『 セツナ君の闘い 』
* サーラ視点
誰かに呼ばれたような気がして、目が覚める。部屋の中がまだ薄暗いことから
夢でも見たのかと思って、このままもう一度寝てしまおうと考え。
自分の体に、掛けられている毛布に顔を埋めた。
そして、ふと思う。どうしてこんなところで寝ているんだろう?
眠い目をこすりながら体を少し起こし、小さく欠伸をして周りを見渡すと
あちらこちらで、気持ちよさそうに皆が寝ていた……。
宴会のあと、誰一人帰らずにここでつぶれてしまったようだ。
美味しい料理に、美味しいお酒……そして安心できるこの空間に
全員の気持ちが緩んだのかもしれない。守られていると感じるこの場所では
何も警戒する必要がないから……。
男の子達は、あちらこちらの床の上で
女の子達は、かたまって暖炉の傍の絨毯の上で寝ている。
違いがあるとすると、アルトと女の子達の体の上には毛布が掛けられてあるけど
男の子達は、何もかかっていないという事だろうか。
部屋は十分暖かいので、風邪をひくようなことはないと思う。
私の隣にいるアギトちゃんにも、毛布はない。
エレノアちゃんを見ると、ちゃんと毛布にくるまっている。
男性と女性の扱いの差に、小さく笑いこんなことをするのは
1人しかいないと考え、その人物の姿を探すが見当たらない。
隅から隅まで、視線を移動させても見つからなかった。
部屋には戻っていないと思う。戻っているならアルトも連れていくはずだ。
彼が、セツナ君がどこへ行ったのか気になり
部屋の中に視線を彷徨わせて、見つけたものは信じられないものだった……。
ガラスの板の上に浮かぶ文字。
それぞれの難易度表示の下のほぼ全てに、セツナ君の名前が刻まれていた。
それだけで、彼が今あの魔道具を使い戦闘を行っているのだとわかる。
ビートちゃんの首がはねられた光景を思い出し、すぐに庭に出ていきたい衝動にかられた。
私が動いたことで、アギトちゃんが目を覚まし
甘さを含んだ声で、私に囁く。
「どうした?」
「アギトちゃん……」
何時もなら、その声音に胸が高鳴るのだが今はそんな余裕がない。
私の様子がおかしいことに気がついたのか、アギトちゃんが真直ぐ私をみて
もう一度「どうした」と聞いた。
その声で、サフィちゃん、エレノアちゃん、そしてバルタスちゃんとアラディスちゃんが
同時に目を覚ました。アギトちゃんの緊張した気配を察知したのかもしれない。
私はこれ以上の人間を起こさないように、詠唱し眠りの魔法を部屋全体にかける。
エレノアちゃんは、自分の体の上の毛布を見て周りを見渡し小さく苦笑していた。
「サーラ?」
「セツナ君がいないの」
「自分の部屋じゃないのか?」
「違う」
余りにもはっきりとした、私の否定の言葉に
全員が、私を見つめる。私は視線をそっと壁に貼り付けられているガラスの板に移動した。
それにつられるようにして、全員が私の視線を追いそして息を呑んだ。
「あいつは、今戦っているわけ?」
「そうだろうな……」
アギトちゃんが目を細めながら、ガラスの板を見ている。
「ありえない……」
アラディスちゃんが、茫然としたように呟いた。
セツナ君の名前の横に表示されている、敵を倒すまでにかかった時間がおかしい。
初級編初級 0秒。
「……開始の合図と同時に、倒したか」
エレノアちゃんの声に、バルタスちゃんがため息をつく。
どれもこれもが、数秒で倒されているのだ。
『貴方の次に強いと言われている
黒の私が、悪魔編までしかクリアーできないのよ?』
ジャックと話していた人の声が、頭の中でよみがえる。
その時代の黒がどれほどの強さかはしらない。だけど、ジャックの次に強いと
