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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』
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『 子供達 』

【ウィルキス3の月の22日:エリオ】


 2階の書庫で、夕食ができるまで古代語の勉強をしていた。

魔導書のほとんどが、古代語で書かれていると知り

魔導書を読むためには、古代語が読めないと駄目だと気がついた。


古代語というのは、意味をとらえるのが難しい。

言葉一つとっても、意味が違ってくるものがありそのような言葉が出てきた場合

その言葉の前後の文でその意味を推察するということが、必要になって来るのに

語彙が多く、曖昧な言い回しが余計に文章を読みづらくしている。


書庫にあった【馬鹿でもできる古代語入門】というのを見つけて読んでいるが

馬鹿にでもできると書いてあるのに、俺っちには読めない。


だとすると、俺っちは馬鹿以下という事か?

この本を書いた人物に殺意がわくが、わいたところでどうにかできるわけでもない。

やらなければ、読めるようにならない。読めるようにならなければ

魔導書が読めない。苛々としながら、本と向き合い問題を解いていくが

正解することの方が珍しい。


集中力が切れ、今日はここまでにするかと諦めた時に

アルっちの魔力が動く気配がして、2階の窓から外を見る。

魔王にでも挑戦するのなら、俺っちも一緒に付き合おうかと思った。


なのに、アルっちは一目散に転移魔法陣へと走っていく。

やばいと思い「アルっち!!」と大声で呼ぶが、振り向くことなく

転移魔法陣を使い、出ていってしまった。


母っちとビートは何をしているんだ!?

腹を立てながら下に降りていくと、母っちが青い顔をして

庭を見つめていた。


「エリオちゃん! アルトがアルトが!」


「窓から見た。母っちは何をしてたんだ?」


「うとうとしてて……」


あぁ、それなら仕方ないか。

お腹に子供がいるし、親っちがいないからよく眠れていないんだろう。

母っち呼びをしても、訂正が入らないぐらい動揺している。


「ビートは?」


「着替えを取りに、家に戻ったの」


その隙を突かれたのか。ひと声かけてから

取りに戻ればいいものを。俺っちと母っちの声を聞きつけて

5番隊が厨房から出てくる。


「何かあったのか?」


「アルっちが外へ行った」


「あー。そろそろ抜け出すと思ってたから

 気を付けてたんだけどな」


「俺達は、気配が読めないし気がつけない」


「それは仕方がないっしょ。

 5番隊は別の役割があるんだからさ」


アルっちは獣人族だけあって、気配の消し方が上手い上に

気配を察知するのも上手い。俺っちは、気配よりも魔力で

感じることができるから、アルっちが気配を消しても

動けばわかるが、もっと早くに気がつくべきだった。


「まぁ、7日も持ったのはすごいと思うが」


「確かに。俺なら3日だな」


「俺っちなら、2日っしょ」


子供というのは、じっとしているのが苦手な生き物だ。

危ないと言われようが、駄目と言われようが

そんなものは関係ない世界で生きている。


だから、馬鹿をやって死にかけたり

馬鹿をやって、半殺しにされたりして

やっと、アーコレハマジデヤバインダと理解していく生き物だ。

俺っちがそうだったから断言できる。


だが、アルっちの場合子供のくせに忍耐力が半端ない。

一度危ないと言われた事は、やらないし

駄目だと言われた事は、覚えている。そしてそれを守るのだが

今回は、セツっちが関わっているぶん我慢することができなかったのだろう。


ここ数日、寂しそうに項垂れていた。

そろそろ(セツっち)が恋しくなってくる頃だから

気を付けようと、全員で話していたところだったのだ。


「何かあったのか?」


ビートが庭から入って来て、俺っち達を見る。


「アルっちが抜け出したっしょ。

 お前、離れる時はひと声かけろっていったしょ?」


「あー。少しの間なら大丈夫だと思ったんだけどな」


ばつが悪そうに頭をかいて「わりぃ」と謝った。


「探しに行かなきゃ!」


母っちがそう言って、庭に向かうのをやめさせる。

そのうち帰って来ると思うが、セツっちが居ない状態で

放置しておくのもどうかと思うし、母っちがじっとしていないだろう。


馬鹿な冒険者に絡まれて

これ以上アルっちの悩み事を増やされても困る。


それに、俺っちはもう2度とセツっちのあの殺気を

浴びたくない。あの時厨房では、いろいろ大変だったらしい。

殺気に耐性のない、5番隊の奴らが包丁を持って

自分を傷つけようとしていたのを、他の隊の奴らが必死に

抑えていたと言っていた。どうしてそんなことをしようとしたのか

あとで聞くと、あの空気が耐えられなかった。

死んで楽になりたいと思ったと話していた。


確かに、あれは浴び続けると

俺っちもそんな気持ちになったかもしれない。


黒の資質を持っている人間は、おかしい奴らばかりなのか?

だとすると、俺っちもおかしくならなきゃいけないのかもしれない。

まともな俺っちが、おかしくなるのが一番の難関かも知れないなぁと

その時思った。


「母さんは、ここに居ろって」


ビートの声で、思考が戻る。


「俺っちとビートで探して来るっしょ」


「多分、セツナの所だろ。

 迎えに行ってくる。5番隊だけで大丈夫か?」


「大丈夫。ここに居る限り何も起こりはしないよ」


「確かに」


「それじゃ行って来るっしょ。

 母っち、絶対に外に出てくれるな。

 俺っち達が、親っちとサフィさんに殺される」


「でも」


「連れて帰って来るから、ここで待ってろって」


俺とビートの言葉に、青い顔をしながら頷き

5番隊がいれた体に優しいお茶を持たされて、ソファーへと座った。


「ちょっとの間、母っちを頼む。

 絶対に外に出さないでくれ。俺っち達が殺される」


「わかった。安心して逝って来い」


うん? と思わなくもなかったが

ビートに視線をやり、出かける用意をしてからアルっちを探しに行った。


セツっちが、緊急病棟に居ることは知っていたから直接そこへと向かう。

建物に入ろうとすると、白衣を着て腕章をまいた医師に止められた。


「何かありましたか?」


その医師は、俺達の腕に巻かれているバンダナを見てそう告げる。

どうやら、黒のチームとして用があってきたと思われたらしい。


「いや、ここに獣人族の男の子が来なかったか?

