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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 柊 : 準備 』
3/130

『 僕とマリアさん 』

 冬独特の澄んだ空気を肌に感じながら、僕は店が立ち並ぶ場所を1人で歩いてた。

最近までは、僕が出かけるというとアルトがいつも傍にいたけれど

孤児院の友達ができてからは、朝の勉強がおわり昼食を食べ終えると

一目散に、遊びに行ってしまう。サーラさんが、エリオさんやビートの

子供の頃を思い出すと言って、笑っていた。


アルトの世界は広がりを見せ、毎日が楽しそうだ。


僕はといえば、サクラさんをリペイドへ送って行ったあと

特に何をする気にもなれず、部屋で本を読んだりセリアさんと話したりしながら

のんびりと午後の時間を楽しんでいた。


今朝までは。


暦は、2日程前にウィルキス2の月に入ったばかりで

先日雪が降ったこともあり、お店は冬支度の商品であふれ返っている。

悩みながら、街の中を歩きそれらしい店を見つけて立ち止まるがすぐに歩き出す。

僕は今朝届いていた、サクラさんからの手紙に頭を悩ませていたのだった。


サクラさんとの別れ際、僕はサクラさんに魔道具を1つ渡した。

リヴァイルに渡してある魔道具と同じで、手紙や荷物をやり取りできるものだ。

ギルドを頼れない彼女が、僕に連絡をとれる唯一の手段といったところだろう。


その気になれば、ノリスさんやエリーさんに頼んでギルドから送ってもらう

方法もあるし、王様に頼むという方法もあるが

彼女の性格から、そういう願いを口にすることはほぼないだろうと思った。


魔道具を渡したとしても、彼女から手紙が来ることは考えてはいなかった。

彼女はきっと、ギリギリまで僕を頼ろうとはしないだろうと考えていた。

だから、こんなに早く手紙が来たことにとても驚いた。


オウルさんとマリアさんの手紙を送った時も

お礼の言葉しか書かれていない手紙が届いただけだったから。


手紙の内容を思い出し、ため息をつく。

彼女からの手紙の書きだしは、挨拶でも謝罪でもなく切羽詰まった一言。


" どうしよう "だった。

その言葉を見た瞬間、何か問題が発生したのかと少し緊張したのだが

手紙を読み進めるうちに、彼女らしいなと小さく笑みが漏れた。


自分の為なら絶対に、手紙など送ってこなかっただろう。

だけど、彼女に新しい居場所と仕事を与え彼女の淋しさを慰めるように

心を砕いてくれている、ノリスさんとエリーさんの窮地に自分の矜持を捨てて

僕に手紙を書いてきたのだと知ることができる。


彼女からの手紙は、ノリスさん達がソフィアさんの結婚式の晩餐会で

着る衣装がないというものだった。出席しないことも考えたが

衣装代として、お金を頂いている以上出席しないのは

ジョルジュさんとソフィアさんの顔を潰すことになるし

お店の評判も落とすことになりかねない。


だからといって、既製品を身に着けていった場合

礼儀作法を知らないと笑われ、辛い思いをするのが目に見えていると書かれている。

サクラさんは、ハルから出ることはなかったけれど各国の要人がハルに訪れることは

多かっただろうし、貴族というものがどういうものかも熟知している。


リペイドの貴族だけではなく、同盟を組んでいる他国の招待者もいることから

余計に手を抜いた準備はできないのだと書かれていた。


色々なお店をまわったけど、他の貴族からの注文と時間がないということで

すべて断られてしまったらしい。そして、晩餐会の衣装だけではなく

結婚式での花の準備をするときの衣装も、用意していないと書かれている。

