『 スクリアロークス 』
【 ウィルキス3の月30日 : セツナ 】
閉会式が終わると同時に、会場の内外から歓声が上がった。
僕がクッカを呼んだことで、冒険者達はどこかぐったりしていたが
今は元気を取り戻しているようだ。タフだなぁと内心思う。
閉会式の終了間際で、オウカさんがヤトさんとリオウさんの
婚約を発表した。冒険者の中にも、リシアの民の中にも
ヤトさんとリオウさんに、恋心を抱いていた人が
結構いたようで、観客席は暫く混乱に陥っていたけれど
失恋した人達も涙をのんで、二人を祝福している人が
多かったように思う。
ヤトさんは、何時ものように表情には出さず
リオウさんは、照れたような表情を浮かべて
可愛らしく笑っていた。
サクラさんのことも少し触れられ
魔導具の効果はまだ解明できていないが、命に別状はなく
僕やサフィールさんも協力しているから安心してほしいと
伝えられていた。リシアの民の心配そうな声が
あちらこちらから届くが、サクラさんはリペイドで元気に
すごしている。
サクラさんもエリーさんも、新しい家族を
育てるので、必死になっているようだ。
最近届いた手紙に、拾った子犬が
犬じゃないかもしれないという不安を綴った文章が
書かれてあり、リペイドでは調べることが困難だから
調べてほしいと、サクラさんとエリーさんからのお願いに
犬の種類を調べてみると、魔犬だということが判明した。
魔犬といっても、魔物のような危険な生き物ではなく
魔法を使うちょっと特殊な犬? といった感じだろうか。
それはもう、犬じゃなく違う生き物のような気がするが
フィーがいうには、犬の仲間だという事だ。
知能が高く、自分の飼い主と認めたら死ぬまで離れない。
飼うには相当覚悟がいる生き物らしい。覚悟はいるが
その分、命を賭けて主人を守り通すことから
重宝されていたようだ。魔物の氾濫や戦争で
その数を減らしていっており、今は絶滅寸前だと聞いた。
どうして、そんな特殊な子犬がリペイドに迷い込んで
いたのかが気になって、フィーに聞いてみると
多分、魔犬好きの精霊が母親を亡くした子犬を
保護させようと連れてきたのだろうと話していた。
魔犬を育てるには、潤沢な魔力が必要で
サクラさんは、北の大陸で一番の魔力の持ち主だから
精霊に選ばれたのだろうと話す。
魔法が使えなくなっただけで、魔力がなくなったわけではなく
魔力感知も行えるし、自分の魔力を必要とする魔道具も
種類を問わず使用することもできるから、目をつけられたのだと。
サクラさんが、困った結果になっていたかもしれないと
フィーに伝えると「サクラは、セツナが守護していると
精霊はみんな知っているから、危害を加えることは
しないのなのなの~」と答えた。
そういったことが言いたいのではなく、育てられなかったら
どうしたのと聞くと少し考えて、サクラが拾わなければ
そのまま連れて帰って、死ぬのを見届けていたと思うのなの
と告げた。精霊は、生き物を育てることができないらしい。
契約した人間と、共に育てるのならば問題はないが
生態系にあまり干渉しないように言われているようだ。
それでも、精霊も生きている。自由奔放ではあるが
自分が好きな生き物が、苦しんでいたら
助けたいと思うのだと告げた。
なので、自分の好きな生き物が死にかけていたりすると
一度だけ生きる機会を与えて、それが駄目だったのなら
諦めるのだと。それは、動物でも人間でも同じなのだと
その機会を、掴み取ることができるかはその生き物の
心と運次第なのだと話していた。
精霊にも色々とあるんだねと言った僕に
フィーは、儚く笑った。
「私達が、知らない種族が生まれることもあるし
昔からいる種族が、消えていくこともあるのなの」
「そっか」
「ジャックは、消えゆく種族を守っていたこともあるから
セツナも、その生き残りに出会うことがあるかも
しれないのなの~」
「……」
フィーの言葉は聞かなかったことにして
僕がクッカに頼んでいる、植物の栽培は大丈夫なのか
たずねると、植物は大地を浄化するために必要なモノだから
他の精霊達も、魔力を与えたり水を与えたりして
育てているはずだと教えてくれる。
時々森の中で見つかる、薬草が豊富に茂っている場所は
精霊が育てている薬草らしい。冒険者が、根こそぎ持って
帰ることも多いらしいが、無駄にせずその人の糧になるなら
それでいいらしい。二日もすれば、また育つから
気にしないのだと……。
