『 僕と2人の冒険者 』
【ウィルキス3の月の14日:セツナ:前編】
家に戻ってきたアルトの顔色が、あまりにも悪かったから
何かあったのかと、尋ねてみたけれど。アルトは何も言わなかった。
話したそうにしている様子は見せるのに
何も話そうとしないアルトに、少し踏み込んで聞いてみるが
それでも話そうとはしなかった。
夕食の時間になっても、顔色は悪いまま。
日々の食事も楽しみにしていたのに、お箸も進まない。
アルトの記憶を覗くべきか、一瞬迷うが
未だ必死に、何かを守ろうとしているアルトを見て
もう少しだけ、見守ろうと思った。
大切な約束を、守りたいと言う気持ちは
痛いほど理解できるから。
たとえ、自分を削ることになったとしても
はじめてできた友達との約束は、アルトにって
宝物と同じぐらい大事なものだろうから。
アルトの背中を撫でながら、風の魔法と能力を織り交ぜ
自分を追い詰めすぎないように、軽く魔法を入れる。
せめて、睡眠だけはきちんととれるように。
ベッドに横になれば、気持ちよく眠りにつくことができるだろう。
アルトが、部屋に入り眠りについたのを確認したあと
リビングに戻る、何時もなら休みの前日はわいわいと
騒ぎながらお酒を飲んでいるのに、今日は誰も飲んではいない。
適度に飲み物と軽いものを食べながら
全員が、自分達のチームのリーダーである黒を待っている。
アギトさん達は、訓練が終わったあと朝食もとらずに
ギルドへと出かけて行ってから、未だに帰ってきていない。
緊急の依頼を想定して、いつでも動けるように
黒のチームの彼等は、準備を怠ることなく
今日を過ごしていたようだった。
「セツナさんは、先に休んでもいいと思うが」
クリスさんがそう声をかけてくれるが
緊急の依頼で、黒のチームが出ていくのなら
何かできることがあるかもしれないと思い
起きていることを選択する。
「いえ、部屋に戻っても気になりますから」
「そうか」
「はい。ありがとうございます」
酒肴の人達がいれてくれた、珈琲を飲みながら
何時もより静かな夜を過ごし日付が変わるころ
黒達が全員戻って来る。
緊張した面持ちで、黒達の言葉をまつメンバーに
エレノアさんが、代表して口を開く。
「……遅くまで、待機ご苦労。
まだ詳しく話せる段階ではない。
だが、暫く酒は控えてくれるとありがたい。
もしかすると、サーラとアルト以外全員出てもらうかもしれない」
そう告げ、エレノアさんは僕を見た。
「……同盟チーム全部で、事にあたる必要が
でてくるかもしれない」
この言葉に、全員が表情を引き締める。
アギトさんのチーム以外、他のチームとも同盟を組んでいるはずだ。
そのチーム全てに、要請するかもしれないということは
それだけ、人手が必要なことが起きる可能性があるという事。
皆が一斉に頷き、僕もエレノアさんを真直ぐに見て頷いた。
今日は、とりあえず夜も遅いことから解散という事になり
それぞれが、好きな場所へと帰る。サフィールさんはぶれることなく
図書室へ。サフィールさん以外は皆寝るようだ。
翌日の訓練は、黒達は参加せず挨拶もほどほどに
図書室へと向かい、何かを調べているようだった。
気になるが、話さないという事はまだ話せない事なのだろう。
ただ、サーラさんとアルトに暫く外出はするなと黒全員が
2人の顔を見ると話しているところを見ると。
アルトの学校が休みになった理由と関係があるのかもしれない。
「……」
何事もなければいいと思う。
どこか、緊張をはらんだ空気を維持しながら1日が過ぎていく。
アルトの顔色は、昨日よりはよくなっていたけれど
瞳の色は暗いままだった。
夕食になり、食事をとっていると
転移魔法陣に組み込んである魔法が反応して
バルタスさんの庭の転移魔法陣に乗った人物の情報が
こちらへと送られてくる。ヤトさんともう1人僕の知らな人が
