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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』
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『 アルトと友人 』

【ウィルキス3の月の22日:アルト】


 考えるのに疲れたから、師匠に会いに行く事に決めた。


病気のせいで、学校が26日まで休みになったと

昨日連絡が届いた。正直、先に延びて良かったと思う。

セイルの時計を見つけたのはいいけれど

師匠に直してもらうか、そのまま渡すかまだ決まっていないし

クロージャ達と会って、何を言ったらいいのかもわからない。


師匠とアギトさん達は、16日に家を出てから帰ってこない。

サーラさんは、そう簡単に帰っては来れないから仕方がないと

話していたけれど、一度くらいは帰って来てくれてもいいのに。


5番隊の人が、アギトさん達は16日の夜に一度ハルに戻ってきて

また、狩に出たと教えてくれる19日に帰って来る予定だったけど

まだ帰ってきていないらしい。19日から3日も経っているし。


大丈夫かなって言った俺に、黒が4人もそろっていて

何かあったとは思えないと答えてくれた。多分、獲物が少なくて

探していて遅くなっているんだろうって言っていた。


確かに、そう簡単に()られる集団じゃないか、と納得できた。


「クレイグさん」


「うん?」


「酒肴の屋台はどうするの?」


なんとなく気になったことを聞いてみる。

唐揚げと酒肴が出す屋台を楽しみにしているのに

用意する気配が全くないから、もしかしてと思った。


「あーあー。多分出せない」


「えー」


返って来る答えはわかっていたけど

それでも、がっかりするのは仕方がない。


「いつもなら、この期間は店を休んで

 屋台に出す獲物を狩に行ってたからな。

 アルトも行く予定をしていただろ?」


「うん」


「今回はもう2回も狩に出ているし

 雪の中の狩は、体力を消耗する。

 今日が22日で、休息をとっていくとしても

 時間が無さすぎるから、多分露店はやめるだろうな」


「そっかぁ」


しょんぼりしている俺に、ディックさんやベリノさん達が

俺の頭や肩を叩いて、慰めてくれるけど。元気になれない。


「元気出せよ! 俺達が美味いものを作ってやるからさ!」


「うーん。唐揚げは?」


「え?」


「ギルドは唐揚げの屋台をだすかなぁ?」


「どうだろうな? 病気の対策と、大会の開催と

 屋台の申請やらなんやらと、普通の業務といろいろ重なっているから

 難しいかもしれないな」


「えー。俺、ギルドの唐揚げを一番楽しみにしてたのに!」


「おい、俺達の屋台じゃないのかよ!」


「俺は唐揚げが好きなんだ」


「そこまでいうなら、今日は唐揚げにしてやる」


「酒肴の唐揚げも好きだけど、ギルドの唐揚げのほうが好きだ」


「おーおー。生意気言いやがって!」


「待ってろよ! ギルドの唐揚げより美味いって

 言わせてやるからな!」


そう言って、5番隊が厨房へと消えていく。

飲み物をもらって、ソファーに座っていると

サーラさんが「何を騒いでいたの?」とニコニコしながら

聞いてくるから、5番隊の人と話した内容を教えた。


「そうね、酒肴の屋台を出すときは

 私達も手伝いで、一緒に狩に行ったりしていたわね。

 酒肴の屋台は人気があるから、相当な量のお肉を用意しないと

 いけなかったし。今回は時間がたりないわね」


「残念だー」


「バルタスちゃん達が帰ってきたら、作ってもらうとか?」


「屋台で食べるから美味しいんだ!」


「確かに、雰囲気も大切よね」


「ついでに狩をしてきたらいいのに」


「うーん。いつもより多めにキューブを持って行っているだろうけど

