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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 マトリカリア : 集う喜び 』
20/130

『 サフィールとアルト : 後編 』

 セツナの家の庭へと、転移し僕とアルトは窓から

部屋へと入る。僕とアルトが、一緒に帰ってきたことから

それぞれが、驚いたような表情を作っている。


どうやら、酒肴の奴らの昼食の時間に帰ってきたようだ。

アルトが、靴を脱いで部屋に入ると酒肴の若い奴らや

エリオ達が「お帰り」と口にし、学校はどうだったかと聞いた。


エリオ達は、アルトが食事が足りなくて一旦帰ってきたんだろうと

考えていたのかもしれない。酒肴の奴らは、アルトに何を食べると聞いているし。

医療院から帰って来ていたサーラも、ニコニコとしてアルトの返事を待っていた。


だけどアルトは、誰の声にも返事をせず。

厨房の奴らに、飲み物を入れてもらっていたのかカップを片手に

立っているセツナの元へと一目散に向かい、セツナに黙って抱き付いた。


そんなアルトの様子に、全員が何かあったのだと気がつく。

心配そうにアルトを見て、そして自然に僕へと視線が集まる。


アルトは何も言わず、何かを耐えるようにぎゅっとセツナに抱き付きながら

自分の感情と戦っているようだ。涙は見せていない。

大勢の人間が、ここにいるから泣けないのかもしれない。


セツナはそんなアルトを、優しい瞳で見つめ

黙って、アルトの好きなようにさせていた。


セツナがゆっくりと、視線を僕へと移す。

セツナがこちらを向いたことで、僕は一度アルトに視線を向け

そして耳をふさぐ合図をだした。


僕が、言いたいことが分かったのだろう。

セツナは短く、魔法を詠唱すると僕に頷いてよこした。

これで、周りの声はアルトには聞こえないだろう。


懐から、影たちに渡したのと同じ記録用の魔道具を取り出し

起動させる、アルトがロイール達と揉めた辺りからの映像と声が

周りに流れた。最初は、つまらない子供の喧嘩だ。


アギトが「何時の時代でもいるんだな」と僕と同じような

感想を呟き、アルトが僕達に見せたことがない表情や言動を見て

口角をあげていた。


所々、不必要だと思うところは消しつつ先を進める。


そして、ロイールがアルトの武器をよこせと言ったところで

アギト達、黒の表情がガラリと変わる。黒以外の者達は

深く溜息を付き、馬鹿なことをと呟いている。


アルトが、闘気を放ち相手をひるませ

ロイールを押えたところで、エリオ達が満足そうにうなずき

そして、アルトの一言でがっくりと肩を落としていた。


クリスに、詰めが甘いと言われさらに落ち込んでいるが

2人に、視線を向ける者は誰もいなかった。


ミッシェルが放った言葉で、黒の表情が消え僕を見る。

獣人族の若者は、不快そうに眉を顰めたあと

悲しそうに、アルトを見てため息をついた。


『獣人かどうかは、どうでもいいけどさ

 アルトがここに来なければ、こんな問題は起きなかった。

 冒険者なら、こっちじゃなくて冒険者のほうの授業を

 受ければよかったんだ』


ワイアットが、この言葉を口にした時

ビートの顔色が変わり「クソガキが!」と言いながら席を立つ。

扉のほうへ向かいかけたのを、セツナがビートを止め首を振った。


セツナに止められたからか、ため息をつきながら座り直し

クロージャとワイアットの会話に、ビートの機嫌はますます悪くなっていた。


ミッシェルの最後の言葉に、獣人族は嫌悪の視線を向け

他の奴らも、厳しい視線をミッシェル達へと向けている。

ここでいったん映像を切ると、アギトが口を開いた。


「お前は、どう決着をつけてきたんだ?

