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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』
46/130

『 子供達とアルト : 前編 』

* ちょっとグロあり。

【ウィルキス3の月22日:ビート】


 結界の調整日に、クソガキ達がギルドの狩場へと入った。

その事に、心の底から胸糞が悪いと思った。

あれだけ、魔物は危険だから結界は出るなと散々言ってきたのに。


俺とエリオは、学校で出会った孤児院の友人とよく遊んだものだった。

今でもそいつ等とは交流があるし、ハルに戻ってきた時には連れだって

飲みに行く。そんな繋がりから、ワイアット達の事もよく知っていた。


必死に探すアルトを見ながら、内心ため息をつく。


多分もう死んでるだろうなと、心のどこかで考えていた。

戦う事の知らない子供が、魔物と遭遇して生き残れるわけがない。

胸の中に広がる苦い思い。だが、俺の予想に反して全員が生きており

胸をなでおろす。アルトとトキアが、全員を守りきり安全を確保した。


これで全員助かるだろうと、思ったのもつかの間

セイルが愚かなことを口にし、何を言っても無駄だと思ったんだろう

アルトはさっさと結界を離れてしまった。


命を懸けて、友人を助けに行ったのに

心ない言葉を言われて、さぞかし落ち込んでいるだろうと思ったが。

アルトはさっさと気持ちを切りかえ、前向きに行動していた。


その気持ちの切りかえ方を、俺も見習いたいところだ。

そして、夕飯を作る決意をしたアルトは薪を拾い終わり

今は、それなりに肥えた鳥に似た魔物を狩り捌こうとしている。


アルトが狩った魔物は鳥に似ているが、飛ぶことができない。

飛ぶことができないぶん、足が発達しており

皮膚を容易く切り裂くほどの鋭い鉤爪を持っている。

こちらへと向かってくる速度も速く

駆け出しの冒険者なら苦戦する魔物に入る。


そんな魔物の首を、アルトは相棒である双剣で簡単に刎ね落とし

簡易結界を張ってから血抜きをし羽をむしっていた……。


先ほどまで、トキアを相手に軽口を叩いていたのに

今はどこか落ち込んだように、黙って手を動かしている。


アルトの落ち込んだ様子に

母さんが心配そうにアルトを見つめていた。


『俺は、こんなところで何をしているんだろう』


呟くように落とされた言葉に、全員がアルトを見つめる。

やっぱり、平気な振りをしていただけだったのか……。


俺以外の奴らもそう思ったと思う。

だけど……。


『俺の今日のご飯は唐揚げだったのに!!』


そう言って立ち上がり、ダンダンと足を踏み鳴らし

怒りを発散させている。


『どうして、俺が自分で作らなきゃいけないんだ!』


アルト、お前……。

怒りどころが違うと思うんだが?


「から揚げ?」


ダウロが、5番隊に視線を向けクレイグが答える。


「うんそう。アルトが俺達が作る唐揚げより

 ギルドが作る唐揚げのほうが好きだって

 ふざけたこと言いやがったから。

 ギルドの唐揚げより、美味いものを作ってやるって話してた」


「そりゃ、むかつくな」


「それは、許せないな」


カルロとセルユが、クレイグに同意するように頷く。


「あら、ギルドの唐揚げは他のお店には

 絶対に負けないんだから。現にアルトは

 私達の唐揚げのほうが好きだといってくれてたんでしょう?」


リオウさんが胸を張って、誇らしげにそう告げる。


「うぐぐぐぐ」


こちらで、唐揚げで口論してる大人げない奴らを無視して

アルトへと意識を戻すと。アルトはトキアを相手に愚痴を吐いていた。


『クレイグさん達が、今日の唐揚げはギルドの唐揚げより美味しいって

 言うから、楽しみにしてたのに!』


『わふ』


『あー。俺の唐揚げー。明日残ってるかな?』


『わんわん』


『残ってるよね?』


『わふー』


トキアが曖昧な鳴き方をしたせいか

アルトが、何かむかつくことを考えたのか

眉間にしわを寄せて、拳を握っている。


『あ! エリオさんだな!

