『 セツナとクオード 』
【ウィルキス3の月の15日:セツナ:後編】
リビングに戻ると、口々にアルトの心配をしてくれるが
サーラさんが「もう寝ていたの」と告げると皆何処か沈んだ表情を見せた。
「ヤトさん、クオードさんお待たせして申し訳ありませんでした」
「いや、構わない」
「こちらが押しかけて来たからな」
「僕に、話があるとのことですが
場所はここでいいですか? 僕の部屋でも構わないですし
結界を張ることもできますが」
「いや、必要ない」
「そうですか」
「クオード、私が話すか?」
「ヤト。私から話すことにしよう」
「わかった」
クオードさんが、落ち着いたよく通る声で静かに話し始める。
簡単にまとめると、何かの病気が広がりつつあると言った事だった。
ギルドに上がってきたのが、ウィルキスの2の月の30日。
病気の広がりを見せたのは、クットの国の4つの村。
その村は今封鎖されていて、近づくことができなかったが
クットの城下町でも、同じ症状の患者が出たことから
封鎖の意味がなくなった。
クットでは薬の値段が高騰しつつあり
ギルドの医療院でも、薬の在庫が心許ない状況にあるらしい。
クットに問い合わせても、問題ないとしか返ってこず
ここ最近は、問い合わせても返事すら戻ってこない状況らしい。
ハルでは、大会が近く各国から人が集まりつつある。
第五区画で、クットの国を経由した者の健康診断をおこなっていたが
病気の人が見つかったという報告はなかった。
だけど、ウィルキス3の月12日あたりから
体調不良を訴える人が増えたらしい。とくに子供が熱を出して
医療院へと運ばれ、風の魔法を使っても薬を使っても
熱がなかなか下がらないらしい。普通の風邪ではないようだという話になり
これ以上子供に感染しないように休校要請を出したということだ。
「大人も、子供も最初は微熱が出る程度で風邪だと診断を下した。
回復魔法と、薬を処方し帰宅させたが、翌日子供の体温が急激に上がり来院。
だが、高熱以外の症状はなし。大人の来院は今の所なし。
子供だけが、違う薬を処方しても熱が下がらない状態が続き
下がったと思ったら、突然倒れて体の自由がきかなくなった」
実際見て見ないと分からないけれど
クオードさんが告げる病気の症状に当てはまるのは1つしかない。
「様々な文献を調べてみたが、何も出てこない。
黒達にも調べるように頼んでみたが、見つからなかったのだろう?」
黒達がそれぞれ頷いた。
朝から、調べていたのはこの病気の事だったのだろう。
「なにかしらないか? 些細な事でもいいのだが」
彼の諦めたくない、諦めないという意思を宿した瞳。
そっくり同じ瞳の色を、僕は死ぬまで見続けてきた。
「この病気の特徴は、大人がかかると微熱程度で適切な処置がされれば
完治しますが、子供がかかると高熱のあと違う病気へと移行します。
いったん熱が下がり快方に向かったように見えますが
病気は体を蝕んでいき、最終的に体の自由を奪われ死に至る」
「な……」
「発病してから、最短で3日。最長で7日」
何の期限かは、言葉にしなくてもわかるだろう。
クオードさんが、席を立ち上ろうとするが意志の力で
それをねじ伏せ、座り直す。
このまま医療院へ戻っても、打つ手はないはずだ。
僕が病気の事を知っていた事に喜びを見せ。
その後の説明で、その瞳を暗く染めた。
「人間の子供にだけ死をもたらす病気。
その死亡率は高く。感染力も強い。
一度かかると、結界の中に隔離して
そこで死をむかえるしかない。
親からの隔離も必要だと本に書かれています」
「それは、それは余りにも残酷だろう」
部屋に鞄を取りに行くのも面倒なので
呼び寄せる。呼ぶというのかは微妙なところだけど。
鞄が突然現れたことに、黙って聞いていた人達が驚いていたが