 アルトと一緒に戻ったという事は、お前がかたをつけてきたんだろ?」


アギトの言葉に頷く。


「全て終わらせてきたわけ」


アルトを見ると、アルトはまだセツナに張り付いている。

いつの間にか、セリアさんが傍に居て心配そうにアルトの傍で浮いていた。


サーラは、そっとセツナの傍へと行き

セツナがもっていた、カップを受け取っている。


もう少し大丈夫だろうと考え、僕達の会話が聞き取れる程度の速度で

魔道具を起動させた。


そして、全てを見終えた後エレノアが初めて声をだした。


「……もう少し、穏便に話を持っていけなかったのか?」


「いつもなら、そうしたかもしれないけど

 時期が悪かったわけ。同じ間違いを起こさないように

 あいつらの頭に、叩きこむ必要があったわけ」


「……時期? ああ、ギルドの催しで冒険者が集まるからか?」


「そうなわけ」


「……だが」


「エレノア。僕の年齢を、正確に言い当てることができる人間はいないわけ」


「……ああ、そうだな」


僕のこの言葉で、エレノアは納得したように頷く。

人間は、内包する魔力によって肉体の年齢が変化する。

アギトも、魔力は多いほうだから老化は遅いほうだが

僕とアギトが並ぶと、どう見ても同じ年には見えないだろう。

特に僕は、フィーと契約していることから老化がさらに遅くなっている。


10代に見えても、それが実際の年齢か

判断がつかない場合もある。女性はとくに、わからないことが多い。

まぁ……。魔力が少なくても、わからない事のほうが多いけど。


アルトを、見た目で判断したように。

ハルに集まった冒険者を、見た目で判断して

子供特有の、縄張り意識を発揮し

今日みたいな、出来事を起こすかもしれない。


催しが終わった後、問題を起こす冒険者がいることもある以上

子供達が、今日のような言動をした場合

無事にすまないような事件が起こるかもしれない。


「ここで、しっかりと理解させておくことは

 悪い事ではないわけ」


「……わかった。ご苦労だったな」


「そうでもないわけ」


エレノアの労わりに、肩をすくめて答えた。


「アルト」


僕達の話が落ち着いた頃、セツナが静かにアルトを呼んだ。

アルトは一度、腕に力を籠めてからゆっくりと力を抜き

そのままの体勢で、セツナを見上げる。


「学校はどうだった?」


セツナは、穏やかにアルトに声をかける。

今見た事は、アルトには話さない事にするようだ。


バルタスが、ざっと視線を周りに走らせ

余計なことは言うなと、視線だけで釘を刺した。


アルトは、セツナの言葉にポツリ、ポツリと話し始めた。

その内容は、休み時間にロイールに絡まれた事。

給食の時間に、あったことなど僕達がみた映像の前からの

小競り合いの様子を語っていた。


そして、給食のあと帰り際に起こった出来事をはなし

最後に「クロージャが、凄く傷ついた顔をしたんだ」と告げた。

自分が居なかったら、クロージャが傷つく事もなかったかもしれないと

言ったところで、アルトが口を閉じ顔をセツナの腹辺りに埋めていた。


セツナに腕をまわしたまま、アルトがごめんなさいと呟く。


「俺、明日から学校へ行かないって言って来たんだ」


「そう。学校へ行くのが嫌になった?」


「別に。俺がされた事は全然気にならない。

 けど、また俺のせいでクロージャ達が嫌な思いをしたら

 嫌だから」


「そう」


「師匠に、お金を払ってもらったのに……」


「お金の事は気にしなくてもいいよ。

 だけど……」


「……」


だけど、の言葉のあとでセツナはいったん口を閉じる。

その続きが気になるのか、アルトが身を固くしながらも

耳を、ピンと立てて聞き逃さないように集中させている。


「よかったね。アルト」


意外なセツナの言葉に、アルトが勢いよく顔をあげてセツナを見つめる。

周りの奴らの反応は様々だ。首をかしげている奴もいるし

眉根を寄せている奴もいるし、獣人族の若者は厳しい目でセツナを見ていた。


「なにが? なにがよかったの?」


セツナは、アルトの頭を一度撫でてから

アルトに座るよう促し、アルトの隣に自分も座る。


「アルトの周りには、アルトの事を本当に

 大切に想ってくれている、友達が4人も居てくれるんだなって

 話を聞いていて思った。僕は、それがとてもうれしいと感じたな」


「え?」


「アルトが、ロイールと喧嘩になりそうになった時

 クロージャとセイルは、アルトが何も言わなくても

