『 アルトと学校 : 前編 』
前半 : アギト視点
後半 : アルト視点
* 強さの頂 *
* アギト視点 *
静かな部屋に、一心不乱に手帳に何かを書く音が響いている。
その様子を、エレノアとバルタスが呆れたように見ているが
見られている本人は、全く気にした様子がないというか気がついてもいない。
サフィールの気持ちがわからないわけではない。
ジャックがセツナに残した遺産は、サフィールだけではなく
私達全員の好奇心や、探求心を刺激していたのだから。
「……サフィール」
「……」
エレノアの呼びかけに、サフィールはピクリとも反応しない。
無視しているわけではなく、集中しているために音が耳に入っていないのだろう。
バルタスがチラリと、壁にかかっている時計を見て呟く。
「おそいの」
8時15分までに、黒の間に集まるようにと招集をかけておきながら
リオウ達はまだ、この部屋に姿を見せていない。
昨日、セツナがヤトから手紙を預かったとエレノアに渡し
その手紙の内容と、セツナからの話で私達が行方不明扱いになっていた事を知った。
ギルドからの連絡が、私達に一切届いていない事を知り
サフィールは「3カ月程、連絡が届かなくてもいいわけ」と呟いていたが
ヤト達は、肝を冷やしたに違いない。
黒全員がチームごと行方不明になれば
解決するのは、不可能に近いだろう。
それだけ、私達黒の強さは群を抜いている。
……。
そう自負していたのだが……。最近はその自信が揺らぎつつある。
あの夜。セツナとジャックの戦いを見たあの日から。
ジャックの戦闘を見たのは、唯一度。
その一度で、私もサフィールも彼の強さに惹かれ強さの頂を目指した。
彼の姿は色あせることなく、心にも頭にも焼き付いているが。
やはり、どこか風化していたのかもしれない。
いや、違う。あの時の戦闘でさえジャックは手を抜いていたのだ。
まざまざと見せつけられた、世界最強の名を持つジャックとセツナの戦い。
セツナの戦い方に、色々と言いたいことは腐るほどあるが。
今のセツナに告げたとしても、彼の心には何も残らないだろう。
彼等の戦いは、ギルド最強だと言われる私達の矜持を一瞬にして砕いた。
その速度に、その剣の強さに、その駆け引きに……私は何一つたどり着けていない。
2人の戦闘を、完全に目で追う事すらできなかったのだから。
少しは、ジャックに近づけていると思っていた。
これでは、息子たちを笑うことなど到底できない。
クッカの言葉が、今更胸を抉るように思い出される。
『貴方は、弱すぎるのですよ』
思わず歯を食いしばり、拳を握る。
ふと、視線を感じて顔をあげるとサフィールと視線がかち合った。
「……」
「……」
特に何をいう訳でもなく、サフィールが視線を外し
開いていた手帳を閉じ鞄へとしまう。
そして、サフィールはぽつりと言葉を落とす。
長年の付き合いからか、私の思考を読んだようだ。
「あいつは、魔導師なわけ」
サフィールに、全員の視線が集まる。
サフィールは一度、ため息に近い息を吐き出し
続きの言葉を口に乗せた。
「多分、セツナもジャックと同じことができる」
「どういう意味だ」
「お前、覚えていないわけ?」
「なにがだ」
「ジャックは武器と魔法、両方同時に扱う事ができたわけ」
サフィールの告げた内容に、一瞬にして全身に鳥肌がたつ。
そうだ……。そうだった。
間近に迫る敵を剣で薙ぎ払いながら、その奥に居る大量の敵に
広域魔法をぶっ放したんだ。
それは……。
そこから導き出される答えは。
あれは、彼等の全力ではないという事だ。
あの戦闘でさえ、全力ではないのか。
魔法が使えれば、あれ以上の力が出せるというのか。
セツナにしても、傷を治すことができた。
そして、攻撃魔法も撃てるのだろう……。
「私は、何処にもたどり着いていなかったのだな」
「お前だけじゃないわけ」
強さの頂は、途方もなく遠い。
重い空気が、黒の間を支配しかけるが
「……それでも、私は強さを求める」
凛とした声でエレノアが、そう告げた。
その声に、エレノアに視線を向けると彼女は