ただ、暇を持て余して悪戯好きな精霊もいるから
育てている薬草と似た、毒草もまぜて育てることがあって
気が付かずに、一緒に持って帰ると冒険者ポイントが
かなり下げられてしまい、ランクが落ちることもあるの
だと、フィーは楽しそうに笑っていた。
そういった、人間観察をするのも
暇つぶしの一つのようだ。
これ以上聞くと、怖い話になりそうなので
フィーにお礼を言って、話を打ち切った。
フィーから聞いた話を纏めて
魔犬の特徴と育て方を書いた手紙と本。
そして、普段は魔力を封じ、サクラさん達や
魔犬たちに危険がせまったら、魔力を開放し
自由に魔力を使えるようした魔法を首輪に刻み
手紙と一緒に送っておいた。
僕が送った手紙の内容に、二人とも動揺することなく
受け入れたと書かれてあった。この子達は、自分達の
家族だから、ずっと一緒なのだと。
育て方を間違えて、死なせてしまうのが嫌だったのだと
二人からの手紙に綴られていた。
子犬たちは、いい縁を繋いだようだ。
二人が笑う姿が目に浮かび、少し幸せな気持ちになった。
お礼の手紙と共に届いた、手作りのお菓子は
魔犬の話をしながら、アルトと一緒に頂いた。
アルトは、魔犬に興味がありそうだったが
旅をするから、育てられないといって少しだけ
がっかりしていたけれど……。
「……セツナ」
エレノアさんの呼びかけに、振り返ると
彼女は少し苦笑を落として「……そう、不満そうな顔をするな」と
僕の背を叩いた。
「僕としては、納得できていませんから」
閉会式が始まる前の出来事に、自然と眉間に皺が寄る。
閉会式で、黒と白が整列するのにアルトと一緒に
端の方へ立つつもりが、バルタスさんに真ん中に行けと
言われて、渋々従ったのに。僕が前を向いた瞬間に
僕以外の全員が、一歩後ろに下がるなんて……。
これで、僕が黒のリーダーを
エレノアさんから引き継いだ形になってしまった。
「……貴殿は守護者になった。
守護者の地位は、私達より上になる。
初代の一族と同格として扱われる。
仕方のないことだと思って、割り切ることだ」
溜息を吐く僕に「……それほど嫌か」とエレノアさんが呟き
「嫌です」と伝えると「……ならば、こうするか」と彼女が
少し思案したあと口を開いた。
「……黒のリーダーは、セツナから動くことはないが
行動は今まで通りにするが? 有事の際の指揮なども
私とバルタスで担当してもいいが、どうする?」
「よろしくお願いします」
「……即答するのか」
「自分によこせと言わないのが
セツナらしいの」
バルタスさんが、顎のあたりを撫でながら苦く笑った。
「できないことはありませんが、僕は遊撃の方が
向いていると思うので」
「……どちらもそつなくこなすとは思うが
貴殿は、自由に動いているほうがいいだろう」
エレノアさんが、オウカさんとヤトさんに
許可を申請し、二人は反対することなく
受理してくれた。
「セツナは、好きにすればいい。
ジャックは黒になっても、何もしていなかった」
オウカさんがしみじみと呟く。
それはそれでどうなんだと、思わなくもないけれど
せめて黒になるまでは、煩わしいことに関わりたくはない。
「ありがとうございます」
晴れ晴れとした気持ちで、エレノアさんにお礼を言うと
苦笑を深くして、彼女が首を横に振った。
「……いや、礼を言うのはこちらの方だ。
体は本当に大丈夫なのか?」
「全く問題はありません」
「……詳しい話を聞かせてほしいのだが」
「今は無理ですね。
僕は、少しここを離れますから」
僕の言葉に、一番に反応したのはアルトで
勢いよく僕のそばに来て、腰のあたりに抱き付いた。
「ど、どこにいくの。
俺もいく」
不安そうに揺れるその瞳に
まだ、アルトの不安は解消されていないんだと知るが
少し時間が必要だろうと思い、僕はいつも通りで
いることに決める。
僕のために。魔王の弟子になるという言葉を
告げるために、アルトはどれほど自分の精神を
すり減らしたのだろう……。
冗談半分、本気半分で零れ落ちた言葉を
真剣に掬い上げて、言葉の意味と僕の感情を理解し
自分の答えを出してくれたんだ。
「何処に行くのって……。
僕はこれから、アルトのご飯の為に
スクリアロークスを解体しに行くんだよ。
そろそろ始めないと、間に合わないからね」
ご飯! と耳に入った瞬間、盛大に振られる尻尾を見て
エレノアさんが、フフフと小さく笑った。
「おおおおおおおおおおお!
