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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 マトリカリア : 集う喜び 』

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『 サフィールとアルト : 中編 』

 いきなり姿を見せた僕に、アルトは驚いた表情を作り僕を見ていた。

アルトの表情は、普段通りに見えたけど。その目は、何時もの元気がない。

アルトの目は僕を見ながらも、耳はクロージャ達のほうへと向いていた。


メディラが、この場に来たことで一切の口論は止まっていたが。

剣呑な雰囲気は、未だ残ったままだった。


「サ、サフィール……さん」


メディラが、僕を見て顔色を失くす。

僕がなぜ、姿を見せたのかメディラにはわかっているのだろう。

そして、この問題が穏便には解決されないことも。


「メディラ」


「サフィールさん、今回だけは!」


「黙るわけ」


「っ……」


僕と、メディラの会話に不穏な空気を感じたのか

子供達が、不安そうにメディラを見た。


「僕が、発言を許可するまで誰も口を開くな。

 そして動くな」


僕の命令に、子供達が委縮する。

アルトだけは、首を傾げて僕を見ているけど。


「メディラ。僕の質問にだけ答えろ」


「はい」


「ここにいる全員、お前の生徒なわけ?」


「はい。そうです」


「学校がはじまった段階で、ハルの法律およびギルドの規約を一番に教える。

 これに間違いはないか?」


法律といっても、全てではなく

ハルで生活する上で、覚えておかなくてはいけないもの

ギルド本部があり、冒険者が多く集まることから

もめ事を起こさないために、一部の規約についても詳しく教える。


「ありません」


「ハルの法律の存在を知り、その法が意味するところを学んだ時から

 その法が適用され、法を順守する義務が生じ

 背いた場合罰則を受けるという事を

 ここにいる全員が知っている。それで間違いはないか?」


「間違いはありません。

 しかし、アルトはまだ法律を学んでいません」


僕とメディラの会話から、アルト以外の子供達の表情が消えていく。

アルトに、未だに押さえつけられているロイールの顔色は蒼白になっていたし

メディラの隣にいる、ミッシェルも同じように顔色を失くしながら震えていた。


メディラから視線を外し、アルトを見る。


「アルト」


「はい」


「アルトは、ハルの法律についてはどれぐらい知っているわけ?」


「簡単にしか知らないと思う」


「わかった。僕の質問に答えていって欲しいわけ」


アルトが頷いたのを見て、問うていく。


「アルトが、今押えている人間は

 アルトの武器を奪おうとした、間違いないわけ?」


アルトが頷く。


「その際、この人間に仲間はいたか?」


「いた」


アルトが答え、ロイールの取り巻き達に視線を向ける。

僕とアルトの視線を向けられた子供は、喉を詰まらせたような

声を出して、首を振りロイールの仲間じゃないと口々に叫ぶ。


「黙れ」


僕の一言で黙り込み、恐怖からか泣きはじめる。

アルトは、驚いたように僕と泣き始めた子供達を見ていたが

何も言わなかった。空気が読めるようで何よりだ。


「冒険者は、訓練場所、緊急の場合以外

 街での戦闘行為が禁止されているのは

 知っているだろう?」


ただし、ギルド職員と黒は除外される。


「うん」


「冒険者が、意味なく民間人に暴力を振るった場合

 冒険者の資格をはく奪されることも知っているな?」


「知ってる」


「冒険者が、理由なく民間人を殺めた時の罰則は知っているか?」


「確か、正当な理由がなく一方的に相手を殺した場合は

 死刑だったと思う」


「そうだ。次に、アルトは、昨日の夜アギトとエレノアに

 何を言われたか、覚えているか?」


「覚えてる。俺を無力化し、危害を加えようとした

 人間は、躊躇なく殺していいって言われた」


アルトの言葉に、メディラが息をのんだ。

まぁ……エレノア達は、奴隷商人に対しての忠告だったんだろうが

法律を、こいつらの軽そうな頭の中に叩きこむにはいい機会かもしれない。


間違っても、アルトはこいつらを殺そうとは思わないだろうし。


「さて、アルト。

 アルトは、その人間を殺しても罪に問われることはないわけ」


「え?」


アルトが、いきなり何を言うのかという顔をして僕を見る。

反対に、ロイールは体を震わせ始めた。


