『 魔王の賞品 : 前編 』
* フリード視点。
* 刹那の破片『酒肴 3番隊 : クローディオ 』を
先に読んでいただくと、少し楽しめるかもしれません。
特に読まなくても、内容はわかるようになってはいます。
久しぶりの晴天に、目を細め薄い色の空を眺める。
本格的な冬に入り、毎日雪が降るようになり
ハルの街にも、雪が積もっている。
他の町と違い、ハルは結界に守られているために
そう多くの雪が積もるわけではないが
冬の寒さは、結界の中も外も同じだった。
あちらこちらで、挨拶のかわりとして
寒いなという言葉が、飛び交っているだろうに
俺の居る場所は、冬というのを忘れそうになるほど暖かい。
いったい、この敷地の中はどうなっているんだろうか
シルキスの花が咲いている場所があれば、サルキスに生る果物が実っていたり
マナキスに見ることができる野菜があり、そして雪が積もっている場所もある。
呆れてしまうほど自由で、心が躍るほどでたらめで
守られていると感じるほどの、魔力がこめられている空間。
それは、庭や庭の一部の訓練場所だけではなく家の中もそうなのだから
子供のように、夢中になっても仕方がないと思うのだ。
そんな俺達黒のチームの反応を、この家の主であるセツナは面白そうに
眺めていただけだった。俺達が知らない調理器具の使い方を
知っていたり。こちらの大陸では手に入らない、飲み物の入れ方を
知っていたり……。彼はいったい何者なんだろうかと、思わなくもないが
それを聞いたところで、自分の事にかんする記憶が欠落しているのだと
教えられれば、それ以上彼の心に踏み込むことなどできるはずがなかった。
アルトが、学校に行けると喜びながら自分の部屋へと行ったあと
自分達の子供時代の話になった時に、彼に記憶がないのだと知った。
俺達の話を、静かに酒を飲みながら聞いている彼にその話を振ったのは
誰だったかは覚えてはいない。だが、月光のメンバーと黒達が一瞬心配そうに
セツナを見ていた事は、覚えている。どうやら、月光と黒は前から知っていたようだ。
困った事とかはないのか? という言葉に
特に、困るという事はあまりないが、アルトから学校時代の事を
聞かれるのが最近の困りごとかなと、苦笑しながら答える。
アルトには、まだ教えるつもりはないようだ。
今は、自分の事だけ考えていて欲しいからと言っていた。
その次の日から、アルトが学校の話題を出した時は
傍に居る誰かが、俺の話を聞け! といった感じでアルトにあれやこれやと
話し出す場面が多々見られるようになった。
セツナはその様子を見て、最初は困ったように笑っていたが
暫くすると慣れたのか、アルトと一緒に楽しそうに聞いていた。
「おい、フリード。今日の昼食の当番はどこの隊だ?」
4番隊のダウロが、俺に向かって言葉を投げる。
ダウロに話しかけられたことで、自分の意識を外へと戻す。
「今日は、3番隊と5番隊だな。
女達は、全員買い物に行くと言っていたが」
「手は足りそうだな」
「大丈夫だろ。もう一戦するのか?」
「ああ。次の4番隊の隊長は俺がもらうぜ!
その為には、カルロを蹴落とさないとな!」
俺達、酒肴はチームの人数が多いために
1番隊から5番隊の、グループに分けられている。
1グループ、5人でその中で隊長を1人決める。
年に一度、勝ち抜き戦をして強いものがその隊の隊長になるのだ。
1番隊の隊長は、ニールさん。
おやっさんも、1番隊だが黒の仕事がはいるので
1番隊の隊長は、サブリーダーと決まっている。
1番隊は、おやっさんとニールさん以外の勝ち抜き戦3位までの
人間が入れる隊だ。酒肴の最強がそろっていると言える。
2番隊から4番隊は、勝ち抜き戦の結果は関係なく
戦闘メンバーが、偏らない様に構成されている。
3番隊だけが例外で、3番隊は獣人のグループとなっていた。
2番隊の隊長は、セルユという男で
俺が、隊長の座を手に入れるにはセルユを倒さなければならない。
今の俺では、当分倒せないだろうと思うぐらい強い。
3番隊は、獣人の隊で
隊長は、クローディオ。
4番隊の隊長は、カルロ。
虎視眈々と、ダウロが隊長の座を狙っているのは
周知の事実だ。
2番隊から4番隊は、冒険者登録をしているもの
そして、5番隊は情報収集及び調理専門の隊になる。
5番隊の隊長は、クレイグ。
5番隊の隊長は、料理の勝ち抜き戦の順位で決まる。
「フリードは、もう終わるのか?」
「ああ。集中力が切れたからな」
チラリと、結界の中で必死に戦っているエリオをみながら
ダウロに返事をする。
この場所には、月光のビートとエリオ
そして、酒肴の2番隊と4番隊の男ばかりが集まっている。