 エリオさんが俺の唐揚げを全部食べたんだ!!』


食べるんだじゃなくて、食べたんだ(・・・)断定だ。

アルトは拳を握り、その目には殺意を浮かべている。


『エリオさんめ! 許さない。俺は絶対に許さない!!

 絶対だっ!』


アルトがそう言って叫んでいる。


アルトの恨みがこもった言葉に

エリオが即座に反応して叫ぶ。


「おかしいっしょ!?

 俺っちまだ、何も食べてないっしょ!?」


「日頃の行いだな」


「日頃の行いね」


あちらこちらから、エリオに冷たい視線が向けられる。


「いや、俺っち夕飯もまだ食ってないんだけど!?

 この段階で、アルトに恨まれるとかおかしいっしょ!?」


「普通だろう?」


「そうだな」


「あれ、絶対俺っちを殺すって目をしてるっしょ!!

 てか、許さないって2回、絶対が2回! 殺意が半端ないっしょ!?」


アルトの言葉でエリオが騒いでるのを見て

ミッシェルが小さくクスクスと笑い、母親に話しかける。


「アルトはね、本当に唐揚げが好きなのよ。

 お弁当で、唐揚げが出ると目を輝かせるの。

 一番最後に、自分の好きなものを食べる癖があって

 唐揚げを最後まで残しておくんだけど、アルトは食べるのが早いから

 一番先に食べ終わってしまってね、私達が食べてるのを見て

 自分のお弁当箱の中身を見て、しょんぼりと肩を落とすから。

 何時も、唐揚げをわけてあげるの。そうしたら、すっごく

 嬉しそうに笑って、お礼を言ってくれるの」


「まぁ」


「それが、こう……可愛くて」


本当に小さい声で、最後の言葉を紡ぐ。

アルトが可愛いと言う言葉が嫌いな事を知っているらしい。


「でも、アルトに可愛いっていうと怒るから内緒ね」


母親と楽しそうに笑い、ふとこちらに向き誰かと視線が合い

ミッシェルの表情が暗く翳った。彼女の視線の先を見て見ると

クローディオ達がいる。ミッシェルは一度俯き、父親の方を見て

何かをお願いしてから、ゆっくりと立ち上がった。


父親に支えられ、ゆっくりと歩き

クローディオ達の前に立ち、深く頭を下げた。


「私が言った言葉で、獣人族の方達に

 とても不快な思いをさせてしまいました。

 許してほしいとは言えませんが、心から謝罪をいたします」


ミッシェルの心からの謝罪。彼女と一緒に父親もそして母親も

頭を深くクローディオ達に下げていた。謝られるとは思っていなかった

クローディオ達は、驚いた表情を作り3人を見て固まっている。


助けを求めるように、周りを見渡すが

自分達で決めろと、視線でクローディオ達に返事する。

俺達の態度に、助けを期待することを諦め。口を開いた。


「アルトが許している。俺達も許そう。

 だから、頭をあげてくれ」


クローディオの言葉に、ミッシェルが頭をあげて。

「ありがとうございます」と真直ぐにクローディオ達を見て

嬉しそうに笑った。許してもらえたことが本当にうれしいという

笑顔をクローディオ達に見せた。


3番隊はその笑顔を見て、視線を彷徨わせる。

あぁ。その気持ちわかるぜ。純粋な子供の視線は痛いんだ。


困り果てた3番隊を見かねて、おやっさんが口を出した。


「ミッシェルよー。もう座れ。

 あまり無理するな」


「はい」


おやっさんの言葉に素直に頷き、もう一度謝罪の言葉を口にしてから

父親に支えられ、クッションへと体を埋めた。その額には汗が浮いている。

体調が悪いこともあるが、よほど緊張したのだろう。


そりゃするよなぁ。自分が悪かったとしても

謝るのは、かなり勇気がいるからな。


3番隊はほっとしたように息をつき、こっそりミッシェル達を見て

軽く笑みを浮かべていた。きっと、許すことができた自分達に

安堵したんだろうな。許すことができない想いってのは結構苦しいものだから。


『帰ったら、クリスさんに絶対言いつけてやるんだ!』


アルトは想像の中のエリオを目の敵にして、まだ怒っていた。


「俺っちは、何もしてないだろぉぉぉぉぉぉ!!」


兄貴に、頭を握られエリオがもがいている。

憐れな奴だ……。


羽をむしり終わったのか、短剣を取り出して

鳥の腹を裂き、内臓を処理していく。穴を掘ってあるから

埋めるつもりなんだろうが、内臓をじっと見て呟く。


『首と羽と内臓を、キューブに入れてギルドに持って行ったら

 買い取ってくれると思う?』


「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


アルトの呟きに、リオウさんが真青になって叫ぶ。

オウカさんも口元を引きつらせながら、アルトを見ている。


総帥は、口元に手を当てクツクツと笑っていた。

笑い方が、エレノアさんにそっくりだ。


「笑い事じゃないわよ!

 職員がやめたらどうしてくれるの!?」


確かに、キューブから貴重な部位の一部だけじゃなく

バラバラにされたものが、ごっちゃり出て来たら夢に見そうだ。


『熊とか熊の魔物の胃とか

 薬になるんでしょう? なら、これも買い取ってくれると思うんだ』


「違うから! 全然違うから!!