「冒険者に武器をよこせというのは、お前の命をよこせと

 言っているとの同義なわけ。武器を狙い攻撃してきた相手に対し

 ギルドは、相手を殺すことを認めている。逃げた場合

 ギルドは、各国に指名手配をしてまでもそいつを追い詰める。

 そいつが、手に負えないほど強かった場合は黒が殺しに行く」


「……」


「それだけ、冒険者の武器を奪うという行為は重罪だというわけ。

 それは、12歳なら法律を教わった時点で知っていて当然なわけ。

 彼等は知っていて、アルトの武器を奪おうとした」


すっかり頭から抜け落ちていたとは思うが。

知っていなければならない事で、覚えておかなければいけない事だ。


「だけど……」


アルトは、蒼白な顔をして涙を流し始めたロイールをチラリと見た。


「なぜ、それほどの罰が定められているのか。

 冒険者の持つ武器は、高価なものが多いわけ。

 僕の武器は、魔法を起動させるための指輪だけど

 これは、フィーが作ったもので売るとしたら

 大体、金貨100枚以上にはなるわけ。


 アルト、お前の持っている武器も特殊な武器で

 魔法が付与されている。どのような魔法が付与されているのか

 見てないから、僕にはわからないけど。値段をつけるとしたら

 最低でも、片方金貨30枚ぐらいの値段になるわけ」


多分、それ以上の価値があるとは思うけど。

アルトは、驚いたように僕を見て自分の腰の剣を見る。

自分が身に纏っている服や武器の、価値を考えた事は

あまりなかったんだろうな。


「冒険者は、ギルドのランクが上がれば

 上がるほど、いい武器を揃えていくわけ。

 生活費を削ってでも、いい武器を手に入れるために努力する。

 それは、自分の命を守るためだから。なぜか、理解できるか?」


「ランクが上がれば上がるほど、強い魔物と戦う事になるから」


正解をはじき出したアルトに、頷く。


「そうやって、積み重ねてきたものを

 殺して奪う事で、手に入れようとした奴がでたらしい。

 僕も生まれるずいぶん前のできごとらしいから、詳しくは知らないが

 たくさんの犠牲者がでた。だから、ギルドは決まり事を作ったわけ」


「……」


「いかなる理由があっても、他人の武器を奪ったもの

 奪おうとして襲われた場合、ギルドと黒を除き

 被害者本人もしくは代理人に限り

 殺すことを認めるとある」


アルトは、必死に頭を働かせて考えている。


「アルト、武器の使用を認める。

 ここで、そいつを殺してもいいわけ」


アルトが信じられないという、表情で僕を見た。


「サフィールさん!」


メディラが口を挟もうとしたのを、魔法で縛る。


「うるさいわけ」


「っ……」


「アルトができないというのなら

 僕が、殺してもいいわけ」


僕は、魔法を詠唱し始める。

ロイールは、今や恐怖で声を出すこともできないようだ。


「被害者本人、もしくは代理人に限りっていうことは

 俺が、殺さなかった場合どうなるの?」


「ギルドが、取り調べをしてから

 罪を決める。計画を立てて実行したのなら

 一番重くて死刑、軽くて右腕を切り落とすぐらいなわけ」


「右腕を切られるの!?

 お箸が持てないじゃないか!」


いや、アルトそれは全然関係ないだろう?

それに、冒険者なら箸より前に武器が持てないというところだろ?


この中で、アルトだけが緊張感がない……。

後で聞いたら、僕が本気じゃなかったからだと言っていた。


「ちなみに、武器強奪の仲間は左腕を落とされるわけ」


「左腕ならまだ、お箸が持てるからいいよね」


いや、良くないだろうアルト。

左腕を落とされると聞いて、悲鳴を上げたロイールの取り巻きとの

温度差がすごい。


「逃げるな」


走って逃げようとした子供を、魔法で縛り転がす。

僕が先ほど魔法を使ったことで、ギルドの影が気配を消して様子を見に来た。


僕と視線が合うと、一度頷き消える。

裏の人間を動かしている、オウルにでも報告しに行ったのだろう。

僕が、オウルの家へ行けない理由もわかってくれるに違いない。


まだ数人、この場所に張り付いているが子供を守る為ではなく

僕を、補助するために残っているようなものだった。


「アルトどうするわけ?」


「武器に、触られたわけでもないし。

 武器を持って、襲って来たわけでもないから

 もう、このまま家に帰ってもらってもいいと思う」


「それは許可できないわけ」


「うーん、なら奉仕活動でも

 してもらったらいいんじゃないかと思う」


「……はぁ?」


アルトの思考が、いまいち理解できない。

どうして、ここで奉仕活動が出てくるわけ?