絶対に、俺も行く!」
「好きにするといいよ」
狼なのに……ゴロゴロと喉を鳴らすような
錯覚を覚えたのは気のせいだ。きっと気のせい。
「そうだったの!
おい、全員集合だ!」
バルタスさんが、スクリアロークスの解体と聞いて
酒肴のメンバ―達がいる方を見て、口を動かすと
石壁を乗り越えて、一目散に酒肴の人達が走って来る。
その姿がどこか真剣なのが怖い……。
他のメンバーも、こちらへと走ってきているが
アルトの友人達とその保護者の人達は
多分、フィーが転移させたんだろう。
白達の傍へと転移していた。
他のメンバー達が「ずるい!」と叫んでいるが
フィーは気にすることなく
「走るといいのなのなの~」と笑い
サフィールさんの横へと現れていた。
相変わらず、奔放なフィーを見て笑みが浮かぶが
強い視線を感じて、顔を向けるとアラディスさんと
視線が合う。僕と視線が合ったことで、スッと
気配を感じさせない動きで僕のそばに来て……。
「セツナ君、私を殴ってくれ!」と
訳の分からない事を言われた……。
エレノアさんが、刺されるところを見てしまった
ショックで、頭がおかしくなったんだろうか?
アギトさんとサフィールさんは
そんなアラディスさんを、生暖かい目で見ている。
「いや、そんな大丈夫かこいつみたいな目で
見られると居た堪れないのだが……」
「僕が、アラディスさんを殴る理由が
思いつきません。僕が殴られるならともかく」
試合中、ずっとアラディスさんを煽っていたのだ
僕なら、絶対許せない。
「理由があったことだ……。
君が、伴侶に一筋だという事を知っていながら
私は自分のことしか考えていなかった。
君がどれほど……」
「アラディスさん。
その辺りの話はまた改めて」
「そうだな、だが……」
何処か罪悪感を抱えた様子のアラディスさんに
このままでは、埒が明かないと思い
アルトをぶつけることにした。
「アルト、明日と明後日アラディスさんが
訓練をつけてくれるらしいよ?」
「え? あの消える奴教えてくれるの!?」
「え?」
「あれは、能力だから無理じゃないかなぁ」
「えー」
アルトが、アラディスさんをじっと見て
アラディスさんは、僕の言葉に虚を突かれたように
目を丸くしていた。
「僕に殴られる代わりに
アルトに殴られてください。
返り討ちにして下さっても構いません」
「君は……」
アラディスさんが、くしゃりと表情を歪め
一度、俯いてから手を伸ばしアルトの頭を
グシャグシャと撫でた。
「うわー。何をするんだ!」
「私のとっておきを教えてあげよう。
闇討ちするときに役に立つ」
「闇討ち?」
「闇討ち……」
アラディスさんは、騎士だったはずなのに
どうして、闇討ち……。
「私の得意な戦闘方法は
闇討ちだからね」
物凄く爽やかな笑顔で、心の滓が取れたかのような表情で
アラディスさんは、僕とアルトに今まで見せたことのない
表情を見せた。周りの人達も驚いているところを見ると
珍しい事なのかもしれない。
「私のような能力がなくとも
十分に役に立つ技術だ。
魔物との戦闘では、不意打ちができるようになる」
「おお! やったー!」
アルトが僕から離れて、尻尾を振りながら
アラディスさんに色々と聞いている。
他のメンバー達も、静かに聞き耳を立てていた。
どこか、彼等の纏う空気が今までと違うように感じる。
そんな、僕の疑問に答えてくれたのは
かなでをよく知るだろう人物だった。
「強さの頂の一端を目にしたからねぇ
強さを求めたくなったんだろう」
声のしたほうへ視線を向けると
ザルツさんとカルーシアさんが、僕を見ている。
「初めまして」
「はじめましてだねぇ。
自己紹介からはじめたほうがいいかい?」
「いえ、存じております」
「そうか、酒肴ともどもよろしくなセツナ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「お前さんは、ジャックと違って
