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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 苺の花 : 尊重と愛情 』
37/130

『 招かれざる客 』

【ウィルキス3の月の14日:アルト(午後)】


 時計を直してもらうべきか、約束を守るべきか答えが出ないまま

日が暮れかけた、露店市の中を歩く。


セリアさんは、先に帰るわねと言って

師匠の所へ先に帰っている。


しばらく歩いて、そろそろ帰ろうと家へ帰る道を

歩き出した時、後ろから声をかけられた。


「なぁ、お前暁の風のサブリーダーだろ?」


「……」


知らない人間が2人、俺を見下ろしていた。嫌な感じがする。

警戒しながら、その人間達と距離を取った。


左手の甲に、赤の紋様があるから冒険者だとわかる。

武器は、2人とも片手剣のようだ。


2人の間合いに入らない様に、注意しながら2人を見た。


「話せないわけないよな」


「話したいことがあるからさ

 ちょっと俺達と来てくれよ」


「断る」


「はぁ? お前は素直に俺達についてくればいいんだよ」


「嫌だ」


「こいよ!」


そういって、俺の腕をとろうとするから避ける。

人間の男の手は、空ぶって空を切った。


「こいつ……」


男の1人が殺気を放ち俺を見た。

俺が剣に手をかけると


「抜くのか? 抜けよ。

 一般人を巻き込むけどよ」


そう言ってにやにやと笑い

もう1人の男が、俺の肩に手を置こうとしたので

その手を叩き落とした。その時、男がバランスを崩して

果物の露店屋に思いっきり突っ込んでいく。


バランスを崩した振りをして、自分から転んで

露店に突っ込んでいったのだ。


「お前! お前が押したから

 この店の果物が、ぐちゃぐちゃだどう責任とるんだ?」


「俺のせいじゃないだろ!」


転んだ男が、痛い痛いと蹲っているが

その目は、俺を見て笑っていた。


「お前が、こいつを押したからだろ?

 俺達は、話がしたいと言っただけなのに」


「ううぅ、骨が折れたようだ」


「乱暴な奴だな。謝れよ」


「俺は悪くない!

 こいつが、勝手に転んだんだ!」


「自分がしたことの責任もとれないのか?」


「俺は押してない!」


「いや、俺はお前に押されて

 バランスを崩して転んだ」


俺が悪くないのに、俺が悪いという状況に持っていかれる。

何を言っても、相手の男たちは悪いほうへ悪いほうへと

俺を追い詰める。どうしたらいいのかわからない。


俺は何もしていないのに。

俺は間違ったことは言っていないのに。


どうして、わかってくれないんだ!

