雪乃、初仕事
今回は二話目ですね。誤字等何かありましたら御願いします
蝉の鳴き声が響く。聞きなれた蝉たちの大合唱は私と、あいつのやる気を奪っていく。
私は事務所のソファに寝転がり、アイス片手に天井を眺めている。
Lはパソコンを巧みな指使いで操作し、たまに指が止まるとカップに注がれた冷たいジュースに口をつける。
ここは『万屋黄昏』
最低な男、『L』が経営するなんでも屋だ。
私こと、一条雪乃はここの従業員(と言う名のボランティア)で雑用をしている。
そしてここ一週間、仕事が無い。
普通なら一週間に三回、多いときは四回は仕事があるのだが、真夏の暑いときに限ってまったく仕事の電話も手紙も連絡もなかった。
ねぇ、L?
「なんだ。25字以上30字以内に説明しろ。でなきゃ無視する。」
ほら、これだ。このヤロウ。
Lと名乗るこの男は私に対して一切優しくない。今見たとおり話しかけた途端これだし。
私は25字以上30字以内かどうか考えもせずに言った。
暇じゃない?
「…………。」
Lはパソコンのキーボードを神速の如き速さで打ち、画面とにらめっこしている。
あ、聞いてないな。と思った私はなんとなく、食べつくしたアイスの棒をLに投げつけた。
Lは手元にあったボールペンを投げつけ、アイスの棒を迎え撃った。アイスの棒が床に落ちて、ボールペンはアイスを弾き飛ばし私のお腹に落ちた。
「雪乃。」
何。
「拾え。」
何を。
「その汚い木の棒。ボールペンは戻せ。」
やだ。
「十秒以内に戻さんと貴様の部屋のエアコン弄って暖房しか出ないようにするぞ。」
Lの脅迫に屈した私はため息を吐いてボールペンを摘み、床に落ちたアイスの棒を拾いゴミ箱に捨てた。ゆっくりとLの机に寄り掛かり、ボールペンをペン立てに戻した。
Lが操作しているパソコンを覗き込んだ。人の写真やよく分からない生物の画像に意味不明な言葉が並んでいた。
なにやってんの?
「情報整理。」
具体的に。
「ここ最近に目撃された竜にモンストロ、闇の眷属に賞金稼ぎの情報だ。」
その意味不明な言語は?
「エヴィン語。このユグドラシル大陸での言語だ。日本を除く世界人族共通語だ。」
読めるの?
「読めるからやってるだろうが。ここ最近暇だしな。」
Lも暇とは思ってたんだ。
「暇だ。大学の仕事も今週はねぇし。」
あれ……Lって教授?
Lは一切視線を動かさず、パソコン一点に集中しながらも私の問いに答える。
「生物学、竜歴史、幻獣学、科学、世界史。得意科目は科学。」
か、科学…………Lって理系?
「違う。お前のいた世界の科学とこの世界の科学は違う。」
具体的には?
「お前の世界は化学変化とか二酸化炭素とか法則があるだろう?」
うん。
「この世界にもそれらはあるがユグドラシルでの一般的な『科学』と言うのは『ある一定の法則に従い、それらを超物理的に変化させるもの』だ。
???
「要は、水素とかに火を近づけると小さく爆発するだろ?あれを核爆発なみの威力までにすることができる。」
ふぇ!?あのちっちゃいあれを核!?
机から離れ、Lに詰め寄った。この世界おかしいでしょ!!
「あー、言っておくがそれが出来るのは世界に二名しかいない。」
何ソレ。Lは知ってるの?その二人。
「一人は俺。もう一人は知り合い。」
…………マジ?
