『 僕と可憐な2人の女性 』
アルトが、半分寝ながら部屋へと戻っていくのを見送り
僕はアギトさんに誘われて、暖炉のある部屋へ移動し酒を飲む。
エリオさんは、厨房へつまみを取りに向かった。
まだ食べるらしい……。
アギトさんが、棚から酒を持ってきて僕と自分のグラスへ注いだ後
クリスさんへと渡した。サーラさんは、暗い表情で紅茶を飲んでいた。
「サーラの事は気にしなくていい」
アギトさんが、僕の視線を追ってそう告げる。
「申し訳ありません」
「セツナが謝る事はないだろう。
最初から、落ち着いたら出ていくと言っていたのだから」
「そうなんですが」
オウルさんの家から帰宅後、アギトさん達に
近いうちに、引っ越しますと言った。
何時までも、好意に甘えているわけにはいかないし
状況も落ち着いた。出ていくなら今かなと思ったからそう伝えたが
僕の言葉に、サーラさんが泣きだし理由を聞くと「出ていかないで」と告げた。
僕は、それだけの事で泣く必要があるんだろうかと思い首をかしげる。
暫くはハルに滞在するのだし、会おうと思えばいつでも会える。
そんな僕に、アギトさんが苦笑しながら
『セツナが、あれだけの魔法を使う事に巻き込まれた後だ
心配なんだろう。腹の中に子供がいる時は、何かにつけて
心配性になるのは、いつもの事だから気にする必要はない』と言っていたけど
どうもそれだけじゃないような気がする。
落ち込んでいるサーラさんの前に、ふとセリアさんが姿を見せて
サーラさんの隣で浮いていた。いきなり現れたセリアさんにサーラさんは
少し驚いていたけど、すぐに笑みを浮かべる。
「落ち込む必要なんてないワ」
「だけど……」
セリアさんは、サーラさんを慰めるつもりのようだ。
その事に内心感謝をしつつ、黙って酒を飲む。
「毎日でも、家に遊びに来ればいいのヨ」
「それでも、今までのように気軽に逢えなくなるもの」
「転移魔法で来ればすぐだワ」
「私の転移魔法は、自分だけしか飛べないの」
「サーラだけでも、いいんじゃないノ?」
「家族みんなで食事をするのが、大切なのよ」
家族……。
その言葉の意味を、考えることはせずぼんやりと2人を眺める。
「なるほどネ。
サーラは、みんなでご飯が食べたいのネ」
「うん」
俯いたサーラさんにセリアさんは、それ以上何も言わず
何かを考えるように。サーラさんの隣で浮いている。
そして何かを思いついたのか、楽しそうに口を開いた。
「なら、サフィールに頼めばいいのヨ」
「サフィちゃんに?」
「そうそう」
「何を頼むの?」
「セツナの家の庭に、転移魔法陣を刻んでほしいと
頼めばいいのヨ」
セリアさん?
僕がセリアさんを見ていると、セリアさんがこちらを向いて
ニタリと笑う。嫌な予感がする。
「サフィちゃんは、風の魔法が使えないから刻めないわよ?」
「フィーちゃんなら簡単にできるワ。
精霊は属性関係なく、転移魔法が使えるかラ」
「なるほど……。でも、ちびサフィちゃんは
きっと嫌がると思うなぁ」
「そこは、泣き落としを使うのヨ」
「ちびサフィちゃんに?」
「違うワ!」
首をかしげているサーラさんに、セリアさんは続ける。
「少し涙を溜めながら、上目づかいで見上げて
サフィールに、お願いしたらイチコロダワ」
セリアさんの言葉を、サーラさんは真剣に考え始め
アギトさんは、何を想像しているのか薄っすらと殺気を纏いながら
酒を飲んでいる。クリスさんとビート、そしていつの間にかつまみを
机の上に並べ食べているエリオさんは「いい案だ」と言って話していた。
いや、全然よくないと思いますが。
「まぁ、セツナができるから
セツナに頼むのが一番早いと思うケド」
セリアさんの最後の言葉で、全員が僕を見る。
「……」
「セツナ。私のサーラの可愛い姿を
サフィールなどに、見せてもいいとは思わないよな?」
アギトさんが一番最初に口を開き、どうでもいいことを僕に告げる。
その表情は真剣だ。そんなアギトさんを気にすることなく
サーラさんは、僕の傍に来て座り両手を胸の前で組んで上目づかいで
僕を見上げた。
「……」
「セツナ君。私はこれからもセツナ君とアルトと一緒に
朝ご飯も、夜ご飯も食べたいの!」
願いを言うのはいいけれど、その姿を僕に見せるのをやめて欲しい。
アギトさんに睨まれているんですが……。
瞳に涙を溜めながら僕に願うサーラさんの姿を見て
セリアさんが「そう! そうよ! サーラやるじゃなイ」と言っている。
やるじゃないではない!