言われている人が、悪魔編までしか倒せないと言っていた。
なのに……セツナ君はその悪魔編の初級さえも10秒かかっていない……。
分単位の時が刻まれているのは、魔王編魔王 1分10秒だけだ。
大悪魔編魔王でも……52秒という数字が刻まれている。
そして今、新たな数字が刻まれた……。
大魔王編 3分05秒 称号 【大魔王を超えし者】
「魔法で調整しているのかもしれないよ」
アラディスちゃんが、そう告げるが
アラディスちゃん本人も、そう思っていないことがその表情からわかる。
「……ジャックがでる」
エレノアちゃんの言葉に、アギトちゃんが立ち上がり能力を発動させる。
私が音声遮断の結界を張り、サフィちゃんが闇の魔法で不可視の魔法をかけた。
アギトちゃんが、歩き出すのをサフィちゃんが止め1つの魔道具を取り出す。
「フィーが作った転移魔法の魔道具なわけ。
窓を開けても扉を開けても多分、気がつくわけ」
サフィちゃんが、魔道具を発動させ
外へと転移する。
「靴がないけど……しかたないか」
サフィちゃんがそう呟く。
セツナ君が、剣を手に立っている。
少し早足で、彼の傍まで移動し結界が張られている場所で止まった。
「サーラはどうして、目が覚めたわけ?」
「え?」
「あの部屋には、セツナの風の眠りの魔法がかかってあったわけ。
風魔法の眠りは、魔法の効力がきれるか
外からの切っ掛けがないと目が覚めないわけ。
普通は朝まで寝ているわけ」
「誰かに呼ばれたような気がしたの」
私の返答に、サフィちゃんが口を開こうとした時
セツナ君の前に、ジャックと思われる人物が現れた。
私は、彼の姿を見るのは初めてだ。
サフィちゃんは口を閉じ、ジャックを黙って見つめている。
アギトちゃんは、どこか懐かしむようなそんな目をしていた……。
この人が、2人が憧れた存在。2人の人生を大きく変えた人。
彼は……セツナ君と並んでも遜色がないほど男前だった。
セツナ君が、甘い感じの穏やかな知性派の王子様だとすれば
ジャックは、明るい感じの爽やかな行動派の王子様のようだった。
酒肴の女の子達が居れば、きっと喜んだに違いない。
『よぉ、セツナ』
結界の向こう側のジャックが声を響かせる。
その声に、セツナ君の瞳が一瞬揺れた。
『初めましてと言うべきか?』
そしてこの言葉が紡がれると同時に
セツナ君の瞳の中の光が、急激に失われていくのを見た。
言葉にするならば、失望。
どうしてだろうと考え、すぐにその理由を思いつく。
セツナ君にとって『初めまして』ではないのだ……。
自分の命を救ってくれた恩人……。彼が一番大切に想っている人物。
最初の言葉で、もしかしてという気持ちを抱いても不思議ではない。
セツナ君は俯き、ジャックは、ただ1人で話していく。
『まさか、大魔王編まで制覇する奴がいるとは思わなかったぜ。
冗談で、隠しボスとの戦闘を用意していただけだったのにな。
ここまで来れた事を褒めてやるよ。今までの最高記録は大悪魔編初級の2だ。
お前はそれを、一度で塗り替えた。大した奴だと思うぜ』
ジャックはそう言って、楽しそうに笑った。
ジャックの言葉に、皆が息を呑む。一度で塗り替えたという事は
セツナ君は、一度も負けなかったという事だ……。
それは、休息を入れずにずっと連戦していた事になる。
『生身のお前と、魔道具の俺。
どう考えても、俺のほうに分がある。
俺は疲れねぇからな。だから、勝利条件を少し変える。
お前が俺を殺すか、俺との戦闘に5分耐えることができたらお前の勝ちだ
俺は本気で行くからな。
大魔王編の大魔王の強さは俺の強さの半分程度で作ってある。
あれで苦労したのなら、ここでの対戦はやめてもう少し研鑽を積んできてもいいぜ?