「えっと、子供には更生する機会を与えるものだって

 本で読んだ。それで……確か。奉仕活動を通して

 自分自身を見直し、そして地域に貢献することで

 責任を自覚させるとかー」


とかーってなんなわけ。

周りにいる、影が肩を震わせてるじゃないか……。

いったい、何の本を読んでいるわけ? お前だって子供だろう。


メディラはこの辺りで、緊張感を解いた。

僕とアルトのやりとりで、僕が本気ではないことが分かったようだ。

だが、ここで甘い空気を出されたら無駄になる。


メディラだけにわかるように、殺気を飛ばすと

メディラは、青い顔をしながら背筋を伸ばした。


「殺す気はないわけ?」


「ない。これが、俺を狙う冒険者とか奴隷商人なら

 殺してもいいと思うけど。そうじゃないし。

 よくわからない理由で、因縁をつけてこられただけで

 自分の事を俺様とかいう変な奴に、絡まれただけだと思う」


何気に、酷いと思われる言葉を吐いているが

アルトには、全く悪気はないようだ……。


とりあえず、ロイールも取り巻きも自分の行いが

どれほど、重たい罪になるのかは理解できただろう。

これが、アルトでよかったわけ。他の冒険者なら、絶対に許さない。


ハルの子供は、時々こういう馬鹿な事をする。

魔物を見た事がないからか、魔物との死闘を目にしたことがないから

武器が、命を守るためのものだというのを、本当の意味で理解できていない。

冒険者の武器は玩具ではないし、アルトの冒険者ランクにしたって飾りではない。


それだけの実力があるから、青のランクになっているのだ。

それを、無謀にも素手で向って武器を奪おうとするとか馬鹿だとしか

言いようがない。これが他国ならば、見た目で判断することが

どれほど愚かな事か、理解している。アルトの身長が低かろうが

弱そうに見えようが、喧嘩を吹っかけたとしても

武器を奪うなんてことを考える奴はいないだろうに。


「アルトがそれでいいなら、明日まで牢屋に入ったうえで

 奉仕活動ということに、しておくわけ」


「牢屋?」


「そう。法に背いたのだから

 牢屋に入るのは当たり前なわけ。夜ご飯は抜きなわけ」


「えー! 夜ご飯が抜かれるのは嫌だ!

 今でもお腹が空いてるのに!!」


「アルトは抜かれないわけ……」


「ならいいか」


「……」


まるで興味を失ったように、ロイールの上から体をどかす。

話の流れが決まると、アルトは本当にあっさりと興味を失くす。

その切りかえは、見ていて清々しい。


先ほどの、罰の話にしても殺すという言葉には反対を示したけど

腕を落とすという話には、特に反対はしていない。

アルトにとって、ロイール達は正直どうでもいいのだろう。

僕が本気ではなかったという点も、考慮に入れているだろうが

これが、クロージャ達ならもっと違った答えが出たかもしれない。


ロイールは、固まったままピクリとも動かなかった。


「サフィール様」


影が僕の傍に来て、指示を仰ごうと声をかけてきた。

突然現れた人間に、アルトは警戒を示すが大丈夫だと告げると

警戒を解いた。


「そこの奴と、奥に転がっている奴を

 後ほど、牢屋に連れていってくれ。親に連絡を入れるのを忘れるな。

 これが、証拠の記録なわけ。親が何か言ってくるようなら見せるといいわけ」


影の数人が、頷く。


「今すぐでなくてもいいんですか?」


「まだ、終わっていないわけ」


その言葉と同時に、メディラの傍で顔色を失くしながら震えている

ミッシェルへと、視線を向けた。


「詳しく説明しなくても、僕が何を言いたいか

 わかっていると思うわけ」


視線をミッシェルの後ろにいる、少女2人にも向ける。

ミッシェルと同じように、獣人の事を悪く言っていた事から

同罪とする。


「人間であろうが、獣人であろうが

 口論することもあれば、喧嘩をすることもあるだろう。

 今回、僕はアルトが教室から出てきたところから

 見ていたわけ。僕には、どう贔屓目に見ても

 アルトに責が合ったようには思えない。

 例え、アルトに責があったとしても……。

 絶対に口に出してはいけない事があるわけ」


ガタガタと震えながら、頷くこともできない少女達。

一方的に、僕が苛めているようにも見える……。


「お前は最後、メディラが止めなかったら

 何を、その口から吐き出そうとしていた?」


「あ……」


「その言葉を告げようとした、前の言葉は何と言っていた。

 それは、ハルでは許される事か? いや、ハルだけでなく

 人として、それはどうなわけ? 人間はそんなに賢く偉い生き物なのか?

