『 僕と親友 』
今の出来事は、全部夢だったんだろうか。
一瞬そう思ってしまえるほど、僕の周りは何事もなかったかのように
綺麗になっていて、今まで聞こえていなかった波の音が静かに耳に届いた。
カイルはもう消えている。
結界も消え去り、落ちた左腕も血の跡もなくなっていた。
戦闘の名残は、地面に刺さっている僕の剣だけ。
のろのろと、傍に落ちている剣を地面から抜きじっと見つめる。
様々な感情が渦巻いているのを、心の奥に沈めようとする気持ちと
死んでしまいたいと思う気持ちがせめぎあっていた。
「セツナ」
そんな葛藤の中で、セリアさんの声が耳に届く。
「……」
セリアさんの声がまた、僕を正気へと引き戻す。
彼女の声で正気に戻るのは、これで何度目だろう。
「……」
カイルと戦闘をする気などなかったのに。
途中でやめるつもりだった……。
確認の意味で軽く流すつもりだったんだ。
だけど、心のどこかでカイルと戦いたいと考えていたのも事実だった。
戦う目的がどこにあるのかは、考えないようにしていたけれど。
気がつけば、大魔王を倒していた。
ここまできてしまえば、やめようとは思えなかった。
空気を揺らして、カイルが姿を見せる。
カイルの姿は、髪の色が違っていただけであの時のまま。
目の前のカイルが、本物ではないとわかっていても
もしかしてと思う。
最初の言葉で、期待が胸をよぎり
次の言葉で、失望に変わった。
初めてできた親友はもういない。
もういないのに
【真の魔王の親友】
僕の心臓を貫きながら、楽しそうに笑ってそれを告げるの?
共に酒を飲むことも、語り合う事もできない。
あるのは、カイルの残滓と親友という言葉だけ。
笑うしかないじゃないか。
笑うしか。ない。
どちらが生き残っていても、僕達の道は重なることはない。
歯を食いしばり、拳を握る。
こんな世界で出会うのではなく……。
あのような出会いではなく!
地球で。
日本で。
アルトが孤児院の子供達と出会えたように
友人でもいい。先輩でもいい。後輩でもいい。同僚でもいい。
関係なんてなんでもいい。
アルトが手に入れたものを、僕も手に入れたかった。
たった半日ではなく。
どちらかが消えなくてはいけない選択などなく。
ただ普通に……。そう、普通に。
「……」
日本に居たとしても、その願いが叶わなかったことは
僕が一番わかっている。だけど、そう願ってしまうんだ……。
「セツナ」
セリアさんが、もう一度僕を呼ぶ。
体の力を抜くように、一度目を閉じてから
セリアさんへと視線を向ける。彼女の瞳が揺れていた。
また、彼女に心配されているようだ。
自分の気持ちを整え、彼女にこれ以上心配をかけないように
剣を鞘へと突き刺した。
瞳に浮かべる色とは反対に、セリアさんは軽口をたたく。
そんな彼女の気づかいに、気持ちが落ち着いたところで筐体へと歩き出す。
「何処に行くノ」
僕の隣を、ふよふよと浮かびながらセリアさんがついてくる。
「魔道具の調整をするんですよ」
「そういえば、お昼にそんなことを話していたわネ」
「ええ、どこまでいっても首を狙ってきますから
どうにかしないと……」
「あー。確かに、首ばかり狙っていたように感じたワ。
セツナが倒すのが早くて、あまり気にならなかったケド」
敵を倒すことができるなら、調整は必要ないかもしれないけど
何処かで躓いた場合、首を狙われ続けるのは精神的に追い込まれそうだ。
「アルトも、興味を持っていたようですから
その辺りは変えておかないと」
「魔王を倒すんだ!って話していたものネ」
セリアさんの言葉に、アルトのキラキラとした瞳を思い出して
軽く笑う。魔王を倒して英雄になるらしい。
その言葉に、ぼんやりと勇者じゃないんだなと思った。
カイルの設定にも勇者という言葉は一度も使われていなかった。
筐体の傍へと行き、全ての魔法陣を地面に表示させる。
マンホールぐらいの大きさの魔法陣が、所狭しと表示されていく。
セリアさんが、その魔法陣の上をキョロキョロとしながら
飛び回り、構築式を真剣に眺めていた。
「すごい……。すごい。すごい」
「……」
「こんな、へんてこな魔法構築式初めて見たワ!」
確かに、どうしてこの魔法構築で動いていたのか理解できない。
どの構築式を見ても、首をはねろという命令はないのに首をはねに行く。
いったいどうなっているんだろう?
