『 魔王の賞品 : 後編 』
* フリード視点。
「胸だ!」
「尻だ!」
「お前は、何もわかってない!
女の体の価値は胸だ! その胸の谷間に埋めることができるほどの
胸の持ち主と……」
「胸ってのは、賛成だが
俺は、自分の掌から少し溢れるぐらいの大きさが……」
「何を言うか! 尻だろ!
むっちりとした、触り心地のいい尻こそが……」
「えー、俺は胸がないほうが好みだけどなー」
「貧乳とかありえねぇだろ!」
「はぁ!? お前何いってんの?」
己の、性癖の暴露ともいえる下品な会話が部屋の中を飛び交っている。
女共に聞かれたら、暫くは冷たい目で見られることは確実だろう。
議論は、終わることなく白熱していき
そんな様子を、俺は口を出さずに眺めていた。
なぜならば、俺は女のうなじに色気を感じるからだ。
胸とか、尻の前にうなじだろ! と言いたいが
俺の意見は求められていないだろうから黙っておく。
だいたい、なぜこんなことになっているのかと言えば
メルルとのジャンケンで勝った、ダウロにメルルがこう聞いたからだ。
『ダウロ、上と下どちらを先に脱いだらいい?』
そこから、上を脱がすべきだ派と下を脱がすべきだ派の
どうでもいい、熱い戦いが繰り広げられることになった。
ちなみに、エプロンは、最後まで脱ぎたくないらしい。
『ダウロー? どうするの?』
メルルがもじもじと、体を揺らしながら
ダウロに、早く決めろと視線で促す。
「ダウロ! 剥ぐのは上からだ!」
「ダウロ! お前ならわかってるよな? 下だ下!!」
メルルの問いかけに、それぞれが反応して
口々に、叫んでいる男共の言葉に返事をせず
ダウロは、眉間にしわを寄せながらメルルを眺めていた。
ダウロの眉間のしわが増えていくのを見て、笑いそうになるのを
ぐっとこらえ、このままではらちが明かないだろうからと解決案を投げる。
「もう、多数決でいいんじゃないんで?」
俺の提案に、このまま話し合っても平行線をたどるだけだと
気がついた奴らが、頷いていく。4番隊のカルロが決をとるために立ち上がり
胸派と尻派の人数を、数えていっていた。
「おい、エリオ。お前はどっちにするんだ?」
カルロが、エリオに声をかけるがエリオは返事をしない。
「あー。寝てやがるのか……」
エリオは器用に、座りながら爆睡していた。
「朝から、あれだけ動きゃ疲れるわな」
そう言って、カルロは苦笑してエリオから視線を外す。
俺は、うなじ派だが胸か尻かの二択なら胸なので胸派に手をあげておいた。
多数決の結果、上から脱いでもらう事になったが
メリルが、上の下着を脱ぎ現れた瞬間
全員の視線が、エプロンから除く白い肌に釘づけになったのは
言うまでもなく、誰かの息をのむ音と生唾の飲む音そして
床に転がり、がーがーと平和そうに眠るエリオのいびきが耳に届いた。
『ダウロ……。じゃぁ次いくよ?』
メルルの声で、意識がメルルからダウロへと移行する。
ダウロの視線も、メルルの胸元へ縫い付けられていたようだ。
この魔道具の凄いところは、作り物の女とは絶対思えないところだろう。
表情も、声も、そして体も……。
どう見ても、人間の女にしか見えない。
「まだやるのか?」
『やるよ? だって、勝負はまだ終わってないよー?』
メルルの言葉で、ダウロがため息をつきながらも勝負を続け……。
そして……、ダウロは上半身裸。メルルはエプロンを残すのみとなった勝負で
ダウロが勝利したが、ダウロはメルルのエプロンを剥ぐことができずに
顔に苦悶の表情を浮かべていた。それとは対照的に、メルルは恥ずかしそうに
目に涙を浮かべて、ダウロの言葉を待っている。
外野は、口々にダウロに早くエプロンを取り去れと叫んでいるが
俺はと言えば……その空気の中に入ることはしなかった。
簡単に言えば、冷静になったのだ。
途中までは、他の奴らと同じように楽しんでいたし
悪魔の魔道具から出てきた、メルルに魅了されていたと言える。
だが、メルルが上の下着を脱ぎしばらくたってから
視線を感じて、ふと庭の方へと視線を向けたのだ。
そこにいたのは、目を細めてメルルを見ていたセツナだった。
じっと、何かを探るようにメルルだけを見つめていた。
そして、二言三言何かを呟いた後視線を動かし
俺と目が合う。内心慌てながらセツナが帰ってきたことを
知らせようと口を開きかけるが、セツナが人差し指を口元に当て苦く笑ってから
スッと姿を消してしまい、どこに行ったのかと気配を探ると
セツナの部屋から気配を感じることができた。
転移で自分の部屋へと戻ったのだろう。
多分、俺達の邪魔をしない為に……。
他の奴らは、ダウロとメルルに集中していて気がつかなかったようだ。
魔力感知に長けている、エリオは爆睡している。
