『 僕とアルトの親代わり : 後編 』
魔道具に関しては、とりあえず
あとで話しあいましょうと告げてから
話を元へと戻した。
リペイドのギルドでのやり取りを簡単に話していく。
「実際、僕が時の魔法を使った数日後には
ギルドが僕を確保する為に、ハルマンさんとナンシーさんが
僕に会いに来ました。僕が白を切ると、僕に対する
脅しととれるような交渉をされましたしね」
眉間にしわを寄せて
苦虫をかみつぶしたかのような表情を黒達が見せる。
「もう終わった事ですから
気になさらないでください。謝罪をしてくださいましたし
条件の提示も悪いものではありませんでした」
「……そうか」
「はい。本人の意思を尊重せよという信条があるギルドですら
切羽詰まれば、そういう態度にでてくるわけですから
王政ともなると、強引な手を使ってくることは想像に難くない。
僕はともかく、アルトが狙われることは絶対に避けたい事ですから
極力目立たないように、対策をとってきたんですが……」
肩の力を抜くように、フッと息を吐く。
「黒の影響力というのを甘く見ていました」
「……」
「僕は、ハルでもリペイドと同じように
それなりに目立たないように、行動する予定でいましたし
ギルドとも必要最低限関わらないようにするつもりでいました」
「……」
「ギルドと必要最低限関わらないようにするという計画は
ハルの結界を超えた時には、破たんしていましたけど」
「なぜじゃ」
「カイルが僕に、ギルドと関わるように伝言を残していたからです」
リオウさんへの伝言は、リオウさん達が心配だったのもあるし
僕とリオウさん達が、出会えるようにと考えてもいたのだと思う。
きっと、カイルはリオウさんではなく
サクラさんと僕を、出会わせたかったのだと気がついたのは
サクラさんからカイルとの約束を聞いた時だった。
『今の時使いが、ぽっくり逝って
二進も三進も行かなくなった時は、俺が助けてやる』と
だから、カイルはその約束を守るために命を懸けて僕を助けたのだと
私が、時使いとして生まれてこれなかった為に
カイルが犠牲になったのだと告げた。
サクラさんのせいではない事は、僕が一番知っている。
二進も三進もいかなくなった時は
カイルは自分で魔法を使うつもりだったろうから。
それだけ、カイルはサクラさん達を大切に想っていた。
影から、ギルドを支えていたんだろう。
花井さんの子孫を……。
この世界で、僕達の世界の血を引き継ぐ唯一の一族を
見守り続けていたんだ。できるなら、僕にも見守ってほしいと。
遠まわしに、願っていたのかもしれない。
「それでも、ここまで注目されるとは思っていなかったんです。
アギトさんと一緒にギルドに入った瞬間、後悔しました」
「それは酷くないか?」
「冗談です」
「本当か?」
肩をすくめるアギトさんと僕を見て、サーラさんがクスクスと笑った。
「ハルに来て、目立たないように動いてきたことが
裏目に出てしまったんです」
「……」
「僕の詳しい情報は、ギルドからは流れない。
時使いとして、ギルドの仕事を手伝う事になった時
僕の情報の隠ぺいを、条件に入れてもらっています。
だから、余計に僕の噂は胡散臭いものが多いのでしょう」
「時使いだと知れたら、面倒事が増えるわけ」
辟易したように、サフィールさんがため息とともに吐き出す。
きっと、サフィールさんも闇使いだということで
面倒に巻き込まれたのかもしれない。
「僕が魔導師であり、風使いだとは知られていますが
時使いであることはもちろん、剣を使えることも知られてはいません。
普通、風使いはチームの生命線であり戦闘に参加することは
あまりないでしょう?」
サーラさんが頷く。
「風使いであることに、何か問題があるの?」
「あるといえば、あるのかもしれません」
「どういう意味?」
「一般的に、風使いは戦闘魔法より回復魔法の腕を磨くのでしょう?」
「そうね」
「それが常識だとすると。
暁の風は、戦闘に関してはアルトの腕が頼りという事になります」