「この法則、『機式』を創ったのは俺だ。もう一人は俺の助手的なやつ。」
……。
唖然とした私は声が出なかった。目の前でパソコンを打ちこみ、ただのニートにしか見えないこの男が法則を生み出した大学教授だとは…………。
「才能のないやつでもこの機式は使える。ただし、第一位までだな。それ以上は神経回路が焼ききれて廃人だ。」
え。
「機式にも種類があってな。『錬金』。『生体』。『化学』。『数術』。『雷撃』。これら五つの種類は計算に時間の掛かる分だけ、階位が区別される。」
ちょっとメモを……。
「早くしろ。」
ポケットからメモ帳とシャーペンを取り出し、Lが先程言った機式の種類をメモする。
それを横目で確認したLがパソコンを操作したまま続ける。
「さっき言った水素爆発を核爆発並みにする機式は機式化学系第六位『覇流徒満』だ。機式っつうのは普通の物理法則ではできないことを超人的計算能力で超物理的に変化させちまう創った俺でもよくわからねぇ法則だ。」
一旦、区切ったLはカップに注がれているオレンジ色のジュースに手を伸ばし口に含み、飲み込んだ。
「機式の階位は一位から六位までに区別される。階位が上がるごとに強力な機式となる。その分、計算も遅くなる。それにだ、機式には個人的な得意分野に分かれてな。人それぞれで使える機式も限られる。全て使えるのは俺しかいない。」
最後の部分以外は全てメモする。
きょうじゅー、機式って私も使えるー?
「あー?試してみねぇとわからねぇが凡人でも一位は使えるぞ。」
Lは一旦、キーボードを打つのことを止め、私に視線を向けた。
「仕事が入った。話はあとだ。」
え、仕事?内容は?
「聞かされてない。メールで来た。あと一分ほどで来る。大手企業だけ名乗った。」
Lは椅子から下りて、指を鳴らす。
「あー、やっとだぜ。」
Lは乱れたワイシャツを整え、依頼人がくるのを待った。
その時、事務所のインターホンが鳴った。依頼人を出迎えるのは私の役目なので、私は二階の依頼室のドアを開けた。
瞬間、凄まじい熱気が私の体に押し寄せてきた。
いくら夏だからと言ってもこの暑さはないんじゃないのだろうか。
そう考えたとき、一階の階段から誰かあがってくる音が聞こえた。おそらく依頼人だろう。そちらに視線を向け、一礼した。
ようこそ、万屋黄昏へ。
礼と共に挨拶をする。
「あら、ありがとうね。」
聞こえたのは女性の声だった。頭を上げ依頼人の顔を見た。
中年の女性だ。エメラルドの長髪に見た目よりも六歳は若く見える優しげな顔立ち。頭には羽の装飾がされた黒い帽子を被り、真夏だと言うのに黒いスーツを着ている。
女性は私に礼と笑みを返し、事務所の中へと入っていった。私も続き、ドアを閉めた。涼しい冷気が快感をもたらす。
「ようこそ。さ、どうぞ。」
Lは丁寧は物腰で依頼人にソファに座るように促す。依頼人は一礼し、ソファに座った。Lが視線で『飲み物』と言っているので私はそそくさと冷蔵庫へと向かった。
「お構いなく。」
冷蔵庫に向かう私の背中に依頼人の言葉が掛けられた。どうするか迷う私にLが答える。
「これも仕事ですので。」
笑顔で答え、首を振りもってこいと告げる。やれやれと思いながらも冷蔵庫を開けひんやり冷えた麦茶をコップに注ぎ、Lと依頼人に差し出した。
「ありがとうね。」
依頼人の礼に笑みで返し、Lの後ろに下がる。
「さてと、本日はどんな依頼でしょうか?」
Lの営業スマイルに依頼人は麦茶に一口付け、話す。
「まず、依頼内容は極秘にしていただきたいのだけど。構わないかしら?」
「えぇ、それは当たり前ですけど。」
Lの答えに安心した依頼人は懐から、名刺を二枚Lの前に出した。
「私は株式貿易会社『ケットシー』秘書のグラニア・ローです。以後お見知りおきを。」
「ご丁寧にありがとうございます。私は万屋黄昏店主、Lと申します。」
名刺を私に渡す。名刺をLの机の上に置いておく。
「今日は、名高い貴方にあるものを探して欲しいために来たわ。お金さえ払えばなんでもやってくれると言う貴方にね。」
「これはこれは。大手企業の秘書様にも名が知れ渡っているとは。」
「謙遜はいいわ。L、貴方にはこの子を探していただきたいの。」
そう言ってグラニアが差し出したのは一枚の写真だった。私とLが写真を覗き込む。
写真には灰色の毛並みリスのような動物が写っていた。
……リス?