何時もなら、これだけの人数が集まっていると
馬鹿話が飛び交うのだが、庭に配置された魔道具
俺達は、【魔王】と呼んでいるが、この周りに集まっている時だけは
余計な会話が飛び交う事はほとんどない。俺に話しかけてきたダウロも
もう、エリオの戦闘を見ながら自分ならどう戦っていくかを頭の中で
組み立てているはずだ。
一秒でも早く強くなりたい。
これは、冒険者ならだれでも持っている感情じゃないだろうか。
「なぁ」
ダウロが、こちらに視線をよこさずエリオの戦闘を
目で追ったまま口を開く。
「あいつ、何かあったのか?」
「さぁな」
目の前で戦っている、エリオが今までと違うことは
大体の人間が気がついているはずだ。邂逅の調べのチームは
冬になるとそれぞれが、過ごしやすい場所へと帰るが
その他の黒のチームは、大体がハルへと戻る。
その時に、合同訓練なり、模擬戦闘なり交流は深めている。
月光のビートとエリオ、そして酒肴の俺達と近い年齢の奴らは
それなりに仲がいい。
その中でも、俺とダウロそしてエリオは学院で同期だった事と
年齢が近いため、つるんでいる事が多かった。
「あいつ、サフィールさんに訓練をつけてもらってるだろ」
「そうだな」
「あれだけ、嫌ってたのに」
嫌っていたというよりは、苦手としていたのほうが近い気がする。
「毎朝、毎朝、ズタボロにされても倒れるまで
やめようとしないだろ。今だってそうだ、あそこまで必死な目をしている
あいつは、初めて見る」
「……」
「もともと、自分の訓練をひとに見せる奴じゃなかった。
あいつに、どういう心境の変化があったのかわからんが
つぶれなきゃいいけどな……」
「そうだな」
汗と血で、汚れながらも一瞬たりとも敵から目を離さない。
今までに見せたことがない程の、エリオの必死さに心配をしながらも
誰も止めることができないでいた。
しばらく沈黙が続き、ダウロがまた口を開く。
「俺の気のせいであってほしいとおもうんだが」
その先に続く言葉は、聞くまでもなく俺にもわかった。
「気のせいじゃないだろ」
「あいつ、馬鹿だな」
「ああ、馬鹿だ」
「手の届かない相手に落ちても、辛いだけだろうがよ」
「……」
「本当に馬鹿だ。
やっと、くそ女の事をふっきったのに
なぜ、そこに落ちるんだ」
くそ女……。違う男と結婚したくせに、エリオにその事を告げずに
エリオに貢がせていたあいつの元彼女。
己の命を懸け、稼いだ金で惚れた女に
少しでも喜んでほしいと、まめに手紙を書いたり贈り物をしていた
エリオに対して、これ以上はない裏切りをした女。
ダウロは一度、痛ましそうに目を細める。
「そんなに本気になって、どうすんだよ……」
強烈な魔法をくらって、地面を転がりながらも
その目は、敵だけを見つめ諦める様子を見せないエリオ。
だが、敵は無情にもエリオを見下したような目で自分の杖を
エリオの額へと押し当てた。
【無様だな】
敵のその一言に、エリオは一瞬歯を食いしばり地面の土を握る。
ダウロは、一度頭を振りその顔に苦笑を浮かべながら話題をかえた。
「容赦ねえ……。敵の言葉は、ほんっと胸を抉るよな。
心が折れ掛ける。1人なら折れてただろうな……」
「そうだな」
ダウロが、ため息をつきながら立ち上がる。
仲間であり、好敵手である他の奴らが居るから無様な姿はさらせない。
心を折られる様など見せたくもない。だから、俺達は折れない。
「黒でも攻略できないんだ。
俺達など、まだまだだろうさ」
「親父やニールさんが言うように
強くなるのに近道はないという事か」
敵が消え、結界が消えエリオが疲れたように立ち上がる。
周りにいる奴らが、適当に声をかけていく。
「あー、またまけたっしょー」
気の抜けた声と共に、俺達の傍へと戻ってきたエリオ。
「んじゃ、挑戦してくるか」
そう言って、ダウロが【魔王】へと歩きだし
エリオは、近くの椅子に沈むように座り込んだ。
「はらへった~」
「さっき、朝飯をくったばかりだろ」
「もう消化した」
「……」
ダウロの戦闘を眺めていると、エリオがため息を吐く。
「何のため息だ」
「別に……」
「そんなに腹が減っているなら
何か作ってもらってこい」
「まだいい」
「……」
「ダウっちが、強くなってる……」
「そらそうだろ。クローディオ達と一緒に
セツナに、しごかれてんだから。
サガーナの英雄の技を教わり始めてから
3番隊とダウロそれからビートは、一気に伸びたな」
「……」
エリオは、目を細めながらダウロの戦闘を見ている。
「お前も、強くなってるように思うがな」
「足りない。全然足りてない」
