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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 マトリカリア : 集う喜び 』
17/130

『 アルトと学校 : 後編 』

 ざわざわと揺れる教室に、先生が扉を開けて入ってきた。

先生が、教壇へと立った瞬間全員が前を向いて先生を見る。


先生は、少し目を細めて教室を眺めていたけど

特に何も言わなかった。


2時間目の授業は、算数で先生が宿題の用紙を集めてまわり

その後、前回の続きという事で授業が進んでいく。


俺の傍に来た時に、わからない箇所があったら

手をあげて聞いてくれていいからねと、言ってくれたけど

1時間目の授業と違って、知っている事ばかりで

暇だなと感じながらも、真面目に話を聞いていた。


先生に指名されて、セイルは黒板に書かれた問題を解きに行っている。

セイルは算数が苦手みたいで、あーとかうーとか

言いながら必死に考えているようだ。


俺とクロージャは、黒板に書かれた問題を

ノートに書き写してから問題を解き、今は教壇の上の人達が

問題を解くのをぼんやりと眺めていた。


今何時頃だろうと、教室に掛けられている時計を見ると

時間は、そろそろ11時になろうとしている。


図書館へ行く前に、クロージャ達が簡単に授業時間について

教えてくれたのを思い出す。


学校のある日は、先生が教室に来るまでに席に座ってないといけないようだ。

9時に先生が教室に来て、10分間は連絡事項やギルドからのお知らせなどの

話をした後、9時10分頃から10時10分までが1時間目になるようだ。


今日みたいに、どこかへ出かけたりする場合は時間が延びる場合もあるらしい。

大体は、10時10分から10時30分までは休み時間になって


10時30分から11時30分までが、2時間目となるらしい。

それが終わったら、昼食で食べ終わった人から帰ってもいいようだ。


食べきれないようなら、残して家に持って帰ってもいいと教えてくれた。

エリオさんは『アルっちには、ちょっと物足りないとおもうけどな。

足りなかったら、酒肴で何か作ってもらってたべるといいっしょ』と笑い


そんな、エリオさんと俺の話を聞いていた

バルタスさん達が、遠慮なく食いに来いと言ってくれたので

足りなかったら食べに行こうと思う。バルタスさんのお店の庭に

転移魔法陣があるから、家に帰って食べてもいいけど。


そんなことを考えながら、ぼんやり黒板を見ていると

セイルが、問題を解き終わり自分の席へと戻ってくる。

セイルは、椅子に座った途端「はぁー」とため息をついているのを

クロージャが見て、呆れたように「もう少し勉強しろよ」といっていた。


セイルは、少し後ろを振り向いて「うっせー」と口を尖らせたあと

クロージャを、一瞬睨んで前を向いた。


先生は、セイルが出した答えに大きく丸を入れて

何か質問はないかと全員に問い、質問がないのを確認してから

教壇に纏めてあった用紙を手に取り、配り始めた。


先生が配った用紙は3枚あり

クロージャが、用紙の一枚を俺に見せるように持ち上げて

一番上の部分を指さした。


「ここに名前を書いてから、問題を解いていく。

 んで、時間内に終わらない分が宿題になるからな」


全部の用紙に名前を書いてから、周りを見ると

みんな一斉に、問題を解き始めている。前の席のセイルをみると

頭を抱えながら問題を解いている。セイルから問題用紙へと

視線を落とし、問題用紙を簡単に読んでいく。


1枚目は、時間の換算。

2枚目は、時間と分と秒の換算。

3枚目は、時刻の問題。と用紙に書かれている。


俺は、3枚目の問題用紙から始めることにする。

3枚目は文章問題が書かれてあって、ちょっとワクワクした。


1問目・ギルドに午前9時から午前10時20分まで行きました。

何時間何分ギルドに居ましたか。


2問目・家を午後3時にでて、40分後に学校へ着きました。

学校へ着いた時間は何時何分ですか。


3問目・……。


ワクワクしながら、文章問題を読んだのに!