まぁ、無駄だろうがな』
ジャックの言葉は、絶対に自分は負けないという自信にあふれていた。
セツナ君と、ジャックのちょうど中央あたりの頭上よりもう少し上のほうに
5:00という表示が現れる。
『……』
『俺に、殺される準備ができたら地面に描かれている線を踏め。
それが戦闘開始の合図だ。少しだけお前に有利な状況をくれてやる』
ジャックの言葉に、セツナ君はずっと俯いたまま顔をあげない。
ジャックは、微動だにせずセツナ君を眺めていた。
セツナ君の手に力が加わったのか、持っていた剣が揺れる。
その後すぐ、セツナ君は真直ぐにジャックを見据えた。
その表情は、今まで見た事もないほど真剣で
アギトちゃんと、模擬戦闘をしていた時の表情とは全く違った。
怖いぐらいに、緊張をはらんでいる。その空気がまるでこちらにも
伝播したように、私達の呼吸を一瞬止めた。
そして……私にはいつセツナ君が開始の為の合図である
線を踏んだのかわからなかった。
動いたと思ったら、セツナ君とジャックが剣をあわせていたから。
激しい音が耳を貫く。
「……アギト……見えたか?」
エレノアちゃんが、目を見開いて呟くようにアギトちゃんに問う。
「……」
アギトちゃんは、何も答えなかった。
多分、アギトちゃんにも見えなかったのだろう。
剣と剣がぶつかり合う音が響く。
私の目にはすべてが見えているわけではなく、セツナ君がジャックの剣をはじいた瞬間だとか
ジャックの剣が、月明かりに反射した光だとかしか見えない。
瞬きをするともう、セツナ君達の位置がわからなくなるのだ。
時折見えるセツナ君は、傷が増えていっているのに対して
ジャックは無傷だった。
そして、2人が同時に動きを止める。
渾身の力で戦っているのだろう。セツナ君の肩が上下して呼吸が苦しそうだ。
額から頬を伝って、汗が地面へと落ちる。セツナ君の表情はわからない。
頭上の時計は、2:30で止まっていた。
『……お前……。なかなかやるじゃねぇか』
ジャックが今までとは違った表情を浮かべる。
『……』
セツナ君は、一度大きく息を吸い吐き出す。
『今度はこちらから行くぜ?』
ジャックが剣を構えた瞬間、もうセツナ君とジャックの居場所がわからない。
チラリとアギトちゃんを見ると、悔しそうに歯を食いしばっていた。
それはアギトちゃんだけではなく、エレノアちゃんもサフィちゃんも……。
そしてバルタスちゃんもアラディスちゃんも、怖いぐらいに真剣に2人の戦いをみて
悔しそうな光を瞳に浮かべている。
セルリマ湖で、クリスちゃん達が見せた表情と同じだった。
冒険者ギルド最強と呼ばれる黒である彼等が、これほどの表情を浮かべているのを
見るのは初めての事だった……。
剣と剣をあわせたにしては、大きな衝撃音が響いたことで
セツナ君達へと視線を戻すと、セツナ君が吹き飛ばされ体勢を崩している。
そんなセツナ君にとどめを刺すかのように、ジャックの剣が頭上に振りおろされた。
防御のために、剣を受け切れるほど体勢を元に戻せていない。そのまま体を横に
ずらして剣を回避するのかと思っていたのに……。
セツナ君がとった選択は……自分の左腕を犠牲にすることだった。嫌な音が響き
セツナ君の左腕が、宙を舞い血が噴き出した。
「いやっ!!!!」
思わず声が出る。なのに、彼から視線を外せない。
セツナ君はその事に躊躇することなく
そのままジャックの懐へと入り脇腹を切りつけていた……。
「くそがっ」
バルタスちゃんが、顔に怒気を浮かべながら言葉を吐きだす。
「何ていう戦い方を……しやがる」
その声は、とても低く自分に向けられた言葉なら
心臓を止めるほどの威力を秘めている。
自分の命を顧みない、セツナ君の闘い方に体が震えてとまらない。
肩から血が流れ落ちるのを見て、血の気が引いていく。
彼の瞳は、ジャックと剣をあわせるたびに暗く暗く翳っていく。
何を想いながら戦っているのだろう……。
彼の闘い方が、不安で不安で仕方がない。
「もう……やめさせ……て……。
お願い、お願いアギトちゃん……。止めて、セツナ君を止めて」
アギトちゃんの体にすがって、あの闘いを止めてくれと願う。
「……」
アギトちゃんは、私をぎゅっと抱きしめ返事をしない。