どうして……。


その時、お店の人が「アルト君」と難しい顔をしながら

俺の名前を呼んだ。俺の知らない人だ。

どうして俺の名前を知っているんだろう。

もしかしたら、こいつらの仲間かも知れない……。


「俺は押していない! 俺が悪いわけじゃない!」


「それは、わか……」


その人の話を最後まで聞かず、走ってその場を立ち去る。

後ろから、俺を呼ぶ声が聞こえるが止まるつもりはなかった。


一刻も早くそこから離れたかったから。

その時、落ち着いて周りを見ればよかったんだ。

周りを見ていれば、俺を心配そうに見てくれている人が沢山いて。

2人の冒険者に厳しい視線を向けていることに、気がつけたはずだから。

そして、果物が崩れたお店の人の話も逃げずに聞くべきだったんだ。


逃げずにいたら、俺はもっと早く真実に気がつけたかもしれないから。


家に帰ると、リビングにいた師匠に呼ばれる。


「お帰りアルト」


「ただいま……」


「今日はどうだった?」


師匠がじっと俺を見てそう聞いてくるけど

俺は師匠と目を合わすことができなかった。


師匠に話したい。聞いてもらいたい。

でも、セイルやクロージャみたいに言われたらどうしよう。


あの冒険者に何を言っても、話が通じなかったように

師匠も俺を悪いと言うかもしれない。


もういらないって。

言われるかもしれない。トキアがいるから

俺はもういらないって。


「アルト?」


この時、俺は師匠からも逃げていたんだ。

ちゃんと、師匠と目をあわせて話をしていれば

疑問に思っていることを全部聞いていれば

師匠は、全部答えてくれたんだろうとあとから思った。


じいちゃんが死んだとき。

師匠は、聞かれたら答えていたと言ったから。

師匠は俺の選択を、俺の意思を尊重してくれている

という事に俺は気がついてなかったんだ。


「何もなかった」


「そう。困ったことがあれば言うんだよ?」


「はい」


その日は、特に何事もなく過ぎていく。

もやもやした気持ちを抱えながら

ずっと部屋にいた。師匠の事。セイルの事。

クロージャの事。時計の事。あの冒険者の事。

果物を潰してしまった事。お店の人の事。


胸の中で、どんどん不安が積もっていく。

どうすればいいんだろう。どうすれば……。


夕食に呼ばれたけど、食欲がない。

中々お箸が進まない俺に、師匠が「大丈夫?」と言いながら

背中をさすってくれる。なんだか、とても泣きたい気持ちなって

その気持ちに気がつかれるのが嫌で、無理やりご飯を胃の中に

押し込めるように食べた。


ふと周りを見ると、アギトさん達がいない。

どうしていないのか聞くと、ギルドに行ったまま

まだ帰ってきていないらしい。


何が起こったのか、気になりながらも

自分の部屋に戻って、ベッドにはいると

何かを考える暇もなく、眠ってしまったようだ


アギトさん達は、俺が寝てから

帰ってきたみたいだけど、訓練に参加せずに

2階の図書室で、何かを調べているようだった。


時々、下に降りてきては休憩をとっていた。

俺の顔を見ると、暫く外にはいかないようにと言われる。


サーラさんも俺と同じことを言われていた。

何故外に出てはいけないのかは、教えてもらえなかった。


夜になって、ご飯を食べていると

庭の転移魔法陣が光り、そこからヤトさんともう1人

クオードさんが現れる。どうやら、師匠と話をしに来たらしい。

師匠とクオードさんは、初めてあったみたいで挨拶を交わしていた。


俺と視線が合うと、目を細めて笑い頭を撫でてくれた。

どうせなら、師匠に撫でてもらいたい。


リビングに、同盟を組んでいるチーム全員が集まるが

その表情は硬い。ヤトさんとクオードさんが話を始めようとするが

バルタスさんが、先に飯を食おうと言った。


そのほうが、ゆっくり話せるし

その後の行動もとりやすくなるからと。


ヤトさんとクオードさんが、頷いたという事は

切羽詰まっているわけじゃないのかな?


酒肴の人達が食事を作り皆に配っていく。

いつもなら、お酒も並ぶのに

今日は、誰一人お酒を飲む人はいなかった。


食事が終わり、それぞれが黒達の声が聞こえる範囲の所で

座りながら、飲み物とお菓子をつまんでいた。


エレノアさんが、ヤトさんを促し

ヤトさんが話を始めようとした時、聞いたことのない音が

部屋の中に響いた。


"ピンボーン"