口を開くことはなかった。鞄の中から2冊の本を取り出しすと
サフィールさんとエリオさんの目が1冊の本を凝視するが
視線を合わさないようにして1冊目をクオードさんに渡す。
「483頁の、5行目からがこの病気についての記述です」
クオードさんが本を手に取り、ページを開くが首を横に振った。
「私は古代語が読めない」
すかさずサフィールさんが本を奪い取り、視線を落とし読み始めた。
古代語と聞いて、エリオさんが肩を落としている。サフィールさんが
読みながら、こちらに一瞬も視線を向けずに言葉を落とす。
「お前は古代語も読めるわけ?」
「はい」
「今度、遺跡発掘に一緒に行くわけ」
「機会があればぜひ」
「……」
一通り目を通し、サフィールさんが顔をあげる。
「先ほどセツナが説明していたのと
全く同じことが書かれていたわけ」
「病名は」
「ディグ・ロ・ライゾ」
「聞いたことがない」
「無理やり訳すと、子供の夢を奪うモノ」
「……」
「文字の構成と文章の組み立てから見て
2000年程前の魔導書なわけ」
「治療方法は?」
「僕には良く分からないわけ」
「わからない!? 今すぐ訳せ!」
「僕はそういったものに詳しくないわけ。
訳してもいいけど、適当になるわけ」
「やめろ!」
「しっかり読んでないから、わからないが
薬草の種類と魔物の種類がかいてある。
だけど、調合方法は書かれていないわけ」
落胆したように、俯くクオードさん。
「セツナが読めるのだから
セツナに訳してもらえばいいわけ」
サフィールさんの言葉に頷き
紙とペンを鞄から取り出し、薬の材料を記述していく。
1つは、予防薬と言われるもの。
もう1つは、微熱の状態で飲む薬。
次に、高熱の時に与える薬。
そして最後に、体が動かなくなった患者の為の薬だ。
全てを紙に書きだし、クオードさんへと渡すと
クオードさんは、真剣にその内容を頭に叩きこむように
しながらよんでいく。全てを読み終えてから、僕に深く頭を下げた。
クオードさんの前に、もう一冊本を置く。
「この本も、病気に関することが書かれています。
これは、共通語なので読めると思います。
調合方法も、この本に記述されています」
クオードさんが本を手に取り読み始める。
サフィールさんは、魔導書の最初の頁から読み始めていた。
「これは、医師の日誌か?」
「そうです」
頁を読み進めていくほどに、クオードさんの顔が
苦悩にゆがむ。
「体の自由を失くした子供が、快方に向かう可能性は
とてつもなく低いのか……」
顔を歪め、拳を握りその体は少し震えていた。
「かかり始めた初期に、薬を与えれば
ほぼ完治したと書いている。
高熱が出た段階での薬の投与で7割。
自由を失くした状態になると3割を切るのか?
私は、私は、もっと早く君に会うべきだった。
ギルドの薬師ではない君なら、薬の調合方法を
知っているかもしれないと、気がついていたのに!」
憤りをぶつけるように、机を両こぶしで叩きつける。
「クオード。それはギルドの責だ。
医療院からも、要請は来ていたし
黒達は何度も、セツナに問えと言っていた。
だが、それを拒否したのは医療総括だ」
「またあの男か……」
憤りを隠そうともせず、憎々しげにそう呟く。
「だが、彼には責任を取って辞してもらう。
今日までに、治療方法が見つからなかった場合
職を辞するという、誓約をとってある」
「よくそんな誓約をあいつがしたな」
「子供の命がかかっているのでね。
使えるものは何でも使う」
「そうか」
深く溜息を吐き、その肩を沈め黙り込む。
この部屋の空気も沈み、誰の口を開こうとはしなかった。
「クオードさん」
僕の呼びかけに、視線だけを僕によこす。
「ギルドに依頼をしませんか?」
「依頼?」
「はい。医療院での臨時職員という形で
僕を雇いませんか?」
「君は、医療に従事した経験はないだろう?