黒達の顔付が、ガラリと変わる。
「風使いであり、リーダーである僕。獣人の子供であるアルト。
それに加えて、実績がない。見た目が冒険者には見えない。
そして……僕の年齢が若いという事も付け足すと
贔屓目に見ても、まともに戦えるとは思えないのでしょう」
「お前は、一種使い程度の魔力しか感知させていないしな」
サフィールさんに頷きながら、お酒を口に含み飲み込む。
「冒険者から見れば、悪い噂しかなかった
2人しかいない新規のチームが、黒のチームとばかり
同盟を組み、気にかけてもらっている。
他の冒険者からしてみれば、面白くないんでしょうね」
最近の噂は、僕の事にかんしての噂が溢れている。
まだそれほど、大きな声ではないけれど表面に出てくるのは
時間の問題だといえる。
「黒との同盟は、何処のチームも喉から手が出るほど
手に入れたいものでしょうし、黒との繋がりを持ちたいと
切望している冒険者も多いでしょう。ギルド最強と呼ばれる
黒に近づくのを目標に、冒険者になった人も居るでしょうから」
「私達のせいか……」
アギトさんが、手のひらを目元に当てため息を落とす。
僕が伝えたいことを、理解してくれたらしい。
「君に、活動を休止させることを選ばせているのは
私達のせいなんだな」
奥歯をぐっとかみしめ、アギトさんが唸るように声を出す。
「アギトさん達が悪いわけではないでしょう?
僕が悪いわけでもない。どこのチームと同盟を組もうが
どう付き合って行こうが、チームの自由で個人の自由です」
自由だけど、実際の所はそう自由とは言い切れない。
もう少し早く気がつければ、対策のしようもあったのかもしれないけれど
ハルに着いてから、立て続けに問題が起こり
ホッと息を付けたのは、最近になってからだった。
冒険者にとって、黒がどういった存在なのかを正確に把握していなかった。
気がつく機会は、あったはずなのに……。
「だが、私達はもう少し自分達の影響力を考えるべきだった。
月光は、今まで同盟を組んでこなかったしサフィール達も基本
自分達が育てたメンバーのチームとしか、同盟を組んでいないはずだ。
何の関わりもないチームと同盟を組んだことがあるにしろ……」
「……ある程度、有名になったチームだった」
アギトさんの言葉の続きを、エレノアさんが告げた。
それぞれが、深く溜息を落とし僕に謝ってくれる。
もう少し配慮するべきだったと。浮かれていたのだと。
「私達もまだまだ未熟だな……」
「僕達が同等と思っていても、有象無象のやからには
理解できる頭がないことを、すっかり忘れていたわけ」
サフィールさんの発言に、黒達は苦笑し
アラディスさんは、微妙に笑い
その他の人達は、サフィールさんを凝視していた。
「なんなわけ?」
その視線に、何かあるのかと目を細めながら周りを見る。
各々が首を振り、サフィールさんの機嫌が下降し始める前に
アラディスさんが、皆が驚いた理由を笑いながら告げた。
「サフィールが、セツナを認める発言をした事が意外だったんだよ」
「ふん。くだらないわけ」
「冒険者として、強さを求めるからには
自分の目でみてみないと、納得できないというのはあると思うよ。
見た事で、落胆することもあるだろうけどね……ハハハハ」
アラディスさんの目が、どこか遠くを見ているのを
エレノアさんが、慰めるように肩を叩いていた。
過去に何かあったんだろうか?
「クリスはともかく、アルヴァンも納得はできていないだろう?」
「……」
アルヴァンさんは、口を開くことはなかったが
答えない事が、答えとなっていた。
「酒肴の若い子達も、半信半疑でいるようだしね。
まぁ、アギトが小物扱いしていたから口に出すのはやめたようだけど」
クククと声を抑えて口角をあげながら、アギトさんが笑う。
「身近にいても、納得できずにいるんだ
噂だけしか聞いたことのない人間には、到底理解できないだろうね」
「黒が、力のない奴と同盟を組む事なんてないだろ?