そして気がつく。アギトちゃんの体も震えていることに。
その表情に浮かぶのは、バルタスちゃんと同じ怒りの感情。
左腕を肩からざっくりと落とされた……セツナ君。
脇腹を抉られているジャック。
2人は今、互いの間合いギリギリの場所で立っていた。
セツナ君の肩からは、血が流れている。顔色も悪い。
頭上の時計は、30秒を切っていた。
『俺に傷を負わせるとは……大した奴だ』
『……』
『残り時間も少ない。次で最後にしようや。
俺の剣を受け切れば、お前の勝ちだ』
片腕で、彼の剣を受け切れるほど甘くはないだろうという事は
私にもわかる。だけど、2人の戦闘は終わらない。
ジャックは剣を構えるが
セツナ君は、右腕を下ろしたままジャックを見つめていた。
どうして、剣を構えないのだろう。
「セツナ……君?」
そして……。
その光景は……なぜかゆっくりに見えた。
ジャックが踏み出した瞬間も見えた。
そして、ジャックが動いた瞬間。セツナ君が自分の手から剣を離した……。
その剣が地面に突き刺さったと同時に……ジャックの剣がセツナ君の心臓を貫いて
深々と刺さり背中から剣が突き出ていた。
剣の先は血まみれで……その血が月明かりに照らされながら地面に落ちる。
セツナ君の顔も……体もすべてが血に染まり……。
「いやぁぁぁぁっぁ!!!!!!」
体に力が入らず、地面に座り込む。ハタハタと落ちる涙で視界はかすむけど
セツナ君から目を離せない。セツナ君の表情は俯いていて見えない。
『残念だったな。俺の勝ちだ。
いいところまで行ったのに、惜しかったな』
ジャックには、セツナ君がわざと剣を離したことはわからない。
彼は……。
ジャックがセツナ君から剣を抜こうとするが、セツナ君がジャックの腕をつかむ。
腕をつかんだことで、剣はセツナ君に刺さったままだ。
なのに、ジャックはそんなセツナ君を気にすることなく言葉を紡ぐ。
『俺と、ここまで戦えたことを誇れ。
お前は間違いなく、強い。
だから、お前にふさわしい称号をやろう。喜んで受け取れ』
ジャックの口から、セツナ君へと称号が告げられる。
その言葉を聞いた瞬間、セツナ君がジャックから手を離した。
セツナ君の体から剣が抜かれ……体が一瞬傾くが倒れることを踏みとどまる。
そして片方しかない手の平で顔を覆い。笑い出した。
『あは、あははははははは、あはははははははははははははははははは』
その笑い声を聞いて、エレノアちゃんが涙を落とす。
サフィちゃんは俯き、バルタスちゃんは片手で目元を抑えた。
アギトちゃんは……真直ぐセツナ君を見つめてから静かに目を閉じた。
自分の感情を抑えるように……。
彼の声は……。全く笑っているように聞こえない。
痛嘆……。彼は涙を流さず、声をあげずに泣いている。
手の平についた血が、彼の目元を通り過ぎ頬を伝って地面に落ちた。
まるで……彼の涙のように……。赤い血が地面に染みを作った。
彼の今の姿を見て、セリアちゃんの言葉を理解した。
そして、セツナ君の言葉を思い出す。
『やっと、殺してもらえる』
彼は、セツナ君はこの気持ちを今も抱いている。
彼は……生きていたくないんだ。
だから、何にも執着がない。
明日を求めていないから、執着する意味がないんだ。
ずっと自分の中にあった漠然とした不安の意味が今わかる。
セツナ君から、目を離したくない感情の意味が……。
クッカちゃんに封じられた記憶。それはきっと、今のセツナ君と重なるものだ。
彼が……生きることを望んではいない事を……私達は、見たのかも、しれない。
「う……。うぅ……」
抑えることができない声が、結界の中に響く。
だから、セリアちゃんは彼を独りにしたくなかったんだ……。
見張るという意味が、どういう意味だったのかセリアちゃんがどれほど
胸を痛めていたのか……私は……。
セツナ君と一緒に食事をとりたいとか
家族として迎え入れたいとか。
そういう話ではない……彼をどうやってこの世界につなぎとめるか
あれだけ深い闇の中にいる彼を、どうやって……。どうすれば。
蹲って泣く私に、サフィちゃんが静かに言葉を落とした。
「サーラ。あいつの闇はとてつもなく深い」
「……」
