている。

そんなアギトさんを、サーラさんが悲鳴に近い声で叱咤する。


「ただ、手加減ができなくて

 止めを刺してしまうかもしれない」


苦し紛れのいいわけをアギトさんが告げるが

アルトのほうが一枚上手だ。


「それを俺にくれたら問題ないよ!」


「……」


何とも言えない表情で、アルトを見るアギトさんを見て

笑いをこらえながら、助け舟を出す。


「アルト。それは駄目だよ」


「えー」


「新種の魔物は高く売れるんだから」


「そっかー。

 やっぱり、アギトさん達とは一緒に行かない」


アギトさんが途方に暮れた様な表情を作るのを見て

サフィールさんが珍しく同情的な視線を向け

「僕もあれは食べたくないわけ」とエブハリを見て苦笑した。


「その話はとりあえずおいておいて」


「大切な事でしょう!」


「大切なことだけど

 アルトが未知の領域に行けるのは当分先だからね」


「なんで?!」


「その強さで行けるわけがないでしょう?

 知識を深め。判断力を高め。戦闘能力を磨く。

 今は、沢山の魔物と戦って経験を積んでいく。

 その先にあるのが、暁の風が目指す場所」


不満そうにアルトが僕を見るけれど

何もいう事はなかった。アルト自身も分かっているのだろう。


「そんな感じでどうかな?」


「そんな感じ?」


「暁の風の方針」


「そうだった!

 俺はそれでいいと思う。

 いや、それがいい! 俺は絶対誰よりも先に

 いろんな魔物を見つけて見せる!」


未知への領域の話は、アルトだけではなく黒や黒のチームの人達の

心の琴線にも触れたようで、静かに高揚していく様子が伝わってくる。


ざわざわと揺れる部屋の中で、ジャネットとエミリアが

そっとミッシェルの服を引っ張り、ミッシェルが気がついて

笑いかけながら2人を見た。


「どうしたの?」


「本当に、冒険者になるの?」


「うん」


「セイルもクロージャもワイアットも

 冒険者になって、ミッシェルもなるなら

 私達もなろうかなぁ」


ジャネットの言葉に、ミッシェルが笑みを消す。


「それは駄目だよ」


「……どうして?」


「ジャネットとエミリアの夢は

 お菓子屋さんで働く事でしょう?」


「だけど……。

 みんな冒険者になるんでしょう?

 私達も一緒がいいな」


「私達が冒険者になるから

 エミリア達も冒険者になる。

 その選択は、間違っていると思うわ」


「でも……」


ミッシェルとエミリア達の会話に

周りが気がついて、動向を見守っている。

それは、アルトやセイル達も同じだった。


「ねえ。ジャネットもエミリアも本当に冒険者になりたいの?」


「……」


「……」


2人は項垂れて何も言わない。

だけど、冒険者にならないという選択もできない。


今まで一緒に過ごしていた家族が。

そして、仲良くなった友人が一斉に羽を広げ飛び立っていくようで

不安になったのだろう。


「だって。寂しいよ」


「みんな、ハルからいなくなったら寂しいよ」


ジャネットとエミリアが、ホロホロと涙を落とす。


「私達も、みんなと一緒にいたいよ。

 アルトやミッシェルやセイル達とずっと一緒にいたい」


まだまだ先の事なのに、自分達の友人が旅立つ時を想像して

2人は寂しいのだと泣いている。素直に、寂しいから置いていかないでと

自分の気持ちを大切な友人に伝えている。


ミッシェルもクロージャもセイルもワイアットも

そんなジャネットとエミリアを見て、そっと視線を伏せた。


そんな子供達の情景を、周りの大人は優しく目を細めて見守っていた。

誰でも一度は通る道。どれだけ仲が良くても、進むべき道はいつか違う。


そして、寂しいと素直に言葉にし泣けるのも子供達の特権だ。

年を重ねるごとに、感情を素直に見せることが難しくなっていくから。


優しく愛おしい時間がゆっくりと過ぎていく。


「もう。今から泣いてどうするの?

 冒険者になると決めたけど。今から努力するけれど。

 もしかしたら他の道に進むかもしれないし。

 ジャネットとエミリアも、もしかしたら好きな人ができて

 他国にお嫁さんに行ってしまうかもしれないじゃない」


ジャネット達につられたのか、ミッシェルも涙を落とす。


「未来はわからないけど。それでも、私達はいつか違う道を歩かなければ

 いけない時が来る。だからこそ、ジャネットもエミリアも自分だけの道を

 見つけないといけないわ」


「うぅ、でも。でも」


「私達と一緒に冒険者になっても

 ジャネットもエミリアもきっと人生を楽しめない。

 セツナさんが、話していたでしょう?