礼儀正しいなぁ。アレの弟子だとは
全く思えん」
「そうだねぇ」
どこか疲れたように語る二人に
この人達も、オウカさん達と同様に
かなで に遊ばれていたんだろう。気の毒に。
それだけ、かなでが心を許していたという
証にもなるのだけれど。
だけど、僕がそれを伝えなくても
この二人はわかっているような気がした。
「お前さんが、知らないことも
知っていると思うからな、気になることが
できたら、相談に来るといい」
「そうだねぇ。面白い話は
尽きることなく、胸の奥に刻まれているからね。
遊ばれていた記憶ともいうけどねぇ」
「……」
黙りこんだ僕に、ザルツさんとカルーシアさんは
朗らかに笑い、僕の肩を数回叩くと
チーム浮雲の人達がいるところへと戻っていった。
僕が、ザルツさん達と話している間に
アルトはアラディスさんとの会話を終えて
今はクロージャ達と楽しそうに話している。
背中の羽がカッコよかったとか。
触りたかったとか、盛り上がっているようだ。
彼等のアルトを見る目が、今までと同じで少し安堵した。
アルトが、魔王の弟子を選んだという事は
友人関係を捨てる覚悟を決めたということだ。
その事実を、彼等は知りながらもアルトを拒絶するような
ことをしなかった。一言も責める言葉を口にのせなかった。
アルトもそのことに気が付いているのだろう。
嬉しそうに尻尾を振って、そのままの自分を受け入れてくれた
友人達にとてもいい笑顔を見せていた。
良い縁と絆を結んでいると思う。
僕の浅慮な言葉のせいで
アルトの世界を壊してしまう所だった。
アルトの友人達が彼等でよかったと心から思った。
だから……。
アルトが彼等と共に歩み、生きたいと願うなら
僕も、アルトが守るものを守っていこう。
時が来た時に
彼等がこのまま冒険者を目指すというのなら。
暁の風に入ると、決めたのならば……。
命の価値が低い、この歪な世界を
笑って渡り歩けるぐらいまで、僕が全力で鍛えよう。
大切な人を亡くすことがないように……。
あの笑顔を、失くすことがないように。
「……」
『セツナぁ~。
そろそろ行かないと、間に合わないわヨ』
セリアさんの声が、僕を思考の海から引き上げた。
アルトの傍から、フヨフヨと飛んできて
僕の背中に張り付く。
『あぁ~。やっぱりここが一番落ち着くワ』
『……』
『帰ってきたワ』
もう、突っ込むのはやめて好きにさせておくことにする。
閉会式が終わったことで、観客席の人達が闘技場から出るために
ギルド職員に誘導されながら、外にでる順番を待っている。
この後、闘技場は屋台を並べるために戦闘用の舞台を消して
今度は、中央あたりに吟遊詩人や演劇用の舞台が設置されるらしい。
その舞台を中心にして屋台が並んでいくようだ。
ダンス用の舞台も作るというのだから、すごいと思う。
心待ちにしている人達が多いのも理解できた。
僕自身、お祭りに参加するのも初めてのことで
できれば、このまま何事もなく楽しめたらいいのになと思う。
ギルドから、在庫処分品の武器や防具や魔道具なども
売り出されることから、一晩にどれほどの金額が動くのか
少し興味があったけど、それを口にすると違う流れに
乗ってしまいそうなので、諦めることにする。
「僕は、そろそろ向かうけど
酒肴はともかく、一緒に来る人は?」
僕の問いに、オウカさんとヤトさん以外の全員が
僕の方を向き手をあげた。
セイル達は、遠慮気味にあげているが
ミッシェルは、元気よく手をあげている。
彼女の溌溂とした性格は、見ていて気持ちがいい。
小さく笑いを落としていると、ナキルさんが僕を見て
苦笑しながら軽く頭を下げているけれど
彼も、堂々と意思表示をしていることから
似た者兄妹なのだろう。
ふと、ミッシェルの頭の上に視線を向けると
毟る君デスがのっていた……。それでいいのだろうか?