 一緒に戦ってくれようとしたんでしょう?」


「うん」


「ミッシェルという、女の子が

 アルトが獣人族だという事だけで

 アルトを責めた時、クロージャは間違っていると

 みんなの前で、言ってくれたんでしょう?」


「うん」


「ワイアットが、言った一言で

 周りが、アルトに不利な意見に傾きかけた時

 ジャネットとエミリアは、アルトを庇ってくれたんだよね?」


「うん……2人とも震えてたのに……」


アルトは、セツナの言葉1つ1つにその時ことを

思い出しているようだ。何かを思い出しては、耳が動き

尻尾が左右に揺れる。


「アルトは、先生に学校へは行かないって

 言って来たんだよね?」


「うん」


「彼等は、アルトに何も言わなかった?」


「俺を止めてくれた。

 学校へ来いって。俺のせいじゃないって。

 クロージャもセイルもジャネットもエミリアも

 俺の腕や、服を掴んで一生懸命止めてくれた」


アルトは、身を乗り出してクロージャ達の事を

セツナに、切々と語りだす。


「俺は、学校にも、孤児院にも

 もう、行かないつもりだったんだ。

 だから、帰る前に持っていたお菓子をセイルに

 渡そうとしたのに、受け取ってもらえなかった」


「どうして?」


「明日、孤児院に来いって。

 学校が嫌いになったら、学校へ来なくてもいいけど。

 孤児院にだけは来いって。遊びに……。

 だから、俺がお菓子を持って来いって言ってた。


 給食のあと、エミリア達が、お菓子を食べる前に

 孤児院の弟や妹に食べさせたいって

 自分の分を、食べさせたいって言ったのに。

 2人も、俺から箱を受け取ろうとしなかったんだ。

 あんなに、食べさせたいって言ってたのに」


「そうか。エミリアとジャネットは

 大切に想っている、弟と妹と同じぐらい

 アルトの事も、大切に想ってくれているんだね」


アルトが、瞳を大きく開いてセツナを見ながら

何度か瞬きをする。


「きっと、アルトの友達は

 そのお菓子を受け取ったら、アルトが孤児院へ来なくなるかも

 知れないって気がついたのかもしれないね」


「そうかも」


「だから、アルトが孤児院へ遊びに行きやすいように

 お菓子を受け取らなかった」


「俺もそう思った」


「クロージャ達は、これからもアルトと友達でいたいと

 アルトに伝えてくれていたんだ」


「……」


アルトが歯を食いしばり、ここではじめて涙を落とした。


「アルト……」


「こわい」


「何が、怖いのかな」


アルトは次々に、涙を落とす。


「また、きずつけ、たら、どうし、よ。

 おれと、いることで、ししょ、うも、たくさん

 にんげんや、じゅうじん、ぞくから、ひどいこと、をいわ、れた」


途切れ途切れのアルトの言葉に、これまで2人が歩いてきた道が

優しくなかったことを物語っている。


「おれ、は、おれのこと、は、なにをいわれて、もへいき、だ。

 だけ、ど。はじめて、できた、ともだ、ちを、きずつけたく、ない。

 おれが、いることで、いわれなく、ても……いいことを

 いわれ、るか、もしれない。ししょ、う、みたいに」


零れ落ちる涙を、乱雑に服の袖で拭い

感情を鎮めるように、俯いて肩を震わせる。


アルトの、切実な胸の内を聞いて

サーラはもうとっくに泣いていたし、周りの人間も

辛そうな表情を作っていた。獣人族の若い奴らは項垂れている。


そんな、アルトを見てセツナは柔らかく笑う。

その表情は、今までの事を何も気にしていないように思えた。

アルトが落ち着くのを、暫く待ってからセツナは口を開いた。


「アルトが居てくれるだけで僕は幸せだよ。

 独りぽっちで寂しいより、アルトが居てくれる方が僕は嬉しいから」


優しく諭すように告げた、セツナの言葉にアルトが顔をあげる。


「僕は、前にも同じことを言ったと思う。

 アルトは、覚えている?」


「おぼえてる」


「アルトの友達も、僕と同じようなことを

 想ってくれていると思うよ」


「……」


納得していないアルトに、セツナは少し考えてから口を開く。


「なら、アルトは今回とは反対の立場になった時

 クロージャ達とは、友達をやめる?」


「え? なんで」


「クロージャ達が、俺達のせいで

 アルトが傷ついた。もう、これ以上アルトが傷つくのが嫌だから

 距離を取るって言われたら、アルトは納得できる?」


「俺は、気にしない!