 依頼で行っているから、別のものを入れて帰って来るのは

 問題があるわね」


「そっかぁー」


その後もサーラさんと、どうでもいい事を話していると

時間が経っていく。師匠が居た時は、ほとんどを自分の部屋で

1人考えていたけれど、バルタスさん達が家を出ていってから

俺は、ここで色々と考える事が多くなった。


俺の悩み事は、あれからずっと考えているけど

結局、同じところですごろくの最初に戻るような感じで

全く進展していない。考える事に飽きてきた時に

バルタスさんからの言葉を思い出した。


『自分がどうしたいかを考えろ』


俺はどうしたいのだろうと考えて

最終的に出た答えが、師匠と話がしたいだった。

15日の夜からずっと、師匠を見ていないし声も聞いてない。


そう思ったら、すぐに師匠に会いたくなって

時間を見たら17時15分だった。


チラリとサーラさんを見ると、ソファーで気持ちよさそうに寝ている。

5番隊は、ご飯の準備をして厨房に居る。エリオさんは2階に。

ビートさんは、着替えを取りに行くと言って自分の家に戻っている。


家を抜け出すなら今しかないと思い、気配を消してそっと庭に出て

家を抜け出した。転移魔法陣に乗った瞬間、エリオさんが俺を呼んだけど

無視して、酒肴のお店の庭から走って師匠の居る所へと駆けていく。


緊急病棟の入り口から、中へ入ろうとすると

クオードさんと同じ服を着た人に止められる。


「どうしたのかな?」


「師匠に会いに来たんだ」


「師匠?」


「うん」


「あー。君はアルト君?」


「そう」


「セツナさんは、今手が離せない状態なんだよ」


「終わるまで待ってる」


「うーん。あまりここには居て欲しくないんだ」


師匠の手が空いてからでもいいから、あわせてほしいと言っても

今日は帰ってほしいと言われる。師匠は依頼中で、俺は急に来たから

帰ってくれと言われても仕方がないけど、どうしても会いたかったんだ。


「どうしてアルトがここに居る」


良く知った人の声が、俺の後ろから聞こえた。


「セツナに会いに来たのか?」


「うん」


俺の頭に手を置いて、クオードさんが俺を見た。


「そうか。すまないな。

 セツナは今、容体が急変した患者に回復魔法を

 かけ続けている。何時、手を離せるかわからない」


「今日は会えないってこと?」


「そうだ。それに、ここにはあまり近づかないほうがいい」


「俺は獣人だし、一応薬は飲んだから大丈夫」


「それでもだ」


「……」


「セツナの手が空いたら、アルトが来たことを伝えておく。

 今日は家に戻れ」


クオードさんが、俺の頭をわしわしとしてから

病院へと入っていた。たぶん、中には入れてくれないだろうし

師匠が魔法を使っているんだったら、邪魔しないほうがいい

そう思って、家に帰ろうとした時17時30分を知らせる鐘と

その後に、冒険者に何かを知らせるための鐘が5回なる。


多分、ギルドの連絡掲示板に前もって張り出されているだろうけど

俺は最近、ギルドには行っていないから知らなかった。


確か、5回の鐘はギルドの狩場に入るなって事だったと思う。

ナンシーさんが言っていた、結界の調整をするんだろう。

18時から翌日の7時まで、結界が閉じられるから

誰も入れないし、出ることができなくなるって言ってた。

転移魔法もつかえなくなるから、絶対に入るなって言われた。


この日は、何時もは降らない雪も降るから

学生も緑のランク人達も、絶対に近づかないらしい。

閉ざされた中で、狩なんてしたくないし夜を越したくもない。


空に広がる重く黒い雲を見上げながら。

のんびりと歩き途中目に入ったお菓子を購入して

鞄に入れていく。どこのお店の人も

「おまけをしてやるから、早く家に帰れ!」

そう言って沢山おまけをくれて、ホクホクとしながら歩いていた。


18時30分をまわると、完全に日が落ちてしまうから

