『 サフィールとアルト : 前編 』
午前中に招集されていた黒の会議が終わり
アギト達と一緒に、セツナが僕達に開放してくれた家へと戻る。
帰り際に、リオウから渡された書類を珈琲という飲み物を飲みながら
適当に読んでいた。内容は、4年に1度開催される催しで使えない赤のランクの
人間をごっそりと、紫のランクまで落とそうというものだ。
この大会に出る人間は、相当腕に自信のあるやつか
その反対に、なかなかランクが上がらず鬱積が溜まり
問題行動を起こすような人間が集められる。
本当に、自分の腕を試すためだけに参加し
ギルドからの評価が高い、有能な冒険者は
大会が終わってから、それなりに救済はされるようになっている。
救済はされるといっても、自分自身が決めて参加したのだから
元のランクに戻すことはなかった。
白のランク、黒のランクは冒険者にとって目標であり
憧れであることが多い。セツナのように、黒になることを断る人間は
そうはいない。居ないといっても、アラディスは黒になれるだけの
実力を持ちながら、黒になることを断った人間だから
全くいないわけではないけれど。
もしかしたら、最短で白になれるかもしれない。
運がよかったら、黒になれるかもしれないという
誘惑に勝てる人間は、そうはいないのだ。
行き詰っている人間ほど、視野が狭くなる。
各国のギルドマスターに「そんなに、力が有り余っているなら
参加してみたらどうだ?」などと言われたら
ホイホイと釣られる馬鹿が多いのだ。
書類を読み終わり、アギトとエリオの口論を聞きながら
エリオも、ビートもいつか大会に出て白になってやるとか
話していたのに、あの反応を見ると、薄々何かを感じ取ったのか
何かしらの情報を耳に入れたのかもしれないな。
馬鹿だ馬鹿だと思っていた2人も、最近はマシになってきている。
セツナに影響されているのは、一目瞭然だろう。
ブツブツと文句を言いながら「苦いなぁ」と背中を丸めて
珈琲を飲むエリオの背中に視線を向ける。
エリオの体の中の、強い魔法を見て馬鹿な奴だと思った。
エリオにかかっている魔法は、アルトにかかっている魔法と同じものだろう。
違いは、この僕にも解けないほどの魔力が練られている。
あの馬鹿は、自分の気持ちを一生封印したようだ。
望みのない恋愛ほど、苦しいものはない。
それでも、惹かれてやまない気持ちは同じ男として理解できた。
僕が口出しするものでもないし、エレノアとセツナの会話に
耳を向けていると、エレノアがとんでもないことを暴露する。
しかし、ジャックならば、十分考えられることだと納得し
ぼんやりとした時間を楽しんでいた。この場所は、本当に気が緩む……。
それがジャックの結界のせいなのか、セツナが新しく張った結界のせいなのか
それとも、セツナが纏っている雰囲気のせいなのかはわからないが。
そんな気が抜けた状態の時に、フィーの声が脳裏に響いた。
『サフィーなの?』
『どうしたわけ?』
『お願いがあるのなのなの』
『なに?』
『お姉様達との話が盛り上がって
飴が食べたくなったのなの』
どうして、話が盛り上がると飴が食べたくなるのか
理解できないけど、多分それを聞くと不機嫌になりそうな気がするから
あえて聞かない。
『送ればいいわけ?』
『お願いするのなの~。
できれば、早く食べたいのなの』
『わかったわけ』
そう返事をしたところで、フィーからの声は途切れる。
よほど楽しい時間を過ごしているらしい。セツナがハルに来てから
フィーの表情が明るくなった。それは、セツナの事が好きだからという
理由もありそうだが、別の事も関係しているように思える。
今回の、フィーが出かけた場所も
今まで、一度も足を踏み入れなかった場所だ。
違う、フィーはこう言っていたはずだ
『サガーナに入ることは、許されていないのなの』
そう告げて、寂しそうに笑っていた。行きたいのに行けない。
そんな感じだった。それが、今回サガーナの精霊に会いに行っている。
多分。いや、ほぼ確定に近いだろう推測。
僕のチームに居る、エイクが話せないという事情と
フィーが、サガーナに行けるようになった理由は同じものだろう。
なら、その中心にいるのは……。やっぱりセツナという事なんだろうな。