あちらこちらに、不具合が出ていると思われる個所を訂正していき
新しい魔法構築式を付け足したり、削除したりしながら納得いく仕上がりに
なったところで、魔道具を起動させ動作を確かめ問題がないことを確認してから
終了させた。結局原因はわからなかったけど、おかしいと思ったところを直したからか
首を狙ってくることはなくなった。
「セツナの構築式は、本当に綺麗ネ
あの人の、構築式が色々とへんてこだから対抗したの?」
「いえ……」
僕の頭の中にある構築式は、まともなものが多い。
式の記述も綺麗なものが多い。たまにある、妙な構築式は
使いやすいように構築しなおして使っていたけど
どうやら、綺麗なほうが花井さん。妙なほうがカイルだったんだろう。
そう思い笑う。
たぶん、花井さんは構築式を組み立てるのが好きだったんだろう。
僕も、好きだ。カイルは、反対に嫌いだったんだと思う。
元々構築式など組み立てなくても、僕達は魔法を使えるから
問題はなかったはずだし。
「これで終わり?」
「ええ。もう、首も胴体も切断されることはないはずです」
「他にも色々と変えていたわよネ?」
セリアさんに頷いて、変更した個所を告げていく。
大きく変更した個所は、息の根を止められないようにした。
止めを刺されないだけで、痛みも恐怖もあるし下手をしたら
死にかける一歩手前まではいくけれど……。
笑いながら、剣を突き立てられ殺されるのは精神的によくない。
まだ子供のアルトが、殺される経験などしないほうがいいだろうし。
あとは、サーラさんの胎教にもよくなさそうだ。
【上級編の上級】になると、赤のランクでも辛そうな敵がでていたから。
今の時代だと……多分【上級の中級】までいければ赤の実力はあるような気がする。
赤のランクを目指すとして、一度目の壁は【中級編の魔王】になるだろう。
【上級編】は黒以外の人にとっては、自分との戦いになるかもしれない。
【悪魔編】からはもう攻撃が鬼畜になっていくし、今の黒でも辛いかも……。
なので、強さ自体はかえていないけどできるだけ心が折れないように調整したつもりだ。
カイルの時代の人達は、大変だったろうなとぼんやり思った。
いろいろ振り回されていそうだ。いや、振り回されていただろう。
脳裏に、オウカさんとオウルさんが浮かんだけれどすぐに消えた。
「変更点はそんなところですね」
「そう。私もその変更はいいと思うワ。お疲れ様」
セリアさんが、うんうんと頷きながら僕の変更点を肯定してくれ
そんなセリアさんに、笑みを返すとセリアさんも嬉しそうに笑い返してくれた。
「明日から、人気が出そうネ」
「そうですね」
僕は、筐体の周りをぐるっと見渡し、明日からの事を想像してみた。
騒々しい場面しか思い浮かばない……。
僕の表情を読んだのか「賑やかになりそうネ」とセリアさんが告げる。
「本当に……」
ため息をつきながら答えた僕に、セリアさんは苦笑を浮かべて僕を見た。
順番待ちや、休憩に使えるようにベンチでも並べておくかと思いたち
地面に置いてあった鞄を拾い上げ、その中からベンチと机を出し配置していく。
セリアさんが、その中のベンチの1つに座りポツリと呟いた。
「ごめんね」
セリアさんの謝罪の意味が分からず、手を止めて彼女を見るが
セリアさんは、それ以上何も言わなかった。
謝罪の理由を聞こうと口を開きかけるが
彼女が僕を見て、哀しそうに淡く微笑んだから何も聞かないことにした。
謝罪が必要なのは、むしろ僕のほうだ……。
僕は、何度も彼女との約束を破りかけているのだから。
セリアさんは、僕の様子をただ眺め
僕は、鞄から適当にベンチや椅子や机を取り出して並べた。
適当に、並べ終わり
セリアさんの隣へと腰を下ろして、鞄からグラスを2つとお酒を取りだす。
「まだ飲むの?」
セリアさんが呆れたように僕を見る。
「運動して喉が渇きましたしね」
「水でいいと思うケド」
セリアさんの言葉を適当に流しながら
グラスにお酒を注いで、飲んでいると