 アルトっていう名前なんだが」


「ああ、先ほど来てましたよ。

 セツナさんとの面会を希望されていましたが。

 セツナさんはただいま、治療に専念されていまして

 どなたとも会う事ができません」


「そうか、それでアルトは?」


「医院長が、説得して帰っていかれましたが」


「わかった。

 手を止めてすまなかったな」


「いえ、お気になさらず」


アルっちがいないなら、ここに居ても仕方がない。


「すれ違ったか?」


「いや、アルっちが近くにいれば

 俺っちにはわかる」


「あぁ、サフィさんに鍛えられてるんだっけか?」


サフィさんに、魔力は1人1人違うものだから

見分けられるようになれと言われて、ずっと訓練をしている。

まずは身近な人からという事で、同盟のチームのメンバーの魔力を

片っ端から覚えていっている最中だ。


「そそ」


「どうするかな」


「とりあえず、手分けして探すっしょ。

 もしかしたら、またここに来るかもしれない。

 18時に、ここで待ち合わせでいいっしょ?」


「そうだな、一回で諦めるとは思えないしなぁ」


ビートと一度別れ、アルっちを探して歩きまわるが見つからない。

たまに、露店を出している店主に聞くがお菓子を買って帰ったとしか

情報がなかった。大体の時間を聞いてみたが、それなら俺っちと

すれ違っていなければおかしい……。


いったいどういう事だ?

もしかして、誰かに連れていかれたのか?


嫌な事が次々と思い浮かび、それを否定しながら

アルっちを探し、時間になったので待ち合わせ場所に戻ると

母っちと5番隊全員がいた。


「家にいろって、言ったっしょ!」


思わず声を荒げる。それもここまで来るって何を考えてんだ!


「だって、なかなか帰ってこないし」


「だってもくそもあるか! 腹の中に子供がいるだろう!?

 なぜ、自分の体と子供を大切にしない!」


怒鳴る俺に、母っちはみるみる涙をためていく。


「何、怒鳴ってんだ? うおぉ、なんでここに居るんだよ!」


ビートも眉をひそめて、母っちを見る。


「ごめん。本当にごめん。

 俺達止めたんだけど無理で」


だから、5番隊全員で出て来たのか。

母っちが何かに巻き込まれたとき、戦闘が苦手な5番隊だと

数が必要になると思って、出てきてくれたんだろう。


「あー。母っちが悪いっしょ」


「帰るぞ、親父達に見つかったら

 まじで、俺達が殺される」


「ほぉ、どうしてサーラがここに居る」


腹の底に響く、ひっくい声が俺っち達に届く。

どうして、いつもいつも出てきてほしくない時に出てくるんだと

心の中で悪態をつきながら、どうやって言い訳をするか必死に考える。


ビートを見ると、顔色が悪い。

きっと俺っちも、似たり寄ったりの顔色だろう。


そんな俺っち達をまるっと無視して母っちが泣きながら叫んだ。


「アルトが! アルトが帰ってこないのっ!」


母っちのその言葉に、疲れて帰ってきた同盟チームのメンバー達が

更に疲れた様な表情を見せた。まだ18時という時刻。

心配するにはいささか、過保護ともとれる時間帯だ。


「とりあえず、サーラは家に戻れ」


「嫌っ!」


「サーラ!」


珍しく親っちも、母っちに厳しい声を聞かせるが

母っちは引かない。


「絶対にいや! 胸騒ぎがするの!

 嫌な予感が頭から離れないの!」


必死にそう言い募る母っちに、全員の表情が変わる。

ビートが死にかけた時も、母っちは同じことを言っていた。


「ここで何をされているのかな?」


緊迫した空気を断ち切ったのは、聞き覚えのある声だった。


「大先生こそどうしたんだ?」


ビートが、不思議そうにそう告げる。


「いや、ここにリッツが入院しとってな。

 今日の夕刻に退院できると連絡があったから

 迎えに来た」


「そうか、リッツは大丈夫なのか?」


「一時危なかったが、セツナさんがようしてくれたらしい」


「そうか。よかったな」


ビートが本当にほっとしたように、笑顔を見せた時

「大先生!」とオリエさんが切羽詰まった声を発しながら

こちらへと走って来る。


「どうした?」


「セイル達5人が、まだ帰ってこなくて

 もしかしたら、大先生のあとをつけたんじゃないかと」


「いや、私は誰とも会っていないぞ」


セイル達5人というのは、アルっちといつも一緒にいる奴らだ。

年上の俺っちやビートを呼び捨てにする、むかつく奴らだ。

だとすると、アルっちはそいつらと一緒にいる可能性が高いのか?