頭の中が、スカスカじゃないのなら想像できるわけ」
「話を聞くのと、見るのとでは全く違うからね。
黒はほら、アギトとサフィールがやりあうから
それを止めるために、エレノアとバルタスが戦闘に加わって
力を見せつけていたから。黒と同等の実力がないと
同じ舞台には立てないと、はっきりと思い知らされる」
「お前は、止めることができるのに
止めに入ったことは一度もないわけ」
「エレノアが殺されそうになっていたら
迷わず入るけど、アギトとサフィールが死にかけても
私は別に困らないからな」
「アラディスちゃん! 酷い!」
サーラさんからの抗議に、アラディスさんが肩をすくめるが
悪いとは思っていないのは見て取れる。
「誰が見ても、強いと感じさせる黒は
冒険者にとっても、市民にとってもそれだけ特別な存在なんだ。
その特別な存在の黒全員に、構われているのを見れば
面白くないという人間がでてきても、不思議ではないよ」
「くだらない。本当に、くだらないわけ」
「黒に憧れる感情は、サフィールも覚えがあるだろう?」
「ある。その強さに嫉妬して、たどり着けない事に絶望して
羨んだことも、妬んだこともある。
何度挫折しそうになったかはわからない。
それでも僕は、そんな矮小な考え方をした事はないわけ」
「大体の人間は、たどり着けない事に絶望して
楽な方へと逃げてしまうんだよ。
自分では、叶えることができないからこそ
そこにたどり着いた黒に、焦がれるほどの羨望を向けるんだ」
黒というのは、英雄に近いのだと思う。
アラディスさんが話しているように
自分では倒すことのできない敵を、鮮やかに倒し
街と人を守る身近な存在なんだろう。
その強さを見て、憧れ尊敬し羨望のまなざしを向け
そして、その強さに魅せられた人が冒険者になりその中の一握りが
また黒となって、強さを受け継いでいく。
もちろん、黒がもつことのできる権力に魅せられる人も居るだろうし
金銭に心を奪われる人も居る。その目的は様々だけど
目指す目標は、唯一つ黒という最強。
そんな英雄達の中に、うまく入り込んだと思われているんだろう。
同盟を要請したのに断られたという、失望と苛立ち。
黒から気にかけてもらっているという、羨みと嫉妬。
自分達よりも弱い人間がなぜという、矜持と不満。
そして、それは僕に対する怒りとなっている。
僕がそれなりの実力を示せば、解決することだとは思う。
簡単にいってしまえば、不満を抱いている冒険者の
矜持を砕けばいいことだ。
黒の隣に並ぶほどの、力があると知れば消えていく類のものだろう。
売られた喧嘩を、全て買って一つ一つつぶしていく事も考えたけれど
僕に勝てないと知った時、その恨みがアルトへと向かう事が予想される。
アルトが知ることなく、全てを潰そうと思えば潰せるが……。
将来、アルトが僕から離れそのようなことがあったのだと知れば
きっと、アルトは気に病むに違いない。
そんなくだらないことを、気に病んでほしくはないし
巻き戻すことのできない時間に、心を傷つけてほしくはない。
僕に対する負い目は、少なければ少ないほうがいい。
いつか僕が居なくなったとしても
僕との思い出がアルトを傷つけることがないように。
傷つく可能性があるのなら、やらないほうがいい。
今でさえ、僕に守られているという事に罪悪感を抱いているし
弱い自分を、嘆いているから……。
アルトがもう少し、守られている事を許容できる性格であれば
迷わず実行したんだけどなぁ。
そんな負けず嫌いの性格も。
僕を守るんだと、努力している姿も好ましく思えるけれど。
黒を目指し、その為に惜しみない努力をしているアルトだから
冒険者としてアルトにも関係しそうな出来事は
できる限り隠すことはしたくない。知っているのと知らないとでは
悪意ある伝え方をされたときに、受けるダメージが変わってくるものだから。
今の所、アルトには優しい視線のほうが多いように感じる。
奴隷だったという噂も、自分で選択することができなかった結果
僕と一緒にいると思われているし、サフィールさんが子供にも容赦なく
罰則を科したことも、それをギルドが認めたことも
