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刹那の風景 第三章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブルーポピー : 憩い 』

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『 リシアの民 』

【 ウィルキス3の月30日 : ナキル 】


「仮国籍と、本国籍ってなんだ?」という

ワイアット君とセイル君の質問に

ミッシェル達は、白い目を向けていた。


「学校で習ったのに覚えてないのか!?」という

クロージャ君の言葉に、小さく笑ってしまう。


子供達にとっては、退屈な授業だったはずだ。

私も、風の上位精霊からミッシェルは将来旅立つはずだと

聞かされていなければ、法律を学ぼうとは思わなかったし

体を鍛えようとも思わなかっただろう。


将来、妹が困った時に助ける為には

他国の法律を学んでいたほうがいいと考え

冒険者になるつもりはなかったが、妹を守るために

強くあったほうがいいと思い

それなりに戦えるようにはなっている。


冒険者の友人に、護衛を依頼し

魔物を倒しに行く事もある。


ことあるごとに、冒険者登録をしろといわれるが

私は、学院から離れたくないのだ。学院に残るために

どれだけ必死で勉強したことか……。


冒険者の友人が、冒険者になっても十分食っていける。

大体、赤のランクぐらいの力量はあるんじゃないかと

言ってくれた。セツナさんとエレノアさんの戦闘を見て

赤のランクの三段階目ぐらいまでは、動きを追う事も出来た。


冒険者になれば、刺激的な生活があるぞと言われるが

外に出なくても、学院の中で十分刺激的な生活をしている。

権利が剥奪されるので、誰にも言えないが……。


妹たちには、ささやかだが切っ掛けは与えてやった。

学院に入学する頃まで、覚えているといいのだが。


ミッシェルとクロージャ君が、言い聞かせるように

ワイアット君達に、国籍の事を教えている。

ロイール君やエミリアさん達は、苦笑しながら

ミッシェル達を見ていた。楽しそうで何よりだ。


彼等も今日は大変だっただろうから……。

ミッシェルは良い縁に恵まれた。

この子達となら、冒険者となってチームを組んでも

無謀な事はしないだろう。無謀という言葉の意味を

心の奥底に、刻んだ子供達だ。


小さい頃から好奇心が旺盛で、正義感も強い妹だった。

だから、アルト君を傷つけたと知って驚いた。

妹がアルト君に告げた言葉は、妹から聞いただけでも

酷いモノだった。すぐに反省して、落ち込んでいたけれど

私が、アルト君の師だとしたら許せたかどうかわからない。


それなのに、アルト君もセツナさんも妹とロイール君を許し

ミッシェルに至っては、命までセツナさんに救われた。


医療院から帰ってきた妹が、冒険者になるといって

両親も私も反対はしなかったが、弟だけがミッシェルに

ガミガミといい、最後にはうるさいと泣かれて

未だに口をきいてもらえないでいる。


弟もミッシェルを可愛がっているから

仕方がないと思うのだが……ミッシェルの人生は

ミッシェルのものだろうに。


暁の風に入るんだと、ミッシェルから聞いた弟は

今日のこの大会に、保護者として付いてくるはずだったが

ミッシェルに激しく拒絶されて、来ることができなかった。


自業自得といえば、自業自得だが

気の毒だと言えば、気の毒だ。


私に、暁の風にミッシェルを託せるかどうか

見極めてくるんだぞ、と呆れるほどに言い聞かされた。

ミッシェルと仲直りするのは、当分先だろうな。

私は手助けしないから。


まぁ、私も……冒険者としてのセツナさんを

見極めるつもりで来たのだが……。見極めるも何も

彼は……私達の……。


「兄さん!」


「どうした?」


「私達が説明しても

 二人が首を傾げるの!」


信じられないという表情を隠しもせずに

そう告げるミッシェルの頭を軽く小突く。


「人それぞれ、理解する時期は違うものだ。

