『 クオードとセツナ : 前編 』
* 全てはフィクションであり。
実在する病気ではありません。医療に関しても同様です。
物語の中の出来事であり、お話です。
【ウィルキス3の月16日:クオード】
天才とは多分、彼のような人間の事を指すのだろう。
彼を伴って、医療院へ戻り白衣を渡すと彼はすぐにその白衣を身に付け
腕章を腕に通したあと、付けていたグローブを取り去り
指輪を付け直した。
患者がいる病室へ入ると、医師達が一斉にこちらを向き
私を見る。セツナが、結界を張りその中で
私がこの場に居る医師たちに病気の説明を行った。
その説明に、誰もが暗く瞳を曇らせるがぐっと耐えている。
傍には、子供達がいるのだから。子供達を不安にさせることはできない。
それから、彼を紹介し彼が臨時職員として働く旨を伝える。
それぞれの表情は、訝しげに彼を見つめている。
それはそうだろう。年若く医療に従事した経験のない人間に
患者を任せることなど、本来ならあってはならないのだから。
だがそれが、ギルド総帥と私が認めた事だと伝えると
誰一人、不要な事を言う人間はいなかった。
まぁ、視線は口よりも雄弁に語っていたような気はするが。
セツナに許可を取り、本を副院長へと渡す。
休憩時間に、各自目を通すことを伝えてから
薬草の種類と調合方法の書かれた紙も副院長へと渡し
薬師へ届けるように伝える。
薬草の種類と調合が書かれた紙だけは
医師達が先に目を通し、頭の中に叩きこんでいた。
患者の家族を集め、説明をしていくが
誰もが、生き残る可能性が3割と聞いて涙を落とした。
だが、死ぬと決まったわけではない。
最後の最後まで、私達は諦めないという事を伝えると
各々が頷いて、自分の子供達の所へと戻った。
目立たない場所に立って、私達の様子を見ていた彼を呼んで
患者の元へと連れていく。
副院長も含めて、誰もこの部屋を出ようとはしない。
彼の実力を見極めようと考えているらしい。
あえて、何も注意することはせず好きなようにさせておいた。
一番最初に倒れた子供が寝ているベッドの横へいき
子供の両親が不安そうに、私を見てそしてセツナを見て
目を丸くした。ベッドで寝ている少女も驚いたように彼を見ていた。
体の自由がきかなく、話せないこと以外は
熱もなく意識もしっかりしている。日が経つにつれて
体の痛みを訴える子供が増えてきてはいるが
それが、体を動かせない事からか病気からなのかは分からない。
「セツナさん?」
どうやら、知り合いのようだ。
「お久しぶりです。暫くの間ここで働く事になりました。
ノルシェさんを担当するのも僕になると思います」
この家族は、彼が冒険者であることを知っているのだろう。
戸惑いの表情を見せながらも、私を見て頷いて見せると
素直に彼の言葉を受け取っていた。彼の噂は酷いものが多いが
この家族は、その噂を信じていないのだろう。
「少し、ノルシェさんとお話をさせてもらいます」
「はい……。あの、声が」
声が出ないという事を伝えようとした母親の言葉に
問題がないと頷く。どうやら、子供達の様子も見ていたようだ。
両親が場所を譲り、セツナが椅子に座り眼鏡をはずして
ポケットへとしまいこむ。眼鏡をはずした彼を見て
全員の視線が、彼へと集まったはずだ。
それほど彼の印象はガラリと姿を変えた。
元々整った顔をしていたが、更に凄みを増している。
何故ここで眼鏡をはずしたのかは、この時はわからなかった。
「緊張しなくてもいいからね。
僕が質問することに、はいなら瞬きを1度。
いいえなら瞬きを2度してくれるかな?」
彼の言葉に、ノルシェは瞬きを一度してみせた。
この事に、見習い達がざわつきを見せる。彼等は必死に患者の
言葉を聞き取ろうと悪戦苦闘していた姿を見ている。
経験を積めば、ある程度唇を読むこともできる。
冒険者は特に、読める人間が多いだろう。音を立ててはいけない
場所で使う技術の1つだ。アギト達が蒼白になるぐらいの殺気を見せる
彼だから、そのぐらいは簡単にできるだろうと予測できた。
だが、ノルシェが口を開く事さえも負担になると思い
彼はこの方法をとったのだろう。
「どこか痛いところはあるかな?」
瞬きを一度。
「それは、腰から下が痛い?」
瞬きを二度。
「腰から上がいたい?」
瞬きを二度。
「腰のあたりが痛い?」
瞬きを一度。
「今から魔法をかけるから
痛みはなくなるからね」
彼がそう告げ、短く詠唱し魔法を使う。
その詠唱の短さに、副院長が息をのんでいる。
現れた魔法が吸い込まれるように、ノルシェの中に消えていき
魔法が消えた瞬間、ノルシェの目が輝いた。
「もういたくない?」
瞬きを一度。
「他にいたいところはあるかな?」
瞬きを二度。
早く病気の治療を始めたほうが、いいのではないかと
口にしたくなるがぐっとこらえる。ノルシェの顔色は先ほどよりもいい。
腰の痛みをとるだけでなく、他の魔法を使ったのだろうか?