アルトに悪意を向けられる歯止めとなっている。
酒肴のお店で、アルトが一人で食事に行き
その際、バルタスさん達がアルトに構っている姿も目撃され
エレノアさん達と、武器屋に行く姿も見られている。
そして、月光がアルトを大切にしていることも知られている。
アルトに手を出せば、黒とギルドを敵に回すと宣伝しているようなものだ。
アルトを奴隷商人から守るために、黒達が考えてくれた結果だろう
それが、不満を募らせる冒険者からも守ってくれているのだから
有難いと思う。
アルトに何かを言えば、黒達に伝わると考えれば
余計な事を吹き込むこともないだろうし……。
その分、僕に対する不満は溜まっていく一方だけど
僕に敵意が向く分には、痛くもかゆくもないからこのままでいい。
僕の噂が、虎の威を借る狐ではなく黒の威を借る腰抜けとか
アルトの腰ぎんちゃくとか、酷いことになっているけれど。
この噂が、リペイドやサガーナには届かなければいいなと
小さく溜息を吐いたのは秘密だ。
浅はかな冒険者が、アルトに手を出さない事を祈るのみ。
「注目を浴びすぎてしまったというのも
活動を休止しようかと思った理由でもあるんですが
一番の要因は、アルトをこのまま学校へ通わせようかと思ったんです」
サフィールさんとアラディスさんの会話が落ち着いたところを
見計らって、話を元へと戻すために口を開く。
「明日が待ち遠しいと。学校へ行くのが楽しいと。
毎日、目を輝かせて生きているアルトを見ていると
冒険者の道へ、戻さなくてもいいんじゃないかと」
黙ったまま、だれも何も言わない。
「長い人生の中で、一瞬で駆け抜けてしまえる
子供の時代は、これからの未来を支えるための時間だと
僕は考えています。今この時間が、過去を乗り越える力に。
青年になっても、子供時代の苦しい経験が、優しい時間が
苦難や困難に立ち向かえる勇気になって、生きていく為の
糧として、アルトの心の支えになるような自信につながるような
子供時代にしてあげたい」
「……」
「ハルで依頼をしながら、暫く滞在するといえば
反対することはないと思います。旅をしている時よりも
依頼を受ける回数はぐっと減ると思いますが
別に全く受けなくなっても構わないと僕は思っています。
アルトが、子供らしい生活を享受できるのなら
アルトの心を癒すのに、糧を増やすのに
一番最適な環境なんじゃないかと。
それが、親代わりをしている僕の役割なんじゃないかと思ったんです」
「セツナよー……」
「旅に出るのなら、黒との噂もさほど気にしなくてもいいかと思いました。
ハルを離れれば、勝手に下火になっていくでしょうから。
ハルは冒険者の国で、ギルド本部がある。
黒の動向は誰もが気になるところでしょうし
黒に会えるかもしれないと、ハルに来る人も居るでしょう?」
「そうじゃな」
「ハルで暮らすのならば、アルトに矛先が向かないとも限らない。
心を癒すために滞在しているのに、余計な傷をつける可能性は
極力排除したい。だから、僕は活動を休止しようと考えました。
幸いなことに、依頼を受けなくても暮らすだけの蓄えもありますし」
「セツナの目的はどうなる。
世界を見るのが、君の願いだろう」
アギトさんの言葉に、頷く。
「多少、情勢は変わるかもしれませんが
それだけの事です。数年後に、再開すればいいだけです」
「そうか」
「はい」
「……セツナが、活動を休止する理由は理解したが
具体的にはどうするつもりだ?」
「今の所まだ、不満が表に出ているわけではないので
これ以上、刺激しなければ大きくなることはないような気がします。
とりあえず、ウィルキスの終わりまでは様子を見て
それから、本格的に考えようかと思っていました。
活動を休止するのは、セリアさんを送り届けてからになりますね」
「……ふむ」
「もう、セツナが黒になってしまえばいいわけ。
僕が推薦してやるわけ」
サフィールさんの提案に、エレノアさんがすぐに否と告げる。
「……いや、それは駄目だ。
火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。