 胃じゃなくて胆嚢だから! それにその魔物は薬にならないから!」


リオウさんが、必死に返事をしているが向こうには届かない。


『師匠も、貴重な部位は高く売れるって言ってたし』


確かに。薬になったり、武器になったり、防具になったり

貴重な部位は高く買い取ってくれるが……。


あの魔物はない。それも、羽は適当にむしられてるし。

内臓も外に出されてから、時間が経っている。


目当ての部位だけをキューブに入れるのは

時間との勝負だ。


普通なら、アルトみたいな発想は思いつかない。

なぜなら、キューブは1人に配られる個数が決まっている。

中身はギルドの人間しか取り出せないことから

基本、依頼の魔物をいれることになる。


キューブが、余ったとしても

買取金額が安そうな部位を入れるより

違う魔物を狩りそれを入れるほうが遥かに金になる。


それに、魔物の生息地は大体決まってはいるが

それでも、貴重な魔物と会う事もある。そんな時に、キューブに内臓を入れてました。

だから、その魔物を入れることができませんでした。

なんてことになったら悔やんでも悔やみきれない。

だから、キューブは余裕をもって1個以上は必ず残しておく。


『持って帰って、ナンシーさんに聞いてみようかな?』


「本当にやめてぇぇぇぇ。

 そこまでいったら、ごみだから!!」


アルトがキューブを取り出し、本気でキューブに入れようとするのを見て

リオウさんが、涙目になっている。


アルトがキューブを色々と入った穴に向けた時

トキアが、アルトの手にカプッと噛みついた。


『うわ、痛くないけどなんで噛むんだよ!』


『がふがふ』


噛みついたまま声を出しているせいか

変な声になっている。


『入れるなって?』


アルトの言葉に、トキアが耳を動かして

アルトの手から口を離し一度吠えた。


『わん』


『うーん。やめた方がいいの?』


『わん』


トキアの説得のおかげか

アルトはキューブにゴミを入れるのをやめたようだ。


リオウさんは、半泣きになって息をついていた。

気の毒に。子供がすることって本当容赦がない。


「総帥。アルトがキューブを持ち帰ってきた時は

 中身が何か確認するように、受付に話しておいてください。

 お願いします!」


真剣な表情で、リオウさんが総帥に頼んでいた。

総帥は、笑みを浮かべながら「そうしよう」と頷いた。


親父達は腹を抱えて笑っていた。

心配するだけ無駄な様子に母さんは苦笑を浮かべ

アルトを見ている。


「お母さん大丈夫?」


ミッシェルが母親を見て、そんなことを言っている。

何かあったのかと思って、視線を向けると母親の顔色が悪い。

おやっさんが「医師を呼ぶか」と聞くが父親のほうが断りを入れる。


「多分、解体を見てしまったからでしょう」と苦く笑った。

その言葉に、それぞれが頷く。あれは、見たことがない人間が