「違う。これはカーバンクルだ。」
呟いた私の言葉を聞き取ったLが指で猫の額を指差す。
「額に紅蓮の宝石、そしてとがった耳。これは富をもたらす幻獣『カーバンクル』だ。」
「あら、お詳しいのね。」
「私の詳細などとっくに調べ上げているのでしょう?これでも大学教授ですよ。で、このカーバンクルを探せと?」
「そうよ。この子は『ルビー』。我が社のマスコットでもあるわ。それが先日、行方不明になってしまったの。」
「なるほど。三週間前に街に大勢の探偵が動き出したのは貴方達が雇ったからですね。」
「そうよ。でも皆お手上げ。そこで貴方に頼るわけよ。」
「分かりました。では、正式な依頼としてお探しする前に。」
「……お金、かしら?」
Lの口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
あぁ、これは根こそぎ取っていくつもりだな……。
私は確信する。Lがあんな笑みを浮かべるのは大体相手から根こそぎお金を巻き上げるためなのだ。
「まず、依頼量ですね。これはまず500万とさせていただきます。」
ごっ、500万…!?そんなに取るの!?
「知ってのとおり、『カーバンクル』というのは非常に珍しい幻獣で人前には滅多に姿を見せません。記録には五十年前を最後に東南の方で目撃されたと言われています。これほど珍しい幻獣を探せというのですからこの程度は払っていただかないと。」
こ、この程度……女子高生に3000万要求するLにとっては500万なんて小金なのかもしれないけど……やっぱり一般人の私から見れば大金……。
「ふぅん……まぁ、500万なら良い値ね。いいわ。おしは「これは私のちょっとしたサービスですが、貴女が1000万円をルビーを探す『資金』として私に支援してくだされば、
最低でも一週間でルビーを見つけてご覧にいれましょう。」
ふぇ……!?ちょっ、L!?
止めようとした私をLは左手を上げて制す。
Lの深淵の瞳とグラニアの威圧の眼差しが相対する。
「それは……依頼量を増やせということかしら?」
「いえいえ。ただ、貴女が『街中の探偵を雇ってまで探したい幻獣に会社の金を何処までつぎ込めるか』と聞いているのですよ。金額でね。」
Lはソファに身を深く預けると、私が淹れた麦茶に口を付けた。
「もちろん、これはあくまでサービスなので。500万だけでも私はお受けしますよ?時間は掛かりますが、必ず見つけてみせましょう。」
「時間が掛かるって……どのぐらい?」
「最低でも二週間。それ以上の依頼は私の不利益になりますので二週間で依頼は切らせていただきます。それでも探して欲しいと言うのならば追加料金で600万です。」
や、やっぱり……外道だ……依頼人の前で堂々と『自分の不利益のために依頼は切らせてもらいます』と言った……!!『お客様は神様』という言葉を知らないのか…!?
「あー?何言ってんだ雪乃。赤の他人の俺がわざわざテメェらの悩み事を解決してやってんだろうが。」
グラニアには聞こえない音量でLが呟いた。
うわ、やっぱりこいつ駄目人間だ。サービス精神がなってない。
「グラニアさん、ルビーは貴女の会社の利益を上げているのでしょう?ルビーがいない今、会社の利益はどんどん下がっていく。ルビーが戻れば俺に払った1500万の利益なんてあっという間に回復するんじゃあないんですかねぇ?」
え?
「カーバンクルという生き物はそれを手にした者に幸運と富を与える力がある。ケットシーが大手企業となりこの街の産業を豊かにしているのは誰もがそう思う。だが、それはカーバンクルの力であって実際その力を失うと会社は何も出来ない。違いますか?」
「…………そうよ。ルビーがいないと、うちの会社はすぐに崩壊するわ。」
グラニアは手を額にあて。考える。Lはニヤニヤと口元に笑みを浮かべ麦茶を飲み干す。
でも、生き物一匹でこの街の経済は崩れてしまうの?そんなに駄目な街なのここ。
「考えてみろ。ケットシーは貿易会社でもある。それが崩れれば商品や物資が入りににくくなる。この街はどうなると思う?」
…………商品の値上がりとか、不景気?
