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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 マトリカリア : 集う喜び 』
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『 セツナとエリオ 』

 「いってきます!」という元気な声を響かせて、アルトが部屋を出ていく。

サーラさんと僕が、「いってらっしゃい」とアルトを見送った。


先ほどまで、忘れ物はないかとか一緒についていこうかとか

アルトの世話を焼いていたサーラさんが、心配そうにアルトが出ていった

ドアを見つめていた。


「大丈夫ですよ」


僕の声に、サーラさんが僕を見る。


「……アルトは獣人族の子供だから心配だわ

 この街に、獣人の子供はアルトだけだから」


獣人の子供が、他国で生活することはほぼありえない。

子供ができたら、サガーナに帰って子育てをするからだ。


「苛められたりしないかしら」


「大人しく、苛められるような性格はしていませんよ」


「確かに、そうね」


僕の言葉に、サーラさんがクスリと笑う。

それでも不安そうな、表情をしているサーラさんに

「大丈夫ですよ」ともう一度伝えると

サーラさんが、小さく頷き

「私も、そろそろ出かけてくるわね」と告げた。


「はい、お気をつけて」


「いってきます~」


軽く微笑んで、サーラさんも部屋を出ていく。

医療院に検診へ行くらしい。リシアは日本よりの医療に近い。

技術がというのではなく、その在り方が似ている。


他国にはない、妊婦さんの定期検診や

健康診断など充実しているようだ。


冒険者も、希望すれば2年に一度

無料で健康診断を受けることができるらしい。

ただし、治療費は別だ。アルトにも一度受けるように言ってみようかな?