呻くように、エリオの口から言葉がもれた。
「体を痛めつけるような訓練をしても
すぐに、結果が出るわけじゃないぞ」
「……」
「最近のお前は、訓練で疲れすぎて
飯を食ったら、気を失うように寝ているが
それでいいのか?」
「強くなるのに必要なことっしょ」
「ああ、確かに。強くなるには訓練が必要だ。
だが、本当にそれでいいのか?」
「リードっちは、何がいいたいんだ?」
「俺は、詳しい話を聞くつもりはない。
だが、お前が強くなりたいと焦っている理由は理解しているつもりだ」
エリオは、少し殺気を纏いながら俺を見る。
その目は、それ以上言葉にするなって事だろう。
詳しい話は知らない。だが、一緒に生活する上で
様々な会話が耳に入る。そこから、ある程度の事は推測することはできるのだ。
近い将来、彼女の旅が終わるであろうことを
全員が知っている。水辺へと行くために、彼女がセツナに
何かを依頼していることも知っている。
エリオは、彼女の依頼に絡みたいのだろう。
自分も彼女の力になりたいと考えているのだろう。
だが、彼女はそれを拒んだのかもしれない。
本人に拒まれてしまえば、できることはそう多くない。
守りたいものができた時、俺達が一番先にたどり着く答えは
守りたいものを守れるように、強くなることだ。
求める強さの定義は、人によって違うかもしれないが。
冒険者の場合は、大体が純粋な力だ。敵を排除できるだけの力。
好きな女を守る強さが欲しい。頼ってもらえるほどの力が欲しい。
男に生まれたのなら、誰だって考える事で求めるものだ。
時間が限られているのなら尚更。
「時間がないとお前は言うんだろ?」
「そうだ」
「時間がないのなら
俺は、訓練の時間を減らすべきだと思うが」
「フリードには関係のないことだろ?」
「ああ関係ないな」
「……だったら、黙れ」
「まぁ。聞くだけ聞けよ」
「……」
「セツナが、ハルに滞在するのは
予定では、ウィルキス3の月の終わりまでだと話していた」
「知ってる」
「そこから先、セツナと彼女がどういった行動をとるのか
彼等は話そうとしないから、わからないが……。
わかっているのは、あと1月と少ししかハルにいないという事だ」
「だから?」
「お前、もっと今の時間を大切にしろよ」
「は?」
「彼女が、部屋にいる時間は少ない。
セツナが、自分の部屋に戻るまでだ。
だが、昼飯と夜飯の時は大体楽しそうにみんなと話しているだろ。
最近のお前は、疲れ切ってすぐに部屋へともどっているが……。
それでいいのか? 今、彼女がいる間に、同じ時間を過ごす。
そちらのほうが、大切じゃないのか? 彼女が……水辺に行くまでに
彼女の手助けをしたいがために、お前が力を求めているのは見ていてわかる。
長い付き合いだからな。馬鹿だとは思う。先のない想いを抱えてどうすんだよ」
俺は、一つため息を落とし続きを話す。
「応援をするつもりはない。
彼女の未練を晴らすために、セツナが心を砕いているのを皆が見ている。
俺も彼女には、笑って水辺に行ってほしいと思っている。
だが、俺はお前の友人でもある。だから、お前が忘れている事を
教えてやるよ」
「……」
「なぁ、エリオ。お前が、疲れ切って寝ている間に
彼女と話す時間が、彼女と過ごす時間が削られていってるんだぞ」
エリオの殺気が消え、息をつめて俺を凝視する。
「俺なら、惚れた女との時間を少しでも長く持ちたい。
その想いが報われないとしても、終わりが来ることを知っていてもな。
お前は違うのか? 別れがつらいから、彼女を避けているのか?」
「違う!」
「お前は、気がついていないだろ?」
「何がだ……」
「お前が、よたよたと部屋を出ていくその後姿を
彼女が心配そうに、毎日見ている事を」
「う、そ……だ」
「うそじゃねぇ。
彼女が、アギトさんに止めなくてもいいのかと聞いていた」
「……」
「セリアさんは、お前を心配しているぞ」
「っ……」
多分、彼女はエリオの想いに気がついているのかもしれない。
だが、あえてその事に触れないのは彼女の優しさなのだろう。
エリオと彼女の時間は、交差することはないから。
エリオが、誰を想っているのか
多分、俺達以外の奴らも気がついている。
エリオの視線が、誰を追っているのか。
何も見えない空間に、誰かを探すように視線を彷徨わせている様を
幾度となく目撃すれば、答えなど簡単に出るはずだ。
何時もなら、恋愛方面にうるさい女達が騒ぐのだが
今回は、微妙な視線をエリオに向けていた。
からかうことも、応援することもできないのだ。
エリオの想いが本物で、死に物狂いになっている姿を見せられれば
黙っていることしかできないだろ?