のっているようだが、ヤトさんが一緒なら大丈夫だろうと思い。
許可を出した。ヤトさんがここに来るのは初めてだ。
庭の魔法陣が光ったことで、部屋の中にいる皆の視線が
庭へと集まるが、ヤトさんが現れたことで驚きと少しの緊張を纏った。
窓の傍まで行き、ヤトさん達を出迎える。
「夕食中だったか? すまないな。
こちらは、クオード。医療院医院長の席にいる人間だ。
彼が、どうしてもセツナと話がしたいと頼み込まれてな」
医療院医院長。父と同じ場所に立っている人か。
ヤトさんから、クオードさんに視線をうつし頭を下げる。
「初めまして。セツナと申します」
「初めまして、食事中に申し訳ないな。
私はクオードという。君の薬は、素晴らしい出来だった。
一度君と、会いたいと思っていたのだが時間がとれずに
今日まで、来てしまった」
「ありがとうございます」
「医療院の人間全員、君に会いたがっていたよ。
年齢は聞いていたが、本当にまだ若いのだな。
アルトとは、孤児院で何度か会っていたのだけどな」
そう言って、アルトを見て優しく笑った。
アルトも、笑い返しているところを見ると
悪い人間ではないのだろう。
アルトは、ヤトさんに撫でられどこか不満そうな顔をしていた。
この場には、僕と同盟を組んでいるチーム全員が
集まっている。食事も途中だったことから、先に食事を
ということで、食事がまだ配られていない人達に
酒肴の人達が配っていく。ヤトさん達もまだだったようで
一緒にとることになった。
食事が終わり、酒肴の人達が飲み物を入れてくれ
ヤトさんとクオードさんが、珈琲を試し飲みし
好みの味にしてもらい、目を細めて飲んでいた。
エレノアさんが、ヤトさんに用件を話せと告げたところで
敷地内に、知らない人間が入ってきたことを僕に知らせる。
敷地内にかかっている魔法で、さっとその人間を調べ
2人が冒険者、1人が商人だという事がわかった。
冒険者からは、悪意を感じる。
このまま放置しておけば、敷地内に入ることはできない。
どうするかとかんがえ、鳥を飛ばしその冒険者を調べた。
アルトの様子がおかしかったのは、この人達のせいか……。
商人には、悪意が全くなかったため調べることはしていない。
このまま追い返してもいいけれど。
きっと、この2人はまたアルトに接触するだろう。
なら、悪意は叩き潰すべきだ。
部屋へと通すと、アルトの顔色が変わり
体が震えているのがわかる。冒険者2人が好き勝手に話を作り
アルトを追い込んでいるのを知りながら黙って聞いていた。
アルトに心話で話しかけるも拒絶される。
隣りでは、フィーが冒険者たちの記憶を披露していた。
時々『フィーが殺してもいいのなの?』と頭に直接言葉を叩きこんで
聞いてきてくれるけど丁重にお断りしている。
話を聞き終わり、一番最初にしなければいけない事は
冒険者の諍いに巻き込まれた、商人への謝罪だ。
心話を拒絶しないで、聞いてくれていれば
僕が誰に対して、頭を下げたのかわかったはずなんだけど
アルトは、僕が何かを告げることを怖がっているように思う。
僕が商人に謝った姿を誤解したアルトが哀しみと憤りの感情で
一杯にしながら、自分の部屋へと駆けていく。
その後を追いかけることはせず、冒険者たちの話を
適当に聞き流し、冒険者に威圧されながらも
アルトを心配して、ここまで来てくれた商人に心から謝罪した。
落とした果物は、売り物にならなくなっただろうに
アルトを責める言葉は、一言も出てこなかった。
真実を語り、最後までアルトを心配してくれていた。
全てが片付いたら、改めて謝罪に行こうと決める。
今は、その好意に甘えさせてもらう事にした。
アルトの部屋に、色々なものが届かないように結界を張ってから
部屋に戻る。部屋に戻ってからの冒険者の態度は酷いもので
隣りの部屋は、殺気で満ちていた。
彼等の言い分は、とても面白いものだった。