「だけど、光はいつか必ず届く」
「……」
「僕がそうだったように」
落ちる涙そのままに、私はサフィちゃんを見上げる。
「君とアギトと初代。それからジャックとリーダーが僕の光になった。
フィーが僕の心に風を運んでくれた。だから僕は生きている」
サフィちゃんが、真直ぐ私を見る。
「僕は12歳の時に、父を殺し。母を殺し。姉を2人殺した」
サフィちゃんの告白に、息を呑む。
サフィちゃんは、今まで一度も自分の過去を語ったことはない。
「そして、最後に自分の祖父を殺すつもりだった。
父を母を姉を、魔法の実験道具にし苦しめ記録をとる為だけに
生かしていた祖父を……」
サフィちゃんの瞳に、怒りの光がともる。
「僕は、その魔法の最後の実験材料だった。
祖父を殺すことを目標に、僕は祖父のいう通り魔法の腕を磨いた。
祖父に逆らわず、両親や姉が苦しむ姿を見ながら……。
そして、魔力で祖父を超えた時僕はすべてを消し去るつもりだった。
消し去らなければいけないと、理解していた。
魔法で火を放ち、家を燃やし炎が周りを覆う中
殺すつもりの祖父を殺したのが、フィーだった」
「え……だけど……」
「フィーと契約したのは、ずっとずっと後だけど。
僕は、その時初めてフィーに逢ったんだ。
なぜフィーがそこに来たのかは言えない。
そして僕を助けてくれた。その時は、フィーを恨んだよ。
僕は死にたかったから。今のあいつのようにすべてに絶望して
希望など一欠けらもなかった」
「……」
「2種使いという事で、色々な人の所へ行ったけど
僕は魔法を憎み、絶対に魔法は使わないと決めていた。
僕が使えないとわかると、大人はすぐに僕を捨てた。
結局、最後は浮浪児のように道路に蹲っていたところを
"愛しき馬鹿"のリーダーに拾われた」
愛しき馬鹿とは、アギトちゃんとサフィちゃんが
所属していたチームだ。
「頑なに魔法を使わない僕に、剣を教えてくれたのも
リーダーだ。そこでアギトと出会い、喧嘩ばかりしている
僕とアギトをハルに連れて行ったのもリーダーだ。
そこで、巨大な魔力と緻密な魔法構築で人を守る結界を僕は見た。
一つの街を丸々守る巨大な結界……。僕は、その魔法に魅了されたんだ」
サフィちゃんは、どこか遠くを見つめるように目を細めた。
「それでも、まだ魔法を使おうとは思わなかった。
リーダーに、無理やり学院に入れられそこで君と出会った」
サフィちゃんは、私を見て淡く笑った。
「君に恋をして、君を愛した。
君はアギトを選んだけどね」
少し眉間にしわを寄せ、ため息をついて私を見るけれど。
サフィちゃんの瞳から、私に対する恋心という感情の光は
とうの昔に消えていることは知っていた……。
恋愛という感情から、親愛に変わっていた事を私は知っていた。
それでも、アギトちゃんに絡み私に愛を囁いていたのは
この関係を壊したくなかったから。
「サーラは、アギトから欲しい言葉をもらえたんだろう?」
サフィちゃんの言葉に、私は目を見開く。
アギトちゃんは、口を挟まずに聞いている。
「どうして……」
「ずっと見ていたんだ。君を」
「……」
「アギトは、君と生きていく覚悟を決めたんだろう?」
アギトちゃんが肩を揺らす。
私は、サフィちゃんをみて頷いた。
「よかったな」
サフィちゃんは、私にただそう告げた。
一旦止まっていた涙がまた溢れる。
今ここで……私達の関係は、完全に形を変えたのだとわかる。
サフィちゃんが、私に愛を囁くことはもうないだろう。
サフィちゃんが、私から視線を外しセツナ君を見る。
セツナ君はまだ笑っている……。
「学院へ通いながら、チームと一緒に行動しある日の依頼で……。
僕達は、一度全滅しかけた。そこに現れたのがジャックだ。
恐ろしいほどの剣と魔法で、あっという間に敵を殲滅させた。
あの光景は、今も脳裏に焼き付いている。
あの時ほど、僕は魔法を捨てた事を後悔したことはない。
僕がちゃんと魔法を使えれば、リーダーは怪我を負わなかったかもしれない。
チームを解散しなくてもよかったかもしれなかった」
サフィちゃんが歯を食いしばった。
アギトちゃんとサフィちゃんのチームのリーダーは
最後まで、2人を逃がそうとした。自分の体を顧みず……。
