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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブルーポピー : 憩い 』

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『 正装 』

【 ウィルキス3の月30日 : サーラ 】


 エレノアちゃんが、セツナ君に

「……酒を飲むなら、もう少し食べるべきだ」と諭す。


お酒を飲むために、セツナ君が渋々食べ物を

口元へと運んでいるのをぼんやりと見ていた。


「……これはなかなか、美味しかった」などと

エレノアちゃんにしては珍しく、セツナ君の世話を

焼いているのを見て、ヤトちゃんが目を丸めている。


エレノアちゃんの隣で、構ってもらえない

アラディスちゃんが、挙動不審になっているのを

アギトちゃんとサフィちゃんが、楽しそうに

観察していた……。後で、揶揄うつもりなんだろう。



アギトちゃんも、サフィちゃんも本当に

黒らしくなったと思う。


バルタスちゃんやエレノアちゃんは

元々、様々な感情を隠すのが上手だった。


「……」


そんな、彼等を見てますます

自分が嫌になっていく。


複雑な感情を、胸の中に抱えながら

どうして、セツナ君の傍に座っていられるのだろう。


どうして、笑って話せるのだろう……。


私は無理だ。

今、彼の傍にいたらきっと涙を落としてしまう。


そんなことを心の中で思いながら

セツナ君達の会話を少し離れた席で聞いていた。


「サーラは元気がないのネ」


「セリアちゃん」


「何をそんなに落ち込んでいるノ?」


アルト達で(・)楽しそうに遊んでいたセリアちゃんが

私の隣へと座る。ちょっと浮いているけど。


言葉にできない私に、セリアちゃんが

軽く笑うように、息を吐く。


「ジゲルの言葉や、アルトの言葉で

 今までの自分を後悔しているノ?」


「後悔はしていないわ」


「なら、落ち込む必要はないじゃナイ」


「そうだけど。

 もっと、二人の頑張りに気が付いて

 褒めていれば……よかった、って」


涙が落ちないように、俯いて

歯を食いしばる。


そう。セツナ君の知り合いのジゲルさんのように。

絶望の淵に立ちながらも、彼は必死に生きていた。


「なら、これからそうすればいいでしょう?」


「そうだけど」


「前に進め。過去に留まるな」


「それ」


「……若い子達が、落ち込んでいる時に

 伝えていたワ」


エレノアちゃんの口癖だ。

セツナ君の家の庭にある、魔物と戦う魔道具で

何度挑戦しても、勝てないと落ち込んでいる子達を

叱咤していた。


「そして今も

 彼女はそれを実践しているワヨ」


「うん」


「サフィールも、頑張って

 一歩足を進めたワ」


本当に、魔道具を作ることを嫌がっていた

サフィちゃんが、エイクちゃんの未来のために

魔道具を作ることを決めた。


「アギトとバルタスは

 肩から力を抜いたようだワ」


確かに、アギトちゃんの表情が

穏やかになったような気がする。


「サーラはどうするの?」


「私は……」


答えられない私に、セリアちゃんが

私の目を見て優しく笑った。


「わからないのなら、サーラは

 セツナの側で、きゃぁきゃぁ楽しんでいれば

 いいと思うワ」


「えー」


「サフィールも言っていたでしょ?

