表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ワレモコウ : 変化 』
31/130

『 僕とアルトの関係 : 中編 』

* 前編から読んでいただけると嬉しいです。

 部屋全体が、楽しそうな空気で満たされる中

サーラさんの心は落ち込んだままのようだ。


そんな、サーラさんにサフィールさんが

励ますように声をかけている。


「サーラは心配し過ぎなわけ」


「そうかもしれないけど」


「今のアルトは、反抗期の入り口にたっただけなわけ」


「本格的な、反抗期に入るのはまだ数年先だろうがな」


サフィールさんの話に、アギトさんがどこか楽しそうに

会話に加わり、反抗期という言葉が気になったのか

周りで話していた人達の視線が、一斉にサフィールさん達へ向かった。


「自我の確立とそれがうまくいかない事への苛立ちは

 誰しも必ず通過する道なわけ」


酒肴の誰かが、ぽつりとつぶやいた言葉耳に入る。

「黒歴史増産時期だな」黒歴史?


「黒歴史……か」


その言葉に、頭を抱えている人が数人いる。

どんな、黒歴史を量産したんですか? と聞いてみたい気がしないでもない。


「僕達から見れば、些細な問題や悩み事も

 子供からしてみれば、必死になるほどの悩みになるんだろうけど

 そこで、全てに対して干渉したり、手を出していたら

 自分で解決することが苦手な大人になってしまうわけ。

 ある程度は、放置しておいていいわけ」


「……」


「大人になれば理解に苦しむ、自分が理想とするものを

 頭に描いて突き進み、大人になってそれを振り返るともだえることになる

 行動を増やしていく期間なわけ」


「おい」


サフィールさんの言い方に、アギトさんが苦く笑う。


「経験から、その恥ずかしい歴史を減らしてやろうと

 口を出す奴らもいるが……それが、聞き入れられることは

 ほぼないわけ」


エリオさんや、ビートも交えてため息をついている人が結構いる。

いったいどんな、黒歴史をかかえているんだろう。結構気になる。


「自我が芽生え始めるのはいいことじゃがの……」


ここで、バルタスさんが思案するように目を細め


「……アルトの場合、反抗期とは違う気がする」


エレノアさんが、バルタスさんを見て自分の考えを口にする。


「お前さんもそう思ったか?」


「……ああ。サーラもそう思うから

 アルトが気にかかっているんだろ?