 その様な言い方は、良くないな」


「うー。ごめんね?」


ミッシェルが、しょぼんとしながら

セイル君達に謝ると、セイル君達は反対に焦りながら

「俺達が馬鹿だから!」と告げた。


二人が悩んでいたところを、例を挙げて説明すると

二人とも、するりと理解してしまう。


「私達の説明が悪かったのね……」とミッシェルは落ち込むが

これが私の本業なのだから、比べてほしくないのだが。


楽しそうに話す子供達だが、クロージャ君だけは

まだ気持ちが沈んでいるようだった。


セツナさんとエレノアさんの模擬戦を見て

周りの反応を感じ取って、強くなりたいと

欲を持ったのだろう。それが悪いとは言わないが……。


学院に入れば、嫌というほど戦闘も学ぶのだ。

そう焦らなくてもいいのだが。


子供達は、まだ知らない事だが

リシアの本国籍を持つ者や孤児院で育った者は

男性も女性もいざという時に戦えるように

学院での授業で戦闘を教え込まれる。


本国籍を持つ者や孤児院で育った者にとっては

必須の授業だが、他国の人間にとっては必須ではない。


講師もギルド職員で

個人にあった戦闘方法を学ぶことができる。


だからといって、皆が皆強くなれるわけではないが

男性は容赦なく鍛えられるから

青のランクから紫・赤のランクまで伸びる人間が多い。


女性は、護身術程度の人もいれば、戦闘にはまって

赤のランクぐらいまでの力をつける人もいる。

私の恋人は、私と一緒に魔物を狩れるほどに強い。


リシアの国には、徴兵制がないと言われているが

実質、この授業がそのかわりになっていると言える。

これは、リシアの本国籍を持つ者しか知らない事実だ。


結界はあるが、有事の際に動けるようにというのが

趣旨なのだが……真の理由は、成人の儀で知ることになる。


私達は、リシアの民は一人一人がリシアの騎士なのだ。


今日、私も含めてリシアの本国籍を持つ者は皆

心の中で、歓喜している事だろう。


だから、セツナさんとエレノアさんの試合を見て

更に気持ちが昂り、その昂ぶりを発散させるために

ほとんどの人間が、行動に移した。


ずっとハルに住んでいるが……。

私も、この広い闘技場の観客達と一体となって

応援したのは、初めての経験だった。


どこか、浮ついた気持ちになるのは仕方がない。


リシアの民だけに受け継がれている話がある。


【リシア】と二つ名に国の名前が入る人物は

初代総帥の生まれ変わりとされている。


初代の一族もそして騎士達も信じているのだと

成人の儀で、語られた。


長い歴史の中で、偶然とは言えない接点を見つけたのだと。

それが何かは教えては貰えなかったが……。


だから、初代の一族であるオウカさんはセツナさんに


『我々一同は、リシアの守護者の帰還を

 心より、待ち望んでおりました』と告げた。


多分セツナさんは、本当の理由は知らないだろう。

私達は、この真実を口に出せないように

魔法で制約されている。


そして、初代の一族も初代の眠る場所を守る騎士達も

セツナさんには、守護者には絶対に話さないだろうから。


あの言葉は……。

私達の王の帰還と言った意味も含まれているのだ。



私達の血の中に流れる想い。

脈々と受け継がれていく忠誠。


私達の唯一の王である、初代総帥シゲトが創り治めた

リシアの民であるという誇り。


全ての民に望まれても、頑なに王になろうとはしなかったと

言われている、初代総帥は謎多き人物だ。


だけど、初代総帥を慕う民はそれを良しとはしなかった。


リシアの国で語り継がれている物語。

本には記述されず、初代総帥の騎士の家系が口伝で

引き継いでいくモノ。


私は、その物語を自分の成人の儀で聞き。

そして、弟の成人の儀についていきもう一度聞いた。


リシアの本国籍を持っている民だけが

訪れることが許される初代総帥が眠る場所。

特別な場所での成人の儀だ。


リシアの本国籍を持つことを許されていない人達の

成人の儀は神殿で取り仕切られる。


初代総帥が眠るとされている場所を守る騎士が