2人は、結婚式に出るわけではないから作業着で行くつもりだったらしい。


花を届けて、飾りつけを手伝って終わりだと2人は思っていたようだけど

結婚式の流れから考えて、絶対に表に出ることができる服装でないとだめだと書かれている。


衣装代として、2人が貰った金額はそのための服を用意する分も

含まれているとサクラさんは考えているようだ。


毎日の花屋の生活と、貴族の結婚式のための準備。

身寄りのない2人には、コネもないだろうし相談する相手も居ない。

従業員もいない状態で、大変だったようだ。前日から当日にかけての準備は

ジョルジュさんが手配してくれているらしく、人員の確保はできているらしい。

元々普通に暮らしていたら、絶対に経験しなかったことかもしれない。


貴族には、貴族専用の店が沢山あるのだから。

ノリスさん達が、日に日に戦々恐々としてやつれていくのが

可哀想だと書かれてあった……。


手紙の文面は、それはもう切々と現在の状況が語られている。

サクラさんが大変そうだ……。僕は手紙を途中まで読んでそう感じた。


1人で頑張ると言った手前、僕に頼るのは間違っているとは思うけど

今の自分には、どうすることもできない。だけど、ノリスさんとエリーさんが

苦しむ姿を見て、当日惨めな想いをさせるような事は絶対に阻止したいと

綴られていた。あつかましいお願いだとは分かっているけれど


2人の体の寸法を送るから、ハルの店を訪ねてくれないだろうかと

書かれている。ハルの衣装なら、既製品であってもリペイドでは手に入らない。

既製品だとわかる人は少ないはずだと……。


同じ既製品でも、ごまかせるという事だろう。


同盟を組んでいる国をざっと調べてみたけれど

ハルに来る余裕のある国はなかったから、大丈夫だとも書かれていた。


しかし、同盟を組んでいる国を調べたって……。

サクラさんは一体どこから、情報を手に入れたんだろうか。

まぁ……怪しい魔道具もいろいろ持っていたし不可能ではないけれど……。

余り危ないことに、首を突っ込んでほしくはないなと思った。


彼女を国王様達にではなく、ノリスさん達に紹介したのは

そういう意図もあるのだから……。


そして最後に、とりあえず今は2人に礼儀作法を教えているらしい。

色々と間に合うといいな……で終わっていた。


サクラさんも余裕がないようだ。

この分だと、寂しいと思う暇もないのかもしれない。

2人の事で、必死になっている彼女を想像して苦笑がこぼれた。


サクラさんは優しすぎるんだろう。

一番、総帥には向いていない人かもしれない。

総帥として立っていたのは、苦痛だったんじゃないだろうか。

なのに、努力して手に入れたもの全てを捨てた。


彼女が、カイルを迎えに行くんだと言って泣いた時……。

正直、カイルが羨ましかった。そして、嬉しくもあったんだ。


全てをかけて、カイルをこの世界の故郷に

連れて帰ろうとしてくれた。ただカイルの為だけに。


帰る場所がない僕達の……。


「セツナー」


僕を呼ぶ声で、自分の思考から浮上する。

少し視線を動かすと、セリアさんが僕を見ていた。


『どうしたんですか?』


こんな街中で独り言を呟きながら、歩く趣味はないので

心話で返事をする。


「呼んだだけヨ」


『……』


「冗談だワ。道の端で蹲っている人が居るワ」


セリアさんが指をさす方向へと視線を向けると

人気のない隅のほうで、女性が1人蹲っている。


少し足を速めて、その女性に近づき横から声をかける。


「大丈夫ですか?」


僕の声に反応したのか、女性がそっと僕を見る。

その顔は、サクラさんの母親であるマリアさんだった。


「……セツナさん?」


「マリアさん? どうされたんですか?