こんな音は聞いたことがなくて、周りを見渡すけど

何処から音が出ているのかわからない。それは俺だけでは

なかったようで、他の人達も首をかしげていたけれど


師匠だけは、それが何かを知っていた。


「来客のようです。

 部屋に通しますが、こちら側は見えないようにしておきます。

 申し訳ありませんが、暫く口を挟まない様にお願いします」


師匠の言葉に、皆が不思議に思いながらも頷いた。


部屋の中に入ってきたのは、昨日の冒険者2人と

果物を売っていた商人の人。ここまで俺を追ってきたことに

心臓が止まりそうになるほど、恐怖を覚えた。


だけど、師匠はもうこの時には全部わかっていたのかもしれない。

だから、誰も口を挟まない様に頼んだのかもしれない。


師匠は、俺を嵌めた冒険者を許すつもりはなく

俺が逃げなければ、俺の前で冒険者を懲らしめてくれたのかもしれない。


俺が、この冒険者に嵌められた事を

師匠がすごく怒り、同盟を組んだチームのみんなが

師匠が怖かったと俺に教えてくれたのは


全ての問題が片付いた後だった。




【ウィルキス3の月15日:ビート】


『俺は悪くない!』そう叫んでアルトが部屋から出ていく。

自分の部屋の扉を叩きつけるように、閉めた音がここまで

響いてきた。母さんが、アルトの部屋へ向かおうと動くが

それを親父が止めた。


ここからアルトの部屋へ向かうとすると

招かざる客(冒険者)達の前を通っていかなければいかないから。


セツナから、口を挟むなと言われている。

それは、姿も見せるなという事だろう。


アルトの様子が、いつにもましておかしいと

全員が気がついていたと思う。


それでも口を開こうとしないアルトに、力づくで

聞き出そうかと考えていたのは、俺だけではないはずだ。

多分、ヤトさんと医療院医院長のクオードさんが来なければ

そうなってた可能性が高いが、そうなる前にアルトの様子が

おかしい元凶が、部屋の中に鳴り響いた変な音と共に来た。


セツナが招き入れた3人の客。

その姿を見て、アルトが顔色を変える。


俺達の姿は、あいつらには見えてないみたいだったが

アルトの姿は見えていたようだ。アルトを視界に入れた一瞬

口元を歪めたのを全員が見て、俺達視線が不穏なものへと変化していった。


2人の冒険者と1人の気の弱そうな商人。

2人の冒険者が、昨日あったことをセツナに話していく。

アルトのせいで、店の果物が台無しになり

腕を折る怪我をしたと。赤のランクの冒険者の癖に12歳の子供に

怪我をさせられたと訴えてくる無能。


こちら側では、フィーが「嘘つきなの」と言いながら

多分、あいつらの記憶を読んで俺達に見せている。


どうみても、冒険者達がアルトを嵌めたとしか思えない。

冒険者が嘘を語る度に、俺達の機嫌は下がっていく。


気の弱そうな商人は、冒険者たちの横で

何か言いたそうにしているが、冒険者が威圧しているせいで

声が出せない状態でいた。


冒険者の話を一通り耳に入れたあと、セツナがとった行動は

『申し訳ありませんでした』と頭を下げた事だった。


この場に居る全員が、フィーが記憶を見せなくても

アルトがそんな事をするはずがないと知っている。

なのに、あいつはアルトの意見を聞く前に謝ったようにみえる。


その瞳一杯に、哀しみを宿してセツナを見ることもなく

部屋を出ていったアルト。あいつを信じて、この場所に残っていれば

哀しむ必要もなかったんだが。


大体あいつは、昨日アルトが家に帰って来てから

困ったことはないか、心配事はないか、大丈夫かと

問いかけている。それに答えようとしなかったアルトの態度にも

問題がある。冒険者と諍いがあった場合、リーダーには話すべきだった。


セツナは、他の冒険者に何か言われたりされたら

必ず報告するようにと、何度も言っていたのだから。


アルトが出ていったことで、冒険者たちが

アルトを責める言葉を吐き、セツナを貶める言葉を告げる。

セツナが謝ったことで、主導権は自分達にあるんだと

錯覚したんだろう。そして、自分達の言い分が信じられたと

思っているようだ。馬鹿な奴らだ。そんなことはあり得ないと

少し考えれば、わかることなのに。


俺達冒険者が、民間人を巻き込んだ場合。

一番最初にするのが、民間人に対して謝罪をすることだ。


それがどの様な状況であれ、全く関係のない人物が被害を受けた。

冒険者同士の、諍いなら尚更被害者、加害者とも謝罪をするのが

当たり前の事となっている。冒険者は弱きものの為にあるのだから。


それを怠ると、ギルドから警告が来ることがある。

今回のセツナの謝罪も、冒険者達ではなく商人だけを視界に入れて

頭を下げていた。


気の弱そうな商人は、身振り手振りで気にしていない事を告げ

アルトにも気にしないでほしいという事を、わざわざ伝えに

ここまで来てくれたようだ。冒険者と鉢合わせしたのは

不幸な偶然っていうやつだろう。


「心から謝罪を。

 それと、アルトを気遣って頂き

 ありがとうございました」


「いや、大丈夫と伝えたかった、だけだから

 謝罪は必要ない、ですから」


おどおどとしながらも、アルトを気遣う商人に

セツナは、穏やかな笑みを見せて


「ありがとうございます」ともう一度謝罪し

冒険者を部屋に残し、玄関まで送っていた。


「……サーラ、音を拾えるか?」


「うん」


母さんが、魔法を使いセツナ達の声を拾う。


玄関まで送られた商人が、小さな声で真実を告げる。

「アルト君は、何も悪くないよ。あの2人が

 わざと転んで、私の露店に突っ込んできたんだ。

 だから、アルト君を叱らないで上げてほしい」


「はい。大丈夫です」


その言葉だけで、商人はすべて分かったのだろう。

ほっと息をつく音が聞こえ、あの冒険者には

気を付けてと言う言葉を残して、帰っていった。


セツナが、部屋へと戻って来ると

冒険者たちは勝手にソファーに座ってくつろいでいる。


「それで、貴方方は何のためにここへ?」


「はぁ?」


冒険者たちの顔が気色ばむ。


「お前の弟子が、俺に怪我を負わせたんだろう?

 治療費を出すのが普通じゃねぇのか?」


怪我をしたという男の言葉に

セツナが、短く詠唱しその男の怪我を治した。


治す必要などないだろうという、言葉があちらこちらから聞こえる。


「これで、怪我が治りました。

 お引き取り下さい」


このまま大人しく帰るとは、誰も思ってない。

あいつもそれをわかっている。


「精神的にも、苦痛を与えられたわけだ

 その責任も取ってもらいたい」


「僕にどうしろと?」


「お前のチームに入れてくれや」


「それは、ギルドの規約に違反していると思いますが」


チームへの自分の売り込みは禁止されている。


「お前が黙っていれば分からない事だ」


「お断りします」


「断れば、今日の事をばら撒くぞ。

 自分の弟子の、不名誉な噂をばら撒かれたくはないだろ?」


「不名誉な噂をばら撒くことになるのは

 貴方方じゃないでしょうか?」


「はぁ?」


「赤のランクの冒険者が、青のランクの子供に

 怪我をさせられたなど……。笑われるだけだと

 僕は思いますけど?」


「……黙れ」


「それに、僕の弟子が

 そんなことをするわけがない。

 ふざけたことを言われても、迷惑です。

 お帰り頂けませんか?」


ここでやっと、2人が自分達の話を

セツナが全く信じていないのだと気がついたようだ。


2人の目に、怒りが宿るのがわかるが

腸が煮えくりかえっているのは、俺達の方だ。


「俺達は、周りの民間人を守って

 抵抗せずに、倒れてやったんだ」


「露店を巻き込んで倒れるほうが

 迷惑だと思うんですが?」


「お前の弟子は、剣に手をかけたんだぞ?

 街中で、俺達は話しかけただけだと言うのに」


「抜きはしなかったでしょう?」


「俺達が、穏便に済ませてやったんだ!」


そう叫び、机を手のひらで叩きつける。

セツナを脅す為のものでもあるらしいが

あいつは、そんなことで怯えるようなやつではない。


「弟子の、尻拭いをするのは師の仕事だろ?」


「貴様は、誠意っていう言葉を知らないのか?」


その言葉の意味を、俺達がお前に問いたい。

12歳の子供に、ちょっかいをかけてくだらないことで

グダグダと因縁をつけ嵌めて、それを足掛かりして

何かを企んでいるこいつらが口に出していい言葉ではない。


「知っていますが。

 それは、こちらに非があった場合ですよね?