僕と自分とを比べて、絶対に黒に選ばれるという自信。
僕を。アルトを。黒達を。チームを。同盟を。全てを馬鹿にして
自分がいかに素晴らしい人間であるかを語る彼等が
本当に憐れすぎて嗤えてくる。
あぁ。可笑しい。
あぁ。可笑しいなぁ。
お腹を抱えて哂いたい。
隣りに、その黒がいることも知らずに盛大に語る彼等に
自分には機会がないだけだと、吠える彼等に
そこまで言うのなら、機会を与えようじゃないか。
隣りの殺気が、先ほどよりも酷いものになっていることを感じながら
セリアさんに、協力を頼んでほしいという事をお願いする。
いきなり楽しそうな雰囲気を作れと言われても
無理だとビートが不機嫌に言っていたけど、セリアさんが頑張ってくれた。
楽しそうな雰囲気というよりも、セリアさんの言動に
げんなりしている様子が窺えるが、ある意味楽しそうだ。
黒達が視界に入るように魔法を解除する。
フィーに、部屋の記憶が残らないようにしてほしいと頼むと
快く引き受けてくれた。
『殺してもいいのなの?』
『駄目』
黒達を視界に入れた途端、その表情をガラリと変え
動くことも、口を開くこともできないほど動揺している2人の冒険者。
その表情を見て、もっと胸がすくかと思ったのに
思ったより、苛立ちが収まらない。
どうやら僕は、本当にこの人達が嫌いなようだ。
自分達の都合で、アルトを嵌めようとしたことはもちろん許せない。
だけどそれと同じぐらい、いやそれ以上に僕の中で彼等に対する
嫌悪が胸の中に有る。
今までだって、色々な人に苛立つことを沢山言われてきたけれど
全く気にもならなかったんだけどな……。
何がここまで、気に入らないんだろう?
考えても答えが出ない気持ち悪さに、心の中でため息をつく。
アギトさんが彼等に話しかけたことで、思考を中断し
彼等の相手に戻る。最初のシナリオでは、知らない振りをしてもらって
あげにあげてから、最後に突き落とす予定だった。
今日はヤトさんもこの場に居る。
全てを、総帥に任せてしまおうと思っていた。
だけど、それだけではタリナイ心がそう告げる。
僕と彼等と黒達との会話が進んでいく。
ビートが何か言いたそうに僕を見ている言いたいことを
言えばいいのに。黒以外誰も口を開こうとしない。
酒肴の若い人達は、飲み物を入れに行くと言い
それぞれに飲み物の注文を取っていた。もちろん2人にも。
なのに厨房へ行ったまま戻ってくる気配は全くない。
こちらを窺っている気配は届くのに、用意している様子はない。
ニールさんが、頭を押さえて首を振っているから
声はいつもの通り、魔道具で届いているのだろう。
サフィールさんが淡々と、自分のチームの特徴を話し
そしてすぐに切り捨てる。いらないと言われて、一瞬不満そうな
表情を彼等はしたけれど、ここで拒否されずチームに入っていたら
次の日には、行方不明者としてギルドに届けられていると思う。
サフィールさんが、いらないと言ったのは本心だが
一番の理由は、フィーが魔法で切り捨てる未来が見えたからに違いない。
もちろん、彼等を気遣ったわけではなく。
フィーの手を汚したくなかっただけの話だ。
僕も、こんな人達を処分するのにフィーに手を汚してほしいとは思わない。
バルタスさん、エレノアさんが続いてチームの説明をし
自分からチームに入りたいと言っておきながら、努力するつもりが
欠片もない彼等の態度に、一度は静まっていた殺気が隠されながら
微かに届く。ビートが徐々にアギトさんから距離をとっている。
だけどそれは、クリスさんもエリオさんも同様で
ゆっくりと、アギトさんから離れていた。
アギトさんは、その事に気がつき3人に視線を送るが
クリスさん達は、その視線に気がついていない振りをしていた。
アギトさんとクリスさん達の関係は、時々見ていて面白い。
サーラさんは、2人を視界に入れるのも嫌なのか
最後まで2人を見ることはなかった。