 大丈夫ですか?」


「はい……。大丈夫です」


マリアさんは、大丈夫だと言っているが

顔色は悪く、目の下には濃いクマができている。

先日会った時よりも、痩せたように感じた。


「歩けますか?」


「はい」


そう返事をしながらも、マリアさんは立ち上がることができないようだ。


「転移魔法で家まで送ります」


僕の言葉に、マリアさんは微かに頷いた。

魔法を詠唱し、転移魔法を発動させマリアさんの自宅前に着くが

マリアさんはどこか上の空で、自分の家を眺めていた。


風の魔法で、マリアさんの体を一応調べてみたけれど

悪い個所はない。


「マリアさん?」


「あ……はい」


「家に着きましたよ」


「ありがとうございます」


そう言って僕に頭を下げるマリアさんを見て、僕は内心でため息をついた。


「眠れませんか?」


僕の言葉に体を揺らす。


「サクラさんが心配ですか?」


「……」


マリアさんは何も答えなかったが……。

頬を伝う涙が、彼女の気持ちを物語っていた。


多分。全てを自分の中に溜めこんでいるのだろう。

哀しみも。淋しさも。そして、僕に対する恨みごとも。


理由があったとはいえ、自分の子供を勝手に他国へと連れ去ったのだ。

オウルさんとマリアさんに、もっと責められると思っていた。

なのに、彼等は僕に何も言わなかった。


全てを自分の中に押し込めて、口を閉じたのだ。

不安も、不満もあって当然だ。それなのに、彼女は今も口を閉ざす。

僕をこれ以上困らせないように……。

言葉にできない気持ちが、涙となって流れるほどにサクラさんが心配なのに。


「ごめ、んなさい……」


「少し話をしませんか?」


「……今日は……」


マリアさんが断る理由は、余計なことを口に出さない為だろう。


「困ったことがあって、助けてもらえないでしょうか」


マリアさんが、ハッとしたように顔をあげて僕を凝視する。

その顔色はますます悪くなっていた。


「大丈夫です。サクラさんに何かあったわけではありませんから」


僕の言葉に、安堵した表情を見せどこか迷うように視線を彷徨わせている。

このままでは、マリアさんの心がもたないかもしれない。


「オウルさんも、一緒に話せませんか?」


マリアさんは頷いて、僕を家にあげ応接間へと案内してくれた。

メイドさんが運んでくれたお茶を飲みながら、マリアさんと一緒に

オウルさんを待つ。廊下から慌しい足音が響き扉が勢いよくあいた。


「サ……」


オウルさんが、サクラさんの名前を出す前に僕が口を開く。


「サクラさんの容体はどうですか?」


僕の問いに、オウルさんが言葉を飲み込み

大きく深呼吸してから、僕を見て返事を告げる。


「未だ、魔道具の効果で眠ったままです」


オウルさんがそう口にして、メイドさんがオウルさんの為に

お茶を入れてから部屋を出ていく。


3人だけになったところで、僕達の会話が聞かれないように

結界を張った。


「サクラさんは、元気です」


僕の言葉に、オウルさんがほっとしたように表情を崩す。

マリアさんはずっと俯いたままだ。マリアさんの様子にオウルさんが

辛そうな表情を一瞬見せ、僕に頭を下げた。


「マリアを家まで送ってくれたと聞きました。

 ありがとうございました」


「いいえ。お気になさらずに」


「ありがとう。それで……困った事とは……」


オウルさんは、緊張した面持ちで僕を見た。

僕はサクラさんから貰った手紙の内容を、2人に話していく。

僕の話す内容に、俯いていたマリアさんは驚いたように僕を見。

そしてオウルさんは、微妙な表情で僕を見ていた。


2人とも暫く声を出すことができずに、黙って僕を見ている。

僕は何も言わず、少し冷えたお茶を飲んだ。


「ふっ……」


「ふふ……」


オウルさんとマリアさんが、小さく声をもらす。

そして、肩を小刻みに震わせて……笑い出した。


オウルさんは俯き、マリアさんは目元にハンカチを当てながら笑っている。

「サクラらしい」とオウルさんが言い。

「サクラは、どこに行ってもサクラね」と優しい声音でマリアさんは呟いた。


サクラさんの生活を垣間見て、心配はあるけれど

生きて生活していることを、感じ取ることができたのかもしれない。

それも、新生活早々妙なことに巻き込まれている。


暫くして2人が落ち着くと、僕を見て恥ずかしそうに頭を下げた。