今すぐ、白になっても黒になっても私達が手をまわしたとしか
思われないだろう」
「そうじゃの」
エレノアさんの言い分に、バルタスさんが頷き同意する。
「さっさと、黒になっておけばよかったわけ」と呟くサフィールさんに
サーラさんが「セツナ君を、困らせてはだめ」と言ってくれていた。
セリアさんを送り、ハルへと戻ってからの対策は考えているのかと
問われたため、状況を見て考えるつもりでいると伝える。
「……最悪を想定した場合、セツナはどう動くつもりだ?」
「そうですね……。
多分引きこもると思います。怪我でもした事にして
外出しないようにします」
「アルトはどうするわけ?」
「どうもしないかな?」
「依頼はどうするわけ?」
「ハル周辺の依頼なら
アルト1人で、十分戦えます」
「1人で、依頼をさせるわけ!?」
「ええ。アルトは青のランクの持ち主ですよ。
ハル周辺の魔物は、苦労せずに倒せるでしょう」
「……奴隷商人に狙われる可能性があるだろう?」
「確かにそうですが、1人で依頼をこなすことも
大切なことだと思います」
「何かあってからでは、遅いじゃろ……」
「大丈夫です」
「その自信は、どこからくるわけ?」
「アルトがどこに居ようと
僕は、アルトを守りきる自信があります。
物理的に、アルトを傷つけさせるようなことは
絶対に許さない」
僕の発言に、全員が僕を見て息をつめた。
「セツナが家に居て、アルトが結界を超えているのに
助けることができるというのか?」
アギトさんの目を見ながら、はっきりと頷く。
「話してはいませんが、アルトの持ち物には
アルトを守るための魔法がかけてありますし
アルトがどこに居ても、その居場所が
僕にわかるようになっている。
一瞬で、アルトの元へ行けますし
アルトが、僕の元へと転移することも可能です。
必要ならば、アルトが家を出て帰って来るまでに
出会った人、その時の会話の全てを知ることもできる。
それだけのものを、僕はアルトに装備させています。
万が一、アルトが危機的状況に陥り
僕がすぐに駆けつけることができない場合
意識の有無を問わず、相手を無効化させる魔法と
アルトに危害が加えられないように
自動的に、結界が展開されるようにもしてある」
「ありえないわけ……」
「用心することに、越したことはないが
そこまで、金をかけているとはおもわなんだ」
「人間がひしめき合う場所に、獣人族の子供を
無対策で、歩かせるわけがないじゃないですか」
3番隊のクローディオさんが「村にいるより、安全そうだ」と
ボソ、とつぶやき、唖然とした視線を向けていたメディルさんが
「歩く魔道具ね」と言って首を横に振っていた。
「……門限も決めずに、自由に行動させているわけだ」
「食事の時間までには、戻るようには話していますよ」
「……誰の食事の時間かは、決めていないようだが?」
「抜け道だらけなわけ」
サフィールさんの言い方に、思わず笑う。
「アルトの行動の制限は、あまりしたくありませんから。
自由に飛び回って、興味のあるものを沢山見つければいいと思います」
「門限ぐらいは決めたらいいのに」
サーラさんが、遅くなると心配だわと声にだした。
「今の所、孤児院の門限がアルトの門限になっているようなものなので
このままで十分だとおもいます。遅くなったとしても
何かしらの理由ができた時だと思いますしね」
「魔道具が奪われる危険性はないのか?」
「僕しか外せないものもありますし
僕とアルトにしか、外せないものもあります。
他人が無理に奪い取ろうとした場合、腕が折れます。
粉々に」
「容赦ないわけ」
「子供に危害を加える輩に、容赦なんていらないでしょう?」
「……」
「アルトの身を守るためにも、他言無用でお願いします。
それと、アルトにも秘密でお願いします。
守られてるとわかると、嫌そうな顔をしますから」
小さくサーラさんが笑い、他のメンバーも口元を緩めている。
「物理的に狙われるなら、僕が守って見せます。
だけど、心だけはアルト自身が守るしかない……。
僕は、アルトの心を傷つけられるのが一番怖いんです」
