『 子供達とアルト : 後編 』
クロージャがセイルに気を取られているうちに
アルトは鞄から鍋をだし、先ほど捌いた魔物の肉を
豪快に鍋に入れて炒めていく。
その肉の量を目にして、絶対に1人前ではない。
しかし、アルトはこの量を食べようとしていた。
その体のどこにこれだけの量が入るんだ? といつも疑問に思う。
「アルトは料理ができたのね」
「食べるのが好きなんだから
簡単な料理ぐらいできるわよね」
「おい、肉を炒めるだけのものを料理とは言わん!」
酒肴の奴らが騒いでいるが、誰も気にしていない。
大先生やロガンも、酒肴が騒いでいるのを見て
セイル達に、本当に危険がないことが理解できたのか
顔色が戻りつつあった。
アルトは、しばらく肉を炒めたところで
鞄から箱を出す。その中にガラス瓶が納められているのを見て
酒肴の奴らの目の色が変わった、じっとアルトを観察している。
肉を炒めて終わりだと思っていたのだが
どうやら、違うようだ。
瓶の中には、ジャガイモと人参と玉ねぎが切られた状態で
いれられている。アルトは瓶のふたを開けて豪快に全てを
鍋の中にぶち込んだ。
ジャネット達が、酒肴の奴らの知りたいことを聞き
アルトがそれに答える。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
「何て羨ましいものをもってやがるんだ!!!」
「アルトが、妬ましぃぃぃぃぃ!」
「あの鞄があれば!
あんな事が出来るのか!」
欲望を全開にさせ、アルトを羨んでいる酒肴の奴らを見て
ミッシェルが引いていた……。
鍋に水を入れ蓋をして、白いものを手で割っていく。
「あれは何だ?」
「シチューって言ってたから
ホワイトソースを固めたやつじゃないの?」
「そんなことできるのか?」
「できるからあるんでしょう?」
「後でセツナに聞かねば」
「聞かねば」
「聞かねば」
危ない集団のように、小さい声で酒肴の奴らが呟いている。
お前ら怖いよ!
ミッシェルがドン引きしてるじゃねぇか!
こいつらから視線を外し、アルト達を見る。
アルトの独白に、酒肴の奴らの声がピタリと止まった。
『俺は食べ物が無くなるのが怖い。
食べられなくなったらどうしようって、不安になる。
だから、何時も鞄に食べ物が入っているし
師匠も俺の為に、こうやって俺が困った時に
食べることができるように、すぐに食べれるように用意してくれた』
「怖いよな。食べることができないのは怖い」
セルユがそう話す。
「怖い、食べさせてやれない事が怖い。
日に日にやせ細っていく姿を見るのが怖い」
カルロがそう告げる。
「隣りに何時も死を感じながら
食べ物を漁ってた。その不安は今も消えない」
ダウロがそう言った。
3人の言葉に、飢えた経験のあるやつらが
口々に同意していく。
俺は、こいつらがアルトの為に何かを作り
お菓子を与えるのは、アルトが喜ぶからだと思っていた。
だが違ったんだな。アルトが、食べ物に執着する意味を
こいつらは知っていたんだ……。
こいつらの食べ物への執着も
もしかしたらアルトと同じなのかもしれないと
思ったんだが……。
「それが今はもー。作るのが楽しくてー」
セルユがそう話し。
「アルトとかミーフェに食わすのが幸せだよな」
カルロがそう告げ。
「俺は、誰よりもうまいものを作り上げる!」
ダウロがそう言った。
他の奴らも同意するように頷いている。
心配して損した。この場を明るくする為のものでもあると思うが
半分以上は本音だと長い付き合いから自然とわかった。
「おおおお! アルトが鍋にあれを入れるぞ!」
2番隊のルッツの声に、酒肴の奴らの視線がピタリと
アルトの手元に定まった。
ミッシェルはもう、酒肴の奴らを極力見ないようにしていた。
白い塊を入れ、ミルクを投入しアルトがお玉でぐるぐるとかき混ぜている。
機嫌よく尻尾が揺れ、こちらから見ていても美味そうなシチューができていた。
「あぁ、俺っちも腹が減った。
ベリっち、なんか作ってくれよ」
エリオの言葉に、5番隊のベリノが嫌そうにエリオを見て
「黙れ」と言ったきり、向こうの鍋に視線を戻した。
アルトは嬉しそうに「完成だ!」と叫び
嬉々として皿にシチューを入れていく。
クロージャ達は、アルトにシチューをよそってもらい
目を輝かせながら、シチューを一口食った。そして、アルト以外
全員が、シチューを口へと運べなくなっていた。
火がはぜる音と、アルトの慌てる声。
そして、クロージャ達が静かに涙する光景が向こうにあった。