楽しそうにしているから、何も言わないことにして
視線を下に向けると、ララーベリルは
エミリアが抱いていた。時々、三人が笑いながら
ララーベリルとデスに話しかけている姿は
微笑ましく見えなくもない……。
ギルスとヴァーシィルは、アルトと舞台に上がる前に
待機させていたので、今もまだそこで待機しているはずだ。
アルトがその事に気が付いて、走っていこうとするが
それを止めて、名前を呼ぶと二体はすぐに転移して
ギルスはアルトの背中に張り付き、ヴァーシィルは
スルスルと、ロイールの体を上り腕に巻き付いていた。
「え?」
いきなり、腕に巻き付いたヴァーシィルに
ロイールが驚いているが、拒否反応はないようだ。
「なんで、ロイールに行くの?」とアルトが少し首を傾げ
そして、何かに気が付くとミッシェルの腕を引いて
「ロイールから離れて!」と声を出した。
ヴァーシィルは、なぜかデスが気になるらしく
デスに一番近いことから、ロイールを選んだらしい。
「どうして、デスを狙うんだ!
食べ物じゃないと言っているだろう!?」
ヴァーシィルの頭を固定して、アルトがプンスカと
お説教をしているが、ヴァーシィルは舌をチロリと出して
反省している様子はなかった。
気にしなくても、食べることはないと思う。多分。
食べないように命令しておいたし……。
しかし、僕の創る使い魔はどうしてこう
おかしい行動をとるのだろうか?
よくわからない。考えても仕方がないから
放置しようと決め、ヴァーシィルから視線を
外したところで、サフィールさんと視線が合った。
何か言いたげに僕を見ていたけれど
深く深く溜息を吐いただけで、口を開くことはなかった。
きっと、僕に聞いても無駄だと思ったのだろう。
ギルスとヴァーシィルから距離を取って
立っている、エミリアとジャネットに声をかける。
「魔物の解体だけど、大丈夫かな?」
どう考えても、エミリアとジャネットには
辛そうな光景だとおもうんだけど、大丈夫だろうか?
サフィールさんが、意識を落としていたみたいで
スクリアロークスも見ていなかったと思うんだけど。
「だ、だいじょうぶ。たぶん」
「……」
どう考えても、大丈夫じゃなさそうだけど
友達と一緒に居たいのだろう。
向こうについて、駄目そうなら孤児院に飛ばすことにしよう。
「時間が足りなさそうなので、解体は魔法で
さくっとやってしまおうかと思うのですが
解体したいですか?」
酒肴に向けて質問すると、残念だけど屋台の準備の方が
大切だから、見学だけにすると返答が来たために頷いて
全員を伴ってスクリアロークスの場所まで転移した。
転移したのは、スクリアロークスの顔の辺り。
顔のあたりといっても、大きすぎてよくわからない。
なんか弾力性のある壁が、ずっと横に広がっている感じだ。
エミリアとジャネットが、ルーシアさんと
アニーニさんに張り付こうとしていたが
この二人は酒肴のメンバーだ。
二人の手を取ったかと思うと、サーラさんへ丸投げた。
「楽しみにしていてね!
美味しいお肉が、取れるのよ!!」
「……」
「きっと、最高の夜になると思うわ!
肉よ、肉よ、美味しいお肉よ!」
「……」
二人の姿に、エミリア達はサーラさんにしがみ付き
魔物というよりは、彼女達の姿に怯えているようにも見えたが
皆が、スクリアロークスに集中しているので
誰も気にしていなかった。
サーラさんにしがみ付きながらも、しっかり立っているから
大丈夫だろうと、二人から目を離そうとした時に
サーラさんと視線が合い「私が面倒を見るから」と声にすることなく
僕に伝えてから、サーラさんは柔らかく笑った。
サーラさんに頷いて、近づいてくる気配に体を向けると
ギルドの職員の人達が、数十名僕のそばで立ち止まった。
簡単な挨拶をしたあと、僕の指示に従うということで
解体を始めることにする。
魔法を発動させながら、解体の説明を加えていく。
「まず、血を全て抜いていくよ」
時の魔法をかけていたので
息を引き取ったばかりの状態だ。
血管に空気を入れて、押し出す方法でもいいが
時間がかかるので、転移魔法の応用で一気に
血液だけを空中につくった結界の中へ転移させる。
血液が凝固しないように、傷まないように
時の魔法をかけることも忘れない。
頭上にできた、巨大な血液の塊に
アルト達は口を大きく開けて見上げている。
想像を絶する大きさの生き物だから、血液の量も多い。
スクリアロークスの周りにいる人達も
驚いたような声を出して、目を瞠って空中を凝視していた。
血液を抜く魔法は、ギルドの解体所でも使われている魔法で
使い捨てではないので、高価な魔道具になるが
お金を出せばギルドで売ってもらえる。
多分ではあるが、かなでではなく
花井さんが構築した魔法を、受け継いできているのだろう。
肉屋などにも、売れているんじゃないだろうか。
酒肴は、この魔道具を個人で所持していると僕は思っている。
「この血は、このまま保存するには大きすぎるので
分割して、僕の分以外をあちらに積んでいきますから
ギルドの倉庫に移動をお願いします」
「は、はい」
ギルドの職員の人が、驚きを飲み込んで
部下の人達に指示を出していく。転移で運ぶだろうから
さほど時間はかからないだろう。
「次に、スクリアロークスの皮は硬いと話したけれど
この辺り、肌触りが違うんだけど触ってみる?