考えていたより、ずっと簡単な問題でがっかりしながら問題を解いていく。

そんなに時間が掛かることなく、1枚目の問題も2枚目の問題も終わる。


時計を見ると、11時30分までまだ10分近くあった。

やることがないので、鞄からノートを出して師匠が書いてくれた問題を

解き始める。前の席に座るワイアットが、動いた気配がした後すぐ

「せんせー、アルトが遊んでます」という声が、静かな教室に響いた。


ワイアットの声に、俺は顔をあげてワイアットを見るが

彼はもう、前を向いていた。俺の横に座るクロージャが小さく舌打ちし

苦虫をかみつぶしたような表情を作っている。セイルは、ワイアットを見て

俺を見て、肩をすくめた。


先生が、教壇から降りて俺の傍まで来る。

怒られるんだろうかと、緊張しながら先生の言葉をまつ。


「アルト? 問題用紙はどうしたの?」


俺にそう問う、先生の声音は怒ってはなかった。

ホッとしながら、先生の質問に答える。


「できました」


「解き終わったの?」


「うん。3枚とも、終わった」


俺の返事に、俺から少し離れた席の女の子が

勢いよく顔をあげて、俺の顔を凝視した。一瞬目があったけど

冷たい目で睨まれた後、すぐに視線を問題用紙にもどした。


俺の声は、教室全体に聞こえたみたいで

ロイールも、そしてワイアットさえも驚いたように俺を見ていた。


「アルト、本当に終わったのか?」


クロージャが、俺の机の端に置いてある問題用紙を見る。


「終わった」


「早いな……」


クロージャは、それだけ言って問題に意識を戻した。

セイルはまだ俺を見ていたが、先生に注意されると慌てて前を向いた。


「アルト。次から、全部解けたら

 私の所へ持ってきてくれる? 答え合わせをするから」


先生の言葉に頷くと、先生は説明不足でごめんねと謝ってくれた。


「それで、そのノートはなにかな?」


「これは、師匠から出された問題」


「見せてもらってもいい?」


「うん」


ノートを一度閉じてから、先生に渡す。

先生は、ノートをペラペラと捲りながらため息をついた。


「アルトはもう、掛算も割算もできるのね?」


「うん。今は分数の掛算と割算を教えてもらってる」


「そう」


微妙な笑顔を作りながら、先生がノートを返してくれた。

そして、小さな声で「ナンシーさんが話していた、非常識の意味が理解できたわ」

と呟いた後、俺がじっと見ているのに気がついたのか

にっこりと笑ってくれたけど、その笑い方が俺の勉強を邪魔する

酒肴の人やエリオさん達とそっくりだったから、何も言わないことにした。


そんな難しい問題は、学院へ行ってからすればいいとか

師匠に、もっと簡単な問題をだしてもらえるように頼んでやろうかとか

余計なお世話だと思う。俺と師匠の勉強には、口を出さないでほしい。


師匠が簡単な問題しか、出してくれなくなったら困るじゃないか。

俺は、先生から何か言われる前に聞きたいことを聞くことにした。


「問題を解き終わったら、ノートの問題を解いてもいいですか?」


先生は一瞬、ノートに視線を落としてから

一度頷いて、口を開いた。


「ええ。全問正解してからなら

 好きなことをしていいわ。ただし、おしゃべりは駄目。

 静かに自習すること。いい?」


「はい」


「じゃぁ、問題用紙を持って教卓の前まできてね」


先生が、教壇の前に置かれている教卓へと戻り

その後ろをついていき、解き終わった問題用紙を渡した。

先生は、師匠と同じように赤い鉛筆をもって丸を付けていってくれる。


見直しもしたから、全部正解している自信はある。

でも、時々つまらないことで間違えるからドキドキしながら

答え合わせが終わるのを待っていると、先生が机の上に置いてある

判子にインクをつけて、俺の問題用紙の名前を書いた辺りに押し付けたあと

赤の鉛筆で何かを書いてから「よくできました。3枚とも100点ね」と言って

問題用紙を返してくれた。


返してもらった、問題用紙の名前の辺りを見て見ると

花の形をした判子が押されてあって

その中に【たいへんよくできました】と文字が入っている。


その下に、今日の日付ともう1つ星形の判子がおされてある。

星の中に入っているのは数字で、【1】となっていた。


俺が席に戻ると、先ほど俺と視線が合った女の子が

問題用紙を先生に渡しているところだった。


席に座ろうと、椅子を引くと同時にクロージャが立ち上がる。



「今日こそは、俺が1位をとるつもりだったのにな」


「1位?」


「そっ。名前の下に星形の判子がおしてあるだろ?」


「うん」


「それは、時間内に問題が解けて全問正解した人にしかもらえない判子だ。

 一度間違えても、時間内に訂正して正解すると判子がもらえる」


「へー」


「1位から3位まであって、ここの所ずっとあいつが1位だった」


クロージャの視線は、今答え合わせをしてもらっている女の子に向いていた。


「今日こそは、あいつを蹴落とそうと思っていたのに

 アルトに先を越されたわけだ」


「ごめん」


なんとなく悪いことをしたような気がして

思わず謝る。


「謝るなよ。それが、アルトの実力だろ?