 こちらに何の落ち度もないのに、謝罪が必要だとは

 思いませんし。誠意を見せる必要もないかと」


セツナの言葉に、殺気を見せ始める冒険者達。

母さんは、顔を青くしてセツナを見ているが

心配する必要などないって。母さんはあいつの本性を

いい加減ちゃんと見破るべきだ。


「お前は黙って、俺達をチームに入れればいいんだよ。

 黒の腰ぎんちゃくが!」


「それはどういう意味でしょうか?」


「獣人のガキを餌に、黒から同情を集めてんだろう?」


この言葉に、こちらの空気が一段と冷え込む。

穏やかな笑みを浮かべ、成り行きを見守っている

親父が一番怖い。


「ずいぶん、軽く見られているわけ」


サフィさんが、不快だという表情を隠しもせずに

そう告げる。フィーはサフィさんの隣で大人しくしていた。


一番先に、怒り狂うかと思ったのに。

フィーを見ていると、フィーが俺の方を向き視線が合った。

そして、可愛らしく微笑むがその瞬間肌が粟立った。


すぐに視線をそらし、腕を摩る。

絶対フィーには近づかない。


「……ヤト」


「あの2人の冒険者は、サハルから来た冒険者です」


ヤトさんが、何か魔法を使いながら2人の冒険者の

説明をしていく。


「腕はそこそこあるようですが

 情報収集を怠り、依頼を数回失敗しています。

 成りあがり志向が高く。

 人の忠告に耳を貸さない傾向があります。

 サハルで、チームを転々としていたようですが

 悪評が立ち、サハルでは活動を続けていくのが

 困難になり、サハルのギルドマスターが

 大会参加を勧めたようです」


「……そうか」


ヤトさんの何かを読み上げるように告げられた

あの2人の情報に、黒たち以外が戦慄したに違いない。


ギルドは、俺達の個人情報をそこまで記録しているのか?

俺達の顔色が変わったのが分かったのか

ヤトさんが、目元を緩めて言った。


「黒の資質を見極める査定は

 冒険者として登録した時から、始まっているという事だ」


誰もが、絶句して固まっていた。

それが真実なら、俺は……。


「失敗を繰り返す冒険者が、黒になるのは難しいが

 失敗しない冒険者が、必ず黒になれるとも限らない。

 成功から何を感じ、失敗から何を学び

 それを、どうやって活かしていくのかが問われる」


ヤトさんの言葉に、止まっていた息をそっと吐きだした。

俺にもまだ希望はあるらしい。


「まぁ、ここまでの情報がギルドに上がるのは

 珍しいことだが……」


「それはどういう意味で?」


フリードが、恐る恐る問う。


「ギルドに情報が上がるのは

 ギルドに対する貢献や黒の資質がありそうな者。

 そして、その反対のものだ」


ギルドを害する可能性があるものということか。

あの2人は、大会を勧められたと言っていた。

それは、赤から落とすためのものなんだろう。


こちら側で話している間も

向こう側の胸糞悪くなる話は続いている。


「どうやって黒に取り入ったのかは

 しらないが、その恩恵を誠意として俺達に

 分けてくれてもいいだろう?」


「僕のチームに入って、それが叶うとは思いませんが?」


「俺達の実力を見てもらえれば

 黒のチームから、スカウトが来るかもしれないだろ?

 いや、必ず来るな」


それは、あいつのチームを踏み台にするという事だ。

セツナと冒険者のやり取りに、憤りを隠さず

悪態をついていた奴らもピタリと口を閉ざす。


それだけ、あいつらの言葉は許せないものだった。

あいつのチームを馬鹿にしたあげく、俺らのチームをも虚仮にしやがった。

ギリッと奥歯が鳴るのが分かった。


「僕達のチームが、家族を奪うと思われているわけ?」


サフィさんの声が、低く響く。

黒のチームが、どこかのチームに入っている個人を

直接引き抜くことは、例外を除きありえない。


その例外というのも、保護目的だ。

良い冒険者を引き抜くという事は、そのチームを窮地に追いやることと

同じ意味を持っているから、親父達は絶対にそんなことはしない。


ギルドマスターを通し話が来たとしても

話しが来る時点で、チームからは抜けている状態になっているはずだ。

チームに所属しながら、他のチームに紹介を頼むなんてことは

ギルドが許可しない。


もし、勧誘するとしたら酒肴のように

そのチームごと受け入れる。クローディオ達が

確か、チームごと酒肴にはいったはずだ。


親父が、セツナを勧誘していたのも

セツナだけではなく、アルトも含まれていた。

残されたものが、困るような勧誘など常識があれば

できるわけがない。命がかかっているのだから。


沢山のチームが生まれ、沢山のチームが崩れていく。

仲たがいもあるだろうし、同じ方向を向けなくなる事もあるだろう。

リーダーを信じられなくなることもあるはずだ。

人間同士が集まれば、問題も発生するし好き嫌いも出てくる。

それは仕方がないことで、チームを抜けるのは個人の自由だ。


あいつらのように、チームを踏み台としてしか

考えていない人間や手のひらを返す奴らは腐るほどいる。


もっと上を目指す……。

それが悪いとは言わない。言わないが……。

筋は通すべきだ。ある日突然チームを抜けるなど……。


旅の途中で、チームを抜けるなど

本来なら、あってはいけない事だった。

あの時の俺は、そんなことも理解できないで

親父がおかしいと決めつけた。


筋が通っていなかったのは、通さなかったのは

ドグさんやマキス達だったのに。チームを抜けるにしろ

目的地のハルまでは、同行するべきだったんだ。


半数以上の人間が、チームを抜けるなど

依頼や旅を継続できなくなる可能性のほうが

高いのだから……。


俺は、本当に何も見えていなかったんだな。

落ち込みかける思考を建て直し、セツナ達の会話へと

意識を向け直す。


「お前が偶然に手に入れた、黒と知り合うという運が

 俺達には今までなかっただけだ。そうは思わないか?

