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逃走ビオトープ

殺仏殺祖。


仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。様々な解釈があるが、要は『その人たちは本来自分の心の中にいる人たちだから、道端や胡散臭いオカルト本の中で見かけたら容赦なくぶっ殺せェ!! 悟りの邪魔にしかなんねぇゴミ共でしかないんだからなァ、ヒャッハハァーーーッ』という非常にロックな教えだ。


答えがあるのはいつでも自分の中。多くの人の座右の銘となっている有名なこの言葉は、ミゼラも知っている。ちなみにこの言葉は羅刹に逢うたら羅刹を、という具合に続いていく。


(どうせなら天使に逢うたら天使を殺せと続けてほしかった。もしタイムスリップできたら臨済さんにアドバイスしてあげたい)


もちろん、自分を救済してくれたポポロには感謝してもしきれないことはミゼラもわかっているのだが。それを差し引いても我慢できないくらい、彼が説明不足且つ説明下手なのだ。


「あんの天使どこ行った!?」


そうがなる楊斗は、首を横にも後ろにも回せていない。あまりにも必死に走っているものだから、前しか見れていない。その後ろ一メートルを走っているのはミゼラ。さらにその後ろには藍香が続いていた。


「浮遊能力があるんだから、僕たちと一緒に逃げる必要性はどこにもないよねぇ。下半球のどっか安全な場所で再会しましょう! とか言ったきりで消えてたからね」

(あのクソぶっ殺す。臨済宗に倣って私の心の中で)


涼しい顔をして頭の中を赤一色に染めて行くミゼラ。並みより少し運動能力が高い男性に余裕で着いてくる彼女に、藍香は感服する。


「……狼に追われてたときは今にも死にそうなくらい疲弊してたのに」

(相手は時間が経つと音速と並ぶヤツらだし? 牙を避けている内に余計なスタミナを使ったんだよね)


と、頭の中で答えるミゼラ。だがその心の声が藍香に聴こえるはずもなし。


「まずい。無視されると結構堪える」

(この状況でメモ帳取れるヤツは戦場でジャーナリストやれば大成できるんじゃない? そう、こんな状況……)


この状況を一言で説明するなら、とミゼラは思考を切り替える。


(世紀末)


彼らの背後を埋め尽くす悍ましい羽音と、黒い粒子の作り出す波。彼らはそれに飲みこまれまいと全力で走っている。その粒子の正体は、どうやら大量の蠅らしい。


「しかし俺たちは何で蠅なんかを相手に逃げてるんだよ!! 郷ひろみ呼べ郷ひろみを!!」

「アースジェットどころかジェット気流に巻き込まれても余波が消せないかもってくらいの多さだよ? 第一、何で逃げてるかって……」


悍ましい羽音に混ざり、何か癇に障る音も聞こえる。家の煉瓦やアスファルト、ガラスが引っ掻かれて切れて行くような音だ。


事実、切れている。蠅の波の掠った場所に無数の細かい傷が付いている。深さはおおよそ数ミリ。しかし、数が尋常ではない。畳の目よりも少し荒い程にビッシリと傷が並んでいる。


蠅の粒子を見ればわかるが、たまに粒子がキラキラと星のように瞬いている。その正体は、ダイヤモンドすら切り裂く鋭い刃だ。


「……あの蠅の羽一つ一つがカミソリみたいに鋭くなってるからだよ!! 一つ一つの刃は大したことないけど、あの数百万匹の蠅に集られたら最後、眼球も舌も『あっちの方』も再起不能なくらいズッタズタにされる!!」

(こいつこんな状況で最悪)


言っていることは間違いないが、せめてもう少し頭のいい言い方にできないものだろうか。


(……無駄毛処理される? いや、丸坊主にされる? うーん)


ミゼラの思考が思いの他下らないのを露と知らない藍香は、彼女の顔が険しくなっていくのを見て心配で仕方がない。


「楊斗! 新宿区の地盤を丸ごと使ってるってことは、内面積は十八平方キロメートルだ! こうなってくると円周はおおよそ七キロ! 僕たちのいた場所が上半球の頂点だとすると、その四分の一の距離走れば安全圏に入れる計算になる!」

「四分の七km?」

「一.七五km!!」

「そりゃ短ぇな!! フルマラソンよかずっと良心的だよ!!」


少しふらっと隣町に行く程度の距離だ。全力で走れば二十分かからない。だがその二十分の間、たったの一度でも転んだりした日には――


(……手厚い美白サロンで骨まで削り取られる! コレだ!!)