君の知識は、正直喉から手が出るほど欲しい。
だが……医療院として患者を任せることが
できるかと問われれば、私は責任者として
頷くことができない」
クオードさんが、言っていることは正しい。
僕も同じ立場なら、同じことを言うだろうし
父も同じ決断をしたはずだ。
知識はあったとしても、よく知らない人間に
患者の命を託す選択をするのは難しい。
「僕も風使いですから、研鑽はつんでいます。
それに僕が作る薬は、他の人が作る薬よりも
効果が高くなると思います」
「なぜ、そう言い切れる。
確かに、君の技術は素晴らしいものだが
効果については、そう変わらないと思うが?」
「セツナは、水と大地の上位精霊と契約しているわけ。
精霊の契約者が作るものは、精霊の加護の恩恵を受ける。
僕が何か作ってもそうなわけ。だけど、精霊にも得意な領分があり
クッカは、何かを育てたりその育てたものの効力を高めたりするのが
多分得意なわけ。クッカは2種持ちの上位精霊。
彼女が与える恩恵は計り知れないと思うわけ。
セツナが作る、薬の効果が高いのはこいつの技術とクッカとの契約が
深く関係している。僕は、依頼することを勧めるわけ」
「上位精霊との契約……ヤトは知っていたか?」
「はい。私は会った事がありますから」
クオードさんの視線に、ヤトさんが申し訳ないと謝っている。
教えてほしかったとその瞳が告げていたが、個人情報を
そう簡単に教えるわけにはいかないとヤトさんが言い
クオードさんは「そうだな」と言ってため息を落とした。
「それに、僕は自分の薬草園を持っています。
クッカに管理を任しているので、精霊が育てた薬草です」
「上位精霊が、薬草を育てているのか?」
「クッカに、そんなことを頼んでいたわけ?」
「ええ」
「普通は自分で育てて、それを精霊が補佐するわけ。
全部任せきりとかありえないわけ!」
「おかげさまで、とてもいい薬草が手に入ります」
「お前……あそこにある薬がそうじゃないだろうな?」
サフィールさんが棚にある薬に視線を向けて眉をしかめた。
「そうですよ。とてもよく効くでしょう?」
「どうして、あんな安い値段で売っているわけ!?
あの2倍の価値はあるモノだろう!」
「確かにそうですが……」
「なんなわけ?」
「僕1人で、薬を消費できないでしょう?
なので、なかなか情報が集まりませんし?」
「それは、薬の効果を僕達で試していたわけ?」
「はい。その分価格も安くなっています」
誰もが絶句していたが、そのうちそれが笑いに変わる。
怪しい薬じゃないから、気にしないと。よく効く薬が
安く手に入るなら問題ないと。
クオードさんは、当たり前の事だから
値段を安くする理由にはならないと言っている。
より良い薬を作るために、正確な情報は必要だと。
実際、初めて作る薬は必ず自分で飲んでいる。
だから、適切に飲んでいれば体を害することはないはずだ。
それでも、個人個人の体質や合わない薬などはあるはずなので
情報が集まるなら、集めておいた方がいいのだ。
ここの人達が飲むのは、大体が胃薬と二日酔いの薬だから
胃薬と二日酔いの薬はほぼ完成しているといえる。
「クッカ」
「はいなのですよ~」
こちらで会話しながら、裏でクッカと話し
必要な薬草を持ってきてくれるように頼んでいた。
話も一段落したことだし、次へ進んでもいいだろう。
突然現れた、クッカに黒と月光以外が息をのんでクッカを見ている。
そういえば、この前は使い魔を作ってフィー以外誰にも会わずに
トゥーリの所へと戻った。紹介ぐらいするべきだったかもしれない。
「クッカちゃん、かわゆい」と言っているのがサーラさんで
サフィールさんは本から視線を外して、クッカに挨拶をしていた。
「お姉さまなのなの~」
「セツナの精霊?」
「フィーと違う?」
クッカを見て、どこか緊張した空気を纏いながら
気になったことを言葉に出している誰かの声をフィーが拾い上げた。
「上位精霊は、女神様の使いなのなの。
跪くといいのなの」
フィーの言葉に驚いて一斉に跪こうとしている人達を
慌てて止める。
「フィー! 確かにクッカは上位精霊ですが
僕と契約している精霊です。名前はクッカと言います。
フィーと同じように、仲良くしてあげてください」
「クッカなのですよ」
可愛らしく笑い、挨拶するクッカに皆がフィーとクッカを比べて
何らかの言葉を飲み込んでいた。きっと、詮索しないほうがいいだろう。
どこか、遠巻きにクッカを見ている人達に首をかしげていると
エレノアさんが「彼女からは、神の気配に近いものを感じるから
緊張してしまうのは仕方ないことだ。最初フィーに会った時も
その様な感じだったが、クッカはその空気がさらに濃いから
馴染むまで時間がかかるだろう」と告げる。
この世界の人達は、神の気配を感じることができるんだろうか?