 次は負けないからな! 手加減するなよ?」


クロージャは笑いながら告げると、先生のほうへと歩いていく。


机の上に置いた、問題用紙の判子を見て

なんとなく、笑いたい気持ちになった。嬉しいと感じた。

次も、1位の判子をもらえるように頑張ろうと思った。

そして、帰ったら一番に師匠に見てもらいたいと思った。


クロージャが、席に戻って来て机の上に置いた問題用紙が目に入る。

クロージャの、名前の辺りを見ると【2】の判子が押してあった。


クロージャの順位は、3位だと思っていたけど

あの女の子はどこか間違ったらしく、クロージャは2位の判子をもらっていた。


クロージャは、「まぁまぁか」と呟き

間違った箇所を訂正して、席に戻った女の子はずっと俯いたままだった。


時間が来て、先生が授業の終わりを告げると

周りから、様々な感情が流れ出す。時間内に終わらせることが、できなかったため息だとか

授業が終わったことの喜びだとか、お昼は何だろうという楽しみだとか色々だ。


クロージャは、鞄の中に教科書や問題用紙を入れ机の上を片付け

セイルは、机の上にへばりついて動かない。

エミリアとジャネットは、机を動かそうとしていた。


「アルト。アルトも机を動かしてー」


「どうして?」


「お昼を、一緒に食べるために机をくっつけるの」


「へー」


エミリアとジャネットが、あれこれと指示を出してくれながら

6人が顔を合わせて食べることができるように、机を横にする。


机にへばりついていた、セイルも動きだし机を動かした。


「おい、セイル。場所変われ」


ワイアットが立ち上がり、セイルの場所へと移動し

セイルが、チラリとワイアットを見てから俺の横へと移動した。


俺の隣になりたくないって事なんだろう。

クロージャが、口を開きかけるが俺が首を横に振ったのを見て

ため息をついただけに終わった。


これから、お昼なのに険悪な雰囲気になるのも嫌だ。

周りを見て見ると、他の人達も適当に纏まって机をつけあっていた。


準備が終わって暫くすると、ギルドの職員の人が教室へと来て

1人1人の机の上に、四角い箱のようなものを置いていく。

1つは、正方形に近い形の大き目の箱。もう1つは長方形の箱だ。

そして、全員に箱のようなものがいきわたったのを確認してから

先生が「召し上がれ」と告げ、それぞれが信仰する神に祈ってから

クロージャ達が、正方形の箱のふたを開けたのを見て俺も開ける。


ふたを開けた瞬間、目に入ってきた食べ物に

少し感動する。箱の中には、ご飯が半分入っていて

残りの半分は、色々なおかずが綺麗に盛り付けられていた。


美味しそうな匂いに、お腹がぐーっとなる。


「食べないのー?」


エミリアが、お箸に肉団子みたいなものを刺しながら首をかしげる。


「食べる!」


そう返事をしてから、長方形の箱のふたを開ける。


長方形の箱には、お箸とフォークとスプーンが入っていた。

俺は迷わず、お箸をとり食べ始める。お箸の使い方は、一生懸命練習したから

ちゃんと使えるようになった。アギトさんと、サーラさんがエリオさんよりも

上手だわと褒めてくれるまでに上達した。何回も何回も、口に運ぶまでに落として

苛々としたけど、使えるようになったらお箸のほうが便利に思えた。


四角い箱の中に入っているご飯を見て、少し複雑な気持ちになったけど

アギトさんの言葉を思い出して、ご飯を口の中にいれた。


ご飯を食べるのは2回目だ。パンも好きだけどご飯も美味しいと思う。

だけど、師匠の前ではご飯は食べないと決めている。


あの時の師匠は、本当に辛そうだったんだ……。


あんな師匠の姿は、二度と見たくない。