 弟子を前衛に立たせ戦う腰抜けが率いるチームに

 一時だけでも入ってやろうと言っているんだ」


自分に向けられている悪態や、侮辱をあいつは

悉く流し要点だけを拾い答えていく。

何を言われても。表情一つ変えない。


「それは、黒と知り合う機会があれば

 自分達は、黒に選ばれると?」


あいつを相手にしている奴らは

全く感情をかえることのないセツナを見て

苛々とした感情を募らせているようだが

確かに、あれはむかつくんだよなぁ。


「貴様が選ばれるんだ。

 俺達が、選ばれないわけがないだろう?

 そう思っているのは、俺達だけじゃない」


何て、何て、あいつを俺達を馬鹿にした。

黒のチームを虚仮にした話だ……。


「お前みたいな奴と同盟を組むんだ。

 黒もたいしたことがないのかもしれないが

 黒のチームは、色々と優遇されていると聞く。

 チームに所属できるだけで

 恩恵にあずかれるし、俺達の評価もあがる」


殺気が膨れ上がるのがわかる。

あそこまで浅はかで薄い冒険者がいることが信じらない。

黒のチーム(ギルドの顔)でさえも、自分達をよく見せる道具だと言った。


「ここまで、馬鹿にされたのは初めてなわけ」


サフィさんの表情が、綺麗に消えている。

親父は、うっすらと笑みを浮かべたままだ。


「わしたちが、サハルで活動することは

 あまりないからなぁ。黒の噂は聞いていても

 見た事もないもんを、評価しろと言っても

 あいつらには無理じゃろ。噂の真偽を見極めることするら

 できそうにないだろうからな」


「……見極める目があれば

 ここで、あんな台詞を吐けるわけがないからな」


黒達のあいだで、辛辣な言葉が飛び交い

殺気が飛びまくっているこの部屋に場違いな声が突然響く。


「殺気を抑えてほしいと言ってるワ」


「セツっちが言ってるのか?」


エリオが誰よりも早く、姿を見せたセリアさんに返事を告げる。


「そうよ。殺気を抑えて

 楽しそうな、空気を作ってほしいって言っているワ」


「はぁ? この状態でどうやって

 楽しそうな空気を作り出せって言うんだよ」


思わず口を出した俺に、セリアさんが笑う。


「話をあわせてほしいのですって」


「……それは、私達に

 あの冒険者達と対面するようにと言っているのか?」


エレノアさんが、不思議そうにセリアさんを見る。


「ええ」


「僕は同じ空気をすいたくないわけ」


「……私達に何を望んでいる?」


「知らないワ。話をあわせてほしいとしか

 言わないかラ」


「楽しそうにという注文は

 私達に、これまでの話を聞いていない振りをしろと?」


「そう。そうよ」


親父の言葉に、セリアさんがコクコクと頷く。


「ほら、笑って。笑うのヨ。

 ビート……その顔は怖いと思うワ」


好き勝手なことを言って、ふよふよ浮いているセリアさんを見て

それぞれが苦笑したりため息をついたしながら

淡く笑う。空気が、先ほどよりも柔らかくなったころ。


「そこまでおっしゃるのなら

 その機会を差し上げます」


「最初から、そう言っておけば……」


セツナをくだしたと判断した2人が

嫌な笑みを浮かべながら、ふとこちらに視線を向けた瞬間。


驚愕の表情を浮かべ、目を見開きこちらを凝視した。

視線を彷徨わせ、親父達の手の甲を見て紋様を確認し

ここに居るのが黒のチームだと判断すると

顔色を青くして、つばを飲み込んでいた。


セツナは何も言わない。

冒険者達は、ありえない状況に思考が停止している。


セリアさんは姿を消していた。


酒肴は、飲み物を入れなおしにいきながら

「えげつないが、もっとやれ」と呟き厨房へ行った。


剣と盾は、何かを話しているがこちらには聞こえない。

サフィさんは、フィーと話し。親父は母さんと話している。

俺は、視線を真直ぐ冒険者達に向けた。


ゆっくりと、2人の思考が動き出すのが見ていてわかる。

今頃必死に、言葉を探している事だろう。


あの2人が、セツナに語っていた内容は

黒には聞かれたくない内容だったろうからな。


次から次へと冷たい汗を浮かべ

頬を伝って、汗が落ちている。


顔色を青くして、動揺している2人を見て溜飲を下げた。

黒と出会う機会を求める人間からして、これは最悪な出会いだ。


黒と知り合う機会があれば、絶対にチームにはいれると

言い切った奴らが、一番出会いたくない瞬間に黒達と会う事になった。

これほど驚愕することはないだろう。あの話を聞いてチームに入れよう

なんて奇特な人間はここにはいない。


自業自得ともいうが、まさか隣に黒達が全員集まっているとは

思わなかっただろうし、今日はこの場に総帥もいる……。


運のない奴らだ。ざまぁみろ。

日頃の行いが悪いから、このような運を運んできた。

哂いをこらえるのが大変だ。酒肴の奴らは

今頃厨房で、腹を抱えて哂っているだろう。

くそー。俺も哂いてぇ


それで俺達は、どうしたらいいんだ?

