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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 柊 : 準備 』
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『 俺と友達 』

* アルト視点

 孤児院の門を出る間際「また明日な!」という言葉が俺の背中にかけられた。

その声に返事をするために、後ろを振り向き頷いて軽く手を振ると

相手も笑って手を振り返してくれた。


夕日に照らされながら、俺はアギトさんの家へと帰るために

トボトボと歩き出す。本当はもう少し遊びたかったけど

夕食の時間までには、家に帰ることと師匠に言われている。


初めてできた、友達。

師匠やビートさんやエリオさんみたいな大人ではなく。

アイリやユウイみたいな、俺より年下の守るべき存在でもない。


俺と同い年ぐらいの人間と、俺は仲良くなった。

それはとても不思議な感覚で、戸惑う事も多かったけど

そんな俺に、彼等は色々と教えてくれた。


鬼ごっこや、かくれんぼや、秘密基地に入る為の合言葉。

これは、師匠にも話してはいけないらしい。俺達だけの秘密だと言われた。

俺は頷いて師匠にも話さないことを伝えると

彼等は『これでお前も仲間だ』と言ってくれた。


仲間……。友達。その言葉がなぜか嬉しくて、ふわふわした気分で

家に帰ったのを覚えている。この感覚は……初めて野球をした時にも感じた。


野球という、1人ではできない遊びに誘ってくれた友達。

ルールという規則を教えてもらいながら、一緒に遊ぶ。


ボールは知っていた。ムイと一緒に遊んでいたから。

このボールは、自動的に戻って来る事はなかったけど。


投手が、ボールを投げて打者がそのボールをバットで打つ遊びだった。

一番最初に、打席に立った時はよくわからずボールを打つことができなかったけど

次に自分の番が回ってきた時、ボールをバットに当てることができた。


それが、青い空へ吸い込まれるように高く上がり遠くへと飛んでいく。

外野手も届かない場所へと、ボールが落ちると同じチームの友達が

全員わーっと歓声を上げて俺を見た。その声に、その歓声に驚きながらも

友達が俺に説明してくれながら、俺の横について一緒に走ってくれる。


そして一周して、ホームベースに戻ってきた瞬間

同じチームの友達が、俺の背中や頭や肩などを叩いて喜んでくれたんだ。

手をあげるように言われてあげると、次々に俺の手を叩いていき

重ねられた手から、いい音が鳴った。

口々にやったな!とか よくやった! とか笑顔で言われた。


叩かれた肩や、背中、頭が少し痛かったし、手のひらも痺れた様な感覚が残ったけど

それは不快ではなく……。どう表現すればいいのか、言葉にすればいいのかわからない

気持ちが、俺の心の中に広がっていく。


師匠やアギトさん達に褒められるのとは違った感覚だった。


だんだんと消えていく、背中や肩の痛み。そして手の平の感覚。

その事になぜか、寂しいという気持ちがわいた。


一緒に遊んだことが楽しくて、もっと遊びたかったけど師匠が帰るというので

俺も帰ることになった。もう遊べないのかと、落胆していると孤児院の大先生が

毎日でも遊びに来てもいいと言ってくれた。俺はそれに頷く。また来ると約束して

アギトさん達の家に帰った。


帰り道で、師匠やビートさん達に今日の事を話し。

家に帰ってから、アギトさん達に楽しかったことを一生懸命話した。


その日、俺はいつベッドに入ったのか覚えていない。

次の日も、孤児院にいくつもりでいたけど師匠が心配で行くのをやめた。