セツナが、止めなかったという事は
危険な魔道具ではなかったようだが
セツナが帰ってきたというのは
俺の頭を冷静にさせるには、十分な事だった。
なぜかこう……。セツナやアルトには自分の醜態を
見られたくないと言う気持ちがある。それは俺だけではなく
他の奴らもそうだろうと思う。アルトだけではなくセツナもまた
俺達にとっては、年下の存在になるからだ。
ギルドランクでも、その実力でも俺達はセツナに負けてはいるが
セツナはまだ18だ。成人してから2年しかたっていない。
この国では16で成人と言われていても
実際に大人と認められるのは20をこえてからになる。
16から20の間は、社会へ入るための準備期間。
まだまだ、周りの大人に甘えてもいい年齢で
なにか失敗しても、許される事の方が多いのだ。
年上としての矜持。
そういったものが、俺にもあるし他の奴らにもあると思う。
俺達の望みとしては、アルトに対しては頼れる兄のような存在。
そして、セツナに対しては誇れる先輩のような存在を目指している
が……アルトはともかくセツナは俺達よりも精神的なものが上のようで
成功しているとはいいがたいし、俺らの薄っぺらい見栄など
とうに剥がれ落ちているが、気にしたら負けだろう。
そのような理由から、セツナが帰ってきたと知れば
他の奴らも、ピタリと魔道具で遊ぶのをやめるだろうが
俺は、セツナが帰ってきたことを他の奴らに教えるつもりはなかった。
セツナの気配を感じ取ることができなかった奴らが未熟なのだ。
『ダウロー?』
メルルの呼びかけに、ダウロの肩が揺れる。
「メルル。ここで終わりにはできないのか?」
ダウロの言葉に、一斉に非難の声が飛ぶ。
『メルルの肌の上にある魔法陣を、触らないと終われないの……』
恥ずかしそうに、顔を伏せるメルル。
「……その魔法陣はどこにあるんだ?」
『胸の下あたり……だよ?』
「……」
メルルの言葉に、顔を赤くしながら、ダウロが脱力したように肩を落とす。
ダウロは多分、これだけの男がいる前でメルルのエプロンを
剥ぐのが嫌なんだろうと推測できる。
人間ではないとわかっていながらも、躊躇するのは
ダウロらしい。これが、カルロなら迷わず剥いでいただろう。
ダウロが一度、俯きそして諦めたようにメルルを見て
口を開きかけたその瞬間。
腹の底に響く低い声が部屋の中に響いた。
「お前らぁ! 全員歯を食いしばれぇ!!!!!!」
殺気を飛ばされ、庭に面した窓が叩きつけられるように
開けられた。その場にいる全員が、顔色を失くし固まることしかできない。
エリオは、突然の殺気に飛び起きてただ1人戦闘態勢をとっていたが
真面目な表情で周りを見渡し、そして状況が理解できたのか
一度ため息をついたあと、また床へと転がった。
そしてすぐに、寝息が聞こえる。
エリオは、メルルより睡眠をとったから自分には関係ないと割り切り
おやっさんの殺気を、無視することに決めたようだ。
この状況で、よく眠れるなとは思うが
訓練で魔力を使いすぎ、魔力を補充するために睡眠が必要なんだろう。
この家は、敵に攻撃されることもない安全な場所だとわかっているし
なぜか、気が緩んでしまうのだ。
いつもなら、のんびりと気が緩んでいるはずの部屋の中で
おやっさんの怒気を、ビリビリと体に感じながら
息を吸うのも苦しい殺気の中、おやっさんの後ろへと視線を向ける。
出かけた全員と剣と盾のメンバーが、窓の外で立っていた。
壁にかかっている時計を見ると、昼飯の時間になっている。
昼時になったから、帰ってきたんだろうが……。
その中に、サフィールさんだけいなかった。サフィールさんが居れば
おやっさんを止めてくれたかもしれないのになと、頭の片隅で考える。
あの人は、誰よりも魔力感知にたけているから。
メルルが人ではないと、誰よりも早く気がついてくれたかもしれない。
チラリと、黒達を見るが
その場をうごかないという事は、おやっさんを止める気はないのだろう。
靴を脱ぎ、部屋へと上がりドカドカと足音を立てながら
おやっさんは、真っ先にダウロへと向かいダウロを殴りつけるために
胸ぐらをつかみ上げ、拳を振り上げた。
ダウロは、殴られる覚悟を決めていたようで
歯を食いしばっているのが見えたが、殴られる様を見ていられなくて
思わず目を閉じた。
おやっさんが、ダウロを殴る音が響くと予想していたのだが
その音が、一向に聞こえてこない。
恐る恐る目を開くと、おやっさんとダウロの間に
セツナが立ち、片手でおやっさんの拳を止めていたのだった。
ダウロから、目を離したのはほんのわずかな時間だ。
そのわずかな時間で、セツナは自分の部屋からこの場へと来て
おやっさんの拳を止めたのか?