 セツナの側で、笑っていればいいって」


セツナ君がジャックと闘ったあの日

サフィちゃんの想いを聞いた。


「まぁ、やり過ぎると

 エレノアの雷が落ちると思うケド」


「……」


それは、激しく嫌なんだけどなぁ。

エレノアちゃんが怒ると怖いんだもの。


「セツナのそばで、楽しいとか

 嬉しいという感情を、与えてあげテ」


「感情?」


「そう。負の感情が伝わりやすいように

 正の感情もちゃんとつたわるノヨ」


「そっか」


「皆が楽しそうに笑っていたラ

 セツナも、楽しいと思っているカラ」


「うん」


顔をあげて、セツナ君の方へと視線を向けると

セツナ君は、エリオちゃんを見ていた……。


「……」


「……」


私と同じように、セリアちゃんも

エリオちゃんへと視線を向けたけど

そっとその視線を外した。


「セリアちゃん」


「何かしラ?」


「エリオのことは

 気にしなくていいから」


優しい彼女は、エリオちゃんの気持ちに

気が付いていると思うから。


「私の時間は、もう止まっているかラ

 何もできないワ」


「うん」


私達も、ウィルキス4の月には旅に出る。

セツナ君の次の旅が、セリアちゃんを水辺へ

送る旅だとしたら、私達もまた……。

家族だった、マキスちゃん達に

お別れを告げる旅に出ることになる。


少し、空気が沈みそうになった気配を感じた時に

地面に刻んでいた転移魔法陣が光り

誰かが、転移してくることを皆に教える。


転移魔法陣が発動し

光が消えた場所に立っていたのは

華やかな、真紅の衣装を身に纏った

ナンシーちゃんだった。


受付にいる時とは違う、華やかな装いに

この場にいる全ての人の視線を

一瞬で集めてしまった。


真紅のドレスに、金色で施されている刺繍が

妖艶な彼女の魅力を最大限まで引き出している。


女の子達は、憧れを含んだ瞳で

ナンシーちゃんを見つめ、男の子たちは

まぁ……男の子らしい感情で視線を

奪われているようだ。


ナンシーちゃんは、軽く私とエレノアちゃんに

視線を送ってから、オウカちゃん達よりも先に

セツナ君の下へと歩いていく。


オウカちゃん達よりも、セツナ君を優先したことで

アギトちゃんやサフィちゃん、エレノアちゃん達は

少し驚いていたようだけど、本国籍を持つ私達は

そのことを当然のように、受け入れていた。


ドレスをつまんで、軽くひざを折り

丁寧に頭を下げる。


「守護者の帰還を心よりお喜び申し上げます」


ナンシーちゃんの心からの言葉に

セツナ君は、ナンシーちゃんに見惚れることもなく

その挨拶に喜ぶこともなく、淡々と言葉を返す。


挨拶が終われば、男性は女性を褒める言葉を

かけるのが常識なんだけど……。

セツナ君は知らなかったようだ。


ナンシーちゃんの艶やかな笑みが

引きつった笑みに変化するのを見てしまった。

エレノアちゃんが、苦笑を落としている。


「貴方ね。着飾った女性を前にして

 お世辞の一言も言わないのは、どうなの?」


かなり本気で怒っているナンシーちゃんに

セツナ君は、隙のない綺麗な動作で立ち上がり

自然な動作で、ナンシーちゃんの手を取って

甘く囁くような言葉と同時に

もの凄く綺麗な笑みを見せた……。


多分、私も含めて女性陣は皆息が止まったと思う。

至近距離で、あの笑みを見せられたら

心臓が止まっちゃう。そのまま、相手を魅了する

笑みを浮かべたまま、エレノアちゃんにしたように

手の甲へ口付けを落とす為に、ナンシーちゃんの

手を持ち上げようとした瞬間……。


ナンシーちゃんが、顔と体を真っ赤にして手を振り払い

セツナ君から距離を取った。


「ナンシーさんの気持ち

 すごい分かる」


「無理。あれは無理」


「見るのはいいけどなぁ」


「目と心臓が潰れるよ」


酒肴の女の子達が

頬を染めて自分達の感想を述べている。


「貴方! 二度と私を褒めないで頂戴!」


「酷い……」