口を開くことができない2人に、僕は気になっていた事を口にした。


「僕は、お2人からもう少し責められると思っていました」


僕の言葉に、2人は同じような表情で淡く笑う。


「確かに、恨まなかったかと言えば……嘘になるかもしれない。

 最後に、一目あいたかった。そう思う気持ちは日が経つにつれて

 大きくなっていったから……。

 だけど、セツナ君がどれだけ私達とサクラの為に心を砕いて

 くれたのかはわかっているから、私達は口を閉ざすことにしたんだ。

 けど……失敗したようだ。結局、君に気を遣わせている」


オウルさんは苦しそうな声音で、僕に告げた。


「セツナ君が、サクラが笑っていたと教えてくれても

 今日も笑っているだろうか。泣いていないだろうか。

 辛い思いをしていないだろうかと……毎日が心配だった」


それは当たり前の感情で、離れた子供を想う親の気持ちじゃないだろうか。

それはとても、優しい感情だと思う……。


この世界はすぐに人が死ぬ世界だ。


日本みたいに、会いたいからといって会えるわけではない。

携帯電話があるわけでもなく、パソコンがあるわけでもない。

一度、国を離れたら2度と会えなくなる可能性が高い。

病気をしても、治療方法がないことのほうが多い。


苦しんでいると、死にそうだと連絡をもらったとしても

すぐに駆けつけることすらできない。オウルさんにとっては

血の制約で、駆けつけることすらできないのだから……。


他国で暮らすことを受け入れるという事は

もう2度と会えないという覚悟を決めることでもあるのだから。


「私達は情けない親だな……」


「本当に……。サクラは、前を向いて歩いているのに」


少し落ち込んだように黙り込む2人。

そんな2人を僕は、好ましく思う。


「僕は……。僕は、子供を捨ててしまえる親より

 切り捨ててしまえる親より……。

 心配してくれる親のほうがいい。情けなかろうが

 自分の事を想って、泣いてくれる親のほうがいい」


最後まで僕を生かすことを考えてくれた。

自分の両親を想いながら、言葉を紡ぐ。


「だけど、親が子供を想うように……。

 子供は子供で、親の幸せを願っている。

 子供に笑っていて欲しいと願うなら

 子供も親に笑っていて欲しいと願っている」


僕の言葉に、オウルさんとマリアさんが僕をじっと見つめる。


「僕には両親がいませんが……。

 両親がいたら、僕はいつも笑っていて欲しいと願います」


生きる世界は違ってしまっても……。

家族の幸せはいつも願っている。


「サクラさんも、きっとそう願うと思います」


マリアさんの瞳から、静かに涙が落ちた。


「だから、サクラさんが伴侶を連れて帰って来るまで

 お2人は、程々に元気で程々に笑っているといいと思います」


程々なのは、サクラさんは魔道具で眠っていることになっているからだ。


「……」


「……」


僕の言葉に、2人は顔を見合わせて微かに笑う。


「伴侶という言葉は気に入らないが……。

 程々に、元気で過ごせるように頑張るよ」


「私も、程々に笑って過ごすようにしますわ」


そう言って、2人はまた愁いを隠すように笑った。

そしてふと、オウルさんが真顔になって僕に尋ねる。


「セツナ君。サクラが自分で仕事を見つけたというのは

 嘘だろう? 君が……サクラが生きていけるように導いてくれた」


「仕事を紹介はしましたね」


「ありがとう……」


「いえ、どういたしまして」


今のやり取りで、オウルさんもマリアさんも

サクラさんがどこの国に居るのか確信したのだろう。

貴族の結婚式というところで、気がついたのかもしれない。

僕にジョルジュさんとソフィアさんから、招待状が届いていたのは

知っているだろうし、どこの花屋かもわかったはずだ。

僕がノリスさん達のところで働いていた事は、知られているはずだから。


だけど、2人はそれ以上尋ねてくることはなかった。

居場所が分かったから、安堵したように息を吐き出して

体から力を抜いた2人に、僕は話を続けることにした。


「それで、本題なんですが」


「え?」


「え?」


僕の言葉に、2人が不思議そうに僕を見た。


「いや……僕は困っているので

 助けてもらえると嬉しいのですが……」


2人を安心させるためだけに、話したわけではない。

僕もサクラさんも切羽詰まっているのだから!