「そんな……」


「それで、ビート達はどうしたのかな?」


「いや、アルトが帰ってこなくて探してた」


「それは……」


大先生が何かを告げようとした時、そこに割り込んでくる声があった。


「あの、アルトとセイル達になにかあったんですか?」


俺っちには聞き覚えのない女の子の声。

その声の主を探すと、父親に横抱きにされて心配そうにこちらを見ている。

リッツと同じ退院する患者だろう。もしかすると、アルっちの知り合いかも知れない。

だが、本当の事を伝えることもないだろうと思い。何もないと返す。


「いや、何もない」


「大先生。アルト達がどうしたんですか?」


俺っちが答えないと知ると、その女の子は大先生へと質問をうつす。

どうやら、大先生と知り合いらしい。


「ミッシェル。大丈夫なにもない。

 君の方こそ、命を落としかけたのだから

 大事にしないといけない。早くお帰り」


「駄目です。嫌です。

 アルトも、ジャネット達も私の大切なお友達です。

 お願いです。何があったのか教えてください」


ミッシェル。その名前に聞き覚えがある。

あぁ。サフィさんに罰を与えられた子供のうちの1人か。

魔道具で見た時よりも、痩せているから分からなかった。


3番隊が、目を細めて睨むようにミッシェルを見ていたが

バルタスさんに宥められて、溜息を付いてから気配を元へと戻した。


反省して、今はアルっちの良き友人となっているから

手を出すと、アルっちに恨まれるぞ。


「6人とも、まだ帰ってきていない」


ミッシェルはそう聞くと黙り込み

少し考えてから、自分もアルト達を待ちたいと言いだした。


ミッシェルの言葉に、父親が反対するが

ミッシェルは引くことはなかった。緊急病棟の前でこれだけの人間が集まっていると

人目を惹く。特に今は、エンブレムを背中に背負っている最中だ。

とりあえず場所を変えようとなった時


1羽の白い鳥が、母っちの傍へと降りてきて母っちの肩へと止まる。

そしてその鳥が光ったと思ったら、全員が緊急病棟の裏門のある位置へ

転移していたのだった。


「どういうことだ?」


親っちが、サフィさんを見てたずねる。


「多分、セツナが強制的に僕達をあそこから排除したわけ」


「ああ。なるほど」


「セツナが、僕達をこちらへ誘導したという事は

 あいつは何かしら、情報を掴んでいるのかもしれない。

 あいつの指示に従ったほうがいいわけ。

 サーラとミッシェルの体調も気にしての事だろうから

 とりあえず、部屋に入るわけ。体が冷える」


「サーラは帰したほうがいいと思うが」


「大丈夫なわけ。その鳥が、結界を張ってサーラとミッシェルに

 清浄な空気を送り込んでいて、あの家にいるのと同じ状態に

 なっているわけ」


「……」


「相変わらず、あいつの魔法はおかしいわけ」


サフィさんがため息をつき、チームに与えられている部屋へと入っていく。

ミッシェルの両親はどうするか悩んだあげく

「ここなら、セツナ先生がそばに居るから

 家にいるより、安心できるわ」とミッシェルがそんなことを言い

両親がため息をつきながら、部屋へと入っていく。


サフィさんの言葉に、家に帰るよりもミッシェルの体には

いい環境だということ、そしてこのまま帰ったとしても

ミッシェルが落ち着いて休めない事を考慮したのだろう。


それに、アルっち達の事も気にかけているようだ。


靴を脱ぎ部屋に入ると、ふっかふかの絨毯がひかれていた。

これは、寝ころぶと気持ちがよさそうだ。多分、ベッドが無くても

眠れるように配慮された部屋なんだろう。


オリエさんは、また来ますと言って

リッツを連れて、一度孤児院へと戻っていた。

ここから孤児院はさほど遠くない。


ミッシェルは、巨大なクッションの上に体を置くように

エレノアさんに言われている。


大先生と母っちとミッシェルの母親も同じようにそこに体を沈めていた。


「うわ、何このクッション。

 人間をやめてしまいそうなほど、気持ちがいい」


母っちの言葉に、このクッションの良さを知っている全員が頷いている。

俺っちにもちょっと貸してくれないかな。


「セツナが、女共の為に鞄から出してくれたらしい。

 俺達にはないんだぜ? 俺達もそのクッションが欲しかった!」


体をすっぽりと包んでしまうぐらいの大きさのクッションだ。

中に入っている素材が何かは知らないが、包み込むようようにして

体を支えている。


兄っちが、母っち達の上に毛布をかぶせる。

ミッシェルには、2枚掛けていた。


大先生が、ミッシェルの両親に彼女の事を聞いている。

ミッシェルとリッツは相当やばかったようだ。セツっちが居なければ

命を落としていたと、クオードさんに言われたと話していた。


子供達が次々と退院していく中で

一進一退を繰り返す状態だったらしい。


セツっちが、回復魔法を2人の体の負担にならない

ギリギリのところで制御してかけ続けたらしい。

その間あいつは、一睡もしなかったというのだから

セツっちの精神力には驚くばかりだ。


同じ魔法を継続的にかけ続けるのは

物凄く難しいし辛い。俺っちには到底できない。

それも、繊細な制御が求められるなど気が狂うにきまってる。


今は、ミッシェルよりも悪化した他国の患者の治療にあたっていて

感謝の気持ちを伝えることもできないまま、退院することに

後ろ髪をひかれていたとも語っていた。


5番隊が、部屋に備え付けられてある調理場で

暖かいお茶を人数分いれて配り。そのお茶の水が

精霊水で、とてつもなく美味かった。


そろそろ、アルっちがいなくなってからの事を話そうかと