ダウロは、酷く驚いたような表情をしてセツナを凝視している。
その驚きは、俺と同じくセツナがこの場に居る事。
そして、おやっさんの拳を止めたことにあるのだろう。
俺達には、切れたおやっさんの拳を止めることなどできはしないから。
「セツナよ。邪魔をするな」
おやっさんが、ダウロを睨んだままセツナにそう告げる。
「まず、落ち着いてください」
「落ち着けるわけがないだろが!」
底冷えのする低い声を放ち、ダウロを睨み
そして、メルルを囲んでいた俺達に殺気交じりの視線を向けた。
腹に力を入れていないと、立っていることが難しい……。
ここまで切れた、おやっさんをみるのは本当に久しぶりだ。
おやっさんが、怒りを感じている理由がわかっているだけに
誰も声を出すことができないでいる。
おやっさんには、メルルが本物の人間に見えているのだろう。
魔道具だとわかっていても、俺も人間を相手にしているかのように
錯覚してしまいそうになるのだから。
それに、メルルが魔法で作られたものだとしても
欲望が暴走していた分、冷静にこの状況を見れば
罪悪感を覚えるのは、仕方がないのかもしれない。
はっきりいって、常識ではありえない光景と言えるだろうから
その非常識な光景に、胸を焼かれるほどの興奮を覚えたのも確かだ。
だから、尚更メルルが魔道具だと告げることを誰もが躊躇していたのだろう。
真実を話せばわかってもらえるだろうけど、それはどこか言い訳じみたものに
なるだろうし、自分の欲望をなかったことにして正当化したくないと
俺も含め、全員が考えていたのだと思う。
その覚悟を真っ先に決めたのは、多分ダウロで
そんなダウロを見て、他の奴らも殴られる覚悟を決めていたはずだ。
だから……おやっさんとセツナの会話に誰も口を挟むことはしなかった。
「お前さんには、この状態がみえんのか!」
おやっさんの、怒気を含んだ言葉に
セツナは、軽く周りを見渡すがその表情を変えることはしない。
怒り心頭のおやっさんと
いつも通りの、セツナ。そのセツナの態度が
おやっさんの怒りに、油を注いでいるようだ。
「腕を離さんか」
おやっさんの、地を這うような低い声。思わず体が震える。
それに対して、セツナは普段通りの声音で答える。
「ダウロさん達を、殴らないと約束してくださるなら離します」
「それはできんなぁ
お前さんは、この状況を見て何も思わんのか」
「この状況と言われても。
僕には、ただ遊戯を楽しんでいただけに思えますが」
何処か困惑したように、セツナがそう告げた。
セツナのこの言葉に、おやっさんが息をのみ
帰ってきたメンバー達の誰もが、信じられないといった様子で
セツナを見た。女達の表情は、ほとんどないに等しい。
「……女一人に、男共がよってたかって辱めている
この状況を……遊戯でかたづけるんかい……」
部屋の空気が、とてつもなく重くなっていく。
怒りの矛先が、セツナにも向いたことに焦り
魔道具だと、声を出そうとしたが
声を出すことができないほどの殺気に、耐えることしかできない。
他の黒も、おやっさんと同意見なんだろう。
苦笑をけし、厳しい表情でセツナを見つめていた。
「……」
セツナが黙って、何かを考えている。
多分ではあるが、今の状況とセツナが把握している状況とが
食い違っていたのかもしれない。
セツナは、黙ったまま黒達に視線を向け少し視線を移動させ