と疑問に思うけど、それを口に出すことはできなかった。
僕の疑問に答えてくれたのはクッカだ。
『ご主人様、神殿に行くとお父様の魔力を感じることができるのですよ』
『そうなんだ』
神殿に行けば神の魔力を感じることができるらしい。
興味がないといえばうそになるが、行きたくはない。
そんな僕の心の動きを、敏感に察知したのかクッカが話題をかえてくれる。
「ご主人様、頼まれていた薬草なのですよ」
クッカが僕をご主人様と呼んだことに、驚愕している人が居るが
サフィールさんに、何も言うなと睨まれて言葉を飲み込んでいた。
フィーみたいに名前で呼んでくれたらいいんだけど。
クッカは絶対に譲る気はないようだから諦めた。
「ありがとう」
いつ見ても、クッカが育てる薬草は瑞々しくキラキラと輝いている。
クオードさんも、薬草を目にして息をのんでいた。
机の上に必要な器具を出し、魔道具を使って薬草を粉にし
鞄の中から、足りない素材を補い今必要な薬を作っていく。
クオードさんが、いつの間にか真横にいて
僕の手元から、一瞬たりとも視線を離さなかった。
「クッカ、この瓶のこの辺りまで水が欲しいんだけど
お願いできる?」
「了解なのですよ」
クッカが、水を満たしているのを見て
サフィールさんがポソッと呟いた。
「精霊水なんて贅沢なわけ」
その呟きをクッカが耳に入れ、サフィールさんを見て答える。
「フィーの契約者なら、いつでも上げるのですよ」
「僕は、魔道具しか作らないから気持ちだけで」
「サフィ貰えばいいのなのなの!