セツナはそっと手を伸ばし、ノルシェの頭を優しく撫でながら
柔らかな声を出し、顔に笑みを浮かべてノルシェに語りかけた。
「大丈夫。腰の痛みがすぐに取れたように。
ノルシェさんの病気もすぐに治るからね。
友達のミッシェルさん達と一緒にすぐ遊べるようになる。
アルトとも、また仲良くしてあげてほしいな」
安心させるような声音。ホッとさせるような優しい笑顔。
ああ、彼はこのために眼鏡をはずしたのか。患者を心から
安心させるために。冷たい雰囲気を纏う眼鏡をはずし
子供達が安らげるように配慮した。
痛いと思っている個所を簡単に治して見せ
体が動かなくなって不安で押しつぶされそうな気持ちを立て直したのだ。
医者として経験を積んでいるものは、どれ程深刻な状況になっていようが
それを患者に見せることはない。ただ、見習いや経験の浅い若い医師たちは
どうしてもその緊張を表に出してしまう。
特に今回は、文献も見つからずクットに問い合わせても
答えがもらえず、病気の名前さえわからず、治療方法も試行錯誤だった。
先の見えない戦いと、増える患者に若い医師と見習い達は
日に日に追い詰められた表情を見せることが多くなった。
気を付けるように告げても、ふとした瞬間に
その緊張や焦燥が現れる。それを見た患者や家族が不安になっていき
重苦しい空気が病室に流れていたが、治るのですかと問われ
病名も分からない段階で、治療方法が見つからないと
話した私達に、家族が落ち込んだ様子を子供達に隠していたとしても
私達や家族の気配を、子供達は敏感に察知していたのだろう。
だけど、セツナははっきりと治ると口にした。
見習い達は面白くなさそうに、彼の様子を見ていたが。
私達は彼が、そう告げてくれてよかったと思った。
私達が確実に見つけていたとしても、その喜びは半分だっただろう。
もしかしたら、気休めを言っているかもしれないという
疑心暗鬼が付きまとうだろうから。
新しい医師が、外から来たことで
何かが変わるかもしれない、子供達はそう考える事ができたはずだ。
実際には、完治する確率は3割だが……希望がないよりはいい。
子供達がそれを知る必要はない。生きる事だけを考えてくれたらいい。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、ノルシェはじっとセツナを見ていた。
その後ろで、ノルシェの両親も涙を落としている。
治る可能性がないかもしれないと聞いた時よりも
幾分か落ち着いたようだ。
「いくつか魔法をかけるけど、体に害のある魔法じゃないからね」
先ほどよりも強い光を目に宿し、瞬きを一度。
「いい子だ」
そう言って、彼は魔法を詠唱し魔法が体に吸い込まれた瞬間
ノルシェの頭の上に、四角い縦長の枠が現れその枠の中に
上から、彼女の名前、体温、脈拍、呼吸数が表示される。
その下に、水分量と書かれている項目があり "脱水症状"
と記述され、その文字が黄色で表示されていた。
他の項目はすべて青色だ。
その魔法にこの場に居る医師全員が、度肝を抜かれたはずだ。
私もこのような魔法は見たことがない。
体温を測る魔法も魔道具もある。
脈拍をはかる魔法も魔道具もある。
だが、全てを一覧にして表示する魔法など知らない。
医師の1人が、ノルシェの体温を測り脈拍を調べる
魔法を使い、その表示が正しいものであるのかを確認しているが
その表情から、正しく計測されていると知ることができた。
彼が出した一覧は消えることがない。
どうやら、このまま表示させておくらしい。
彼の家で、彼が薬を調合するときに使用していた魔法にも
驚かされた。あんな量りは見たことがなかったし
薬の種類と量を表示させる魔法など知りもしなかった。
「水分が足りないかな。