僕が呆れたようにセリアさんを見ると
セリアさんが、笑いながら口を開いた。
「アルトの為にも、食事は大勢でとったほうがいいワ」
セリアさんの言葉に、一理あるかもしれないと思う。
最近のアルトは、人と関わることにも慣れてきた。
それは、アギトさん達のおかげでもあるし友達ができ世界が広がった
事もあるんだろうと思う。友達との出来事を僕だけじゃなくアギトさん達にも
話すのを楽しみにしているのも知っている。
「しかし……」
僕が、言葉をつづける前にサーラさんが口を挟む。
「私もアルトの話が聞きたいの……」
サーラさんが、僕から視線を外そうとしない。
アギトさんは眉間にしわを作り始めた。サーラさんは引くつもりはないようだ。
「ご迷惑じゃないんですか?」
「迷惑なんて思ったことはないわ!」
「……では、夕食だけ今まで通りでいいですか?
条件として、僕とアルトの食費を受け取ってもらえることが前提です」
「セツナ。私は黒の中で一番稼ぎがあるんだが?」
アギトさんが不服そうに告げる。
「それはそれ、これはこれですよ」
「うー……。朝ごはんはだめなの?」
「転移魔法陣を設置したら、こちらに訓練に来るんでしょう?」
僕が、アギトさんやクリスさん達を見ると当然だというように頷く。
「なら、僕達の家で食べればいいですよ。
どんな家なのかわからないので、狭いかも知れませんが」
僕の言葉に、サーラさんがやっと笑顔を見せ「ありがとう」と言って
僕に抱き付いた。アギトさんが睨んでるから、やめてほしい。
セリアさんが「よかったわね! セツナ」と言っているけど
何がいいのかわからない……。何に対して良かったと言ってるんですか?
とりあえず、アギトさんの家を出てもこの関係は続いていくようだ。
アギトさんが、サーラさんを僕から引きはがし自分の隣へと座らせる。
愁いがなくなったからか、サーラさんはエリオさんが持ってきた食べ物を食べ始めた。
「よかったのか?」
「え? 今それを言いますか?」
「いや、家の事じゃない。
遅かれ早かれ、転移魔法陣はサフィールにつけさせる予定だった」
「……」
もう何も言うまい。
「別に、アルトを学校へやる必要性はなかっただろ?」
僕達の横で、エリオさんとサーラさんの間でおつまみ争奪戦が発生している。
勝敗は、エリオさんが負けることになっているはずだ。
「エリオが言っていた通り、ギルドの学校で習う事は
全て終わっていると思うが」
「確かに、エリオさん達の話を聞いた限りでは
アルトが学ぶことはないような気がします」
「15になってから、学院に行けばいいんじゃないか?」
「それも考えましたが
多分……アルトは今、学校という場所へ行ってみたいんじゃないかと
勉強をする場所というより、友達と一緒に過ごせる場所という
考え方のほうが強いと思います」
「なるほど」
「初めてできた友達という存在と共に、何かをする。
今のアルトにとっては、勉強よりもそのほうが大事な気がして……。
僕には、そのような記憶がないので理解できているのかと言われれば
正直、よくわかりませんが……。だけど、エリオさんやビートの話を聞いていると
その時の思い出が、とても大切なものになっているんだと感じたんです。
それは、今でしか経験できない貴重なものなんじゃないかと」
「……」
「なら、暫くハルに居る間だけでも
アルトにとって、楽しい思い出を作る時間があっても
いいんじゃないかと思いました」
「思い出を作る為に学校か……。
私には、思い浮かばない発想だな」
「そうですか?」
「そうだ。普通は、生きるために学校へやる。
孤児院の子供も、ハルの子供も。特にハルでは
文字の読み書きができなければ、働き口がない。
働けないという事は、生きていけないという事だ。
貴族にしても、商人にしても繋がりを持たせるために学校へやる。
それも生きていくための手段だ」
「……」
「冒険者になったとしても、文字の読み書きができなければ
緑のランクから上がれない」
「それは知りませんでした」
「セツナは、自分で登録用紙を記述しただろう?