そして、俺へと視線を合わす。セツナが何を言いたいのかを理解した俺は
暑くもないのに、額から流れる汗を落としながら
セツナを真直ぐに見て、首を縦に振った。
『魔道具だと、話していないんですか?』多分こう問われたんだろう。
先に黒達に視線を向けたのは、サフィールさんを探していたのかもしれない。
セツナは、おやっさんの顔を見て「なるほど」と小さく呟き
そして、次ははっきりと聞こえる声音で言葉を落とす。
「誤解があるようです」
「離せ……。
子が間違ったことをした時に、怒るのが親だ」
「離せません」
おやっさんが、本気で力を入れていると思われるが
おやっさんの腕は、ピクリとも動くことはなかった。
目を見張るおやっさんを横目に、セツナはため息をつきながら
短い言葉を紡ぐ。
「マスター権限で保存を……」
セツナの言葉に、メルルが答える。
『了解しました。マスター権限によって保存します』
メルルが一度目を閉じ、開いたのを確認してから
セツナが続けて、命令を下した。
「終了」
『了解しました。終了いたします』
その言葉と同時に、メルルが消えメルルが居た場所には
魔道具が1つ落ちているだけだった。その魔道具をセツナが風の魔法で
手繰り寄せ、自分の掌の中へと落とす。
「あの女性は人間ではなく、魔法で作り出されたものです。
ジャックが作った魔道具ですよ」
「……」
一瞬の出来事に、遊んでいた者たち以外の誰もが
唖然とした表情を作っており、セツナの掌の中にある
魔道具に視線が集まっている。
「多分、ダウロさんが自分の魔道具と間違って
起動させてしまったんでしょう。危険性はないと判断して
ダウロさん達を止めることはしませんでした」
セツナのこの言葉に、俺以外の奴らが少し驚いている。
セツナがいつ帰ってきたのかも知らなかったはずだし
魔道具で遊んでいるのを、見られていたことにも
気がついていなかったはずだからな。
「本当の所は、遊ばずにそのままの状態で
置いてほしかったですが……」
セツナの言葉に、遊んでいた全員が視線を彷徨わせる。
そんな男共に、セツナは苦笑し言葉を続ける。
「悪気はなく、ジャックが残した魔道具で遊んでいただけなので……」
セツナはその後の言葉を、あえて口にしなかった。
おやっさんが、深く溜息を吐き体から力を抜く。
それを見て、セツナがおやっさんの腕を離す。
おやっさんの殺気が消えた瞬間、大きく息を吐き出して
額の汗をぬぐう。それは俺だけではなく、床に沈んでいた奴らも
大きく息を吐き出していた。そんな俺達を、おやっさんは視界に入れながら
苦虫をかみつぶしたような表情を作り、ぽつりとつぶやいた。
「わしは、あーいう魔道具はすかんなぁ」
「若者向けでは、あるかもしれませんね」
「……それは、わしが年寄りだという事か?」
「え?」
セツナは、おやっさんの言葉を適当に流した。
そんなセツナの態度を見て、おやっさんが苦笑し
ダウロへと視線を向けて「すまんかったな」と謝った。
ダウロは少し焦ったように、視線を彷徨わせ首を横に振る。
「傍から見れば、おやっさんが言っていたような
状況に見えることは、理解してる。だから、殴られてもいいかと思ったし」
ダウロの返事に、おやっさんは苦笑を深くして
ダウロの頭を、わしわしとかき混ぜた。
「やめろぉぉぉぉぉ!!