 自分と違う種族を見下せるほど、お前達は偉いのか?

 こいつらだけではない。お前達もそうだ」


ミッシェルたちから視線を外し、ぐるっと周りを見渡す。


「何をもって、お前達は自分以外の人を種族を見下しているわけ?

 人間ではない。親が居ない。身長が低い。それは、本人が努力して

 変えることができるものか? かえることができないものを責めるのが

 正しい事なのか?」


「……」


「親がいない奴を、馬鹿にするなら。

 僕のことも、馬鹿にしている。そう、受け取っていいわけ?

 僕も、親はいない。続けていうなら、エレノアにもバルタスにもいない。

 お前達は、黒である僕やエレノアやバルタスにも

 親無しという言葉を吐くのか?」


僕の言葉で、ロイール達だけではなく

違う子供達も、顔色を変える。彼等も、親無しという言葉を使ったことが

あるのかもしれない。


「それに、冒険者は学校に来てはいけないと誰が決めた。

 お前達に、それを決める権利があるのか。冒険者であろうが

 民間人であろうが、孤児であろうが、学びたい事があるのなら

 どこで学んでも構わない。どこで学ぶかを決めるのは本人であり。

 それを了承するかしないかを決めるのは、ギルドなわけ。

 お前が、口を出すことじゃない」


ワイアットのほうを見ると、彼は顔を青くしながら

一歩後ずさった。そこまで言って、僕は鞄の中から3通の黒い封筒を取り出す。


その封筒を見た瞬間、メディラが目に涙を溜めながら

必死に首を振っていた。話すことができないから、体でやめてほしいと

訴えているようだ……。


そんな、メディラの必死な様子をアルトが見て口を開く。


「サフィさん」


「なんなわけ?」


アルトが、僕の事をサフィールではなくサフィと呼んだことで

メディラの動きが一瞬止まる。驚いたようにアルトを凝視する。


フィーが、アルトに僕の事をサフィールではなくサフィと呼ぶように

教えていた。アルトは、最初は言いにくそうにしていたけど

すぐに慣れたようで、今はサフィと呼んでいる。


「クロージャ達が、色々言われるのは嫌だけど。

 俺は、あの人達に言われた事は気にしてない」


そう言って、ミッシェルたちを見る。


「そんな言葉は、聞きなれているし。

 他人にどういわれようが、どうでもいいんだ。

 だから……」


「アルト。お前はハルに来て、一度でも

 ミッシェルが言っていたような、言葉を耳に入れた事があるか?」


僕の言葉に、アルトは首を傾げて考える。

そして、目を見開いてないと答えた。


「それが答えなわけ。

 ハルでは、人間も獣人も平等なわけ。

 ここに、昔から住む国民には獣人族を差別する人間は

 ほとんどいないわけ。それだけ、ハルの人間は獣人族を

 受け入れ、普通に暮らしているわけ」


ハルには、変な会がある。

確か、ケモ耳・尻尾で萌える会だったような。萌えるってなんなわけ?