あれで、文字が書けない人間はそういう説明を受ける」
「アルトのは、僕が書いたんですけどね」
「マスターに弟子にすると話したんだろ?」
「はい」
「なら、師が居るのに学校を勧める奴はいないだろ」
「なるほど……」
「だから、私にはアルトが学校へ通うのが無駄に思えるが……。
アルトのあの楽しそうな様子を見ていると、思い出を作る為に
学校へ行くというのも、悪くないと思えるな」
「そうね……。学校は色々なことを学ぶことができる場所だわ」
サーラさんが、僕を見てそう告げる。
エリオさんは、サーラさんに好物のつまみを取られて
また厨房へと行ったようだ。
「思い出か……。確かに、子供時代の思い出は
学友と共に過ごした記憶が占めているな」
何かを思い出すように、少し目を細めてアギトさんは表情を和らげていた。
「最近のアルトは本当に楽しそうですし
食べ物の誘惑にも、惑わされませんからね」
僕の言葉に、全員が声を出して笑う。
「僕が教えることができないもの。
そういうものを、学んでくれればいいんじゃないかなと思います」
秘密基地を作ったり。その秘密基地の合言葉を決めたり。
野球をしたり、喧嘩したり……。鬼ごっこをしたり、小さな秘密を共有したり。
ビートの子供時代と同じように、悪戯をして、一緒に怒られることもあるかもしれない。
それも、きっといい思い出になるんだろうと思う。
僕には経験のないことばかりで、どういう感情かは理解できないけど
それでも、アルトが楽しそうに語る様子を見ていると
その時間は大切なものだと理解できる……それに。
「それに、アルトが人と関わる為に何かをしたいと
言ったのは、今回が初めてなので」
獣人も人も好きではないアルトが、
同年代の友達には、最初から心を開いていた。
孤児院の子供達が、アルトをアルトとして見てくれているから
アルトも素直に、受け入れることができたのかもしれない。
「そうだな。アルトにとってはいいことかもしれない」
「はい」
「セツナは、何をするつもりなんだ?」
「僕ですか?」
「そうだ。午前も午後も暇になるだろ?」
「そうですね……。とりあえず暫くは、家の掃除とか
必要なものを購入したり、冬支度をするつもりではいますが
それが終われば、魔法構築の研究をしたいですね」
「あぁ、セツナは魔導師だったな」
アギトさんの言葉に苦笑する。
「アギトさん達は依頼に行くんですか?」
「いや、明日は剣と盾と酒肴、それから邂逅の調べと同盟を組む。
その顔合わせを、バルタスの酒場でする予定だ。昼の時間が終わった後
になるけどな。邂逅以外、全員が集まる予定だ。セツナも来るか?」
「同盟を組むんですか?」
「そうだ。私は春から1年ほど活動を休止するからな。
その間、クリスは剣と盾にエリオは邂逅の調べの預かりになる」
「活動休止?」
「娘が生まれるまで、サーラと一緒にハルに滞在することにした」
「なるほど」
以前、ビートが薬の調合を学ぼうかと言っていたのは
月光が活動を休止するから、自分の身の振り方に悩んでいたのか。
「クリス達を預けるためには、同盟を組むことが必要でね。
だから、暇なら昼から出てくればいい」
「ありがとうございます。
しかし、明日の午後は予定が入っているので」
「何処へ行くんだ?」
「買い物に行きます。買わなければならないものがあるので」
「そうか。時間があるなら顔を出せばいい」
「はい」
その後は他愛無い話をしてから、部屋に戻り眠りについた。
朝はいつもの通り、訓練をし朝食をとってからアルトの勉強を見て
お昼を食べ終わるとアルトが「行ってきます!」と言って遊びに行くのを見送ってから