お姉さまの作り出すお水は、魔力がたくさん含まれていて
とっても美味しいお水なの! 生き物が生きていくうえで必要な
栄養もたっぷりなのなの~。人間なら2週間ぐらいなら
今と同様の生活をおくることができるのなのなの」
「そうなの?」
フィーの言葉に、僕がクッカに尋ねてしまった。
「そうなのですよ~。
だから、薬草を育てたりするのが得意なのですよ」
なるほど。精霊の力は植物だけとか動物だけとではなく
この世界に生きているすべてのものに、恩恵を与える存在なのか。
そう考えると、蒼露様に水を出してもらって禊に使ったのは
とても罰当たりな事だったのかもしれない。
まぁ、蒼露の樹の糧になっているだろう。多分。
「食べなくても生きていけるわけ?」
サフィールさんの言葉に、フィーがじっとサフィールさんを見つめ
「お姉さま。サフィには水は上げないでほしいのなの。
ご飯を食べなくなってしまうのなの」
「わかったのですよ」
サフィールさんが、あわててちゃんと食事をとると言っても
後の祭りである。
詠唱し、魔法を起動させる。
起動させると、透明な板が現れその上に薬の材料をのせていく。
「これは、量りなのか?」
「そうです。こちらに乗せた薬剤の種類と量が
一覧で表示されるようになっています」
表示は、僕の目の前あたりの宙に表示されている。
「……」
全ての材料を乗せて、次にもう1つ魔法を起動し
そこに、瓶に詰めてあった粉薬をのせるとその粉に含まれている
薬草の種類と量が一覧になって表示された。
「これは?」
「この薬の中に含まれている
薬草の種類と量が表示されます」
足りないと思われる薬を、足していき
そのすべてを、水の中に入れて混ぜる。
最後に薬の効力が持続するように魔法をかけて完成だ。
魔法を使い完成した薬の濃度を調べ、十分であることを確認してから
立ち上がり、厨房へ向かおうとしてバルタスさんが
「何が必要だ」と聞いてくれたので、人数分のグラスが欲しいと伝える。
わらわらと、2番隊と3番隊の人がグラスを用意してくれた。
その中に、今作った薬を注いでいく。
「大人がかかっても、微熱だけで済むことが多いそうですが
たまに高熱が出て、死亡する人がいるようですので
予防しておくに越したことはありません」
グラスに注がれた薬を、酒肴の人達が配っていきわたる。
サーラさんとアルトの分だけ、薬の調合をかえて作り手渡す。
「サーラさんはこちらを飲んでください」
「私だけ粉薬なの?」
「お腹の子供に安全なものを使って調合しましたから」
「ありがとう!」
「いいえ。それと、これをアルトに飲ませておいてくれますか?」
「私と一緒でいいの?」
「はい。多分、アルトは獣人の血が濃いので
大丈夫だとは思いますが、念のために」
「任せておいて、必ず飲んでもらうから!」
「よろしくお願いします」
「ええ」
そう返事をして、酒肴の人に水をもらった
サーラさんは、迷いなく薬を飲んだ。
クオードさん以外、躊躇なく薬を飲みほしていく。
「……クオード飲まないのか?」
エレノアさんが、静かに問う。
「薬を疑っているわけではない。
ずっと、彼の手元を見ていたし使われていた
薬草や材料もこの紙に書かれていたもので
その質も申し分がない。
体に害があるものは、一切含まれていない。
ここまでの薬を、冒険者が作り出してしまう事が
腑に落ちないが……。
飲んでも問題がないというのはわかっている」
「……ならなぜ飲まない」
「私だけが飲むわけにはいかない」
「……ああ。なるほど」
クオードさんの、脳裏に浮かんだのは
きっと、今も必死に働いている部下たちの事なんだろう。
「クオードさん、後ほど同じものを作ります。
薬の調合も開示します」
「この薬を独占すれば、死ぬまで暮らせる金が入るが?」
「僕が、協力するのはハルの医療院だけです。
他国に要請を求められても、引き受けるつもりはありません。
病気の情報と薬の調合方法を開示するかわりに
ギルドの医療院が矢面に立ってください」
「君の功績にするつもりはないという事か?」
「ええ。この病気に関するすべての情報を
ギルドへと譲ります」
「セツナ、それは……」
ヤトさんの台詞をさえぎり、無理やり言葉を入れる。
「いま、この瞬間にも子供達は死に向かっている」
クオードさん達が、目を細めて僕を見て頷く。
「まずは、子供の命を救う事が先決だ。
ヤト、医療院はセツナに臨時職員という形で
依頼を要請する」
「ギルドは、その依頼を今この場で受理します」
クオードさんが、ポケットから腕章のようなものを取り出し
僕へと渡す。
「これは、医療院の職員だという証明だ。
のちほど、白衣を渡すのでその上からつけてほしい」
「わかりました」
成り行きをじっと見守ていたクッカと
目線をあわせるために膝をつく。
「クッカに暫く無理をさせてしまうかもしれない」
「無理なうちには入らないのですよ?」
「薬草の栽培と採取をお願いしたいんだ」
「ご主人様のお役に立てるのは嬉しいのですよ!!」
そう言ってピョンピョン跳ねるクッカを見て
サーラさんや女性陣が「可愛い」と言って悶えている。
「時の魔道具を渡すから、薬草の成長を早めてくれる?」
「必要ないのですよ」
「どうして?」
「その辺りにいる、中位精霊を呼んで
手伝ってもらうのですよ。最近、畑が手狭になってきたので
拡張したばかりなのです! 余裕はがっぽりあるのですよ!」
がっぽり?