師匠が居ない時に、アギトさんがこっそり教えてくれた。

ご飯は、師匠にとって辛い記憶がよみがえる食べ物かも知れないって。

ご飯を見ることで、師匠が辛い気持ちになるのなら食べなくたっていい。

アギトさんにそう話すと、アギトさんは笑って師匠が居ないところで

食べればいいと言ってくれた。師匠が食べれないから、俺も食べないって

わかると、師匠が無理して食べようとするかもしれないからって。

俺は自由に食べていいんだって。


だから、食べたくなったらバルタスさんのお店に

卵かけご飯を、食べに行くつもりでいた。今日まで忘れていたけど

学校でご飯が出るなんて、思ってもみなかったな。


肉団子を口に入れて、ご飯も同時に口に入れる。

すごくおいしいと思う。こんなおいしいのになぁ。

師匠に何があったんだろう……。


後日、学校のご飯がすごくおいしかったと

師匠に話した時、何を食べたのと聞かれて少し焦って肉団子と答えた。

食べたものから、話をそらすために四角い箱の事を話すと

四角い箱の名前を教えてくれた。お弁当箱というんだって。

外でご飯を食べるときなどに、色々な食べ物を詰める箱らしい。

確かにこれなら、ご飯もおかずも一緒に運べて便利だと感じた。

考えた人はきっと天才だ!


お弁当箱。いい響きだと思う。

『食べ物の宝箱だよね』と俺が言うと『そうだね』と言って

師匠が笑った。だけど、その時の師匠の目はどこか寂しそうに見えたんだ。




昼食の時間の教室は賑やかで、良く聞こえる俺の耳には様々な

会話が聞こえてくる。この時間は、先生は教室にはおらず違う場所にいるようだ。

俺には量が少ないせいか、10分ぐらいで食べ終わってしまった。

全然足りない! これは本当に、バルタスさんの店に食べに行こうか考えていると


ロイールの自慢するような声が響く。

今日のお菓子は、クリオールの焼き菓子だと話している。

あの店の焼き菓子は、確かに美味しい。サーラさんの好きなお菓子屋さんだ。

その他にも、果物を持って来たらしい。


チラチラとこちらを見ながら、お菓子を自慢するように話していた。

その声を聞いたからか、ジャネット達が口を噤んで黙々と食べだした。

次は、さほど離れてない女の子の集団から賑やかな声が聞こえてくる。

どうやら、3位だった女の子が林檎のパイを持ってきたようだ。


周りをキョロキョロと見渡すと、食事が終わったからか

俺達のグループ以外の机の上には、それなりに果物やらお菓子が

置かれているようだ。どうやら、それぞれが家から持ってきたものを

持ち寄って食べるらしい。


家から、食べ物を持ってきてもいいようだ!

その事を嬉しく思っていると、セイルが俺にポツリと言葉を投げる。


「アルトは、ロイールのグループに行きたかったか?」


セイルは、俺と視線を合わせず俯いたままだ。


「なんで?」


「俺達のグループは、周りのグループみたいに

 菓子とか持ち寄れない。だから、食べることができない

 他のグループなら、美味しい菓子が食べれたかもしれないじゃん」


グループは、お菓子を食べることができるかで選ぶんだろうか?

よくわからず、俺が首をかしげているとクロージャが苦笑して

言葉を付け足してくれる。


「給食のあとは、時間までは好きに過ごしてもいいんだ。

 大体は、親がもたせてくれた食べ物を持ってきて

 しゃべったり、遊んだりしてから家に帰る。

 俺達にも、小遣いはあるけど毎日何かを買って食べるだけの

 金はないからな。アルトが俺達のグループに入らず

 違うグループに入っていたら、食事以外のものが食べれたかも

 しれないって事を、言いたかったわけだ」


「食べた事のない菓子とかさー。羨ましいって思うだろう?