僕も、マリアさんへと伝言の鳥を飛ばし出かける用意をして転移魔法を使った。
「セツナさん。今日はよろしくお願いします」
部屋で待っていたのは、マリアさんだけではなくオウルさんもいた。
マリアさんが、どこか嬉しそうに僕に声をかける。目の下のクマも消え
顔色もいい。睡眠も食事もとれているようで少し安堵する。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「今日は、セリアさんはいませんの?」
「ここにいるワ」
そういって、セリアさんはマリアさんの横に浮いていた。
いきなり姿を見せたセリアさんに、2人が驚いた表情を見せたのを
楽しそうに見つめ、僕の傍へと戻って来る。
「では、変装していきましょうか」
マリアさんの髪の色は、ふわりとした柔らかい緑色。
瞳の色は薄い茶色。服をあわせるのに、髪の色と瞳の色だけでも
参考になるかもしれないと思い、サクラさんと同じ色に変える。
それだけでも、かなり感じが変わった。
マリアさんも姿見を見て、驚いている。
「似合っているワ」
マリアさんの色を見て、セリアさんがそう告げる。
マリアさんは、セリアさんの言葉に少し恥ずかしそうにしながら
オウルさんを見ると、オウルさんは目を細めて似合っていると言っていた。
マリアさんは控えめに笑うと、僕を見る。
「セツナさん。今日は一緒にデートしてくださいね」
「デート?」
「でぇと?」
僕とセリアさんが同時に返す。
「はい。ジャックがそう言ってよく一緒に出掛けてくれたのですわ。
オウルが忙しくして、落ち込んでいる時などに……」
マリアさんは、少し寂しそうに顔を伏せた。
「オウルさんは、それを許していたんですか?」
「許すも何も、一緒に出掛けるだけだろう?」
「オウルさんも、マリアさんもデートの意味はご存知ですか?」
「約束していた日時に、一緒に出掛けることだろう?」
オウルさんの言葉に、マリアさんが頷いている。
「そうですが、多分ジャックは違う意味で使っていたと思いますよ」
「え?」
「好意を持っている。もしくは恋人同士の関係の人間と
共に過ごすことを言っている時もあります」
「……」
「……」
「誘われる時……様子がおかしくありませんでしたか?」
「おかしかった」
オウルさんが、間髪入れずに返事をする。
「私を見て、ニヤニヤとした顔をして誘っていた」
それはもう、遊ばれていたんだと思う。
「ジャックめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
オウルさんが頭を抱えて、呻きだした。少し怖い。
教えなかったほうがよかっただろうか?
でも、こういう意味があるのも知っていたほうがいいと思うし。
マリアさんは、可愛らしく「まぁ」と言って頬を染めていた。
2人の反応が、正反対だ……。
「でぇとなら、もう少しおしゃれをしたほうがいいワ」
セリアさんが、どうでもいいようなことをまた口にする。
「いえ、このままでいいので行きましょう」
「駄目だワ」
「セリアさん。マリアとセツナ君はデートではないから」
オウルさんが真面目な顔をして否定している。
「でぇとでいいと思うワ」
「よくない!」
セリアさんも、オウルさんで遊んでいるようだ。
「とりあえず、そのままで衣装を買いに行った場合。
セツナは、恋人の衣装を選ぶことができずに母親についてきてもらっている
情けない男として見られるワ」
「……」
どこからそんな発想が……。
「僕は別に気にしませんが」
「私が気にするのヨ!
面白くないでしょう!」
「……」
「何かないの? あるでしょう?