今あそこはどんな状態になっているんだろう?
「栽培も採取も手伝ってもらうのですよ。
クッカが育てる薬草より質は落ちるかもですが
予防薬と初期症状のお薬なら、問題はないのですよ」
「そう……。ならお願いしてもいいかな?」
「はいなのです! 届けるのはクッカなのですよ!
ご主人様にあえるのですよ!!」
「うん。お願いするね」
嬉しそうに頷いてから
何かを思い出したように、口を開いた。
「あ、トゥーリ様からの伝言なのですよ。
ありがとうと言っていたのですよ」
「手紙でも、お礼を言ってもらえたよ。
名前は決まったの?」
「まだ決まってないのですよ~」
「え? まだきまっていないの?」
「素敵な名前を考え中なのですよ!」
「そう……早く決まるといいね」
「クッカもそう思うのですよ」
僕とクッカが話している間に
クオードさん達の話が、進んでいく。
「ヤト、今回の病気の治療にあたる場所を変更したい。
医療院は怪我で訪れる患者も多い。
感染を防ぐには、違う場所が必要だ。
だが、医療総括が権限を持っている」
「その権限は、今私が持っている。
緊急病棟の使用を許可する」
「準備ができ次第、患者をそこへ移動させる」
「ギルド職員も、手伝いに回すことにしよう」
「その前に必ず、予防薬を飲むことを義務付けてくれ」
「ギルド職員全員に配りたいが……」
「僕が用意します」
「頼む。すべての経費はギルドで持つが
精霊の薬草と精霊水については、対価の基準がわからない」
「そのあたりは、全て終わってからで結構です」
「申し訳ない」
「水……お水をつくるのですよ~」とクッカが告げ
酒肴の人達が、動き出し空の樽をクッカの前へと置いていく。
「もっと、樽が必要なのですよ?」
「店から持ってこい」
バルタスさんの命令に、何人かが庭へと走っていった。
クッカは、片っ端から樽に水を満たしていくが
使い切れるのだろうか? とりあえず水の状態を保つように
樽に時の魔法をかけておく。
もう、1つの樽全部予防薬にしてしまってもいいかもしれない。
そう考え、鞄から薬を取り出し計量しながら薬をくわえていく。
クッカが持ってきてくれた薬草をすべて使う形になったが
何度も作るより手間が省けていいだろう。
最後に魔法をかけ、風魔法で大量にできた薬を少しだけ取り出し
樽の中の薬の成分と濃度を調べる。先ほど僕達が飲んだものとほぼ同じ
濃度になっている。十分薬の効果が期待できる数値だ。
樽に、予防薬と短剣で彫り込み色を付けた。
紙を張り付けるだけだと、剥がれるかもしれないから
間違って飲まないように、バルタスさんに断わってから彫り込んだ。
クオードさんが、何か言いたそうに
僕とクッカを見ていたが、苦笑して気持ちを切りかえていた。
「他国のギルド関係者だけはこちらから薬を送る。
他国でも手に入らない材料ではないが……。
この薬のほうが効果が高い」
「私も、その方がいいと考える。
特に医療関係者から、薬の配布を行おう」
「子供と子供のいる家庭にも
予防薬を配りたい」
「順次、手はずを整える」
「そうなると、ここに書かれてある
魔物の素材の在庫が全く足りない」
「……魔物の素材は私達が引き受けよう」
「この場を持って、受理します」
クオードさんの言葉に、エレノアさんが答え
ヤトさんが認める。それぞれの役割を話し合い
サーラさんとアルト以外、全員で事にあたることになった。
「……私達が活動し休息するための場所を
緊急病棟の方に用意しておいてくれ」
「ここに戻らないんですか?」