ナンシーちゃんが、ここまで余裕をなくす姿を

久しぶりに見たかもしれない。


多分、今の言葉は彼女の本音だろう……。

褒めろと言われたから、褒めたセツナ君は

理不尽な事を言われているけど

こればかりは仕方がない。


今の彼の色気は本当に凄いから。

彼のあの瞳に熱が宿ったら

どれほどの威力があるのだろう。

ちょっとだけ、トゥーリちゃんが気の毒になった。


真っ赤になって、目に涙をためている

ナンシーちゃんを、エレノアちゃんと一緒に慰める。

ナンシーちゃんの呟く様な怒涛の愚痴を

エレノアちゃんが、同意するように何度も頷いていた。


あ……そうか、エレノアちゃんもされたんだ。

よく、平気なふりができたなぁと今更ながら感心した。


ジゲルさんの「いつか刺される」という言葉に

私達もしっかりと頷いたのはいうまでもない。


暫くして落ち着きを取り戻した

ナンシーちゃんは、少しだけ耳を赤くしていたけれど

オウカちゃん達やアギトちゃん達に用件を告げ

ダンスをするための用意をするように促した。


アギトちゃんと踊れないのは残念だけど

正直、人前で踊るのは恥ずかしいのでホッとしている。


それぞれが、準備をするために転移魔法陣へと

足を向けているのに、セツナ君だけが椅子に手を置き

座ろうとしたところで、オウカちゃんが声をかけた。


準備が必要だろうという、オウカちゃんに

セツナ君は、面倒だと答えてから

魔法を詠唱して、一瞬で衣装を作り出し纏ってしまった。


「……」


「……」


その衣装は、私が初めて見るもので

私達が知る正装ではない……。ないけれど。


これが正装だと言われて、頷けるほど

素晴らしいものだった。


彼の為に、誂えられたものかもしれないと

そう思えるほどに、セツナ君に似合っていた。


ただ、惜しいのはどこにも刺繍がされていない。

刺繍がされていれば、もっと彼を引き立てるだろうに。


ナンシーちゃんが、魔道具を発動させてすぐに

転移魔法陣が光り、二人の女の子が姿を見せる。

その女の子達が、キョロキョロと同じ動作で

周りを見渡してから、セツナ君を視界に入れたと同時に

一目散にこちらへと走ってきた。


キラキラと目を輝かせて……。


ナンシーちゃんに声をかけようとする二人に

声を出すなと、ナンシーちゃんが伝え二人が頷く。


セツナ君は、自分で出した水鏡を見ながら

何かを思案するように佇んでいた。


その表情は、どこか違う場所を見ているような

ここにはない何かを見ているようで、私の胸に不安が宿る。


動き出したと思ったら、セツナ君は一度もこちらを

見ることなく、自分の装いを整え始めた。


その、一つ一つが彼だけの為に用意されたものだと

感じてしまった。彼の事を詳しく知る人物が用意したものだと。


セツナ君の装いが一つ一つ整えられていくほどに

女の子達は、頬を染めて声にならない声をあげながら

彼を一心に見つめている。


だけど……。私や黒達。

そしてオウカちゃん達やヤトちゃんは

もう気が付いていると思う。


彼が、一つ一つ装いを整えていくたびに

彼の瞳から光が消え、暗く沈んでいくのを……。


セツナ君は何も言わない。

アルトを見ると、アルトはバルタスちゃんに捕まっていた。


あぁ、アルトもセツナ君が

おかしいことに気が付いているんだ。


セツナ君は、最後に髪の色と目の色を元に戻し

水鏡に映る自分の姿を見て、一度歯を食いしばってから

諦めたような声音で「これは、違う……」と呟いた。


彼が、何に対して違うと呟いたのかはわからない。


そして……自分の手で整えた髪を崩そうとした瞬間

ナンシーちゃんの隣にいた二人が

勢いよくセツナ君の腕に抱き付いていた……。


私もナンシーちゃんも周りも呆気に取られて

彼女達を凝視する。


セツナ君が冷たい声を響かせても

離れようとしない根性はすごい……。


いつの間にか、フィーちゃんも

セツナ君にしがみ付いているし。

本当に、いつそこに移動したの?