揺るぎのない瞳で私を見つめる。
「……彼が最強の名を受け継いでいるのなら
それは、喜ばしいことだ。そう思わないか?」
珍しく彼女が、ニヤリとした感じの笑みを私に向けた。
「……彼が、ジャックの全てを受け継いでいるのなら
私達は、最強に挑むことができるという事だ」
エレノアの言葉に、思わず笑う。そうだ。
どれほど打ちのめされようとも、私も諦めることなどできない。
あの強さが、いつも私を揺り動かす。
どれほど辛くても、どれほど遠くても
彼が居た頂に、少しでも近づきたいと心が騒ぐのだ。
「まずは、あの魔道具の中のジャックを超えることが前提だがな」
バルタスが、ため息をつきながらも楽しそうに告げる。
緩慢に時を過ごしてきたわけではない。精一杯生きてきたと言える。
だが、黒になって満足していたのも事実。
追い求める最強が消え、胸に穴が開いていたのも事実。
ギルド最強と呼ばれる私達の強さに、追随する者が暫くいなかった事も事実。
ギルド最強の名に、胡坐をかいていたわけではないが
強さを追われるものから、今追うものになった。その事に、心が躍る。
そうだ。私はまだ強くなれる。まだまだ、もっと先へ進むことができる。
自分の掌を一度見つめ、ぎゅっと力を入れ拳を握る。
「いつか、セツナの全力を見て見たいものだ」
私の言葉に、全員が頷いたのだった。
* はじめての学校 *
* アルト視点 *
ギルドの扉を開くと、一瞬俺に視線が集まる。
だけど、今までとは違ってどこか柔らかい視線が多い。
俺と同じ獣人族からは、どこか俺を観察するように見られているような気がするけど
そこに悪意や害意といったものは感じないから、無視することに決めた。
足早に、ギルドの受付へと向かう。
周りの視線が、俺を追うようについてくるけど何時もの事なので気にしない。
受付にはナンシーさんがいた。
俺を見ると、微笑んでくれる。
「アルト、おはよう」
「おはようございます」
ナンシーさんは、壁に掛けてある時計をみて
困ったように笑った。時計の針は、8時40分をさしている。
早すぎたみたいだ。
「セツナは、一緒じゃないの?」
「師匠? 師匠は学校に用事はないでしょう?」
「確かにそうね……」
ナンシーさんは、頷きながら
俺の武器に視線をやり、また頷いた。
「アルト。1人で外出するときは
武器を忘れては駄目よ」
「うん。アギトさんにも言われた」
「ハルは安全な国の部類に入ってはいるけど
アルトにとっては、安全だとは言い切れないから」
「孤児院の友達は大丈夫なの?」
「ハルに居る16歳以下の子供は
緊急時用に、魔道具をもっているの。
外出するときは、それを所持することになっているから」
その魔道具は、友達に見せてもらったけど
余り役にたっていないように思う。
部屋にその魔道具を置いて、窓から抜け出して秘密基地に向かうから。
このことは、大人には話してはいけないと言われている。
話すと、秘密基地が潰されると言っていた。
武器も持っていないし、自分の身を守るのに
持って歩いたほうがいいと伝えたけど
大丈夫だと言って、笑われただけだった。
魔道具に入っている魔法は、簡易結界を張る魔法と
居場所を特定することができる魔法の2種類みたいだ。
その魔道具を持つのが嫌なら、武器を持てばいいのにって思う。
疑問に思って、ナンシーさんに聞いてみる。
「どうして、みんな武器を持ってないの?」
「ハルでは、16歳以下の子供は
武器の扱い方を学ぶか、冒険者に登録しない限り
武器の所持を禁止されているの」
「どうして持たないんだろう?」
「武器の扱い方、戦い方を学ぶにはお金がいるのよ。
それに、武器を手にした時から未成年ではあっても
一部大人と同じ法を適用されるから、親がもたせない場合が多いわね」
「ふーん」
武器を持とうと思えば持てるのか。
そういえば、昨日ナンシーさんと師匠が話していた事を思い出す。
人間にとってハルは、安全な場所で魔物も入ってこないから
武器を持つ必要はないんだった。
「そうだ。アルトも魔道具を持っておく?」