 普通の反抗期なら、適度に見守っているだろう。

 クリス達で、経験していることだしな」


エレノアさんの言葉に、サーラさんがクスリと笑い。

クリスさん達は、何も聞かなかったことにしているようだ。


「僕には、クリス達と同じように見えるわけ」


「……いや、先ほども話したが

 アルトは、帰る場所(セツナ)を見失わない様にしながら

 恐る恐る、セツナの手を離しているに過ぎない。

 セツナに対する執着が落ち着くまで、反抗する余裕など

 ないだろう。アルトが一番恐れていることは

 セツナに手を離されることだからな」


「確かに、セツナに依存し過ぎている嫌いはあるけど

 結構口答えはしているような気がするわけ」


「それは、セツナがそのようにもっていったからじゃろ。

 アルトが気軽に話せ、自分の意見を伝えることができる

 環境を今日までに作り上げたから、自分の気持ちを偽ることなく

 素直にぶつけることができるんじゃろな」


「あぁ、なるほど。

 そう言われれば、あいつらの反抗期を思い出してみると

 違うような気がしないわけでもないわけ……」


サフィールさんが、なぜかうっすらと殺気を放っており

エリオさんとビートは、いつでも逃げることができるような


位置取りをしている。


「僕への無視から始まり、挨拶しろと教えたら

 殺気を飛ばしてくるし。一番酷かった時期が

 エリオは、人の魔法構築を盗もうとして家に忍び込むし

 ビートは、研究資料を台無しにしてくれるし

 2人とも碌な事をしなかったわけ」


無表情になりながら、チラリとエリオさん達の方を見る

サフィールさん。


「……その原因は、サフィールにもあるのだから

 2人だけを責めるのはどうかと思うが」


「……」


「……」


エレノアさんが、やんわりと2人を庇い

アギトさんが、口角をあげながら楽しそうに声をだす。


「エリオとビートは、何度半殺しにしたかわからない。

 庭は燃やすし、家は壊す。サーラを泣かせたときは

 本気で殺してやろうかと思ったが……」


この世界の反抗期は、色々と物騒らしい。


「アギトの所と比較すると、ヤトとアルヴァンは楽だったな」


アラディスさんが、アルヴァンさんを見て笑うが

アルヴァンさんは気にすることなく、静かにお茶を飲んでいた。


「クリスちゃんも、楽だったから

 反抗期ってこんなものかとおもっていたけど

 エリオちゃんと、ビートちゃんの反抗期は大変だったわね」


「わしのところは、おじさん誰? と言われたな」


バルタスさんが遠い目をして、ぼそりと言葉を落とした。


「娘にそれを言われると、結構こたえるものがあるね」


「働く気力を失くしそうだ」


アラディスさんが、過去を思い出して黄昏ている

バルタスさんを慰め、アギトさんが娘に言われているのを

想像したのか、眉根を寄せていた。


「娘に何をしたわけ?」


「いやぁ、娘の初めてできた彼氏に釘を刺しただけなんじゃが」


「それは、釘をさすのが普通なわけ」


「それが普通だな」


「それは、駄目でしょう?」


「……それはどうかと思うが」


サフィールさんと、アギトさんが同意し

サーラさんとエレノアさんが、駄目だと反論する。


酒肴の若い人達の視線は、なぜかニールさんに向いていて

ニールさんは、珍しく居心地が悪そうにその視線を受けていた。


「娘が幼い頃にも同じことを言われた事があるが

 それは、仕方がないと諦めることができた。

 殆ど家におらんかったしなぁ」


「黒の家庭など、そんなもんだろう」


「確かに、そうかもしれんが」


「私も、クリス達に忘れられていたぞ」


サーラさんが、当時の事を思い出したのか楽しそうに笑い

反対にアギトさんは、深く溜息を付きながら当時の事を語った。


「クリスの時は、不審者が家に入ってきたと

 ナンシーに告げに行き。ギルド職員が家に押しかけて来た」


誰かが、噴き出して笑う声がする。

クリスさんは、知らない振りをしている。


「そういえば、そんなことがあったわけ」


「サーラがいたじゃろ?」


「その時は隣りのお家に、届け物をしていたの。

 そしたら、クリスちゃんが飛んできて家に不審者が入ってきた

 危険だから、一緒にギルドに行こうって手を引いてくれたの」


「……クリスが、サーラを守っていた」


「あの時は、エレノアちゃんも一緒に家に来てくれたのよね」


「……そうだったな」


サーラさんとエレノアさんが笑っているのを

横目で見ながら、アギトさんが続きを話す。


「エリオの時は、家に入るなり私とクリスに殴り掛かってきた。

 抑え込もうとしたとたん、サフィールが護衛のために持たせていた

 魔道具を起動して家の扉が吹っ飛んでいった……」


「僕が作った魔道具は完璧なわけ」


「あんな威力の高いものを子供に渡す

 馬鹿がどこにいる!!」


「仕方がないだろ?

 どうしても受けなければならない依頼が入ったんだ。

 エレノアも忙しい時期だったし、サーラを1人にするのは

 不安だったわけ。それなら、エリオでもいないよりはましだろうと

 僕が作った魔道具を持たせておいたわけ。役に立っただろ?」


「被害にあったのは、私だったんだが?」


「問題ないわけ」


エリオさんは、全くこちらを見なかった。


「……サーラはいなかったのか?」


「お隣に、届け物をしていたの」


「……」


「そして、ビートの時は……。

 エリオが嘘を教えて、私とクリスを家に入れようとはしなかった」


「あの頃のビートちゃんは、私の騎士になるんだって

 言ってくれていたからね」


ビートは苦虫をかみつぶしたかのような表情を作っている。


「サーラはまたお隣に行っていたわけ?」


「家の中にいたわよ?