喉が渇いてるかな?」
瞬きを一度。
見習い達が水を手に取りこちらへ持って来ようとするが
彼は横に首を振り断る。
「クオードさん。
予防薬をここに居る全員に配ってもらっていいですか?」
「子供達にもか?」
「はい、僕が薬を調合する間の繋ぎになってくれます」
「わかった」
見習いに、入り口に置いてある樽を持ってくるように促し
全員が飲むように指示し、飲み終わり次第子供達にも飲ませるように告げる。
「この水は?」
副院長が、眉根を寄せて私を見る。
「彼が調合した薬が精霊水の中にいれられている」
「は?」
眉根を寄せていた表情から、呆けた表情へ。
「彼は上位精霊の契約者だ」
「それは……」
「その薬は、精霊が育て採取し契約者である彼が調合した。
薬草も見せてもらった。全く別の植物のようだったよ」
私の話を聞いていた医師が、恐る恐るグラスに視線を落とし
喉を鳴らしてから、薬を飲みほした。
きっと体が軽くなったことだろう。
疲れがスッと抜けていくような、力がわいてくるような。
飲んですぐ、そのような効果を実感できるのだ。
疑えるわけがない。目の前で楽しそうに水を作り出していた
少女を思い出す。上位精霊なんて、一生会えるとは思っていなかった。
「薬を調合するのに、体重が必要になって来るんだけど
体重をはからせてもらってもいいかな?」
セツナの質問に、ノルシェが少し思案してから瞬きを一度。
「僕が抱き上げて、体重計に乗るから。
少しだけ我慢してくれる?」
そう言って、魔法を発動させてから
セツナがノルシェに近づく。
ノルシェは、ギョッとしたように目を見張り
必死に、瞬きを繰り返していた。
その心の声を口に出すときっとこうだ。
『いやあぁぁぁぁ!!』
動揺したことでか、恥ずかしいからか
一気に表示されている心拍数が跳ね上がる。
セツナがその表示を見て驚き
「大丈夫、落とさないから」と静めようとしているが
それは、逆効果だろう……。
母親が小さく笑い、父親が呆れたようにため息をつく。
セツナだけが、ノルシェが心拍数をあげた理由に気がついていないようだ。
その光景を見て、部屋全体の陰鬱とした空気が変わった。
真っ赤になったノルシェを見て、微笑ましいような
同情するような視線を向け、かすかに笑みを浮かべている。
見かねた父親が、自分が抱いて体重をはかることを告げると
ノルシェはほっとしたように息をつき、セツナはお願いしますと
少し落ち込んだように頭を下げていた。
成人していないとはいえ女性は女性。物語の王子様のような彼に
抱きかかえられて、自分の体重を知られるなど羞恥で顔を染めたくもなるだろう。
ノルシェの診察を終え、次々と子供達の様子を見ていく。
1人1人の声に耳を傾け、不安げな親の質問に的確にこたえていく。
そして、体重をはかろうかというところで女の子は心拍数をあげうろたえ
父親が笑いながら、セツナに自分がすると告げていた。
何度か断られて、やっと女の子の気持ちに気がついたらしい。
知らない男性に、抱かれるのは嫌だよねと言っていたけれど
全員が心の中で「そうじゃない!」と思ったはずだ。
男の子は、大人しくセツナに体重をはかられていたが
セツナの手に紋様を見つけ、目を輝かせて眺めていた。
「彼は、本当に医師ではないんですか?」
副院長の声が届く。
「彼は冒険者だよ」
「それは存じております。
薬を作ったのが彼だと、名前を聞いてわかりましたから」
「……」
彼は医療に従事したことがないと私に告げていたが、彼の姿はどう考えても
私達と同じ世界で生きている人間のように思えた。
部屋にいる、重病患者の診察をすべて終え
本格的な治療は、緊急病棟へ移ってからという事になった。
高熱を出している患者を診るために、部屋を移動する。