こんなふざけた、名前の会を作ったのはいったい誰なんだろうか。


「だから、俺がどこで買い物をしても

 にこにこして、おまけまでくれたんだ」


アルトが嬉しそうに、尻尾を一度振った。


「……」


きっと、この街の住人の一部は

子供の獣人を目にして、狂喜乱舞している奴らもいることだろう。

本人には言えないが、アルトは可愛いと言える部類に入る。


会のことは、アルトや酒肴の獣人の奴らには言えない。

会に入っている奴らも、絶対その事を口にすることはない。

ギルドも容認しているところを見ると、案外ギルドの人間が

関わっているのかもしれないなと思う。


内心でため息をつき、その会の事を頭から振り払いながら

アルトに続きを話す。


「そして、他国の人間もハルでは絶対にその言葉を口にしない。

 獣人差別は、ハルの法律でしてはいけないと定められているし

 それを破った場合、国外追放に処されることもある」


「え……」


「それだけ、獣人族との関係をハルは大切にしているわけ」


「ハルもリペイドと同じなんだね」


アルトが、嬉しそうに尻尾を振った。

そして、チラリとミッシェルたちのほうを見て

メディラを見て、それから僕がもっている黒の封筒を見た。


「あの人は、追放されるの?」


アルトの言葉に、ミッシェルは目に涙を浮かべはじめる。


「追放にはならないわけ」


「どうなるの?」


「獣人と問題を起こし、一方的な悪意があった場合としての措置は

 1度目は、注意。2度目は警告。3度目に永久追放となるわけ」


「なら、今回は注意になるの?」


「ならない」


「えー」


「アルト、ミッシェルはこういったわけ。

 ハルから、獣人を追放すればいいとね。

 これは、アルトだけに言った言葉じゃなく

 獣人族全体に言った言葉ととれるわけ」


「……」


「そしてその後の言葉も、問題なわけ。

 メディラが止めていたけど、止めていなければ

 ガーディルの奴隷制度を、肯定するような言葉を口にしただろう。

 それは、ガーディルでは罪には問われないだろうけど

 ハルでは、奴隷制度は認められていない。

 奴隷の売買、奴隷の所持は重罪になる。獣人に対して

 奴隷制を肯定するような、思考の持ち主を僕達は許すことはできないわけ」


奴隷商人の事を、口に乗せた時

アルトの表情が曇る。


「俺は、奴隷商人は嫌いだ。

 俺は、師匠に助けてもらえなかったら

 奴隷のまま、奴隷商人に殺されていたから」


アルトが俯いて、自分の境遇を口にした時

1番反応したのは、クロージャだった。目を見開きアルトを凝視する。

その顔は蒼白で、体を震わせこぶしを握り込んでいた。


アルトは俯いていたため、クロージャのそんな様子を見ることはなかったが

セイルと、2人の少女はアルトの告白に驚きながらも

辛そうに、そして心配そうにクロージャを見つめていたのだった。

 