「ああ、そういえば困っていると言っていたね」


「私達で、できることならなんでもおっしゃって下さい」


2人は真剣に僕を見て、少し緊張している。

そんな2人を見ながら僕は、悩んでいることを打ち明けた。


「晩餐会の衣装を、ハルで購入するように頼まれたんですが

 僕には、どんな衣装がいいのかわかりません」


衣装を買ってくれと言われても……。

ノリスさんの衣装ならともかく!

エリーさんの衣装なんてどうやって選べばいいのかわからない。


僕が能力で作るにしても、何か参考になるものがないと無理だ。

どんなものが置いてあるのかと思って、店を見に行ったけど……。

女性ばかりで入る気がしなかった。


「女性用の衣装も頼まれて……僕は途方に暮れていました」


サーラさんに相談するわけにもいかず……。

サーラさんに相談すると、もれなくアギトさんがついてくる。

セリアさんは、僕の隣で「私が選んであげるといってるのにー」と

文句を言っているけど、セリアさんの時代は1000年以上前だ。

色々と不安が残る。


僕の言葉に、マリアさんが「まぁ」と小さく笑い

オウルさんは、申し訳ないと謝ってくれているけど


オウルさんが謝る必要は全くない。

サクラさんは、巻き込まれているだけなんだから……。

それも新しい場所で、息をつく暇もなくお店を探して奔走していたようだし。


まさかサクラさんも、こんな状況になるとは思ってもいなかっただろう。

僕も、こんな相談をされるなんて思ってもみなかった……。


「僕はこの街に来たばかりで、どの服屋がいいのかもわかりませんし

 サクラさんが教えてくれたお店は、女性のお客さんが溢れていて

 僕1人で入るには……」


オウルさんは気の毒そうに僕を見て、マリアさんはやはり小さく笑った。

マリアさんの顔色は少し良くなっていたけど、不眠や心配事による

疲労は未だ色濃く残っている。魔法をかけようかとも思ったけどやめる。

しっかり食べて、しっかり寝て回復するほうがいい。


「私から、人を手配して購入しようか?