「ま、そうなるな。つまり、この依頼を受けないとこの街は不景気になる。それに比べれば1500万なんざ軽いと思わないのか?グラニアさんよぉ。」
ついには依頼人相手にタメ口を使い始めたL。
「………分かりました。1000万を援助しましょう。」
グラニアは端末をバッグから取り出し、操作する。懐から一枚のカードを取り出し、端末のカード専用入り口に入れ再び操作。出てきたカードをLに手渡す。
あれはこの街ではよく使われる方法で、自らの端末に専用カードを入れる。そうすると端末がカードに料金データを入力し、そのカードはクレジットカード的な物になる。
クレジットカードとの違いはそのカードは相手への受け渡しが法律で許可されている。ただし、その辺りのセキュリティは厳しいが。このカードは一般的にエヴィンカードと呼ばれるこの世界の共通言語の名前を取って名付けられている。
「確かに。1000万は受け取りました。」
グラニアはLがカードを受け取ったことを確認すると、席を立ちドアノブに手を掛けた。
「それでは、よろしくお願いしますよ。Lさん。」
「えぇ、お任せください。」
グラニアが一礼に、外へと消えた。私はすぐに麦茶を片付けLに近寄った。
どうやって探すの?
「街の知り合いの情報やに金を回してまず様子を見る。その内に準備。そして捕獲。おk。」
おkなの!?そんな3つの行動でなんとかなるの!?
「なんくるないさー」
テメェ沖縄の人に謝れエセ人間!!
「安心しろ。失敗しても確実に金を手に入れる方法はある。」
どんな?
「グラニアを暗殺し、依頼を無かったことにする。またはケットシーを潰してケットシーの金を色々回して手に入れる。一番手っ取り早いのは前者だ。むしろ、さっき殺しておけばよかったか。」
うわ、最低!!
「黙れ。とにかく、情報屋に連絡入れるからお前邪魔。どっか行け。テキトーにその辺行け。」
はァ?外は炎天下よ?
私が講義すると、Lは足を組んで、
「関係ない・・・行け。」
銃口を私に向けて言った。
・・・・・まったく。
炎天下の街を歩く。後ろを振り向き、黄昏を睨みつけた。
Lに私は撃てない。私を殺せば私がLに払うべき3000万円が消えるからだ。
なのに、何故出て行ったか?あの銃には一回撃たれたことがあるからだ。
もちろんあの銃は実弾ではない。発砲すれば針が打ち出される。
問題はその針だ。
針には毒が仕込んである。標的に刺さると毒を注入するのだ。
その毒が全身に回ると凄まじい耳鳴りと幻覚に襲われる。
事務所に入って早々、Lに逆らった私はその毒を打たれ30分もの間、大音量で交響曲を聴かされ、しかも青いツナギを来たゾンビ達に追いかけられるという『幻覚』を見た。
あれはもう御免だ。この前はLが30分で解毒剤を打ってくれたが、今回は30分で解毒剤を打ってくれる保障はない。
深いため息を吐く。私が熱中症で倒れたら救急車は誰が呼んでくれるんですか?
通りすがりの紳士淑女様でしょうね畜生!!!
腹いせに近くにあった木を思いっきり蹴った。痛い。でも木が揺れた。やった☆
心の中でガッツポーズを取った私は、足をおさえてうずくまった。
その時、私の頭に何かが落ちた。
ずっしり重い。なにかふわふわして、柔らかい。
そ~っと手を頭の腕に伸ばしてそれを触った。ふわふわしてる。そして温かい。
ぎゅっと掴む。それは何も抵抗しない。
掴んだソレを目の前に持ってくる。
額に紅い宝石がついたリスだった。
・・・・・・・カーバンクル?
事務所で見た写真そっくりの動物だ。額には紅い宝石もある。
…………ということは……!?
私の手柄!!
やった!!
カーバンクルを抱きしめ、キャーキャー騒ぎまくる。
「おい、嬢ちゃん。」
・・・・・・・・・・・
背後で凄く怖い声が聞こえた。これはあのパティ-ンだ。絶対そうだ。
笑顔で振り向く。怖いから引きつっていると思うけど
はい、何でしょう?