アルトとクロージャの状態が、ある程度回復してから

アルトへと声をかける。


「ギルド、もしくは黒が悪質とみなした場合

 注意を飛ばし警告とするわけ。今回は、警告とするわけ」


メディラの瞳は、暗く翳り涙を落とした。

アルトはそれを見て、どういう罰になるのかと僕に問う。


「手の甲に、ギルドもしくは黒から警告を受けたという

 印をつけられる。その印は右手の甲につけられることになる。

 アルト。右手の甲に印の入っている人間には近づいてはいけない。

 手袋をしていても印は隠れることはないわけ。

 それを覚えておくわけ。右手に印がついている人間は

 大体が、獣人にいい感情を持っていないわけ。


 右手の甲に、印のある人間はギルドが経営する施設を利用できなくなるわけ。

 例を挙げると、図書館などの施設の利用ができない。

 冒険者だった場合、ハルで依頼を受けることもできない。

 そして、学院の入学許可もおりない」


「それって……」


アルトがミッシェル達をみた。彼女たちは放心したように

その場へと座り込んでしまっている。この印をつけられると

ハルでの生活は困難になるはずだ。ギルドの施設だけではなく

獣人に対して、好意を持っている民間人も商品の売買を

拒否する場合が多くあるからだ。


「消すことはできないの?」


「リシアの国境を越えれば、消える。

 だが、またリシアへと入れば印が浮き出るようになっている。

 後は、お金を払えば消してもらえるわけ。

 お金を払えば、印を消せるし施設も利用できるようになる。

 ただ、前科という形でギルドの記録にはちゃんと残るわけ。

 お金を払って、印を消したとしても次に同じようなことを

 繰り返した場合、国外追放になるのはかわらないわけ」


「お金かー。どれぐらいかかるの?」


「金貨150枚なわけ」


「え?」


「金貨150枚なわけ」


「そんな金額払えない!!」


「払えないなら、消せないわけ」


元々、消そうなんて考えは全くといっていいほどない。

金貨150枚なんて、民間人には絶対払えない金額を設定している時点で

誰にでもわかることだと思う。だが、他国の貴族がハルに来ることも多く

大体、獣人と問題をおこしハルの法律に触れるようなことをするのは

選民意識の塊の貴族なのだ。


そんな貴族から、お金を巻き上げるためのものと言っても

過言ではないかも……。貴族が、印を消すためにギルドに金貨を支払うと

受付に居る人間が、背中を向けてニンマリと笑っていることが多い。


それでいいのかと、思うこともたまにある。


ハルは、全てにおいて平等。

それは、他国の貴族においても同じ方針を貫いている。

色々と言われはするが、ギルドが売り出す魔道具や冒険者の

魔物に対する戦力。そして一番大きいのはキューブの存在だ。


どれだけ大きい魔物でも、一瞬で小さい箱の中に格納してしまえるキューブ。

その中にいれた魔物は、腐らず、傷まず持ち運びができる

捨てる個所のない魔物を、無駄なく持ち帰り処理できる。


キューブを作ることができるのは、今の所ハルだけだ。

各国も、必死になってキューブと同様のものを作ろうとしているようだが

成功例はないようだ。キューブを作ることができるのがギルドだけなら

キューブから、魔物を取り出すのもギルドの人間にしかできない。


他国は、キューブの技術を血眼になって盗み出そうとしているが

成功したことはない。オウカ達に、どうやって作っているのか

聞いたことがあるが、もちろん答えてくれるはずがなく


ただ、他国には絶対に作り出せないだろうと自信をもって告げた。

もしかしたら、時の魔法と空の魔法以外にもなにか必要なものが

あるのかもしれない。


ギルドと張り合った、国もあったようだが

冬はともかく、夏は傷むのが早く途中で挫折したようだ。

1度、契約を解除したその国は

再契約するときに色々と吹っかけられたらしい。


そのような理由から、ハルに無理難題を吹っかける貴族もなく

ハルに滞在している間は、ハルの法律を順守し

大人しくしているものも多い。初代は、いったいどうやって

各国に、ギルドを認めさせたのか気になるところではあるけれど

古くからある国に、資料を見せてほしいと願い出ても受理された事は

1度もなかった。ただ、碌な方法ではなかったことは想像できた。


これだけの結界を、何千年にわたり維持できるほどの

魔力の持ち主だったのだ……。きっと、色々しているだろうなと

想像しては、知りたいという思いが募った。


「サフィさん、他に方法ないの?」


アルトの声で我に返る。


「ないわけ」


僕の言葉に、アルトは耳を寝かせて悲しそうに僕を見る。


「アルトは、酷いことを言われたわけ。

 理解しているわけ?」


「理解してるけど。色々と言われるのは何時もの事だったし。

 それに……俺は、先生が悲しそうな顔をしてるのが辛いんだ」


そう言って、アルトはメディラを見た。

アルトの言葉に、少し違和感を覚える。


メディラが辛そうだから、ミッシェルの罰を軽くするように

アルトは僕に頼んでいるようだ……。それは、刑の減軽を願っているのは

ミッシェルの為じゃないという事か……。


アルトの、答えの導き出し方はセツナにそっくりだと言える。

だから、アルトもセツナのような甘さがある奴だと思っていたが

少し違うようだ。多分、メディラが普通でいれば

アルトは、何も言わなかったのかもしれない。


「結果はもう決まっているわけ」


それだけ告げ、魔法を詠唱する。

詠唱が終わった瞬間、ミッシェルとその後ろの2人の右手の甲に

黄色の印が刻まれたのだった。


メディラが、その印の色を見て僕を見て

ホッとしたような表情を浮かべた。彼女達に刻んだのは

正式な印ではなく、子供が間違ったことをした時につける印だ。


大人なら、迷わずつけていたかもしれないが

まだ、成人前の子供だ。さすがに、一度の過ちで正式な印はつけない。

ただ、彼女達にはこの印が偽物だという事は知らないから

いい薬になるだろう。


黄色でつけられた、この印を見た大人たちは