サフィちゃんを見ると

苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


セツナ君は、酒肴の女の子達に視線を向け

微かに体を引いてから声を出した。


きっと、彼女達のキラキラ……。

いや、ギラギラした目に怯えたのね。


私もちょっと見ていて怖いから。


エレノアちゃんの簡単な説明に

困ったように笑って、エレノアちゃんから

アラディスちゃんへと視線を向けて

すぐに、視線を逸らしている。


今のアラディスちゃんに

触れてはいけないと私も思う。


いつものセツナ君へ戻ったことに安堵して

軽く息を吐いてから、気持ちを入れ替える。


今はまだ……。

様々な想いは、胸の奥へと沈めて……。


アルトも落ち着いたようで

ミッシェルちゃん達が、きゃぁきゃぁと騒いでいるのを

眉間に皺を寄せながら「煩い」と伝えているが

彼女達に、アルトの声は届いていない。


酒肴の男の子達は、冒険者に見えないだとか

俺がセツナと同じ衣装を着たら似合うだろうかとか

そんな話をしている。


みんなそれなりに、身長があるし

顔もまぁまぁいいのだから、似合うんじゃないだろうか。


私としては

クリスちゃんが似合いそうな衣装だと思う。


オウカちゃん達と話すセツナ君を、私もじっと見つめた。

エレノアちゃんも、セツナ君に視線を奪われているから

アラディスちゃんが、やきもきしている姿が目に入るけど

私もアギトちゃんに、腕を掴まれているから

何も言わない……。


仕方がないのよ。仕方がないの。

だって、精霊が執着するぐらい

セツナ君は素敵なんだから!


見惚れるぐらいいいでしょう!?

綺麗なモノは、綺麗なんだから!