彼女の未練を増やすようなことはするなと
黒から釘を刺されていることもそうだが
俺達だって、セリアさんを仲間だと思っている。
セツナが彼女を水辺に送るまで
彼女が楽しく過ごせるようにしたいと、全員が考えているはずだ。
だが、少しくらいいだろう。
忘れていることを、思い出させてやるぐらい……。
エリオは黙ったまま俯き、俺はダウロに視線を戻した。
どうやら、決着がつく間際だったらしく敵にとどめを刺したところだった。
【いい気になるなよ、人間が!!】という捨て台詞を残して敵が消える。
「やったぞ!!」という雄たけびをあげて、ダウロが喜んでいる。
だんだんと、敵に勝つのが難しくなっているだけに勝てた時の喜びは大きい。
戦闘を見ていた奴が、拍手したり、祝ったり、呪ったりする言葉に
適当に返事をしながら、筐体を見ることもせず筐体についている魔道具の取り出し口から
自分の記録用魔道具を取り出し、こちらへと戻ってきた。
「他の奴らも、部屋へ戻るらしいから
俺達も、戻ろうぜ。エリオも、今日はこれぐらいにしとけよ。
夜、美味いものが食えなくなるぞ」
ダウロの言葉に、エリオは薄く笑って頷く。
庭を歩きながら、エリオが小さく呟いた。
「フリード。俺は馬鹿だよな」
エリオが、俺の名前を省略せずに呼んだことに
ダウロが、驚いたようにエリオを見た。
そして、なんとなく話の流れがわかったのだろう。
「今更だな」
「元々だな」
俺とダウロの言葉に、エリオが苦く笑い
一度息を吐き出してから、何時ものエリオへと戻った。
「ダウっち……」
「あ? なんだ?」
「元々って、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味しかないよな?」
エリオとダウロの、くだらない会話を聞きながら
部屋へと戻ってきた俺達に、3番隊と5番隊が飲み物と菓子を配り
会話へとまざる。
会話の中に、俺達の将来に関する重要な事柄とか。
月光が獣人を入れない理由とか、驚く様な内容が多々あったが
そんな真面目な話は、長く続くことはなく
称号の話や、戦闘の話などを耳に入れながら
エリオが、俺の菓子に手を伸ばすのを殴って阻止していた。
「俺か? 俺に聞くのか! 教えてやらんこともないぞ!」
ダウロが、機嫌よく話す声が聞こえる。
「うぜぇ」
クローディオが、眉間にしわを作っているのを目に入れながらも
ダウロは、お構いなしに言葉をつづける。
「まぁまぁ、そう言わずにみてみろって!
今日の称号は、なかなか気に入っているんだ!」
どうやら、今日手に入れた称号を自慢しているようだ。
エリオも気になったのか、ダウロとクローディオのほうに視線を向けている。
胸を張りながら、記録用の魔道具をダウロは起動させる。
普通ならば空中に文字が浮かぶだけなのに
ダウロが、魔道具に魔力を流した瞬間
魔道具が、強烈な光を放ちだした。
楽しげに話していた、メンバー全員が異常を察知し
戦えない、5番隊を庇うように2番隊から4番隊が戦闘態勢へと入る。
俺の隣にいた、エリオも同様に警戒した様子を見せるが
火使いであるため、黙って5番隊の近くまで移動した。
部屋の中で、魔法を使うわけにはいかない。
緊張した空気の中、徐々に光が治まり魔道具から現れたソレに
全員が、息をのんでいた。
光の中から現れたソレは、ダウロに視線を合わせると
甘さを含んだ声に、極上の笑みを浮かべながら口を開いた。
『きゃは! 私のご主人様は貴方ですね!』
この言葉に、いち早く反応したのはダウロ以外の人間だった。
半分叫ぶように、口々に感想を吐き出す。
「はぁ!?」
「ご主人様!?」
「めっちゃ、美少女……」
「おい、どういうこった!」
「いきなり、女が出て来たぞ!!」
騒然としながらも、警戒は解いていない。
視界の中に、女を目に入れながらダウロへと視線を向ける。
『ご主人様?』
女は、可愛く首を傾けながらダウロを見ている。
ダウロは一度、息を吐き出してから女と視線をしっかり合わせて口を開いた。
「あ……。俺は君と初対面だと思うんだが?」
『私の封印を解いた人が、私の主人になるように
私には魔法がかけられているから……。貴方が私のご主人様。
最初の挨拶は……封印が解けたら、必ずそう言うように決められて
いたみたい……。私は、きゃはなんて、普段は言わないんだよ!
だって、馬鹿みたいでしょ?』
勝手に設定された言葉に、どうやら怒っているようだ。
ダウロは、その辺りはどうでもいいのか深く聞くことはせずに
気になった言葉を拾って、口にする。
「封印?」
『うん。私は封印されていたの。
本当は、記憶消去の魔法もかけられていたようだけど
失敗したみたい。記憶が残っていてよかった!