 自分の人生は、自分が責任をもって

 最初から最後まで決めないといけないって。

 ジャネットとエミリアには叶えたい夢があるでしょう?」


「ある、けど」


「……」


「私が冒険者になって

 ハルを旅立つ時が来ても。

 私の帰る場所はここなの。

 頻繁に会えなくなるのは寂しいけど。

 永遠に会えないわけじゃない。ちゃんと帰って来るもの」


「暁の風の、拠点は、ハルじゃ、ないんでしょう?」


エミリアの言葉に、ミッシェルがアルトを見て

アルトは僕を見た。


「暁の風の拠点は、今のところリペイドになっているかな」


項垂れる2人を見て、アルトがため息を一つ落とす。


「師匠、俺はハルにしてもいいと思う」


「それでいいの?」


「うん。北の大陸に居る時の拠点はリペイドで

 南の大陸に居るときはリシアにすればいいんじゃないかなぁ」


「ならそうしようか」


「うん」


「リペイドにも家があるわけ?」


「はい。ラギールさんが僕とアルトの帰る場所を残してくれました」


「そうか」


「ね? ハルにも帰って来るから大丈夫。

 私の家族はここに居るのだから、絶対帰って来るの」


それでも返事ができない2人に声をかけたのは

ミッシェルの父親だった。


「確かに。私もミッシェルが旅立ってしまうのを想像すると

 心が引き裂かれそうなほど辛く寂しい」


「お父さん……」


「君達の話を聞いていて思ったんだが。

 ジャネットさんとエミリアさんは、お菓子作りに興味があるのかな?」


ミッシェルの父親の問いに、2人が同時に首を縦に振る。


「なら。将来、私の店で働きながら

 ミッシェルやセイル君達を待っているというのはどうだろうか?」


「え?」


「え?」


「きっとミッシェルは、色々な国のお菓子のレシピを

 送って来るだろうから、それを私達と再現しながら

 新しいお菓子を考えたり、作ったりするのはどうかな?」


ミッシェルの父親が、2人が自分の未来へと進めるように

優しく背中を押している。


「働いてもらうからには

 学院へ行って調理師免許を取ってもらう事になるし

 お客様に満足してもらうお菓子を作るために

 厳しく指導することもあるとおもうけどね」


ジャネットとエミリアが涙を止めて真剣に話を聞いている。


「ミッシェルも含めて、君達の未来はまだ不確定なものだから

 学院へ行って卒業するまでに、沢山悩み考えるといい。

 そのうえで、君達も冒険者になりたいと思うのであれば

 努力すればいいし、もしお菓子屋で働いてもいいと思うのであれば

 私達は、ジャネットさんとエミリアさんを歓迎しよう」


「……」


「……」


「私達の店で働いてみて、自分に合わないと思ったら

 別の道を探してもいい。それは、ジャネットさんやエミリアさん

 だけではなく、ミッシェルやワイアット君達にも言えることだ。

 道は必ずしも1つではない。自分にあった道を見つけることだ」


「はい」


「はい」


ジャネット達が頷き、ミッシェルやクロージャ達も頷く。


「私の店で働く事を、ジャネットさんとエミリアさんの

 将来の選択の一つとして、覚えておいてほしい」


「私達でいいの?」


「私達でいいんですか?」


「ミッシェルと一緒に

 一生懸命取り組んでいたのを見ているからね」


何を見ていたのかは言わなかったけれど。

ミッシェル達にはわかったらしい。どうやら、子供達の秘め事のようだ。


「ありがとうございます。

 学院を卒業するまで、一生懸命考えてみます」


「私も、考えてみます。

 ありがとうございます」


「ああ。一生懸命考えて答えを出すといい」


「はい」


「はい」


自分達にも、未来につながる何かがあると知って

心情的に落ち着くことができたようだ。


ジャネットとエミリアが笑ったことで

ワイアット達が安堵したように息を吐き出す。


「ジャネットとエミリアが私の店で働いてくれるなら

 私も安心できるわ。よかったら、そのまま1番目か2番目の兄さんと結婚して

 お菓子屋を継いでくれてもいいからねっ!」


「えー」


「えー。おにーさんが可哀想」


「どうしてよ!

 まぁ、兄さん達にはジャネット達は勿体ないかな?」


「そんなことないよ」


「私達にはもったいないよ」


ミッシェルが笑いながらそんなことを言っている。

ミッシェルやジャネット達そしてクロージャ達が

どういった選択をしていくのかは、わからないけれど

彼等にとって、最善の道を選べることができたらいいと思う。


クロージャ達がエミリア達の傍に行き

まだまだ先の話なのに、何を泣いているんだとからかわれ

エミリア達は、頬を膨らませながら反論していた。


そして、クロージャ達から少し離れた場所で

ロイールは1人、眩しそうにミッシェル達やクロージャ達を見つめていた。

その輪の中に自ら入ろうとはせず、黙って眺めている。


アルトは僕の傍で、そんなロイールに視線を向けていたのだった。



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