「……だから、アルトに危害が行かないように
自分は引きこもるというのか」
「元々、僕はあまり外出しませんし
今の生活とさほど変わらないと思うんですけどね」
「外出できるのにしないのと
外出できないのとでは、全く違うじゃろ」
「自由に買い物に行ったりもできないわけ。
まぁ、ハルに居るのなら僕が出かけるついでに
買ってきてやってもいい。ここに戻って来るというのなら
僕も、図書室にこもれるわけ」
「……」
「確かに、月光も春先から活動を休止するから
セツナが居れば、退屈することはないだろうな」
2人とも、ここに居座る気満々だ……。
邂逅の調べの活動はどうするんだろうか。
「それに、外出したくなれば
全て忘れる魔道具を、持っていけばいいだけの事です」
「全て忘れる?」
サーラさんが、なぜか不安げに呟く。
「リペイドで使っていたという魔道具か?」
「いえ、あれは関心を持たれてしまうと
効果がなくなりますから、それよりももっと上の魔道具を使います」
「……それには、どんな効果がついてるんだ?」
「完全に僕の存在を消すことができます」
「存在を消す?」
アギトさんが、どこか不機嫌を匂わせるような声をだし問い返す。
「はい。例えば、僕から話しかけない限り誰も僕を認識できません。
話しかけたり、買い物をしている時は、僕を認識していますが
話し終わったり、買い物が終わると、僕の容姿も声も話した内容も忘れます。
何かきっかけがあれば、思い出しますが。
思い出したとしても、意識がそれるとまた忘れてしまう。
それを持って……」
出かければいいと、告げる前にアギトさんが
乱暴に、グラスを机の上に置いた。
「そのような魔道具を、使う事は許さない!」
怒りを抑えるような低い声で、真直ぐに僕を見て許さないと告げるアギトさん。
アギトさんがどうして、いきなり怒り出したのか理解ができない。
「とても便利な……」
魔道具なんですがという前に、今度はサフィールさんが言葉をかぶせる。
「僕も許可しないわけ」
怒っているのは、アギトさんだけではなくサフィールさんも
そして、バルタスさんもエレノアさんも同様に厳しい視線を僕に向けている。
理由がわからず、戸惑い
サーラさんを見ると、サーラさんの目からハラリと涙が零れ落ちた。
「ど、うして?」
今の会話で、どうしてサーラさんが涙を落とす必要があるんだろう。
「わからないか?」
考えてみるが、悲しむ理由も怒る理由も思い当たらない。
「本当に、わからないのか?」
アギトさんが、拳を握り唸るようにもう一度同じ言葉を口にする。
わかりませんと、答えようとした瞬間
「セツナ」と隣りから僕を呼ぶ声がした。
その声に、どこか安堵しながら隣を見ると
セリアさんが、困ったような表情を浮かべながら僕と視線を合わせた。
セリアさんが、そっと手を伸ばして
両手で僕の頬を挟む。感覚はないけれど。
「セツナ。誰にも認識されない。
誰も覚えることができない。誰からも忘れ去られてしまう。
それは、セツナという人間を消してしまうのと同じことだワ。
生きているのに、死んでいるのと同じダワ」
「……」
「それは、とても悲しいことだわ。
簡単に、実行していいことではないし
簡単に、口にしてもいけないワ。
使い方によっては、とても便利な魔道具だとは思うけど
私も、今回使うのは賛成できない」
「僕の存在なんて、どうだっていいことでしょう?」
思わず本音が出た瞬間、僕の胸ぐらをアギトさんに掴まれ持ち上げられていた。
「アギトちゃん!」
「本気で言っているのか! 本気で!!」
「アギトちゃん、やめて!!」
サーラさんが立ち上がり、アギトさんから僕を引き離そうと
アギトさんの腕をつかむが、アギトさんはサーラさんに視線を向けることはせず
僕だけを、射るように見ている。その目に浮かび上がっているのは本当の怒り。
「っ……」
バチっとした音がした瞬間、アギトさんの手が離れ
少し浮いていた体が、椅子へと戻る。
「セツナに手を出すのは、許さないワ」
どうやら、セリアさんがアギトさんに何かしたようだ。
無表情で、セリアさんはアギトさんを見つめ