彼女たちを、正しい道へと導くべく動くだろうから。


印は、3日ほどで消えるようになっている。

その間、地域社会から色々と学ぶといい。


アルトは、耳を寝かせていたけど

ここで真相を伝えるわけにはいかないから、家に帰ってからでも

教えることにするわけ。鞄に黒の封筒をしまい、白の封筒に黒の線がひかれてある

封筒を3枚取り出す。メディラの魔法を解き、その封筒を手渡した。


「親に渡すわけ」


「承りました」


影たちのほうを向き、後の事は任せると伝える。


「承知いたしました」


とりあえず、これでいったん終わりでいいだろう。

ロイールもその取り巻きも、少女達も顔色を失くし静かにしているが

自分の言動が、招いた結果をしっかり反省してもらいたいわけ。


少々荒療治ではあるが、ギルドが開催する催しが近い。

ここで、甘い罰を与えて同じことを繰り返させないためにも

他の子供が、同じような間違いを起こさないためにも

きっちりと、理解させる必要があった。


「アルト、僕はそろそろ行くけど

 お前はどうするわけ? 孤児院で遊んで帰って来るわけ?」


僕の、問いかけに。アルトはクロージャを見てセイルを見て

セイルの傍に居る、少女2人を見てしょんぼりしたように俯いた。


アルトのその態度に、クロージャ達は首をかしげている。

アルトは、静かに顔をあげてメディラを見て告げた。


「メディラさん」


「え?」


メディラが、驚いたようにアルトを見る。

何を驚くことがあるのかと思ったが、学校では先生と呼ぶように

言われている事を思い出す。先ほど、アルトはメディラの事を

先生と呼んでいたのだから。


「俺、明日から学校には来ない」


「アルト!?」


クロージャ達が、アルトを呼ぶ。

メディラは、瞳を揺らしながらアルトの傍まで行き

目線をアルトに合わせるために、膝を折った。


「アルト。12歳以上の子供は

 学校で学ぶ権利があるの。それは、冒険者であっても

 同じことよ」


「いいんだ。俺は、学校をやめる」


メディラが困ったように、アルトを見ている。

クロージャ達が、アルトの傍に駆け寄り口々に気にするなと

一緒に勉強したいから、学校へ来いと説得していた。


だけどアルトは、頷かない。


「ワイアットが、間違っていると

 邂逅の調べの黒が、はっきりと話しているのを

 聞いただろ!?」


クロージャが、必死にアルトに言い募っているが

アルトは、クロージャを真直ぐに見ながらもやはり頷かなかった。


「アルト!」


「俺が、ここに来なければ

 クロージャは、傷つかなかっただろ?」


アルトの言葉に、クロージャがそれ以上

開かないんじゃないかと思うぐらい、目を開いて

アルトを凝視し、キュッと歯を食いしばった。


そうか、アルトは訳のわからない理屈で

武器を、奪われそうになった事より

獣人族だというだけで、暴言を吐かれた事よりも

自分を中心におこった騒動で

彼が傷ついてしまったことのほうを、辛いと感じたようだ。


自分に対する暴言は、慣れてしまっているが

初めてできた友人が、自分の騒動に巻き込まれ傷ついた姿を

見るのは、これが初めてだったんだろう。


「アルトのせいじゃないだろ?

 それに、俺はそんな弱くない。大丈夫だから気にするな」


「……」


アルトの説得をやめないクロージャ達と

自分の意思をかえる気がない、アルト。今日は、色々あったから

一度、アルトを家に連れて帰るほうがいいだろうと判断し

アルトに声をかける。


「アルト。今日は一度帰るわけ」


僕の言葉に、素直に頷く。


「メディラ。僕は、アルトと一緒に戻る。

 オウルに、今日はいけない事を伝えておいてほしいわけ」


メディラに告げるが、影が直接オウルに報告に行くだろう。

メディラが僕に頷き、そして影も小さく頷いていたから。


アルトが、僕の傍へと移動しようした時

クロージャとセイル、そして、2人の少女がアルトの腕や服を掴む。


アルトは、吃驚したように4人を見た。


「アルト。明日来いよ」


「アルト、待ってるからな?」


「アルト」


「アルト、明日も遊ぼう?」


アルトは、そっと4人から腕を引き抜き一歩後ろへと下がった。

そして、鞄から何かを取り出しセイルへと渡す。


「孤児院で食べて?」


確かあの箱は、家の机の上にもあったな……。


「アルト、学校が嫌いになったのなら来なくていい。

 だけど、孤児院へは絶対にこい」


クロージャが、お菓子の箱を見ながら焦ったようにそう告げる。

アルトは返事をしないまま、セイルに箱を押し付けようとした。


「お前が持って来いよ!

 お前が、明日持って来い!!」


セイルは叫ぶようにそう言って、箱を受け取ろうとはしなかった。

アルトは、今度は少女達に渡そうとするが、2人は手を背中のほうへと回し

受け取らないという意思表示をしている。


「そのお菓子は、凄く美味かった。

 できたら、弟妹達にも食べさせてやりたい。

 アルトが、弟妹達にたべさせてやってもいいと考えてくれているなら

 明日、アルトがそれを持ってきてくれ。そのほうがあいつらも喜ぶ」


クロージャがそう告げ、アルトに持って帰れと言った。


アルトが、年下や自分より弱いものに優しいことを知っている4人は

アルトが断れない事を理解している。


この4人は、絶対にここでは受け取らないだろう。

アルトは、暫く何かを考えてから箱を鞄の中にしまった。


「うん。明日持っていく」


「絶対だぞ?」


「絶対だからな!」


クロージャとセイルが念を押し


「約束したからね」


「待っているからね」


少女2人が、アルトに笑いかけて待っていると告げた。

アルトは、しっかりと頷いてから僕のほうへと歩いてきた。


「それじゃ、帰るわけ」


「うん」


なんとなく、落ち込んでいるアルトの背中を元気づけるように

叩こうとして、アルトに手を伸ばしたのにアルトがスッとその手を避けた。


「……」


「……」


「どうして避けるわけ?」


そんなに僕は嫌われているわけ!?