俺は、ガキじゃない!」
「ガキじゃろうが」
そういって、おやっさんが笑い
ダウロはおやっさんの手から逃げて、ブツブツと文句を言いながら
上の服を身に着け始める。
「お前らも悪かったな」
おやっさんの謝罪に、それぞれが首を横に振ったり
軽口を叩いたりして、おやっさんの気持ちを和らげる方向へと
持っていこうとしていた。
おやっさんが怒るのは、全て俺達の事を考えての事だと
全員がわかっている。たまに、おやっさんが早とちりすることもあるが
そんな時は、今回のようにすぐに俺達に頭を下げる。
何時も真剣に、俺達と向き合ってくれる
そんなおやっさんを、俺は信頼し尊敬している。
俺には、親がちゃんとハルにいるし親子の仲も悪くはない。
だが、酒肴のチームの奴らは殆どが親と縁の薄い奴らばかりだ。
おやっさんを本当の親と同じように、慕ってるやつがほとんどで
3番隊ですら、自分の親と同様だと言いきっている。
血のつながりはなくても、親のようだと思えるリーダーにあえて
よかったと、俺達はいつも心の片隅に感謝の気持ちを持っていた。
おやっさんが、落ち込んでいることに気がついたセツナも
ジャックが作る魔道具は、魔力感知が高くないと魔道具だと見破れないものが
あるので、気にしないほうがいいですよとおやっさんを慰めていた。
酒肴のチームの問題が解決したからか
窓の外に待機していた、黒達やメンバーが部屋へと戻って来る。
基本、チームの揉め事に他のチームが口を挟むことは殆どない。
今回のこの問題も、酒肴のメンバーとビートぐらいしか関わっていない事から
他の黒達は、黙って様子を見ているだけだった。
「……その魔道具は、結局はどういったものなんだ?」
エレノアさんが、ソファーへと座りながらセツナに問う。
エレノアさんに続いて、それぞれが思い思いの場所へと
腰を落ち着けていった。女共は、俺達に冷たい視線を向けたまま
調理場へと行き、買ってきた荷物の整理をしながら
飲み物を入れているようだ。
クリスさんは、ソファーへと向かう途中
わざとエリオを踏みつけていき、踏まれたエリオの「ぐえぇ」という声が響いたが
誰も気にするものは居なかった。
「簡単に言えば、女性と勝負をして
負けたほうが、服を脱いでいくという遊戯ですね」
「……それは、アルトの教育によくなさそうだな」
「そうですね、なのでアルトが転送魔法陣で
戻ってきた瞬間に、魔道具が強制終了するようには
しておきました」
どうせなら、おやっさん達が帰って来ても強制終了するように
してほしかったと心の中で呟く。周りの奴らの顔を見ても
俺と同じことを考えているに違いない。
「……なるほど。先ほど危険はないと言っていたが
本当に危険はないのか?」
「危険はないですよ。ただ、遊戯で使う以上の事をしたりすれば
それなりに……酷い状況にはなると思いますが」
「それは、どんな状況で?」
思わず、声が出てしまった。
「そうですね……例えば。
その魔道具の女性に、触れることができるんですが
触れることができるという事は、抱くこともできるんです」
セツナの言葉に、誰もが絶句する。
女達の視線が、ビシビシと冷気を纏ってこちらに飛んでくるが
気にしている奴はいない。
「できますが、やめておいた方がいいですね。
抱いたが最後、半年は女性を抱けなくなる魔法がかかりますから」
今度は違う意味で、男共が閉口する。
そんな魔法が掛かったら、発狂する自信があるぞ!
これが、それなりに酷い状況なら本当にひどい状況とは
何をさすんだろうか。聞いてみたい気もするが……そう考えた瞬間。
ぞわっとした、何かが背中をなでた気がして
腕が粟立っていた。これは、聞かないほうがいいという事だな。
自慢じゃないが、俺のこういう感覚は外れたことがない。
「それから、遊戯とはいえ
無理やり事に及んだ場合は、それ以上の魔法がかかります。
この辺りは、全く心配していませんけどね」
さらりと、爽やかな笑顔で言い切るセツナに
自分の自制心に、疑問を抱いている奴らがこっそりと溜息を落とした。
この辺りは、遊戯だと割り切れる奴らと、それが遊戯だとわかっていても
実行に移せない、ダウロのような奴らとで反応が綺麗に分かれていた。
「ジャックは、何を考えてそんなものを作ったんだ?」
アギトさんが、不思議そうに口にする。
「基本、ジャックが作成した魔道具は
悪戯目的に作られたものが多いと、考えたほうがいいかと。
彼は、悪戯好きですから……。軽い悪戯もあれば
えげつないと思われる悪戯もあるので
やはり、見つけたら使用しないほうがいいとは思います。
今回の魔道具は、軽いほうですけどね」
いや、どう考えても軽くないだろう!
えげつない悪戯って、どれだけえげつないんだ!?