私は、自分の力を取り戻せるかもしれないから!』
「……」
『ご主人様、私の話を聞いてくれませんか?』
ダウロが、助けを求めるように周りを見るが
俺達だって、どうしていいのかわからない。
「ダウっち。その女は人間じゃないと思う」
エリオが、女から視線を外さずにダウロに告げた。
「はぁ? どこからどう見ても人間だろう?
どこから……来たのかはわからないけどさ」
人間じゃないと、言われた女を気にしながら
ダウロが、エリオを窘めるように返事をする。
女は、エリオの言葉に気を悪くした様子はない。
「いや、見た目は人間だけど
魔法で作られたものだと思う。生きている人間だとすると
魔力量がおかしい。その魔力量では、人間はいきていられない」
エリオの言葉に、魔導師のやつらが女を見て「確かに」と
エリオを肯定するように、声を出した。
「多分……。ジャックの遺産である魔道具を
ダウっちが、記録用魔道具と間違って起動させたんだと思う」
「えー……」
ダウロが、一瞬目を見開いて女を見てから
先ほどよりさらに、困惑した表情を作ってエリオを見た。
「どうしたらいいんだ?」
「俺っちに聞かれてもさ……。
とりあえず、警戒は解いても大丈夫っしょ」
女は、ずっとニコニコと笑みを浮かべたままダウロだけを見ている。
「セツナはどこだ?
セツナを、呼べば解決するぜ?」
4番隊のカルロが、口を挟む。
「朝から出かけてる。
すぐ戻るとは言っていたが」
クローディオが、セツナの不在を告げた。
「今日は、リーダーもサブリーダーもいないしな」
現在、この家に残っているのは俺達と鍛冶場に剣と盾の人達がいるだけだ。
剣と盾の人達は、お昼になるまで出てこないだろう。
「セツナが帰って来るまで、このままにしておくか……」
ダウロが、女から視線をそらしながらため息交じりに呟くが
女は、それを許しそうにもない。
『ご主人様?』
「……」
女の窺うような視線に、全員が警戒を解き
観察するような目で、女を眺める。
侍女が着るような服に、フリルのついたエプロンをつけて
ちょこんと絨毯の上に座っている。
誰が見ても、文句のつけようがない程の美少女だし
ダウロを見上げ、見惚れるような笑みを浮かべて
可愛い声で、ご主人様と呼ぶその姿に興味がひかれるのは
男ならしかたがないと言える。
「可愛い……」
誰かがぼそっと呟いた。
確かに可愛い。俺達のチームにいる、女という着ぐるみを着た
何かとは雲泥の差だと思う。
「やっぱり、これが女だよな?」
カルロが、俺と同じことを考えていたようだ。
「そうそう、間違っても
あの凶暴な奴らではないだろう」
「最近、色気づいてきてるけど
本性があれじゃぁなぁ」
「この前、おやっさんに怒られてたぜ」
「けっ、ざまぁみろ。
際どい服着やがって、ちょっと視線を向けたら
変態とか言いやがる。なら着るな!」
「だよなー。見られたくないなら着るなよって言ったらさ
お前に見せるためにきてるんじゃねぇとか言いやがる」
「確かに、つい視線がいく服を着てることが多い。
手を出そうとは思わないがな!」
「あんな奴らに手を出して、人生つみたくないわ!」
口々に、女達の評価を下していく面々。
日頃の鬱憤が、相当溜まっているようだ。
奴らの言いたいことは、痛いほどわかる。
俺も男だし。
どれ程、女達の本性を知っていたとしても
白い肌が見える状態だとか、胸を強調した服を着た姿を
見せられると、ついつい視線が追ってしまう。
風呂上がりに、いい香りをふりまかれ
目の前に、柔らかそうな肌があれば触れてみたいと思うのだ。
そう思っても、手を出すことは絶対にしないが……。
自分の人生を、好きでもない女を抱いて棒に振りたくはない。
強姦は、冒険者の資格はく奪にチーム酒肴の強制脱退。
そして、ギルドの牢屋にぶち込まれる。絶対に嫌だ。
今までなら、チームの女達に女を感じることはあまりなかった。
たまに、可愛らしい面もあるじゃないかと思う程度だった。
あいつらもその辺りは気を付けていたのか……。
いや、俺達を男として見ていなかったんだろう。
だが、この家で、半共同生活を始めてから女達が変わった。
俺達を、男として見ていない事に変わりはないが。
化粧や服装に手を抜くことがなくなった。
この家に来る前は、適当な服装をしてうろつくことが多かった奴らが
毎日気合を入れて、お洒落をしているのだ。
「そういえば、酒肴の女達は見た目は可愛くなったっしょ」
エリオもビートもあいつらの本性を知っている。
「ああ、そのうちあの中からクリスさんの嫁が決まるかもな」
俺の言葉に、エリオとビートが目を見開いて俺を見ている。
エリオとビート以外の奴らは、俺の言葉に深く頷いていた。
「はぁ!? 俺は、酒肴の女達が姉になるとか認めねぇ!!」
ビートが真っ青になって拒絶している。
「もしかして、あの気合のはいった格好は
兄っちの為か……?」
エリオが恐る恐るといった感じで、言葉にする。
「ああ、半分はクリスさん。もう半分はアルヴァンさんだな」
「え? 剣と盾のアルヴァンさんか?」
「それ以外に誰が居る」
「あの人、兄っちとは年が近いせいか仲がいいが