 ビートちゃんが、あまりにも必死に守ってくれるものだから

 本当のことを言うのが遅くなっちゃったの」


「……」


「三者三様で、なかなか面白い経験ができたが

 当時はそれなりに、落ち込んだ。完全に忘れられているとは

 思いもしなかったからな。なかなか、帰ることができなかった私にも

 問題があるかとは思うが……」


「どう考えても、お前が悪いわけ」


「帰っても、ココナさん達について

 バートルへ行っていることもあったし

 間が悪いことも多かった」


昔話に花を咲かせている、アギトさん達につられてか

周りの人達も、自分の反抗期について聞かれて話していたりと

楽しそうに会話に花を咲かせていた。


「反抗期なんてすぐ終わっただろ?」


「俺は反抗期なんてなかった。

 生きていくので、精一杯だったからな」


「お前、その反動がいまでてるんじゃね!?」


「なるほど、だから今黒歴史を量産しているのね」


「どういう意味だよ!」


「え……? ここでその意味を言っていいの?」


「やめてください。お願いします。

 やめてください。死ねます。お願いします」


そっと視線をそらせて、違う方へと意識を向ける。

反抗期といっても、人それぞれ全く違うようで

聞いていて楽しいと思われる話もあれば、重いと思う話もあった。


「そういえば、お前はどうして庭を燃やしたんだ?」


フリードさんが、エリオさんに庭を燃やした理由を聞いていた。

どうやら、エリオさん達の過激な反抗期にも理由があるようで

エリオさんが、めんどくさそうに返事をしている。


「親っちが、私を倒したら大人として認めてやるっていったっしょ」


「そうそう。何時でも殺しにこいっていうからさ」


「いや、それでも庭はもやさねぇだろ?」


「家は壊さないと思うわ」


「黒相手に、本気でかからないとこっちがしぬっしょ!?」


「普通、かかって行かないから」


「あの時は、本気で倒せると思っていたんだよな

 不思議な事に。だから、親父を倒して認めさせてやるって

 躍起になっていた気がする」


「黒歴史ね。まさしく、黒歴史よ」


「黒歴史っていうな!」


庭を燃やした、家を壊したというのも

原因を追究すれば、アギトさんの自業自得と言える。


日本で同じことをしたら、きっと警察のお世話になっているだろう。

異世界とは、本当に非常識なところだと改めて思った。


頭の中にある日本での知識と、この世界とを比べて

気がついたことがある。


この世界の反抗期は、15歳までにはほぼ終えるようだ。

早ければ12歳あたりから始まるが、長引くことはないようだ。


その理由は、少し考えればわかる事だった。

早く大人にならなければ、生きてはいけない。

ハルのように、子供に優しい国はほとんどない。


16になれば嫌でも、自立することを考えなければならない。

自分の命は自分で守れ、それがこの世界のルールだから。


怪我をしても、病気をしても国は助けてくれない。

大人でも子供でも、それは変わらない。

ゆっくり自立心を育てている余裕などない。


自立して、生きていく道を模索するしかないのだから。


「貴方はどうだったのよ?」


そんな言葉が、耳に届く。聞かれた人が何か答えているが

その声は僕には届かなかった。


僕はどうだったかな。

ふとそんなことを考え、考えるんじゃなかったと後悔するが

思考はどんどんと深みにはまっていく。


日本での記憶は、覚えていることもあるし

曖昧なところもある。不意に思い出すこともあれば

思い出そうとしても、思い出せないこともあるのに。


『生んでほしくなかった』


酷い言葉を母に告げた。


『ごめんね』


母が謝る事なんて、何もないのに。

その後、僕が言った言葉に母が涙を見せたのは覚えている。

だけど、何を言ったのかは思い出せなかった。


『     』


それでも、母は僕の手を優しく握っていてくれた。

心の奥底で、何かの歯車がカチリと動く。


「……セツナ」


「はい?」


エレノアさんの声に、顔をあげると

エレノアさんがじっと僕を見ていた。何かを探るように僕を見てから

フッと僕に笑みを見せてくれた。


特に何を言うわけでもなく、他愛無い話を僕へと向けてくれる。

そんなエレノアさんを見て、バルタスさんはエレノアさんを父親よりだと

話していたけど、僕はそう感じなかった。


ヤトさんがどういう育て方をされたのかはわからないけれど

僕に向けてくれる心配りや優しさは、やはり女性のものだと思うのだ。


日本での記憶を頭の中から追い出し

意識を周りに向けてみる。


アギトさんとサフィールさんとサーラさんは

クリスさん達を追いこんでいるようで、エリオさんの顔も

ビートの顔にも、はっきりと「もうやめてくれ!」という表情が

張り付いているが、導火線に火がついているアギトさん達は

お構いなしに話し続けている。クリスさんは適当に聞き流しているようだ。


バルタスさんは、酒肴の若い人たちが

アルトが反抗期か反抗期じゃないかで、賭けを始めようとしたのを見つけ

雷を落としている最中だった……。見なかったことにしよう。


剣と盾の人達は相変わらず、この喧騒を気にすることなく

落ち着いた空気を維持していたが、アルヴァンさんの表情が

何時もとは微妙に違う事から、もしかするとレイファさんと

クラールさんに、子供時代の事を色々と言われているのかもしれない。


1番隊の人達がいれなおしてくれた紅茶を飲みながら

エレノアさんとアラディスさんと話していると、アギトさん達が戻って来る。

サーラさんは、プリプリと怒っていた。


「育て方を間違えたのかしら?」


「……今更それを言うのか?」


「だって。そうだ、エレノアちゃん

 さっき話していた本って、まだ持っているの?」


「……家にあると思うが」


「貸してくれる?