話をあわせろと言いながら、あいつは口を開かない。


「セツナ、来客の相手は終わったのか?」


親父が今気がついたといった感じで

自然に、セツナに話しかける。


「そうですね。

 終わったと思います」


2人の顔色が、凄まじく悪い。


「それで、彼等はセツナに何の用事(・・・・)だったんだい?」


この言葉を、親父が口から出した瞬間

2人の表情が変わった。安堵の息をそっと吐きだし

何かを考える表情を見せながら、周りの様子を窺っている。


「僕のチームに入れてほしいと」


「っ……」


2人が口を挟もうとする前に、ヤトさんが言葉をかぶせた。


「売り込みは、ギルドの規約違反になるが?」


戻った顔いろを、また青くしてヤトさんを見る2人。


「そんな本気の売り込みではなく

 アルトが落としたものを届けてくれるついでの

 言葉ですから」


「そうか、それなら今回は見逃そう」


セツナが穏やかに笑い、2人に同意を求めると

2人が頷く。本当に、愚かな奴らだなぁ。


「僕のチームは、まだメンバーを増やせませんから」


「ああ、今はまだ入れないほうがいいな」


親父の言葉に、黒達全員が頷いて同意する。

2人は、話がどこに流れるのかわからず

ただ、黙って成り行きを見守ることしかできないでいる。


「お2人が、黒に憧れているという話を聞いて

 ちょうど、アギトさん達がいることですし

 わざわざ(・・・・)ここまで来てくださったお礼に

 知り合う機会でもと思いました」


お前のやっていることは、礼じゃない。

俺はそれを、礼だとは認めない。


「ああ、なるほど」


ここで親父が、仕事用の笑顔を見せて2人を見る。


「運がいいな。黒が全員そろうことなど

 あまりないのだが……冒険者にとって運も実力のうちだからな」


あまりないどころか、最近ここに全員入り浸ってるだろうが。

その仕事用の笑顔が、今日は一層胡散臭い。


「は、はい」


「光栄です」


セツナに見せていた態度とは、全く違う姿を親父達に見せるが

演技だとは思えない。たぶん、親父達黒の空気に飲まれているんだろう。


黒の仕事をしている時の、親父達が纏う雰囲気は

いつも傍に居る俺達でさえ、飲み込むことがあるのだ

黒を見たことがない冒険者なら委縮して当然か。


今は、威圧も少し加えているようだし。


しかし、酒肴の奴らが戻ってこない。

おい、俺の珈琲はどうなってるんだよ。


「で、僕達に紹介するというのは

 黒のチームに入れてほしいと言うことなわけ?」


着々と、茶番劇が進んでいっているが

口を開いているのは黒だけだ。


不用意に言葉を発して、あいつの望まないところへ

話しが流れるのが怖いから口を開けない。

それに、きっと口を開くとぶちまけそうだ。


だから早く、俺に珈琲を持ってこい!

裏で嗤ってないで!!


「僕はそこまでは……」


セツナが苦く笑う。

黒にそこまでお願いできる立場じゃないという事を言っているらしい。

正直俺は、お前が怖いよ!


「……そうだな。

 私達のチームに入れるか入れないかは

 私達が決めることで、貴殿が願っても期待には答えられない」


エレノアさんの言葉に、2人が拳を握り

セツナをチラリとみた。その目は役立たずと言っている。


どうやら、余裕を取り戻しつつあるらしい。

親父達も、威圧するのをやめ2人が話しやすい

空気を作り出している。


セツナに、話を進めろと視線を向ける2人に

殺気が放ちそうになるが、俺の後ろで兄貴がじっと俺を見ている。

監視するのはやめてくれ……。


サフィさんが、2人を値踏みするように

じっと見つめるが、2人はその視線を真直ぐに見返すことができず

視線をそらし、目を泳がせている。


自分を売り込んでるのに、視線をそらしてどうするんだよ。

弱いものに強く、強いものに弱いとか最悪だろ。


「僕のチームは、魔法の研究と遺跡の発掘に

 力を入れているチームなわけ。

 お前達は、どちらかに興味がありかつ知識があるわけ?」


サフィさんの言葉に、2人はそろって首を振る。


「僕のチームにはいらないわけ」


それだけ言って、興味を失ったように2人から視線を外す。


次に、バルタスさんが穏やかに2人に話しかける。


「わしのチームは、料理の技術と食物の知識が必要じゃ。

 今はその知識がなくとも、学院へ行って学ぶ意思があるのなら

 考えてみてもいいがどうじゃ?」


「いいえ……私は料理は……」


「俺も……」


「そうか、残念じゃな」


全然残念そうには見えない。


「……私のチームは、武器と防具の作成の技術と知識が必要になる。

 規律も黒の中で一番厳しいが、ついてくるつもりがあるなら

 チームに入ることを許可するが? もちろん学院にも行ってもらう」


「すみません」


「申し訳ありません」


なんだよ、こいつら月光狙いかよ……。


他の奴らが、必死に憤りを抑え込んでいるのがわかる。

その気持ちは、俺にも理解できる。黒のチームに入りたいと

言っておきながら、努力するつもりが全くない態度に怒りを覚える。


俺達は、黒のチームであることに誇りを持っている。

その為に、血反吐を吐く様な訓練をしているんだ。


黒のチームにふさわしくあるために

少しでも黒に近づくために、必死に努力をしている。


努力を怠る人間を、黒である親父達は絶対に許さない。


親父を見ると、楽しそうに笑っているが目が笑っていない。

傍に近寄りたくない。この笑い方は相当頭にきている笑い方だ。

少しずつ親父から距離を取る。親父が一瞬こっちに視線を向けるが

知ったことではない。


「私のチームは、戦闘能力。これさえあればいい」


2人の目が、輝く。

馬鹿だなぁ。本当に馬鹿だよなぁ。

そんなわけないじゃねぇか……。


「だが、そう簡単にチームに入れることはない。

 弱ければ、邪魔になる上にすぐに死ぬ」


「それなりには戦えます!」


「俺も!」


親父の笑みが深まる。

それなりじゃ駄目なんだよ。


「そうか……なら、私の試しを受けてみるかい?」


「試し?」


「そうだ。丁度、ギルドが開く大会があるだろう?」


「はい」


「それに、彼も参加する。

 そこで彼に君たちが勝つことができたら

 私のチームに歓迎しよう」


おい、親父そんなことを勝手に決めていいのかよ!