俺達とは、あまり会話しないっしょ?」
「まぁ、一線引かれてるのは確かだな。
嫌われているわけではないが、こう同じ人間として
認められていないような視線をもらう事があるな」
「あー。それは、しかたないっしょ。
アルヴァンさんは、兄っち以上に堅物だし。
俺っち達とは、正反対の人っしょ」
「そうだな」
「そんな人に対して、女達は色仕掛けを試みてるのか?」
「ああ。俺達と違って真面目で、浮気の心配もなさそうで
それに、ランクも最近白になっただろ。優良物件だそうだ」
「俺っちは、セツっちを狙っているのだと思ってた」
「セツナは、伴侶が居るだろうが」
「もしかしたら、私を選んでくれるかもとか
寝言を言ってたっしょ?」
「そうか、お前は居なかったから知らないのか」
「何かあったのか?」
「女達が着飾って、セツナの気を引こうとしていたのは確かだ。
セツナが、伴侶に2年以上会えないと知って
淡い期待が生まれたんだと思うが……」
「セツっちがなんか言ったのか?」
「いや、着飾ってる女達が聞き耳を立てているのを知っていて
カルロがセツナにこう聞いた。セツナが一番可愛いと思う
女を教えてくれよって」
「そんなこと聞いたのか?」
エリオが、カルロに視線を向け
カルロは苦笑しながら、頷いた。
「あれは、女達に気の毒な事をした」
「気の毒?」
エリオが、聞き返した言葉に
その場にいる全員が、口々に女達に同情を示す言葉を吐く。
「何があったんだ?」
エリオが、不思議そうな表情で俺を見る。
「カルロはさ、酒肴の女達の中で
一番可愛い奴をって聞いたつもりだったんだが」
「わかった!
セツっちは、迷いなくトゥーリって答えたんだな!」
「正解だ」
「でも、それだけじゃ
あいつ等がへこむとは思わないけどな」
「そのあとに、続けてこう言ったんだ。
自分の好みという点で言えば、僕はトゥーリ以上に可愛いと思った
人に出会ったことはありません」
「うわぁ……」
「トゥーリさん以外に、出会った女に対して
自分の好みではないと言ったのと同じ事だろ?
セツナの言い分に、アルヴァンさんも目を丸くしていたからな」
「セツっちは、ぶれないな!」
「本当にな。
それでだな、その後にアルトが止めを刺した」
「何て言ったんだ?」
「俺も、トゥーリより可愛いと思う人を見たことがない」
「アルっち……」
「その後の女達は怖かった……。
おやっさんですら、近寄らなかったからな」
「セツナ本人とアルトにとどめを刺されて
女達は、セツナを完全に諦めた」
「だから、兄っちとアルヴァンさんを狙ってるのか」
「そうだ。色香に惑わされないところが素敵だと言っていたぞ」
「色仕掛けをしておいてか?」
ビートが呆れたような声を出した。
「そうだ」
「いやそれ、酒肴の女達に興味がないというだけっしょ。
この前2人で、花街に飲みに行っていたぞ」
「まぁ……ほっとけばいいだろ。
俺達は、関わりあいたくない。
これ以上、ギャァギャァわめかれるのも迷惑だ」
「俺っちは、絶対兄っちの嫁を
酒肴の女達にする気はないからな。
どんな手を使っても、阻止してやるっしょ」
エリオの真剣な表情と、決意のこもった言葉に
ビートも深く頷き、酒肴の奴らはそんな2人を気の毒そうに見ていたのだった。
「この子をどうすればいいのか
いい加減、まじめに考えてくれないか?」
ダウロの声で、全員がダウロと美少女に視線を戻した。
「どうすればいいかと言われてもなぁ。
ジャックの魔道具だとすると、対処できるのは
セツナしかいないから、セツナが帰って来るのを
待つしかないんじゃないか?」
俺の言葉に、全員が頷く。
「そうだけどさ……」
ダウロが、美少女に視線を落とすと
本当にうれしそうに、彼女が笑う。
「うっ……」
ダウロが、真っ赤になって視線をそらす。
確かに、あんな笑みを向けられ続けたら耐えれないかもしれない。
エリオは、魔法で作られた女だというが
魔力感知のない俺達から見たらどう見ても、人間の女なのだ。
『ご主人様』
「危険な魔道具ではなさそうだしさ
色々質問してみたらどうだ?」
カルロが軽く、そんなことを言った。
「セツナは、魔道具を見つけたら
使うなと言っていただろ?」
「だが、起動してしまっただろ?」
「そうだけど」
「大体、危険かもしれないって事で
起動するなって言われてたんだから
危険がないなら、調べてみてもいいと思うが?」
「……」
「その子、何か話したがってるし
話を聞くだけなら、セツナも何も言わねぇって」
『ご主人様、私の話を聞いてくれないの……?』
だんだんと、目が潤みだしてきた美少女を見て
ダウロが、オロオロと視線を彷徨わせ始める。
全員の興味はもう、この美少女に注がれている。
ダウロも、半分落ちかけている。
もちろんこの俺も、ジャックが残した魔道具が
どういった魔道具なのか、興味があったし好奇心もある。
何時もなら、俺達に歯止めをかける黒か
ニールさん、そしてクリスさん達がいるのだが今は居ない。
煩い女達も、出かけている。
そこから導き出される答えは、俺達を止める者は誰もいないという事だ。
「わかった。話してみてくれ」
『ご主人様、私を助けてほしいの!