「あぁ、あいつ等はあのシチューの味を一生忘れねぇだろうなぁ」
カルロが、遠い日の自分を見ているんだろうか
それだけ呟いて、視線を下へと落とす。
「僕も、親父さんが食べさせてくれた
スープの味は、今でも覚えているよ」
「俺も覚えているな……」
セルユとダウロもそう言って、懐かしそうに目を細める。
暖かい食べ物を、口にした事で一気に緊張が解けたのだろう。
初めて見た魔物。その魔物に追いかけられ殺されかけた。
あの時、全員が自分の死を想像したはずだ。
アルトに助けられ、安全な場所へと避難したけれど
セイルのせいで、唯一の守り手を失い。
初めて、庇護者のいない暗闇というものを経験し
その恐怖を知り、ジャネットが錯乱しそうになった。
あいつ等にとって、精神的にかかる負荷は凄まじいものだったはずだ。
それが、アルトという守り手が戻り。
暖かい、飯を食った。飯を食うという事は生きる事だ。
自分は生きている。そう実感したんだろう。
それと同時に、自分の隣にあった死を思い出した。
そして、自分の大切なものも思い出したのだと思う。
帰る場所を……。
気を付けていても、自分の力量より強い魔物と戦う事もある。
ギリギリの状態で戦う事がある。そんな日は、特に強く思うんだよな。
飯を食って、緊張が解けた瞬間に去来するもの。
生きていてよかった。
そして、帰りたいと。
強く強く思うんだ。
自分の家へ。
自分を愛してくれる人の元へ。
帰りたいと思うんだよな。
『ごめん』
セイルの呟くような声が聞こえる。
『ごめん』
涙で滲む声で
『アルト。ごめん』
後悔を言葉に乗せ、セイルがアルトに謝る。
アルトは何も言わず、セイルを見ていた。
そこから、セイルが気持ちを吐露するように
小さな声で話していく。
アルトを傷つけたと。アルトが羨ましかったと。
悔しかったのだと。セイルの告白に
「その気持ちは、わからなくもないなぁ」
孤児院で育った奴らが、そう言って苦笑する。
きっと俺には、わからない気持ちだ。
セイルの告白を聞き、アルトが許し
ロイール達も許した。すぐに、食べ始めると思ったのだが
クロージャ達は、神に真剣に祈りを捧げてから食事を再開する。
セイルとアルトが話し、セイル達が神に祈っている間
じっと動かず、同じところを見ているワイアットが気になった。
それは俺だけではなかったらしく
他の奴らもワイアットを見ている。
「ワイアットは、どうしてしまったんだろうね」
大先生が心配そうに、そう言葉を落とす。
「1年半前辺りから
時々思いつめた表情をするようになりました」
大先生の言葉に、オリエさんが頷きながら
ワイアットの事を話す。
「確かに。冒険者になりたいと言いだしたのも
ちょうどその辺りからだったような気がするが」
「そうですね。それまではセイルのほうが
煩いぐらいに、冒険者になると叫んでいましたけれど」
「ふむ……」
そういえば、ワイアットが俺に絡んでくるようになったのも
その辺りからだ。登録できるようになったら、冒険者になりたいから
月光に入れてくれと。特例を認めてもらえるようにしてくれと
俺と顔を合わせるたびに、同じことを言っていたように思う。
その様な事を言われるのは、ワイアットに限った話ではなく
孤児院に行けば、その時進路に悩んでいる奴らから同じような事を
言われ続けてきたが、俺はできないとしか答えたことがない。
実際俺にそんな権限はない。
それに、戦えない奴が月光に入っても何もできない。
そう簡単に、親父は月光に入れない。俺だって息子じゃなかったら
絶対に入れてもらえなかったであろう自信がある。
親父の弟子だから、俺は月光にいることができるんだ。
まぁ、それに気がついたのも最近なんだが……。
食事が再開され、アルトがトキアにもシチューを入れて
与えているのを、サフィさんは見ないふりをしていた。
ゆっくり、味わうように食事をとっていく。
アルトに美味しいと告げ、アルトは喜びを尻尾で表現していた。
他愛ない話をしながら、食事が進んでいくのを見て
エレノアさん達が、小さく息を吐き出しホッとした表情を見せた。
「……大丈夫そうだ」
「そうだの」
おやっさんが背伸びをして、首を横へと倒しコリをほぐしている。
「ベリっち。まじ、まじ俺っち腹が減ったんだけど」
エリオがそう叫ぶが、誰もエリオを見ようとしない。
肩を落として、エリオが視線を流した先にミッシェルがいた。
ミッシェルを見て、ニタリと笑う。
おい、やめてやれよ!