 そう言う事を、いう奴が悪いんだ。

 クロージャ達が、悪いわけじゃないでしょう!?」


アルトが、怒ったように答えている。

そんな、アルトの様子にセツナが笑う。


「同じだよ。アルト。

 今アルトが、出した答えと同じことを

 クロージャ達も思ったんだよ。もちろん、僕もそう思っている。

 アルトが悪いと思ったことは、一度もないよ」


「あ……」


「傷ついたかもしれないけど

 それでも、クロージャ達はアルトと友達でいたいと

 気持ちを、伝えてくれているよ」


「っ……」


「学校の事は、別にしても

 彼等の気持ちにこたえるのか、それとも距離を取るのかを

 選ぶのはアルトだよ。僕は、何も言わない」


「……」


「だけどね。アルト。

 悲しい事や、辛いことがあった時。

 その出来事だけが、心を占めてしまう事がある。

 自分を責めてしまう事もあるし、他人を責めることもあるだろう。

 でも、そんな時は少しだけでいい視線を横へと向けてごらん」


「よこに?」


「そう。真暗な暗闇に見えても

 少しだけ、目を凝らしてみてるといいかもしれない。

 もしかしたら、大切な光を見つけることができるかもしれない」


「大切な……光?」


「うん。例えば、小さな勇気を振り絞って声を出してくれる

 女の子」


「エミリアとジャネット」


「例えば、孤児院へ足を運びやすいようにと

 お菓子を受け取らなかった男の子」


「セイル」


「例えば、自分が傷ついても

 その手を離そうとしなかった、男の子」


「クロージャだ……」


次々に即答していくアルトに、セツナは頷く。


「アルトの傍で、輝いていた光を

 見つけることができた?」


「俺の味方になってくれた。

 俺のそばに居てくれた……友達が俺の光?」


今、セツナがアルトに教えた光は

将来いろいろ形を変えて、増えていくんだろう。

恋人だったり、クロージャ達以外の友人だったり

チームのメンバーだったり、伴侶だったり。


僕の光が、フィーやサーラ……。

アギトや初代、リーダーだったように。


そして、一番近くで輝く光が

自分の師匠であるセツナだという事を。

いつか、気がつくかもしれない。

いや……もう、気がついているかもしれないな。


「今見つけた光を、大切に育てていくのか

 それとも、その光を振り払って別のものを選ぶのか

 ゆっくり、考えてみるといいね」


「……」


「クロージャ達が、何を求めているのか

 それを理解したうえで、答えを出すといい」


「俺は……」


「うん?」


「俺は、クロージャ達と友達でいたい」


「うん」


「だけど……」


まだ葛藤している、アルトの頭の上に手を乗せ

優しくなでる。


「友達なら。大切な親友だと思うなら。

 友達の言葉を、信じることも大切なんじゃないかな」


「信じる……」


「……」


「大丈夫って言ってくれた。

 弱くないって」


アルトはそう呟いた。

クロージャの言葉を、思い出しているのかもしれない。

アルトは暫く俯き、自分の答えを出すために考え始める。


セツナは、黙ってアルトが答えを出すのを待ち。

周りの奴らは、アルトがどういう答えを出すのか

固唾をのんで、見守っていた。厨房の手もずっと止まっている。

大切な、アルトの時間を邪魔しないように。


答えが見つかったのか、真直ぐ曇りのない瞳を

アルトはセツナに向けた。


「学校へは、もう行かないけど。