サーラさんが心配する前に帰ろうと思い、家の方へと足を向けた。


その時、俺のよく知っている匂いが微かに鼻につく。

周りを見渡すけれど、いない事はわかっている。

匂いが弱いから残ったものだとわかる。


時計を見ると17時40分。

ここを通って、孤児院に戻ったのかもしれない。


なんとなく、落ち込みながら道を歩く。

クロージャ達5人とロイールの匂い。

みんなで贈り物を探してたのかもしれない。

声をかけてもらえなかったことがとても悲しく思えたけど。


どうして、6人の匂いが俺の家の方向へと続いているんだろう。

俺の家は、孤児院と反対の方だ。

俺に何か用でもあるのかもしれないと思い

匂いをたどりながら歩いていく。


俺の家へと続く道と町の外へと続く道との分岐点で

おかしいと気づく。6人の匂いが俺の家ではなく街の外へ行く道へと

続いていたから。孤児院へと戻っているのなら、匂いは最初に気がついた

所よりも薄まっていないとおかしい……。


このまま帰って、ビートさん達に相談しようと決め家の方へと

歩き出すけど、なぜか嫌な感じがして家に戻る気がしない。


街の外へと続く場所に、何の用事があったんだろうと考え

セイル達が、雪茸を欲しがっていた事を思い出して

全身に鳥肌が立った。


慌てて時計を見ると、17時50分。

感じる匂いから、6人以外の人間はいない。

まだ、狩場から帰ってきていないとすると

6人だけで閉じ込められることになる。


今から家に戻ると、18時までに間に合わない。

自分が装備しているものを、上から触って確認していく。

必要なものは全部そろっている。鞄の中に魔導具もあるし

ベルトにも魔道具をつけている。


俺1人でも、十分夜を明かせるだけのものは持っている。

6人が、いない確率の方が高いけど……。もし、狩場に居るのだとしたら

魔物に襲われて殺される。そう考えると、居ても立っても居られなくて

6人の匂いがするほうへと走り出す。


独りになるのは、怖いし嫌だけど

友達が死ぬかもしれないのはもっと嫌だと思った。


残り時間はあと、8分ほどしかない。

それまでに、狩場に入らないと。


居ないでほしいという俺の願いに反して

クロージャ達の匂いはだんだんと濃くなっていく。


途中、狩場へと続く道とは違う細い道から

6人の匂いがして、そちらへと足を向ける。

狩場へと続く道ではなかったことから

肩から力が抜けた。


よく考えると、狩場の入り口にランクを確認する

ギルド職員が立っている。だとしたら、6人は狩場には入れない。


心のどこかでホッと息をつきながらも

匂いを追う事はやめない、ここまで来たら皆を確認してから

戻ろうと決めた。声をかけなくても、無事な姿を見ることができたら

安心できるから。


息を切らすことなく走って、細い道を抜けると同時に

街の結界をも抜けていた。その先に見えるのは、雪の積もっていない狩場。

心臓が嫌な音を立てていく。6人は間違いなくこの道を通っている。


帰ってきているなら、すれ違うはずだ。

行違っている可能性は? 分からないけど多分ない。


どうしよう。


嫌な汗が頬を流れ落ちていく。

迷っている間に、時間は過ぎていく。

独りで夜を過ごすのは、嫌な事を思い出す。

だけど、友達は見殺しにできない。


『守りたいものが、守るものが見えたらなら

 迷うな。迷いは自分を弱くする。真直ぐ進め』


エレノアさんの言葉を思い出し、震える気持ちに気合を入れ

覚悟を決めて走り、狩場の結界を越えたところで結界が閉じるのが分かった。

一瞬にして空気が変わったんだ。


思わず息をのみ込むが、俺の後ろでガサリと物音がしたことで

剣を抜き、戦闘態勢に入る。だけど、俺の後ろにいたのは

足が短くて、胴の長い師匠が抱いていた犬だった。


舌を出して、首をかしげながら俺をじっと見ている。

確か、トキアっていう名前だったと思う。


どうして、これがここに居るんだろう?