思った時に、扉を叩く音がして兄っちが出る。


どうやら、オリエさんが戻ってきたようだが

後ろに知らない人間が一人いる。親っちが誰か尋ねると

ロイールという少年の兄だと告げた。


ロイールは確か、アルっちの武器を奪おうとして

返り討ちにされた子供だが、アルっちの友人の1人となっている。


俺なら、絶対にミッシェルやロイールとは距離を置く。

アルっちの人を許せる寛容なところは、長所ともいえるが

考え方によっては、自分に無頓着なところが怖いともいえる。


セツっちよりはましだといえるが……。

2人とももう少し、自分を大切にするべきだと思う。


黒と黒のチームが集まっていることで

ロイール兄、ロガンは緊張で固まりながら部屋に入り

ミッシェルの父親の横に腰を下ろした。


どうやら、ロイールも家に戻っていないらしい。

孤児院の前でうろうろしていた所を、オリエさんに声を

かけられたそうだ。きっと、不審者と間違われたのだろう。


一緒に行動しているかもしれないという事で

ここに連れて来たらしい。


母っちが、アルっちがいなくなった時の状況を話し

俺っちとビートが、母っちの続きを話す。


全て話し終えたところで、フィーが部屋へと入ってきた。

何時もの通り、サフィさんの横へといきなり現れたものだから

ミッシェルやその周りの人間が驚いていた。


「何処に行っていたわけ?」


「セツナの所へいってたのなのなの」


「セツナは今仕事中だろう?」


「大変そうだったのなの。

 だから、フィーが手伝ってあげると言ってきたのなの」


「手伝う?」


「そうなのなの。

 魔道具を起動するための魔力を肩代わりしてあげるのなの~」


フィーはそれだけ告げると、手のひらにある魔道具を起動させる。

魔道具が起動された瞬間、俺達の目の前に現れたのは

アルっちが、どこかを走っている様子だった。

アルっちの隣にはトキアがいる。カルロが目を丸めてトキアを見ている。


「あー、何でアルトと一緒にトキアがいるんだ?」


確かに、あれだけ嫌がっていたのに。


「……ここは、ギルドの狩場か?」


「多分そうだろうな」


エレノアさんの言葉に、親っちが肯定を返す。


「アルトとトキアで、狩にでも行ってるわ……」


サフィさんが、表情を失くし言葉を途中で止めた。


「どうして、この時間に狩場になんているわけ!?」


「確かになぁ」


切羽詰まったようなサフィさんと、のんびりしたバルタスさん。


「確かになんて、そんな呑気なこと言っている場合じゃないわけ!

 忘れているわけ!? 今日は結界の調整日だ!」


サフィさんの言葉に、全員が言葉を失くしアルトを見つめる。

ありないだろう? 今日狩場に入るなんて……。


ミッシェルが、俺っち達が驚いている理由を小さな声でビートに尋ね

ビートが、狩場の調整日の意味を教えるとミッシェルが顔色を変えた。


「……鐘をならさなかったのか?」


「いや、鐘は5回なってた」


「アルトは、ナンシーから説明を受けていたはずだな」


「この前の狩の時に、聞いているっしょ」


「は、はやく、はやく、ギルドに結界を開けてもらわないと!」


母っちが叫ぶように言葉にして立ち上がる。

その時、ノックと共に部屋の扉があき

ヤトさんとリオウさんとオウカさんが部屋へと入ってきた。


全員が立ち上がろうとするが、ヤトさんがそれをとめる。


「ギルドは何をしているわけ?」


サフィさんが一番最初に、ヤトさんへと疑問をぶつける。


「私達の知らない狩場の入り口が見つかった」


ヤトの言葉に、ミッシェルが小さな声で雪茸と呟いた。

その呟きを、バルタスさんが聞き逃さずミッシェルに知っていることが

あるなら話してほしいと頼む。


「学校がおやすみになる前の日

 セイル達とアルトが喧嘩したんです」


ミッシェルは、その時の事を思い出しながらゆっくりと話す。

病気のせいで、まだゆっくりとしか話せないらしい。


「セイルが雪茸を取りに行きたいと言って

 アルトに護衛を頼んでいたのだけど

 アルトは、自分の力では自分しか守れないから無理だって。

 絶対に結界を越えてはいけないって怒ったんです」


確かに、アルトの力ではまだ人を守るのは無理だろう。

戦えないものを守るのは、相当気を使うし力量がないと無理だ。

アルトの選択は正しい。


「それから、セイル達とアルトはぎくしゃくしていると思います。

 だから、もしかしたら……セイル達は狩場にいるのかもしれません。

 セイル達が狩場に行ったことに、アルトは気がついて

 セイル達を追っているのかも……」


ミッシェルの推測を誰も否定しなかった。

アルトは、鐘が5回なった時の状況を知っているはずだ。

それでも、あえて狩場に行ったとしたのなら。


その先には、十中八九孤児院の子供達がいる。


「そんな! セイル達は狩場に?

 危険な魔物がいる場所に居るんですか!?

 早く助けに行かないと!!」


「……無理だ」


エレノアさんが、重く息をつきながらその一言を告げた。

そう、無理だ。今あそこには誰も入ることができない。


「どうして!

 黒の皆さんがそろっているじゃないですか!」


「オリエよー。狩場に入ることができるなら

 わしらだって今すぐ助けに行く。

 だがな、ビートが話していたじゃろ?

 今あそこは、誰も入れん場所になっとる」


サフィさんが、チラリとフィーを見たが

フィーが首を横に振っている。サフィさんが諦めたように

溜息を付き、フィーから視線を外した。


「ギルドが、ギルドが結界を張っているんでしょう?