好きなように話をしている親父を見ると、親父の後ろに

セリアさんが張り付いている。2人には見えていないようだ。


エリオの視線が、親父に突き刺さっているが

親父は気がついているだろうに、綺麗に無視していた。

どうやら、セリアさんが親父にセツナの言葉を届けているようだ。


「ですが、大会はバトルロイヤル方式ですよね」


「そうだな。だが、それはセツナも同条件だろう?」


「……」


「……」


「君たちが、優勝できなくても

 セツナに勝つことができたら、歓迎するが?」


「俺達が倒す前に、彼が倒されたら?」


「そうだな」


親父が思案するように俯く。

こちらから見える表情は、視線を絶対にあわせたくないと思わせる程の

憤りを抑え込んでいるようにみえた。


「彼が早々に倒れても、君たちを私のチームに入れよう。

 だが、すぐに負けるようならば考えさせてもらうよ?」


「大丈夫です。すぐには負けません!」


「俺もです!」


満面の笑みを向けて、親父にそう告げる2人。

自分達が勝てなくても、セツナが負ければ

月光へ入れるのだ。そりゃ笑顔にもなるだろうな。


だけどさ……。そんな条件でいいのかよ……。

セツナが、絶対に勝ち残るかどうかなんてわからないだろうが。

色々と言いたいことはあるが、今はぐっとおさえる。


俺は、あんな奴らをチームには入れたくないが

多分入ったとしても、親父との訓練で3日持たないだろう。

そう心配することもないかと考え直し、軽く息を吐いた。


「そうか、大会を楽しみにしている」


「はい」


「はい」


話しが落ち着いたところで、ヤトさんが声を落とす。


「悪いが、そろそろ帰ってもらえるか?

 今日は、彼に用事があってここにきているのでね」


ヤトさんがそう告げると、2人が頭を下げて

帰ることを告げ、俺達に背中を見せる。


そしてセツナを見て小さな声でこういった。

多分、俺達には聞こえてないと思っているのだろうが

母さんがセツナにかけた魔法がまだ残っている。


「大会で、ぶちのめしてやるからな

 腰ぎんちゃく……。逃げるなよ。

 俺は、お前みたいな人間が嫌いなんだ」


笑顔で、セツナの肩を叩き出ていく様は

感謝しているように見えるが、その口から吐き出されたのは

何処までいってもあいつを侮辱する言葉だった。


思わず、口を出しそうになる俺を兄貴が俺の頭を掴むことで

阻止する。痛い……痛いぞ兄貴! 怒りを俺の頭にぶつけようとするな!


親父達に頭を下げ、扉を出ていき

あいつらが、玄関の扉を閉めた音が響いた瞬間


その場にいた全員が立ち上がり

武器に手をかけ、セツナから距離を取った。


それは俺達だけではなく、親父もサフィさんも

エレノアさんもヤトさんもバルタスさんも全員だ。


本気の殺気を察知したことによる、条件反射。

冒険者なら、身についている危機管理能力。


頭がその場から離れろと警鐘を鳴らす。

武器に手をかけているが、その手が震えている事に気がつく。


親父を見ると、親父の顔も蒼白だ。

ここまで顔色を変えた親父を見るのは初めての事だ。


誰もその場を動けない。

5番隊の奴らは蹲って耐えている。


あいつに声をかけることもできない。

それほどの殺気を、あいつは今放っていた……。


冷たい汗が、背中を流れ落ちる。

膝をつきたくてしょうがない。


俺は初めて、あいつを怖いと感じた。


表情のない顔で、何かを考えるように立ち

小さく何かを呟く。だんだんと空気が重くなるような

そんな気配を感じ、呼吸をするのも苦しくなってくる。


『行け』


短い言葉で、何かに命令するようにセツナが言葉を発すると

重く感じた空気が、一瞬のうちに消え去った。

そして、その後すぐ何事もなかったかのように

セツナの殺気も消えうせたのだった。


セツナがこちらを向く。

一瞬緊張が走るが、フィーがセツナの傍に行き抱き付いた。


「フィーが、懲らしめてあげるのなのなの」


上目使いで、セツナをフィーが見上げる。


「アルトに手を出されたからね。

 僕に直接来たのなら、手加減をしてあげたのに」


そう言ってセツナは暗く笑う。


「僕は、彼等を許すつもりはないよ」


「許さなくていいのなの」


「そう?」


「そうなのなの。

 もし大会がなかったら、セツナはどうしたのなの?」


「どうしたかなぁ」


そう言いながら、セツナの目は窓の外の海をじっと見つめていた。

もしかしたら、誰も知らないうちに海に沈められていたのかもしれない。


「それもいいかもしれないのなの」


セツナの思考を呼んだのか、フィーが肯定する。

フィーの言葉に、セツナはふわりと笑った。

あいつが今纏う空気と、その笑顔は全くかみ合っていない。


『いかなる理由があったとしても、アルトに手を出した場合。

 僕はそれがだれであっても容赦はしない……』


この家に住むための条件として、あいつが唯一付け足したもの。


アルトに手を出すことは、あいつの逆鱗に触れることだと

ここに居る全員が、今はっきりと理解した瞬間だった。


「アギトさん達には、無理を言ってしまい申し訳ありません」


親父は軽く息を吐き、首を横に振る。

バルタスさんは、五番隊の傍にいき背を撫でていた。


「いや、絶対に負けないのだろ?