巨体の男性三人が立っていた全員タンクトップで体中に刺青、そしてグラサン。一番目立つのが、右頬に竜の亜種の『ワイバーン』と呼ばれる幻獣が描かれた刺青。
この男性達はこの街一番の勢力を持つマフィア、『飛竜の盾』の組員だ。
Lも何度か飛竜の盾の地域駆除を依頼されたこともあり、私はLからその特徴を聞かされていた。
「そのリス、カーバンクルだよな?寄越せ。」
もし……断ったら?
「殺してで「だが断る。この一条雪乃の好きなことは自分を強いと思っている馬鹿に『NO』と言ってやることだよ!!」
全力疾走。事務所まで500m。それまでに逃げられれば…………。
「おっと逃げられねぇぜ。」
囲まれた。僅か4秒。潜んでいた組員に囲まれた。
あぁ…………やばい…。
「ん?テメェ、中々の顔だな。拉致ってボスに献上しようぜ。」
やめて!献上とか言って本当は私に乱暴するんでしょ!!
エロ同人みたいに!!エロ同人みたいに!!
「うっせぇ!とっとと来い!」
組員達が迫ってくる。どうしよう。
選択肢!!
1 無理
2 マフィアの壁の中心で「help me----!!!」を叫ぶ
3 何処かの紳士淑女様が助けてくれる
4 現実は非常である=逃げられない
help me------!!!!!
思いっきり叫んだ。
その時、私の体に真夏の炎天下さえも寒いと思えるほどの怖気が走った。
頬に冷たい風が当たったと思ったとき、私の目の前に白が現れた。
それは白衣を着た青年だった。陽光を受けて輝く銀髪、顔はよく見えない。
白衣のポケットに両手を入れて、マフィア達を一瞥している。
「なんだテメェは!!」
マフィアの一人が叫ぶ。白衣の青年はポケットから手を出す。
「通りすがりの医者ですけど?」
冷ややかに、そして何処か悪寒を感じさせる青年の言葉が私達の耳に響く。
「どきやがれ!」
マフィアの一人が青年をどけようとその肩に触れようとした瞬間
青年の上段蹴りがマフィアの顎を蹴り飛ばした。マフィアは悲鳴すら上げずに吹っ飛んだ。
「あぁ、失礼。つい、足が出てしまいました。」
青年はまったく反省が表れていない爽やか声で謝罪した。
「テメェ!何したか分かってんのか!!」
「分かってますよ。紳士としてルールを破ったゴミを蹴り飛ばしたんです。」
ご、ごみ!?いくらマフィアだからってゴミ扱い!?
「だって、『飛竜の盾』の一番のルールは街の治安を守ることと女性には手を出さないことですよ?今、貴方達、この人に手を出そうとしましたよね?」
へ?あの『飛竜の盾』にはそんなルールがあるの!?
「ありますよ。Lさんが排除している『飛竜の盾』はルールを破った人たちだけ。僕も、貴方達のボスからは連絡は受けてるんですよ。『配下が掟を破った場合、貴様が断罪せよ』とね。いやぁ、これだけの数を相手はちょっと血の海ですかねぇ。」
青年が愉快そうに笑い、首を鳴らした。銀髪が揺れる。その時だった。マフィアの一人が青年に土下座した。瞬きする一瞬だった。
「こここれは!!銀の旦那ッ!すいやせんでしたッ!!」
銀の旦那?何ソレ中二病?
私が首を傾げると、その土下座したマフィアからこの青年の正体が誰なのか分かったらしく、一瞬でこの場にいたマフィア全員が土下座した。
『すいやせんでしたァーーッ!!』
「気付くのが遅すぎます。おかげで、一人を蹴っ飛ばしてしまいましたよ。あぁ、加減はしたので。歯は全部粉々だと思いますが。」
全員の土下座に青年ははぁ、とため息を吐いて手をポケットに突っ込んだ。
「いいえッ!旦那にこの程度で済ませて頂いたのはありがたいですッ!いつも皆がお世話になってますぅぅぅ!!」
代表して、一人のマフィアが顔を上げ謝罪の言葉を口にする。
「いいえ。医者として、マフィアであろうとゴミであろうと当たり前ですので。あぁ、そうだ。ギルさんによろしくとお伝えください。」
「はいぃぃ!では、失礼します!失礼しやした!!」
お前ら!旦那に一礼!