 なら……」


「あの場所は、私達が管理していはいるけど

 結界の調整は、この国の初代が組み込んだ魔術なの。

 だから、私達はその日に冒険者達が入らないように

 警告を出すぐらいしかできないの」


リオウさんが静かに、オリエさんに言い聞かせるように話した。


「セイル達は……どうなるんですか?」


「……」


オリエさんの言葉に誰も口を開けなかった。

映像の中のアルトは必死に、誰かを探しながら地面を見て

足跡をたどりながら走っている。


時折、トキアに話しかけてわんとしか言わない! と文句を言っているけれど

何時もなら、微笑ましいといえる光景も今は笑う気がしない。


「……生きていれば、アルトとトキアが

 子供達を守れるかもしれない。だが、アルトが残酷なものを

 見る可能性が高い」


エレノアさんの言葉に、母っちが泣きだす。

その背中を、親っちが慰めるようにさすっているが

親っちの顔色もあまりいいとは言えなかった。


俺っちも多分他の奴らも、アルトが殺られるとは考えていないだろう。

アルトは強い。あの狩場なら十分1人でも生き残れるほど強い。

それに、セツナの使い魔もいる。


使い魔はセツナの分身だ。

アルトを守るだろうし、アルトが身に付けているものも

普通ではない物ばかりだ。魔法は使えるが、結界の外へと出る

魔法は使えない。なぜかは分からない。結界の調整がどうして必要なのかも

分からないと言われている。初代が残した不思議の1つだ。


セツナが作った結界針も持っているはずだ。

なら、アルトは安全な場所を簡単に確保できる。


だが……。初めてできた友達を

大切に想っている親友を、目の前で亡くすのを見るには

早すぎる年齢だ。冒険者をしていれば、いつかはそういう時がくるけれど

少しでも先に延ばすことができるなら、延ばしてやりたい。


ここに居るチームの奴ら全員がそう思っているはずだ。

ただでさえ今は、アルトは不安定な精神状態なんだ。


もしかすると、心が壊れる可能性だってある。

セツナも話していた。体なら、絶対に守り切る自信がある。

だけど、心はアルトが自分で守るしかないと。


「私の、私の為ですか?

 セイル達が、狩場に雪茸を採りに行ったのは

 今月が、私の誕生月だからですか?」


大先生が、しわの多い手をぎゅっと握り

唇を震わせながら、ミッシェルにそう尋ねるが

ミッシェルは、項垂れたまま返事をすることはなかった。


きっとアルトと一緒で、内緒だという約束を守っているのだろう。

だが、その態度で大先生はすべて分かってしまったんだろう。


唇をかみしめ、膝の上に涙を落とした。

誰も何も言えない。大先生の責任では決してない。

だけど、大先生は責任をとるのだろう……。

子供の命を危険にさらした責任を。


「……狩場への抜け道は特定したのか?」


「はい。ギルド職員が待機して

 明日、子供達が戻り次第入り口が使えないようにします」


「……そうか」


「ですが、抜け道をすべて塞ぐのは難しい」


「……確かにな。常々思っていたが

 ハルの子供は危機感が足りない。

 今後同じことを繰り返さぬよう

 早急に何らかの対策を立てられたし」


「善処します」


アルトの走る音が部屋へと響く。

誰一人、口を開くものはない。


じりじりとした時間が過ぎていき

アルトが何かを見つけ、その顔に焦りの表情を見せる。


そのあとすぐ、トキアが何かを知らせるようにアルトに吠え

トキアが駆けていく、その後ろをアルトが追いかけて

しばらく走った頃、女の子の悲鳴をアルトの耳がとらえた。



俯いていた、母っちやオリエさんそして大先生が

息をのみながら、アルトを見つめている。


ミッシェルは、ずっとアルトから視線を外してはいなかった。

結構、度胸があるのかもしれない。


『トキアは戦える?』


アルトが視線を前方へ向けたままトキアへと問う。

アルトの耳がせわしなく動いていることから

魔物の気配を察知しているんだろう。その数も。


『わん!』


トキアが、戦えると答えたように思うが確信は持てない。

走る速度を更にあげ、アルトがセイル達の姿を視認する。


数を数えてみると、まだ全員生きているようだが

2匹の魔物に追われている。あの動きは獲物を

自分の縄張りへと誘導する動きだ。アルトも気がついているのか

アルトの目の色が変わった。戦闘態勢に入った時のアルトの目だ。


ミッシェルが、アルトの様子が変わったことに

少し体を震わせたが、父親がミッシェルの肩をぎゅっと抱いていた。


『トキア、俺は前の奴を殺す』


『わん』

 

アルトの言葉と同時に、トキアがアルトと別れて

別の方向にいる魔物の方へと駆けていく。


やっぱり、トキアは言葉を理解していた。

魔物が、セイル達を怯えさせるように大声で吠え

その声に恐怖し、ジャネットが盛大に転ぶ。

足を痛めたのか、すぐに起き上がれないでいた。


全員の足が止まり、ジャネットを見るが恐怖で体が動かないのだろう。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