アギトさんが、3人から視線を外し
期待の視線を向ける、冒険者達へと移す。
「私のチームは、戦闘能力。これさえあればいい」
そんなことを欠片も思っていないであろう声音で
アギトさんが、そう告げるが2人には分からない。
『セリアさん。アギトさんに伝言を頼めますか?』
自分が戦えることを、必死にアピールしてる彼等を横目に
セリアさんに、アギトさんへの伝言を頼む。
『なぁに?』
『2人を大会に引っ張り出してくださいと』
『大会で、セツナがあいてをするノ?』
『ええ。戦う事が得意なようですので』
隠された殺気すら、感知すらできないようだけど。
『それに、優勝して白のランクまで上げようと
思っていましたし』
『そうね、こてんぱんにやっつけちゃうといいのヨ!
アルトを、苛めたのだモノ』
そうですね。二度と僕達に手を出そうという人たちが
でないように、生贄になってもらいましょう。
セリアさんが、アギトさんの後ろへと周り
アギトさんが僕に視線を向け、楽しそうに哂った。
アギトさんが、彼等を大会へと誘導していく。
サフィールさん達が、怪訝そうにアギトさんを見ていたが
後ろにぺったりと、セリアさんが張り付いているのを見て
僕に視線を向け、サフィールさんは口元に笑みを浮かべ
エレノアさんとバルタスさんは、呆れたように僕を見た。
彼等に有利な条件で話が終わり
ヤトさんが、彼等に退室を促す。
帰り際、友好的な笑みを向けながらも
僕に、置き土産をしていった馬鹿な冒険者達。
その一言が無かったら、まだ手加減してあげられたのに。
「大会で、ぶちのめしてやるからな
腰ぎんちゃく……。逃げるなよ。
俺は、お前みたいな人間が嫌いなんだ」
記憶が蘇らなければ、まだ憎悪を抑えることができたのに。
『お前みたいな人間が、勇者に選ばれるなら
俺が選ばれなければおかしいだろう?』
なれるはずもない勇者に憧れ、勇者候補に志願し
訓練を受けていた、勇者候補生の1人……。
ガーディルの勇者は、召喚されてきた人間しかなれない。
だけど、それを知っているのは王族だけ。民の目を欺くために
用意される、候補という捨て駒。
何回目かの脱走をはかった時に出会った人物。
その目に、憎悪と嫉妬を宿し僕を地面に押さえつけた男。
『どんな手を使ったんだ?
候補でもないお前が、碌に戦う事もできない
お前が、勇者に選ばれるなど……』
僕の背なかを踏みつける足に力をくわえられ
背骨がきしむ。
『選ばれておきながら、逃げる腰抜けが』
苦痛に歪む僕の表情を見て、哂う。
『俺は、平民だからな
王族の目に留まる機会がなかった……。
ただそれだけで、ただそれだけの事で!』
ギリギリと、徐々に力を込められていく。
背中を圧迫され、呼吸もままならない。
『目にさえ止まれば』
地面から、数人のかけてくる足音が聞こえる。
舌打ちをして、僕の背なかから足をどけた男。
『お前が選ばれて
俺が選ばれないわけがない。
貴族の、腰ぎんちゃくが……』
この時の僕の設定がどうだったのかなんて
僕は知らなかったけれど、多分貴族の
取り巻きの1人だったのかもしれない。
その後、部屋へと連れ戻され時を過ごし
また脱走を企てそして捕まり、連れていかれた部屋にいたのは
僕を呼び出した女と憎しみを込めた目でみる男。
『 』
『 』
そのとき何を話したのか、話されたのかは思い出せない。
ただ、僕はこれ以降脱走をはかることはなかった。
僕はこの男に、右足を切り落とされたのだから。
『俺は、お前みたいな人間が嫌いだ』
ギリッと胸の奥で、歯車が動く。
希望も、逃げ道も全て塞がれた。
ただ、生きているだけの屍に。
彼等はあの男と同類だ。
自分が得られなかったものを持っている者を憎み
違うものを手に入れても、満たされることはない。
ただ、自分の上にいる相手が目障りで仕方がない。
相手の本心など、気持ちなど考慮せずただ嫌い悪意を向ける。
嫌い?