ナンシーちゃんは、セツナ君の変化に

気が付いていなかったようで、セツナ君を

説得するように、二人の女の子を紹介していた。


オウカちゃんは、注意深くセツナ君を見ていて

多分、少しでも嫌がったら口を挟むつもりでいたと思う。


「そうですか。

 本来の正装とは、違うモノですが?」


「気にすることはないわ。

 きっと……それが流行ると思うから……」


確かに、あの衣装はリシアの正装として

広まると思う。ギルドの服飾部門が悲鳴を上げる

様子がありありと浮かんだ。


リシアには、もう一つこの国だけが

作ることができる衣装があるけれど。

今、セツナ君が着ている衣装は

他国でもまねされるだろうなぁ。


技術が追い付くかは別として……。


「なら、お任せしようかな?」


セツナ君の肯定する言葉に、女の子達が

本当に嬉しそうに笑って「頑張ります」と

告げてから、セツナ君に誰にも見えないように

結界を張ってくれと頼んでいた。


「……」


セツナ君は少し呆気にとられたような顔をしていたけれど

どこか楽しそうに、二人を見て要望に応えてこの場から

姿を消した。


「セツナの好みだったのかしら?」


あっさりと、二人の希望を叶えたセツナ君に

ナンシーちゃんが、そんなことを口にする。

この言葉に、酒肴の女の子達の機嫌が下降した。


「……違うだろう」


「どうしてそう思うの?」


「……セツナの好みは

 伴侶、唯一人だ。あの執着は」


ここで、エレノアちゃんが

アラディスちゃんを見て小さく溜息を吐いた。


「……」


「……」


私もナンシーちゃんも

何も気が付かないふりをした。

そして、周りも……。


「……セツナは、その仕事に誇りをもって

 努力している人間が好きなのだろうな」


「確かにそうかも。

 酒肴の子達が、厨房に入って料理を

 作っている姿を楽しげに見ているし」


「そうなの」


「うん」


「……だから、彼女達の仕事にかける情熱に

 応えることにしたんだろう」


「やっぱり、変わっているわね」


会話が落ち着いたところで、エレノアちゃん達も

準備に向かう。いつもなら、黒達の正装姿を

心待ちにしていたと思う。


黒達の滅多に見ることができない、正装は

この国に住む住人達も楽しみにしている。


彼等がマントを纏っている姿は、見ているこちらが

背筋が伸びるほど、凛々しいけれど。

彼等の正装姿は、心が躍るほど麗しい。


女性達の一番人気は、サフィちゃんで

その次がヤトちゃん。三番目がアギトちゃん。

バルタスちゃんも、渋カッコいいのだけど

若い子達からすると、おじさんになるのだそうだ。


男性達の一番人気は、エレノアちゃん。

二番人気がマリアちゃんで

三番目がエリアルちゃんになっている。


ちなみに、ランキングと呼ばれるものに入る人は

黒かギルド関係者なので、私が入ることはない……。

入ったとしても……かなり下になるかもしれない。

ちょっと悲しくなってきた。


なので、秘かに人気のあるアラディスちゃんや

ニールちゃんも入らない。


アラディスちゃんは、黒になる気はないようだから

これから先も入ることはないだろうけれど

ニールちゃんとクリスちゃん、アルヴァンちゃんが

黒に上がれば、順位が変わるのではないだろうか。


それでも、今日からそしてこの先彼がいる限り

女性達の一番人気は、不動となるだろうなぁ。


それだけ、彼の容姿は群を抜いているし

彼の性格も好意的に受け入れられている。

それに……彼は……。


黒達が、どんな装いで姿を見せるのか

女の子達も男の子達も、楽しみにしているようで

アルト以外の子供達も、楽しそうに話題にしている。


アルトだけは、ジゲルさんと一緒に

料理を食べているけれど。


ジゲルさんは、アルトと会話しながら

デスとララーベリルにも食べ物を与えている。

二体も時々嬉しそうに、体を揺らしているから

ジゲルさんを気に入ったのだろう。


彼は不思議な人で、優しい人で

そして、強い人だと思う。

私も、彼のようになれたらいいのに……。


今か今かと、待っている彼等の期待に

応えるように、転移魔法陣が発動する前の光を放つ。

「セツナが先だと思ったのにな」という言葉に

確かに、私もセツナ君の方が先に準備が終わると

思っていた。


セツナ君の衣装は、もう知っているせいか

期待度は、黒達の方が上みたいだ。

まぁ、男の子達にとってはセツナ君より

エレノアちゃんの方が気になるのは理解できる。


アギトちゃん達を迎えるために

椅子から立ち上がり、少し歩いた場所で彼等を待った。


一拍置いて、転移魔法陣の上に現れた集団に