魔物と視線を合わせてしまった、ジャネットが悲鳴を上げた。


「ジャネット!」


ミッシェルとオリエさんが、魔物に襲われそうなジャネットを見て

叫ぶように、ジャネットの名前を呼ぶがこちらの声は向こうへは届かない。


大先生は、歯を食いしばってジャネットを見ていた。


ジャネットの顔は、恐怖で歪み顔は涙でぬれていた。

ロイールが、ジャネットの悲鳴に反応したのか恐怖を振り切り

ジャネットをかばうように、魔物に背を見せジャネットを抱きしめた。


「ロイール!!」


悲痛な声で、ロガンが声を出す。

このままいくと、一番先に命を散らすのはロイールだ。

それも、自分からジャネットをかばった。

その行動は、誰もができる事ではない。

だが……兄としては、その行動はとって欲しくはなかっただろう。

最後まで生きてほしいと思うのが、家族だから。


アルトはまだ、魔物にたどり着くには距離がある。

誰が見ても、間に合わない距離にいた。


ロイールが魔物の爪によって倒れる未来を予想し

冒険者である俺達は覚悟を決めた。


ロイールの死を、見守る覚悟を。

バルタスさんが立ち上がり、ロガンの後ろへと立ち

肩に手を置いた。共に痛みを分け合るように。


武器を抜き、必死の形相で走っているアルト。

アルトはまだ諦めてはいなかった。

きっとアルトは最後の最後まであきらめないのだろう。


だけど、その気持ちが届かない時もある。

その祈りが聞き届けられない時がある。


母っちやオリエさんが、涙を落としながら目を背け

ロイールの背に、魔物の爪が突き刺さると思われたその時

アルトが、ロイールをかばうように魔物の前に立っていた。


あの距離は、絶対に縮まらない距離だった。

なのにアルトは、今ロイールの前に立っている。


そして一撃で、魔物の首をはねていた。


「……なにをした?」


エレノアさんも、驚いたようにアルトを見る。


「一瞬加速したな」


親っちがそう告げる。


「嘘だろ? 強化の発動?」


クローディオが、呟くように言葉を落とす。


「あの年齢で、能力を発動させたのか?」


イーザルも驚きで、目を見張っている。

それは3番隊全員が、驚いたようにアルトを見ていたのだった。


「アルトは、自分で気がついていないみたいね」


シルキナがアルトの様子を見てそう告げる。


「ああ、驚いているようだが

 考えるのを後回しにしたみたいだな」


「その方がいいわ。

 自分の意思で使えるわけじゃないから

 今は気がつかないほうがいいわ」


クローディオとシルキナが話しているのを聞いて

今のアルトの急加速が、獣人族の能力の一部だと知った。


トキアの方を見ると、トキアも魔物を倒したようだ。

あの使い魔、本当どうなってるんだ?