アルトは、困ったような表情を作り僕を見上げて


「うーん、よくわからないんだけど

 サフィさんに近づくと、ピリピリするんだ」


「ピリピリ?」


「うん。乾燥した日にドアの取っ手に触ると

 なんか、ピリッとするでしょう? あれに似ているような気がする。

 なんか、耳と尻尾が逆立つような……」


「……お前それって」


「なに?」


「アルトは、魔力感知ができるのか?」


「できる」


「セツナは、それを知っているわけ?」


「師匠が教えてくれたから、知ってる」


「アルトが、僕を避ける理由がやっとわかったわけ」


メディラと影が、興味深そうにアルトを見ていた。

普通、獣人族は魔力が使えない。だけど、たまに使える獣人がでるようだ。

魔力感知ができるということは、アルトは魔法を使えるはずだ。


それも、僕のこの状態の魔力を感知したとなると

魔導師としても、高い素質がありそうだ。

普通は、相手が魔法を使うか魔力を開放するか

しないと、魔力感知は働かないはずなのに。


内包魔力が高ければ高いほど、魔力感知の能力は高くなる。

獣人の魔導師を、あまり見た事がないから人間と同じかはわからないけど。


僕は、相手が魔法を使おうが、使うまいが魔力を感知するのは得意だ。

感知するだけなら、オウカやオウル。リオウやサクラ達もできるだろう。

僕はそこから、魔力の波長を読み取ることができる。


試しに、魔力を開放してみる。すると、アルトが「うわー。ビリビリする!」

とさらに僕の傍から離れる。その時、クロージャもアルトと同じように

僕から距離をとった。おかしいと思い、クロージャを見ると

それなりに大きな魔力を抱えている。これだけの魔力を抱えているのに

どうして、魔力封印の指輪をつけていないわけ?


魔力を持つハルの子供は、14歳になってから魔力制御を習う。

早い段階から、感情の制御を学ばせるのはあまりよくないという

理由かららしい。魔力制御を学ぶまで、魔力が暴走しないように

ギルドで検査を受けて魔導師になれる素質がある子供は

魔力を封印するためのものをギルドから受け取る。


少女のうちの一人は、魔力封印の魔道具を身に着けている。


リオウが使っていた、指輪と同じようなものだが

子供の体に害はない。リオウは、その魔力が大きすぎて

魔力を封じ込めるのが困難だったわけで、一般の魔導師ぐらいなら

体を害することなく、封じ込めることができる。


総帥の一族は、早い段階から制御と構築を学ばせるけど。

もって生まれる魔力が、一般の魔導師と

比べ物にならないほど、大きいから仕方がないだろう。


後は、魔導師の子供は親にその管理が任されている。

親が責任をとるのなら、子供に魔法を教えてもいいことになっている。

エリオは、それなりに早い段階から魔法に興味を持ち出し

サーラが教えていた。反対にクリスは、全く魔法に興味を持たなかったけど。

魔法が使える冒険者の子供は、見よう見まねで

試してみようとする為、事故を起こさないようにそのようになっていた。


「メディラ。クロージャに魔力検査を受けさせるわけ」


いきなり名前を呼ばれたクロージャが、身をすくませ僕を見た。


「クロージャは、内包魔力は高いですが

 魔導師としての素質はないと、検査結果がでていますが」


「今、僕の魔力を感知していたわけ」


「え?」


「たまに、そういう人間がでてくることもあるわけ。

 検査を受けさせて、魔道具を渡せ」


「はい」


メディラが、クロージャに声をかけ

この後、受付へ一緒に行く事を了承させている。


開放していた魔力を押え、アルトが感知できないぐらいまで

魔力を押える。セツナも、2種使いだから僕と同等の魔力を

もっているはずなのに、アルトが平然としていたから

アルトが、魔力を感知していたのだと気がつかなかった。


そういえば、あいつは何時も魔力を押えていた事を思い出す。

1種使い程の魔力なら、アルトは平気なようだ。


「アルト、これでどうなわけ?」


アルトは、ゆっくりととっていた距離を縮め

傍へと来て、僕の周りをぐるぐる回ってから「大丈夫」と笑った。


これで、アルトのノートを僕にも見せてくれるかもしれない。

嫌われていたわけじゃなくてよかったと思う。嫌われていたら

フィーに何を言われるかわからない……。


「帰るわけ」


「うん」


アルトの返事と同時に、フィーが作ってくれた

転移魔法の魔道具を起動させる。


「アルト、明日待ってるからな」


クロージャ達が、最後にもう一度念を押し

アルトが、苦笑しながらも頷いたのを見てから

転移魔法を起動させた。




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