アルトが自分の道を、歩き始めた時に役に立つだろうし。


そんなことを考えながら、僕は広い部屋を眺める。


アルトとサーラさんが、出かけた事で

この部屋には僕だけとなった。一昨日から朝までの、喧騒が夢のように感じた。


僕とアルトの1日の始まりは、何時もの通り訓練から。

酒肴のメンバーは、朝食を酒肴のチームの家で食べると言っていたのに

こちらの調理場が気に入ったのと、訓練をする場所が広いという事で

結局、朝から全員が集まっていた。


朝食が済み、片付け終わるとバタバタと帰って行ったけど……。

多分、これからこの形になるんだろうと思う。


剣と盾のメンバーは、朝食が済むと鍛冶場へと向かい。

アギトさん達は、アルトが出かける30分ぐらい前に

ギルドへと出かけた。サフィールさんはエレノアさんに

図書室から引きずり出され、そのまま引きずられるように連れていかれた。


最後まで抵抗していたけれど、エレノアさんには勝てなかったようだ。

機嫌が悪いサフィールさんを相手にする、リオウさんが少し気の毒だなと

思いながら、黒達を見送ったのだった。


クリスさん達はといえば、部屋割りが決まったのか

ある程度のものを、自分の部屋に移動させると言って

プチ引っ越しの最中だ。結局、魔法陣は昨日の夜アギトさんの庭と

バルタスさんのお店の庭に設置させてもらうついでに、僕が刻み直した。


フィーはどうやら出かけているらしい。

呼べば戻って来るけど、精霊同士の付き合いも大切だからと

フィーが出かけると告げた時は、よほどのことがない限り

呼ばないようにしていると、教えてくれた。


クッカもそのうち、フィーと遊びに行ったりするかもしれない。


誰もいなくなった部屋を、ゆっくりと見渡す。

『セツナ。大人数のほうが楽しいワ』とセリアさんが言った言葉を思い出し

確かに、この広い部屋に僕とアルトだけが生活するのは

アルトに心細い思いをさせたかもしれないなと思った。

あの賑やかさを知ったから、そう思うだけかもしれないけれど。


海側の窓を開け、波の音を聞きながら暫くぼんやりと過ごす。

冷えてきたところで、窓を閉めふと珈琲が飲みたいと思い

記憶の中を探ると、ある事がわかる。食料庫へと移動し珈琲豆を見つけ

瓶に詰めてから、調理場へと戻る。


豆を入れた瓶を調理台の上に置き、珈琲ミルを探し

棚の奥のほうにあるのを見つけ取り出し

サーバーとポット、そしてドリッパーを取り出す。


ペーパーフィルターもちゃんと一緒に置いてあった。


道具を一式そろえ、ポットを簡単に洗い

お湯を沸かすために、水を入れ火にかけようとした時

部屋のドアが開き、エリオさんが顔を出した。


僕を見て、すぐに周囲に視線を向ける。


「セリっちはいないのか?」


「出かけていますよ」


「何処にいったんだ?」


「わかりません」


本当は知っているが、教えることができない。

セリアさんは今頃、マリアさんの家にいるはずだ。


「そっか」


「セリアさんに、用事があったんですか?」


「いや……そういう訳じゃないけど」


エリオさんは、何かを思案するような表情を見せた。


「セツっちは、今話せるか?」


僕の手元を見ながら、エリオさんがそう告げる。


「大丈夫ですよ」


「あのさ……」


エリオさんが口を開こうとすると、庭のほうから

クリスさんとビートの声が聞こえてくる。何か口論をしているようだ。


「……」


2人の声が聞こえた事で、エリオさんの口はピタリと閉じた。

どうやら、誰にも聞かれたくないようだと感じ

「僕の部屋で、話しますか?」と聞く。


「いいのか?」


「はい」


エリオさんを連れて、僕の部屋へと移動する。

ソファーに座るように促し、僕は2つのグラスに水と檸檬を入れて

テーブルの上に置き、僕も座る。


「セリっちは、まだ帰ってないよな?」


エリオさんが、上空を見て呟く。


「帰ってません。帰ってきたとしても

 僕達の声は、聞こえないようにしておきますから」


「ああ……」


僕の言葉に、エリオさんは頷き一度視線を床へと落とした。


「セツっち……。

 セツナは、セリっちの願いを知っているんだろう?」


呟くように、そう言葉にするエリオさん。

彼が僕の名前を、略さずに呼んだのはこれが初めてかも知れない。

それだけ、真剣な話だという事か……。


「願いですか?」


「セリっちは、セツナに何を願ったんだ?

 何を約束しているんだ?」


顔をあげ、僕と真直ぐ視線を合わせる。


「それは言えません。

 知りたいのなら、セリアさんから聞くべきではないですか?」


「……聞いた。けど、教えてもらえなかった」


彼女は絶対に言わないだろう。

巻き込む恐れがあるのだから。


「俺っち、俺では力になれないのか?