深く眠っている時の師匠を守るのは、俺だから。

蒼露様とも、約束した。師匠を守るって。何があったのかアギトさん達に聞いても

詳しくは教えてくれなかった。師匠が目を覚ましたあと、師匠に聞いても

難しい病気を治して、魔力を使いすぎたとしか言われなかった。


もっと詳しく聞こうとしたら、ノシェの花の話になって

食べてはだめだと言われたから頷くと、蜜を集めた事のお礼を言われて

詳しく聞くのを忘れてしまっていた。師匠が大丈夫だから遊びに行っておいでと

言ってくれたのも忘れた理由の1つかもしれない。


1人で孤児院に遊びに行った日はとても緊張した。

この間みたいに、一緒に遊んでくれるだろうかと不安だった。

だけど、俺のそんな心配を吹き飛ばすように友達達は俺を見て喜んでくれた。


毎日が新鮮で、毎日が楽しい。

新しい発見もたくさんあって、時間はあっという間に過ぎていく。


獣人は俺1人だけだったけど、誰も何も言わなかった。

ユウイぐらいの小さい子達は、尻尾や耳に興味があるのか

よく抱き付いてくるけど、抱き上げるとすぐに大人しくなる。

クッカやフィーと同じで、可愛いなと思う。


喧嘩? をしたのは初めて孤児院へ行った日だけ。

喧嘩と言っても、相手が殴り掛かってきたから避けただけだけど。


殴り返すと、死にそうで怖かったから殴り返せなかった。

蹴ろうかとも思ったけど、吹っ飛びそうで怖かったから蹴れなかった。

結局、相手は疲れて動けなくなっていたけど

体力がなさすぎるんじゃないかと思った……。魔物に追いかけられても

逃げることができないじゃないか。


師匠にそう告げると、困った顔をしながら笑い


『この街は、結界から出ない限り魔物は出ないからね』と言った。

その話を聞いていたビートさんが『子供の体力何てあんなもんだろ』と言い。

エリオさんが頷いている。


師匠が『アルトは、冒険者だからね。孤児院の友達よりも強い』と言って

ビートさんとエリオさんが『喧嘩するときは、本気の殺気を出すなよ』と言った。

あれは俺が悪いんじゃないと思うと告げると『確かにな』と言ってくれたけど

『間違っても本気で殴るな。剣を抜くな』と真剣な顔で言われた。


それは俺もわかってる。多分俺が本気で殴ったら、友達は死ぬと思う。

俺に優しくしてくれる、一緒に遊んでくれる友達を殺したいとは思わない。


孤児院へ行く時に剣を持っていくか悩んでいると

アギトさんが、武器は絶対に体から離すなと言った。

冒険者の身を守るものを、手放してはいけないって。


敵は魔物だけじゃない。ハルはそういう人間は少ないが

外から来た人間は、俺の敵になるかもしれないから

身を守れるようにしておけと言われた。


『武器を持っていたとしても、アルトが剣を抜かない選択を

すればいいことだ。アルトは、彼等を傷つけたいとは思わないだろう?』

アギトさんの言葉に頷く。だけど、俺の武器を小さい子達が触るのが怖いと告げると

師匠が俺以外の人間が剣を抜けないようにしてくれた。


それから俺は毎日のように、遊びに行くようになった。


もっと遊びたい気持ちを抑えながら、家に帰ると

すぐに夕食で、机の上に料理が並ぶとお腹がすごく減っていることに気がついて

夢中で食べる。お腹が少し膨れたら、今度はその日あったことを夢中になって話す。


俺の話を、師匠もアギトさん達も楽しそうに聞いてくれた。

時々、内緒だと言われたことを話しそうになってあわてて口を閉じると


ビートさんとエリオさんが、ニタリと笑って色々と聞いてくる。

絶対に答えないという意思を見せると、卑怯な手を使って口を割るように持っていく。

だけど俺は、美味しそうなおかずを見せられても誘惑には負けなかった!