この間、エイクに会った時に結婚すると伝えられた。
その時の、エイクの表情は何の憂いもなく本当に楽しそうに笑っていた。
そして、僕とフィーに頭を下げたのだ。妹の首輪が外れたと。
今まで、迷惑をかけたと……。特に、フィーには申し訳なかったと
何度も何度も謝っていた。フィーの返事は『きにしてないのなの』と
そっけなかったけど。
どうやって外したのか、誰が外したのか聞いても答えなかった。
フィーはもう、この時にはすべて知っていたのだろう。
口を挟むことはなかった。
嬉しそうな、楽しそうな心からの笑みを浮かべるエイクを見て
良かったと心から思った。
前のチームから、僕のチームへと移行しエイクの妹の首に奴隷の首輪が
付けられていることを聞いていた。鍵がないことも。
首輪を外す方法がないかと聞かれ、無いと答える。
あれは、首輪と鍵で一つの魔道具になっているから。
歯を食いしばり、苦しんでいるエイクを見て
フィーに、外せないか聞いてみる。外すことはできるが
この世界に、どれだけの奴隷が居ると思っているのかと告げられる。
精霊にとっても、獣人は人間よりも好感が持てる種族だが
人間と獣人の事情に干渉することは、あまりしたくないと言われる。
いちど、事例を作ると後々面倒なことになるからと。
フィーからの拒絶に、エイクは肩を落としたが
それでも、今回だけ手を貸してくれないかと頼んだところ
フィーは渋々了承してくれた。精霊が関わったことを口にしない。
精霊が、首輪を外せるという事を絶対に
誰にも言わないと、誓わされての了承だ。
だけど、エイクの妹は家から出ることができなかった。
フィーが、サガーナに行ければよかったんだろうけど
フィーは、サガーナには入れなかった。
エイクは、フィーに頼る方法以外をまた一から探す。
希望が見えた瞬間の、転落はエイクの心を更に疲弊させた。
日々精神を削られていくエイクを見ていることしかできなかった。
僕達に、心配をかけまいとして
元気に振るまってはいたが
独りになると、表情が無くなる。そろそろ限界だろうと考え
眠らせてでも、連れてきたらどうかと話すが……。
今度は、エイクの母親が娘を離さなかった。人間が信用できないと。
どうやって外すのかと聞かれて、答えられないエイクに
母親は不信感を募らせる。
必死に説得しようとしたらしいが、母親が頷くことはなかった。
母親の気持ちもわかる。弱っている娘を守ろうとする気持ちは理解できる。
家族と僕達との板挟みで、エイクの心も限界に近かったはずだ。
冬になり、それぞれが過ごしやすい場所で
冬を過ごす。それが、邂逅の調べの冬の過ごし方だったから
エイクは、サガーナへと帰る事になった。気にはなっていたけど
僕には、魔道具を持たせるぐらいの事しかしてやれなかった。
多分。僕の予想ではあるが
全ての転機の訪れは、あの日だったんじゃないだろうか。
突然、フィーが声をあげて泣いた日があった。
契約してから、ずっと一緒に居たけどフィーが声をあげて泣くのを見たのは
この日が初めてだった。泣きじゃくるフィーに僕は慌てることしかできない。
ただ……。フィーから流れてくる感情が、哀しい涙ではなく
嬉しい涙だと知ることができたから、まだましだった。
その感情は、今までの憂いがすべて晴れたといういうな気持ち。
これ以上の幸福はないという気持ち。
これで、怯えずに済むという安堵の気持ち。
様々な感情が、激流のように流れてきて僕まで幸福感に包まれる。
知らず知らずのうちに、涙が落ちていた。
フィーを抱き上げて、何があったのか聞いても首を振って何も答えない。
ただ、声をあげて涙を流し『よかったのなの。よかったのなの』としか言わない。
わけがわからないまま、フィーが落ち着くのを待っていた。
幸福感に包まれながら。
そしてこの日、一生忘れることができないほどの経験を僕はした。
フィーが落ち着き、僕の手を引いて外に出た瞬間、全身に鳥肌が立つ。
それは、言葉では言い表せないほどの強烈な魔力を感じたのだ。
凄まじいほどの、精霊の魔力。すべての大地に、全てのものに
祝福を与えているかのような魔力を、体全体で感じた。
『全ての精霊が、喜んでいるのなの』