目にすると結構厳しいものがある。オリエさんを見ると涙目になって

必死に視線をそらせていた。


「ミッシェルは大丈夫なわけ?」


サフィさんが、ミッシェルに声をかけると

少し緊張した面持ちで、サフィさんに頷いていた。


「なかなか、いい度胸をしてるわけ」


そう言って、すぐにミッシェルから視線を外し

アルトへと戻す。ミッシェルはサフィさんの言葉に

はにかんだように笑い、視線を下に向けた。


「ミッシェルは本当に大丈夫なの?」


母親の問いに、ミッシェルが頷く。


「魚を捌くのと同じだと思うわ」


彼女の言葉に、あちらこちらで肩を震わせている人間がちらほら。

視線を適当に向けると、4番隊のシュリナが真っ赤になって

顔を下に向けていた。どうやら、酒肴の中で面白そうな事件があったのだろう。


「お母さんは、違うと思うけど……」


「そうかな?」


そんな親子の会話を聞きながら

アルトを見ると、どうやら捌き終わったようだ。


『はぁ、やっと終わった』


『わん』


『これどうするかなぁ?』


『わふ』


『俺は丸焼きが食べたいけど

 丸焼きにするには薪が足りないし。

 それに、すげーお腹が空いた!!』


「あぁ、なるほど」


「究極に腹が空いてるから

 あんなに苛々してたのか」


「アルトは、腹がすくと機嫌が悪くなるしな」


『仕方がないから、切ってから焼いて食べよう』


『わん』


アルトが、魔物を一口サイズにぶつ切りにしていき

鞄から、大きめのガラスの容器を出してそこに肉を詰め込み

道具を水で洗い綺麗にしてから、いったんすべてを鞄に直した。

自分についている血の臭いを消してから、簡易結界から出る。


『トキア、戻ろう』


アルトがそう言って、トキアに視線を向けた時

トキアが何かを口に入れていた。


『あー! トキア! 何食べてるんだよ!! 吐き出せ!』


アルトが慌ててトキアを抱き上げて座り込み

トキアを動けないようにして、両手で口をこじ開けた。


『がふがふ』


トキアが暴れるがお構いに無しに

手を口の中に突っ込んで、口の中のものを取り出す。


トキアの口から出てきたのは

雪茸とは別のこの時期に生える茸だった。


『なんでも口に入れたらダメだろ!

 毒茸だったらどうするんだよ!』


『わふー』


『俺が確認してあげるから。

 食べたかったら持ってこないと!』


そう言って、トキアに茸を返すと。

トキアはパクッと茸を食べた。


「アルトすげー。

 普通、口をこじ開けて中のものとれねーって」


「そうか?

 ちゃんと躾けさえしてれば、口の中に突っ込んで

 取り出しても噛みつかないぞ」


「そんなもんか?」


「まぁ、吐け! っていったら吐くように

 しておけば安心だけどな」


「へー」


「でも、あれセツナの使い魔だろ?