そう言って、ナンシーさんは
首飾りの魔道具を俺に渡そうとする。
「いらない」
即答した俺に、ナンシーさんが首を傾げる。
「どうして? いいものだと思うわよ」
「俺は冒険者だから」
「でも、アルト」
「俺はハルの住人じゃない。
また旅に出る。自分の身は自分で守れるようにならないと駄目なんだ」
ナンシーさんが、キュッと唇をかんだ。
俺の事を心配してくれているのは嬉しい。
「大丈夫。師匠に貰った魔道具も必ず持ち歩いているし」
一瞬で師匠の元へと転移できる魔道具も持ってる。
「だから大丈夫」
「わかったわ」
「うん。ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ナンシーさんがふわりと笑った。
ナンシーさんが笑った瞬間、俺の後ろが騒がしくなった。
なんとなく、耳を澄ませてみる。
『微笑むナンシー様も素敵だ』とか『俺も心配してほしい』とか
よくわからない事を話していた。
ナンシーさんは俺の耳を見て、そして俺の後ろへと視線を向けた。
その瞬間、ピタリと騒めきは収まったけど
どこか、冷たい空気が流れているような気がする。
そんななか、俺の後ろから女の人の声が聞こえた。
「おはようございます。ナンシーさん」
「おはよう。メディラ」
ナンシーさんに挨拶をした女の人は、ちょうど俺の横に立って
視線をナンシーさんから俺に移すと、俺に微笑んだ。
「貴方が、アルト君かな?」
初対面の人に名前を呼ばれた事から、少し警戒して
その人から離れる。それをみて、ナンシーさんが少し慌てたように
口を開いた。
「アルト、大丈夫よ。彼女は学校の先生なの。
午前中の授業を、担当してくれているの」
チラリと女性に視線を向ける。
「初めましてアルト君。
私は、メディラと言います。よろしくね」
優しそうな人だ。嫌な感じはしない。
「初めまして。俺はアルトと言います。
よろしくお願いします」
自己紹介をして頭を下げる。
「聞いていた通り。礼儀正しいのね」
「彼の師匠も、礼儀正しい人だから」
「セツナさんでしたよね」
「そう。前にも話したけど、男前よ」
「お会いできるといいな」
ナンシーさんと、メディラさんがどうでもいい話をしているのを
黙って聞いていた。そして、暫くしてから2人が我に返ったように
同時に俺を見る。どこかばつが悪そうに、2人は俺を見るけれど
俺にはどうして、そんな表情を作っているのかはわからなかった。
メディラさんが、俺の武器を見て口を開きかけるけど
ナンシーさんが、一度止めて何かの魔道具を取り出し起動させた。
周りの人の声が聞こえなくなったことから、音声遮断の魔道具だと思う。
この魔法は、師匠とサーラさんしか使えなかったのに。
不思議に思ってナンシーさんを見ると、俺の疑問に答えてくれた。
「サーラが作ってくれたのよ。
ちゃんと、セツナの許可ももらっているわ。
販売はできないけどね……」
そう言って、どこか遠い目をしてた。
メディラさんは、そんなナンシーさんに苦笑してから
俺と視線を合わせる。
その表情は、ナンシーさんと話していた時とは違って真剣だった。
「アルト君。貴方は冒険者だから、武器を持っていないといけない。
だけど、教室では絶対に武器を抜かないで。
それから、友達にも他の子供達にも絶対に武器を渡さないで欲しいの
私と約束してくれる?」
メディラさんの言葉に、素直に頷く。
「はい。師匠とエレノアさんにも同じことを言われた。
喧嘩になっても、武器は抜かない。殺気を放たない。
それに、この剣は俺の相棒だから。他人に渡すなんてありえない」
武器は俺の相棒で、俺の命を守るものだ。
玩具じゃない。戦闘中に、誰かの武器が壊れて片方の剣を貸すことが
あるかもしれないけれど、それとこれとはまた別の話だと思う。
冒険者でない人間に、信用できない人間に俺の相棒を渡せるわけがない。
「ええ。お願いね」
メディラさんが、頷くのを見てから
ナンシーさんが、続けて俺に問いかける。
「アルトは、セツナから格闘技は教えてもらっていないの?