サフィさんも、トキアを見て深く溜息を吐いていた。

その顔に、理解不能だと書いてあった。


とりあえず、セイル達が助かったことに

母っち達もほっと息をつく。


それは画面の向こうのセイル達も同じで

アルトが来たことで、緊張がゆるみそうになったセイル達が

膝をつきそうになった瞬間。アルトが覇気を纏って吠えた。


『座るな! 立て!!』


確かにまだ戦闘は終わっていない。

縄張りが近いとなると、複数の魔物がいることが予想される。

アルトの耳の動きから、魔物の位置をもう捉えているのだろう。


『ロイール。ジャネットを背負って走れるか?』


何時ものアルトとは違う姿をみて

セイル達は、言葉を紡げないでいる。


あいつらは、本気で魔物と戦う冒険者など

見たことがなかっただろうから、その闘志にその覇気に

飲み込まれているのだろう。


今はその方がいい。緊張が解けると走れなくなる。


『走れる』


『ジャネット。ロイールにおぶされ』


ジャネットが大人しく頷き、ロイールの背に乗った。


『振り向くな。前だけ見て走れ。

 絶対に止まるな。俺とトキアで守り抜く』


『……』


『走れ!』


アルトの合図で、全員が走り出す。

短く的確な指示。血の匂いが残るところでの戦闘は避けるべきだ。


「……命を守る者の目だな」


「ああ。一人前の冒険者だ」


エレノアさんと親っちが、目を細めてアルトを見ていた。


「何時ものアルトじゃない」


ミッシェルがぽつりと言葉を零した。


「これが冒険者……なんだ。

 アルトは、私と同じ年なのに

 命を懸けて戦ってるのね」


セイル達が、魔物が近くに来ることで

悲鳴を上げて、逃げそうになるとアルトが吠えて支える。


『俺が絶対に守る。迷わずに真直ぐに走れ!』


その声に励まされ、クロージャ達が息を切らせながら走る。

友人を励ましながらも、アルトは一瞬たりとも気を抜くことはなかった。


アルトが襲ってくる魔物を切って捨てている。

セイル達を狙う魔物は、トキアが魔法も使い弾き

弾かれ体勢を崩した魔物を、アルトは一撃で殺していく。


絶妙な連携で、襲ってくる魔物を倒しながら走っていた。

思わず、息をのんで見惚れる。


「アルトの剣が冴えてるわけ」


「とんでもない集中力だの」


アルトの戦う背中は、今ここで命を落としかけている子供を

必死に助けるために戦っている男と同じだった。


セツナが戦う姿を見たのは数回だけど。

それでも、アルトはセツナの弟子なんだと感じるほど

守るべき者を守る為の戦い方はセツナと酷似していた。


魔物の数も減っていき、セイル達もそろそろ限界だと思われる頃

視界が広がる場所へ出る。


『あの木の根元まで、走れ。止まるな!』


そこは、大きな樹が一本立っている場所で

俺達が狩へ行ったときに休息をとった場所だ。


あの場所ならば、火を使う事もできる。

結界が閉ざされる日は、雪が降る。

アルトはその事を考慮したうえで、この場所を選んだのかもしれない。


凍えるような寒さと、空腹。

そこに、恐怖が合わされば心なんて簡単に折れる。


アルトは多分

自分の経験から無意識のうちにその事をわかっている。


樹の傍まで来た子供達は、息も絶え絶えに崩れ落ちる。

アルトはといえば、疲れた様子を見せることなく凛として立ち

周りを警戒しながら、トキアに声をかける。


アルトのその後ろ姿を、子供達は息を荒くしながらじっと見つめていた。


『トキア、俺が結界を張る間

 警戒を頼む』


『わん!』


自分でも警戒を緩めずに、ベルトからセツナ作った結界針を取り出し

地面に刺し、結界ができたのを確認した瞬間

アルトは、後ろを振り向き腹の底から思いっきり声を出して怒鳴った。


『俺は絶対に結界から出るなって言っただろ!!』


『……』


『なんで、こんな時間に危険な狩場に入ってるんだ!!』


こちらまで、ビリビリとした空気が届きそうなほどの怒り。

アルトが怒鳴るのを初めて聞いた気がする。


ある意味、アルトをここまで怒らせたあいつらは天才かも知れない。

ミッシェルが、アルトの怒鳴り声に驚いたのか体を揺らしていた。


それは、向こう側にいるジャネットとエミリアも同様で

涙をためて、アルトを見つめている。


『死にたいのか!?』


『魔物が出るとは、思わなかった』


セイルが息も絶え絶えに、答えるが

それがアルトに油を注ぐ結果になる。


『俺は、魔物が出ると言っただろ!?』


『……』


『冒険者でもない!

 武器も持っていない!

 狩をするための準備もしていない!

 どうやって、生き残るつもりだったんだよ!』


『準備はしてきた。

 それに、俺は助けてくれとは言ってない!』


セイルが、アルトを睨んでそんな戯言を吐く。

セイルの言葉に、アルトが口を噤む。

俯き、ぎゅっと拳を握り。そして肩の力を抜いた。


『なら好きにすればいいだろ。

 武器を持っていないんだから、この結界からは出るな。

 今この狩場は、結界の調整に入っているから 

 明日の朝7時までは外に出ることはできない。

 外から中に入ることもできない。この狩場に居る人間は

 セイル達6人だけだ。大人は誰も居ない。

 明日の朝までは帰れない。この辺りにも魔物がうろついている。

 死にたくなかったら、結界からは絶対に出るな!』


『ま……』


それだけ言って、アルトは結界から離れていく。

クロージャがアルトを止めようとするが、疲れ切っていて

体が動かせなかったんだろう。


セイルは、顔色を悪してアルトが走っていったほうを見つめ

そして俯いて、拳を握る。その姿から、激しい後悔を見ることができるが

一度口にした言葉は、元に戻ることはない。


トキアは「わふ」と一度吠えてから

アルトを追いかけるように、結界から離れていったのだった。


「どうするわけ?

 僕とフィーなら、多分あそこに入れると思うわけ」


サフィさんが呆れたように、セイル達を見て

つまらなさそうにそう告げた。


「……どうしてそんなことを知っている?」


「実験したにきまっているだろ?」


いや、普通しないっしょ?

リオウさんとオウカさんが、眉をひそめてサフィさんを見ていたけど

サフィさんは、知らない振りをしている。


「……ならどうして、最初からその事を言わなかった?」


「できるなら僕も行きたくはないわけ。

 フィーも行きたがっていない」


「……だが……」


「エレノア。僕だって、簡単に行けるのなら行っている」


「……どういう意味だ」


「あの結界は、人間の魔力は拒絶するけど

 精霊の魔力は通すわけ。行くとしたら完全に

 フィーの魔力だけに頼ることになるわけ。

 その場合、僕は2日~3日は使い物にならないと

 思ってほしいわけ」


「……なぜ?」


「人間と精霊の間には、約束事がいくつかあるわけ。

 その1つに、精霊に魔法を使ってもらう場合は

 契約者の魔力を基にして、魔法を構築しないといけないわけ。

 フィーが、自分から使う分には何の制限もないけれど。

 僕からの願いとして、魔法を使う場合はそういう決まりがあるわけ。

 だけど今回、僕の魔力を使うわけにはいかないから

 約束事を破る代償として、僕の魔力のほとんどが持っていかれるわけ」


魔力のほとんどを持っていかれるという事は

自分の命を削るという事だ。簡単に、行ってくれとは言えない。


「私は行きたくないのなのなの!

 どうして、サフィの命を削らなきゃいけないのなの!?」


閉じられた結界のなかで、一晩過ごすことを覚悟して

助けに行った結果が、あの言葉だ。


サフィさんとアルトが大好きなフィーが怒るのもわかるし

サフィさんの命を削る事になるのだから行きたがるはずがない。

多分、フィーは絶対に動かないだろう。


「あいつらはともかく、アルトが心配なわけ」


「アルトだけなら私がここに連れてきてあげるのなの」


それは、サフィさんのお願いではなく

自主的に行くという事だ。その場合、サフィさんは命を削られない。

そのかわり、セイル達はあの場所に朝まで居ることになる。


「私だけが行けば、サフィの命は削られないのなの」


そう言って、アルトに視線を向ける。

結界から少し離れたところで、アルトは立ち尽くしていた。

その足元には、トキアがアルトに寄り添うように座っている。


「……」


エレノアさんが、目を細めてセイル達と別の場所にいるアルトを見つめる。

ふたつの場所を同時に映しているとか、本当どうなってるんだ?


『わふー』


トキアの鳴き声に、アルトが肩を揺らせてトキアを見た。


『まぁ、無事だったからよかったよね』


アルトがそう言って笑う。


『わん』


『魔物に食べられて死んでたら。

 俺はきっと、自分を許せなかっただろうから』


迷いなく真直ぐ結界の方へと視線を向けるアルト。

こいつの精神は、本当に強いと思う。


助けてほしいと言われて、助けたのではなく

ここに来たのは自分の意思。

自分で選択し行動した結果

セイル達を助けることができた。

アルトにとってはそれが全て。

だから、アルトはセイル達を恨まない。


子供らしくないと言えば、子供らしくないが

それは、仕方がない事なんだろうな。

アルトもカルロ達と同じように

ギリギリを生きてきたのだから。


『どーするかな?