 悪いものは食わないだろ」


「確かに」


犬を飼ったことがある奴とない奴が色々と話しているが

サフィさんをみると、目が落ちそうなほど見開いてトキアを見つめていた。


「どうして、使い魔が茸を食べるわけ?」


サフィさんの呟きに


「よくわからないのなの」


フィーが、無表情でトキアを見てそう答えた。

どうやら、使い魔は普通食べ物を食べないらしい。

まぁ、魔法で作った犬なんだから食べるほうがおかしいか。


「あの茸はどこへ行くわけ?」


「多分、魔力に変換されるのなの」


サフィさんは、手元にあるお茶が入れられたカップを持って

ゆっくりと口へと運び、今の出来事を見なかったことにした。


アルトが、周りを警戒しながら元の場所へと戻る。

そして、セイル達がいる方へと視線を向け首を傾げた。


『どうして、明かりをつけないんだろう?

 俺は暗くても見えるけど、人間は暗いと見えないだろ?』


アルトは、簡易結界の中でだけ小さな明かりを使い作業をしていた。

今は、明かりをつけないで歩いている。

明かりをつけると、魔物が集まってくる可能性があるからだ。

そんな状況下にいること自体がおかしいが、いまさら言っても仕方がない。


『わん』


『何かあったのかな。

 師匠の結界の中で、危険な事があるとは思えないけど』


『わん』


『様子を見に行ってみようかな』


そう言って、セイル達の方へ気配を消しながら歩いていった。


アルトが魔物を捌いている間、セイル達はというと

クロージャがセイルを諭し、この場所がどれほど危険な場所かを

かみ砕いて教えていた。クロージャの説明でワイアットがやっと

今の状況を理解したようだ。


あいつは馬鹿ではないんだが、周りが見えてない事が多い。

それに、現実を見るのを嫌がっている節がある。


そして今、結界の中は危うい状態になっている。

ジャネットが、暗闇が駄目なのか錯乱状態になっていた。


ミッシェルが小さく「ジャネット」と呼んだのが聞こえる。


「……危ないな。結界を出ると困る。

 サフィール行けるか?」


「……」


溜息を付きながら、サフィさんが立ち上がる。

そしてフィーを見て、フィーを呼ぶがフィーは返事をしない。


【僕の精霊、フィーに希う(こいねがう)