生きて戻れたけど、冒険者としては働けなくなった。
「だから僕は、敵を滅ぼすための力を求めた。
ジャックのような力を。そして、祖父の血が流れている僕は
初代の研究をすることで、自分の戒めとした。道を踏み外さないように
必死に、ジャックの背中を追ったんだ。今では、初代の研究が
生きがいになってしまったけど」
サフィちゃんは、苦く笑う。
だから……彼は、闇の魔道具を作ることをしなかったのだと気がつく。
魔法で、誰かを傷つけるのが嫌だから。彼はとても優しい人だから。
「僕が、自分の過去を話せるようになるまで
こんなに時間がかかった。あいつの闇は、多分僕より深いだろう。
僕は……」
サフィちゃんが口を開くがそれは音にならなかった
多分、フィーちゃんの魔法がかかっているからだろう。
「……セツナの心に光が届くようになるのは
ずっとずっと先かもしれない。だけど、いつか届く。
僕は、その手助けをするつもりだ。僕が貰ったものを
今度は僕が、あいつを助けるために使うつもりだ」
サフィちゃんは、真直ぐ前を向いてセツナ君を見た。
「君とアギトが彼の家族になると言うのなら
僕は、彼の友になろう。フィーと一緒に彼を支えよう。
僕の寿命は……君達よりも長いから」
「……」
「だからサーラ。泣くな。絶望するな。
クッカと約束しただろう。あいつを支えると。
そのために加護をもらい。魔法をかけてもらえた。
あいつは死を望んでいる。その現実を今かえることはできない。
だけど、それに僕達はひきずられてはいけない。絶望してはいけない」
サフィちゃんの言葉で、フィーちゃんに言われた事を思い出した。
『今のこの状態で、サーラがどれほど心を砕いても
セツナが受け入れることができなければ
サーラの心はセツナには届かないのなの。
近い未来、そのことを寂しいだとか、辛いだとか思う日が来るかもしれないのなの』
それに私はこう答えたのだ。
『嫌よ。私は決めたの。
あの時、彼が死を望んでいたと知ったあの時から
私の子供と同じように、彼を愛することを誓ったの。
彼が、私を私達をこの先ずっと信頼できなくても
それでも、私はセツナをクリス達と同じように愛するって決めたのよ!』
真直ぐ、サフィちゃんを見る。
そうだ。あの時私は決めたんだ。私の気持ちが届かなくても
私は彼を、愛するって決めた。
「僕はもっともっと強くなる。アギトもそうだろう。
君は、君の役割は笑っていることだ。
君は、僕やアギトの前でいつも笑っていたように。
彼の前でも笑っていればいい。君の心は必ずあいつに届く。
僕に届いたようにね」
いつか届くことを信じて……。
私を見返すサフィちゃんは、穏やかな笑みを私にくれた。
「……サーラ。私もいる。
バルタスもいる。皆がセツナを大切に想っている」
エレノアちゃんが、静かな声で告げた。
私は涙をふき、立ち上がる。セツナ君は笑うのをやめただ俯いていた。
ジャックはもう消えていて、結界も解除されている。
セツナ君の体に傷一つ残っていない。血で染めた服も元の通りになっていた。
セツナ君がゆっくりと動き、地面に突き刺さった剣を抜く。
手は下げたまま、その剣をじっと見つめていた。
「……アギト」
「左だ」
「……右を押える」
サフィちゃんは、魔道具を発動させてから呪文を詠唱し始める。
闇の眠り。術者が解くまで眠り続ける魔法の詠唱を。
魔道具は、魔力感知をさせないためのものだと思う。
フィーちゃんの作った魔道具だろう。
セツナ君が、あの剣で自分の胸を貫かないように
アギトちゃんとエレノアちゃんが、いつでも動ける準備をし
サフィちゃんが、額に汗を見せながら魔力を集中させていた。
そんな緊張をはらんだ空気の中……。
『セツナ』
セリアちゃんの声が、静かな庭に響いた。
セリアちゃんの声に、セツナ君は肩を揺らす。
『セツナ』
彼女の呼びかけに、セツナ君は一度瞳を閉じてから
ゆっくりと顔をあげて、セリアちゃんを見た。
『どうしたんですか?』
彼女は一瞬で、セツナ君の危うい空気を払ってしまう。
彼女が、どれほどセツナ君の近くに居るのかこれだけで理解できてしまう。
私は……彼女が水辺へ行った後、あの位置に立つことができるだろうか?