きっとあるはずだワ。同じぐらいの年齢に見せることができる魔道具が!」
セリアさん……その確信めいた期待はいったい。
「それに、楽しむときは思いっきり楽しんだほうがいいのヨ」
「僕はもうすでに、帰りたい……」
「駄目ヨ」
セリアさんはそう言って、両掌をつけて僕に差し出した。
早く渡せという事だろう。
『サクラを手伝えるという楽しみも大切だけど。
マリア自身も楽しんでほしいわ……』
セリアさんの心話が僕に届く。
『サクラが傍に居なくても、笑っているマリアが見たいワ』
その言葉と同時に届く感情は、切ないものだった。
『……』
マリアさんを見つけたのは、セリアさんだ。
自分の娘をいきなり失ったマリアさんを見て、セリアさんが何を想ったのか。
水辺へ行くための準備を始めたセリアさん。
僕はそれに、最後まで付き合うと決めている。
僕は、鞄の中から小箱を取り出しマリアさんへと渡す。
セリアさんに渡しても、落ちてしまうだろうから。
「それも、ジャックがもっていた魔道具です。
肉体の年齢をもどすものではなく、20歳前後の年齢に見える
と言った感じのものです」
「やっぱりあったワ」
「……」
「マリア、サクラの部屋に行って服を借りましょう。
その服では駄目だワ」
「え? え、え?」
マリアさんがセリアさんに、急き立てられるように連れていかれる。
オウルさんが微妙な顔で僕を見ているけど、文句ならセリアさんに言ってほしい。
「セツナ君は、セリアさんに甘くないかい?」
オウルさんの言葉に、苦笑を落とし甘いことを認める。
「確かに。甘いかも知れません。
僕は、彼女が心置きなく水辺に行けるようにしたい。
今まで、苦労してきた分。少しでも楽しんでほしいと思います」
「そうか……。
彼女は、水辺に行くべき人だったね……」
「はい」
「セリアさんと、知り合ったのも何かの縁だし。
私にできることがあるなら、協力するよ」
「もう、色々と巻き込まれていると思いますから
これ以上は……」
「そうか?」
「はい」
どう考えても、セリアさんはオウルさんの反応を見て楽しんでいる。
悪戯が、これで終わるとは僕には思えない。
僕はセリアさんの味方なので、心の中でオウルさんに手を合わせておいた。
数分後戻ってきたマリアさんは、それはもう真っ赤になって恥ずかしそうに
オウルさんを見上げていた。そんなマリアさんを見て、オウルさんも撃沈したように
真っ赤になって、片手で顔を覆っていたのだった。
「君に求婚したのは、その辺りの年齢だったな……」
オウルさんが、ぽつりと言葉を落とす。
その言葉に、マリアさんは更に赤くなっていた。
そんな空気を気にすることなく、セリアさんが自信満々で僕に聞いた。
「可愛くなったでしょ?」
「元々可愛らしい方ですが」
先ほどとは全く感じが違っている。
「そうだけど。もっと可愛くなったワ。
あの服は、私が選んだのヨ」
「そうですか」
可憐な感じのする服だ。
マリアさんの、良さを際立たせている。
「わ、わたし……。やっぱり、年相応の姿のほうが
落ち着くというか、なんというか」
その気持ちはわかる気がする……。
「元の私のままで行ってはいけませんか?」
半分涙目になって僕に訴える。
「私も、その姿で出かけるのは反対だ」
オウルさんが、眉間にしわを寄せてそう告げる。
「僕はどちらでもいいので、気になるようでしたら着替えてきてください」
マリアさんが、僕に頷こうとした瞬間
セリアさんが、真剣にマリアさんを見て言葉を放つ。
「衣装を選ぶのなら、そっちのほうが絶対にいいワ。
サクラにも似ているし、選んだ服を着てみることもできるワ」
セリアさんがそう告げると、マリアさんはどこか悩むように
恥ずかしそうに俯いた。
「マリアも魔力量が多いから、普通の人より相当若く見えるけど
そのままの姿だと、さすがにエリーやサクラの衣装を着るのは無理があるワ」
「そうですわね……」
「いいものを選ぶなら、試着も必要だワ!」
マリアさんが、またセリアさんに流されようとしている。
そして、最終的にセリアさんの言葉に頷いて、この姿で行くことにしたようだ。
オウルさんが、考え直すようにマリアさんに告げているが
マリアさんは「覚悟を決めましたわ。最高のものを選んできます」と言って
綺麗に笑い。オウルさんはそれを見て、深く溜息を吐いた。
オウルさんもマリアさんも、セリアさんに遊ばれているような気がする……。
それを口に出すことはしないけど。
「そろそろ行きましょうか……」
僕がそう告げると、セリアさんが待ったをかけた。
「まだヨ!」
「え? まだ何かあるんですか?」
「セツナも変装しなきゃ!」
「どうして僕まで……」
「セツナだとばれたら、色々ややこしくなるでしょう」
「問題はないと思いますが」
「時間がもったいないワ。髪の色と瞳の色を変えるのよ!
髪は銀色でお願いネ」
「……」
それは、セリアさんの好みの色でしょう?