成人を迎えた者に語るのを共に聞いていた。


リシアの建国から始まり、その歴史が淡々と綴られ

リシアに脈打つ、初代総帥の遺志が語られていく。


初代総帥が、どうして王座を拒んだのかは

解明されていないみたいで、ただこの国に王は要らないと

宣言された記録は残っていると聞いている。


長い歴史の中で、王になろうとした一族の人も

いたようだが、そういった初代総帥を裏切るような

行為をした人間は、守護者に粛清されたらしい。


私の中でリシアの守護者と言えば

ジャックしか知らないが、歴史の中では

初代総帥がお隠れになってから、リシアが危機的状況に

落ちた時に、必ず一人はとてつもなく力を持つ

冒険者が現れるとされている。


リシアの危機的状況を救う冒険者。

【リシアの叡智】だとか【リシアの英雄】だとか

【リシアの番犬】だとか二つ名は変化していくが

ジャックと同じように、リシアを守ってきた守護者達なのだと。


何かに導かれるようにして、リシアに帰還されるのだと

騎士達が語っていた。


その二つ名が引き継がれることもあれば

引き継がれないこともあったと語った。


その見極めはどうしているのかと質問が飛ぶが

私達では、到底たどりつくことができない領域に

いるから、危機的状況になればわかると答えが返った。


偽物かも知れないという質問に

オウカさんが、帰還を告げる言葉を紡いだ時に

王ならば、胸の奥に火が灯る感覚が宿ると

教えられた。


ジャックが水辺へと行き、守護者が現れなくなったら

どうするのかという質問に、騎士達は淡々と告げる。

その為に、リシアの民がいるのだと。


王の生まれ変わりを、あてにしてはいけないのだと。

王は、困難な道を歩みこの国を私達に与えてくれたのだから

守護者が王の生まれ変わりだと知っていても

気が付かない振りをし、王が自由に生きることができるように

見守り、助けるのがこの国の民の役割なのだと説いた。


『リシアの守護者とは、英雄ではないのだ。

 民の願いを叶える存在ではない。

 この国を存続させるために帰ってこられる。


 初代の一族の誰かが、悪事を働いたなら

 守護者は、その者の首を刎ねるだろう。


 リシアという国を、存続するために

 住人の半分を殺さなければならないと

 知ったのなら……躊躇うことなく殺すだろう。


 そして、この国を陥れようとする輩がいるのなら。

 一切の慈悲なく相手を滅ぼす事だろう』


騎士の言葉に、弟さえも顔色を変えていた。

私も、初めて聞いた時の衝撃は忘れていない。


『リシアの本国籍を持つことを許されたものは

 全てが、初代総帥の臣下である。


 現ギルド総帥も王ではなく

 初代総帥の臣下であり、それは初代総帥の一族も例外ではない。


 我らは何千年と、初代総帥……我らが唯一の王に守られ

 魔物が蔓延るこの地で、魔物に怯えることなく

 他国に蹂躙される心配を抱くこともない。


 我らは、初代総帥の恩恵を今なお享受することが許されている。

 

 親の庇護から離れ、子としてではなく

 個として立つことを許された我らが同朋よ。


 我らの同朋たちよ。汝たちは何をもってその恩を返すか?


 知識をもって国の発展に力を貸すか?

 武力をもって国を守るか?

 今日成人の儀を迎えた、我らの同朋よ今一度考えよ。


 リシアの法を順守し初代総帥の遺志を胸に

 初代総帥を唯一の王として国に仕える覚悟はあるか?


 我らが同胞たちよ、リシアの民として生きていく意思はあるか?』


この問いに、何と答えても特に何も言われることはない。

自分の道を迷わず進むといい、という事を言われるだけだ。


元々は国に忠誠を誓う儀式だったのが

成人としての自覚を促すものに変化していったのだろう。


『今日この時をもって、汝たちは初代総帥の臣下となり

 我らと共に、国を支え守っていく騎士となる。


 我らが同朋よ。今日の誓いを忘れることなかれ。

 リシアの民である誇りと王の遺志をその血に刻み

 王にそして、自分に恥じぬ人となれ。

 