そう。
僕も。
嫌いだ。
それは、オマエタチだけじゃない。
全てが。
この世界。
全てが。
ダイキライダ。
ナラ。
ツブシアウシカナイ。
ダロウ?
彼等が玄関を出た瞬間
抑え切れなかった、殺気が漏れる。
部屋にいた全員が僕から距離を取った。
冒険者としての条件反射。
殺気を察知したことによる危機管理能力。
その殺気の行方が、彼等だけではないと
自分達も含まれているのだとアギトさん達は気がついている。
殺気を当てられながらも、剣を抜くのを必死に耐えていた。
敵ならば、躊躇せずにその剣を抜いただろうに。
敵意を見せている相手に、剣を抜かないなど自殺行為でしかないのに。
僕など、切り捨ててくればいいのに……。
僕と敵対するつもりがないという意思を示してくれていても
それでも、殺気を抑えるきにはならなかった。
サーラさんがアギトさんに庇われ
キョトンと周りを見渡しているのを見て、おかしいと感じたが
サーラさんはフィーの魔法を纏っているようだ。どうやらフィーが
守っているらしい。もしかすると、クッカやフィーは
僕の知らないところで、僕を助けてくれているのかもしれない。
この世界を愛せない僕とこの世界の溝をこれ以上深くしないために。
蒼露様の姿が、脳裏をよぎるがすぐにその姿を追い払う。
大会までに、計画を立てなければいけない。
その為の準備が必要だ。彼等の行動を監視する為に
彼等が接触する人物を把握するために、街にばらまくための
鳥を数百匹作り出す。魔力が部屋に満ちる。
サフィールさんが、僕を見てフィーに視線を移し
構築しかけていた魔法を消し去り、フィーから僕へと視線を戻した。
「行け」
鳥たちに命令を与えた瞬間、全ての鳥が飛び立っていき
それと同時に、殺気を消すとフィーが抱き付いてきた。
「フィーが、懲らしめてあげるのなのなの」
そう告げ、僕の心と寄り添ってくれる。
フィーも僕の殺気の行方を知っているだろうに。
フィーがこの部屋の空気を緩めてくれたのを
有難く思いながら、アギトさん達へと声をかける。
アギトさん達は、警戒を残していた気配を瞬時に断ち切り
僕に首を振って、ソファーへと戻り腰を落とした。
ヤトさんと僕の話を、皆静かに聞いていた。
ヤトさんの言葉に、所々疑問に思う事があったけど
ギルドの総帥なら、カイルと行動を共にすることもあっただろうと思い
詳しく聞くことはしなかった。
酒肴の人達が、厨房からワラワラと出てきて
周りに暖かい飲み物を配っていく。
僕には甘いミルクティーを渡してくれた。
落ち着けという事なんだろう。
「お疲れ。癒しが必要ならトキアを貸すぞ」
そう言って、カルロさんが僕の肩を叩いていくけど
カルロさん。トキアは僕の使い魔です。
殺伐とした空気も落ち着き、僕の憎悪も沈めたころ
今まで黙って、成り行きを見守ってくれていた
クオードさんが、口を開いた。
結構時間が経っている。
すぐに話を聞いたほうがいいのはわかっているが
先にアルトの様子を見に行きたかったため、待ってもらえるように
話すと快く受け入れてくれた。
アルトの部屋に向かい始めると、サーラさんが後ろをついてきて
僕の隣に並び、一緒にアルトの部屋へと向かった。
ノックをしても返事がない。起きている気配がないことから
疲れて寝てしまったのかもしれない。
「寝ているようですね」
「そうね」
心配そうに、眉を下げて僕を見上げるサーラさん