 この子も生まれることだし、読んでみようと思うの」


「……自分のはどうしたんだ?」


「多分、倉庫の中にあるとはおもうけど

 探し出すのが大変だから」


「……そうか」


「今度こそ、優しい子に育てる!」


「私は、クリス達は十分やさしいとおもうけどなぁ」


アラディスさんが、クリスさん達を擁護しているが

サーラさんの怒りは収まらないようだ。


「そう? ヤトちゃんはとても紳士的じゃない!

 私の料理をまずいなんて! 絶対に言わなかったわ」


「それは、言わなかったんじゃなくて

 言えなかったの間違いだと思うけどね」


サーラさんに聞こえないように、アラディスさんが呟き

アギトさん達は沈黙を貫いていた。


「……後ほど、本を探してくることにしよう」


早々に話題の方向性を変えたエレノアさんの意図に気がつかず

周りが安堵の息を吐いているのにも気がつかず

サーラさんとエレノアさんが、本の話をはじめだす。


僕は、ぼんやりと2人の会話を聞いていた。

僕だけではなく、アギトさん達も会話に参加することはなく

話に耳を傾けている。


時折入る、クリスさん達の子供の頃の話に

クリスさん達の子供時代は、沢山の愛情に包まれて育ったのだと

感じることができた。


家族の愛情や経済的な安寧という観点では

僕も満たされていた。病院のベッドで生涯のほとんどを

過ごすことになったけれど、父や母の愛情を疑ったことはない。


僕は幸せだった。

そう言える。


『ころせ!』


体を震わせ、逃げることを諦め、生きることを諦めた

瞳を僕に向けながら、何度も僕に殺せと叫んでいた。


出会った時の、アルトの姿が脳裏に浮かび

心の中に残っていた言葉が、口から零れ落ちていた。


「母親の役割か……」


左右の瞳の色が違う事を気に病み、視線を逸らした姿。

初めて抱き上げた時、緊張と戸惑いで体をこわばらせていた姿。

宿屋では、僕のベッドにもぐりこんで安堵したように眠っていた。

そして、意図せず狼の姿になった時は絶望に体を震わせていた……。


雛のように僕の後ろをついて歩いていたアルト。

僕が視界から消えるだけで、不安でいっぱいの表情を見せ

必死に僕を探す姿を思い出す。


それは、幼い子が母親を探す姿と同じだったんだと

今更ながらに気がついた。


アルトが無意識に求めていたもの。それは母親が子供に与える

優しさや温もり。無償の愛だった。


誰にも与えてもらえなかった愛情(もの)

アルトが、それを求めているのを痛いほど理解していた。


僕だけが与えていたわけではなく。

アルトも僕に、様々のものを与えてくれていたけれど。


それも形を変えつつあるのかもしれない。


孤児院の子供達と出会った日に、動き出したアルトの心の時計。

アヒルの子が、白鳥へと羽化し羽を広げるための準備に入った。


母親という役割は、息をひそめ

父親という役割が、始まるのだろうか?


『父親から外の世界への繋がりを見る。

 外の世界での羽ばたき方を覚え、旅立ちの準備を整えると

 自分が守るべき世界へと旅立っていく』


前の世界では


準備をすることもなく。

旅立つこともなく。

自分が守るべき世界を探すこともできなかった。


羽ばたき方など僕は知らないし

僕の根底には、この世界に対する憎悪がある。


そんな感情を持っている僕が、アルトにどんな世界を魅せればいいんだろうか?

僕自身がこの世界を受け入れることができないというのに。


ただ生きているだけの僕に。死に場所を求めているだけの僕に

父親という役割が務まるのだろうか?