ミッシェルが怯えてるだろうが!!
きっと、くだらないことを思いついたのだろう。
エリオが、ミッシェルの傍へと行きこういった。
「ミッシェルも、腹が減ってるよな?
何か食べたいっしょ? 病気の時は食わないとだめっしょ?」
エリオはミッシェルを巻き込み、酒肴に何かを作らせようと画策したようだ。
エリオの剣幕に、ミッシェルは勢いで首を縦に振ってしまう。
それを見た酒肴の奴らが、ミッシェルの為に何かを作ることを決めた。
ミッシェルの両親に何が食えるのかを問い、あれよあれよというまに
料理を作るために調理場へと行ってしまった。
「え?」
ミッシェルは可愛らしく、首をかしげて茫然としているのを
ミッシェルの両親達が、楽しそうに目を細めて笑っていた。
多分、ミッシェルの両親も娘が生きていることを実感しているのかもしれない。
酒肴が、手際よく簡単に食えるものを作り
俺達に持ってきてくれ、それぞれに配っている。
リオウさんが「酒肴の料理は久しぶり!」と喜んで口にしている。
きっと、サクラさんのかわりに総帥の秘書になったから
忙しくて、お店に行けないんだろうな。
「おい、エリオ。お前の飯だ」
フリードがそう言ってエリオに大きな皿を差し出す。
その上に盛り付けられているのは、唐揚げ一択。
山盛りの唐揚げだ……。
「どうして、俺っちだけ唐揚げ?!
それも、なんでこんなに山盛り!?
他の奴らの皿に、1つも唐揚げがのってないのはなぜだ!?」
エリオが周りを見渡して、自分の皿と他人の皿を比べている。
「お前、俺達が作った飯にいちゃもんつけるのかよ?」
フリードだけではなく、調理場へ行った奴らが殺気の籠った視線を
エリオへと飛ばす。エリオは、本能的にやばいと悟ったようだ。
口を噤み、視線を彷徨わせてミッシェルと視線を合わせた。
「ミッシェル、俺っちの唐揚げを一つ上げるっしょ」
おい! ミッシェルを巻き込むな!!