ため息を吐きながらも、自分の髪の色を銀色に変え瞳の色を蒼色にした瞬間
僕の眼鏡が、中央から割れて落ちた。
思わず手を目の辺りにもっていく。
「セツナは、眼鏡がないほうが男前だワ。
王子様よ。王子様!」
その言葉で、どうやら僕の眼鏡を壊したのがセリアさんだと知る。
セリアさんに、一言言おうとして顔をあげるとセリアさんの顔色が少し悪い。
「セリアさん」
「大丈夫……。
この体で魔法を使うのはなかなか堪えるわネ」
そこまでして何故……。
「私は、セツナの優しいその顔が大好きだワ。
マリアだけじゃなく、私ともでぇとだワ」
「……」
「私達が楽しむのよ。セツナも楽しまなきゃ駄目ヨ。
たまには、可愛く可憐な女性2人とでぇとするのも悪くないでしょう?」
「2人ですか?」
「え、マリアを数に入れてあげないの?」
「普通、そこは自分が入らないと思わないんですか?」
「思わないワ!」
セリアさんの言葉に、僕は思わず笑う。
「私が水辺に行くまでに、セツナと沢山遊ぶと決めたノ」
なぜか僕と遊ぶではなく、僕で遊ぶと聞こえた気がした。
「いえ、遠慮します」
「えー」
セリアさんが不服そうに僕を見る瞳の中に
翳りを見つける。あの時の僕の言葉を、セリアさんはずっと気にしているようだ。
『何のために生きているのかわからない』
だから、彼女は色々な楽しみを僕に教えようとしているのかもしれない。
その楽しみは女性よりのような気がするけど……。
唇を尖らせ、拗ねているセリアさんを見て苦笑がこぼれる。
彼女と一緒にいる時間は、嫌ではない。彼女の、心遣いに僕はいつも
助けられている……。
セリアさんが、僕の傍に居る間ぐらい
彼女の遊びに、付き合うのもいいかもしれない。
アルトは暫く学校へ行くだろうし、僕の時間は空いている。
あと少しで、彼女を竜の恋人の元に送りそして彼女は水辺へと旅立つのだから。
「可愛く、可憐なお2人のお相手を務めさせていただきます」
「よろしい」
セリアさんが、大仰に頷いて花が開くように笑った。
「マリア、そろそろ行くわヨ」とセリアさんがマリアさんに声をかけるが
マリアさんとオウルさんは僕を見て、固まっていた。
「マリア?」
セリアさんの呼びかけに、マリアさんがハッとしてセリアさんを見る。
「どうしたノ?」
「いえ……あの。セツナさんの印象が……あの、あまりにも」
何処か視線を彷徨わせながら、マリアさんはセリアさんに答えている。
「ああ、このセツナは初めてなのネ。
これが本来の彼ヨ。いつもは眼鏡に魔法をかけているから」
「眼鏡の姿も、素敵ですが……。
私は、今の姿のほうが素敵だと思いますわ」
「眼鏡も捨てがたいけど、こちらのほうがいいわよネ」
「そうですわね。でも、眼鏡がなくて大丈夫なんですの?」
「大丈夫よ。あの眼鏡は女よけだから」
「まぁ……。でも、わかりますわ……」
「セツナ君、私も同行してもいいだろうか?」
オウルさんが、そう告げ
僕が「いいですよ」というよりも早く、セリアさんが口を開いた。
「私達は、セツナとでぇとするのヨ。
邪魔しちゃだめだワ」
セリアさん……。
「あなた、お留守番していてくださいね」
2人から付き添いを断られた
オウルさんが、精神的にダメージを受けている。
「さぁ、セツナ出かけるわヨ」
「あなた、行ってまいります」
「マリア!」
オウルさんが慌てたように、自分のポケットから
魔道具を取り出してマリアさんへ渡す。
「転移魔法の魔道具だよ。夕食までには帰って来るように」
「まぁ」
オウルさんの少し必死な様子に、セリアさんが肩を震わせて笑っている。
「セツナ君。デートじゃないから」
「……」
僕に釘を刺すようにオウルさんが告げる。
セリアさんは、声を殺して笑っていた。
マリアさんは困ったように、微笑んでいるが楽しそうだ。
面倒になってきたので、さっさと転移魔法で移動して3人で通りを歩いていた。
人の目があるところでは、マリアさんではなくリアさんと呼ぶことにする。
セリアさんは姿を消して、僕とマリアさんにしか見えないようになっており