『よかったわネ』
『なにがですか?』
『魔王と親友になれて』
『……』
セツナ君は、複雑な表情を作りセリアさんを見た。
『私は、彼とは親友になりたくないワ』
『……』
『だって、非常識で戦闘狂で悪戯好きが親友だと
絶対苦労するもノ』
『僕もそう思います。
いえ、もともと僕は彼の弟子ではなく
親友だったはずなんですけどね。
この先、その事実を隠していこうと思っています』
『やっぱり?』
『自分の中に、あんな伝言がもうないことを切実に願います』
『修羅場よネ』
『リオウさんが、ヤトさんを好きでいてくれてよかったですよ』
セツナ君の言葉に、セリアちゃんが笑う。
そして、真直ぐセツナ君を見てもう一度同じ言葉を繰り返した。
『よかったわね』
セリアちゃんの言葉に、セツナ君はどこか遠くを見つめて返事をした。
『はい』
彼が。セツナ君が、ジャックから貰った称号は……。
【真の魔王の親友】
この称号はきっと、彼の胸を抉るモノであり
そして……彼の心を温めるモノでもあったはずだ……。
セツナ君は、深く息を吸いこみそして吐き出す。
そして、セリアちゃんと話しながらあの魔道具を触り始めたのだった。
もう大丈夫だろうということで、私達はサフィちゃんの魔道具で部屋へと戻った。
そして、ガラスの板を見るとセツナ君の名前もビートちゃんの名前も綺麗に消えてた。
情報をすべて消したようだ。
私達は、この事を自分達だけの胸に秘める事に決めた。
私に何ができるのかはわからない。
だけど、セツナ君の心の奥底に……少しでも光が届くように。
サフィちゃんが、教えてくれたように私は笑っていようと決めた。
セツナ君が、少しでも楽しい気持ちになるように……。
その後、靴を履き
セツナ君を探す振りをして、セツナ君の傍へと行く。
セツナ君は、魔道具の調整が終わったのか椅子と机を出して
セリアちゃんと一緒に飲んでいた。
そこに混ざり、バルタスちゃんがお酒を飲み始める。
そして、調整の終わった魔道具をアギトちゃん達が使い始め
戦う事に熱中していく。それはもう楽しそうに嬉々として戦うアギトちゃんを見て
少し呆れたけれど。その戦い方はいつもと違い、荒々しかった。
エレノアちゃんは、一度だけ挑戦して
その後は、セツナ君と一緒にお酒を飲んで色々と話していたけど
何時もの戦い方と違ったのは、アギトちゃんだけではなく
サフィちゃんもエレノアちゃんも同様だった。
セツナ君が、アギトちゃんとサフィちゃんを見ながら
「何かあったんですか?」と私に問うが知らないと返すと
バルタスちゃんが「張り合い始めるとあんな感じだ」と告げ
セツナ君が苦笑しながら目を細めて、2人を見ていた。
彼は、あの時の空気を微塵も私達に感じさせることはなかった。
その事を悲しく思い、そしてセツナ君の誰にも頼る事をしない姿に
胸が痛かった……。
アギトちゃんとサフィちゃんの挑戦は、気持ちよく寝ていたメンバーが起きてきても
若い子達に譲ろうとせず続いている。
セツナ君が、アルトと簡単な訓練をし終わってからも譲らなかった。
譲らなかったというより……殺気立っている2人の間に誰も入ることができなかったのだ。
そんな2人を見て、セツナ君はため息をつきながら「僕は、少し寝ます」と言って
部屋へと戻ってしまっても、2人は全く周りを目に入れていなかった。
まぁ……セツナ君の記録に、全く近づけない苛立ちと
今の黒の強さが、ジャックの時代の黒と比べて劣ると知ったから
躍起になっていたのだろうけど
アルトは、そんな大人げない2人を見て魔道具を使う事を早々に諦めていた。
早朝の訓練が早く終わったから、時間が余っていたのだろう暇そうにしているのを
エレノアちゃんが見て、アルトと手合わせをしていた。
アルトは少し緊張しながらも、エレノアちゃんとの手合わせに
次第にのめり込んでいく。楽しそうに剣をふるうアルトを見て
エレノアちゃんもまた、楽しそうにアルトの相手をしていたのだった。
エレノアちゃんが、アルトとの手合わせを終えても魔道具を占領していた
アギトちゃんとサフィちゃんを沈めた事で、やっと
若い子達が、魔道具を使う事が出来る番になったのだが……。
誰が最初に使うかで揉め、結局朝食の時間が来て誰も使えなかった。
セツナ君は、朝食の時間には起きてきて