母親の役割なら、僕が母や父や妹や祖父から与えてもらったものを

そのままアルトに伝えればよかった。


知識や戦闘方法、生き残るためのすべなら

僕が、花井さんやカイルから与えてもらったもの全てを

アルトに教えればよかった。


だけど……この世界の羽ばたき方は僕も知らない。

この世界の繋がりなど……僕には何もない。


この世界の住人であるアルトに

この世界の住人では無い僕が僕自身が、与えられるものなど何もない。


何もない……。

空っぽの僕が、何かを与えようなど滑稽でしかないのかもしれない。


父親の役割など……できるはずがない。


「……君!」


「セツナ!!」


肩を掴まれ、体を揺さぶられる感覚と

何人もの人が、僕を呼んでいる声がした。


ハッとして、周りを見るとサーラさんが心配そうに

黒達は真剣な表情で、そして周りの人達は息をつめて

緊張した面持ちで僕を見ていた。


「あの、申し訳ありません。

 考え事をしていました」


そんなに心配をかけるほど、僕は長考していたんだろうか?


「何か気になることがあるのか。

 何を考えていたのか、話さんか」


「え? 話すほどの事でもないかと思いますが」


「何を考えていたわけ?」


「……母親の役割に、何か思う事でもあったのか?」


黒達は何が気になるのか、僕の反論を許すことなく畳み掛けてくる。

話すまで諦めてくれそうにない気配に。

考えていた事の半分だけを話す。


「いえ、エレノアさんの話を聞いて

 アルトが、子供ではないと告げたという事は

 母親の役割が、減っていくのかもしれないと」


「……それで?」


「父親の役割と聞いても、僕にはよくわからなくて。

 外の世界の羽ばたき方とは、どういったものなんだろうと

 そんな僕に、父親の役割が果たせるのかと」


「……」


「……」


誰も口を開くことなく、僕を凝視していた。

そして、一番最初に口を開いたのはサフィールさんだった。


「お前は、賢い人間だと思っていたけど。

 根本は、馬鹿だったわけ」


「え?」


「……セツナは、生真面目すぎるな。

 貴殿のその年齢で、経験もしていない事を

 知っているわけがなかろう?」


「は、い」


「セツナよー。お前さんは忘れているのかもしれんが

 お前さんもまた、羽ばたき方を練習している雛鳥にすぎん」


「……」


「君もまた、私たち大人に守られるべき対象だという事だ」


「それは」


「セツナ君は、ここで生活している人間の中で

 アルトの次に若いのよ。アルトは今ここに居ないから。

 ここに居る中で、セツナ君が一番若くて経験が少ないの。

 だからね。セツナ君が悩んだときは、ここに居る全員が

 セツナ君を支えて、助けるわ」


サーラさんの言葉に、黒達だけではなく

ここに居る全員が、頷いたのを見た。


「年上だしな」


「先輩だしな」


「ランクは俺の方が下だけどな」


「俺より、強いけどな」


「なんかへこみそうだ!!」


「俺もだ!」


そんな軽口が、あちらこちらから聞こえる。


「……アルトは、貴殿の弟子だが。

 独りで子育てする必要はない。私もヤトを独りで

 育てたわけではない。アラディスがいて、チームの仲間がいて

 そして、サーラやナンシーが居て、バルタスが居た」


「どうして、僕は入っていないわけ?」


「どうして、私が入っていない」


エレノアさんは、アギトさんとサフィールさんに視線を向けて

「確かに、ヤトの反面教師として役立ってくれた。礼を言おう」と

言って笑ったが、2人は即座に視線をそらせていた。


「……セツナは、本の内容を気にしているようだが

 ヤトを育てている時に、思い出したことはない。

 それでも、ヤトはそれなりに育っている」


「私だってそうよ。アギトちゃんがいてサフィちゃんがいて。

 エレノアちゃんが居て、バルタスちゃんが居た。

 ナンシーちゃんとマリアちゃんもいたわ」


エレノアさんに視線を向けることなく、アギトさんが

サーラさんの言葉につなげるように、口を開いた。


「わからない事は、私達経験者に尋ねればいいという事だ」


そう締めくくったアギトさんは穏やかに笑っているように見えたけど

僕を見るその目は、全く笑ってなどいなかった。


「約束しただろう? 相談に乗ると」


「はい。そうでした」


サフィールさんが、深く溜息を付き珈琲へと手を伸ばし

口をつけてから、言葉を落とす。


「そんなに心配しなくても、今のままのお前で

 十分だと思うわけ。お前が、精一杯生きていけば