 ここで食べなきゃいいのにさ……」


セイルが、ボソっと呟く。


「うーーん。確かに、食べた事のない食べ物は食べてみたいけど

 仲のいいグループで、何かを食べるっていうのは悪い事じゃ

 ないでしょう? 全員に配れるだけのものがないとしたら

 俺だって、友達だと思う人にしか渡さないし」


「そうだけどさ……」


拗ねたように口を尖らせながら、セイルはロイールたちのほうを見た。

確かに、こちらを見ながら大声で自慢するように食べるのは

意地が悪いと思うけど。まぁ、毎日こんな感じだったら苛々するのも

理解できる。誰かが食べれて、自分は食べれないというのは精神的に辛い。

その気持ちは、痛いほどわかった。


奴隷商人に捕まっていた時、自分達だけ美味しそうなものを食べていた。

俺達に見せつけるように。そして、余っているのに俺達には何も

与えられなかったことを思い出す。背中とお腹がついてしまいそうな空腹の中

どうして、目の前に食べ物があるのに食べられないんだと何度恨んだことだろう。

どれほど憎んだだろうか……。


だけど、ここではちゃんとご飯が出るし

セイル達は、孤児院に戻れば3時のおやつを出してもらえる。


俺には量が足りないけど、満たされている。

毎日の買い食いは無理なようだけど、お小遣いももらえているようだし

孤児院で出してもらえる、おやつは美味しい

そんなに、問題があるとは思えない。


ふと、ジャネット達を見る。俺達の会話に加わろうとはせず

ただ俯いてご飯を食べていた。


その姿を見て、俺の考えは違うのかもしれないと思い考え直す。

ジャネット達の今の姿は、親無しという言葉に反応した時と同じだ。

暫く考えて、やっと答えが出る。


「ああ、そういうことか」


「どうした?」


クロージャが、本から顔をあげて俺を見る。


「なんでもない」


セイル達は寂しいんだ。

確かに、美味しそうなお菓子を食べているロイールたちが羨ましいという

気持ちもある。けれど、それ以上にそういうものを与えてくれる "親という存在"が

居ない事を、改めて認識させられるのが辛いんだ。


どこか、俺達のグループは他のグループから遠巻きにされている。

それは、ロイール達とクロージャ達だけではなく。この教室全体にも

言えることなんだなと気がついた。親がいない。

ただ、それだけの事で差別されているんだ。


そしてその代表が、ロイールという事なんだろう。

だから、セイルはロイールを毛嫌いしているんだ。


改めて、クロージャ達を見るとクロージャは平気な顔をして

本を読んでいる。ジャネットとエミリアがまだ食べているから

食べ終わるのを待っているんだろう。クロージャは余り気にしてはいないようだ。


多分、クロージャは俺と同じなんだろう。本人もそう言っていた。

親なんていなくていい。だから、この教室の空気も気にならないんだと思う。


それに対して、セイルは不機嫌そうに四角い箱を片付けていた。

ジャネットとエミリアは、相変わらず俯いて食べている。

そして、ワイアットはどこかを睨むようにして座っていた。


親が恋しいとか、親が居たらいいのにという感情は理解できる。

俺だって……親が迎えに来てくれるって、信じていた時があった。

セイル達に、どうして親が居ないのかはわからないけど

彼等はきっと、両親が今でも好きなんだろうなって思った。


俺にとって親というのは、もうどうでもいいものだけど

セイル達にとっては、そうじゃないんだろうなぁと小さく溜息がもれた。

できれば、孤児院に居る時みたいに元気になってくれたらいいのになぁ。


「アルト?」


クロージャが、本を閉じて俺を見る。読書の邪魔をしたかな。

だけど、俺が考えていた事を話すわけにもいかない。

それが正解かもわからないし、話さないほうがいいとも思う。


俺も、親の事はあまり触れてほしくないから。

だから、別の事を話す。


「うーん……。足りない」


「なにがだ?」


「ご飯の量が足りない」


俺の言葉に、エミリア達がやっと顔をあげてクスリと笑った。


「アルトは、よく食べるもんねー」


「うんうん」


「俺は、食べるのが好きだから」


「私も好き」