アギトさんは、感情を鎮めるようにため息を吐き腰を下ろした。
何が、アギトさんの怒りに触れたのかわからない。
外出先だけの話だ。家にいる時に、その魔道具を使うわけではないのに。
僕が、他人の存在をどうでもいいと思っているように
僕の存在も、他人にとってはどうでもいいものだと思うのだが
それを口にするのは、やめておいた。
黙り込んでいる僕の手の上に、セリアさんが自分の手を重ねながら
「セツナ。人間は、自分以外の誰かに認識されて生きていくものダワ。
独りでは、生きてはいけないノヨ。独りになっては駄目だワ。
セツナはここに居るの。生きることを否定しては駄目なのヨ」
「……」
「それが、アルトの為になるのだとしても
セツナが、自分の存在を消していい理由にはならないノ」
「はい。申し訳ありません」
「セツナ……」
僕の名前を呼ぶセリアさんの声は、悲しみに濡れていた。
本当の意味で僕が、理解できていない事に全員が気がついているはずだ。
「おま……」
「……アギト!」
アギトさんが、僕に何かを告げる前に
エレノアさんが、鋭くアギトさんの名前を呼んだ。
アギトさんは一度、拳を強く握り歯を食いしばったあと
少しかすれた声を出した。
「私はもう寝る」
その一言を残して、アギトさんは部屋を出ていく。
アギトさんに続くように、サーラさんも席を立ち
「おやすみなさい」と声をかけてから、アギトさんのあとを追いかけていた。
静まり返った部屋の中で、バルタスさんが静かな声で僕を呼んだ。
「セツナよ」
「はい」
「わし達はその案に賛成できん」
「はい」
「今回の事は、わし達が原因なのだから
お前さん1人で、背負う事はない。
わしらにも、その荷物をわけんか?」
「……」
「わし達も、どう動けばいいのか考える。
お前さんだけで、考える必要はないのじゃから。
有難いことに、時間はありそうじゃからな」
「はい。わかりました」
「お前が、その魔道具を使うというのなら
お前が、魔道具を使う前に僕が闇の魔法で
冒険者の記憶を書き換えてやるわけ」
「……サフィール」
サフィールさんの告げた魔法は、使う事を禁止されている魔法だ。
「大丈夫なわけ、僕が頼まなくても
今の話を、フィーに告げれば嬉々として魔法を使うと思うわけ。
きっと、魔法を使われた事も気がつかない」
「それは……」
「フィーに、魔法を使わせたくないと思ってくれるなら
その魔道具は、使ってくれるな」
どうしてそこまでと、思わなくもない。
だけど、サフィールさんの目が本気だと語っているから
僕の選択肢は、使わないことを選ぶしかない。
フィーに、そんな魔法を使わせたくはないから。
「使わないと約束します」
「その言葉を、絶対に忘れてはいけないわけ」
念押しするように、確認してから
サフィールさんは、本を持って2階へと上がって行った。
エレノアさんも立ち上がり「お休み」と告げたあと
僕の肩を2回ほど叩いて、部屋を出ていく。
3番隊の人達が、何かを言いたそうに僕を見ていたけれど
何も言わず、後片付けを始めてくれていた。
クリスさんは、エリオさんとビートを蹴飛ばし起こしている。
1番隊の人とニールさんは、酒肴の若い人達を
起こしてまわっているようだ。クラールさん達は転がった空き瓶を集め
一か所へと纏めて回っていた。
僕も、片づけを手伝おうと手を出すが
「セツナよ、ここはわしらが片付ける。お前さんはもう寝ろ」と言われ
部屋を追い出される形で、自分の部屋へと戻ったのだった。
セリアさんは「おやすみなさい。また明日ネ」と言って
指輪の中へと消えていく。「おやすみなさい」と返事をして
僕も、ベッドに入るとすぐに引きずり込まれるように眠ったのだった。
次の朝、訓練を終えるとアギトさんが僕の傍へと来て
「魔道具を使うなよ」と釘をさし「使いません」と答えると
苦く笑いながら、頷き僕の肩を軽く叩き「魔王に挑戦するか」と
気合をいれ、歩いていった。
肩を軽く叩かれただけなのに……。
言葉にされるよりも、雄弁に気持ちを込められたような気がした。
それが……重いと感じてしまう僕は……。