『すいませんでしたァァァァァァぁーーーーーー!!!!」
マフィア全員が青年に九十度腰を曲げて礼した。
「あ、それからこの女性はLさんの助手ですので、今度から姉貴とでも呼んでください。」
「な、なんとッ!兄貴の助手さんでしたかッ!これは、とんだご無礼をぉぉッ!!」
え、な、なんか私巻き込まれてない?さらっとマフィアの世界に引き込まれてない?
「姉貴ッ!すいませんでしたーーーッ!!!」
今度はマフィア全員が私に頭を下げた。思わず、その威圧に押された。
え、あ、いえ、大丈夫です。ぜんぜん大丈夫なんで。ハイ、気にしないでください。
「おぉっ!なんという心の広さ、流石姉貴です!」
マフィア達はもう一度、私と青年に頭を下げてその場から走って去っていった。
「さてと、大丈夫ですか?一条雪乃さん。」
青年が振り向いてその顔が露になった。
病気でも無さそうなのに雪のように白い肌。北極の氷をイメージさせる絶対零度の冷たさを帯びた深海色の瞳。この上ないほどのバランスで整えられた美貌。
息が止まった。目の前にいる青年は間違いなく、L以上のイケメンだった。
「あぁ、自己紹介が遅れました。僕はシーラ・ディスペトです。以後、お見知りおきを。」
い、一条雪乃です…………ってなんで私の名前を!?
「おや?知らないのですか?貴方は有名ですよ。Lさんの助手としてね。」
とんでもない!Lは私をただの雑用としか思っていませんよ!!
私が講義すると、シーラは不思議そうな表情した。
「おや?そうでしょうか?Lさんはそう言っていても本心では雑用とは思っていないのではないでしょうか?」
…………えーと、結論は……?
「貴女に親近感を抱いていると言うことですよ。」
そ れ は な い
「そうですかねぇ、僕としても非常に興味があるのですが。その前に早くその動物をLさんに見せてあげるのはどうでしょうか?」
あ、そうだった。早く私の手柄を自慢してやらないと。
えぇと、助けていただいてありがとうございました。
感謝の言葉と共に頭を下げた。
「いえいえ。紳士として当然のことですよ。お気にせず。では、一条雪乃さん、またのご機会に。」
爽やかな笑みを見せたシーラにドキッっとしてしまった私。少し赤くなった顔を隠すため、うつむくとシーラの姿はそこにはなかった。
私は腕の中で私を見上げるカーバンクルを抱えなおし、事務所へと戻った。
ただいまー
事務所の二回のドアを開けるとLは両手に小型端末に受話器を肩と耳で挟んで格闘中だった。
Lー、カーバンクル見つけたよ。
「へぇー、すごいすごい(棒」
ほら。
まったく私に見向きもしないLの前にカーバンクルを突きつけてやる。
Lの動きが停止した。ゆっくりと深淵の瞳が私が抱える幸運の幻獣を捉えた。
「…………………はぁ。」
Lは深いため息を吐いて、電話相手に何かを断って切った。両手だけは端末を凄いスピードで操作している。
え、何、私なんか悪いことした?
「…………。」
Lは黙々と端末のキーボードを高速で打ちまくる。
ねぇってば、L。
「…………。」
ねぇってば!!!
「うるせぇな!!今忙しい!黙れ!喋るな!二酸化炭素も吐くな!」
なんで怒るの!?ちょっとぐらい褒めてくれてもいいんじゃない!?
「今、情報屋達に援助金の500万分振り込んじまっただろうが!!!」
え。
驚愕する私を他所にLは私に小さな携帯端末を投げつけた。
「だから今取り戻してる。お前はグラニアに連絡入れろ。」
ど、どうやって……?