「サフィ!」


フィーが立ち上がり、その表情を悲しみに歪めサフィさんを呼んだ。

前に聞いたことがある。この文言で始まるお願いは、精霊の心よりも

自分の願いを優先するときに使う願いという名の命令なのだと。


そして、命令には代償が必要になるらしい。

フィーは歯を食いしばって、サフィさんを見ている。


【僕と一緒に……】


サフィさんが、命令を告げようとした時

フィーの隣に魔法陣が現れ、そこからセツナの精霊のクッカが姿を見せた。

全員が、いきなり現れたクッカに息をのむがクッカは全く気にせず

フィーだけを視界に入れている。


「お姉さま」


フィーがクッカを呼んで、ぎゅっと抱き付く。

クッカは、フィーの背中をぽんぽんと数回たたいていた。


「行かなくても大丈夫なのですよ。

 あの結界からは、外に出ることはできないのですよ」


「結界から出られないとしても、心が壊れたら終わりなわけ」


「アルト様が向かっているのですよ。

 もう少し、様子を見てもいいのですよ」


「だけど……」


「アルト様でも無理なようなら、トキアがなんとかするのですよ」


「え? どうやって?」


「全員の意識を刈り取ればいいだけの話なのですよ。

 朝までぐっすりなのですよ~」


余りにもな力技に、誰もが閉口するが

上位精霊に、意見をしようなどという猛者はいなかった。


「あまり、精霊の心を無視した命令はしてほしくはないのですよ」


クッカがフィーを見てから、サフィさんへと視線を向ける。


「精霊にとって、契約者は本当に大切な存在なのですよ。

 人間が思っているよりも、深く愛しているのですよ」


「……」


「その契約者の命が削られる行為は

 私達精霊にとっては、体の一部を削り取られるような

 痛みを覚えるのですよ」


クッカの説明に、サフィさんは手が白くなるほどこぶしを握る。


「それでも、私は……守る者として

 これからもフィーに希うことがあるでしょう」


「サフィールが、助けることができる範囲で助ければいいのですよ。

 精霊と契約している人間など、ほとんど居はしないのですよ」


精霊の力に、頼らない程度に助けろという事だろう。

正論に、サフィさんは何も言い返すことができないでいる。


「それでも」


クッカは、苦笑を落としながら静かな声音で告げる。


「それでも。ご主人様もそして貴方も自分より弱い者を

 助けようとするのですよ。そして、私達は仕方ないと思いながら

 助けることになるのですよ」


深く深く溜息を付いて、クッカはサフィさんを見た。


「……申し訳ない。私が、サフィールに頼んだのだ」


エレノアさんがここで口を挟む。


「子供達を助けたいと思うのは、良いことだと思うのですよ。

 だけど、アルト様を傷つけた人間を私達は助けたいとは思わないのですよ」


「……」


「アルト様は、許されているようですが。

 人間と精霊は違うのだという事を、覚えておいてほしいのですよ。

 こうやって、私もフィーも手伝っているのは契約者である大切な人の為で

 他の人間の為ではないのですよ」


「……肝に銘じよう」


「フィーもサフィールと仲直りするのですよ~」


クッカの言葉に、フィーがクッカから離れて

コクンと頷いた。


「私は、そろそろ戻るのですよ~。

 ご主人様のお手伝いが残っているのですよ」


「お姉さまありがとうなのなの」


「フィーの悲鳴が聞こえたのですよ~。

 泣いてはいけないのですよ」


どうやら、クッカはフィーを気にして

ここまで来たようだ。


言いたい事だけを言って、クッカは消えてしまう。

俯いたまま動かないフィーをサフィさんが抱き上げ

小さく「ごめん」と呟いてフィーを抱きしめていた。


クッカがいなくなって、全員が息をつく。

どうもまだ、あの雰囲気に慣れない。


セツナはよく平気だよなと、内心感心しながら

アルトに目を向けると、ジャネットに抱き付かれて泣かれていた。


どうやら大丈夫そうだな。

アルトが耳を寝かせながら、ジャネットとエミリアを宥めているが

2人はよほど怖かったのだろう。離れようとしなかった。


特にジャネットは、魔物に殺されかけ苦手な暗闇に身を置かなければ

ならなかった。頼りになるアルトが帰ってきたら

離れたくない気持ちもわかる。


2人は必死に、アルトに一緒にいてくれと懇願していた。


ハルでずっと過ごしていれば、自分の手が見えなくなるほどの

暗闇など経験することはない。俺達は、小さいころから祖父と祖母に

連れられ、バートルへ行ったりしていたから野宿の経験は多かった。


魔物が人間をいとも簡単に殺してしまう事も知っていたし

冒険者の背中も知っていた。子供の頃、色々な悪戯をしてきたが

結界を越える事だけは絶対にしなかった。