瞳に涙をため、それでもなお嬉しそうに笑っているフィーの顔は
とても綺麗だった。その魔力から感じるのは、フィーと同じ喜び。歓喜。
暁の中に、目で見えるほどの魔力の輝きに僕は言葉を失っていた。
フィーが僕の手を離した途端、その魔力は感じられなくなったけど。
少しの間だけ、特別に見せてくれたらしい……。
何があったのか、どうして、精霊が喜んでいるのか
何度聞いても、フィーは教えてくれなかった……。
セツナとフィーが初めて会い、フィーが僕以外の人間に涙を見せた時に
こいつが、全ての鍵だと気がついた。フィーの話す精霊語は
ほとんどわからなかったけど、フィーから僕に流れてくる感情が
あの日の朝と同じものだったから。
『サフィーなの?』
『どうしたわけ?』
『何を考えているのなの?』
『……』
フィーが突然、声を飛ばしてくる。
僕の感情が、フィーに流れたのだろう。
その感情は……恐怖。フィーが僕から離れてしまうんじゃないかと。
セツナの記憶を、身勝手な感情で暴こうとしたから罰があたったのかと。
あの時の僕は、恐怖を感じていた。
それは、ずっと付きまとう事になったけど。
セツナの精霊と出会って、解消される。
【この精霊は、私のご主人様の事が好きだけど一番は貴方なのですよ】
フィーが、僕から離れるわけはないと思っていても
セツナは、特別だと言われればどうしようもなく不安に駆られた。
この言葉が、どれほど嬉しかったか……。
そして、セツナの精霊はもう1つ大事なことを教えてくれた。
フィーが、どれほど僕を守ってくれていたのかを
彼女が教えてくれなければ、僕は一生気がつかなかっただろう。
手を出してはいけない魔法に、手を出し研究していた祖父。
そんな、祖父の罪を断罪し、
フィーは、一瞬でその命をかき消してしまった。
両親と姉たちの苦しむ姿を目に入れ、幼い自分では
祖父を止めることも、殺すこともできない事に絶望を感じながら
祖父を殺すことだけを、胸に誓い生きてきた僕の前で
フィーは、言葉一つだけで祖父をこの世界から消し去ってしまった。
僕が長年、誓い続けその誓いが果たされる瞬間に
フィーは、僕からその権利を奪ったんだ……。
フィーを責め、憎み、そして更に僕の絶望は深くなる。
死ぬつもりでいた命を、フィーに助けられたから……。
死にたいと何度思った事だろう。
だけど、生きる希望を失いかけた時。
深い孤独に、沈みそうになった時。
なぜか、いつも優しい魔力を傍で感じていた。
そして、その魔力を感じた時は夢も見ずに穏やかに眠れたんだ。
【貴方の契約している精霊の魔法は、闇の眠りなのですよ。
悪夢にうなされることなく、朝まで気持ちよくねむれるのですよ】
彼女の言葉で、フィーは僕と契約する前から
僕を気にかけ、傍に居てくれたのだと……。
孤独だった僕の一番近くに、フィーはいてくれたんだと知った。
精霊は、契約していない人間に魔法を使う事はほとんどない。
僕が、フィーを憎んでいた事を知っていたはずだ。
それなのに、僕に魔法をかけてくれていたんだ。
言葉にできない感情が、胸を満たした。
精霊に恋愛感情を、抱くことができれば
僕は、迷わずフィーを伴侶に選んだだろう。
だけど、精霊と人間の間に、恋愛感情は成立しない。なぜかと問われても
そう創られているとしか言えない。多分、神が許さなかったのだろうな。
精霊との契約は、全てが筒抜けで色々と困ることも多いけど
それ以上のものを、精霊は人間に与えてくれる。
そこまで考え、ふとセツナの精霊の瞳を思い出す。
彼女が、僕とフィーを見つめる瞳は
見ているこちらが、切なくなるような感情を乗せていた。
セツナが、本当の意味で
クッカと絆を結べる日が来ることを願う。
精霊は、本当に惜しみなく愛を与えてくれるから……。
クッカの為にも。
そして、セツナの為にも。
『サフィ? 聞いているのなの?』
『聞いているわけ』
『くだらないことを考えていないで
早く、飴を送るのなの』
フィーの少し不機嫌な声の中に、僕の事を心配する感情が流れてくる。
僕は、空になったカップを手に立ち上がる。
『もう少し、待っていて欲しいわけ』
『早くしてほしいのなの!』
『わかったわけ』
今日も、僕のお姫様は我儘全開なわけとため息をつき