「……万が一という事もある。
サーラが病気にかかる可能性を極力低くしたい」
「緊急病棟の裏手の部屋を用意します。
表側は利用しないでください」
「……わかった」
サーラさんが寂しそうに、エレノアさん達を見るが
何も言うことなく、黙っていた。
魔物から取れる素材は、経過を見て
他の同盟チームにも依頼をまわすかを決めるようだ。
さほど強い敵でもなく、希少なものでもない。
雪の中の狩りは、なかなかに大変そうだが
黒のチームなら、心配せずとも大丈夫だろうと思う。
この家に残るは、サーラさんとアルトと酒肴の5番隊。
そして、エリオさんとビートが残ることになった。
サーラさんがこき使えること
そして、アルトが一番遠慮なく話せるということで
エリオさんとビートが待機という形になった。
多分2人は、狩に行きたかったのだと思うが
アギトさんとサフィールさんからの命令と
エレノアさんとバルタスさんからの、お願いという形の命令に
頷くしかなかったのだと思う。
アギトさんとサフィールさんからの
サーラさん取り扱い説明みたいな、言葉を右から左に流しながら
2人が適当に頷き、制裁という暴力を受けているのを
クッカとフィーが、じっと眺めているけど
とめてあげて……。
そんな光景を横目で見て、そろそろ止めたほうがいいかなと
考えていると、クオードさんが心配そうに声をかけてくれた。
「セツナ。本当にいいのか?
アルトは誤解したままだろう?」
「心配は心配ですが、アルトはわかってくれると信じています」
「そうか」
アギトさん達は、エレノアさんが止めに入り
それぞれが、準備をするために部屋に戻っていく。
日が昇り次第、狩に行くようだ。
僕は鞄の中に、必要なものは全部入っているけど
清潔な服に着替えるために、部屋へと戻ることを告げる。
「僕も部屋に戻って準備をしてきます」
「わかった」
リビングを出て、自分の部屋へ戻るために廊下を歩く。
途中、アルトの部屋の前で止まり声をかけるか悩み
扉を叩くのをやめ、自分の部屋へと入る。
最悪の状態で、話すこともなく依頼を受けるのは
迷いがなかったかといえばうそになる。
アルトを優先させるべきじゃないのかと。
どうして、この世界の人間を助けるんだろうという
疑問はいつもある。助けなくてもいいじゃないかという
葛藤もある。心の奥底にある狂気が囁くままに
殺してしまいたい衝動もある……。
だけど、その葛藤にその囁きに負けてしまえば
本当に、僕は化け物に成り下がってしまう事を知っている。
僕は、人間でいたい……。
この身に宿る力は、人間では耐えきれないものだと分かっていても
僕の命が、魔力でできていることを知っていても。
それでも僕は、人間でいたいんだ。
だから……クオードさんの瞳に父と同じ色を見て
病気の子供を助けたいと自然と思えた時。
父の背中を思い出し、病気の辛さを思い出し
助けようと思えた自分に、心の底から安堵した。
偽善であることは、十分承知しているけど
手を出すなら、助けると決めたのなら最善を尽くす。
僕が僕であるために。
着替え終わり、部屋を出ようとして足を止める。
椅子に座り、引き出しから便箋と封筒を取り出して手紙を綴る。
アルトの部屋に入り、ベッドを見るとアルトが狼になって
丸くなって寝ていた。ほとんど成長していないその姿に
心が痛んだ。頭を撫でてから、掛け布団をかけ
机の上に手紙を置いてから、そっと扉を閉めてリビングへと戻った。
* 幸せなイラストを頂きました。
詳しくは【セツナと2人の冒険者】の活動報告にて。