 衣装に限らず、購入依頼はよくあることだから

 疑問に思われずに、手に入れることが可能だよ」 


マリアさんはオウルさんの言葉に、何度か口を開き

何かを話そうとして口を閉じる。

そして瞳に淋しさを浮かべて、諦めたように俯いた。


「マリアさんが良ければ

 マリアさんに選んでもらえたら嬉しいのですが」


僕がマリアさんを見てそう告げると、マリアさんは僕を見て

花が開いたように穏やかに笑った。その笑い方はサクラさんそっくりだ。


僕の隣で、セリアさんはまだ文句を言っている。

『私も、衣装を見て選びたいのに!』


僕はセリアさんには何も答えず、マリアさんの返事を待った。


「私でいいのなら、ぜひ選ばせてほしいわ」


オウルさんは、マリアさんに気がつかれないように

そっと僕に頭を下げた。

オウルさんも、マリアさんの願いに気がついていたのだろう。


オウルさんの隣で「サクラ達を助けることができるのね」と目を細めている

マリアさんをオウルさんが、横目で見ながら僕に聞く。


「セツナ君。今回衣装を必要とする2人は

 貴族が集まる催しに、出た事がないのだろう?」


「はい」


「なら、サクラを連れていく事を提案してみるといい。

 サクラなら、2人が緊張で失敗したとしても大概の事は

 助けることができるだろう」


その言葉は、サクラさんに対する絶対の信頼。


「……しかし」


できれば、サクラさんはそういう場所に出てほしくない。

彼女は本当に綺麗な女性だから、人目を惹くのがありありとわかるのだ。


「大丈夫だよ。サクラは、優しい娘だが

 火の粉が降りかかる前に、振り払うのは得意だよ……」


オウルさんはどこか遠くを見て、最後の言葉を告げた。

マリアさんは、そんなオウルさんを見て困ったように笑っていた。


「かの国の、結婚式は盛大に行われると聞く。

 同盟国の要人を招待しての結婚式だ。帝国をけん制する意味も

 あるのだろう。そんな場所に何も知らない2人が参加するのはどうかと思うが

 当日は、城に居たほうが安全だと考えたのだろう。

 彼等では、自分自身の身を守ることはできないだろうから。

 警備が手薄の場所を突かれては、守ることもできないし。

 それに、他国の人間は我々みたいに

 機密を話せなくなっているわけではないだろうしね」


「……」


オウルさんの言う通りだ。今回の結婚式は様々な意味を持っている。

絶対に失敗しないように注意を払っているだろう。


サイラスは必死だろうなと

どうでもいいことが頭をよぎった。


王様は、何時からかは知らないけれど

ノリスさん達に影の護衛を付けているようだ。

ノリスさんの家の近くに小さな新しい家を発見した。


ノリスさん達は、普通に近所の人だと思っているようだけど

気配が一般人ではない……。


王様の狙いは、ノリスさん達を通してリペイドに悪意を持っている輩を

探る意図もあるのだろうけど。守ってもいるようだ。


僕も、2人には話していないけど悪意を持つものが近づけないように

魔法をかけている。もちろんサクラさんにも。

一番狙われやすいのは、身を守るすべを持たないノリスさん達だから。


2人に毒入りの菓子を送り付けようとした奴らもいる……。

もうないとは思うけど、切羽詰まったらどう行動してくるかはわからない。


最初僕は、サクラさんをトキトナに連れていこうと思っていた。

だけど、少々リスクはあるけれど……リペイドに決めたのは

今トキトナは、サガーナとの関係が変わりつつあるようで

色々と忙しそうだ。それに、やはりサクラさんの事を考えると

南より北の大陸のほうがいいような気がした。


王様の監視もあり、ノリスさん達の家や店にも魔法をかけてある。

よほどのことがない限りは大丈夫だろう。


「いろいろよくご存知ですね」


「各国の動向を探るのは、私の役目なのでね。

 最近は私事に使わないように、必死になっていたけどね」


オウルさんはそう言って笑うが、使いたくても使えないだろう。

サクラさんの事は、ギルドの内部にも秘密なのだから。


「なら、余計にサクラさんをそのような場所に出すのは

 不安じゃないですか?」


「いや……」


オウルさんが否定したあと、マリアさんが言葉をつづける。


「武装したサクラに手を出すのは、無理ですわ」


そう言って、マリアさんは楽しそうに笑った。

武装……? 武装ってなんですか?