師匠は、帰したって言っていたはずなのに。


そこまで考えて、師匠がいるかもしれないと思い

周りを見渡すけれど、俺とトキアしかいない。


「何でお前がここにいるんだよ」


「わん」


「師匠は?」


「わんわん」


「師匠は、お前がここに居るのを知ってるの?」


「わん」


「違う人と来たの?」


「わんわん」


「……」


何を聞いても、わんとしか言わない。

犬だから当たり前かもしれないけど。


「とりあえず、一緒に来る?」


「わん」


師匠の犬なら捨てていく事もできない。

それに、独りじゃないなら寂しくない。

この犬は気に入らないけど……。


頭を撫でると暖かくて、それから師匠の魔力を感じたんだ。

だから、ちょっとだけ心強く思った。久しぶりに感じる

師匠の魔力に、少しだけ安心できた。


「さて、この広い狩場で居るか居ないか分からない

 6人を探さないと」


「わん」


俺の言葉に、一々答えてくれるトキアをみて

笑いそうになる。じっとトキアを見ていると

尻尾を振ってトキアも俺を見た。間抜けな顔をしている。


「変な犬」


「わふ」


「何で犬なのに、足が短いんだよ。

 早く走れないじゃないか」


「わんわん」


抗議するように、俺に吠える。


「胴も長いし……。

 きっと師匠は、トキアを作るの失敗したんだね」


そう思うと、トキアがちょっと可哀想になってきた。


「わふぅー」


情けない声で返事をするトキアを撫でる。

この毛並みは好きかも知れない。


「とりあえず、探しに行こう」


「わん」


残っている匂いをたどって、クロージャ達を探す。

入り口辺りに居るかと思ったのに、6人の姿は全くない。


足跡を見つけたけれど、その方向が奥へと向かっていた。


「奥へと行ってる……。

 入り口辺りは、あまり魔物が出ないけど

 奥は魔物が多く出る。早く見つけないと」


ここまで来ると、絶対にここに居るという確信が持てた。

薄まることのない匂い、6人分の足跡。はやる気持ちを抑えて

トキアと走りながら、匂いが残っているところを必死に探した。


匂いと足跡をたどり、途中で足跡が変化していることに気がつく。


「ここから走っている?」


周りを探ると、魔物の足跡がある。


「もしかして、追いかけられている?」


嫌な予感が、頭をよぎるけど振り払う。

大丈夫。きっと大丈夫。早く見つけないと

この魔物は仲間を呼ぶ。


「早く見つけないと……」


「わんわんわん」


トキアが、何かを告げるように吠える。

まるでこっちだというように、俺を見て駆けていく。


「トキア!」


トキアを追って走っていくと、悲鳴が俺にまで届いた。

この声はジャネットのものだ。近くに魔物の気配は2つ。

1匹を相手している間に、クロージャ達が襲われたら守り切れない……。


「わんわん!」


何かを伝えるように、トキアが吠えた。


「トキアは戦える?」


「わん!」


ヤッパリわんとしか言わないけれど

なんとなく、トキアの言いたいことがわかる気がした。

師匠が作った犬だ。犬としては失敗しているけど

戦う力を持っているのかもしれない。


悲鳴が聞こえたほうへと、速度を上げて走っていると

前方に、ジャネット達を見つけた。2匹の魔物に追われている。

どうやら、魔物は自分達の縄張りへと誘導するように追い詰めているようだ。


だとすると、2匹以外にも魔物がいる。


「トキア、俺は前の奴を殺す」


「わん!」


俺の言葉と同時に、トキアが俺と別れて

別の方向に居る魔物へと駆けて行った。


やっぱり、トキアは俺の話していることがわかっていて

戦う力も持っている。


魔物が、6人を怯えさせるように大声で吠えた。

その声に驚き、恐怖で足がもつれたのだろうジャネットが

盛大に転んでしまう。


全員が、ジャネットを見るが助けに行くことはできない。

皆青い顔をして、恐怖でその場を動けないでいる。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』


ジャネットが、魔物と視線を合わせて悲鳴を上げる。

その顔は蒼白で、顔は涙でぬれていた。

ずっと走っていたからか、呼吸も荒い。


『ジャネット!』


ジャネットの悲鳴に、ロイールが我に返りジャネットの傍まで行くと

魔物に背を向け、ジャネットを抱きしめるように守った。


まにあえ! まにあえ! まにあえ!!!


武器を抜いて、心がせくままに突っ込んでいく。

魔物がロイールの背に爪を振りかざした瞬間

俺はロイールをかばうように、魔物の前に立っていた。


まだ距離はあったはずなのに……。どうして。

どうして、一瞬でここまで来れたのか分からないけど

考えるのは後だ、先にこの魔物を倒して安全なところまで行ってから。


疑問を胸の中に押し込めて、俺は魔物の首を落とした。



* てるる様よりイラストを頂きました。

  タイトル【医療院にて】刹那のメモ【頂きもの1】に

  リンクを張っています。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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