僕の首辺りに両手を回して、とりついている状態だ。
マリアさんが、僕を見て笑いながらセリアさんと話している。
セリアさんの声は、僕とマリアさんにしか聞こえない。
傍目から見れば、僕に笑いかけて話しているように見えるが
話している内容は微妙だ。
「マリアも、セツナと腕を組むといいワ。
でぇとなんだから」
「え……。それは、ちょっと」
「滅多にいない、王子様にくっつけるワ!」
僕は、王族の血は引いていない。
「確かに……。セツナさんは、物語に出てくる王子様に見えますわ」
僕はどこかのお伽噺に、出演した覚えはない。
「でしょう?」
「ええ」
「だから、思う存分……」
思う存分の後の言葉を遮る様に、僕は口を開く。
「やめてください。オウルさんに絞殺されたくありません」
僕の言葉に、セリアさんが楽しそうに笑う。
「あー。嫉妬に燃えていたわよネ。
昨日の、アギトのようだったワ。
アギトもオウルも、愛妻家で何よりよネ」
「……」
マリアさんは、セリアさんに昨日のアギトさんの話を尋ね
クスクスと楽しそうに笑っている。
そんな微妙な会話をしながら、マリアさんお勧めの店に向かっていると
マリアさんが、思い出したように僕とセリアさんに小さな声であることを告げる。
「花嫁の衣装の青は、ネモフィラの花の色だそうですわ」
「え?」
僕は驚いてマリアさんを見る。セリアさんもマリアさんを凝視していた。
リペイドの国の色は青。
なので、ソフィアさんは青色系統の衣装をまとう事になる。
日本では、花嫁が着る白の衣装は着ていかないほうがいいみたいだけど
この世界では、花嫁の衣装と同じ色のものを身に着けていたら
幸せが訪れると言われている。大体の国はその国の色があり貴族の花嫁は
嫁ぎ先である国の色の衣装を纏って結婚式へと臨む。
なので、当日の花嫁の衣装の色が何色かは
女性にとっては、最も知りたい事らしい。
衣装を手がける店は、絶対にその情報が漏れないように神経を張りつめることになる。
もちろん花嫁も、その色を友人にすら教えることはない。
青色でも様々な種類があり、特定はほぼ困難だ……。
なのに、マリアさんははっきりと断言した。ネモフィラの花の色だと。
「なので、宝石はネモフィラの花の色にしようと思いますの」
「リアさん、その情報をどこで?」
「秘密ですわ」
とてもいい笑顔で、秘密だと言ってそれ以上は話さなかった。
「でも、今回の結婚式にはいい花ですわね」
マリアさんの言葉に僕も頷く。
ネモフィラの花の花言葉は、愛国心だから。
店に着くと、店員さんが目を輝かせながらマリアさんを見て
あれやこれやとマリアさんに着せている。何を着ても似合うので店員さんは楽しそうだ。
マリアさんは、真剣に吟味して選んでいる為に楽しんでいるのかは微妙だ。
「髪色が、薄い金なのでどの色をあわせても大丈夫ですね」
店員さんがそう言って、薄桜色のドレスをマリアさんへと渡す。
サクラさんの髪色は、プラチナブロンドと言ったところだろうか。
エリーさんは、サクラさんよりは金の色が強い。
僕はその様子を見ながら、セリアさんが口にしたことをそのまま伝えていった。
一着は自分の分、そしてもう一着は友人の分という事で
マリアさんが店員さんと、衣装を選んでいく。
ノリスさんの衣装は、一番最初に決まっていた。
晩餐会の衣装が決まり、サイズ直しをどうするかと問われていたが
マリアさんはそれを断っていた。今は、仕事用の衣装を売っている店へと歩いている。
「寸法をなおさないノ?」
「私が、手を加えながら直しますわ」
「できるの?」
「お裁縫は得意ですの。
サクラやオウルの衣装の手直しは、私がしていましたのよ」
「そうなんだ」
「なので、少し手を加えていきながら直していきますの。
万が一という事がありますもの。既製品には見えないように仕上げますわ」
「すごいワ。できたら見せてくれる?」
「もちろんですわ。何時でも遊びにいらしてくださいな」
「行くワ!」
「はい」
楽しそうに会話する2人について歩きながら
僕は、早く帰りたかった……。あれだけ衣装を着ておきながら疲れないんだろうか?