そう言ったのは、ジャネットだ。


「今日のおやつは何かな?」


エミリアが、孤児院で出る3時のおやつの事を話す。


「果物より、焼き菓子がいいよね」


「私は果物も好きだけど」


「帰りに何か食って帰る?」


セイルが、買い食いの計画を立てている。


「そうだな。アルトどうする?」


「うーん。今お金がないから買えない」


俺の返事に、セイルとクロージャが目を丸めて俺を見た。


「お前、冒険者だろ?」


「うん」


「なんで金がないんだよ?」


「最近、依頼していないから」


ホリマラ貝のお金は、いつの間にかお菓子に消えた。

そんなに、沢山食べた覚えはないんだけどなぁ。不思議だ。


「師匠は、小遣いくれないのか?」


「自分のお菓子代と、趣味に使うお金は

 自分で稼いで買わないと駄目なんだ」


「……」


「趣味も?」


「うん」


「師匠は、結構厳しいんだな」


「うーん、そうでもないと思うけど。

 だって、俺は冒険者だから。自分で稼ぐのは当たり前だし」


クロージャ達だけでなく、エミリア達も気の毒そうに俺を見ている。

なぜ、気の毒そうに見られているのかわからない。


「孤児院では、どうなの?」


「なにがだ?」


「例えば、魚釣りがしたいとして

 その道具とか、お小遣いを貯めて買うの?」


「自分専用のものが欲しければ、小遣いを貯めて買うけど

 そうじゃなければ、欲しいものを紙に書いて

 それが認められれば、買ってもらえる。

 ただし、申請して買ってもらったものは

 みんなの物になるから、人気が高いと順番待ちになるな」


「順番待ちは、辛いよね」


俺の言葉に、クロージャ達が苦笑した。


「まぁ……。大体の遊び道具はそろっているから

 困ったことはないけどな。アルトは釣りをするのか?」


「うん。釣りは好きだ!」


「そうか。俺も釣りは好きだな。

 釣竿だけは、小遣いを貯めて買った。

 今度行くか?」


クロージャが、楽しそうに俺を誘う。


「俺も、自分の釣竿持ってるぜ!

 今度一緒に行こうぜ、アルト!」


セイルが、身を乗り出して釣竿を振る真似をする。


「私達も行ってもいいー?」


「お前たちは来るな!」


ジャネットとエミリアも行きたいと口にするが

セイルが、迷惑そうな顔をして来るなと告げた。


「いいでしょー?」


「お前ら、釣竿もってないじゃん!」


「倉庫の持っていくしー」


「……来てもいいけど

 餌は自分でつけろよ? 俺はつけないからな!」


「えー。無理だよー。

 虫、気持ち悪いもん」


「なら、来るな!」


「だって、みんな行くんでしょう。

 私達も行きたい」


ジャネットが、ねーと言ってエミリアの顔を見て

エミリアも深く頷いた。


「だから、自分で餌をつけて

 自分で、魚を針から外すんだったら連れていってやってもいい」


「えー。お魚さんかわいそう……」


「お前らは、釣りをするな!!」


セイルとジャネット達の会話に

クロージャは苦笑し、ワイアットは呆れたように2人を見ていた。

ジャネット達の魚釣りは、本当に釣るだけのようだ。

女の子って不思議だなって感じた。


「あー。今日は、3時まで我慢するか」


魚釣りの話が落ち着いたせいか、会話は買い食いの話に戻る。


「そうだな」


「俺の事は、気にしなくていいよ?」


「1人だけ食えないのに、行くわけないだろ」


セイルがそう言って笑った。

俺がお金を持っていないせいで……。

もう少し節約すればよかった。


セイル達が、俺のために我慢してくれるらしいから

俺も、バルタスさんの店に行くのはやめよう……。

そんなことを考えながら、足元に視線を落とすと鞄が目に入った。


「あ!」


思わず声が出る。


「どうしたのー?」


エミリアが、首を傾げて俺をみた。

大量に持ってきたお菓子の存在を思い出した。


リペイドの王妃様が、俺と師匠にお城の料理人が作ってくれた

お菓子を送ってきてくれたんだけど、食べきれないから孤児院で食べようと思って

持ってきたんだ。師匠に送られてきたのは、家の机の上に置いてあった。

師匠は、食べたのかな?