ミッシェルは、エリオを見て山盛りの唐揚げを見て
チラリと向こうのアルトを見て、首を横へと振った。
「私は、まだ油ものは食べることができなくて」
ミッシェルの言葉に、エリオは無理強いをせずに
ロガンにも進めるが、ロガンも首を横に振った。
「母っち! 唐揚げ好きっしょ!?」
「いらないわ。アルトに恨まれるのは嫌だもの」
「ビート……」
「こっち来るな」
「……」
「エリオ? 早く食えよ?」
フリードの言葉に、エリオは諦めて唐揚げを食べ始めたのだった。
まだ本調子じゃないミッシェルは、暗い顔をして唐揚げを食べている
エリオを見て小さく笑い、自分の分の食事を終え部屋を見渡している。
そして、フィーに視線が止まった。
フィーはサフィさんの隣で大人しく座っている。
サフィさんも、食事をとらず黙って座っていた。
ミッシェルがゆっくりと立ち上がり、父親が手を貸そうとするが
それを断り、フィーの前に行って膝をつく。
フィーは顔をあげるが、にこりともせず無感情にミッシェルを見た。
その視線に、ミッシェルは少し肩を震わせたがゆっくりとした動作で
フィーに何かを差し出した。
フィーはチラリとそれを見るが、口を開こうとはしない。
「これは、セツナ先生から貰った飴なんです。
私は、悲しいことがあった時、甘いものを食べると
少し元気が出るから……。フィーさんに差し上げます」
フィーが驚いたようにミッシェルを見て
手の上にある、紙袋を見た。
「どうしてなの?」
「アルトが、フィーさんは
大切な友達だって話していたから。
アルトがいたら、きっと同じことをすると思ったから」
フィーが首を傾げ、一度考えてから
紙袋へと手を伸ばし、その中から一つだけ飴を取り出し
口の中へと入れる。
「ありがとうなのなの。
でも、あとは貴方が食べるといいのなの。
セツナの飴は、魔法がかかっているから
体調の悪い貴方が、ちゃんと食べるべきなのなの」
にこりともせずに、フィーがそう告げ。
何かを呟くと、ミッシェルの体がクッションの上へと戻っていた。
どうやら、フィーが転移させたようだ。
いきなり自分の居場所が変わったミッシェルが驚いているが
フィーが魔法を使ったことが分かったのだろう。軽く息をついていた。
サフィさんが、フィーを見て笑っていることから
どうやら、フィーは飴をもらって機嫌が浮上しつつあるのだろう。
セツナが作った飴は、精霊の好物らしいから。
サフィさんが、フィーから視線を外しミッシェルを見て
普段見せない、本当の笑みをミッシェルへと見せ頭を下げた。
その笑みを見て、ミッシェルとその隣の母親が真っ赤になっている。
酒肴の女達もサフィさんを凝視して、顔を染めていた。
「まずいわ、トキメイちゃった」
ぼそっと、シェリナが呟くがルーシアとアニーニが
「気のせいよ。気のせい」と胸の辺りを抑えて呼吸を整えている。
「サフィちゃん、顔はいいからなぁ」
母さんの言葉に、周りの女達が同意するように頷いたのだった。
こちらの食事が終わった頃、アルト達は片づけを終わらせ
お茶を飲みながら、菓子を食っていた。
腹が膨れて、気持ちも落ち着き次に考える事は
いつ帰れるかというところだろうか。
『いつ帰れるのかなぁ』
ジャネットが不安そうにつぶやく。
『明日帰れる』
アルトが断言するのを聞いて、ロイールが口を開く。
『大人たちは、俺達がここにいることをしらないんだ』
『首飾りはどうしたの?
あれをつけてたら、魔物に攻撃されても防げるし
居場所も特定してくれるだろ』
『おいてきた』
『なんで、おいてくるんだよー』
『ちょっと買い物にでるだけだと思って
金だけもらって、出てきたんだ』
『ロイールはしかたないけどさ
セイル達は?』
『机の中だ』
セイルの声に、全員が頷く。
『退屈だから、秘密基地に行こうと思っていたの』
エミリアが、魔道具を持ってこなかった理由を話した。
秘密基地の場所がばれるのが嫌で、身に付けてなかったのか。
そういえば、俺達が子供の頃も同じことをしていたなぁ。
『俺が、朝になったら大人に知らせに行くよ』
『嫌だ!』
『嫌だよぉ』
ジャネットとエミリアが反射的にアルトに手を伸ばし
その腕をつかむ。その不安そうな表情を見てアルトが苦笑して
『まぁ、俺が行かなくても
師匠が迎えに来てくれると思うけど』
『どうして?』
『そこにトキアがいるから』
『トキア?』
全員が、丸くなって寝ているトキアへと視線を向ける。
サフィさんはトキアを見て「どうして、使い魔が寝てるわけ?」と言い
機嫌がなおりつつあるフィーが「知らないなのなの」と答えていた。
『トキアは師匠の使い魔だから』
『アルトが連れてきたんだろう?