今日も、孤児院であったことを師匠やアギトさん達に話していく。

そして、ふと孤児院で言われたことを思い出し口を閉じた。


俺が突然話さなくなったからか、サーラさんが心配そうに俺を呼ぶ。


「アルト、どうしたの?」


「なにもないけど」


「本当に?」


「……」


話そうかどうしようか悩んでいると、師匠が俺を呼んだ。


「アルト。何か気になることがあるのかな?」


「気になるわけじゃないけど。

 俺が学校へ行っていないのは、おかしいって言われたんだ」


「学校?」


「うん……。ワイアットが……」


「あのクソガキが、何か言ったのか?」


ビートさんが顔をしかめて、俺を見た。

ワイアットは、何かにつけて俺に突っかかって来る。


最初は、丁寧に答えていたけど最近は面倒になって

適当に返事をすることが多かった。


俺には、ワイアットがなぜ俺に敵意を見せるのかよくわからない。

だけど、それをどうしたらいいのかも分からない。


ワイアットが俺に何か言いだすと、友達が仲裁に入ってくれる。

そして、最後に拗ねているだけだから気にするなと言ってくれる。

結局よくわからないから、俺は気にしないことに決めた。


だけど今日は、友達が俺にこう聞いてきたんだ。

どうして、俺は学校へ行っていないんだって。


孤児院の友達は、みんな午前中はギルドの学校へ通っていると言っていた。

ハルの街の子供は、学校へ行くのが当たり前だと。


学校が何をするところかを尋ねると、勉強するところだと教えてくれる。

学校へ行かないと怒られるんだって言っていた。

俺は、師匠に勉強を教えてもらっていると伝えると

学校へ行ったほうがいいと言われたんだ。


友達の言葉に、悩んでいる俺にワイアットが近づいてきて


『お前、学校にも行かせてもらえないのかよ』と言った。

何か言い返そうかと思ったけれど、実際師匠から学校という言葉は

聞いたことがないから、言い返せなかった。


そんな俺を、みんなは気の毒そうに見る。

その視線が、すごく嫌でどうしようかと考えていると

友達が何かを思い出したように、声をあげた。


『アルトって、ハルに来たばかりだよな?』と聞く。

俺が頷くとみんなが納得したように、頷きだした。

引っ越してきたばかりなら、師匠が忙しいから落ち着くまで

難しいだろうって言われたけど……。


俺も師匠も冒険者だから、ずっとここに住むわけじゃない。

だけど、それは黙っていることにした。俺が冒険者だという事を

最近は、忘れられているような気がしていたから。

俺もそのほうが居心地がよかった。


『今、月光の家にいるんだろう?』と言われて

俺が頷くと、ワイアットが俺を睨むように見てから何処かへ行った。


ワイアットの事はともかく、学校の事を師匠に話すと

師匠は、俺をじっと見て何かを考えている。

学校の話をしないほうがよかったのかと、不安になっていると

エリオさんが、口を開いた。


「アルっちは、学校へ行かなくてもいいと思うけどな」


エリオさんの言葉に、ビートさんが同意するように頷く。


「獣人は、学校へはいけないの?」


俺がエリオさん達に聞くと、そうではないと首を振った。


「アルっちは、もうギルドの学校で習う事を

 セツっちから教えてもらっているっしょ?」


ギルドの学校で何を習うのか、俺は知らないから

よくわからないと返事をすると、エリオさんとビートさんが

それもそうだなと言って笑った。


「アルト」


師匠が俺を呼ぶ。


「僕達の予定としては、ウィルキスの3の月まではハルに居ることになると思う。

 もしかしたら、4の月まで居るかもしれないけれどはっきりとしたことは

 まだわからない。その間だけでも学校へ行ってみる?」


師匠の言葉に、もしかしたら学校へ行ってもいいのかと期待が膨らむ。


「いいの?」


「いいよ」


「俺、学校へ行ってみたい!」


友達が通う学校というところに、興味があったし

午後だけではなく、午前中も友達と遊べるかもしれないと思った。


師匠は俺の言葉に、笑って頷いてくれる。


「3日後に、アギトさんの家を出て

 新しい家に移るからね」


師匠の告げた内容に驚く。

そういえば、貰った家があるって言っていた気がする。


「3日後?」


「うん。だから3日後は新しい家に行くから

 遊びに行く約束を入れてこないでね」


「はい」


新しい家が、孤児院の近くだったらいいなと思う。


「新しい家に移ったら、一緒にギルドへ行って

 学校へ行く申し込みに行こうか」


師匠の言葉に俺は頷き、明日は遊びに行ってもいいか聞いた。

いいよと言われたので、楽しみにしながら師匠に学校の事を

色々と質問すると、師匠よりエリオさんとビートさんが答えてくれていた。


エリオさんとビートさんの話を聞いていると

学校という場所が、なんだか怖く思えてきた。

宿題というのができないと、どんどんと増えていくらしい……。

できない問題があったらどうしようかと、悩んでいると


クリスさんがエリオさんとビートさんの

頭を掴み力を入れている……。


「お前達が、宿題をさぼるからそうなったんだろう?

 あたかも、宿題が悪いような言い方をしてアルトを不安にさせるな」


エリオさん達が痛がって暴れているけど

クリスさんはなかなか離さなかった……。


師匠が、困ったように笑い俺を見て

「わからないところは、僕が教えるから大丈夫」と言ってくれた。

師匠の言葉に、深く頷いてエリオさん達を見ると伸びていた。


アギトさんは、エリオさん達を冷たい目で眺めて何も言わなかった。

サーラさんは、なぜか元気がなくってしょんぼりしている。

大丈夫と聞いても、大丈夫としか返ってこなかった。


サーラさんは、ずっと元気がなかったけど

アギトさんが、大丈夫だと言ったからそれ以上聞くのはやめた。


お腹いっぱいになると、急に眠くなってきて……。

師匠やアギトさん達に先に寝ることを告げてから、自分の部屋へと移動した。

着替えてベッドに入ると、何かを考える余裕もなくすぐに眠ってしまったのだった。



読んで頂きありがとうございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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