セツナがじっと、手のひらの中にある魔道具を見つめて
「まぁ……。常識の範囲で遊ぶなら楽しめるんじゃないでしょうか」と告げ
その魔道具を、ダウロへと差し出す。
「え?」
「楽しんでいたみたいですから
これは、差し上げます」
「えー……でもなぁ」
「いりませんか?」
セツナの言葉に、男共が一斉にダウロを見て
魔道具をもらえと、目で訴えている。
「うーん、やっぱり魔法で作り出されたとはいえ
多人数のケダモノの前で、服を剥ぐのは抵抗が……」
おやっさんが、ダウロの言葉にうんうんと頷いている。
そんなおやっさんを見て、セツナが笑いながら言葉をつづけた。
「なるほど。なら、1人で使えばいいですよ。
その魔道具は、魔力の持ち主を判別して遊べるように
なっていますから、各個人によって最初の女性は変わりますから
それぞれが、楽しめる方法で遊んではどうでしょうか。
ただし、アルトの居るところでは使わないでくださいね」
「わかった。
本当にもらっていいのか? これ、相当貴重なものだろう?」
「そうですね。貴重かと言われれば貴重かもしれませんね。
魔道具に竜の血を組み込んで、作成されていますから。
多分、サフィールさんに見つかったら当分は返してもらえない
くらいには、貴重だと思います」
「竜の血を使い、遊ぶための魔道具を作るとか
ジャックの考える事は、わからんな」
おやっさんが、本当にわからないという表情で
首を横に振っていた。ダウロもそして俺達も、想像していた以上に
貴重な魔道具だと聞いて、本当に受け取っていいものか悩むが
セツナが、そんなダウロを見て苦笑してから手の中にある魔道具を
ダウロへとゆるく投げる。ダウロは慌てながらも落とすことはせずに
しっかりと受け取っていた。
「貴重な魔道具と言いますが、遊び道具ですよ」
セツナの言葉に、ダウロは悩むのをやめ
笑って、礼を言った。
「ありがとうな。
サフィールさんには、見つからないようにするぜ」
ダウロがそう告げると、男共全員が頷いている。
女達は、それを見てニタリとした笑みを浮かべているのを
俺や他の奴らも見ていたが、気がつかない振りをすることに決めた。
結局、女共の告げ口により魔道具は
サフィールさんの、お願いという命令の元
暫く貸し出す羽目になったのだが、こうなるだろうことは
予測できていたわけで、ダウロ達はさほど落ち込むこともなく
溜息を吐いただけで終わることになる。
ダウロ達が、この魔道具の詳しい遊び方や
絶対やらないほうがいいことなどを、真剣にセツナに尋ねたり
時折鳴っていた、妙な音の事など疑問に思ったことを教えてもらっていると
アギトさんが、嫌に楽しそうにセツナへと声をかける。
「セツナ」
「なんでしょうか?」
セツナが、アギトさんへと視線を向けると
アギトさんが、口角をあげながらセツナにこう告げた。
「セツナは使わないのか?」
アギトさんの問いに、女共が怖いぐらいじっとセツナを見ている。
セツナは、アギトさんの質問に答えることはせず
誰もいない空間に向けて、言葉を投げかけた。
「セリアさん。どのあたりから、見学してたんですか?」
セツナの言葉に、セリアさんが姿を現す。セリアさんが現れた瞬間
エリオの意識がはっきりと覚醒したようで、セリアさんをじっと見つめている。
セリアさんは、可愛らしく首を傾げてセツナに「見学って?」と聞いていた。
「この部屋の様子はどうでした?」
その言葉で、セツナが何を言いたのかを理解したのか
セリアさんが、楽しそうに語り出した。
「楽しかったわ! 男の子達が胸が好きかお尻が好きかで
議論していたワ! あとで、セツナにも見せてあげるワネ」
「いいえ、結構です」
あの状態を、女性であるセリアさんに見られたのか!?
セリアさんの言葉に、俺も含め男共が絶句する。
あの会話を聞かれたという事は、セリアさんは
セツナよりも前に、この家に戻って来ていたようだ。
セリアさんの話を聞いて、女共の俺達を見る目が
ますます冷たいものになっているが、気がつかない振りをし
視線を合わせない様にしなければいけない。
俺達の微妙な空気を、微塵も気にすることなく
セリアさんは、楽しそうにセツナにその時の状況を告げていく。
「えー。楽しかったのヨ?