師匠もしらないんじゃないのか?』
クロージャが、疑問に思ったことを口に出す。
『結界をこえたところに、トキアがいたんだ』
『アルトが連れて来たんじゃないのか』
『うん。多分、俺が狩り場に入るのを心配して
師匠がトキアを飛ばしてくれたんだ』
アルトが嬉しそうに尻尾を振りながら答える。
『そっかぁ。俺達は家に帰れるんだな……』
クロージャが俯いて帰りたいと言う想いを込めながら
言葉を落とした。
『絶対に帰れる』
『うん』
会話が途切れたところで、座りながら寝そうなジャネット見て
アルトが鞄から毛布を取り出す。
『そろそろ寝よう。疲れただろう?
毛布は3枚しかないんだ。ジャネットとエミリア。
セイルとワイアット。クロージャとロイールで使って。
大きいから、2人でも十分だと思うんだ』
『俺はいいから、アルトとロイールが使うといい』
『いや、俺が』
皆が遠慮しようとしたが、アルトが首を横に振る。
『今、クロージャ達は風邪ひかないほうがいいから。
温かくして寝て。俺は、この外套をかぶって寝るから』
鞄から、全身を包み込む大きさの外套を取り出す。
旅をするときに身に付ける外套だ。
『これは、とても暖かいから俺はこれで大丈夫』
そう言いながら、毛布を渡していく。
ロイールがクロージャの横へと移動し
エミリアとジャネットが、できるだけアルトの傍へと移動して横になる。
トキアは、ジャネットとエミリアの間に入れられていた。
疲れていたのか、数分もしないうちに寝息を立て始める。
アルトだけは、暫くして体を起こして何かを考えているようだ。
『寝ないのか?』
クロージャがロイールを起こさないように体を起こす。
『寝れないの?』
『うん。俺は元々寝つきが悪いんだ』
『そっか。何か読む? 何冊か本を持ってきてるけど』
『いやいい……』
黙り込んでしまったクロージャにアルトは首をかしげる。
『ごめんな』
クロージャが俯いたまま謝った。
『もういいって言っただろ?』
『違うんだ』
そう言って、クロージャは自分の気持ちを切々と語っていく。
セイルと同じように、羨んでいた事。悔しいと思っていた事。
アルトの夢を、心から応援できていなかった事などを
まるで、懺悔するかのように話していく。
『アルトと友達でいたいと言っておきながら。
俺は、アルトが羨ましくて仕方なかったんだ』
『そんなの、普通でしょう?』
『え?』
『俺だって、クロージャ達が羨ましいと思ってた』
『なんで?』
本気で、クロージャが驚いてアルトを見る。
『同じだと思う。俺が持っていないものを
クロージャ達が持っているから』
『アルトが持っていないもの?』
『うん。俺にはクロージャ達の絆っていうのかな
そういうものが、凄く羨ましく思えるんだ。
セイル達と一緒に過ごした、沢山の思い出があるでしょう?』
『ある』
『たまに、楽しかった話を俺にもしてくれる。
その話を聞くのがとても楽しかったんだ。
俺の知らない、クロージャ達の話を聞くのが。
でも、それと同じぐらい俺もそこに居たかったって
一緒に遊びたかったって思う』
『……』
『俺は、ウィルキス4の月には旅に出る』
『え?』
『今度いつハルに来れるかは分からない』
『どうして、ずっとハルにいればいいだろ?
俺達が羨ましいっていうなら、これから沢山思い出を
作ればいいだろ?』
『俺は冒険者だから。
そして師匠の弟子だから。同じ場所には居ない』
『……』
『俺は黒になるために、強くなるから』
決意をその目に宿し、真直ぐクロージャを見る。
『どうして、どうして、自分の将来をもう決めることができるんだ』
クロージャが、自分の不安な胸の内を明かしていく。
その胸の内を聞いて酒肴の奴らが「誰もが通る道だよな」と寂しそうにつぶやいた。
『何も見えない。何をしたらいいのか分からない。
自分の道が、全然見つからないんだ』
アルトはクロージャの背中に手を伸ばして
その背中を数回たたく。
『探せばいいだろ』
『探してるけど、見つからない!』
『見つかるまで、探せばいいんだ。
俺達は今12歳で、ギルドの学校へ通っている。
クロージャは15歳になったら学院へ行くんだろ?』
『うん』
『今見つからないなら
学院で見つかるかもしれないじゃないか』
『……』
『学ぶことは、自分の可能性を広げる事。
自分の可能性を見つける事。そして、なりたい自分に近づく事なんだ』
『え?』
『俺は、師匠にそう教わった』
『可能性を広げて、見つける?』
『そうそう。だから勉強するんだって。
色々な事に興味を持って、やりたいことをやってみて
そこから、自分にあったものを見つけていくんだって。
見つからない時もあるって言っていたけど
それでも、勉強した時間や内容は無駄にならないって。
いつか自分を助けてくれる知識になるって』
『……』
『見つけることができたら、なりたい自分に近づくために
努力すればいいんだって。俺だって、今黒になるのが目標だけど
もしかしたら、全然違う事をしているかもしれない』
『黒になるんだろ?』
『将来は分からないだろ?