 薪でも集めて、火でもつけるかな?

 セイル達は大丈夫だよね?

 武器は持っていないようだったけど

 魔道具は持ってるみたいだし』


『わふ』


いや、多分持ってないぞ。

売り言葉に買い言葉的な感じだったろ?

トキアも首をかしげているだろう?


『俺は俺で、野宿の用意をしよう!

 ここなら、向こうに何かあったらすぐにわかるし』


アルトがどんどん計画を立てていく。


『緊急用の結界針しかないんだよなぁ。

 これ使ったら、また師匠に作ってもらわないと』


赤い結界針をベルトから取り出し、突き刺すか迷っている。

どうやら、セイル達を見守りながら眠れる場所を作るようだ。


『わん』


周りを警戒しながら、アルトはしゃがみ込んでトキアを撫でている。

なかなか、仲良くなっているように思える。


『倒した魔物、明日残ってるかな?

 キューブに入れて持って帰れると思う?』


『わんわん』


『そうだよね。食べられてるよなぁ』


『わん』


『とりあえず、薪を集めてから考えよう。

 お腹が空いたら、何かを狩って食べよう!

 結界を張るのはあとにしようー』


『わん!』


「……」


「……」


余りにも、前向きなアルトの思考に

全員が違う意味で絶句する。そしてそのあと

1人、また1人と肩を震わせそして腹を抱えて笑っている。


エレノアさんも、珍しく口元に手を当てて

クスクスと笑っていた。


「アルトは大物だなぁ」


バルタスさんがそう言って、頭をかいている。


「……アルトは心配なさそうだな」


「何を優先させなければいけないかを

 あの年でわかっているようだ。

 ここで、あの状況を引きずるのは

 危険だと、本能でわかっているのだろう」


「帰ってきた後が心配なわけ」


「その時は、皆で甘やかせばいいさ」


親っちとサフィさんの言葉に皆が頷く。


トキアがふんふんとアルトの匂いを嗅ぐ。

トキアのその行動に、アルトは何かに気がついたように

鞄から魔道具を1つ取り出し起動させた。


『これで血の匂いが消えた?』


『わん』


「あいつ、あんな魔道具まで渡してんのかよ」


「本当に、生きるすべを叩きこんでいるんだな」


ビートの言葉に、兄っちが静かに答えた。


せっせと薪を集め始めたアルトとそれを手伝うトキア。

枝をくわえては、アルトに運んでいるようだが……。


『それは、まだ乾いてないだろ!』


『わふ』


『乾いてるやつを集めないと

 煙で、焼いた肉がまずくなる!』


『わん』


警戒しながらも、時々トキアとじゃれあっている。


暫くこの近くには、魔物は来ないだろう。

血の匂いが、濃く残る場所へと行くはずだから。


アルトと反対に、セイル達の方はまだ疲れて動けないようだ。

エレノアさんが、セイル達の様子を見て口を開いた。


「……迎えに行く必要はない。

 彼等には、一晩あそこで過ごしてもらう」


「エレノアさん!」


「……アルトが彼等の為に結界を残していった。

 あの結界の中にいれば、絶対に傷つく事はない。

 風を通すこともなければ、雪が当たることもない。

 寒さもしのげる。何の心配もいらない」


あぁ、エレノアさん達は今回の狩で

親父が持っていた結界針を使って結界を張ったんだな。

だから、あの場所が絶対に安全だと分かっているから

この決断をしたのだろう。


「ですが!」


「……学校でも、孤児院でも結界の外は危険だと

 何度も話して聞かせていたはずだ。

 アルトも彼等を止めたのだろう?

 それでも、狩場に行くと決めたのは彼等だ。

 そこで、魔物に襲われ死んでもそれは彼等の責任だ。

 だが、その責任を彼等はアルトに背負わせた」


「セイル達はまだ、12歳なんです!」


「……アルトもセイル達と同じ年だ」


「っ……」


「……自分の状況をしっかりと見つめるべきだ。

 意地を張るのは結構。だが、命をかけて助けに来た者に対して

 あのような言葉が出るのを、私達は許すことはできない」


エレノアさんが少しの怒気をはらませ

オリエさん達をみた。


「……私達冒険者は、守るべき者の為に命を懸ける。

 だが、浅はかで無謀な人間にかける命は1つもない!」


エレノアさんが、はっきりと否を告げる。


オリエさんが、涙を落とすが

俺はエレノアさんの意見に賛成だった。

きっと、俺だけじゃなくチーム全員がそう思っていただろう。


閉じられた、魔物だけがいる場所に

アルトは独りで夜を過ごさなければならなかったかもしれない。


人が居ない場所で

何の光もない場所で

食べるものもなく

寒さをしのぐものもなく

夜を過ごさなければいけない恐怖など

あいつ等には分からないだろう。


準備をしてきたとはいえ、アルトはその中に身を投じた。

あいつらも、それなりの代償を支払うべきだろう。


アルトの覚悟を、あいつ等は踏みにじったのだから。


闇に包まれつつある魔物がいる場所で

守ってくれる存在が誰もいない状態の夜を、あいつ等がどう過ごすのか……。


完全に日が落ちるまであと少し。



* 新しいイラストを頂きました。

  詳しくは【アルトと友人】活動報告で。 


* 途中から、アルっち→アルト セツっち→セツナ 俺っち→俺

  になっているのは、仕様です。


* 一部文章を付け足し。

  

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