「サクラもリオウも、ジャックから色々と教えられているし

 様々な魔道具をもらい、使い方を熟知している……」


オウルさんはやはりどこか、意識を遠くへと飛ばしていた。

変態が求婚してこなければとか、まだ子供だったのにあんな魔道具をとか

オウルさんが呟いていたけれど、僕はその事について

詳しく聞くのはやめておいた。聞かないほうがいいと僕の勘が告げている。


オウルさんは一度ため息をつき、僕を見た。


「それに、サクラもリオウも国を守るために勉強してきている。

 サクラが、かの国に大切な人が増えれば増えるほど……。

 自分の持っているものを役立てたいと、考えるようになるだろう。

 それはもう……私達にとっては呪いみたいなものだ」


「……」


「それなら、周りが煩わしくなる前に

 かの国の住民であり、王に恭順の意を示していることを

 公にしたほうがサクラにとっては、安全だろうから」


「サクラさんがハルに戻ってきた時に、問題になりませんか?」


僕の質問に、オウルさんが口角をあげて笑う。


「サクラはずっと、我々の傍で眠っているよ」


「……」


「君の事だから、サクラの姿そのままで

 かの国に送ったわけではないだろう?」


「どうしてそう思われるんですか?」


「ジャックがよく、2人の姿を……」


「いえ、もう結構です」


僕が遮ると、2人が小さく笑った。


「君とジャックは、どこか似ているからね」


僕はその言葉に返事をすることはなかった。


「だから、サクラはサクラの好きなように

 動けばいいと思う。かの国を守りたいと思うのなら

 守ればいいと思う。我々にとって、それは生きる意味でもあるから」


守るために生きる……か。


「わかりました。2人の付き添いで同行できるように

 手を回してみます」


「そうしてあげてほしい……。

 サクラが守りたいものを、私達も守りたいと思うからね」


一息ついたところで、マリアさんが口を開く。


「なら、サクラの衣装も必要ですわね」


「そうですね……」


「サクラはともかく、お2人の姿を見ることはできませんか?」


「マリア」


オウルさんが、マリアさんを止める。

オウルさんに呼ばれたことで、マリアさんがハッとして

ばつが悪そうな表情を作った。


「別にいいですよ」


「え?」


「お2人は、サクラさんの居場所をもう知っているでしょう?」


「……」


「サクラさんに、接触するつもりもないですよね?」


2人は僕の言葉に頷く。


「私達は、ここでサクラの幸せを願い

 帰って来るのを待っている。兄にも伝えるつもりはない。

 兄も薄々は感じ取っているだろうけど

 私達に何も話すつもりはないようだしね。

 サクラは、私達の傍で眠っている。それが事実」


僕は魔法で、エリーさんとノリスさんの姿を見せる。

2人の姿を見て、オウルさん達は安堵したように目を細めた。


「優しそうな人達ね……」


マリアさんがそう呟くと、オウルさんが頷いた。

そして2人同時に「サクラをお願いします」と呟いていた。


僕は鞄から、2人の体の寸法を書いた紙を取り出し机の上に置く。

セリアさんがそれを見て『私も、衣装屋さんに行きたいワ!』と騒ぎだした。


「……」


僕の表情が変わったのがわかったのか、マリアさんが首を傾げ

心配そうに僕を見た。


「何か不都合が……」


「いえ……」


なんでもありませんと、答えようとしたところに

セリアさんが、口を挟んでくる。


『セツナー。今の衣装に興味があるワ。

 私も、衣装を見たい!』


「セリアさん、少し黙っててください」


思わず出てしまった言葉に、オウルさん達が驚きの表情を見せた。


「セリアさん? 部屋の壁際で泣いていた幽霊さん?」


マリアさんの僕に問うような言葉に、セリアさんが

『その言い方は、私がじめっとした幽霊みたいで嫌だワ』と

文句を言っていた。あの時は、じめっとしていたからその通りだと思ったけど

やはり口にはしなかった。セリアさんを無視して、マリアさんに返事をする。


「……そうです」


「今ここにいらっしゃるの?」


「ええ。僕にとりついていますから」


僕の返事に、2人が微妙に笑った。


「セリアさんは、何と言われているの?」


「自分も衣装を見たい、選びたいと言っています」


「まぁ」


マリアさんが、笑う。


「では、一緒に選びましょうか?」


マリアさんが、僕にではなく見えないセリアさんを探しながら

声をかけた。セリアさんはその声に姿を現して返事をしている。


「衣装が見たいノ」


「わかりますわ」


「お店屋さんにもいきたいワ」


「お店は……私が動くと色々と問題が」


「変装すればいいと思うワ」


「変装?」


「セツナなら、簡単に姿をかえてくれるかラ」


「まぁ」


「やっぱり、お店で見て選ぶべきだワ」


マリアさんが、セリアさんの話を真剣に聞いて頷いている。

2人の会話に、僕は額に手を当てて首を横に振った。

そんな僕を見て、オウルさんが本日2度目の気の毒そうな視線を僕に向けた。


「僕は遠慮したいんですが……」


「元々は、セツナが頼まれた事ヨ?

 ちゃんと責任もたないと、駄目だワ」


いや、セリアさん自分が服屋に行きたいだけでしょう!?