獣人族は、素手での戦闘も得意でしょう?」
「教えてもらってる」
「そうよね、教えないわけがないわよね。
アルト。殴り合いの喧嘩はできるだけ参加しないように
してほしいわ。アルトが殴ると怪我ですまない
場合があるかもしれないから」
ナンシーさんの、言いたい事は理解できるけど。
喧嘩に参加する、しないって自分で決めることができるんだろうか?
多分できないと思うんだけどなぁ。
とりあえず、俺の力に関してはちゃんと解決済みだ。
「大丈夫。今俺の力は普段の半分ぐらいしかでないから」
「え? どういう意味かしら?」
「ギルドの結界が張ってある場所に入ったら
俺の力が半分になるように、師匠が魔法をかけてくれたんだ」
教室は、ギルドの土地の一部に建てられている。
孤児院も、ギルドの敷地内だ。
「え……」
「……」
「ギルドの敷地にかけられている結界から出ると
元に戻るようになってるし」
「どうして?」
「なにが?」
「力の半分しか出せないということは
セツナに、力を封印されているって事よね?」
「うん」
「確かに、アルトの力で殴ったら危険だと思うけれど
アルトはそれでよかったの?」
なぜか、ナンシーさんが気の毒そうに俺を見た。
「うーん。昨日の夜までは何も考えてなかったんだ。
喧嘩なんて、そう度々ある事じゃないとおもっていたし。
だけど、昨日ご飯を食べた後で、ビートさんとエリオさんが
男とは喧嘩する生き物だ! 喧嘩の達人の俺達が色々と伝授してやろうって
喧嘩の仕方を教えてくれたんだ」
「……あの馬鹿。
喧嘩することが前提って、どういうつもりなのかしら?」
「……喧嘩の達人? エリオもビートも
変わらないわね……。また、締めたほうがいいのかしら?」
ナンシーさんは、スッと目を細めて
メディラさんは、口角を少し上げて笑んでいる。
2人ともちょっと怖い。
メディラさんは、ビートさんとエリオさんの事を知っているようだ。
「セツナは止めなかったの?」
「師匠は、困ったように笑ってた」
「貴方の師匠は、本当に寛容よね」
「え……うん。でも、男同士っていうのは
拳で語らなければいけない時があるんでしょう?」
2人の目がますます細くなる。
この続きを話すかなやんでいると、ナンシーさんが続きを促した。
「そ、それでビートさんとエリオさんが
色々と教えてくれたんだけど、エリオさんが一度手を抜いて
殴ってみろよって言ったから、向かって行ったら
俺の拳がエリオさんのみぞおちに、もろに入ったんだ……」
ナンシーさんとメディラさん2人が、同時に鼻で笑う。
「俺、力を押えてたんだけど……。
エリオさんが痛みで床を転がって……」
「自業自得ね」
「自業自得よね」
「……」
なんとなく、2人は似ているような気がする。
「それで、どうしたの?」
「ビートさんと、エリオさんが喧嘩になったら
手加減してても、危険かもしれないって師匠に話して
俺も対人戦は、確実に殺すか無効化できるよう
急所を外さないように訓練してるから
ふとした瞬間に、急所を狙ってしまうかもしれないって
師匠に言ったんだ」
「そう。セツナは、どう答えたの?」
「師匠は、俺なら大丈夫だって言ってた。
何にどう力を使うかを、ちゃんと知ってるって。
俺の武器や拳が、使い方を誤れば凶器になるってことを
理解してるから大丈夫って」
「……」
「だけど、エレノアさんとバルタスさんが
普通の子供と同じように、生活してみるのも悪くないんじゃないかって
学校に行っている間は、憂いなく過ごせるようにしてみたらどうかって。
ギルドの敷地内は、特別な結界が張られているから
悪事を働く事ができないようになっているからって言ってくれたんだ」
「そう。エレノアとバルタスが後押ししたのね」
「だから、ギルドに居る間は
力が半分しか出せないように、師匠が魔法をかけてくれた。
それでも、手加減しないと