もしかしたら、怪我をして戦えなくなってるかもしれない。
それに、俺は自分のやりたいことを見つけるために
師匠と一緒に旅をしているんだ』
『やりたいことを見つける?』
『うん。俺の世界は本当に狭かったから。
師匠と出会って、俺の世界は広がっているって思う。
色々な国に行って、様々のものを見るのが楽しい。
もちろん、辛いことも悲しいこともあるけど。
それ以上に、俺は知らないものを知るとワクワクするんだ!』
『……』
『だから、世界を見てまわって
黒になる以上に、俺の心をワクワクさせるものを見つけたら
俺は多分、悩むだろうなぁ。俺は黒になりたいけど』
アルトがクロージャを見て笑う。
『だからさ、今決めなくてもいいと思うんだ。
たくさん勉強してからでも、遅くないと俺は思う』
『そうかな』
『クロージャは、クロージャの道をゆっくりと見つければいいんだ
俺も師匠にそう言われた。可能性を広げていけばいいって』
『うん。うん』
『それに、クロージャは俺の友達だから。
クロージャが、困ってどうしようもない時は
俺が必ず助けに行くから。約束だから!』
迷いなく。ひたすら真直ぐにそう告げるアルトを
クロージャは、目を見開いて凝視した。
そして、歯を食いしばり俯き体を震わせながら
必死に泣くのを耐えていた。
そんな2人の様子を見て
ミッシェルがクロージャのかわりに涙を落とす。
火の前で、暫く静かな時間を過ごしたあと
『クロージャ、寝たほうがいいよ』
アルトの声に、クロージャが頷いて毛布へと入る。
『アルトは寝ないのか?』
『もう少ししたら寝る』
『そっか……。アルト、俺もお前が困っていたら
絶対に力になるから。約束するから』
『うん』
『お休み』
『おやすみ』
自分の気持ちを、洗いざらい吐けたからか
クロージャは、そう時間が経たないうちに眠りについた。
「リーダーの器か……」
親父が楽しそうに、アルトを見ている。
「リーダーになれる素質を持っているわけ」
「お前らもうかうかしてられないな」
親父がそう言って、周りを見渡した。
「アルトには負けねぇ!」
口々に楽しそうに、親父に言い返している。
「なら、しっかり学ぶことだ」
勉強しろと言った親父に、ピタリと口を閉ざす。
「酒肴は、料理に関しては貪欲なんだがなぁ」
バルタスさんが、苦笑しながら酒肴の奴らを見て
「……アルヴァンはアルトに負けているな」
エレノアさんが、アルヴァンさんをみてそう告げた。
「私は、リーダーよりもリーダーを支える者でいたいのです」
「……私は、君に剣と盾を継いでほしかったのだが」
「私では無理です」
「……なら、伴侶にリーダーの素質を持った
人間を探してくれ」
「また、無謀な注文を……」
アルヴァンさんが珍しく
途方に暮れたようにエレノアさんを見ていた。
アルヴァンさんは、本当に静かな人だ。
自分の信念をしっかり持っていて
何を言われようが、ぶれることがない。
リーダーの資質がないと言われているのに
最初から、リーダーなど目指していないとはっきり告げる。
俺から見ても、かっこいいなと思う男の1人だった。
アルトは、クロージャを見て安堵したように息をついていた。
そして、難しい顔をして火をじっと見つめている。
何を考えているんだ?