暫くして、アギトさん達が庭へと僕を探しに来た。
軽くだけど、眠りの魔法を入れておいたのになぁ。
余り役に立たなかったようだ。次はもう少し魔力を籠めようと思った。
「セツナよー。わしにもくれ」
お酒の瓶をみて、バルタスさんが笑いながら僕に言葉を投げる。
「……私ももらえるか?」
エレノアさんが、僕達の近くへと椅子を移動させて座る。
「あれだけ飲んだのに、まだ飲むんですか?」
「……」
「……」
僕の言葉に、2人が目を細めて僕を見た。
その顔は「お前がそれを言うのか?」と告げていた。
サーラさんは、僕達のやり取りを見てクスクスと笑っている。
「こんな時間になにをしていたわけ?」
サフィールさんが、ぐるっと周りを見て僕に問う。
「魔道具の調整をしていました」
「もう終わったわけ?」
「はい」
「なら使えるってことだな」
アギトさんが、僕達の会話に割り込んだと思ったら
筐体にお金を入れていた……。
「え?」
「お前!」
アギトさんの周りに結界が張られ、楽しそうに個人情報を入力している。
サフィールさんは、悔しそうに舌打ちをして荒々しく近くの椅子に座った。
お酒を飲みながら、アギトさんの戦闘を眺めているけれど
アギトさんの戦い方に違和感を感じる。
その顔は、楽しそうに戦っているように見えるのに
アギトさんが振るう剣は、何時もより荒々しく見えた。
何かに苛立っている気持を、相手にぶつけ発散しているような……。
気のせいだろうか?
アギトさんは、危なげなく上級編の魔王をたおしたが悪魔編初級の1で負けた。
その瞳に悔しそうな光を宿し、もう一度硬貨を入れようとしたところで
サフィールさんが、アギトさんに魔法を放つ。
今の一撃は、結構本気で放っていたように思う……。
アギトさんが、魔法の攻撃をさけ後ろへと飛びサフィールさんを睨みつける。
サフィールさんが放った魔法は、敷地に張られている結界へと吸収され消えた。
「次は僕が挑戦するわけ」
「……」
次も戦うつもりでいるアギトさんと、サフィールさんが睨み合い動かない隙に
エレノアさんが気配を殺して立ち上がり、さっさと硬貨を入れていた。
唖然としたように、アギトさんとサフィールさんがエレノアさんを見るが
さすがに、エレノアさんに文句を言うつもりはないらしい。
渋々、椅子に座ってエレノアさんの戦いを見守っていた。
バルタスさんは、そんな2人に呆れた視線をむけ
アラディスさんは、苦笑してエレノアさんを見ている。
アギトさんと同じように、悪魔編初級で負けたエレノアさんは
サフィールさんに場所を譲り、アラディスさんの隣に座り僕を見た。
「……止めを刺さないようにしたのか?」
「はい」
「……そのほうがいいだろうな。
中級編の魔王で、躓くものが多いだろう。
同じ敵に何度も負けるだけでも、自信を失いかける。
そこに、あの殺気と痛み……。止めを刺される恐怖が追加されれば
心が折れる。いい調整だな」
エレノアさんが僕を見て、微笑して褒めてくれる。
「アルトも楽しみにしていましたから」
僕の言葉に、サーラさんとエレノアさんが小さく笑い。
「確かに」と頷いていたのだった。
大きな音がして、サフィールさんのほうへと視線を向けると
サフィールさんが、結界に叩きつけられていた。
そこで勝負はついたのだろう。
結界が解除されると、アギトさんがすぐに立ち上がり筐体へと近づき
サフィールさんは、悔しそうに歯を食いしばっていた。
サフィールさんは、椅子に座ることはせず
アギトさんの戦いを、怖いほど真剣に見つめながら
アギトさんを自分に置き換えて、頭の中で戦っているように見えた。
小さく呟いている言葉は、魔法の詠唱のようだ。
その表情に、余裕がないようにみえて
先ほど感じた、違和感は気のせいじゃないのかもと思い
サーラさんをみて、何かあったのかと問うてみる。
「何かあったんですか?」
「何かって?」
「アギトさんと、サフィールさんの戦い方が荒れているような気が……」