リビングへ戻ろうと、サーラさんを促すけど
サーラさんは、扉をじっと見つめて動こうとしない。
ぎゅっと、拳を握って立っている。
多分、アルトに嫌われても話を聞き出す
覚悟を決めているのかもしれない。
できれば、もう少しだけ待ってほしくて
サーラさんに話しかける。
「サーラさんは、自分の悩み事を誰かに相談して
後悔したことはないですか?」
「……」
「アルトは今、複数の悩みを抱えていると思うんです。
一つの事を解決する前に、新たな悩み事ができたか
解決したと同時に、新たな悩みが生まれたのか。
その両方か、わかりませんが。必死に対処しているところへ
あの冒険者達のせいで、余計な悩みを抱えてしまい
自分で解決する糸口が見つけられないでいるのかもしれません」
「なら……」
出口のない閉塞感に、息をするのも苦しい状態に居るかもしれない。
だけど、話した時は心が軽くなるかもしれないけれど
あとになればなるほど、話したことで自分をむしばんでいくものがある。
自分を傷つけてしまう事もある。
「誰かに話すことで、更に苦しみが増えることもある。
話さなければよかったと、罪悪感を抱えてしまう。
そんな経験はありませんか?」
「あるわ。自分では解決できなくて
助けを求めたことで、相手を傷つけたことも。
自分が傷ついたこともある」
「その気持ちは、ずっと自分に残るでしょう?」
「消えることはないわね」
「話せと言われて、話したことで後悔するなら。
自分で話すことを選んで、後悔するほうがいい。
そのほうが、誰も恨まずすみます。
誰かを恨むのも疲れますから、どのような結果になろうが
自分が選択した結果なら、自分の不甲斐無さを恨むだけで
すむでしょう?」
「……」
「経験を積めば、人に話してもいい悩み事
話さないほうがいい悩み事と判断がつくようになる。
そういう点からいえば、ここで後悔するのもいいかもしれませんが。
できれば、初めてできた友人関係の悩み事はアルトが納得する形で
決着がつくことを、僕は望みます」
サーラさんが、フッとため息を吐きながら
僕を見て、苦く笑う。
「セツナ君の考え方は、エレノアちゃんと同じね」
「そうですか?」
「うん。エレノアちゃんはヤトちゃんが悩んでいても
ギリギリまで口を出そうとはしなかったから」
「正直、探し物が見つかれば悩み事も解決に
向かうと思っていたんですが……」
「え? アルトの探しものが見つかったの?」
「昨日の帰りも早かったですし
今日も、出かけませんでしたから」
「あー」
「できれば、昨日あの冒険者に言われた事
された事、店の人を巻き込んだことを
教えてほしかったですけどね」
「そうね。
落ち着いたら、そこはちゃんと話さないとね」
「ええ」
サーラさんが、扉の前を離れて歩き出す。
「セツナ君。ヤトちゃんは何を話しに来たのか
セツナ君は、予想がついている?」
「いいえ」
「誰も怪我しないで
みんな無事で終わってくれたらいいのに」
「大丈夫ですよ。
でも、サーラさんは暫くはここに居てくださいね」
ここはどこよりも安全だから。
「うん。ここは安全だものね」
そう言って笑うサーラさんに
僕も笑い返して、リビングへと2人で戻った。
* てるる様よりイラストを頂きました。
タイトル【ミニブーケ】刹那のメモ【頂きもの1】に
リンクを張っています。