そう言えば、クッカはフィーとは全く違う性格をしていたような気がする。
フィーが、精霊とはこういうものだと話していたから
精霊は、我儘なお姫様みたいな感じだと思っていたのに……。
クッカはどう見ても、お淑やかな……。
『サフィ……』
『……』
どこか、怒気をはらんだような声をフィーが出す。
『なにか、とても失礼なことを考えられているような
感情が届いたのなの』
『き、きのせいなわけ』
『ふんっ!』
フィーからの声が消え、バルタスに昼食はいらない事を伝え
転移魔法を発動して、邂逅の調べに割り当てられている部屋へと戻り
用意をしてから家を出た。これ以上待たすともっと機嫌が悪くなる。
オウルとの待ち合わせには、まだ時間があるのでギルドの近くの
お菓子屋に、お願いされた飴を買いに行く。飴と言っても結構種類があり
どれを買うか悩むが、店員が勧めてくれたのは色々な味が楽しめる
贈答用の飴だ。大瓶に入ってお得な値段らしい。
とりあえず、それを購入し魔法でフィーに送ったのに……。
『これじゃないのなの!』と言って送り返された。
送り返すことはないわけ……。
『セツナがくれた、飴が食べたいのなの』
なら、それを先に言ってほしいわけ。
すぐそばに、セツナが居たのだからどこで買ったのか
聞くことができたはずだ。
今から戻るのも、面倒だなと思いながら
懐中時計を懐から取り出して、時間を見る。
オウルの家に行くには、少し早い時間だし
戻るにしては、中途半端な時間になってしまう。
悩んでいたところで、学校が目に入り
そろそろ、午前の部の生徒が捌ける時間だと思い出す。
そこで、アルトを捕まえて聞いたほうが早いと思い
学校へと足を向けた。
丁度、給食を食べ終えたのかちらほらと生徒が外へと出てきている。
立ち止まってしゃべりながら、午後からの予定を立てているようだ。
暫くして、アルトが姿を見せ声をかけようとした時に
アルトに声をかけた少年が居た。その声音に、不穏なものを感じるが
黒である僕の影響力を考え、気配を消して見守ることにした。
「おい、待てよちび!」
アルトに向かって、そう告げる少年。
呼ばれたアルトは、気にした様子も見せず振り返りもしない。
アルトの隣に居た、少年2人が眉間にしわを作りながら
少し振り向くが、無視して前を向き何かを話しながら歩く。
無視されたことに、腹を立てているのか
顔を赤くしながら、小走りでアルトの所まで行きアルトの腕をつかむ。
アルトは、わざと避けなかったようだ。
「待てって言ったのが、聞こえなかったのかよ」
アルトの腕をつかんだ少年が、低い声で威嚇するようにそう告げた。
アルトの隣にいた少年が、彼の事をロイールと呼ぶ。
アルトはといえば、腕を掴まれたまま睨み返している。
「俺は、ちびなんて言う名前じゃない。
自己紹介はした。名前も覚えられないぐらい馬鹿なのか?」
「っ……」
身長の事を言われたせいか、少しむっとした表情を作りながら
アルトも負けずに言い返している。サーラが、アルトが苛められないか
心配だ、心配だと昨日の夜騒いでいたけど。
僕にはどう考えても、アルトが苛められるような性格をしているとは
思えなかった。僕達にでも、嫌なことは嫌というし、怒るときは怒る。
大体アルトが、怒るとしたらセツナとの時間を邪魔されたときなのだが……。
それ以外で、本気になって怒ることはめったになかった。
なにかされたら、やり返しているし、そのやり返し方も
容赦がない時のほうが多い。アルト専用の棚に置いてあるお菓子を
エリオが食べた時は、酒肴の奴らを仲間に引き入れて
エリオの食事の半分が、アルトの皿に盛られるようにしていたり。
遠慮なく、周りの人間を使っている。
はっきり言って末恐ろしい。誰をどのように味方に引き入れたら
相手が反撃できないかを、ちゃんと考えて行動しているのだから。
あの家で、1番発言力があるのはセツナだが
2番目は、間違いなくアルトだ。まぁ、アルトの場合は
面白がって、皆が手を貸しているわけだけど。
だけど、僕達に向かってあのような言葉を吐いたことは一度もないし
相手を、心底馬鹿にしたような目を見るのも初めての事だった。
あのような一面もあるんだなと、少し驚いた。