簡単に、友達の骨を折ることができると思う。
本当は、もっと弱くしてくれてもよかったんだけどなぁ」
今の力でも、きっと蹴飛ばしたら吹っ飛んでいく気がする。
考えると、怖い。
「……」
「……」
最後のほうは、独り言みたいになってしまったけど
ナンシーさんもメディラさんも、何も言わなかった。
「力の封印なんて、難しい魔法を簡単にかけてしまえるとか
本当、ギルドで働いてくれないかしら」
「ギルドの結界に反応して、魔法を発動させるとか
ナンシーさんから、話を聞いていたけど本当に天才なんですね……」
メディラさんがそう呟いて、俺をじっと見て肩を落とす。
「天才の師匠をもつお弟子さんに、私が教えることってあるのかしら?」
「……その辺りは、昨日話したでしょう?」
「そうね。そうだわ」
俺が首を傾げて2人を見ると
何でもないというように、ナンシーさん達が微妙に笑った。
「さて、そろそろ授業が始まる時間ね。
アルト君。今日は私と一緒に行きましょう」
「メディラさんと?」
「ええ。皆に紹介するから。
明日からは、1人で教室に行ってね」
「はい」
「それから、私も冒険者だけど
教室では、私の事は先生とよんでくれるかな?」
「はい」
「それじゃ、行きましょうか」
俺はメディラさん……。先生に頷いてから
ナンシーさんを見た。
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
「うん。行ってきます!」
ナンシーさんが、笑って手を振ってくれるから
手を振り返してから、待っていてくれた先生の後ろについて歩く。
ギルドの受付があった場所から、廊下をしばらくすすむと
中庭のような所に出て、すぐの場所に小さな建物が立っていた。
建物の中から、賑やかな声が聞こえてくる。
その声の中には、知った声もいくつかあった。
先生について、建物の中へと入っていく。
「ここが、お手洗い。
授業と授業の間に、休憩する時間があるの
お手洗いは、その間に済ませておいてね。
今は大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
簡単に、何がどこにあるのかを教えてもらいながら廊下を歩く。
建物は、二階建てだけど二階は物置になっているらしい。
生徒は立ち入り禁止だと言われた。
いくつか、教室と思われる部屋があるけれど
声が聞こえるのは、一部屋だけだった。
先生がその部屋の扉の前に立ち、俺の顔を見てから
扉に手をかけて、部屋の中へと入って行った。
強い魔物と戦う前の緊張感とは、違う緊張を感じながら
俺も先生のあとに続いて、部屋の中へと入る。
教室に入って、周りを見ると
俺に気がついた友達が声をあげた。
「あー! アルトじゃん!」
「本当だ、アルトだ」
孤児院で仲のいい友達が、声をかけてくれる。
緊張して、息苦しかった呼吸がスッと楽になるような気がした。
最初に声をかけてくれたのが、セイル。
その次が、クロージャ。俺といつも一緒にいる2人だ。
「アルト君も、学校に来れたんだねー」
「アルト、よかったね」
クロージャ達から視線を外して、名前を呼ばれたほうを見ると
ジャネットとエミリアが居た。この2人は、女の子で何時も
クロージャとセイルの近くをうろちょろしている。
4人が俺に手を振ってくれたから、俺も笑って手を振り返した。
ふと、強烈な視線を感じて顔を向けると
睨むように、ワイアットが俺を見ていた。
ワイアットが、俺を嫌っていることは知っている。
俺自身、嫌われることは慣れているから何とも思わないけど
なぜ俺を嫌うのか、知りたいとは思う。
視線は、ワイアットから離さずに周りの声を聞いてみる。
俺の知らない人達は、俺の耳やら尻尾をみて
獣人族の子供だとか、どうして武器を持っているのかとか話していた。
暫くワイアットを見ていると、彼のほうから視線を外した。