ミゼラの想像よりも数百倍エグイことになるだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おー、やってるやってる」


ビオトープの中心に、糸もなく支えもなく浮かんでいる光源の傍で、ポポロは三人の逃走劇をゆっくりと観覧していた。


「でも、実はこの遠心ビオトープの円周は十四キロメートル。この真球の内面積、世田谷区よりデカイんですよねぇ。残念」


つまり三人は三キロメートル以上走らなければ安全圏に入れない。人の走る速度が時速六キロメートルだとすると、三十分は走らなければ逃げ切れない。


「……まあ、あのペースなら平気かなぁ?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


三十分後。


「平気の定義を辞書で引けゴルァアーーーッ!!」


最後の一撃と呼ぶに相応しい程の威力を持ったパンチが、ポポロの右頬を激しく打つ。楊斗は肩を疲労と恐怖で震わせながら、さらにまくしたてる。


「何なんだあの蠅は!! あの赤い狼同様、やたら現実離れしてる!」


羽がダイヤモンドのように輝いている蠅の大群が楊斗たちを襲ってきたのは、自分たちの状況を理解した直後だった。


最初は一匹。『珍しい羽の蠅がいるものだな』と呑気に構えていたが、その羽が楊斗の頬を斬りつけたのを見て、すぐに危険な種だと判断して藍香が脱いだ靴で潰した。


おそらく、それがトリガーだったのだろう。


『蠅は蠅の体液、もしくは死体に誘導されて集ってくる』


そう気づいたのは、走っている内に藍香の靴が脱げた後のことだ。位置的に言って、安全圏のすぐ傍でのことだった。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……だ、大丈夫かい、ミゼラ?」

「……チッ」

「あ、声は出せなくても舌打ちはできるんだね」


お前に心配されくはない、と汗だくの顔と険の籠った瞳で睨んでくる。


「悪かったよ。確かに迂闊な行動は取るべきじゃなかったさ」

「……」


息を吸い、背筋を伸ばし、ミゼラはメモ帳に何かを書いて見せた。


『いい。別に。次から気を付ければ』

「は、ははは……善処する。さてと、そこなアホ天使の処分は楊斗に任せるよ」

「へい了解ィ」

「待って待って待って待って待って!」


ポポロの胸倉をしっかり掴み、逆の手で往復ビンタをしようと構える楊斗を全力で制すと、ポポロは背後に手を回し、三枚の紙を取り出して三人に見せた。縦十五センチ、横五センチの薄い紙だ。


「何だコレ? 免罪符か?」

「つ、通称『短冊』です……あの狼や蠅の大群の正体ですよ……」

「む?」


三人にとって今最もホットな単語が出てきたので、楊斗は一度ポポロから手を離す。


「あ、あーっ。苦しかった」

「で? 説明。今度こそしっかりしてもらうからな。さもないと」


楊斗は笑顔で拳を固めて見せる。


「わかってますよ、うるさいな!! あーあー人間ってヤツはホント、これだからイヤに」

「へーい」


拳を振りかぶってポポロに殴り掛かった。


「わーわーわー!! この短冊はゲーム参加者のステータスをできる限り少なくするために考案された『奇跡散布装置』なんですーーー!!」


男と女。ボクサーと一般人。サラリーマンと警察官。


このゲームで計るステータスは筋力や権力ではない。あくまでも『意志』だ。この秤に乗せる必要のないステータスをできる限り埋めるために考案されたのが『奇跡を起こす能力を散布する舞台装置』。