大人たちには、見せない一面を見せるアルトに後でセツナ達にも
見せてやろうと思い、記録用の魔道具を取り出し発動させた。
よくわからない理屈に、よくわからない口論を適当に聞き流しながら
アルト達を観察していると、大体の人間関係の把握はできた。
ロイールとその取り巻きが、親無しと言ったことから
アルトの隣にいる少年達は、孤児院の子供のようだ。
名前は、クロージャとセイルというらしい。
アルト達とは、ほんの少し距離をとって立っている子供もいる。
われ関せずといった感じで、成り行きを見ており
その傍には、2人の女の子が心配そうにアルト達を見ていた。
ロイールと、その取り巻き対アルト達という構図になっている。
一触即発の空気に、周りは固唾をのんで見守っていた。
しかし、いつの時代にもロイールのような子供は居るんだなと
苦笑する。僕も、子供の頃は身長が低かった。十分な栄養を取ることが
できなかったのが原因だったのだが、身長が低いからとか
大人しそうだからと絡んできた奴を、悉く半殺しにしたのはいい思い出だ。
まぁ、アルトは優しい奴だからそこそこ手加減はするだろうし
ビートとエリオが、アルトが誰かに怪我をさせて傷つくことがないように
喧嘩の仕方を教えていたから、アルトならうまくやるだろう。
子供の喧嘩を見ているのも飽きてきた。
そろそろ、オウルの所へ行くかと踵を返しかけた時
聞き捨てならない声が響いた。
「今なら、お前の武器を渡したら許してやる」
ロイールが、アルトに武器をよこせと告げた。
その言葉に、アルトの纏っている空気ががらりと変化した。
隣に立っている、クロージャとセイルもアルトの変化に気がついたようだ。
小さい声で、アルトを呼んでいるが、アルトはロイールから視線を外さない。
アルトの射るような視線に、ロイールは一瞬ひるむが
続けて、アルトの火に油を注ぐようなことを言っていた。
「冒険者が、自分の武器を渡すわけがないだろう」
感情のこもらない声で、アルトがロイールに答える。
ここで引いておけばいいものを、ロイールは無謀にもアルトの武器を
力づくで、奪い取る行動にでたのだった。
思わず、深く溜息を付いてしまう。
見てしまったからには、僕も動かなければならなくなった。
黒としての仕事を、放棄するわけにはいかないから。
もう暫く様子を見て、動くか……。
ロイールと取り巻きが、攻撃する態勢に入り
アルトの隣に居た、2人の少年達も拳を握り戦闘態勢に入る。
だが、アルトが2人を下がらせた。
「クロージャとセイルは、下がっていてくれる?」
アルトの言葉に、2人は驚いたようにアルトを見て
否を唱えた。それにアルトは、笑って答える。
「大丈夫。俺1人で十分だから」
アルトの言葉に、ロイール達の顔は赤くなり
ロイールとその取り巻きは、アルトに殴り掛かろうと
足を一歩踏み出した。その一歩目を踏み出した瞬間
アルトが、真直ぐロイール達を睨み背筋を伸ばして
闘気を放つ。アルトの放った闘気に、驚いたのか全員の足が止まった。
ビートとエリオが、教えた事が早速役に立っているようだ。
あの馬鹿達も、たまには役に立つらしい。
僕達からしたら、まだまだ未熟な闘気だが。
本当の戦闘というものを知らない、子供から見たら
十分脅しになるようだ。
ロイール以外は、心を折られているようで動けないだろう。
さすがはというべきか、引くところを知らない愚かな奴というべきか
リーダー格の、ロイールだけはまだ戦う気らしい。
子供にしては、それなりの威力がある拳をアルトに向けて
放っていたが、アルトは簡単にそれをさけた上でその手を払う。
そして、ロイールの足を払い地面に転ばせた後
右手をひねりあげ、ロイールの背中にのり押さえつけ
動けないように取り押さえていた。じたばたと暴れ、暴言を吐き続ける
ロイールに、アルトはぼそっと呟く。
「この後、どうすればいいんだろう?」
ビートとエリオの忠告は、中途半端だったようだ。
誰かが、ギルドに駆けていったことからそのうちメディラが来るだろう。
その前に、僕が出て決着をつけてもよかったが
何度も、説明するのも面倒なのでメディラが来るのを待つことにした。
ロイールが取り巻きに、助けるように叫んでいるが