事の顛末を聞き、苦笑しながら朝食を食べていたのだった。
朝から全力で戦い、疲れている2人を見て
「戦い終わっても、体力は回復しませんから
連戦するより、適度に休息を挟んだほうが効率がいいですよ」という
セツナ君の言葉で、2人は黙り込んでしまった。
セツナ君が無敗で、ジャックの元へとたどり着いたのを知っている分
何ともいえない表情を2人とも作り、そしてガラスの板を見てため息をついた。
アギト 悪魔編初級3 7分21秒 【蹴躓いている剣士】
サフィール 悪魔編初級2 6分15秒 【壁にぶちあたっている魔導師】
食事の下準備をしていたニールちゃんが言うには
途中までは、違う称号だったらしい。
気がついたら、今の称号になっていたと話していた。
連敗しているために称号が変わったんだと思う。
他のメンバーは、アギトちゃんとサフィールちゃんの称号を見ても笑うことはなかった。
それだけ、悪魔編が強いのだとわかっている。
エレノアちゃんは、上級編魔王 4分53秒 【街の英雄】となっていた。
3人とも、上級編までは無敗だったが悪魔編にはいると敵の強さが段違いに上がったのだ。
3人の戦いを見て、セツナ君がどれほど異端だったのかという事がわかる。
彼は……魔導師なのに。剣でジャックと渡り合ったのだから。
軽く溜息を吐き、セツナ君を見るとビートに謝っている。
聞き耳を立てると、魔道具を調整するのに記録の消去が不可欠だったと話していた。
ビートちゃんは、自分の情報が元からすべて消え、個人情報の入力など
最初からやり直すことになったと、セツナ君から聞くと
喜びを隠さず、セツナ君に「ありがとうな!」とそれはいい笑顔で告げていたのだった。
その笑顔に、セツナ君は苦笑して「どういたしまして」と返答していた。
ふと……視線を感じて顔をあげると、セリアちゃんと目があった。
セリアちゃんの唇が「ごめんね」と動く。どうして私に謝るのかわからなくて
首を傾げてセリアちゃんを見ると、セリアちゃんはスーッと消えてしまった。
悲しそうな表情のセリアちゃんが忘れられなくて、エレノアちゃんの傍に行き
相談すると「……ああ、サーラを起こしたのはセリアだったんだな」と告げた。
サフィちゃんが、この部屋には風の魔法がかかっていたと言っていた。
セリアちゃんは……私に教えたかったのかもしれない。セツナ君が独りで
行動していることを。自分が居なくなる前にこういうことがあるだろうことを。
「謝らなくてもいいのに……」
「……そうか」
「うん。本当のセツナ君を知ることができたから」
「……そうだな」
「うん」
ゆっくりとお茶を飲んでいるセツナ君に「お金が入らない」と
訴えに来た、酒肴の若い子達に急かされてセツナ君が庭へと歩き出すのを
見送りながら、心の中で謝らなくてもいいのにともう一度思ったのだった。
後日、サフィちゃんからでぇとに誘われる。
アギトちゃんが、サフィちゃんに殺気を放ち
サフィちゃんは、アギトちゃんを鼻で笑う。
何時もの通りの光景だった。
だけど、私達の関係が変化したのは紛れもない事実で
それは私達3人が一番よく理解していた。
だけどもう少し、このままでもいいかもしれない。
そう思い、小さく笑ってしまう。
フィーちゃんが、馬鹿なのと呆れていたけど
その目はどこか優しさを含んでいる。
フィーちゃんはすべて知っているのだろう。
サフィちゃんが、愛する誰かを見つけるまで。
もう少し、この関係のままで……。
「僕は、お前の事を義父さんとよんでやってもいいわけ」
「……」
「絶対に幸せにする自信があるわけ」
「黙れ!」
今日も元気に、2人はセツナ君の家の庭で戦っている。
セツナ君は2人の姿を見て、朝から元気ですねと言った。
この家の庭で戦う分には、殺し合いに発展しないことがわかっているから
私もお茶を飲みながら、2人の戦いを観戦する。
だけど……2人が本気で戦う事は
もう二度とないかもしれないと、私は2人を見て思ったのだった。
サフィちゃんが、本気で怒るのは
何時もアギトちゃんが、私を置いて逝こうとした時だけだったから。
アギトちゃんは約束してくれたから。だから……。
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