 孤児院へは、遊びに行く事にする」


そう言って、アルトが笑う。

アルトが出した答えに、セツナも頷く。


「うん。わかったよ。

 だけど、明日僕と一緒にギルドへ行ってみよう。

 学校の事は、それから決めてもいいと思うから」


「はい」


元気に、セツナに返事をし笑顔を見せるアルト。

アルトが笑ったのを見て、サーラもよかったと笑う。

周りもホッとしたように息をついた。獣人族の若い奴らだけは

何かを考えているもの。自分の手を見つめているものが居た。


もしかすると、自分の隣にあった光の存在を思い出しているのかもしれない。

その光の存在を、今気がついた奴がいるのかもしれない。


「師匠」


「うん?」


「暗闇の中の光って、星みたいだね。

 旅の道を、照らしてくれる小さな星。

 俺は、手に入れた星を大切にしたいって思う」


アルトの言葉に、セツナは一度俯いてから

アルトを見て、穏やかに笑い答えた。


「そうだね」


アルトの星は、これから着実に増えていくだろう。

その横で、セツナは何を見て……何を想うんだろうか。

セツナが抱える闇の中にも、小さくても輝く星が少しでも

多く増えればいいと思った。


「アルト、学校はどうだった?」


セツナが、一番最初の問いをもう一度アルトに尋ねる。


「楽しかった!」


即答するアルトに、アルトの強さを見る。

悲しい気持ちや、辛い気持ちは未だ胸の中にあるだろう。

だけど、それ以上にアルトは大切な星を手に入れたから。

迷いなく、アルトは笑って答えることができた。


「どんなことが楽しかったの?」


セツナのこの言葉に、アルトは尻尾を振りながら

楽しかったと思ったことを、次々に話し出す。


クロージャが、いろいろ教えてくれたこと。

図書館を利用するために、図書カードを作った事。

図書館へ行って、本を借りた事。施設の授業は面白かったけど

算数の授業は、簡単すぎて眠かったこと。


算数の授業に、問題が配られて教室で1番を取った事。

鞄から、問題用紙を取り出しセツナに見せる。

判子を指さして「これが1位の判子なんだ」と自慢したり。

ノートを出して、問題を解いていたらワイアットに見つかり

先生に告げられ、怒られるかもしれないと緊張したという言葉に

ビートが反応し「あの、クソガキが」と悪態をついていた。


アルトは、尻尾を全開に振りながら

一生懸命、セツナに今日の事を伝えていた。

その様子を見ながら、アルトの声を耳に入れながら

厨房で料理を作り始めたり、食事を再開したりと周りの者も動き始める。


だけど、アルトの話を聞いていたいのか

アルトの周りから、距離を取ることはなかった。

アルトは、末っ子のような存在になってしまっているから

それぞれが、口を出したくて仕方がないようだ。


アルトの話に、周りのものが茶々を入れ始める。

冒険者なのに、カードを作ったのかとか。

その判子は、本物なのかとか? からかったりもしている。


アルトは、そんな言葉に反論したり、頷いたり

忙しく答えながらも、話すのをやめない。


そして、全員の笑いを誘ったのが給食の話だった。

予想していた通り、学校で出された食事は全く足りなかったようだ。

そう言えば、ロイール達の処分で夕食抜きと言った時は

即答して、お腹が空いていると言っていた。


もしかして、右腕を切り落とすという話をした時

武器ではなく、お箸だったのは相当お腹が空いていたからか?