何人かの医師と見習いが、私達の後ろについた。
廊下に出て、扉を閉めた途端
セツナが、額に浮いた汗を廊下へと落とした。
そして、私達の周りに結界を張る。
「危なかった。
もう少し遅れていたら、手遅れになっていた。
でも、全員助けることができそうです」
彼のその声に、全員が彼を注視した。
「どうしてわかる?」
「僕は、医療院でどういった魔法が使われているのかは
知りません。体の内部の疾患を見つける為に使われる魔法は
どのような魔法を使われているんですか?」
彼の問いに、誰もが口を閉ざすが彼がその理由に気がついて
謝罪した。
「あ、申し訳ありません。
魔導師が、魔法構築を話すわけがありませんね。
特に医療魔法は、研究費もギルドから出ているでしょうし」
「すまないな」
「いえ、話を続けます。
僕は、この魔法を使い患者の体内部を調べました」
そう告げて、セツナが魔法を詠唱すると
セツナを中心として、半円状に子供達の頭の上に出たのと
同じ枠が出て、数人の、子供の情報が目の前に展開された。
子供達にかけた魔法と同じように見えるが
その情報量がおかしい。子供の名前、体温、脈拍、呼吸数などは
同じだ。脈拍が変化していることから、この情報は今子供達と
繋がっているという事だろう。それだけでも信じられないというのに
その下の情報。子供の体の部位の横に数値が記述されており
その数値の横にかっこでまた別の数値が記述されている。
かっこの中の数値はどの子供も同じで、最初に記載されている数値は
皆バラバラだ。そしてかっこの中の数値より低いものが目立つ。
あきらかに低いものには、黄色と赤で色が付けられており
かっこの中と同じか多少の前後している数値の部位には青で表示されている。
このことから、かっこの中の数値は基準値だという事がわかった。
そして、部位の横に並んでいる数値は今の子供達の状態?
だとすると、これは……。
背中に汗が伝い落ちる。彼は私達が微妙な色の違いで判断する
内部の診断を、全て数値化できる魔法を構築したという事だ。
それもこれだけの情報を一度に表示し、患者から離れた場所でも
見ることができる状態になっている。
副院長も、そのほかの医師達も息をのんで彼を見ていた。
信じられない。信じることができない。私達の魔法では
大体どの部位が、どの程度傷んでいるとしか事しか判断ができない。
だが彼の数値は、胃だけをとっても数か所の部位に分かれており
その一つ一つに数値が書かれている。
「実はこの魔法は、まだ完成していないんですが
数値の情報は、確かです。構築を始めてから色々な人で
実験をしてきましたから」
「それは、君と同盟を組んでいるチームを実験体にしたということかね?」
「そうですね。ハルに来てからは彼等に薬を安価で提供するかわりに
薬がどういった効果をあげているかを、見せてもらっていました」
「そう言っていたな」
「魔法をかけられているとは、思われてませんので
秘密でお願いします。フィーは気がついていましたけど」
「……」
彼を見た目で判断するのは、危険だとあの殺気を体験した時に
感じたが、やはり彼の容姿と人当たりの良さのせいもあるのか
どこか緊張を解いてしまう雰囲気を纏っている。
流されないように、気を付けなければ。
「これで完成ではない?」
副院長が、衝撃から立ち直りそう言葉にする。
「納得のいかない箇所がありますから
完成ではありません。今はその話は関係ないので
省かせていただきます」
「ああ……」
「この数値は、今の数値です。ノルシェさんだけの情報を
展開します。こちらが、予防薬を飲む前の情報です」
そう言って、ノルシェの情報を並べて私達に見せる。
予防薬を飲む前の数値は、飲んだ後と比べてとても低かった。