例えば、カルロが……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
自分の名前が、セリアさんの口から出た瞬間にカルロが叫んだ。
その叫び声に、セリアさんが驚き慌ててセツナの後ろへと隠れた。
「び……びっくりしたワ」
本当に驚いたのか、セリアさんが手を胸に当てていた。
セツナは、苦笑しながらセリアさんに視線を向け
セリアさんは、少し首を傾げてから真っ赤になっているカルロを見て
「フフフ」と笑ってから、セツナに頷いていた。
どうやら、セツナとセリアさんは言葉を交わさなくても
意思を伝達する手段を持っているようだ。
アギトさんは、そんな俺達の様子を苦く笑いながら眺めて
それ以上、セツナに何も告げることはなかった。
彼女が、とりついているという事は
大体の事が、筒抜けになるということが理解できた。
彼女は幽霊だから、姿を消すことができ気配を感じることもできない。
どこで、何を見られ、聞かれているかわからないのだ。
知られたくない事も、聞かれたくない事も腐るほどある。
できれば、もっと早く気がつくべきだったのだが……。
セツナがあまりにも、平然と取りつかれているものだから
余り気にしたことがなかった。
今日の事を踏まえて、きっと俺だけではなく他の奴らも
この家の敷地内では、節度を守った会話をしようと心に決めた事だろう。
そして同時に「大変だなセツナ」という気持ちも抱いたに違いない。
楽しそうに笑っているセリアさんに、俺達に冷たい視線を向け続けている女共
セリアさんの口から、何を暴露されるのかと戦々恐々としている男共。
混沌としている、この部屋の空気を断ち切ったのは
元気よくあけられた窓と同時に響く元気な声だった。
「ただいま! お腹すいた!! ご飯なに!?」
アルトの声で、この部屋の空気が瞬時にかわっていく。
男達は安堵の表情を浮かべ、女達は冷ややかな視線をスッと隠して
アルトを見て、にこやかにほほ笑んだ。その変わり身の早さに、肌が粟立つ。
「お帰りアルト」
「師匠、ただいま!」
様々な感情が、揺らめく中それを隠して
セツナに続き、アルトへと声をかけてからそれぞれが動き出した。
アルトが周りを見渡して、昼食がまだできていない事に
少し肩を落としながら、3番隊のクローディオに昼飯は何かと聞いている。
セツナは、アルトの様子に軽く笑いながら
海が見えるソファーへと座り、手渡された飲み物を口へと運んでいた。
今日の献立を聞いて、好きな食べ物があったのか
尻尾を揺らしながら、アルトが貰った飲み物を手に持って
セツナの傍へと座り、午前中の出来事をセツナへと語っている。
2人の話を耳に入れながら、それぞれが自分の役割をこなしていた。
「昼からも遊びに行くの?」
「うん。昼からは釣りに行くんだ!
師匠から、釣り道具をもらった事を話したら行く事になった!」
「そう。海に落ちないように気を付けるんだよ」
「うん!」
約束の時間があるからと、自分の分の飯を詰め込めるだけ詰め込み
3番隊手作りのお菓子を、手に持って帰ってきた時と同様
元気に窓から飛び出して遊びに行ってしまう。
最近気がついたことだが、この家の玄関は余り役には立っていない。
魚があまり釣れなかったと、落ち込んだ様子で帰ってきたアルトを
慰めながら、酒肴のメンバーは忙しく動きまわっていた。
珍しい食材や、香辛料を使い料理を次々に作っていく。
酒は、前もって飲みたいものを伝えておくと
セツナが、惜しむことなく振る舞ってくれる。
そんなセツナに、少しでも何かを返せないかと
俺達も、この宴会の為に狩に行き
用意しておいた食材を、惜しむことなく使い
全員の腹を満たせるように、美味いと言ってもらえるように
全力で料理に挑むのだ。俺達ができることは、そう多くはないからな。
全員が大いに飲み食いして、今は会話も少なく緩やかな時間が流れている。
アルトは、遊び疲れたのか、食べ疲れたのか眠そうに手で目をこすっていた。
「明日も、学校へ行くんでしょう?