丁度その時、先生が口を開く。
「はい、静かに。
アルト君と友達の人もいるようだけど、紹介するわね。
今日から、2カ月の間一緒に勉強することになったアルト君です」
「先生、どうして2カ月の間なんですか」
知らない人が、先生に声をかける。
「アルト君は、冒険者なので冬の間だけ学校に通います。
何時もは、彼の師……。えっと、私ではない先生に勉強を教えてもらいながら
様々な国をまわっているそうです」
冒険者というところで、今までの倍ほど騒がしくなった。
その声は少しうるさい。ハルには、12歳で冒険者になる子供は余りいないから
珍しいって、クロージャから聞いたことがある。
これだけ騒がれるって事は、本当に珍しいんだなっと思った。
「どうして、違う先生がいるのに学校へ来たんだ?」
「捨てられたの?」
「先生が居るのに、他の先生に教えを乞う事は
その先生を侮辱しているのと同じことだって聞いたわ」
好き勝手に言われる言葉の中から、無視できない言葉を聞いた。
他の先生に教えを乞う事は、師匠を侮辱している事になる……?
どうしよう。俺……そんなこと考えたことがなかった。
背中に冷たい汗が流れる。どうしよう……。
言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を回る。
俺は師匠を尊敬しているし大好きだ。
なのに、俺の行動は師匠を馬鹿にしていることにつながるんだろうか。
「はい、静かに!!
確かに、エラーナ、ガーディル、ガイロンド、クットなどでは
先生が居るのに、他の先生に教えを乞うのは駄目だと言われています。
しかし、ハルでは違います。この中には、学院に入ることを
目標にしている人が居ると思いますが、ハルの学院では
教科によって、先生が変わります」
学院の事を知らなかった人は、信じられないと声にだし
知っていた人は、知らなかったのかよと得意げに説明している。
「算数……学院に行けば数学と名称が変わりますが
数学には数学。魔法学には魔法学。武術には武術といったように
その教科を専門とする教師……先生が、授業を受け持ちます。
なので、ハルでは他の先生に教えてもらっても誰にも何も言われません。
貴方達の中にも、私ではなくチェスター先生に質問しに行く人もいるでしょう?」
先生の言葉に、女の子の数人が先生から視線を逸らした。
その中には、侮辱しているんじゃないかと発言した女の子もいる。
先生は、そんな女の子達を見て小さく笑って
「ハルでは、自分の好きな先生に質問にいったり
教えてもらったりしていいんですよ。気にすることはありません。
ここでは、それが普通なのですから。ただ、先ほど言ったように
エラーナ、ガーディル、ガイロンド、クットでは違います。
他国には、他国の決まり事がありますから。注意してくださいね」
それぞれが、頷いたり
はいと返事したりして、先生に理解したことを告げていた。
「今回、アルト君が学校に通う事になったのは
友達と一緒に、勉強をしてみたかったからです。
皆も、1人で勉強するより友達と勉強するほうが楽しいでしょう?」
先生の問いかけに、口々に返事をする。
楽しいだとか、1人だと問題が解けないだとか
教えあうのがいいだとか。
「なので、ハルに居る間は
友達と楽しく勉強できるようにと
アルト君の先生が、学校へ通えるようにギルドで手続きをしました。
2カ月……もしかすると、もう少し伸びるかもしれませんが
皆で楽しく勉強していきましょう」
それぞれが頷いたり、返事したのを確認してから
先生が俺に視線を向けて、何か一言挨拶をしてねと言った。
この時には、緊張は解けていたから
すぐに頷いて口を開く。
「アルトです。よろしくお願いします」
俺の挨拶に、数人の人を除き
拍手で迎え入れてくれたのだった。
読んでいただきありがとうございました。