しかし、こいつは本当に優しいよなぁ。

精神年齢が高いと言うか、子供らしくないと言うか……。

アルトを見てそう思う。今は、どうやって2人を自分から離すかで

必死なようだが……。


アルトが動こうとするたびに、ジャネットとエミリアが

アルトの腕をとる。アルトは今究極に腹が減っているだろうから。


早く飯を食いたいはずだ。何とか2人を引きはがそうとするが

2人は離れない。そんな中、アルトとトキアの視線が合う。


アルトは尻尾を一度振り、トキアを呼んだ。

どうやら、身代わりの生贄にトキアを差し出すことに決めたようだ。


呼ばれたトキアは、トコトコとアルトへと向かい

隣に座ろうとしたところを、アルトが抱き上げ捕獲し

トキアを2人へと押し付けた。


『俺は今から火をおこすから

 俺のかわりに、これを抱いてるといいよ。

 トキアは俺より強いから、2人を守ってくれる』


『この、こは、なに?』


『犬』


『犬には、みえない、よ?』


確かに犬には見えない。3番隊が一番深く頷いている。

クローディオは絶対に、トキアを犬とは認めようとはしなかった。

だけど、こっそりかわいがっていることは全員知っている。


『トキアは、魔法で作られた師匠の使い魔なんだ。

 だから、普通の犬とは違うけど師匠は犬だと言っていた。

 多分、作る時に失敗したんだと思う。だから、こんなに足が短くて

 胴が長くなったんだ』


いや、失敗したわけじゃないだろ。多分だが……。

やっぱり、アルトも獣人族の血を引いているという事なんだろうな。

トキアを犬と認めるは、不服らしい。


『わふわふ』


トキアが、文句を言っているが

アルトは全く気にしていなかった。


後日、セツナにトキアを作るのに失敗したのかと聞けば。

『失敗してないですよ。

なのに、アルトは信じてくれないんですよね……』と告げ

セツナの目が遠くを見て、暫く戻ってこなかった。


『可哀想、だね』


エミリアとジャネットが、トキアを見て眉を下げ

可哀想と言いながら、頭を撫でたり背中を撫でたりしていた。


『わふー』


トキアは諦めたように鳴き、2人の心を慰めていたのだった。

やっと2人から解放されたアルトは、小さく溜息を付き


食事の用意をするために、準備を始める。

ロイールが手伝おうかと、声をかけるがやんわりと断り。


アルトからさらりと出たロイールを認め

勇気を讃え、困難を労わった言葉にロイールの心が満たされた瞬間を見た。


体が大きいとはいえ、同年代の女の子を背負って

走るのは、相当厳しかったと思う。それを、歯を食いしばり耐え

最後まで走り切ったのだから、凄い奴だと思う。誇っていいことだ。


ロイールが涙を落とした姿を見て、ロガンも歯を食いしばっていた。

どうして、ロイールがセイル達と一緒にいるのかという謎も解けた。


エミリアの話した内容を、ロガンが聞いて複雑な表情を作って

買い物を頼まなければと後悔を見せていた。


ロガンが言うには、病気が心配だったけど

どうしても手が離せなくて、買い物を頼んだのだと言っていた。


それがいつまでたっても帰ってこないから、どこかで倒れているのかと思い

色々な場所を探し回って、孤児院でオリエさんに捕まったらしい。

オリエさんに会えてよかったと、微かに笑いロガンがお礼を言っていたが

言われたオリエさんの視線は彷徨っていた。


大先生と、オリエさんはロイールを巻き込んで

申し訳なかったとロガンに謝っている。ロガンは、苦笑しただけで

許すとは言えなかった。弟が死にかける瞬間を目にして

無理やり、その死を飲み込まなければいけない状況になったかもしれない。

ロガンの心が落ち着くのにも、時間がいるだろうと思う。


今まだ、危険な狩場にいる事には違いないわけだし。

いくら、俺達があの結界の中が安全だと言っても戦ったことのない

人間には、すんなり理解はできないだろう。


それは、大先生達も分かっているのか

それ以上何も言わなかった。


『水ぐらい持ってきてるよね?』


アルトの声に、向こう側へと意識を戻すると

アルトがため息をつきながら、水を配っていた。

こいつら、本当にふざけてるとしか言えない。

ロイールやジャネット達はともかく、セイル達は本当に

考えなしにここに来たのだという事がわかった。


そんな、セイル達に親父達はため息を落とし。

酒肴の奴らは、首を横にと振っていた。


アルトが、結界へと戻って来てから

クロージャがずっと声をかけたそうにしていたが

やっと、謝るきっかけをつかめたようだ。


クロージャは、セイルにも謝るように視線を向けるが

セイルは、俯いたまま顔をあげることをしなかった。



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