私の力を取り戻す為に、手を貸してほしいの!』
「手助け?」
『うん』
「そもそも、どうして封印されていたんだ?」
ダウロが、美少女にそう言葉をかける。
『私の持つ魔力を妬んだお姉さま達が
私に呪をかけて、封印したの』
「姉が?」
『うん。25人のお姉さま達が
私の魔力の源を奪って、私を封印したのよ。
私の魔力を自分のものにするために……』
「それは大変だな」
『だから、私はお姉さま達を倒して
魔力の源を取り戻さないといけないの』
「倒さなければどうなるんだ?」
『封印が解かれた日から、10日以内に
魔力が補わなければ、死んでしまう……』
「え……」
『お願いします!
姉を倒して私の力を取り戻す為に
一緒に戦ってください! ご主人様お願いします』
ダウロが周りを見ると、カルロたちが頷く。
「わかった。どうすればいい?」
『ありがとうございます!
姉達を倒す前に、私の呪いを解いてもらわないと駄目みたい。
私と勝負をしてくれますか? ご主人様の実力も見て見たいですし』
美少女は、瞳に少しの罪悪感を宿しながら
ダウロに、勝負を挑んだ。
「ああ、いいぞ」
『では、始めますね!』
「待ってくれ、君の名前を教えてくれないか?」
ダウロがそう問うた瞬間、キュピーンという妙な音が響く。
全員が周りを見渡すが、その音の原因が何かはわからない。
『私の名前を聞いてくれるんですか!!』
そう言って、本当に幸せそうに笑い
ダウロを見る美少女。
「……」
ダウロはその笑みに見惚れているようだ。
ダウロだけではないが……。
『私の名前は、メルルです。
メルルって呼んでくださいね!』
「あ……あぁ。メルル。
俺の事は、ダウロと呼んでくれ」
ダウロが、彼女の名前を呼び
自分の名前を告げた時、またキュピーンという妙な音が響くが
やっぱり、その音が何かはわからない。
『いいんですか?』
「なにがだ?」
『お名前を呼んでもいいんですか!!』
瞳をキラキラと輝かせて、ダウロを見るメルル。
「いいけど」
顔を赤くして、メルルを見るダウロ。
『ダウロ! よろしくお願いします!』
その笑顔は、ダウロだけではなく
周りの奴らをも、巻き込んで魅了していく……。
「しょ、勝負は、武器を持って戦うのか?」
『いえ、私達が一番得意としている遊戯で勝負をします』
「遊戯?」
『はい。私の場合はじゃんけんですね。
ご存知ですか?』
「ああ、知っている」
『戦闘方法は、姉達によって違いますが
姉達を倒す過程は、私との勝負と同じですから』
「その言い方では、何度か遊戯をすることになるのか」
『はい、そうです。
ダウロが、私に勝てば私の呪いが解けますから
ダウロが勝つまで何度でも、挑戦できるからね。
だから、緊張せずに楽しく勝負しましょう!』
「わかった」
ダウロが頷いた瞬間、カルロがダウロに言葉を投げる。
「おい、俺達も参加することはできないのか
聞いてみてくれ!!」
カルロの言葉に、そうだそうだと周りから同意の声が上がる。
「他の奴らも参加することはできる?」
『ダウロのレベルが上がれば、複数人で挑むこともできるようになるよ。
1人専用の遊戯もあるけどね。レベルが上がると
ダウロが選択できる行動も増えていくから頑張ってほしいな』
「今は無理なんだな?」
『無理です。ごめんね』
「みたいだぞ」
ダウロが、カルロたちに視線を向けて告げる。
「仕方ねぇな。さっさとレベルあげてくれよ」
「俺に言われてもな」
ダウロが苦笑しながら、メルルへと視線を戻した。
『始めてもいい?』
「ああ、お手柔らかにな」
『じゃぁ、ジャンケンをするんだけど
メルルが、さいしょはぐー、じゃんけんぽんというからね。
ぽんのあとで、自分が選んだものをだしてね?』
「わかった」
『いっくよぉ~。さいしょはぐー。
じゃんけんぽん!』
メルルの掛け声のあと、ダウロがグーをだし
メルルがチョキを出した。
『あー、メルルが負けちゃった。
ダウロ強いね!』
「そうか?」
『負けちゃったから、服を脱がないと……』
「え?」
「はぁ?」
「いまなっつった?」
メルルが告げた言葉に、全員がつっこむが
メルルの周りに白いもやがかかり、それが晴れた瞬間
その場にいる全員が、息をのんでメルルを凝視していた。