『うーん』
悩むように声を出し、鞄から何かを取り出しじっと見ている。
魔道具のようだが、何の魔道具かは分からない。
『どっちが、朝まで火を燃やしてくれるやつだったかなぁ?
試したらわかるけど。これきっと、どっちかは爆発するよなぁ』
首をかしげながら、右手と左手に1つずつ魔道具を持ち見ている。
火を管理するための魔道具も持っているのかよ。
どうやら、クロージャが起き上がる前に悩んでいたのも
この魔道具の事だったのだろう。
『そろそろ眠いんだけどな』
アルトの困ったような声に、トキアがもそもそと毛布からはいだし
前足を伸ばして伸びをし、そのあと後ろ脚を伸ばして伸びをしてから
アルトの傍へと来て、ふんふんふんとアルトの手の匂いをかいでから
左手に噛みついた。
『うわ、だからなんで噛みつくんだよ!』
『がふがふ』
『こっち? こっちを入れればいいの?』
『わん』
小さな声でトキアが鳴く。
アルトは、トキアを疑うことなく魔道具を起動させてから
火の中に投げ入れた。
『あー。よかった。
どっちがどっちか、わからなくなってたんだよね』
『わんわん』
『気を付けないと』
『わん』
アルトはふぁぁと欠伸をしてから
外套を体の上にかけ、寝転がった。
トキアがアルトの外套の中にもぐりこみ
お尻だけ外に出している。
『どうして、お尻をこっちに向けるんだよ』
アルトの文句に、トキアがふんと息を吐き
体の位置を入れ替えて、目を閉じた。
『トキア、お休み。
今日はありがとう』
アルトがトキアの頭を撫でてから目を閉じ
そしてすぐに、寝息が聞こえたのだった。
アルト達が寝たことで、こちらの空気も安堵したものへと変わる。
「ミッシェル、そろそろ家に戻ろう」
「アルト達が戻って来るまで居たい」
「体に障るだろ」
「……」
父親が、ミッシェルに帰ろうと促すが
ミッシェルは帰りたがらない。大先生とロガンとオリエさんは
ここに残るようだ。
ミッシェルと父親が話しているさなかに、ドアがノックされる。
兄貴が、ドアを開けるとそこに立っていたのはセツナだった。
セツナを視界にいれた事で、ミッシェルの両親と
大先生達が立ち上がる。
大先生とオリエさんとロガンが、セツナの傍に行き頭を下げた。
アルトを巻き込んだこと、アルトに命を救われた事。
色々な感情を込めて、セツナに頭を下げていた。
「リッツも助けていただき。
ありがとうございます」
リッツの事に対するお礼には頷いたが
アルトの行動は、アルトが決めた事だからと言い
アルトにお礼を言ってくれと告げただけだった。
「お礼はアルトに。
僕は、トキアを送っただけですから」
簡単に言うが、治療しながらこちらにも魔力を割くのは
大変だろうに。大先生達の次は、ミッシェルとミッシェルの両親で
本当に嬉しそうに、感謝を告げている。
セツナがミッシェルの傍に跪き顔色を見る。
呪文を唱え、魔法を発動しミッシェルの体調を調べているようだ。
セツナが近くに居るからか、ミッシェルの顔が赤い。
そういえば、セツナは今眼鏡をはずしている。
そっとフィーを見れば、キラキラと目が輝いていたし
女共を見れば、ガン見していた。こえーよ。まじこえー。
「大丈夫。このまま帰っても問題ないけど」
「アルト達を私も待ちたい」
ミッシェルの願いに、セツナが苦笑して
ミッシェルの両親に視線を向ける。
「どうされますか?」
「ここに居ても大丈夫でしょうか?