 セリっちのセリアさん……セリアの力にはなれないのか!」


拳を握り、エリオさんは悔しそうな表情を浮かべ僕を見据える。


「それは、僕が判断することではなく彼女が判断することでしょう?」


「……」


冷たいようだけど、僕には何もできない。

奥歯をかみしめ、何かを耐えるようにエリオさんは少し肩を震わせた。


「……わかっていた。セツナに聞いても、答えてくれない事はわかってた。

 だけど、俺は彼女が好きなんだ……」


エリオさんの口から、自然と出た言葉。

彼の想いは、ずっと前から気がついている。


「女性として、彼女の事が好きだ」


僕は内心ため息をつきながらも、残酷なことを彼に告げる。


「彼女は生きていませんよ」


「知ってる……」


絞り出すようなエリオさんの声。

いつも明るい彼からは想像できないほどの暗い声音。


「それでも、惹かれたんだ」


「……」


「だから、力になりたいと思った。

 彼女の憂いを、俺が取り除きたいと思った」


その気持ちは痛いほど理解できる。


「俺にも何かできることはないのか?」


だけど、僕の答えもきっと彼女の答えも一つしかない。


「ありません」


この言葉が、どれほどエリオさんを傷つけるのかはわかっている。

わかっていて、この言葉しか返せない。

エリオさんを死なせるわけにはいかないのだから。


「……」


暫くの間、自分の中の何かと戦うようにエリオさんは

目を閉じ、右手で左腕を握りながら黙り込む。


「セツナ」


そして、全てを押し殺した声で僕を呼んだ。


「はい」


「俺に魔法をかけてくれないか」


「……」


「アルトに、かけていたのと同じ魔法を俺にもかけてくれ。

 ただ……」


エリオさんは、一度そこで口を閉じる。

握りしめている左腕の服の皺が深くなった。


「ただ、アルトは自分の意思で話すこともできるようだけど

 俺には、その選択は残してくれなくていい。

 魔法も、俺が解除できないようにしてくれないか……」


それは。

エリオさんの想いを、自分の中に完全に封じ込めてしまうという事だ。

血を吐く様な想いで、エリオさんは言葉を口から吐き出し

「頼む」と僕に言った。自分の想いに、枷をつけることを僕に頼んだ。


彼の想いと、セリアさんの気持ちを天秤にかけ

彼は、セリアさんの気持ちを大切にしたんだろう。


彼女が、セリアさんが安らかに水辺に行けるようにと。


エリオさんは、右手を左腕から離し

脱力したように、ソファーの背もたれに体を預け天井を見る。


「笑ってくれてもいいぞ」


「……」


「自分の意思で、彼女に想いを告げないという自信がない。

 魔法に頼らなければ、いつ自分の口から身勝手な想いが

 吐き出されるかわからない……彼女を困らせるとわかっていても」


「……」


「情けないなぁ……俺は……」


そう言って、腕で顔を覆い歯を食いしばっていた。


伝えることのできない想いを抱えることが

どれほど苦しい事か知っている。言葉にしたくなる気持ちも。


どうしようもないほど、愛しい気持ちは

募るばかりで消えることはないのだから。


「情けないなんて思わない。

 それが、セリアさんに対するエリオさんの愛し方だと思うから」


「……」


何も言えないエリオさんに向けて、僕はゆっくりと詠唱し

彼の望み通りの魔法をエリオさんに刻む。

僕以外には、絶対解くことのできない魔法を。


「僕は、調理場へ戻ります。

 この部屋には、誰も近寄りませんから

 しばらく休んでいてください」


声を出すことも、動くこともできないエリオさんを残し

僕は部屋を出た。


大部屋に戻ると、アギトさん達が戻っていた。

サフィールさんとエレノアさんもいて、何かを考え込んでいるようだ。


バルタスさんは、酒肴のメンバーの人と調理場に居て

なにやら、ワイワイと話している。


「もう、食事の用意を始めるんですか?」


「いや、まだだ」


「そうですか」


「セツナよ。

 この豆と、この道具は何か関係があるのか?」


どうやら、珈琲豆と道具に興味を示していたようだ。


「あれ? 珈琲を知りませんか?」


「知らんなぁ。だが、この豆は知っている。本で見た事がある。

 西の大陸でしか取れない豆だ。こちらの大陸で手に入ることはまずない」


「そうですか……」


「食料庫にあったのは気がついていたが

 どうやって調理するのかは、わからんかった」


西の大陸とこちらの大陸は、船で行き来することができないようだ。

グランドが滅びる前は、西の大陸のものもこちらに届いていたようだけど

現在は、全くと言っていいほど流通はない。


それでもこちらの大陸に、西の大陸のものがある理由は

カイルが空を飛ぶか、海の上を走るかして西に行ったからかもしれない。


一度行ってしまえば、転移で飛ぶことができるから。

僕も行こうと思えばいく事ができるが、今のところ行く予定はない。


「これは食べ物ではなく、飲み物なんですよ」


「豆茶みたいなものか?」


「いえ」