それぞれが感嘆の溜息を洩らしていく。


一気に、この場が華やいだ。

アルトも口を動かしながら、目を細めて

黒達を見つめていたが、すぐに料理へと

視線を戻していた……。


あまり興味がわかないらしい……。

その態度が、セツナ君にそっくりだ。


私は、アギトちゃんを見つけた瞬間

まるで、縫い付けられたかのように

彼から視線を外せなくなった。


アギトちゃんも

私を見つけて優しく笑ってくれる。


彼の瞳の中に、熱が灯るのを見るたびに

私は飽くことなく、彼に心を奪われ続けるのだと思う。


アギトちゃんに、見惚れている私の意識を

こちらへと戻したのは、酒肴の女の子達の声だった。


「やっぱり、サフィさんカッコいい」


「惚れてもいいかな?」


「駄目よ。気の迷いよ」


「私も、気の迷いだと思った」


「見てるだけ、見てるだけが一番」


「目の保養~」


酒肴の女の子達の視線を一心に集めていたのは

サフィちゃんで、そのサフィちゃんは視線を彷徨わせ

探している精霊が見つからない為に、眉間に皺をよせ

忌々しいという感情を、舌打ちで表現していた。

そんな姿も、さまになるのだから美形ってずるいと思う。


「セツナはまだか?」


アギトちゃんが、私のそばへと来て

軽く頭に口付けを落としてから口を開いた。


「うん、まだ」


「フィーもまだあいつといるわけ?」


「多分?」


いつもと違う姿にドキドキしながら

返事をしていると、エレノアちゃんと

テレーザちゃんが、自分達の伴侶に

エスコートされながら私の隣へと立つ。


ナンシーちゃんもこちらへと来て

サフィちゃんに「エスコートぐらいしなさいよ!」と

怒っていた。


アラディスちゃんを見ないと思ったら

エレノアちゃんに、張り付いていたのね……。


エレノアちゃんの衣装は

深みのある藍色の落ち着いたもので

静謐な蒼の中に、銀色で大きく刺繍された

華麗な花が、エレノアちゃんを更に美しく魅せていた。


テレーザちゃんは、灰青(はいあお)色のドレスで

所々繊細なレースが華奢な彼女を可憐に見せている。


マリアちゃんが、薄黄蘗(うすきはだ)色。

エリアルちゃんが、淡藤(あわふじ)色の衣装を

身に纏っていて、他国から見れば王族という位置にいる

初代の一族に相応しい、刺繍が刺されていた。


華やかな色で彩られたこの場の空気は

何処か艶めいていて、若い子達は落ち着きなく視線を

黒達に送り、アルト以外の子供達は

少し緊張しているようだった。


他国の王侯貴族は、毎日着飾っているようだけど

この国の初代の一族が着飾ることは少ない。


着飾るどころか、オウカちゃんやオウルちゃんは

酒場に飲みに行く事も多々あるようで

ハルに来たばかりの冒険者達が、初代の一族だとは

知らずに、オウカちゃん達にギルドの愚痴を

話しているのを、酒場にいるハルの住人や冒険者達は

ニヤニヤしながら見ているのだ、と

バルタスちゃんから聞いたことがあった。


「マリアちゃん達が

 ここに来るのは珍しいね」


「……あぁ、セツナを見に来た」


「なるほど」


「私も、年甲斐もなく

 ワクワクしてしまいましたもの」


テレーザちゃんは、何度かセツナ君と会っている。

宴会をする日は、テレーザちゃん達の家にも

同じ料理とお酒を、若い子達が届けるから

テレーザちゃんが、セツナ君にお礼を言いに来たり

料理のおすそ分けに来たりと、それなりに面識があった。


マリアちゃんとエリアルちゃんは

私達の方を見て、軽く微笑むとオウカちゃん達と

同じ場所で立っている。


お互いの声が聞こえる距離だけれど

さすがに、時々開くお茶会のような

和気あいあいとした空気を今は作れない。

人の目が多すぎるから。


孤児院の小さな子供達が、満足そうな顔をして

この場所へ戻ってきたけれど、何時もと違う雰囲気を

感じているのか静かに座っていた。


まぁ……半分は疲れているのかもしれない。


「……結構時間がかかっているのだな」


セツナ君が出てくるのを、皆が待っている。

エレノアちゃん達が戻って来ても

セツナ君が、出てくる気配がない。


後日、何をしていたのか酒肴の子達が

興味本位で聞いていたのを耳に入れたところ

二人の女の子達の話をひたすら聞いていたと

笑っていた。


どんな話をしていたのかの質問で

セツナ君が、二人から聞いた話を淡々と

話していくのだが、酒肴の子達は早々に飽きて

セツナ君の肩を何度か叩いて違う場所へと

移動していた。


「そういえば、舞踏会場の場所を

 変えたみたいだよ」


「……あぁ、聞いた。ダンスが始まってから

 会場へ殺到しないように、ギルドが

 セツナと精霊様が踊ると知らせていたからな。