「その端末にグラニアの連絡用メアドが入ってるからそれで電話しろ。」
…………。
私はカーバンクルをその辺に置いてあった2mのダンボールに入れて、グラニアに電話した。二十秒ほどでグラニア本人と思われる人が出た。
「もしもし?黄昏さんですか?」
「あ、は……はい。えぇと貴女のカーバンクル……ルビーが見つかりまして……。」
「本当!?思ってたより早いわね!流石黄昏ね!今引き取りにいくわ!」
一方的に喋ったグラニアは電話を切ってしまった。端末の電源を切って、Lの机の上に置く。
冷蔵庫からアイスを出す。ビニールの袋を破いて冷たい氷を口に咥えた。
ついでに冷えた炭酸飲料も出す。
Lの机に置いてあるコップは何も入っていなかったので、炭酸飲料を注ぐ。
Lは無言で端末を操作する。
私も自分用のコップを出して、応接用テーブルの上に置く。炭酸飲料を注ぐ。
Lは一旦、作業を中止して私が入れた炭酸飲料の注がれたカップを手に持ち、端末とは反対側、窓側に顔を向けた。カーテンで遮断された窓を眺めながらカップに口を付けるLに私は話題を持ちかけた。
さっきね、シーラって言う白衣の医者にあったの。
Lが盛大に炭酸飲料を噴出した。噎せまくるL。
「おまっ、さっきシーラって言ったか!?」
言ったよ。シーラ・ディスペトさん。
「あいつに会ったのか?」
うん、マフィアから助けてもらった。
「なんか言ってたか?」
またのご機会に、って。Lのことも知ってたらしいけど?
「当たり前だ。あいつとは何度か仕事を受けまわったときがあった。」
へぇ、どんな?
「あいつの病院の手伝い。」
あの人偉いの?
「ほら、街のど真ん中に建ってるだろ。あの『エリシュオン総合病院』って。」
うん、あの大きい病院でしょ?
「あいつはあそこの総合事務長。」
へぇ、あの若さで…………ん?あれ、あの人が?
「あいつは能力者だからだ。俺にもなんの能力かは知らん。ただ、あいつ見た目以上の歳だぞ。少なくともお前と1000以上は歳の差がある。」
ふぇっ!?あ、あれであの若さ!?
「だからそこがあいつの能力なんだよ。今度聞いてみろよ。分かったら俺にも教えろ。」
なんで?興味があるの?
「ちげぇよ。あいつ、俺のポーカーのイカサマと同様いやそれ以上の技術を持ってる。それが不思議なんだよ。」
Lはポーカー強いの?
「イカサマで4000万稼いだ。もちろんばれてない。」
はぁっ!?どんな技術って何処でそんな技術覚えたの!?
「企業秘密。ただ、シーラのあれは誰がどう見てもイカサマといえる。」
?誰も追及しないの?
「イカサマした瞬間が誰にもわからねぇんだよ。両目視力5.0の俺ですら分からん。ただ、毎度ロイヤルストレートフラッシュはおかしい。」
それって最早神様レベルじゃない?
「そうなんだよ。だから、俺はあいつと賭け事はしねぇし勝負もしない。」
勝負って殴り合いとか?
「勝てねぇよ。殴り合いでも。勝負っつうのはアーチェリーとか的当てとかだ。」
勝てないの?
「毎度毎度、的の中心に当てるし、トランプもババ抜きとか神経衰弱はいつも負ける。あいつはイカサマに関しては誰にも勝てねぇ。」
そ、そんなに凄い人と知り合いなんだね……L
「凄い以上だ。お前もあいつに気許すんじゃねぇぞ。」
なんで?
「なんでもだ。理由は教えねぇが絶対近付くな。ロクなことにならん。」
Lは雑巾で自らがぶちまけた炭酸飲料を拭く。端末に掛からなくて良かったね。
ところで、カーバンクル見つけたのは私だよね?
「お前は次に『500万円私が貰ってもいいよね』と言う。」
500万円私が貰ってもいいよね…………ハッ!?
なんで私が言おうとした言葉が分かるの!?