エリオさんが食べてるのは、見たんだけどな。

朝の訓練が終わって、朝食まで我慢できなかったのか

エリオさんが、美味い美味いと言って必死に食べていた。

その姿を、クリスさんが見つけて『1人で食うな!』と怒って

頭を殴られていたけど……。そして、その後エリオさんは

フリードさんに朝食を減らされて泣いていた。


今日の朝も賑やかだった……。

たぶん、ハルに居る間はずっと賑やかなんだろうな。

師匠は、月光以外のチームと同盟を組もうと思うけどどうすると

俺に聞いてくれたけど、もう一緒に住んでるようなものだから

同盟を組んでも組まなくても、同じだと思うと告げると

確かにそうだねと言って苦笑していた。


師匠の分は、家に置かれていたから

俺に送られてきた分は、ほとんどが鞄の中に入っている。


一箱ぐらいここで食べても、問題がない。

さっそく、お菓子の箱を鞄の中から取り出して机の上に乗せた。


これで、少しお腹が膨れるかもしれない……。

足りなかったら、水を飲もう。


「アルト、それはなんだ!」


セイルが、興味をひかれたのか箱を手に持って色々な角度から見まわしている。


「リペイドのお菓子」


「まじで!?」


「うん」


セイルから箱を取り返し、封がされていた箱を開けて

机の真ん中に置くと、ジャネット達が目を輝かせてお菓子を見ていた。


「初めて見るお菓子だね!」


ジャネットの声が弾む。


「美味しそう!」


エミリアの声も楽しそうだ。


「いいのか? 貴重なものじゃないのか?」


クロージャだけは、心配そうに俺をみた。

俺が無理して、お菓子を開けたんじゃないかと思っているようだ。


「大丈夫」


「本当に?」


「うん。みんなで食べよう」


俺がそう言って、お菓子に手を伸ばすけど

ジャネットとエミリアは、食べたそうに見ているのに手を伸ばさない。

セイルは、嬉しそうにお菓子に手を伸ばそうとしていた。

なのに、ジャネットの次の言葉を聞いた瞬間手をひっこめる。


「私達の分を、弟と妹に持って帰ってもいい?」


2人が言ったことに対して、俺が返事をする前に

クロージャが口を開いた。


「ジャネット。お前たちの気持ちもわかるけどさ。

 アルトは、今食べるために箱を開けてくれたんだろ?」


「そうね。うん。アルトごめんね。忘れてー」


「アルトごめん」


ジャネットとエミリアが俺に謝る。


「異国のお菓子って、そう簡単に食べれないから

 弟たちにも食べさせたいなって、思ったの」


ちょっとしょんぼりしながら、2人が告げる。

この2人は、自分達より年下の子供を本当に大切に想っている。

それは、ジャネット達だけじゃなくセイル達もそうだ。

だから、ジャネットの言葉にセイルは手をひっこめた。


「気にしなくていいよ。ここにある分を食べてしまっても

 まだ沢山あるから。もともと、孤児院に持って行って

 皆で食べようと思ってたし。さっきまで忘れていたけど」


「まだあるの!?」


エミリアが、驚いたように声を出す。


「うん。リペイドの……」


リペイドの王妃様がっていうのは、駄目なような気がする。


「リペイドの?」


「リペイドで、お世話になった人に手紙を出したら

 お菓子をたくさん送ってくれたんだ。1人じゃ食べきれないから

 持ってきた。だから、気にせず食べてくれたらいいよ」


「師匠は食べなかったの?」


「師匠にも、同じものが送られてきていた。

 それに、師匠は余りお菓子は食べない」


「そうなんだー」


「なんで、孤児院に?

 月光の人達と、食べればよかっただろう?」


クロージャの声が、少し沈んでいるような気がした。

どうしてだろう?


「なんでって、クロージャ達と食べたいって思ったからだけど

 迷惑だった? それに、俺、孤児院に住んでないのに

 3時のおやつだけ貰って食べてるし。美味しいものをもらったら

 美味しいものを返したいって思うよね?」


俺の言葉に、ワイアット以外の全員がふんわりと笑っていた。

この時の俺には、クロージャ達が何を言いたかったのか

全然わかっていなかった。けど……。


クロージャ達が嬉しそうだったから、何も聞かなかった。

エミリアとジャネットが、お菓子の箱から焼き菓子を1つ取り出し

手の平に乗せ、嬉しそうに笑って眺めている。


ゆっくりと、口に運んで数回咀嚼してから飲み込み

2人同時に「美味しい!」と告げて、俺を見て笑った。


「ありがとうー、アルト。美味しいよ」


「アルトありがと。すごくおいしい!」


2人の笑顔を見て、持ってきてよかったと思う。

美味しいお菓子は、幸せな気持ちにしてくれるから。


そのあとは、遠慮という言葉は遠い世界へ旅立っていった。

それなりの、速度でお菓子が消費されていく。

自分から手を伸ばそうとしない、ワイアットにセイルは言葉巧みに

お菓子を押し付けていき、ワイアットは渋々という感じで口に運ぶけど

口元が緩んでいたので、気に入ってはいたと思う。


お菓子を食べながら、リペイドの国の事を聞かれたり

お菓子に入っている、リペイドでしか取れない果物の事を聞かれたりと

時間はあっという間に過ぎていった。


ロイールが俺達を見て、悔しげに睨んでいるのも知っていたし

3位の女の子が、リペイドのお菓子をじっと見ているのも知っていた。

他の人達も、俺達の話に聞き耳を立てているのも気がついていたけど

俺にとってはどうでもいいことだった。




ありがとうございました。

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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
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