家に帰っても、寝そうにないので」
深く深く溜息を吐きながら、諦めたように父親がセツナに問う。
「大丈夫ですよ。病気は完治していますから。
体力が戻れば、普段通りの生活に戻れます」
「はい。クオード先生からも説明して頂きました」
「今日は、このまま泊まってください。
外は寒いですから、かえって風邪をひいてしまうかもしれません」
「そうですね。
お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」
ミッシェルの父親が、総帥を見る。
総帥が「医師のいう事を聞くべきだ」と告げ泊まっていく事になった。
「ただ、この部屋に居ることは許可できません。
エレノアさん達は、このまま寝ずに待機してくださるようですから」
セツナの言葉に、エレノアさんが頷く。
「なので、隣の部屋を使ってください。
ベッドもありますから、大先生達も寝ることができます」
「お気遣いありがとう。
だが、私はここに居たいのだよ……」
大先生の言葉に、セツナが頷き。
この場に居る全員に、風の魔法をかけた。
疲れが一気に吹き飛ぶ。
「……そんなに魔力を使って大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
「……そうか」
「ミッシェルは、必ずベッドで寝ること」
「でも……」
「アルト達が起きたら、起こしてもらうといい」
「私が起こしてあげるわ」
母さんが、ミッシェルにそう告げるが
セツナに、サーラさんも寝てくださいと言われる。
そして、ここに来たことを怒られていた。
しょんぼりと項垂れて、母さんがミッシェル達と一緒に
部屋を出ていく。エレノアさんに「絶対絶対起こしてね」と釘を刺して。
エレノアさんは、溜息をつきながら頷いた。
「僕から依頼を1つお願いしたいんですが」
「……依頼?」
「はい。明日アルトを迎えに行ってほしいんです」
「……アルトはセツナを待っているが」
「僕が迎えに行く事を望んでいるのはわかっています」
「……そうだな」
アルトはセツナを待っている。
それは、誰よりもセツナが一番わかっているだろう。
だが、歯車は噛みあわない。
「患者の容態が、まだ安定しません。
僕はこの後も、回復魔法をかけ続けなければなりません」
本当は、自分で迎えに行きたいだろうに。
その期待に応えたいだろうに、行く事ができない。
だから、こいつは忙しい合間を縫って
俺達に、迎えに行ってくれと頼みに来たんだ。
「多分、明日の朝には快方に向かうと思うのですが
もし、安定しなかった場合患者を見捨てることはできません」
「……わかった。
私達の中から、迎えを向ける」
「ありがとうございます。
この魔道具で、アルト達のすぐそばまで行けます。
帰りは、トキアが転移魔法を使えますから」
セツナが、エレノアさんに魔道具を渡し
エレノアさんが頷いて、魔道具を受け取った。
「……総帥」
エレノアさんが総帥に許可を求め。
総帥が許可を出す。
「この場で受理します」
「よろしくお願いします。
報酬は、のちほどでいいですか?」
「セツナ。報酬はギルドから支払う。
アルトには何の落ち度もない。
アルトがいなければ、皆死んでいただろう。
アルトにも報酬を出すと決めている」
オウカさんが、セツナにそう告げる。
「わかりました。
よろしくお願いします」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。
医療院の事と言い、今回の事と言い」
「お礼は先日言っていただきました。
これ以上はいりません。それでは、僕はもう戻ります」
「ああ、よろしく頼む」
オウカさんとリオウさん
そして総帥が、セツナに頭を下げセツナがそれに頷いて出ていく。
「……聞いた通りだ。
明日、ビート、エリオ、フリード、ルーシア、アニーニ。
お前達が迎えに行ってきてくれ」
「俺?」
「……ああ。ビートとエリオはクロージャ達と顔見知りだろう?」
「はい」
「……ルーシアとアニーニはエミリア達と仲が良かったな?」
「はい」
どうして、そんなことまで知っているんだ?
ルーシア達も、首をかしげている。
「……見知った大人が行くほうがいいだろう。
フリード。ビートとエリオが暴走しないように見張れ」
「わかりました」
フリードは一瞬、迷惑そうな顔をしたが
すぐに表情を引き締め返事をする。アルトを迎えに行く事が
嫌なのではなく、俺とエリオがワイアット達に切れないように
見張れと言われた事が、面倒だったのだろう。
「……頼んだ」
全員が頷き、返事をする。
「お前達よー。
疲れをとるために寝てこいや」
おやっさんの言葉に頷き、アルトが起きたら起こしてほしいと告げ
挨拶をしてから、俺達は部屋を後にしたのだった。
* 黒薙さんよりイラストを頂きました。
タイトル【アルト】刹那のメモ【頂きもの1】に
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