Lは雑巾を棚にしまい、再び椅子に戻り端末を操作し始める。
「詐欺師舐めんな。まぁ、半分だな。250万。」
なんで?私が捕獲したんじゃん。
「事務所の経営費に決まってんだろ。報酬の半分は生活費と準備費に当てると思えよ。まぁ、お前が250万で嫌だと言うなら、今日からエコ生活になるぞ?冷房も一日中使えないし、美味い飯を作る材料も買えなくなるぞ。」
…………300万じゃ駄目?
「駄目だ。50万でも生活費には必要だ。あ、グラニア暗殺すんならいいけど。つぅかむしろカーバンクルを家に置いておけば不通に金稼げるじゃんッ!ついでにケットシーの金も入るじゃん!おぉッ!遊んで暮らせる!」
それじゃ依頼の意味無いじゃん!
「あ、それもそうだな。段々考え方があの腐れ狐に似てきたな。危ない危ない。」
その時だった。事務所のドアが開かれグラニアが入ってきた。息が荒い。私が挨拶する前にグラニアが私に迫りよった。
「ルビーはどこ!?どこにいるの!?」
私がダンボールの中です、というとグラニアは颯爽と部屋の隅に置いてあった2mのダンボールに触れた。だが、自分が中に入れないと悟ると私の腕を掴んできた
「早く私に見せなさい!早く!」
掴む力が強くなる。と、グラニアの手をLが掴んだ。
「落ち着いてください。うちの雑用を傷付けちゃ困りますよ。」
Lの腕に力が籠められると、私の腕を掴むグラニアの腕の力が弱まった。私は彼女の腕を振り解く。
「ちょっと待っててください。雪乃、椅子持って来い。」
なんで?
「保険だ。早く。」
せっせと隣の部屋から椅子を持ってきて、ダンボールの前に置いた。
「さ、行け。」
え、私が行くの!?
「当たり前だろ!誰がこの箱ぶっ壊すんだよ。」
あ、そうか。
椅子に上って私はダンボール箱のもち手から中に入った。足から入ったので着地には成功。
ダンボールの隅っこでまるくなっているカーバンクルを発見。近寄って抱き上げる。
カーバンクルは特に抵抗も暴れもせずに私の腕の中で安らいでいた。
L、ルビーを捕まえたよ。
「よし、下がれ。オラァッ!!」
私が下がる前にLの強烈な蹴りがダンボールの壁に穴を穿った。そこからLがダンボールを引き裂く。
Lを退けてグラニアが中に入って来た。そして私の腕から飛び出したカーバンクルを受け止めた。
「依頼完了ですね。そのカーバンクルであっていますか?」
「えぇ!この子よ!」
「では、依頼完了ですので報酬の500万を。」
カーバンクルを嬉しそうに抱きしめたグラニアは片手で懐からエヴィンカードを取り出し、Lに渡した。Lはカードをポケットに入れた。
グラニアは心底嬉しそうな顔をして、私に頭を下げた。
「ありがとう!貴方のおかげでこの街は救われた!」
ど、どういたしまして……。
グラニアは今にもスキップしそうな勢いで私達に礼をして事務所から去って行った。
「……とにかく、お前の初手柄だな。これ、やる。」
そう言ってLは私に先程Lが受け取ったグラニアからの500万のエヴィンカードを私に投げてきた。
いいの?経営費は?
「グラニアからの援助金、なんとか情報屋に払った分は取り戻せた。充分だ。」
そ、そう……ありがとう
私が感謝の言葉を口にするとLは眉間に皺を寄せた。
「お前が感謝するなんて珍しいな。熱中症でいかれたか?」
失礼な。私だって感謝ぐらいするよ……。
私は頬を膨らませLに講義しながらも手元にある500万円分の金額が入っているカードを見つめた。自然と笑いが込み上げた。たった、一日でこんな大金が手に入るとは……。
「そのカードはお前が管理しろよ。お前以外には使えないように設定はしてやったが。」
あ、ありがとう……Lも優しいときがあるんだね。
「馬鹿が。それはいずれ俺の金になるんだぞ?勝手に他人に使われてどうするんだよ。」
Lは軽蔑の眼差しを私に向けると、ダンボールから出た。私も続いて出る。
「さてと、今日は何食うかなー。」