話すより、見たほうが早いと思い

豆を瓶からだし、とりあえず2人分の豆を挽くことにした。


お湯を沸かしておくことも忘れない。


豆をミルに入れ、ゆっくりとハンドルを回す。

珈琲の香りが周りに漂い、バルタスさん達は真剣に僕の手元を見ていた。


「珈琲豆をこの道具で、砕いて……。

 砕いた豆を、この中にいれます。次に、これはドリッパーと言いますが

 この上にこれを乗せます」


ペーパーフィルターの横側と下部分を折り、ドリッパーにセットし

その上に、挽いた珈琲豆を入れた。


「最初は少しだけ、ゆっくりとお湯を注いで全体を湿らせます。

 豆によって違うようですが、この豆は30秒ぐらい蒸らします」


珈琲の香りが、辺り一面に広がり始める。


「蒸らし終わったら、ゆっくりと中心のほうから外側へ

 円を描くように注いで……この辺りで一度止めてお湯が落ちるのを待つ

 お湯が落ちたら、もう一度同じようにお湯を注ぎます」


サーバーの中に、2杯分の珈琲ができたところで

全てのお湯が落ち切らないうちに、サーバーからドリッパーを外す。


「全部落ちるまで待たないのか?」


「はい。美味しいといわれる珈琲を飲むなら

 落ち切る前に、外してしまいます」


「そうか」


「これで完成です」


「ここまで、(かおる)飲み物は初めてだな」


温めておいた、珈琲カップに2人分を4等分して注ぐ。

調理場に居るのは、バルタスさんと昼食を作る係りの3人

とりあえず、4人に飲んでもらう事にした。


「どうぞ」


「いいのか?」


「はい」


バルタスさんは、最初香りを確かめ

そして、ゆっくりと啜るように口に入れる。


「苦みと、酸味があるな……」


「そうですね」


メンバーの3人は、眉間にしわを寄せてカップを眺めている。

ブラック珈琲は、慣れないと辛いかも知れない。


「それだけでも飲めますが、砂糖を入れると

 また違った味が楽しめますよ」


僕は砂糖を、4人の前に出す。

それぞれが適当に砂糖を入れて、もう一口飲んだ。


「本当だ。こちらのほうが飲みやすい」


「うん。これなら飲める」


「砂糖無しは辛いわ」


砂糖を入れて飲んだ感想を聞いてから

今度は、ミルクを取り出し調理場の上に置く。


「ミルク?」


「はい。入れてみてください。

 こちらは好みが分かれますけどね」


食に関して、何事も探求していくチームだ。

試さないわけがない。


「おいしい!」


「結構味が変わるものだな。

 砂糖を入れただけよりも、こちらを入れたほうが飲みやすい」


「俺は、砂糖だけのほうがいいな」


「お前は、ミルクが嫌いなだけだろ?」


「……」


「セツナよ。これは、なかなか美味い(うまい)ものだな」


バルタスさんが、嬉しそうに僕にそう告げた。


「紅茶とは違った、味わいがありますね」


「そうだな」


珈琲の香りに興味をそそられて、エレノアさん達も

調理場のカウンターの椅子に座って、こちらを見ている。


「……私にももらえるか?」


アギトさんと、サフィールさんも同じように

座り、僕を見て頷いた。入れろという事だろう。


珈琲豆を入れた瓶を手に取ると

バルタスさんが、「わしがする」といって豆を挽き始める。


他のメンバーは、お湯を沸かしたり

サーバーを温めたり、カップを用意したりと動いていた。

一度見ただけで、各々が動くことができるのは素晴らしいと思う。


そこへ、フラフラとエリオさんが部屋へと入ってくる。


「なんか、いい匂いがする……」


「エリオさんも飲みますか?」


「何を?」


「珈琲です」


「知らない飲み物だなぁ。

 とりあえず飲む」


先ほどの、落ち込んだ様子を微塵も見せずに

何時もの通り、軽い感じで椅子に座った。

そんなエリオさんに、サフィールさんがふと視線を向け

驚いた表情を見せる。エリオさんは、ふいっとサフィールさんから視線を外した。


「お前……」


「……」


何かを言いかけるが、サフィールさんはそれ以上何も言わず

「馬鹿なわけ」と小さく呟いただけだった。


アギトさんとエレノアさんも、エリオさんを見たが

2人は少し首をかしげただけで、何も気がつかなかったようだ。


各々が、3種類の飲みかたを試し

エレノアさんは、ブラック。アギトさんは、砂糖のみ。

サフィールさんは、ミルクのみがいいと2杯目を飲んでいた。


エリオさんは、好みは砂糖とミルクを入れたカフェオレだが

今の気分は、ブラックだといって。味見用ではなく、きちんと1人分入れられた

珈琲を飲みながら、そっとため息を落としていたのだった。




読んでいただきありがとうございました。


* グランド : 生命を育まなくなった土地。

* 地図を新しくしました。

  http://2188.mitemin.net/i107895/

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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