誰が呼んだか、コレの通称は『短冊』だ。


「奇跡ねぇ。狼を操る能力や、蠅を操る能力が?」

「言いたいことはワタシもわかりますけど。石をパンに、水をワインに変える方が奇跡って名称に相応しいですよねえ」


だが、人智を超えた力であることに違いはない。だからこそ名称は『奇跡』なのだ。


「あー、例えばそうですね。あの蠅の能力を操っていたのは実は男性なんですけど、その人はこんな手順で、その奇跡を手に入れたんです」


一つ、短冊に『他人がとにかくイヤがる力が欲しい』と書く。

二つ、その短冊を天に輝く『光源』に翳す。

三つ、短冊が読めないほど焼却されたら奇跡授与終了。


「まあつまり、その奇跡をデザインするのは自分自身なんですよ。貰える能力は欲した力と自分の意志の向き不向きで決定されます」

「へぇー……」

「……」


感心して短冊を見る楊斗とは対照的に、藍香は解せないといった顔をしていた。


(……コイツ、どうしてそんな情報を僕たちに……)


他人の奇跡の情報。さらに性別まで割らせてしまった。ゲームマスターとして、あまりにもアンフェアすぎる。そもそも、こんな巨大で現実を嘲ったような無茶苦茶さを持つステージを作れる生物が、何故よりにもよって自分たちの周りにふわふわと纏わりつくのか。


地上で初めて会った人間だから情が沸いた、というわけでもなさそうだ。


(短冊の話とは別方向に、何か意図を感じるな。僕たちが能力をデザインしてもしなくても、何か不吉な予感がする)


しばらく様子見だ。この短冊は使わない方がいい。


「これ、紛失したらどうするの?」

「一応、いくらでも再発行はできるんですけど。でも失くさない方が吉ですよ。あなたたちはそれを身を持って……おっと」

「あ」

「?」


藍香が何か気づいたように声を上げたのを、楊斗とミゼラは不審そうな目で見る。


「……ねえポポロ。短冊失くしちゃったから新しいの頂戴」

「はあ? 何言ってるんだお前。右手に持ってるだろ」

「失くしたの。それでも」

「……」


失言だったことを自覚し、ポポロは大きく鼻から息を吐き出すと、また同じように短冊を彼に渡した。


「……は?」

「多分この奇跡散布装置で受け取れる能力は一人一つずつだ。だからこそのルールの穴。『短冊自体の再発行は気軽かつ何回でも可能』なんだ」


今まで当然のように思っていたが、自分たちは起きたときに服を着ていた。おそらく、ある一定の死ぬ前の一瞬に、持っていたモノをそのまま持ち込んだのだろう。


では、この『死』という概念が曖昧な場所で再度死んだらどうなるか。


「短冊は来ゲームに持ち越せる。ゲームマスターから再度受け取る必要はない。そうか。誰よりも先にプレイヤーを狩っていたあの狼はそうやって……」

「その穴は『プレイヤーが世界の違和感に気付き始めたころに、天使がステージをこれみよがしに作って、ルールを施行する』という行為でもって埋める手筈になっていたんですけど」


遅刻したが故に、思いっきりその穴を潜り抜けたプレイヤーが出ることとなった。


楊斗は呆れた調子で肩をすくめる。


「とことんダメ天使だな」

「う、ううう、うっさいですよ畜生!!」

「……でもなぁ。願い、ねぇ?」


どんな内容を短冊に書くのか、かなり迷ってしまう。


「僕はまだ書かない方がいいと思うけど。今ゲームで他の人がどんな能力を持っているのか、少しくらい観察した方が……ん?」


明るい。自分の姿や、楊斗の姿、ポポロの姿が明るく照らされていた。光源は頭上からではない。自分のすぐ近くで、何かが揺らめいている。


「……」


ミゼラは既に、短冊を燃やしていた。

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