 なら、気にする必要もない」


「……気にするな」


「お前が負けても、僕のチームに入ることはないわけ」


「わしのチームに入りたいと言ったら

 性根を叩きなおしてやったんだがなぁ」


「セツナ。今日の事はギルドで調べることになる。

 私がいて、見逃すことはできない」


「はい。ただ、手出しはしないでください。

 僕が、やります」


セツナは真直ぐ、ヤトさんを見た。


「わかった」


「……だが、あの条件でよかったのか?

 下手をすると、全員を一度に相手にすることになるぞ」


「そうじゃな、お前さんが負けた時点で

 月光に入ることが決まる。他の人間を仲間に引き入れ

 一番先に、セツナを取りに来るだろうの」


「有象無象が、どれだけ群れようと

 僕に傷一つつけることなどできませんよ」


「……」


「傍に、近寄らせる気もありませんから」


「……そうか」


セツナが笑いながら頷くのを

俺達は複雑な気持ちで聞いていた。


「ヤトさん。僕は、大会参加者を全員潰します。

 きっと参加者のほとんどが、彼等に力を貸すでしょうから」


何処か確信したように告げるセツナに

ヤトさんが、セツナを静かに見る。


「潰されたくない人間が参加するのであれば

 その情報をまわして頂けると、嬉しいのですが」


「好きにすればいい。

 大会に参加するかしないかは自己責任だ。

 ただ、殺すな。それは絶対だ」


「わかりました」


「ギルドの人間は入れないんですか?」


「危険すぎて入れる気がしない。

 私は、カイルがどういった人間だったか

 身に染みて知っている」


何処か視線を遠くして、ヤトさんが呟き

セツナに視線を戻す。


「君が放つ殺気は、カイルととても似ていたよ」


「……」


「君は、カイルの戦闘方法を引き継いだのだろう?」


「さぁ、どうでしょうか」


セツナは言葉を濁したが、ヤトさんは確信しているようだった。

セツナの返事を気にせず、言葉をつづけた。


「なら、赤のランクがどれだけ集まろうと

 君が負けることはないだろう」


セツナが放った殺気の影響から、それぞれが復活し

酒肴の奴らが、飲み物を配り始めたのをきっかけに

部屋の空気も、柔らかくなっていく。


「そろそろ、話を聞いてもらいたいのだが

 構わないかね?」


今まで黙って、成り行きを見守っていた

クオードさんが、セツナに視線を向けた。


「ヤトさんクオードさん、申し訳ありません。

 もう少しだけ、待っていただいていいですか?」


「ああ、構わないが」


「かまわない」


「アルトの様子を見てきます」


そう伝え歩き出したセツナのあとを母さんがついていく。

セツナと話しながら、この部屋を出ていくのを

見送った途端、酒肴の奴らが口々に怖かったと口にした。


セツナだけは、絶対に怒らせたなくないと。

おやっさんより怖いと。思い出しても、背筋が寒くなる

敵対したくないと話す。その言葉に、俺も頷いた。


「情けないのなのなの」


フィーが呆れたようにこちらを見ている。


「軽く殺気を出されただけで、本当に情けないのなの」


「軽く?」


サフィさんが、眉間にしわを寄せフィーを見た。


「サーラに配慮する余裕がちゃんとあったのなの」


そういえば、母さんはぴんぴんしていた。


「セツナにとっては、気分転換程度のものなのなの」


「信じられねぇ」


誰からともなく、ため息が零れ落ちる。

あれが軽くなら、本気を出したらどうなるんだよ。


「殺気に怯えないようになりたいのなら

 フィーが協力してあげるのなのなの」


にやりとした笑みを見せるフィーに全力で首を横に振ったのは

俺だけではなかった。


「……ヤト。大会前に風使いを集められるだけ

 集めておけ。それと、大会の審判は君がやれ」


「そうですね。他の職員では荷が重いでしょう」


「……殺しはしないだろうが

 その一歩手前までは、手を出しそうだ」


「僕が今から処分してきてもいいわけ。

 正直、僕が手を下したいわけ」


「セツナに恨まれるのなの~」


フィーが珍しくサフィさんを止めていた。

何時もなら、自分が真先に飛んで行っただろうに。


「父さん。セツナさんが負けた時は

 あの人物をチームに入れるつもりですか?」


「ああ。約束したからな。

 その後、チームに残れるかは本人次第だな」


「……」


「私のセツナ(息子)たちに、手を出したんだ。

 半殺しにされても文句はあるまい?」


「それは、詐欺と言うんです」


あいつらにとって、セツナに半殺しにされるのと

親父に半殺しにされるのとどちらが幸せなんだろうか?


前ならセツナと答えただろうが

あの殺気を知った今は、親父の方がましかもしれないと

心から思った。



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