ノルシェの場合は、胃が特にひどく。私達が診察した時も
胃の機能が正常に働くギリギリの状態だった。
今も低いことには変わりがないが
少しだけ持ち直したという事だろう。
これを持続させられれば、助かるかもしれない。
そこから考えると、この数値の見方が理解できる。
私達が診断したものとほぼ同じ。副院長も他の医師も
頷きながら、自分が下した診断と比較しているようだった。
見習い達が、若い医師にこそこそと質問している声が聞こえる。
「あの、何処に数値がかかれているのですか?」
見習いの質問に、私も含め全員が見習い達をみる。
見習いは声にならない声を出し、顔を俯かせた。
見習いからセツナに視線を移すと、一度頷いて説明を始める。
「医師として知識、技術、そして経験を積んで
患者の容態を把握できる人でなければ、数値は見えません」
私も含め全員が、意味が分からないと思っただろう。
この数値が見えれば、見習い達にも病状が把握できる。
「数値は、医師を補助する為のもので
それ以上にはなりえませんから」
「私には、とても有益な魔法だと思える。
私達は、色で判別しその色を見分けるための知識と
研鑽をつんでいく。だが、これは一目で全てがわかるものだと思うが」
他の医師が、そう彼に言葉を投げると
彼は真直ぐその医師を見て言葉を紡いだ。
「病気の疾患を見つけるのも、容態を把握するのも
医師であり、数値ではない。知識もない技術もない経験もない
医師が数値だけを追って、患者を判断するのは愚かしい事であり
医師とは、日々研鑽をつみ、経験を積み重ね患者と向かい合う
人間の事を言うのだと。患者は人間であり数値ではない。
病状を判断し結果を導き出すのは、数値ではなく
人間である医師である。お互いの関係を築き、数値を通して
相手を見るのではなく、数値を友として患者の気持ちを理解し
治療方針を立て、最善へと導くための……」
彼はここまで言って口を閉じる。
彼の瞳はどこか遠くを見ていた。
「それは、君の持論?」
副院長の言葉に、首を横に振り
「どこかで、誰かに言われた言葉だと思います」
「それはどういう……」
副院長が全てを話す前に口を挟む。
「セツナが記憶を失っていることは
ヤトから聞いて知っている」
私の言葉に、私以外の医師達が動揺を見せる。
「もしかすると、君は偉大な医師の傍で育ったのかもしれないな」
記憶を失くそうとも、その魂にまで刻まれた
医師としての生き方。医師としての考え方を
彼は心の奥底で、覚えているのかもしれない。
「そうかもしれません」
そう言って笑う彼は、とても寂しそうな瞳をしていた。
「医師としての経験も研鑽も積んでいない僕が
言えることではありませんけどね。それでも僕は
風使いとして、疾患の発見と容態を把握し
癒すことができます」
「この魔法を使って?」
「いえ」
そう言い、彼が掌に出した魔法陣は
私達が使うものとほぼ同じ構築式を描いていた。
「それは、私達が使っているものと同じ……」
「同じなんですか?」
「所々違うが、ほぼ同じだな」
口ごもる医師の言葉を引き継いで、私が告げる。
「これをどこで?」
「医療初期魔法構築入門という本を読みました。
あ……サフィールさんから、本を返してもらっていない」
セツナが少し眉を顰め、溜息を付く。
サフィールは、目を輝かせて読んでいた。
当分返っては来ないだろう。
「よくそんな本を手に入れることができたな。
それは、エラーナの国が経営する医療院の本だろう?」
「はいそうです。
そこに書かれていた魔法構築の1つです」
「エラーナに居たのかな?」
「いえ、エラーナには行ったことがないと思います。
僕が持っている本は、僕が集めたものではなく
譲り受けたものなので、よくわかりません」
「そうか」
「はい」