給食の話をしている途中で、お腹が空いていることを思い出したのか

「お腹すいた……」と言いながら、お腹を押さえる。


それを見て、フリードが今作り上げたんだろう

パンと、肉と野菜がのった皿をアルトへと持ってきた。


「沢山食え。足りなくなったら追加してやるからな」


「いいの!?」


「ああ」


フリードが、いい笑顔でアルトに皿を渡す。

目を輝かせて、皿を受け取りアルトが食べ始めようとしたのを

エリオが叫ぶように止める。


「ちょっと待て! リードっち! それ、俺っちのごはんっしょ!?」


「黙れ」


「いや、その肉俺っちが頼んだものだよな!?」


「煩い。部屋に居なかったお前が悪い」


「一瞬、手洗いに行ってただけっしょ!」


エリオの叫びに、驚いたのかアルトの手が止まり

エリオとフリードと自分の皿を交互に眺めている。


そんなアルトの横に、セリアさんが座り。

「アルト、気にせず食べちゃっていいワヨ」と囁いた。


ここに、エリオの光はなかったようだ。

アルトは、セリアさんに頷き美味しそうに食べ始め

エリオは、アルトとセリアさんを見て床に沈んだ。


フリードは、そんなエリオを無視して厨房へと戻り

暫くして、食べ終わったアルトが皿を持って追加注文している。

誰にも、気にかけてもらえなかったエリオは、自力で立ち直り

アルトのあとを追いかけ、もう一度同じ食事を注文していたのだった。


何時もの調子に戻ったアルトを、苦笑しながら

セツナは眺め、冷えた飲み物を口に運んでいる。


エレノア達が、セツナの傍へと座るのを見て

僕も、座る為に近づく。


「サフィールさん、アルトを連れて帰ってくださって

 ありがとうございました」


セツナが、ソファーから一度立ち上がり

僕に向かって、頭を下げた。気にされるほどの事をしたわけじゃない為

適当に頷いて、ソファーへと座った。


楽しそうに、笑っているアルトを見て

エレノアとバルタスが、セツナを褒めている。


そんな2人にセツナは、アルトだから僕の言葉で

納得してくれたんだと思いますと答える。


「……理由を聞いてもいいか?」


「アルトは、感情の切り替えが早いんです。

 多分、そうすることで自分の心を守ってきたんだと思います。

 心に留めておくには、辛すぎるものをアルトは沢山持っていますから」


「……」


「今回の事も、ロイールという少年とミッシェルという少女の言動は

 本当に、気にしていないと思います。なので、アルトの思考が楽になるほうへと

 誘導したにすぎません。答えを出したのはアルト自身で、その答えにたどり着く

 ことができたのは、アルトの心の強さです」


「……なるほどな」


エレノアが頷き、アギトが何かを聞くために口を開こうとした時に

アルトが耳を寝かせながら、僕の傍に来る。

ミッシェルの、印を消すことができないかと聞いてきた。

ミッシェル達の、本当の処分内容をアルトに告げると

少し、安堵したような表情を見せる。そして、何かを決意したように

僕に願い事を告げた。どうして、そこまでするのかとたずねると

アルトは、まじめな顔でこういった。


「気になって、ご飯がおいしく食べれない」


「はぁ?」


「メディラさんが、泣いてたし。

 それに、あの印がついているとクロージャ達が

 ずっと気にしそうだし……」


確かにそれはあり得るかもしれない。


「俺は、本当に気にしてないし

 大切な星を見つけたから、クロージャ達も気にしないでほしいんだ」


「そうか。わかったわけ。

 でも、1つ条件を付けるわけ」


僕は、条件付きでアルトの願いをかなえることにした。

彼女たちの印が、3日以内消えるかどうかは

彼女たちの行動次第という事になる。


「ありがとうございます!」


アルトが、嬉しそうにそう告げ

今度は、セツナにお願いに行く。


「師匠ー」


「なにかな」


「あの魔道具かしてほしい」


「どれのこと?」


「部屋が星でいっぱいになるやつ」


それって、僕がセツナに渡した……。


セツナが鞄の中から、小さな箱を取り出して

アルトへと渡す。


「使い方は、わかるよね?」


「わかる! 後で星をいっぱいにして本を読むんだ」


「落ち着いて読めそうだね」


「うん!」


アルトが、嬉しそうに頷き。

厨房から、聞こえてくる何かを炒める音に耳を動かした。


「俺、あれ食べてくる!」


「え? まだ食べるの?」


セツナの最後の言葉を聞くことなく

アルトは、炒められている何かを食べるために走って行った。


「アルトは、あの魔道具を気に入っているわけ?」


役に立つ魔道具ではなく

見た目が、変化するだけなのに

箱に入れて大切にされていた。


「はい、よくお風呂場で起動させますね。

 露天風呂のようになって、癒される気がします」


アルトの背中を追うと、箱の中身を聞かれ答えている。

興味を持った奴もいるようだ。


「そうか。なら、アルトの分も作ってやるわけ」


「喜ぶと思います」


そう言って、セツナが笑う。

自分が作ったものを、大切にされ使われているのをみるのは

なかなかいいものだと感じた。


「そう言えば、サフィールよ」


「なんなわけ?」


バルタスが、何かを思い出したというように僕を見る。


「お前、オウルとの約束はどうした」


「日をかえてもらった。

 別に、サクラの事情を知っているわけだから

 急ぐ必要もないわけ」


「確かにそうだが……。

 不審に思われない程度には、動いてくれよ」


「言われなくてもわかっているわけ。

 魔道具にも興味があるわけ」


「そうだったな」


酒肴の奴らが、入れてくれたお茶を飲みながら

ふと、大切な何かを忘れているような感覚に襲われる。


「何か忘れている気がするわけ……」


何を忘れているのか、考えていると

エレノアが、机の上に置いた荷物に興味を示した。


「……ギルドの近くのお菓子屋に寄ったのか?」


その言葉で、何を忘れていたのかを思い出した!

やばいわけ! 絶対に怒っているわけ!


「セ、セツナ早く教えるわけ」


「え? 何をですか?」


セツナが、少し目を見張って僕を見る。


「飴なわけ! フィーに頼まれていたわけ!!