 用意していた場所では、人が溢れて

 無理だから、闘技場のような形にしたようだ」


「うわー。私、子供がお腹に居てくれてよかった」


私の言葉に、二人が苦笑を落とす。


「屋台も閉めている人が多いみたい」


「え?」


「……上位精霊が踊るとなれば

 そうなるだろうな」


「屋台大丈夫なの?」


「盗難防止の魔道具がありますから

 自由に屋台から離れることができますし

 問題はありませんよ」


「そういえば、そうだったわ」


この催しは、三日間夜通し続く。

交代で、三日間店を出す屋台もあるが

途中で、家に戻り寝る人も多い。


「酒肴の屋台も

 その時間、閉めるのよね?」


テレーザちゃんの問いに、バルタスちゃんが頷く。


「深夜から朝方まで酒肴が受け持ち

 明日の朝から夜までは、同盟のチームとギルドが

 管理してくれるようだ」


「そうなんだ……」


バルタスちゃんに答えを返すと同時に

セツナ君が張った結界が解ける音がする。


セツナ君が、姿を見せた瞬間

彼から視線を外せなくなった。


思わず、膝をつきそうになるところを

エレノアちゃんとアギトちゃんに支えられる。


テレーザちゃんを見ると

バルタスちゃんに支えられ

ナンシーちゃんは、サフィちゃんに腕を取られていた。


クリスちゃんは、ビートちゃんとエリオちゃんの

背に手をあてており、酒肴の子達は一番隊と剣と盾が

面倒を見ている。


孤児院の子供達やアルト。

アルトの友人、その家族は

座って談笑していたから、大丈夫なようだ。

それでも、声を出すことができないでいるようだ。


この場に姿を見せて、周囲を見渡している

彼の、セツナ君の存在感が今までと全く違う。

正装を身に纏い、凛としたさまで立つ彼は

私達の "王"だった。


リシアの守護者の帰還、王の帰還……。

私はその意味を、今はっきりと知ったのだ。


心に光が満ちる……。

私達の王が、この国に帰ってこられた。



「……腹に力をいれろ」


私にそう注意するエレノアちゃんの

指が微かに震えている。


「……サーラ。絶対に膝をつくな」


「……」


「……膝を一度でもつけば

 セツナとの距離が開く。彼をこれ以上

 孤独にしてはいけない」


「……」


「……セツナが今纏っている空気は

 人の上に立つ者が持ち得るものだ。


 私達は、家族だろ?

 家族に膝をついてはいけない」


エレノアちゃんの言葉に、ハッとして

自分の足でしっかりと立つ。


王である前に、私の家族。

そう。彼は、私達の子供なのだから。


「無意識で

 ここまでの存在感(威圧)をだすわけ?」


サフィちゃんが、そっと息を吐く。


「正直、のまれかけたな……」


「……私もだ」


「これが、リシアの守護者としての

 セツナの姿になるのだろうなぁ」


バルタスちゃんは、眩しそうに

セツナ君を見ている。


威圧……。そうか、ずっと前に聞いたことがある。

一国の王や、代表と呼ばれる上に立つ人達は

威圧に近い存在感を放つのだと。


独特な空気を持っているのだと。


一国の王に、膝を折るのはその威圧も

関係していると教えてもらったような気がする。

私は、サフィちゃんからそういった類の威圧を

軽減する魔導具を貰って身に付けているのに……。


いや、違う。


多分、私が膝をつきかけた原因は

彼の存在感もあるだろうけど、心の奥底の記憶。

自分の血と魂に刻まれた、王に対する忠誠だ。


きっと次からは大丈夫。

そんな気がする。


「師匠?」


静寂な空気に包まれたこの中を

少し緊張した面持ちで、アルトが

セツナ君の場所までいき、その手を取った。


「うん?」


セツナ君が返事をした瞬間に

彼が纏う空気が変化した。


セツナ君の存在感が、普段と同じに

なったことで、この場にいる人間が

大きく息を吐いた。


「師匠、王様になるの?」


「え?」


アルトの的を射た言葉に

本国籍を持つ人たちが、目を見張る。


「どうして、僕がそんな面倒な

 モノにならなくてはならないの?」


面倒……。

でも、セツナ君……魔王も王様なんだよ。


「だって、さっきの師匠

 初めて、リペイドの王様にあった時と

 同じような感じだった。

 師匠の方が、なんか強そうだったけど」


強そう。アルトの言葉に

エレノアちゃんが、俯いて肩を震わせた。


「えー……。本当に?」


「うん」


私達が、伝えにくいことを

アルトは気にすることなく

あっさりと、セツナ君へと伝えてしまった。


「どうしてだろう?」


「わからないけど」


「ジャックが

 なにか魔法をかけていたのかな?