サーラさんは、チラリと2人を見て知らないという感じで首を横に振った。
バルタスさんが、僕のグラスにお酒を注いでくれながら呆れたように言葉を落とす。
「張り合い始めるといつもあんな感じだろう。
何時まで経っても、あいつらは成長せん」
バルタスさんの言葉に、エレノアさんが深く頷きため息をついた。
長い付き合いの彼等が何事もなかったと言うのだから、僕の気のせいなのだろうと考え
まだ戦っていない、バルタスさんとアラディスさんに戦わないのかと聞いてみる。
「興味はあるが、今は戦うより飲んでいたい。こうして話すのも楽しいしな。
それに、あの殺気だった2人の相手をするのは面倒だ」
バルタスさんに同意するように、アラディスさんが頷き
「あの2人の間に、入りたいとは思わないなぁ」と苦笑した。
アギトさんとサフィールさんの挑戦は
他のメンバーが起きてきても終わることはなかった。
僕は寝てないこともあって、アルトとの訓練を軽く終えた後
自分の部屋へと戻りベッドに転がった。
独りになると、先ほどの事が鮮明に思い出される。
「……なかったのにな」
心の中で考えていた事が、思わず呟きとなってもれる。
戦うつもりはなかった……。何とも言えない気持ちが胸に満ちて
それを追い払うために、終わったことだと流そうとして失敗する。
「……」
失敗したことにため息をつき
暫くぼんやりと、天井を眺める。
ふと、消える前のカイルは、どんな表情をしていたんだろうかと考えた。
思い出そうとしても思い出せなかった。けど……カイルの事だから
きっと笑っていただろう。
そう結論付けて、深く息を吐き出して目を閉じた……。
朝食の時間になり、部屋から出て椅子に座ると
アギトさんとサフィールさんが、不機嫌という空気を纏いながら
朝食を食べていた。2人とは反対にアルトは上機嫌で食べている。
いいことがあったのかと聞くと、エレノアさんに訓練をつけてもらったらしい。
「いっぱい褒められた!」と言って嬉しそうに笑うアルトを見て
エレノアさんは目元を緩めてアルトを見ていた。
その後は、ビートに登録が消えた事を伝えたり
筐体にお金が入らないと言われて見に行き
今回取り出しても、すぐに十分銅貨が貯まりそうだったので
部屋に大きな甕を置いて、入らなくなったら
ここに貯めてくれるようにお願いしておいた。
甕に十分銅貨を入れる僕を、周りは微妙な目をしてみていたけれど
両替に使えるでしょうと伝えると「なるほど」と納得してくれた。
本音を言うと、十分銅貨が貯まる度に呼び出されるのは
面倒だと思ったからだけど、真実は胸の中にしまっておく。
アルトに、甕に入っている十分銅貨を使っていいことを話すと
「お菓子を買ってもいいの!?」と聞いてきたので
あのゲームに挑戦するときだけ、使っていいと告げると
耳がしょんぼりと寝ていた。
だけど、ここでいいと言ってしまうと
全てのお金がお菓子になりそうな気がしたので、自分のお菓子は
自分のお金から購入してねと心を鬼にして伝えたのだった。
全員が、アルトの食べる量を知っているので
誰も僕とアルトの会話に口を挟むことはなかったけれど
誰かしら、何かお菓子を買ってきては
机の上に置いておくものだから、アルトがお菓子の心配をすることも
お菓子が食べれなくて、しょんぼりすることも一切なかった。
お菓子で困ったのはアルトではなく、アルトと一緒になって
食べていた、周りの女性達のほうで……。
殺気立って、庭で訓練する姿を目撃することになるが
部屋の片隅で、ボロ雑巾のようになっていた酒肴のメンバーを目にしたので
最後まで何も気がつかなかった事にしたのは言うまでもない。
細々とした雑用を片付けた後、アルトにギルドに行くか聞くと
元気に「行く!」と答えたので、学校の申し込みをするために出掛けることにした。
僕やアルトが居なくても、家の中にあるものを自由にしていいこと
全員がどこかに出かけることになっても
戸締りの必要はないことを伝え家を出たのだった。
読んでいただきありがとうございます。