メルルから視線を外すことができない。
現れたメルルは、エプロンの下に下着だけ着用とういう
何とも扇情的な姿をしていたのだから……。
「な……ぜ、服を脱ぐんだ?」
『えーっと。奪われた魔力の源が
お姉さま達の肌の上のどこかにあるの。
多分、魔法陣となって刻まれていると思うから
魔力の源を回収するには、姉の肌にある魔法陣に触れないと
駄目なんだよ。だから、姉達と勝負をして服を剥いで
抵抗できなくしてから、魔力の源を取り戻すことになるかな』
「……」
『メルルたちの服は、魔力でできているから
服を剥がれると、魔力が薄くなっていくんだよ。
抵抗できなくするには、服を剥ぐのが一番!』
「姉達が、俺と勝負するのを嫌がったらどうするんだ?」
『大丈夫。姉達は私を封印しなおさないと
魔力が自分のものにならないから、自分達からダウロの元へと
やってくるはずだから! そこを、返り討ちにしてしまうのよ!』
「……」
『もちろん、ダウロが遊戯に負けると
ダウロの服がとられちゃうから、全部の服を取られちゃうと
死ぬことはないけど、3時間ぐらい目を覚ますことができないから
負けないように、頑張ろうね!』
無邪気なメルルの言葉に、誰かが喉を鳴らす音が響く。
彼女は、服を剥いでいくと言った。それは……ある意味
男の浪漫かもしれない……。
だが、自分が負けたら素っ裸で3時間もその場所で気を失うのか?
その姿を、誰かに発見されたら……。考えるだけでも恐ろしい。
「俺が負けたらメルルはどうなるんだ?」
『持っている魔力を奪われて、全ての魔力がなくなったら
また、魔道具に戻されてしまう。そして今度こそ、記憶を失くしてしまう!』
青い顔をして、声を震わせるメルル。
だが、一度深呼吸するとにっこりと笑い
『負けなければ大丈夫だから!』と告げた。
『続きをするよ?』
「いや、待ってくれ。
普通にジャンケンだけじゃだめなのか?
メルルの服を剥ぐ必要はないだろ?」
ダウロの言葉に、5番隊の連中が余計なことは言うなと叫んでいる。
『ダウロ!
メルルだって、恥ずかしんだから!
でも、これは必要な事なの……。私の肌にある魔法陣に触れてもらわないと
ダウロが、姉達から力を奪った時にメルルに魔力が流れないんだよ』
「……肌に触る?」
『うん……。そう、だよ。
本当は、こんな勝負しなくても素直に服を脱げばいいんだけど
それだと、ダウロの強さがわからないでしょう?
だから、ダウロ……お願い。やめるなんて言わないで』
そういって、メルルが恥ずかしそうにもじもじと体を揺らす。
その揺れと同時に、胸もフルフルと動くのがけしからん。
視線のやり場に困っているのか、ダウロの目が泳いでいる。
「お、おい。
セツナが、帰って来るのを待った方が……」
ダウロが、視線を泳がせながら告げる。
『ダウロ……』
不安げに、ダウロの名前を呼び瞳に涙をためはじめるメルル。
「うっ……」
メルルが泣き始めたことに、カルロ達が泣かせるな!と文句を言い始める。
「本当にいいんだな?
俺でいいんだな? 後悔しないんだな!?」
ダウロが、半分やけくそ気味にメルルに言葉を投げる。
『ダウロがいいの!』
涙を溜めながら器用に、笑うメルルに
ダウロの目の色が、変わった。どうやら何かが入ったようだ。
これは……。この魔道具はやばいんじゃないんだろうか。
起動してはいけない、悪魔の魔道具だったんじゃないだろうか……。
そんなことを頭の片隅で考えているのに
視線はメルルから離れない。それは、多分俺だけではないだろう。
これから始まる事に、緊張しながらも好奇心が抑えきれない。
高揚しているような、ワクワクしているような
新しい、おもちゃを見つけた様な複雑な感情だ。
ただ、エリオだけは
「いったい、どうやって動いてるんだ?」と首を傾げながら
メルルを見ている。どうやら、エリオは魔道具に刻まれた魔法のほうに
興味を持っていかれているようだ。
多分、本命が居るからさほど興味がないのだろう。
やばい魔道具かもしれないと思いながらも
異様な盛り上がりを見せるこの空間で、誰も止める人間が居ない事から
俺達は、この魔道具に魅せられるように夢中になっていくのだった。