鱗は結構鋭いから、怪我をしないようにね」
僕の言葉に、一番にアルトが近づき
続いて、ミッシェルがウキウキしながらアルトの隣で
スクリアロークスの鱗のある部分と
一部分だけ、皮がむき出しになっている部分とを
真剣な顔で、観察するように見たり触ったりしていた。
ミッシェルの頭の上のデスも、彼女のまねをして
恐る恐る触っている。
クロージャ達も、アルトとミッシェルに続いて
ペタペタと触って違いを感じているようだ。
それは、黒達や同盟を組んでいる人達も同様で
ワーワーと言いながら、楽しんでいるようだった。
そんななか、アギトさんが短剣を取り出し
皮に突き刺そうとしているのを見て
エレノアさんが、蹴飛ばして止めているのを見てしまった。
手ではなくて、足が出たのは彼女の気持ちの表れだろう。
素材に傷をつけるなという……怒りの……。
短剣では傷はつかないから、試してみてもいいですよと
伝えると、エレノアさんが僕に頷いてから
いそいそと、短剣を取り出し一番に刺していた。
アギトさんはそれを見て「理不尽だ」と呟いている。
どうしてかな? 黒同士の距離がいつもと違う気がする。
自然な親密さみたいな空気が、彼等を包んでいるような
そんな気がした。
珍しい黒達のやり取りに、周りの人達は
クスクスと楽しそうに笑って見ており、時折自分も
触ってみたいと声が聞こえるが、ギルド職員が上手く宥め
後日、皮を展示するように申請を出しておくから
その時に、触ってみてくださいと答えていた。
様々な視線を貰いながらも、スクリアロークスに
触っている人達は、夢中になっていろいろと試している。
ナキルさんとロガンさんも、短剣を取り出し
鱗の部分と皮の部分の差を比べているようだ。
ロガンさんはともかく、ナキルさんが短剣を所持していたことに
ミッシェルが驚きながらも、貸してくれとねだっているが
ナキルさんは頷かなかった。ハルでの武器の使用は許可がいると
習っただろうと言われてしょんぼりしていた。
酒肴の人達の数人以外は、怪我することもなく
満足したのか、自然とスクリアロークスから距離を取った。
「鱗の部分を、魔法や剣で貫くのは難しいけれど
この皮がむき出しになっている部分は
魔力を沢山込めた魔法や武器なら
傷つけることができるんだ。
この皮の部分は、ここから尻尾の先の方まで一直線に
伸びていることから、ここから解体を始めていくんだよ」
鱗のない部分に魔法を刻み、転移で尻尾の辺りの鱗のない
最後の部分となる場所にも魔法を刻んでから転移で戻り
魔法を発動させると、始点から終点まで一直線に光の筋が通った。
風魔法を使うので、本当は見えないのだけど
見えるように、視覚化してあるが
尻尾の辺りは遥か先にあるので、ここからは全く見えない。
「この線に沿って、風魔法を発動させて
皮を切り裂き、剥ぐ作業をしていくよ」
魔法を詠唱して発動させると
魔法を刻んでいた場所から
短剣の刃のようなものが浮き出てくる。
皮と一緒に肉を切り裂いてしまわないように
刃の長さは、自動で調節するように魔法を構築している。
魔法で作った刃を、魔力で制御しながら光の線に沿って
刃を滑らせていくが、皮の抵抗は全くなく
まるで柔らかいバターを切っているかのように
簡単に、尻尾の辺りまでたどり着き消えた。
海で泳いでいたけれど、魚という感じではなく
全く別の生き物だ。魚の身でもなく、肉に似ているが
肉のようでもない……。未知の食べ物? というのが
しっくりと来る。ああ、異世界なんだなと強く思った。
そこから先は、空中に浮かせながら
説明と同時に、魔法を発動させ皮をはぎ取り
内臓を取り出していった。内臓といっても
大型や超大型の魔物は、魔力を糧とするために
排泄するための臓器がない。