見ている僕のほうが疲れたんだけど。
「やっぱり、衣装選びは楽しいワ」
「そうですわね」
そう言って笑っている2人が信じられない。僕はこっそりとため息をつきながら
選ばれた衣装の色を思い出した。
サクラさんの衣装は、薄桜色。エリーさんの衣装は、白色に決まった。
どちらのドレスも綺麗、華やかといった感じではなく
可憐、清楚という言葉が当てはまる。2人が並ぶと、妖精のように見えるかもしれない。
「仕事用の衣装はどうするノ?」
「そうですわね……。エリーさんとサクラはお揃いの衣装にしようかと思います。
汚れがつきにくく、動きやすいほうがいいですわね」
「汚れないように、僕が魔法をかけますから
その辺りは気にしなくてもいいですよ」
「なら、選択の幅が広がりますわ!」
嬉しそうに笑い、あれやこれやとセリアさんと話している。
ギルドの制服もここで作っているらしく、マリアさんは慣れた感じで話を進めていた。
お店の人には、ギルドからの紹介だと最初に伝えていたようだ。
色々とみて。試着してみて決まったのは。
簡単に言えばメイド服だった。ワンピースの色は若菜色。
黄緑色を薄くした色で、その上に白色のエプロンをつけることになるらしい。
セリアさんと2人で、リボンがどうとかフリルがどうとか色々とこだわりぬいて
店の人に注文していた。晩餐会用の衣裳とは違ってこちらはすぐにできるようだ。
靴とか小物とか……ワンピースとエプロンドレスのポケットに
魔道具を仕込めるようにだとか、色々怪しい注文も付けている。
晩餐会の装飾品などは、マリアさんが衣装を手直ししてからセリアさんと選ぶようだ。
はっきりいって、僕は何の役にも立っていなかった。
それなのに僕が一番疲れていると思う。
何処かで休憩したかったので、セリアさんとマリアさんに声をかけると
2人とも、頷いたのでどこか適当なお店を探して通りを歩いていると……。
「セツナなの!!!!!!」と言って……僕に抱き付いてきた精霊がいた。
変装した意味がないじゃないか……。
そしてふと、視線を向けるとそこはバルタスさんが経営する酒場の前だった。
こちらを驚いたように見ている人たちを無視して、通り過ぎようとしたが
フィーが僕を離さない。
「セツナなのなの」
「人違いですよ」
「絶対セツナなの」
「間違っています」
「フィーは間違えないのなの!」
「……」
あくまでも僕を離そうとしないフィーに、根負けした僕。
「フィー……」
「どうしたのなの?」
「何か用事があったんじゃないの?」
「ないのなの。お姉さまから聞いていた
キラキラなセツナが居たから、抱き付いたのなの。
セツナは、眼鏡がないほうがいいのなの。いつもそれでいて欲しいのなの。
カッコいいのなの! 精霊の好みど真ん中なのなの!」
「フィー? とりあえず落ち着いて?」
一気に話して、呼吸を乱しているフィーを抱き上げ背中を叩く。
頬を赤く染めて、何やらすごく落ち着きがない……。
セリアさんとマリアさんは、苦笑しながら僕とフィーを見ている。
フィーは僕に抱き付いて離れなくなった……。
「フィーも増えましたが行きましょうか」
「え?」
「え?」
セリアさんとマリアさんが同時に首をかしげる。
「向こうに、美味しそうな店が見えますよ」
「え? 皆さんこちらを、凝視していますけど……」
マリアさんが、チラリと酒場のほうへ視線を向ける。
「気がつかなかったことにしましょう」
「それは無理があると思うワ」
「いいから、行きますよ」
僕が2人を促して歩こうとすると、サフィールさんが飛び出てきて
「フィーを連れていかないでほしいわけ!!」と言った。
僕がフィーをサフィールさんに渡そうとするが
フィーは嫌がって離れない。
「フィーは、セツナと一緒に遊びに行くのなの」
「フィー!?」
僕からフィーを引きはがそうとするサフィールさんと
離れたがらないフィー……。
「とりあえず、店には入れや。なぁ。セツナよ」
そう言って、苦笑しながらバルタスさんが出てきて
僕はため息を深く落としながら、セリアさんとマリアさんと一緒に
店に入ったのだった。
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