そろそろ寝たらいいよ」
「うー……。寝るー」
眠そうに、セツナに返事をしてから
大きく欠伸をして、体を伸ばしてから立ち上がりセツナを見るアルト。
「師匠、お休みなさい」
「うん、お休み」
毎日繰り返される、アルトとセツナのお休みの挨拶を
酒を飲みながら眺めていた。
何時もの通り、セツナがアルトの頭をなでるために
手をあげて、アルトの頭の上に乗せようとした時
アルトが、スッとセツナの手を避けるように後ろへと移動した。
アルトのその態度に、俺だけではなく周りの奴らも
そして、黒達も驚いたようにアルトを見つめる。
思わずといった感じで、セツナの手を避けた行動に
一番驚いていたのは、もしかしたらアルトかもしれない。
「お、おれ、俺、もう子供じゃないから!」
セツナとは目をあわせずに、アルトが言い訳のような言葉を落とす。
アルトの耳は、不安な心を表しているかのように寝ているし
尻尾は、揺れることなく止まったままだ。微動だにせずセツナの言葉を
待つアルトに、セツナは静かに言葉を落とした。
「そうか。そうだね。
アルトはもう、子供じゃないんだね」
セツナの言葉に、恐る恐る顔をあげるアルトに
セツナは、優しく笑って見せる。アルトの行動に、何の動揺も見せることなく
アルトの言動を、受け入れて笑った。セツナの態度に、安心したのか
耳を立て、尻尾を揺らしながら嬉しそうに頷きアルトも笑う。
からぶった手を、ゆっくりと下ろし膝の上へとのせてから
もう一度、アルトに「お休み」と伝え、アルトもそれに「お休みなさい」と返してから
アルトは自分の部屋へと、駆けていった。
駆けていく前のほんの少しの間に
アルトの瞳が、寂しそうにセツナの手を見ていたことに
多分、セツナは気がついていないだろう。
誰にも覚えのある「俺はもうガキじゃない!」事件に
各々が、微笑ましいものを見たというように会話が弾んでいく。
それは、黒達も同様のようでそれぞれの子供の話を肴に酒を落としていく。
エリオ達にとっては、歓迎される話じゃないようで
自分達の名前が出るたびに「やめろ!」と叫んでいたが
やはり、誰も気にすることはなかった。
そんな、賑やかな空気の中
ふと、三番隊の奴らに視線を向けるとクローディオが
何かを思案しながら、イーザル達と何かを話している。
何を話しているのかは、わからなかったがクローディオが頷いたことで
その話題は終了したようだ。
3番隊の表情が気になりながらも、酒が入っていた事もあり
他の奴らに話しかけられ、酒を注がれれば意識は飲み食いに向いてしまう。
アルトが寝てしまった後は、食べるよりも飲む方へと流れていくのは
自然の流れだろう。色々な酒を飲み比べ、自分の好みの酒を見つけ
頭の中のノートに記述していくが、明日の朝には忘れているだろうな。
一人また一人と、絨毯なりソファーなりに沈んでいき
俺も眠っているのか、起きているのかわからない曖昧な意識の中
アギトさんの、染み入るような静かな声が耳に届いた。
「気にしているのか?」
誰に話しかけているんだ?
今にも落ちそうな瞼を、必死にあげて声がするほうを見る。
海が見える窓側のソファーに、座っているのは黒とその伴侶達。
そして、セツナだ。アギトさんはどうやら、セツナに話しかけているようだ。
その近くには、サブリーダーや剣と盾のメンバー達が居る。
酒肴の奴らは、あちらこちらで転がっているが
三番隊だけは、全員意識があるようで静かに飲んでいた。
獣人族は、人間と違って酒に強い奴が多いからな……。
このまま意識を落としてしまうか、アギトさん達の話を聞くか
心の中で葛藤し、意識を落とすほうへと心が傾きかけた時に
セツナの声が耳へと届く。
「気にしている……というよりは
どの程度まで、大人として認めるかに悩んでいるという方が
近いかもしれません」
セツナの返事に、アギトさんとセツナの会話が
先ほどのアルトの言動の事だと、思い当たり
そんなの適当でいいだろうという答えを心の中で返す。
「さほど悩む事とは思えないわけ」と俺と同じような考えを
告げたのがサフィールさん。「……真面目だな」と柔らかい声をかけたのが
エレノアさん。そして「子供に、遠慮なんて無用じゃろ」と言い切ったのが
おやっさんだった。
「………………」
「………………」
いろいろ話してはいるようだが、耳を澄ませて
聞いてみようしても、うまく聞き取れなくなってきた。
どうやら、ここらあたりが限界らしい……。話の続きは気になるが
それ以上に、抗いがたい睡魔に身を任せてしまえと頭のどこかが告げている。
その声に、抵抗することもなく
深い深い眠りに、身をゆだねるように絨毯の上へと沈んだのだった。