根本的に、僕達とは身体的構造が全く違っている。
胃と思われる部分で飲み込んだものを細かく分解し
肉や骨、血や爪全てのモノを魔力として体に吸収していくらしい。
その様な事を説明しながら、皮をはぎ内臓を取りだし
ギルド職員が、内臓や皮などをキューブに収めていき
着々と作業が進んだ。綺麗に処理ができたところで
風魔法で、浄化の魔法をかけて綺麗にしたあとも
浮かせたまま下ろすことはしなかった。
「後は、調理しやすいように
切り分けていくだけですが
どうやって、切り分けますか?」
「鮮やかに解体したなぁ……。
ほれぼれする。酒肴に入らんか」
「入らない!」
何時ものようにアルトが答え
周りから笑いが零れるが、アルトは気にした様子はない。
「フィガニウスのように、部位で肉質が変わることは
ないので、何処を食べても同じ味らしいです」
「あー。それは楽だな!」
「そうですね」
「一人前をどれぐらいにするかの?」
「うーん。三百グラムぐらいかな?」
「アルトはともかく、子供はそれだけで
腹いっぱいになりそうだ」
「まぁ、余ったら保存箱に入れて
次の日に少し火を通して食べてもいいと思いますし」
「確かになぁ。だが、銅貨一枚で三百グラムは
転売に走る人間がいるかもしれん」
「一生、上位精霊を敵に回す気があるなら
転売されても、食べきれない量の肉を買い
腐らせてもいいのではないでしょうか?
アルトと同じぐらい、精霊も楽しみにしていますし
その楽しみを壊すような無粋な真似や
無駄にする行為は、上位精霊の怒りを
買うと思うんですよね。
どのような事態になっても
僕は庇うつもりも、取りなすつもりもないので
自己責任で好きにすればいいと思います」
僕の言葉に、見学に来ていた冒険者や他国の商人たちが
こそこそと場所を移動しているのが見えた。
ギルドの職員は、僕が告げたことをオウカさんか
ヤトさんに連絡しているようだ。広く告知するのだと思う。
彼女を怒らせないために。
「なら、三百グラムでいくか!」
「はい。調理方法はどうされるんですか?」
「生でも焼いても美味いのだろう?」
「そう聞きましたが
僕は、食べたことがないので……。
少し味見してみましょうか」
目の前にある肉を風魔法で切り取り、結界魔法の応用で
机のようなモノをつくり、その上に肉をのせる。
短剣を取り出して、浄化してから肉に刃を入れると
抵抗なくスッと肉が切れた。
多分、日本にいた頃の僕ならば魚ならともかく
未知の生き物を、自分で解体して
解体したてのモノを生で、口に入れてみようなんて
思いもしなかっただろうな、と内心苦笑を落とした。
こういったことに抵抗がないのも
花井さんとかなで の積み重ねた経験や記憶から
きているのだろうと感じる。有難いことだ。
大型や超大型は、魔力が強すぎて
寄生虫などの害になるようなものは
体内に侵入したとしても生きることができないので
そういった心配もないことから
数枚切った端の方をつまんで、口に入れてみた。
口に入れた瞬間、口の中に広がる、芳醇な香り。
その香りは、魚のような生臭さは全くなく。
肉のような血の味も全然しない。
肉に、歯をあてると弾力はあるのに柔らかく
暫くすると、口の中で溶けるように消えてしまった。
鳥肌が立つほど美味しくて、言葉が出ない。
フィガニウスも美味しいと思ったけれど
その比ではない。魚でも肉でもない新しい食べ物。
魔力が豊富に含まれている肉は
これほどまでに美味しいのか……。
もう一口食べたいと思う誘惑を
はねのけ、味の感想を告げるために
顔をあげると、アルトが僕のすぐ目の前にいた。
さすがにびっくりして、アルトを見ると
物凄く真剣な表情で、切り分けた
スクリアロークスを見つめていたのだった。