 我が同胞の騎士たちに、王の加護があらんことを……』


この言葉と同時に、床に描かれていた魔方陣が光り

その場にいる全ての人々を包み込んだ。


これで、今日この場で聞いたことは

誰にも話せなくなり、他国で国籍を取得すると

この話自体、記憶から消えることになる。


その他にも色々と魔法がかかっているらしいが

それが何かは、教えてはもらえない。


そのことも含めて、成人の儀を受ける前に

誓約書に署名することになるので

不満があるのなら、署名せずに本国籍を返上して

仮国籍者になればいいだけのことだ。


リシアの本国籍を捨てる人間など

結婚して、他国に行く人間ぐらいではないだろうか。

それも稀なことなのだが。


自分の国へ、一緒に来てほしいと言葉にした瞬間

相手を振る人間の方が多いのだ。恋愛よりも

この国の騎士であるという誇りを選ぶ人間の方が多い。

リシアはそういう特殊な国だった。


まぁ……。他国は他国で、国民を逃がさないように

色々と画策しているようだが……。



『成人、おめでとう』


騎士からの祝福の言葉に、弟や成人の儀を受けた者達が

胸の辺りを抑えて、自分の感情を抑えている。


騎士の言葉の後に

オウカさんからの声が、届いたのだろう。


『リシアに縛られることなく

 自由に生きなさい。幸せになりなさい。

 成人おめでとう』と言われたのだろう。


騎士達が話していた言葉とは正反対の言葉に

私も、胸が詰まったことを思い出した。


そして、この瞬間

自分がリシアの民であると自覚し

唯一の王を、定めたのだ。


弟に感想を聞くと、私と同じような事を言っていた。


『あの方達はさ、俺達が幸せであるように

 心をさいてくれている。


 なのに、俺達にはそれを求めなかったんだ。

 普通なら、国の為に尽くせと言われても

 不思議じゃないのにさ。


 俺は、この国の民でよかったと心から思った。

 この国の騎士になれて幸せだと。

 

 俺も、ミッシェルの成人の儀に

 ここにこようかな……』


成人の儀に参加できるのは、成人する者とその家族。

そして、余った枠は抽選となる。その倍率は高すぎて

当たる気がしない……。父と母もどこかにいるはずだ。

ミッシェルは、来ることができずに拗ねていたが……。


きっと、ミッシェルの成人の儀にも

私は参加するだろうと思う。騎士の言葉を聞くために。


成人の儀の前日に、今日、美味いものをたらふく食うぞ! と

はしゃいでいた弟が、何時もより静かな事に

ミッシェルが気が付き、心配そうに弟を見ている。


料理を前にしても、喜んでいるように見えるのだが

どこか上の空なのが気になっているのだろう。


『いや、胸の奥にさ喜びと同時に

 切なさ? みたいなものがあってさ。

 その理由が、わかんねぇんだよな。

 嬉しいのに切ないなんて……』


弟の言葉に、妹は首を傾げたが

両親や私は、その感情を理解できた。


両親や私はまだ、ジャックという王を

知っているが、弟妹達は会ったことがない。


ジャックは、弟妹の火を灯す前に

消えてしまったから……。


その分、王を失った喪失感は

私達よりも、少なかったはずだ。


弟はそれ以上何も話すことはなく

思ったよりも静かな成人祝いとなった。


後日、理由が分かったのかと妹が弟に聞いていた。

弟は頷くが、その答えをミッシェルに教えることはなかった。


私達は、この国の騎士なのに……。

私達が守るべき王が、まだ帰還されていないのだ。


ゆるりと、微睡んでおられるのかもしれないが。

私達は、リシアの民は王の帰還を待ち望む……。



セツナさんが守護者であると知り

オウカさんが、帰還を告げた時に

胸の中に、火が灯る……。


騎士が語っていたことが、今理解できた。


王が、帰還されたのだと。

その感情は、初めて経験するものだ。


他国の騎士は、王に忠誠を誓う時

同じような感情を抱くのだろうか?


ミッシェルとワイアット君も

何かを感じていたみたいだったが……。


同じ、本国籍を持つ者でも

感じ方の差はある。私やミッシェル

そして、ワイアット君は血を重ねてきた世代だ。

血の記憶というモノが

感情を揺り動かしているのかもしれない。


ふと、酒肴の若い人や月光の人達を見ると

真剣な表情でセツナさんを見ていた。


フリードさんやクリスさん達を含めて数人

胸の辺りをおさえているのは

リシアの血を濃く受け継いでいるのだろう。


だが、その感情も次第に静まり

普段と変わらない、夢だったんじゃないかと思うぐらい

あっさりと、薄れていった。


それは、私だけではなく

周りもそうらしい。


心の奥底に、灯った火は消えてはいない

消えてはいないが……。安定している?

表現しがたい感情だ。


多分ではあるが、傾倒し過ぎないように

魔法をかけられているのかもしれない。


セツナさん(守護者)

勘付かれるわけにはいかないから。


彼は王の生まれ変わりではあるが

リシアに、縛られることはない。


彼の人生は、彼のモノなのだ。

空を自由に泳ぐ鳥なのだから。


彼の好きに生きればいい。


だが……。彼が、リシアの守護者をやめ

王になるというのなら……。


優しく笑う彼が、ノル・ゼブラーブルのように

害され、魔王になると決めたのなら。


アルト君が、魔王の弟子になると決めたように


私達リシアの民は、魔王の騎士になるだろう。



* 刹那の風景:頂きものイラスト集を 作りました。


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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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