 その飴を買って、送ったのに……違うと送り返された!

 セツナに貰った、飴がいいのなのって言われたわけ!」


フィーにお願いされたことを伝え、飴の購入場所を

アルトに聞くために、学校へ寄った事を話す。


「なるほど。あの飴は僕が作ったものなので

 売り物ではないんです」


「もう、余っていないわけ!?」


「僕は持っていないかな」


鞄の中を一度調べ、無いことを確認すると

アルトがもっているかもしれないと、聞いてくれたが

アルトも全部食べたからないと答える。


これだけ、待たせた上に手に入らないと伝えると

どれほど、不機嫌になるかわからない……。


「簡単に作れますし、作りましょうか?」


「お願いできるわけ?」


「はい。そうだ、サフィールさんも作ってみませんか?

 きっと、フィーは喜んでくれると思いますよ。

 機嫌もよくなるかもしれません……」


僕の顔色が、相当悪かったのか心配そうに

セツナが僕を見ていた。


「どうやってつくるわけ?」


フィーの、機嫌がなおるなら飴を作るぐらいしてみてもいい。

昼食が終わり片付いた厨房で、飴を作る為にセツナと厨房へ入る。


僕とセツナが厨房へ入ったことで、何をするのかと

休憩中の、酒肴の若い奴らがワラワラと集まってきた。


セツナの手元を見て、説明を聞きながら飴の材料を火にかけていく。


「果物の果汁を、そのまま入れても

 風味が飛んで美味しくないので

 今日は、僕が用意したものをいれましょう」


そう言って、セツナは小さな瓶を

「これが苺、こっちが林檎。これが檸檬で、これが桃です」と

説明しながら並べていく。


「果汁だけじゃないわけ?」


「はい。果物の風味が残るように

 少し手を加えてあります」


「例えば? どんなものが加えてあるんで?」


フリードが横から口を出してきた。

その手には、メモ帳が握られている。


「秘密です」


セツナは、にこやかに笑い教えなかった。

鍋の中に入った、飴の材料がいい具合に混ざり合ってくる。


「それぐらいで大丈夫ですね。

 鍋の中のものを、ここにすべて出してください。

 全部出せたら、飴の粗熱を取っていきます」


言われた通りに、鍋の中のものをだし

ヘラで、飴の粗熱を取っていく。


「そろそろ、これを入れてください」と

渡されたものを、飴に混ぜると苺の香りが周りに広がった。

アルトが「いい匂いだー」と喜んでいる。


「サフィールさん。そろそろ飴に魔力を加えてください」


「は?」


飴に魔力?