 リシアの守護者になることで発動した?」


それは違うよ、セツナ君。


「大丈夫?」


「うーん。わからないけど。

 多分、大丈夫だよ。考えても

 わからない気がするから

 気にしないほうがいいよ」


「それならいいけど」


「アルト、僕は冒険者だよ。

 そんな、めんどくさそうな職業?

 とりあえず、面倒なモノにはつかないよ」


「うん!」


アルトは、すごく喜んでいるけど

正直、私達は複雑だ……。

本国籍を持つ人たちが

どこかしょっぱい顔をしている。


アギトちゃん達は、苦笑を落としながら

緊張を解くように、肩をまわしたり

首を動かしたりしていた。


二人の会話に、肩から力が一気に抜け

セツナ君から一度視線を外して

気持ちを立て直してから、もう一度セツナ君を見て

今度は別の意味で息が止まった。


「……」


「……」


それは、私だけではなくエレノアちゃんも

テレーザちゃんもナンシーちゃんも

セツナ君を凝視している。


余りにも、彼の存在感が強烈すぎて

今、初めてセツナ君の完全な正装姿が目の中に入った。


最初の姿も素敵だったけれど

裁縫師という職人が、手をかけると

ここまで、変わるものなんだと思い知らされた。


彼女達に、心から賛辞を送りたい。

世界王様ランキングがあったら

きっと、セツナ君が独走状態で優勝だと思う。


「サーラ?」


「エレノア?」


アギトちゃんとアラディスちゃんの声が

耳に届いているのに、返事をする気になれない。


「……凄まじいな」


「かっこいい……」


「素敵ですね」


「ありえないわ」


感嘆の溜息と同時に、心に思ったことが

口から零れ落ちる。


アルトも、今気が付いたのか

目を丸くして、口を開いてセツナ君を見ていた。


「アルト?」


「し、ししょう」


「どうしたの?」


「師匠じゃない!!」


「……酷い」


「いや、そういう意味じゃなくて!」


「似合ってない?」


「すげーにあってる!」


アルトの言葉に、酒肴の女の子達が同意するように

一生懸命首を縦に振っている。


アルトの友人の女の子達は

声もなく、顔を真っ赤にしながら

セツナ君を見つめていた。


「なら、よかった」


アルトに向けて、柔らかく笑うセツナ君に

魅了された女の子達が、顔を赤くして蹲り

小さな声で、会話していた。


「王子様よ」


「ん……。

 王子様より、若き王様?」


「あ、それわかる」


「革命に成功して

 国を手に入れるのね」


革命を起こす必要はないが……、と

オウカちゃんが小さく呟いてた。


「王妃様……溺愛みたいな」


「うあぁ。これから物語を

 読むときは、この姿を思い浮かべよう」


「なんか、幸せになれそう」


男の子達はそんな女の子達を気にすることなく

「おい、あの姿が自分だったらお前どうする?」という

話題で盛り上がっていた。


一応、子供達に配慮された言葉で会話していたから

ニールちゃんもバルタスちゃんも、何も言わなかったけど

分かる人にはわかる結構きわどい会話をしていた。


男の子達も女の子達も

夢が広がって何よりだと思う……。


「いい加減、フィーを返してほしいわけ!?」


フィーちゃんがあまりにも

セツナ君から離れないから、サフィちゃんが

しびれを切らして、フィーちゃんを

迎えに行ってしまった。


多分、離れないと思うけど……。

だって、すごく幸せそうな顔をしてるから。

まぁ、気持ちはわかる。


誰も見ていないところでなら

私も、セツナ君とダンスを踊ってみたいと

思ってしまったから。今度頼んでみようかしら?


アルトの友人の、ミッシェルちゃん達は

「あの衣装の、セツナさんの絵姿が欲しい。

売りに出されたら、絶対に手に入れなくちゃ」と意気込んでいた。


それを聞いていた、エレノアちゃんが

「……枚数を限定したら、きっと血を見るだろうな」と

ぼそっと呟いていたのだった。





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