「セツナは、色を見極めることができるのか?」
「できます。この魔法と数値と重ね合わせて
判断していました」
「そうか。それで、助けることができそうだという根拠は
どこからきた?」
「もう一度、全員の情報をだしますね」
そう告げ、全員の情報を展開し私達に見せる。
その情報を、1人1人読み取っていく。
ああ、そうか。そういう事か。
私が気がついたように、数値が見える医師たちは全員気がついたようだ。
「先ほど渡した本の薬は、この病気を治療する薬ですが
その中に、悪くした部位を治療する薬草があまり含まれていません」
「そうだな。胃が悪いのに肺を治療する薬を与えても
効果はさほど出ない。私達も、弱っている部位の治療を中心に
魔法をかけ、薬を与えてきたがこの症状を引き起こしている
病気に対する治療方法が見つからなかったから、一進一退を
繰り返すことになってたのだな」
体の自由がきかなくなってからの生存率は3割ほどだと
書かれていたが、この時代より医療は進歩しているはずだ。
それを考えると、生存率は格段に上がるかもしれない。
「なので、この病気に対する治療薬と
この病気が原因で併発しているであろう症状を
抑えることができれば、治すことができると思います」
「そうだな」
セツナが、鞄からペンとポケットに入るぐらいの小さなノートを取り出し
ノートを壁に押し当て、何かを書きつけている。
何を書いているのか気になり、近くまでいって読んでみると
薬草の名前を書いているようだ。すべて書き終え、そのページを破り
彼が魔法を使うと、破ったページが消え去った。
「何をした?」
「クッカに、追加の薬草を知らせました」
「……そうか」
方向性が定まったことによって、医師達が気を引き締める。
高熱の患者達の所へ行き、ここでは私と副院長で説明にあたる。
セツナは、ノルシェ達の方に重点を置くからここでは動かないようだ。
子供達の状態を、1人1人見ていきノルシェ達にもしたように
情報を頭の上に出して歩いてはいたが。家族を励ましはするが
心の拠り所にされるような、行動は起こさなかった。
部屋を出てから、高熱を出した子供達の情報を見せてもらうと
ノルシェ達と比べて、内部の数値はそれほど悪くはなかった。
かろうじて青の範囲にある。数人、黄色に入っている子供達もいたが
その子達は、熱が下がりつつある子供達だった。
予防薬をのませたことで、数値が格段に良くなるのを確認し
熱が下がり次の病気に移行するまでに、対処できれば
これ以上、重病患者を増やすことはないだろう考える。
クッカが手を貸してくれたことに心の中で感謝しながら
ここに居る子供達を、全員完治して家に帰せるかもしれないと
希望を持つ。それは私だけではなく、他の医師もそう思っていただろう。
「クオード。緊急病棟の準備が整ったぞ」
廊下を歩いていると、ヤトが知らせに来た。
「ああ、移動してもらうか」
「僕が移動させます。外は寒いですし
風邪を併発しても困りますから」
「どうやって移動させる?」
「全員転移でベッドに直接移動させます」
「いやそれは無理だろう?」
「大丈夫です。緊急病棟の方へ行って
準備をしたいんですが?」
呆気に取られている私達に、ヤトが案内をすると言って
背を向ける。ヤトは止める気はないようだ。
「まて、ここで魔力を大量に使われて
治療に回せなくなったら困る!」
彼はもう、色々と魔法を使っている。
「問題ありません。僕は二種使いなので
魔力量にはまだまだ余裕があります。それに足りなくなれば
クッカから魔力を供給してもらうので大丈夫ですよ」
そう告げ、ヤトの後ろについて歩いていき
その5分後、子供たち全員が誰かに抱えられることもなく
一歩も歩くことなく緊急病棟の新しいベッドへと
転移されたのだった。