痛がっているロイールを見て、自分も同じ目に合うんじゃないかという
恐怖から固まったままピクリとも動けない。
そんな少年達のいざこざに、1人の少女の声が響く。
「やっぱり、獣人族って野蛮なのね」
その声に1番に反応したのは、アルトではなくクロージャだった。
僕の仕事を増やしてくれそうな予感に、眉間にしわが寄る。
あの少女が、これ以上馬鹿なことを口走らない事を願うが
それは叶いそうにないな。あの少女が、アルトを見る目は完全に
敵として認識している視線だから。
「種族は関係ないだろう?」
「獣人なんて目障りなだけだわ。
ハルから追放してしまえばいいのに」
「ミッシェル!」
クロージャが、睨みながら少女の名前を呼んだ。
そこに、ずっと傍観していた少年が口を開く。
「獣人かどうかは、どうでもいいけどさ
アルトがここに来なければ、こんな問題は起きなかった。
冒険者なら、こっちじゃなくて冒険者のほうの授業を
受ければよかったんだ」
少年は、アルトを真直ぐに見てそう告げた。
「いい加減にしろ! ワイアット」
クロージャが、少女から視線をはずし
ワイアットと呼ばれた少年のほうへと、視線を向けた。
「本当の事をいっただけだろ?」
「ハルでは、12歳以上の子供は等しく
学校へ通う権利が認められている。
それは、ギルドが決めた事で俺達が口出しすることじゃないだろ」
クロージャが、ワイアットに正論を告げているが
ワイアットは、聞く耳を持っていないようだ。
クロージャという少年は、なかなか賢い子供のようだ。
「そうだ。冒険者はここに来るな!」
アルトに、背中を膝で押さえつけられている
ロイールが、顔を歪めながらも悪態をつく。
「黙れ、ロイール」
「お前が黙れ、親無し」
セイルが、すぐさまロイールの言葉に反応し睨み合う。
混沌としたこの状況で、周りはアルトを見ながら
アルトは、冒険者だから冒険者のほうの授業を受けるべきだという
声が多く聞こえる。所々、一緒に勉強してもいいと思うという声も聞こえるが。
「ほら、他の奴も同じことを言ってるじゃねぇか!」
勝ち誇ったように叫ぶロイール。
「そ、そんな、ことないもん!」
「そうよ! アルトは、私達と一緒に勉強するの!」
ロイールの声をかき消すように
2人の少女が、瞳に恐怖を宿しながらもアルトを庇っていた。
小さな勇気を振り絞って、少女が戦っている横で
ワイアットは、クロージャを睨みながら口角をあげた。
「大体、お前はミッシェルに注意できる立場にあるのか?
お前が、獣人族の事を……」
「ワイアット!」
ワイアットの言葉を遮る様に、セイルがワイアットを殴りつけ
地面へと倒した。殴られたワイアットは、地面に手をつきながら
セイルを鋭く睨むが、セイルがもう一発殴りつけようと拳を振り上げたのを
無表情のクロージャが止めた。
「セイル。大丈夫だ」
「離せよ!」
「セイル」
「……」
クロージャに止められ、セイルが拳を下ろす。
「ワイアット。クロージャに謝れ」
「……」
「謝れっていってんだろ!」
セイルに言われたからか、
少しは、悪いと思ったからなのかワイアットがクロージャに謝る。
「わるかった」
「もういい」
ワイアットの謝罪を、クロージャは無表情で受け取っていた。
3人の諍いを、アルトは口を挟むことなく見ていた。
アルトの耳は、ひっきりなしに動いており
騒動の中心にいるアルトが、1番落ち着き払い情報を集めていた。
そして、そんなアルトを見て少女がまた言葉を落とした。
「貴方のせいよ。貴方が来なければ
あの3人は、喧嘩することなどなかったし
私だって……」
そこまでいって、唇をかみ一度俯いてから上げた顔には
アルトを見下すような光を見せていた。
「それに、大体ガーディルでは獣人は……」
「黙りなさい!」
ミッシェルと呼ばれた少女が、全てを口にする前に
メディラが、大声をあげて黙らせた。
僕がここに居なければ、メディラが、穏便に解決しただろうが
聞いてしまったからには、黒の仕事を遂行しなければならない。
気配を消すのをやめて、アルト達に近づく。
一番最初に、僕の気配に気がつき視線を向けたのは
メディラではなく、アルトだった。
ありがとうございました。