 アルトは自分で学んでいくわけ」


「……」


「そうだな。ようは、信念の通った生きざまを

 子供に見せろという事だと私は思うが」


「例えるなら、伴侶以外の女性に現を抜かすなとか

 欲におぼれて、生活をおろそかにするなとか

 そういった、普段の暮らしを大切にしていけと言っているわけ。

 子供は、親の背中をみて学んでいくものだと語っているわけ」


「お前さん達が、それをいうのか?」


バルタスさんが、呆れたように自分の感想を正直に口にだした。


「だから僕は、あいつらが反抗期だった頃

 手加減してやったわけ。魔法構築式を盗みに来ても

 くれてやったし、研究資料を台無しにされても

 殴るだけで済ませてやったわけ。サーラの子供じゃなかったら

 生きてきたことを後悔させていたわけ」


「……」


サフィールさんの言葉に、バルタスさんは片手を目に当てて

頭を振り、エレノアさんは嘆息してサフィールさんを見た。

サフィールさんが、咳払いをしてから話を続ける。


「それに、お前はもうアルトに1つの道を示しているわけ。

 困難な道を。挫折する者が多い道を」


首をかしげる僕に、サフィールさんは真直ぐ僕を見る。


「黒という最強を目指す道を、お前はアルトに見せたわけ」


思わず目を見張り、サフィールさんを凝視する。


「自覚しろ。アルトはギルド最強と呼ばれる僕達ではなく

 お前だけを最強として見ている。アルトにとって僕達は

 お前以下なわけ。それは、お前のかわりになれる人間は

 一人もいないという事だ」


「……」


「僕達が、ジャックの強さに魅せられた様に

 アルトは、お前に最強を見た。途方もなく厳しい道を

 お前がアルトに魅せたんだ。それは、世界を見せるのと

 同義だろう?」


「そうかもしれません」


「なら、お前のやるべきことは

 最強として、アルトの前に立ち

 その背中を、アルトに見せることだ。

 アルトが理想とする揺るぎない強さを、維持し続ける事だ。

 それは、お前だけにしかできない

 父親の役割だと僕は思うわけ」


アルトはことあるごとに僕を最強だと告げる。

誰よりも強いのだと。誰にも負けないのだと。

僕の中に、アルトが理想とする姿を見ているのだと思う。


僕は、サフィールさん達のように

血のにじむような努力などしたことはない。


僕は何の苦労もなしに、この力を手に入れた。

僕の強さなど、幻のようなものだ。


だけど、アルトが僕を最強と謳うなら。

僕の中の強さに、世界を見るというのなら。


僕が死ぬか、アルトが僕から旅立つ時が来るまで


僕は、これから先……誰一人として僕の背より前には行かせないと誓う。

アルトの理想である最強であることを誓おう。


それが、僕だけにできることだと言うのなら。

アルトに見せる背中だけは、空虚な僕を映さないように

父親という役割を演じよう。


「アルトが僕を最強だと謳うのなら。

 僕は、これから先誰一人として

 僕の背より前には行かせないと

 断言しましょう。僕の全身全霊にかけて」


僕のこの言葉に、黒達がそして僕達の話に耳を傾けていた人達が

息をつめたのを感じた。誰かが口を開く前に言葉を続ける。


「なんて、アルトが好きな物語の英雄みたいなことを

 言ってみましたが……似合っていましたか?」


サーラさんに視線を向けて、そう問うてみると


「セツナ君、怖いほどはまりすぎていたわ。

 一瞬本気にしちゃったもの。ちょっと惚れちゃいそうね」


サーラさんが、ホッと息をついて僕を見て笑う。

黒達に視線を順番に向けて、頭を下げた。


「ありがとうございます。

 肩の力が抜けました」


「別に、礼を言われるような事ではないわけ」


「そうじゃの。お前さんはもっと周りを頼ればいい」


「……私達もいるという事を、忘れないでほしい」


「アルトの成長は、私達も楽しみにしているからな」


「はい。ありがとうございます」


僕の役割が、変わっていく事になるのなら

先日立てた計画も、見直す必要がありそうだ。

活動を休止するのではなく、名をあげていったほうが

いいのだろうか? 黒と並び立つぐらいに……。


どうするべきか。

内心ため息をつきながら、しばらくお茶を飲み

談笑してから、自分の部屋へと戻るために席を立った。


その時、3番隊のクローディオさん達から

視線を感じ、そちらへと顔を向けるが何でもないと言うように

首を振ったから。頷いて、そのまま自分の部屋へと戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