「なら、魔法はかけますから2人で行ってきてください」


「セツナも行くの。

 じめっとした、幽霊と2人きりだと可哀想でしょ?」


「……」


「セツナー。お願い聞いて」


嘆息しながら、セリアさんを見ると

セリアさんは、どこか必死な様子で僕を見ていた。

そういえば、最近何かを選ぼうとするとセリアさんが意見を言う事が多い。

まるで何かを残そうとするかのように……。


そうか。そういう事か。

セリアさんは、残す準備に入ったという事か……。


「仕方ないですね。

 金貨10枚まで、セリアさんに貸してあげます。

 好きなものを、買っていいですよ。僕が預かります」


「え?」


声を出したのはマリアさん。

オウルさんは、黙って僕達をみていた。


「うん。支払いは」


「わかっています」


「お願いね」


取り立ては、竜の彼にという事なんだろう。

自分の知らない間に、借金を背負うセリアさんの恋人……。

セリアさんが水辺に行った後……きっちり取り立てよう。

多分それが、セリアさんの願いだろうから。


セリアさんを見ると、楽しそうに心話で話しかけてくる。


『彼は、私に好きなものを好きなだけ買えって言っていたから。

 好きなものを好きなだけ、買う事にするワ』


『あとで、記録用の魔道具に借金の内容を残してくださいね』


『モチロンヨ』と言ったセリアさんの笑顔はとても黒かった。


「今から出かけル?」


セリアさんがマリアさんに聞き、マリアさんは頷いたが

僕がそれを、止める。


「駄目ですよ」


「どうして?」


「マリアさんは、2日間は外出禁止です」


「あー……。調子悪そうだしネ。

 目の下のクマも酷いワ」


セリアさんの言葉に、マリアさんが恥ずかしそうに顔を伏せた。

もう少し、言葉を選んだほうがいいと思う。


「とりあえず……。2日後、ここに迎えに来ます。

 変装して出かけることになりそうですので

 直接、部屋に転移すると思いますが。転移する前に連絡は入れますね」


「はい……すみません……」


「いえ。セリアさんの我儘がほとんどなので

 謝らないでください」


「幽霊だって、お買い物がしたいときもあるのヨ」


セリアさんに視線を向けてから、マリアさんと視線を合わせると

マリアさんは、楽しそうに目を細めた。


「しっかり寝て、しっかり食べてください。

 セリアさんは、幽霊なので疲れませんから。

 幽霊なのに、迷子にはなるんですけどね」


「うるさいワ」


セリアさんが拗ねたように、僕に言い返す。

そんな僕達を見て、オウルさんとマリアさんが柔らかく笑った。


オウルさんが、マリアさんに休むように声をかけ

マリアさんが、僕とセリアさんに挨拶をして退室したあと……。


セリアさんがじっと、オウルさんを見ていた。


「私に言いたいことはないノ?」


「え?」


オウルさんが、不思議そうにセリアさんを見ている。


「私はサクラを殺してもいいと考えていたワ」


セリアさんの言葉でその事を思い出したのか、オウルさんは苦く笑った。


「マリアは、その時のやり取りを知りません。

 知っていたとしても、同じことを言ったと思いますが。

 あの時の、貴方の言葉はすべて正しかった。

 だから、私はとくに気にしてはいません。

 私も、セツナ君に失礼なことをたくさん告げましたから」


「そう」


セリアさんは僕とずっと一緒に居た。

だから、サクラさんの動機をすべて知っている。

サクラさんの行動が……自分と同じものだという事を知って

彼女なりに、何か思う事があったのかもしれない。


セリアさんも、自分の愛する人の為に

僕の体を乗っ取るつもりだったから。


僕達はオウルさんに、挨拶をしてアギトさんの家へと戻る。

アルトはまだ戻っていなかったけど、アギトさん達は全員そろっていた。

色々と書類を纏めていたようだ。今は休憩中らしい。


状況も落ち着いたし、最近考えていた事を話そうと思い

アギトさん達が寛いでいる場所へと姿を見せ、考えていた事を告げると

サーラさんが泣き出した……。


僕はそろそろ、カイルにもらった家に引っ越そうと思いますと言っただけなのに……。

サーラさんが泣く理由がわからず首をかしげていると

アギトさんが、僕を見て苦笑していたのだった。




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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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