思わずセツナのほうを見ると、セツナは魔法を詠唱しながら

飴を混ぜている。セツナが詠唱している魔法は、体力回復の魔法だ。


「僕は、何の魔法を詠唱すればいいわけ?」


「好きな魔法でいいんじゃないでしょうか」


「いきなり言われても困るわけ」


「なければ、魔力そのものでいいと思いますよ

 フィーに、あげる飴ですし」


「飴に魔力をまぜるとか、初めて聞いたわけ」


「便利ですよ。飴をなめている間に

 徐々に、体力が回復していきますから。

 体力のない、子供と歩くときなどにお勧めです」


この言葉から、アルトの為に考え出された飴なのだと気がついた。


「出来上がってから、魔法をかけてもいいんですが

 この段階で、魔法を使用したほうが回復量が多いんです」


酒肴の奴らは、セツナの説明に、耳を傾け

セツナの手元を見ながら「魔物を狩るときに、口に入れてても

邪魔にならないな」と使い道を話し、真剣にメモを取っている。


そんな、姿を見ながら

魔法、魔法と考えても、全く思いつかない。

攻撃魔法なら、ポンポン出てくるのに。


考えるのを諦め、魔力だけを練り込むことにし

ある程度、魔力を加えると飴が魔力で微かに輝きだした。


「その辺りで、いいかもしれません」とセツナに言われ

魔力を止める。


飴がある程度固まってきたのを見て、セツナがそばに置いていた

魔道具を起動させた。どうやら時の魔道具のようだ。

飴が急速に、固まらないようにしているのだろう。


見ている奴らが、また料理に魔法を使っていると

何処か、遠い目をして眺めている。確かに、料理に魔法を使う魔導師を

僕も初めて見たかもしれない。


「そのままだと、まだ熱いと思いますから

 熱が手に伝わらないように、風の魔法をかけますね」


「お願いするわけ」


セツナに魔法をかけてもらい、適当な量の飴を取り

1つ1つ丸めていく。同じ大きさになるように、飴を取り分けるのが

なかなか難しい。僕とセツナの作業を見て酒肴の奴らが

我慢できなくなったのか、ワラワラと、厨房へと入ってくる。

セツナに、魔法をかけてもらって、飴を丸める作業を

手伝い始めた。アルトも、魔法をかけてもらい丸めはじめる。


「もう一種類ぐらい作ろうかな?」とセツナが

違う味の飴を作り始め、鍋から取り出したところで

エリオが、魔法を加えてみたいといいだし場所を変わっていた。


エリオが、アルトに

「口から、火の玉が出たらカッコいいと思うっしょ?」と告げ

アルトは「すげー! 俺も、火の玉吐いてみたい」と賛成し

エリオが、攻撃魔法を詠唱しようとしたところで

フリードが、近くにあるフライパンで、エリオの頭を思いっきり殴りつけ

意識を刈り取り、厨房から蹴り出した。


セツナは苦笑しながら、飴に体力回復の魔法を加え

酒肴の奴らと、丸めていく。酒肴の奴らも、セツナに教えてもらいながら

飴を作り、魔法を使える奴が飴に魔法を加え結構な量の飴ができた。


飴が冷えるのを待って、フィーたちに送る分は瓶に詰める。

瓶に詰めたほうは、セツナが作った飴しか入れていない。


僕も、瓶を1つ貰い僕が作った飴を瓶の中にすべて入れる。

酒肴の奴らが作った飴と、余ったセツナの飴は

飴が10個ほど入れることができる、小さめの紙袋につめ

リボンで口を閉じていた。それを、籠の中に並べて食べたい奴が

そこから飴をとっていくようにと置かれる。


アルトは、自分で丸めた飴は全部鞄の中へとしまいこんでいたけれど。

とりあえず、フィーに送る飴が完成しさっそくフィーへと送ると

フィーが、不機嫌そうに僕の名前を呼んだ。


『サフィーなの?』


『そうなわけ。遅くなってごめん』


『本当に遅かったのなの。

 何をしていたのなの?』


アルトの事を話すと、面倒なことになりそうだったので

黙っておくことにする。


『あの飴は、セツナの手作りだったわけ』


『知っているのなの』


『……』


『それでなの?』


『在庫がなかったから、セツナに飴を作って

 貰っていたわけ。だから、時間が掛かったわけ』


『そうなのなの~。

 セツナに、ありがとうと伝えてほしいのなの~』


どうやら、機嫌がなおりつつあるようだ。


『どうして、瓶がふたつあるのなの?』


『1つはセツナが作った飴で

 もう1つは、作り方を教わって僕が作ったわけ』


『え? サフィーがつくったのなの!?』


心底驚いたという感情が、僕へと届く。

簡単な料理は作るけど、お菓子類は作ったことがなかったからだろう。


『そうなわけ。食べてみてほしいわけ』


フィーからの返事が暫くなく、美味しくなかったのかと

不安になり出した時、フィーが喜ぶ感情が届く。


『すごくおいしいのなの!

 サフィーの魔力が、含まれているのなの~』と幸せそうに

伝えてくれた。


暖かい気持ちで満たされ、飴を作ってよかったと思う。

フィーが、もう一度僕に『ありがとうなの』と言ってくれ

『セツナにも、ありがとうと伝えてほしいのなの』と念を押されてから

フィーの声が、途切れた。


機嫌がなおって、本当によかった。

完全に忘れていた事は、絶対に言わないようにしないと。

僕が焦っていた感情などは、流れているとは思うけど

初めて作った飴に、戸惑っていたのだと言い張ることにしようと決めた。


後日、フィー専用の机の上に僕が作った飴の瓶が置いてあった。

飴は少ししか減っておらず、フィーに他の精霊は気に入ってくれなかったのか

たずねると「サフィーの飴は、フィーだけのものなの」と言って誰にも

渡さなかったと教えられた。


「フィーの宝物なの」と笑って、瓶のふたを開け

飴を食べるフィーを見て、苦笑がこぼれるがなくなったら

また作ろうと決めたのだった。




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